オー・マイ・リトルガール!   作:秋元琶耶

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彼女の実力、一面

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交流会なんて云ったって、要はみんなで楽しく食事してお話しましょーっていう簡単なものだ。

基本的にあたしたち学生は大部屋に通されて、そこで自由にうまいことやってくれ、という話らしい。

先生たちは別部屋でのんびりやるので、若い者は若い者同士で、と何故かお見合いの仲介人みたいなことを云われたあたしは反応に困った。

困ったけど、それ以上に気になることがありすぎて、先生ふたりにお酌をしたら――余談ですが、今日は先生たち、飲むそうです。まぁ渡邊先生は徒歩圏内に住んでるし榊先生は普通にホテルまでタクシーか迎えが来るからいいんだけど、一応あたしも未成年の生徒なんだけど…と思ったのは飲み込んでおくことにする。今度何かに使えるかもしれないから。何に、とは云わない――、速攻でみんなのいる大部屋に逃げてきてしまった。

やばい。

「ねえ、景吾さん」

「あん?」

ちなみに本日のテニス部員参加者は四天宝寺中9名、氷帝学園中8名、そしてあたし。ちなみに千歳先輩と金ちゃんは合同練習も終盤のころにボロボロで帰ってきて、渡邊先生にめちゃめちゃ怒られてた。どうやら千歳先輩を見つけた金ちゃんが連れ戻す目的を忘れて空いていたコートでずっと打ち合っていたらしいのだ。金ちゃん、お馬鹿さん…。とりあえず練習終了まではコート脇で正座の刑で、拝み倒して交流会の参加許可を取り付けていた。逞しいな、この人たち…。

 

ってことで、合計17人のいる大部屋に入っていったとき、結構みんなわいわいと仲良さそうにしていた。学校ごとにはまとまらずうまくばらけてるし、うーん、すごいな。あたしも見習いたかったよ、そのみなさんのコミュニケーション能力の高さ。

まぁ、そんなことよりも、ですよ。

「榊先生、もしかしてめちゃめちゃストレス溜まってる?」

思わず真顔で問いかけると、景吾さんは怪訝そうに眉間にしわを寄せた。口に運びかけていた里芋の煮物を一度止めて、少し考えてひょいと口に入れてから数回の咀嚼。飲み込んでお茶で口をすっきりさせて一息ついてから。

「…なんで」

返事までがなげーよ!

というツッコミは今は控えさせてもらおう。あとが面倒だ。

あたしだって、何も理由なくそんなこと訊いたりはしない。

だって、見ちゃったのだ。

今思い出しても背筋が凍る。

「…渡邊先生と、すっごいにこやかに談笑してる」

「………」

 

…少しの静寂のあと。

 

―――ドッ!

 

こ、こいつら、漫画みたいにドッと沸きやがった!

何よ、これじゃあたしが滑ったみたいじゃない!

しかも何、景吾さんまで爆笑? あんたどんだけ笑いの沸点低いの!

「ちょっと笑ってないでよ!? あれ、あたし間近で見ちゃって本気でビビったんだから!!」

「お、おい津々井、それほんとなのかよ…?」

「ギャグじゃねーの…?」

「いくらあたしでも、こんなギャグ云わないです」

真剣な表情で頷けば、俄かにざわつく氷帝陣。だよね、その反応でいいんだよね? 逃げてきたあたし、間違えてないよね?

自分の選択の正しさを噛みしめ、ついでにあれが夢でなかったことも実感していろんな意味で泣けてきた。表情一つで生徒をこんなに惑わすあの43歳、魔性すぎるでしょ。

そんな氷帝陣の反応の理由がいまいちわかっていない四天宝寺陣は、当たり前だけどキョトン顔である。まあ、普通はそうだよね。

「え、何、榊監督ってそんなに笑わんの?」

「笑わないどころじゃないですよ、あの人の鉄仮面は青学の手塚さん以上って噂なんですからね!!?」

そもそも表情筋があるのかさえも疑わしいほど全然感情が表に出ない人だ。音楽の授業の時にたまにご機嫌になってるときがあるけど、それだっていつもより声のトーンが高いとかちょっと饒舌になってる程度の違いだというのに、さっきのは明らかに笑っていた。

 

朗らか、という言葉がこれほど似合わない教師というのもなかなか珍しい気がするが、似合わないものは似合わないのだから仕方がない。

しかも相手が渡邊先生っていうのがまた信じがたい要素の一つだ。

だって渡邊先生ですよ?

堅物クソ真面目冷徹教師の榊先生とは対極に位置するであろう渡邊先生と、あんなに仲良さげに話してるなんて、もしかして年月外れの趣向を変えた恐怖の大王でも現れるんじゃないかとさえ思う。

しかし考えうる限り、特に榊先生に深刻なストレスが溜まっているという情報はないという。えー、ほんと? 素であんなに楽しんでるの? 楽しんでるのはいいけど、どうしてこんなに不安を掻き立てられるんでしょう?

ああもうやめやめ、どうせこの後は解散まで先生たち関係ないんだからもう忘れよう。放っておこう。そうしよう。

 

というわけで気を取り直してあたしもみんなの輪に加わろうと席を探す。

広い部屋だし大きいテーブルだから割とどこにでも入れるとは思うんだけど、実はもうあたしはどこに座りたいかは決めていて。あ、ごめんねジロ先輩、あとで行くからまずはこっちに座らせてね。

「ねえ景吾さん、ほんと空気読んで」

「断る」

あたしの視線に気付いてるはずなのにわざと無視して唐揚げをパクつく景吾さんに、しかしあたしはめげずに特攻する。ここで諦めてなるものか! っていうかあんたびっくりするほど唐揚げ似合わないな。

「ねえどーいーてー。あたしに場所譲ってー」

「うるせえ、重い!」

「重くない!」

景吾さんの頭の上に顎を乗せて抗議をするも、鬱陶しそうに振り払われて、負けじと背後から羽交い絞めにして場所をずらそうと攻防するも護身術のような動きで逆に動きを固められて悲鳴を上げる。当然ながらそんなことでは放してくれない。氷帝陣はいつものやつが始まった、みたいな顔して助けてくれないし、四天宝寺陣は急に始まった激しい攻防にぽかんと呆気にとられるばかりで無反応。あ、いや金ちゃんと千歳先輩だけはマイペースに料理をつついてるのが関節固められている視界の端に見えた。うん、いいんだ、あの人たちが助けてくれるなんて思ってなかったから。

 

漸く解放されても景吾さんが場所を開けてくれる様子などこれっぽっちもなく、本当に心狭い人だな! と改めて思っていると。

「津々井、こっち来ぃ」

ちょいちょい、と手招きをしてくれたのは、なんと忍足先輩。

「…はいっ!」

忍足先輩が場所を開けてくれたのは、景吾さんとは反対側、小石川先輩と忍足先輩の間の席だった。見れば小石川先輩もにこやかに手招きをしてくれていて、ああ、この人本当にいい人。こないだ甘ちゃんとか云ってすみませんでした、撤回します。

舌打ちをする景吾さんにあかんべーをしながらおふたりの間に滑り込ませてもらう。

「忍足先輩と小石川先輩は優しいなぁ…どこぞの景吾さんと違って、ほんっとうに優しいなぁ」

「おい、そりゃ俺に対する嫌味のつもりか?」

「え、嘘、そう聞こえました? やだぁごめんなさぁいそんなつもりなかったんですけどぉ」

「忍足、そいつ寄越せ。今日こそ自分の立場をわからせてやる必要がありそうだ」

「大人げないで、跡部」

「そうだそうだ大人げないぞ! いくらふ、老け顔で、げほっ、は、ハゲ予備軍だからって大人げナッ!!?」

「ち、邪魔すんなよ忍足」

「…ちょっと今のは同情するけどな、女の子に暴力はあかん」

「お前まだそいつのこと女だと思ってんのか。いいとこメスゴリラだろ」

「上等だコラ!! 自分だってゴリラのくせに、ここで雌雄を決すか、ああ!?」

しかしここでの戦争は忍足先輩と小石川先輩という良心の仲裁により勃発とは相成らなかった。命拾いしたな、理不尽暴力男!

 

それからはしばし穏やかな時間が流れた。

さすがに景吾さんも貴重な交流会の場でまでずっとあたしに構ってるつもりはなかったようで、白石先輩や金色先輩と頭がよさそうな会話をしている。ちっ、最初からそうすればいいのに。一氏先輩がすごい目つきで景吾さんのことを睨み付けているのは、面白いから黙っとこう。

ともかくあたしもこれでようやく落ち着ける。バタバタしててお腹もすいたし、軽く料理もつまみたい。

さすがに榊先生のお気に入りだけあって、並んでいる料理はどれもこれも美味しそうだった。しかも、食べ盛り育ちざかりの中学生が約20人いても食べきれないような量だ。これなら食いっぱぐれる心配はなさそうである。あ、この里芋の煮物美味しい。

すると、隣にいた忍足先輩がしみじみと口を開いた。

「津々井がこっちに来てから3か月か。もういろいろ見て回ったんか?」

「はい、少しだけ。クラスのみんなに連れて行ってもらいました」

実はそこに至るまでにいろんな事件があったわけだけど、それは云わぬが花である。無駄な心配をかける必要はない。

 

目の前に座っていた謙也さんが心配そうにそわそわとこちらを見ていたので、大丈夫ですよという意味でにっこりと笑ってみる。と、即目を逸らされた。隣にいた向日先輩がギョッとしてた。ひ、酷い…あたしの笑顔はそんなに醜いか…。ちょっと凹んだ。

こっそり目元に水分を感じていると、忍足先輩がそうや、と両手を打った。

「ほんなら、俺オススメのお好み焼き屋、今度紹介したるわ」

「わっ、嬉しい! 是非お願いします!」

「夏の大会終わった後こっちくる用事あるし、そんときにでも行こか」

「やったぁ楽しみにしてます!」

夏の間はあたしも展示会やコンクールがあって忙しいけれど、それも8月の後半になれば落ち着くはず。そんなつもりはなかったけれど、確か会場は東京だった気がするし、時間があれば大会の応援に行くのもいい。

 

今年度は開始からしばらくいろんなことがあって、あっという間だった。やらなくちゃいけないこともたくさんあって落ち着いている時間なんてなかったから、こうやってのんびり先のことを考えられるっていうのがものすごく嬉しい。しかもそれが忍足先輩との予定っていうのがまた嬉しさに拍車をかけるわけで。

あ、だったら。

思い立ってパッと顔を正面に向ける。そこにいるのは当然。

「ね、謙也さんも一緒に行きましょうねっ!」

「へ!? お、俺!?」

「うん、謙也さん!」

完全に不意打ちだったらしく、謙也さんはすごくびっくりした顔でぱちぱちと瞬きをする。…ちょっと可愛い。

少し迷うように視線をあっちこっちさせていた謙也さんは、しかし照れたように頷いてくれた。

「え、ええけど…」

「じゃ、決まり!」

日程なんかはまた今度詳しく話すとして、少し先に予定が立ったというだけで気持ちが浮ついた。

浮ついたついでに、こんなことも云っちゃおう。

「あ、そうだ、どうせだったら忍足先輩…」

「あんな、津々井、侑士な―――…」

 

「彼女さんも一緒に連れてきたらいいじゃないですか!」

あ、すみません謙也さん、何か云いかけてました?

 

ガゴンッ

 

…音に驚いてそちらを見たら、謙也さんがテーブルに額を打ち付けていた。

え、嘘、何事?

「…け、謙也さん、大丈夫ですか…?」

丁度お皿も何もないところだったけど、結構いい衝撃音でしたよ。何、どういう衝動に駆られて額をゴッツンしてしまったの?

しかもしばらく無言だからあんまりに心配になって肩を揺らしてみようかと手を伸ばしたら、手が肩に触れる直前になってガバッと謙也さんは顔を上げた。うお、びっくりした。

が、謙也さんはびっくりしたあたしよりも数段びっくりした顔をしていた。

「え、何、え? 津々井、侑士に彼女おんの知っとったん…?」

その言葉に一瞬キョトンとして、思わず一度隣の忍足先輩と顔を見合わせてから、それから頷く。

「そりゃ、当然」

「別に隠してへんしな」

「それに忍足の先輩の彼女さん、あたしの知ってる人だし仲良しだし」

「あ、そ、そーなん…そうですか……」

ねーっと忍足先輩と顔を見合わせて笑うと、何故か謙也さんはがっくりしたようにもう一度テーブルに突っ伏してしまった。なんでよう。

 

そう、忍足先輩の彼女は、あたしのひとつ上の写真部の先輩で巴先輩という。

髪は真っ黒なさらっさらストレートで、笑顔がとっても素敵で頭も良い。家柄だって、景吾さんみたいな規格外ではないけれど裕福な家の生まれで、そう、生まれながらの勝ち組みたいな人。しかも性格もものすごく優しくて気遣い屋さんで人望もあるっていうんだから、文句のつけようのない人なのだ。

あたしは写真部に入った時から巴先輩に面倒を見てもらっていて、ずっと憧れの先輩だった。

そんな先輩は大好きなの忍足先輩の彼女だっていうのだから、悲しむより先に納得した。ああ、こんな人だもの、忍足先輩が好きになるのも当然だ、と綺麗に胸にすとんと落ちた。

もちろん、悲しかった。

なんとなく、大好きなふたりが一気に遠いところに行ってしまった気がして、置いて行かれた気がして。

でも、そんなことはなかった。

ふたりは相変わらず優しくて、眩しいままだった。

それからしばらくして、あたしも気付いたのだ。

忍足先輩を好きだと思う気持ちと、巴先輩を好きだと思う気持ちは、同じ種類のものだった。

 

―――恋では、なかった。

 

もしかしたら、初めは恋だったのかもしれない。

だって忍足先輩は、写真部の関係者以外で初めてあたしの写真を、まっすぐに褒めてくれた人だったから。

だけど月日が気持ちの種類を変えていった。

恋ではなく、憧憬。

これが一番しっくりくる。

それに気付いてからは、ふたりのことが以前よりももっともっと大好きになって大切になって、このふたりが一緒に幸せでいてくれることが嬉しくてたまらなかった。

 

「ほんなら、巴にも云ってみるわ」

「是非是非! えへへ、楽しみです! ね、謙也さん!」

こんな遠く離れた場所でも、また大好きなふたりと一緒にいられる、それはあたしにとっての最大幸福。

まだテーブルに突っ伏したままの謙也さんの肩をちょいちょいと突いて、わずかに頷いたのを確認して、あたしはご機嫌だった。

そういえばさっきの謙也さん、なんて云おうとしてたのかな? 覚えてたら後で訊いてみよう。

 

 

+++

 

 

ほとんどの料理が片付いて、何度か席も回って全員がほとんどの人との交流を終わらせたのは、交流会が始まってから2時間近くが経過した頃だった。

さてそろそろもう一度先生たちの様子でも見てこようか、と思っていると、失礼します、と扉の外から声が聞こえた。店に着いたときに挨拶だけはみんなで先に済ませておいた、この店の女将さんの声だった。

「津々井さん、今よろしい?」

「はい、女将さん」

なんだろう。

改まった様子で呼ばれると少し緊張する。思わず背筋を伸ばして頷くと、女将さんは満足そうに笑った。

それから一度引っ込んで、次に戻って来た時には手に花束があった。

「ついさっきね、このお花頂いたんやけど、よかったら、活けてくれへん?」

にっこりと、人好きのする笑顔で花束を渡されて咄嗟に受け取ってしまってから、ハッとする。

「い、今ですか?」

「そ、今」

今。

手にある花束、メインはまだ花の咲いていないオリエンタルリリーと、夏櫨。いかにも夏らしい選びの花で、この料亭によく似あうものだった。

自前の道具は持っている。

けれど、今ここで、というのがちょっと引っかかった。

女将さんの目の前で活けろ、というのならわかるのだ。

今後店の花を任せるかもしれない相手の手腕を見たいと思うのは当然のことだから。

しかし、今、となると、この場にはテニス部の面々がいるわけで。

けれど。

 

―――逡巡は、一瞬。

 

一度ゆっくり目を閉じて、息を大きく吸い込んで。

次に目を開いたときには、あたしはしっかり女将さんの目を見つめて云った。

「…謹んで、お受け致します」

「おおきに」

にっこりと美しい笑顔を浮かべた女将さんに、なんとなくだけど景吾さんと同じ匂いを感じてちょっぴり頬が引きつった。

 

 

 

・・

 

・・・

 

 

息が詰まるような痛いほどの沈黙の中、最後の一輪を剣山に挿して、全体のバランスを見る。

大丈夫、これが今のあたしのベストだ。

ちゃんと自分で納得する出来であることを確認して、花器を女将さんの正面に向ける。

「…いかがでしょう」

写真であたしの作品は見てくれていたというけれど、実物を見るのは初めてのはずだ。写真と実物では印象が違うから、やっぱり気に入らない、なんてことがないとも云いきれない。

 

正面からの出来を見て、数秒。

女将さんはじっと花を見つめて動かない。

やばい。

すごい緊張する。

お偉いさんの目の前で活けるのは初めてじゃないのに、榊先生の口利きっていうのと、この後ろに見知ったメンツが大勢いるっていう状況がものすごく緊張する。いやあ~心臓バクバク云ってるし手汗やばいよ。これ以上の沈黙は耐えられそうにないよ。

これがあと10秒続いたら発狂するんじゃないか、と思い始めた頃合いだった。

 

「素敵」

 

一言。

ハッとして顔を上げると、ばちっと女将さんと目が合った。

「やっぱりあなたにお願いして正解だったわ」

嘘偽りない、本当に気に入ってくれたというのがわかる目、わかる笑顔。

胸の奥から達成感と充足感が湧いてきて、少し鳥肌が立った。

「…恐れ入ります」

ゆっくりと頭を下げる。

よかった。

気に入ってもらえた。

自信はあったけれど、やっぱり気に入ってもらえたと実感すると嬉しい。

女将さんは上機嫌で満足そうに花器を持って戻っていった。今から玄関に飾ってくれるらしい。

 

ぱたん、と扉が閉まる音を聞いて顔を上げて、一仕事終わったとやっと実感する。

んで、一気に緊張が吹っ飛んだ。

ガバッと振り返って一番近くにいたちょたの肩をがくがく揺する。

「あああああ緊張した! みんなに見られるのってアレだね、緊張するね!」

「でも相変わらずすごかったよ、小毬。やっぱりすごいなぁ」

「小毬お前、花を活けてる時だけは魅力的に見えるな。一生活けてろ」

「その目抉り出してやろうか」

「褒めてんだよ」

「だったらもうちょっと言葉選んだらいいんじゃないですかね!?」

これっぽっちも褒められてる気がしない褒め言葉ってすごいな、あんた。

 

そしていつも通りの殴り合いに発展しそうになるあたしたちにブレーキを掛けたのは、純粋に驚いたように手を叩く白石先輩たち四天宝寺のみなさんだった。

「すごいな津々井、まるでさっきまでとは別人やんか」

「さっきまでのあたしとは」

「とにかくすごいっちゅーもんや!」

「せや、見直したでぇ」

見直されるほど下の評価だったのだろうか、なんて野暮なことはもう云いません。ええ、云いませんとも。今日一日で四天宝寺中テニス部の人があたしをどんな目で見ていたのか知ってしまった気がするけど、別に傷ついてなんてないんで。泣いてないんで。

褒められたことの嬉しさと知らなくてよかったことを知ってしまった虚しさでしょっぱさを感じているあたしをフォローするように白石先輩がべた褒めしてくれていたが、ふと途中で言葉を止めて後ろを振り返った。その先にいたのは。

「な、謙也!」

「………」

「…謙也?」

「へ!?」

白石先輩に呼ばれた謙也さんは、完全に放心していた。な、なんで。

というか今日の謙也さん、なんか様子おかしくない? ちょいちょい人の話聞いてないし、ぼーっとしてる。何かあったのかな?

「津々井。すごかったよな」

「あ、ああ。すごかったで」

慌てたようにものすごい勢いで頷いてるけど、あれ、絶対見てなかった人の反応じゃないですか。まぁ、別にいいんだけど!

拗ねてないです。別に拗ねてません。ふんだ。

「…ありがとうございますっ」

 

 

このあとあたしはジロ先輩に捕まって氷帝の人たちと騒いでいたので、後ろのほうでこっそり金色先輩と謙也さんが話していたことの内容は知らない。

ここでの話を知るのは随分後のことだ。

そう、この日から実に数か月後の――翌年1月のこと。

ま、とにかく今のあたしにはわからない内容だけれど、ご紹介だけはしておこうと思う。メタい? そんなの気にしたら負けよ。

 

「津々井ちゃん、お花触ってるときって全然雰囲気違うのねぇ」

「…ああ」

「ほんま、惚れ直すわぁ」

「せやな」

「あら」

 

そして、その更に後ろで。

 

「…謙也、今の絶対無自覚やろな」

「な。ほんまめんどいやつ」

「なぁ、謙也ってやっぱしそうやんな?」

「はは、侑士くんも見たらすぐわかったやろ?」

「わかるわかる。わかりやすすぎや、あいつ」

「でも見てるのはむっちゃおもろいで」

「ほどほどで頼むな」

「なー、何の話しとんの?」

「未来のバカップル候補の話や」

「金太郎はんはああなったらあかんよぉ」

「よおわからんけど、わかった!」

 

…なんて会話があったことも、あたしは知らなかった。

 

 

 

 

 

*****

 

謙也さんが忙しない

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