オー・マイ・リトルガール!   作:秋元琶耶

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再会

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土曜日、早朝。

今日は四天宝寺中テニス部と氷帝学園テニス部の練習試合兼合同練習会及び交流会である。ちなみに双方部員がそこそこいるため――というか氷帝はただでさえマンモス校なのでテニス部だけで部員が200人を超えるという異常っぷり――、今回はレギュラー陣のみ参加となったそうだ。

10時に四天宝寺中に集合、まず練習試合。昼休憩を挟んでから夕方まで合同練習で、夜は近くの料亭(実は榊先生御用達)で交流会、というのが大まかな予定らしい。

そんな場所にあたしは記録班として呼ばれた。まぁ簡単に云えばとりあえず写真撮ってろってことです。

が。

 

誰が承諾するか、そんなもん。

 

そもそもあたしはテニス部マネージャーじゃないし写真部所属でも新聞部所属でもない、どう考えても100%無関係者。いきなり呼び出すほうがどうかしているのだ。あいつ絶対頭おかしい。

というわけで。

現在、朝5時半。旅行鞄を引っ提げて、新大阪駅新幹線チケット売り場である。

逃げます。

あたしは逃げます。

今頃東京駅では景吾さんは、どうあたしを料理してやろうと考えている頃だろう。

ふっふっふ、だが残念ですね、今日も明日もあたしは大阪にすらいないのだ!

意表をついて、東京に避難するのです。

よもや景吾さんもあたしが逃げるとは、しかも行き先を東京にするとは思うまい。

ふはははは、もう景吾さんに先手を取られてピーピー泣いているだけのお馬鹿なあたしはもういないのだー!

そんなわけで今のあたしは心の余裕も十分、久しぶりの東京も楽しみだしで気分はルンルンだった。いつか今日のことをグチグチ云われるかもしれないけれど、それはその時考えればいい。

じゃ、気を取り直してチケット買いますか! ちょっとリッチにグリーン車なんて乗っちゃおうかな、駅弁を楽しむのもいいし。

なんて、上機嫌で足を一歩踏み出した瞬間だった。

 

…ポン、と肩に手が乗って。

思わず、振り向いて。

 

「よう小毬、早起きだな」

 

―――なんでやねん。

 

相も変わらず顔だけはよろしい景吾さんが、いた。

しかもめっちゃ、笑顔です。

 

 

+++

 

 

「氷帝学園テニス部部長の跡部だ。今日はお互い有意義な時間になることを祈る」

「は、はぁ。四天宝寺中テニス部部長の白石や。今日はよろしゅうな。…ところで…」

「ああ、コレのことなら気にしなくていい。ただのオブジェ…いや、ガラクタだな」

白石先輩の気の毒そうな視線が痛い。

あの、でも、正直今は、同情するなら助けろって気持ちでいっぱいかな。

とりあえず、この悲しい状況を見られたのが白石先輩だけでよかった、と見当違いの安心をしたのは、ちょっとした現実逃避である。

 

駅で景吾さんに拉致され、リムジンに無理やり乗せられ、あんまりにも騒いで暴れる為両手両足を縛りあげられた上ガムテープで口を塞がれたあたしは、さながら誘拐犯に捕まった被害者だった。っていうかそのものだ。こういうのドラマとかで観たことあるよ。駅での光景とかあたしの現状とか警察が見たら絶対アウトのやつでしょ。それを平然とやってのけて、しかもこれっぽっちも悪いと思っていないであろう景吾さんの思考回路が理解できない。ぶっ壊れすぎだろ。

そして一旦家に寄ってカメラの道具一式を持ってこさせられてから、またリムジンに押し込まれて結局四天宝寺中に連行されてしまった。っていうかさ、なんでナチュラルに我が家の住所押さえてるのこの人。怖すぎ。ちなみに、家に寄った瞬間にそのまま閉じこもるという手も考えたのだけれど、そうするとあの人扉を破壊してでもあたしを連れていくだろうから諦めた。

で、校門で出迎えてくれていた白石先輩の目の前に車から蹴り落されて、いもむしみたいにじたばた暴れてたらさらに踏みつけられて現在に至るわけです。

ね、どこからどう見ても可哀そうでしょ、あたし。

「津々井の目が死んどる…」

「もともとだろ」

「いや、いつも以上やろ!」

否定しろよ。

白石先輩とはそんなに深い付き合いをしているつもりはなかったけど、この人があたしをどう見ているのかだけはわかった気がする。今後の付き合い方を少々考えさせられるきっかけになった。あとで覚えてろ、エクスタ侍。

 

っていうか景吾さんはいい加減あたしを解放してよ!

「あ? 外したら逃げるだろ、お前」

逃げ…たいけど逃げないよ、今更。住所は割れてる、おそらく交通機関の駅には跡部家の息がかかった誰かが見張っているこの状況で尚逃げようとするほど馬鹿じゃないよあたしは。

「馬鹿だろ」

うるせえ余裕で犯罪スレスレの行動するあんたに云われたくないわ、このウルトラ馬鹿。

「お前、現状把握出来てないのか?」

止めてください両手両足縛られて無抵抗の後輩女子に暴力は普通にアウトだと思います。

そもそも視線だけで会話できるあんたの能力が怖い。インサイト? いや最早そういうもんじゃないだろ、超能力的な何かでしょ。寸分たがわずあたしの考えを読むのはやめていただきたい。

ちなみにそんなあたしたちを白石先輩は珍獣を見るような目で見ていたので、やっぱり許さない。

 

しかし景吾さんもいい加減どうでもよくなったのか、やっと解放してくれる気になったらしい。

荷物のごとく放り出されて手枷と足枷を外され、口のガムテープははがされるのが怖かったの慎重に自分ではがして――あたしは見逃さなかった。景吾さんが、あたしがガムテープをはがすのを見て舌打ちしたのを。あいつ絶対思いっきり一気にはがす気だったな! 鬼かよ!――、即座に景吾さんの傍から逃げ出して白石先輩の背中に隠れる。

「ここここの犯罪者―――ッ!」

「逃げるお前が悪いんだろうが」

「だからって普通拉致る? 縛る? しかもガムテって!」

「手錠のほうが良かったのか?」

「どれも嫌ですけど!?」

不思議そうに首を傾げられても可愛いなんて思わないんだからね。むしろそのキョトン顔が無性に腹が立つ。

 

「っていうか、なんであんな時間に駅にいたんですか? 東京からの新幹線も始発は6時くらいでしょ?」

それを見越して始発で逃げようとしてたのに、完全に油断していた。

わけわかんないことしてんじゃないですよ、と視線に意味を込めてじっとりと睨み付けると、景吾さんは事も無げに云った。

「俺だけ昨日の夜にこっちに来てたんだよ。ついでの用事もあったしな」

「…じゃあますますなんで駅にいたんですか」

飛行機にしろ新幹線にしろ、前日入りしてたなら駅には用事なんてなかったはずだ。この人に限って後から来るメンバーのお出迎えをするなんてことはありえないし。

すると景吾さんは、ふんと人を小馬鹿にしきった顔で笑った。

「どうせ小毬、お前のことだ。俺から逃げるんじゃねえかと踏んで、先手を打って張ってたんだよ」

暇人かよ。

というか、全然出し抜けてなかったってことか、あたし。ああ、地味に凹む。

「ほんと性格悪い」

「お前には負けるぜ」

「うるせえハゲ」

「よし、来い。教育的指導だ」

「誰が行くか!」

折角逃げられたのにわざわざ外敵に近づくほどあたしは馬鹿じゃないんじゃい。

白石先輩が盾になってくれているので――している、とは云わないのである――、ある程度の安全が保障されているのをいいことに思いっきりあっかんべーをしてみる。案の定見事な青筋が景吾さんの額に浮かんだ。だが怖くない。今は最強の盾がいるのだから! え、盾がいなくなってから? そんなことを考えながら生きてたらストレスマッハで死んじゃうから、考えないよ!

でも気付いたら何故か目の前に景吾さんがいた。

おかしくない?

ねえ、もしかして白石先輩、あたしを売った?

ドナドナした?

ねえ、景吾さん笑顔なんだけど。

 

「と、ところで跡部、他のメンバーはどないしたんや?」

ナイス白石先輩!

心の中でガッツポーズしているあたしは現在思いっきり景吾さんにほっぺを抓られている。これは最早抓るどころの話ではない、この男、確実にあたしの頬を捩じり切るつもりなんじゃないかと思うほど抓り上げられてそろそろ限界だった。痛いんだよ!

さすがの景吾さんも白石先輩の言葉は無視出来なかったらしく、漸くあたしのほっぺから手を放して時計を確認した。それから部活連絡用に使っている携帯電話をチェック。

「あいつらならもうすぐつくはずだ」

「さよか。ほんならここで待ってみんなまとめて更衣室に案内するわ」

「わかった。が、案内なら小毬にさせるから、お前らは気を遣わなくていいぞ」

「あ!? 嫌に決まってあいたたたたた息をするようにアイアンクローをかますのはやめろ暴力男!!」

ほんとあたしに人権はないのかよって云いたくなる扱いに怒りを通り越して純粋にびっくりする。あたしはあなたの召使じゃないんだけど、そこのところ分かってくれる日は来るのだろうか。来ますように。

というかあたしのこめかみがギリギリと容赦なく締め上げられて甚大な被害を及ぼしている。手加減ってものを知らないのか、この人は!

「わか、わかったから!! 謹んで案内させて頂きますので放せぇ!」

「最初からそう云っとけばいいんだよ」

「暴君…!」

この人、式典とかパーティみたいな場所ではしっかりレディファーストの最高級エスコートしてくれるくせに、なんで普通の世界に帰って来た途端こんな暴君になり果てるんだろう。もしかしなくてもストレス溜まってる? それ、あたしで発散してる? やめろ。痛む頬を摩りながら睨み付けてもどこ吹く風な様子も腹が立つ。

 

少し考えていた様子の白石先輩は、何度かあたしと景吾さんを交互に見やった後、うんと頷いた。

「ほ、ほんなら津々井、頼むな?」

何に納得したのか、あるいは諦めたのかはあとで問いただすことにする。

「大変不本意ですが、わかりました。体育館の更衣室でいいんですか?」

「ああ、今日は体育館の運動部は練習試合に出てるから、誰も使わへんらしいから」

「なるほど」

それに、体育館は数年前に改装したとかで、学校の中では一番綺麗だ。一応そのあたりも気を遣っての体育館なのだろうと思うと、渡邊先生って意外としっかりしてるんだなぁと感心した。可哀そうとか思ってごめんね。

憔悴しきったあたしを心配そうに振り返りつつ、しかし迷いない足取りで部室に向かった白石先輩の背中を、あたしは死んだ魚の目で眺めるしかできなかった。

だって、氷帝のみんなが来るまでここで景吾さんとふたりっきりとか、どんな拷問よ。

おい、地味に人の足を踏むな。子供か。

 

白石先輩の姿が完全に見えなくなった頃合いで、景吾さんはやっと足を踏むのをやめた。こ、この野郎…。そんなに痛くなかったけどムカつくんだよ。

ちきしょう、と上のほうにある景吾さんを睨み付けると、なんだかつまらなさそうな顔であたしを見ていた。

な、何よ。

普通に睨まれるより、なんか怖い。

「楽しんでるみてえだな」

云って、視線を前にやってしまって、それからはちらりともあたしを見ようとしない。

「なんですか、またその話? 親戚のおじちゃんじゃあるまいし、もういいじゃないですか」

景吾さんに習って視線を前に移動させながら、小さくため息をつく。

というか、この間から思ってたんだけど、景吾さん、自覚あるのかな。

直接云ったら怒られそうだし、もしそれが本当でも嬉しいより先に気色悪ぃ! ってなるんだけど、その。

…あたしがいなくなって、寂しがってるみたいじゃん。

 

 

+++

 

 

それから、約5分後。

景吾さんと無言で過ごすには長すぎる時間を耐えきると、漸く氷帝学園テニス部レギュラー陣を乗せたリムジンバスが到着した。

正門から車は乗り入れられないから、校門前で下車してもらう。ここからのほうが体育館には近いし、ちょっとテニスコートからは離れてしまうけれど駐車場に行くより道も分かりやすいので我慢してもらいます。

 

ぞろぞろと降りてきたみんなにぺこりと頭を下げると、まず一番に反応してくれたのは。

「あーっ、小毬ちゃんだCー!」

「うお、マジだ! 久しぶりだなー!」

「相変わらずちっせぇなぁ」

「ジロ先輩、向日先輩、お久しぶりです! 宍戸先輩は後で体育館裏集合ね!」

お馴染みの幼馴染トリオだ。

この人たちは景吾さんに目をつけられたあたしを憐れんでくれている反面楽しんでいるところもあって、まま腹立つこともあるんだけど、基本的にはお人よしな人たちなので一緒にいると安心できて好き。ジロ先輩は何故かあたしを抱き枕か何かかと勘違いしてるところもあるけど、うん、いいんだ、ジロ先輩だから。可愛いから許す。向日先輩はあたしが運動音痴なのをネタにしすぎだけど、この人も可愛いからいい。でもな宍戸先輩、貴様は駄目だ。可愛くないから駄目です。

 

それから、後ろのほうにいても飛び出して見えるあの長身は、間違えるはずもない。元クラスメイトにして、自慢の友人。時折素で辛辣だったり薄情だったり、何故か宍戸先輩にぞっこんなのが不思議だけどツッコむと怖いので何も云えない、そんな彼は。

「小毬、久しぶり!」

「おー、ちょたぁ! あれ、もしかしてまた身長伸びた?」

「あ、わかる? 実は春から5cm伸びたんだよね」

「は~、羨ましい…ちょっとわけてよ」

「あはは!」

「無理だろ」

で、ずばりと空気の読めないツッコミを入れてくれたのは。

「日吉も久しぶりぃ。ところで頼むから早いとこ下剋上頼むよ。あたし、あの人が屈辱で膝つくところ見たい。あわよくば、シャッターチャンスを狙いたい」

「真顔で云うな。相変わらず物騒なやつだな」

だが任せとけ、とにやりと笑うあたり、やっぱりこいつも変わってない。あんたのそういうところ結構好きよ。

それから、こんなときでもやっぱり景吾さんの荷物を持ってあげている優しい子には頭の下がる思いだ。

「樺地! 」

「うす」

「うす!」

「うす」

「うっす!」

「う、うす…」

「樺地で遊ぶな、単細胞女」

「沸いて出るな、暴力男」

お互い無言で胸倉を掴み合い睨みあう。ねえこの絵面相当やばいと思うんだけど、どうだろう。

そして。

 

「はは、全然変わってへんなぁ」

 

―――この声。

一瞬で景吾さんなんかどうでもよくなって手を放す。

胸の奥から暖かいものが溢れるのを自覚したまま、声のほうを振り返れば、そこにいたのは。

 

「久しぶりやな、津々井。もうこっちには慣れたか?」

 

大好きな、この人。

 

「忍足先輩、お久しぶりです! いろいろあったけど、大阪も楽しいです!」

「おお、そかそか。そう云ってもらえると嬉しいわ」

みんなも変わっていないけれど、忍足先輩が一番変わらないと思う。

甘い声、優しい笑顔、落ち着いた佇まい。

どれもこれもが記憶にあったままで、少しだけ泣きそうになる。

 

―――やっぱり、あたしはこの人が好きだ。

 

…と、感傷に浸っていたら。

「おい、さっさと更衣室に案内しろ愚図」

「チッ」

「あ?」

「ほんと空気読まない人ですよね、景吾さんって」

「云いたいことがあるならはっきり云え」

「感動の再会なんだから邪魔すんなバーカ」

「云い残したことはそれだけか?」

「はーいそれではみなさん更衣室はこちらでーす!」

取っ組み合いの喧嘩になる前に、さっさと更衣室に案内すべく歩き出す。

時間はまだあるのだ、焦る必要はない。

 

さて、逃げ出したくても逃げ出せなくなってしまったこの状況、つまりあたしは記録班の仕事をこなさなければならなくなったわけで。

傍らには、機材一式。

仕方ない。

こうなってしまっては、あたしはあたしの仕事をきっちりこなすまでのこと。

久しぶりに本気出して撮りますか!

 

 

 

 

 

*****

 

跡部とはあれでめっちゃ仲良いのだよ

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