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四天王寺中に転校してきてから早一か月。実に充実した灰色の生活を送れている自分に、結構満足していたりする。
挨拶は最低限、それ以外は読書で時間を潰し、部活や委員会には所属せずに放課後は即帰る。
完璧だ。
なんという根暗人間だ。
我ながら完璧すぎる作戦だ。
おかげでクラスどころか学校にすら全く馴染めていないが、これでいい。こうなればいっそ絶対に馴染む努力などするものか。
関東の学校では明るく割と人の中心的な扱いを受けていたけれど、そのキャラはこの大阪では通用しないのは明白。
ならば最初から馴染まなければいいのだ。
しかもこれ、思ったより楽だったりする。無理してないというのが一番の理由だろう。
コミュニケーション能力的にはどうなんだって疑問は生じるが、いいのだ、仕方ないのだ、これでいいのだ、バカボンのパパなのだ。
それに学校生活以外では結構充実しているから、それも相まって全く苦にならない。むしろ、学校でこれだから外に出た時に一層の開放感で楽しいと思えている節もある。つまり一石二鳥なのだ。
しかし、あたしの趣味兼特技に目を付けた学校側に良いように使われているのは若干面白くないのだけれど。本当ならば学校にいる時間は最短でいたいのにこんな朝早くから登校しているのは、そういう理由がある。
あたしの趣味兼特技は、お花と写真。
華道ってほど仰々しいものではなく、今風に云えばフラワーアレンジメントといったところだろうか。
あたしはこれで昔からそこそこの賞を取っていて、この業界では一応名前が知れているのだ。
そしてそれを知っていた四天宝寺中の美術の先生に目をつけられて、校長室や来賓室に飾る花のアレンジを頼まれてしまった。
断ることも出来たけれど、別に名前を出して飾るわけではないのだし、作品を手掛けられるというのは単純に嬉しい。
それが例えどこからも評価されない小さな部屋の作品であっても、創作の喜びはある。
そんなわけで、今日はいつもの登校時間の2時間前に登校しているわけだ。いつもより少し早いくらいじゃあそこそこ生徒がいるかもしれない。その中を花を抱えて登校なんて目立つ真似、死んでも御免である。
「ふぁ~…」
ちょっとどころではなく寝不足だけど、仕方ない。どうせ生徒なんてほとんどいないのだし、思いっきり欠伸しながら歩いてもいいだろう。
それにしても、こんなに早い時間だというのにどこかで生徒の声がする。なんなんだろうと考えて、ああそうか部活の朝練かと思いつく。そういえば前の学校でも、朝もはよから練習に励む部活があったなぁ。
何の因果か部長に目をつけられていろいろつき合わされたりしたけど、今思い出してもあいつ腹立つ。でも見た目だけは最高峰だから、被写体としてはものすごく魅力的だったっていうのが更に腹立たしい。あー無性にイライラしてきた。次会うことがあったら問答無用で脛に一発お見舞いしてやろう。そして報復を受ける前にすぐに逃げようそうしよう。
…なんて、ぼんやりと考えながら歩いていたからだろうか。
「ぬぁ~ッ!! あかんあかん完全に遅刻やぁぁぁ!!!」
あたしは目の前に急激に飛び出してきたソレに、まったく反応できなかった。
「へ」
「んげっ!?」
気付いた時にはもう手遅れ。
茂みから飛び出してきたソレとあたしは、ものの見事にぶつかった。
痛いとかびっくりしたとかそういうことよりも、あたしは咄嗟に花束を庇うように抱え込んだ。だって折角綺麗に咲いているのに、手放して地面に落としたりしたら可哀そうじゃないか。
「い…ったぁ…」
とはいえ、おかげで背中にきたダメージは相当だった。だってここは学校構内の石畳。石だしでこぼこしてるしで、普通のコンクリートで転ぶよりもはるかに痛い。
が、その甲斐あって花にダメージはほとんどないようだ。花弁が少し散ってしまったけれど、落としたりするよりはましなはずだ。
「す、すまん! ほんまにすまん、大丈夫か!?」
ほっと一息ついていると、上から焦ったような声が聞こえた。
痛む背中を庇いながら身体を起こすと、手を差し伸べられる。捕まれって意味なんだろうけど、結構です。ジェスチャーで示して自力で立ち上がり、埃を払う。ざっと確認してみたけど、流血沙汰になってなくて安心した。
差し出した手を断られた為に手持無沙汰になってしまった手を困ったように頭にやり、その人はすまなさそうに小さく頭を下げた。う、意外と身長高いな。
「堪忍な、俺朝練遅刻しそうでめっちゃ急いでてん、周り全く見てへんかったわ…」
「…いえ」
当然ながら、こってこての大阪弁でまくしたてられて、あたしは頷くしかできない。
まぁ普通なら生徒はいないような時間帯だから油断していたんだろうとは思うし、あたしも少しぼーっとしていたのだから、お互い様だ。
短い髪を金髪にして、まるでひよこみたいな頭をしているその人は非常に申し訳なさそうな顔で私を見る。そこであたしはハッとして、逃げるように花に顔を埋めた。こんな時間に花束抱えて歩いてるような変な奴だって顔を覚えられたりしたらたまったもんじゃない。
朝練遅刻しそうならさっさと行ったらいいのにと心のなかで思うあたしの気持ちなど知る由もないその人は、尚も心配そうに問うてきた。
「怪我してへんか!? めっちゃ背中打ってたよな、ってかなんやその花、ごっついなぁ! このでっかい花は俺も知ってんで、百合やんな?」
「…はぁ」
「ちゅーかすまん、俺もう行かな白石にどやされる!! 今度詫びするし、堪忍な!!」
「え、そんなの別に」
「ほなな!」
「えっ」
いやまじでそういうのいらないから今日のことは早急に忘れてください。
…と云いたかったのに、ひよこの人はあっという間に消えてしまった。足めっちゃ速い。
というか、お詫びとか云ってたけど、冗談だよね?
あの人あたしの名前も学年も知らないはずだし、っていうかあたしだってあの人のことまったく知らない完全の初対面だ。
四天宝寺中はそこそこ大きな学校だから、探すって云ったって簡単な話ではないはず。
「…まぁ、もう会わないか」
だって今日はたまたまあたしが早く登校していただけで、あの人はたまたま部活を遅刻しそうになっていたから遭遇しただけなのだ。
よっぽどの運がない限り、もう会うこともないだろう。
「はー…」
ひとつ大きなため息を零し、気を取り直して歩き出す。
こんな気分の時は花を活けるに限る。そうすればささくれた心も穏やかになって、あたしはとてもその時間が好きなのだ。
まずは職員室に行って花瓶を受け取って、それから校長室で試しに活ける。感じを見たら来賓室でも繰り返して、まぁこの花はもったいないから職員室にでも飾ってもらえばいいだろう。折角活けるのだから、誰かに見てもらいたい。
「よっしゃ、やるぞー」
そして、あたしは後悔することになる。
この日、この時、この場所で、その人――忍足謙也さんに出会ってしまったことが、あたしの灰色の中学生活をぶち壊すことになったのだから…。
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謙也さんは人の話聞かないイメージ(好きです)