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少しばかり風が冷たくなって、日が落ちるのが速くなり始めた秋口。
いつもの謙也さんとの帰り道、今日は買いたいものがあるので駅前までやってきていた。アレンジに使う道具の買い足しがしたかったのだ。
いつものお店で、今日は謙也さんがいるからいつもより多めの材料を買って、無事に買い物は終わり今は帰り道である。
「うー寒。めっきり冬やなぁ」
「まだ秋ですよ。ていうか寒いならセーター着るとかしたらいいのに」
呆れて云えば、やって動きにくいし、とのこと。
男子って、寒い寒い云う割に上着着ないですよね。この不可解な現象に名前を付けよう。…馬鹿?
と、少々…いや、バレたら顰蹙を買うこと間違いなしの失礼なことを考えていると、忽然と隣から謙也さんが消えた。
「小毬ー! はよー!」
「ええええ…」
呼ばれて辺りを見回せば、随分先にあったたこ焼き屋さんの前に彼はいた。え、走ったの? 走ったにしては異様に早かった気がするけど…と考えて、そういえば謙也さんはものすごく足が速いことが自慢だと話していたことを思い出す。白石先輩たちも何故か自慢げに云っていたけどあの時はどうでもよすぎてスルーしていたのだ。はー、本当に速いんですねぇ。今更ながらに感心した。
ともかく、あんなに大声で呼ばれて手招きされたら行かずにはいられない。まあ普通に帰る方向にあるお店だから行くんだけど、謙也さんは一体何にテンションを上げてるんだろう。っていうか恥ずかしいからあんまり大きい声で呼ばないでほしい。ほら、すごいちらちら見られてるから。
「ここのたこ焼き、めっちゃうまいねん」
周囲の微笑まし気な生温い視線を受けつつ謙也さんところまで行くと、その手にはすでにたこ焼きが。
なるほど、ソースの香ばしさといいカツオの踊り具合といい、パッと見ただけでもう美味しそうだ。
「あ、もしかして金ちゃんが云ってたお店かな?」
「おん、多分そや。金ちゃんお気に入りの店やからな!」
先日謙也さんに呼ばれてテニス部の面々と一緒にお昼を食べていたときに、あそこのたこ焼きが世界一、と金ちゃんが話していたことを思い出した。金ちゃんに食べ物の味がわかるのかちょっと半信半疑だったけれど、これなら納得だ。ごめんね金ちゃん、今やっと君の言葉を信じました。
お店の前には立ち食い用のスタンドテーブルが立っているので、どうせ急ぐ帰り道でもないのであたしたちはそこでたこ焼きを食べてから帰ることにした。
何より出来立てのたこ焼きを持って食べる場所を探したりしたら、きっと途中で冷めてしまう。そんなもったいないことはしたくないのである。出来立てたこ焼きは出来立てを食べるべし。
そんなわけで隅のテーブルを囲んでふたりで他愛ないことを話しながらたこ焼きを食べていたのだけれど、ここは顔を上げれば商店街の様子がよく見える場所だった。
夕方に入って活気づいてきたお店、仕事帰りの疲れた様子のサラリーマン、これから飲みに出かけるであろう若者たち、それからあたしたちのような学校帰りの学生。
何気なくそんな風景を見ながらたこ焼きをつついていて、突然目に入ったのは一組の男女だった。
仲良さげに寄り添って肩を抱いて歩いていた。
付き合いたてなのだろうか、お互い少し動きがぎこちないところがまた可愛らしい。
あれが恋人同士の距離感なのだろう。
手をつないで、寄り添って、抱き合って。
今のあたしたちには到底ありえない距離感に、思わず声に出ていた。
「…いいなぁ」
「えっ」
「あ」
気付いた時にはすでに遅い。
口から飛び出してしまった言葉をなかったことに出来るはずもなく、徐々に顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。
「………」
「…………」
お互い顔を見合せたまま、硬直。
先に動き出したのはあたしで、それでも赤くなってしまった顔はどうしようもなく。
「…なんでもないです」
「さ、さよか」
…気まずい。
ひょい、とたこ焼きを口に放り込みながら、なんで呟いちゃったんだ、っていうかなんで聞こえちゃったんだ、と激しく後悔する。そんなに大きい声で云ったつもりはなかったんだけど。
ちらりと隣の謙也さんを盗み見ると、視線をあっちこっちさせたりそわそわと落ち着かない動きをしていて、ものすごく挙動不審になっていた。
まあ、そりゃ戸惑うよね。
だって別にあたしたち付き合ってるわけじゃないんだし。
…自分で考えて、無駄にへこんだ。
ああ、たこ焼きの味、わかんなくなっちゃった。
+++
たこ焼きを食べ終わってからの帰り道、何故かあたしはいつかの丘にいた。
普通に帰ろうとしていたあたしの手を取って方向転換をしたのは謙也さんだ。
荷物もあるし早く帰りたいんだけど、と思ったのだけれど、珍しく謙也さんから手を握ってくれたことが嬉しかったのと、見上げた謙也さんの表情が何故か真剣だったから何も云えずにおとなしくついてきた。
でもここに来てからすでに5分、謙也さんが口を開く様子はない。
えー。何よー。
自分で連れてきたくせに何も云わないとか嘘でしょ。
もしやあの時みたいに今の時間の景色が綺麗だから、とかかなとも思ったんだけど、それとも違いそうだ。ここの景色はいつも綺麗だけれど、あの時のほうがずっと綺麗だった。
繋いだ手を離す様子もなく、けれど何かを言葉にされることはなく。
…本当に、どうしたんだろう。
実を云うと、一瞬、期待した。
待てと、待つと、そう云ったあの日から随分と時間は経っている。
もしや、今がそうなのか、と。
待たせたな、とか。
そう、云ってくれるのかと期待したのだけれど。
まっすぐ前を見たままの謙也さんの表情はどこか強張っていて、とてもじゃないけど告白する雰囲気ではない。
まさか、逆の話?
嫌な予感に背中が冷たくなった。
どうしよう、だとしたら嫌だ。
話を聴くのが途端に恐ろしくなって握られた手をぎゅっと握った。
すると。
「小毬」
呼ばれて、顔を上げる。
そういえば、もう謙也さんはあたしを名前で呼ぶのに躊躇がない。
まぁあれからだいぶ時間が経っているし、当たり前と云えば当たり前なんだけど。さらっと呼ばれて嬉しいのに、どこか寂しく思ってしまうのはあたしの我儘だろうか。
そんなことを考えていたら、謙也さんはあたしの手を離して一歩前に進んで、くるりと方向転換。
「ん」
「………」
両手を広げてこちらを見る謙也さんに、この場合あたしはどういう反応をするのが正解なんだろうか。
とりあえずジッと謙也さんの顔を伺ってみたのだけれど、負けじと謙也さんもあたしを見ている。
しばしの睨み合い。
な、なんだこれ。
どうしろっていうんだ。
真顔で、口を真一文字に結んで、どこか緊張した顔の謙也さん。
意味がわからない、と思ったのと同時に気付いた。
…まさか、さっきのあたしの呟き、気にしてる?
考えようによっては謙也さんのこの格好は、まあつまり、―――あたしを抱き締めようとしているようにも、見える。
表情と言葉がないせいで気付くのが遅くなったけれど、まさかそういうこと?
気付いて、呆気に取られて。
それから、胸が暖かくなった気がした。
「…ふふ」
「…なんやねん」
「いーえ」
なんだかおかしくなってしまって、あたしは笑う。
それから、一歩、二歩と足を前に動かして。
「あったかい」
「…せやな」
そっと謙也さんの胸に、頬を寄せる。
すぐに背中に腕が回ってきて、恐々と、けれどしっかりと抱き締められた。
初めての距離感にドキドキして仕方ない。
あたしの心臓も大変なことになってるけど、謙也さんの心臓もものすごく早く脈打っている。さすがこんなところまでスピードスター。
緊張しているのはあたしだけじゃないことが嬉しくて、小さく笑う。
それから少し迷って、あたしも謙也さんの背中に手をまわしてみた。
すると謙也さんは一度大袈裟なくらいに身体をビクつかせて、それから、あたしを抱き締める力をさらに強めた。
正直痛いくらいだったけど、そんなことは些細なことだった。
「…あったかいな」
そう、暖かい。
心が、じんわりと、幸せな温もりでいっぱいになった。
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こうして少しずつ、触れていく