オー・マイ・リトルガール!   作:秋元琶耶

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夏の終わり、終わりの始まり

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時間は、気付いた時にはもうなくなっていて。

 

 

+++

 

 

夏休み後半に入っても、まだまだ猛暑が続いていた。毎日溶けそうなほどの暑さにうんざりしながら、あたしはひたすら作業部屋に籠る日々を送っていた。

結局日程が合わなくて、あたしはテニス部の全国大会の応援には行けなかった。

展示会にコンクールにとばたばたとしているうちに気付けば大会は終わっており、東京遠征していたテニス部は昨日帰ってきたらしい。

今日は一日オフで明日反省会をするそうで、依頼されていたアレンジをしていたあたしに謙也さんから連絡があったのは今日の昼頃のこと。

『今日、時間あるか?』

そう一言だけ送られてきたメールを見て、首を傾げた。

だって謙也さんのメールはもっとテンションが高くて、どうでもいいことをつらつら書いたあとに、おまけみたいに本題が書かれている、というのが常だった。

何かあったのかと気付くには十分すぎたと思う。

 

実は朝のうちに財前からメールがあった。

『ベスト4だった』

財前はいつもこんな感じだったから違和感はなかったけれど、内容は笑って終われるようなものではない。

ベスト4、それはつまり全国で4本の指に入ったということで、あたしのような運動もやらない詳しくもない人間からしたら、十分すごいことだと思った。

でも多分、違うのだ。

この結果に、彼らは満足なんてしなかったに違いない。

お疲れ様、と一言だけ返信して、いくら彼らが満足しなかったからといってあたしに出来ることなどないという現実を噛みしめた。

もどかしいというのはこういうことを云うのだろう。

 

悔しさを紛らわせるために作業部屋に籠って作品を仕上げてはみたものの、なんとなく落ち着かない。

休憩のために部屋に戻ったときに丁度謙也さんからのメールを受け取って即返信、あたしはそのままエプロンを脱いで私服に着替えて家を飛び出した。

時間なんか、なくても作る。

 

無性に、謙也さんに会いたかった。

 

 

+++

 

 

指定されたのは行きなれた公園。

学校とあたしの家の間にあるその公園は、普段からあまり人のいない閑散とした場所だった。この辺りにはあまり小さな子供もいないから、たまに行政が手入れをしているくらいで寂しい場所になっていた。

おかげであたしと謙也さんが会うには丁度いい場所になっているわけで。

 

急いできたのに、あたしが公園についたときすでに謙也さんはそこにいた。

街灯の下、ペンキがはがれたベンチ。

ぽつんと座る謙也さんがどこか現実離れしていて、思わずあたしは足を止めてしまった。

まるで謙也さんのいるあたりだけ、別世界になってしまったみたいで―――ひどく、落ち着かない。

 

謙也さんは足音であたしに気付いたようで、ゆっくりと顔を上げて、それからニカッと笑った。

「すまんな、いきなり」

「…いえ」

その様子はとても落ち込んでいるようにはみえず、拍子抜けした。てっきりもっとへこんで、負けてもうたー、なんて騒ぐかと思っていたのに。

いや、落ち込んでいないならないでいいんだけど、そうするとあのテンションの低いメールはなんだったのだろう。

手招きをされて謙也さんの隣に腰を落ち着けながら、なんとなく腑に落ちない。

 

「結局公式試合、一回も小毬に観せられんかったなぁ」

用意してくれていた缶ジュースを手持無沙汰にいじっていると、謙也さんはため息交じりに云った。

そういえば、前に氷帝が練習試合にやって来た時にそんな話をしたことを思い出す。

どんな時でも手は抜いていないけれど、公式試合が一番気合に入る、としみじみと話していたから、なら、とあたしも云ったのだ。

今度は公式試合の写真を撮りたい、と。

あの時は全国大会も応援に行くつもりだったのに、忙しくしているうちにいつの間にか大会はすっかり終わってしまっていた。こんなことなら時間を捻り出してでも関西大会を観に行けばよかった、なんて思っても後の祭り。

 

観たかった。

テニスをしている謙也さんは好きだ。

単純に格好いいというのもあるけれど、もっと根本的なところ、好きなことをしているその姿が好きだと思ったのだ。

写真に収めたかった。

あたしの手で、謙也さんの一番格好いいところを形に残したかった。

それがもう出来ないのかと思うと、ひどく物悲しい。

この物悲しさが、ただ今年はもう公式試合が観られないから、ということだけでなないことにも気付いていた。

 

大会が終わったのだ。

最後の大会が。

謙也さんたち3年生にとって、最後の大会が、終わったのだ。

それが意味することに気付けないほど、愚かではいられなかった。

「ま、来年でも観に来てや」

あっけらかんとかけられた言葉に、驚いて目を瞬く。

「え?」

「俺まだしばらくテニス続けるし、来年は高校やけど一年目からレギュラー取る気やし」

にっかりと笑う謙也さんに無理している様子はなく。

「…じゃあ、楽しみにしてよっかな」

「おん、しとって」

ふわりと笑う。

楽しそうな、笑顔だった。

 

―――なのに、どうして?

 

未来を語る謙也さんは、ならばどうして今のことを語らないのだろう。

あなたの心が、ここにあるようには思えない。

あなたの視線が、目の前のあたしではない何か、ずっと遠くを見つめているように思えて仕方がない。

 

あなたは確かにここにいるはずなのに、どうしてこんなにあたしは寂しいの?

それから謙也さんは大会中にあったことをいろいろ話してくれた。

東京に行く途中に金ちゃんが迷子になったとか、やっぱり東京はおしゃれだとか、氷帝のみんなと久しぶりに会って楽しかったとか、久しぶりに会うせいもあって、話のネタは尽きない様子だった。

 

話し方、声、テンション。

どれをとってもいつもの謙也さんのはずなのに、どうしてだか、絶対的な違和感があって。

だけどその違和感の正体も、意味も、あたしにはわからなくて。

 

「終わったんやなぁ」

 

一通り話し終わった後に、ぽつり、と。

思わず零してしまった、という様子の呟きに、思わず息を呑む。

隣に座る謙也さんを見上げると、謙也さんは空を仰いでいた。

身長差のせいで、あたしから謙也さんの顔は見えない。

「終わってもうたんやなぁ…」

「謙也さん…」

どう声をかけていいのかわからず、ただ名前を呼ぶ。

こんなに自分を無力に感じたことはなかった。

財前に結果を聞いてから時間はあったはずなのに、いざとなるとかける言葉が見つからない。

「…口にするとあかんな。わかってたはずやのに、しんどいわ」

それからやっとあたしの方に顔を向けてくれた謙也さんは笑っていた。

 

―――なのにその笑顔が、あたしは耐えられなくて。

 

思わず、咄嗟に手を伸ばして。

 

あたしは謙也さんを抱き締めていた。

 

「…あたし、見てないから」

いきなりだったのに謙也さんが抵抗する様子はなく、されるがままに抱き締められてくれた。

慌てている様子も、照れている様子もない。

いつもだったらあたしがこんなことをしたら、慌てて照れてやかましくなるのに。

 

謙也さんは何も云わない。

何も云わず、静かにあたしの背中に手が伸びてきて。

その手がぎゅっと、まるで縋るように、あたしの背中の服を掴んだ。

 

「ひとりで、悲しまないでください」

 

ひとりで泣かないで。

ひとりにならないで。

見ないから、望むならば聞かないから。

だからひとりで泣かないで。

悲しまないで、とは云わない。

悔しくないはずがないのだから。

だけど、ひとりで泣くのは駄目だ。

それはあまりに悲しくて辛いことだと思うから。

 

浮かんだ言葉たちは、けれど口にすることはできず。

抱き締めた腕から、触れた場所から、全部伝わればいいのにと他人事のように考えた。

そうして、謙也さんは。

 

「…おおきに」

 

たった一言。

絞り出すように呟かれたその声は掠れていて、あたしは歯を食いしばった。

 

夏が終わった。

季節は廻り、時の経過は無情だ。

 

腕の中で小さく肩を震わせる謙也さんを抱き締めながら、あたしは思う。

一体自分に何が出来るだろう。

 

何も出来なかったと嘆く、この人の傍にいる以外、何が。

 

歯がゆさに気が狂いそうだ。

けれど。

きっと叫びだしたくなるような感情を抱いたこの人が、あたしのもとにやってきてくれた。

 

その理由を想って、ほんの少しだけ、救われた。

 

 

 

 

 

*****

 

あなたが呼んでくれたのがあたしで、よかった

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