オー・マイ・リトルガール!   作:秋元琶耶

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あたたかなてのひら

夏が終わり、秋の涼しさにも慣れてきた10月。

すでに部活を引退している謙也は、たまに放課後に部活に顔を出すぐらいで暇を持て余していた。

勉強しなければならないのはわかっているのだが、そもそもあまり勉強は好きじゃないし、どっちかというと動いていたい。だから引退した最初の頃はちょくちょく部活に顔を出していたのだが、そのうち鬱陶しくなった財前に出禁を食らってしまい、以降解禁されてからは週1回か2回くらいしか顔出しを許可されておらず、ものすごく暇だった。

ならば今こそ小毬と一緒に過ごせばいいものを、しかし秋というのは芸術の秋。夏以上に展示会やコンクールに、いろんな伝手から引き受けた仕事が山積みになっていて全く小毬が捕まらない。

夢のために奔走する彼女はとても魅力的だけれど、目下やることのない謙也は寂しいばかりだった。

今までは学校内でもそこそこ見かけていたのに、今はほとんど見かけない。まるで最初の意図して逃げられていた頃を思い出してちょっぴりしょっぱい気分になったが、教室に顔を出してみると、机にかじりついて紙と格闘している様子から、おそらく次の作品の構想を練っているのだろうと予想がついて声をかけるのも憚られた。

構ってほしいけれど、だからと云って真剣な小毬の邪魔をするのは違う。

自分だって大会前から大会期間中はテニスばかりで全然小毬に時間を割いてやれなかったのだから、これはお相子だ。

 

そんな寂しい期間をおとなしく過ごしていたご褒美だろうか。

今日も今日とて暇を持て余して帰るしかなくてのろのろと靴を履き替えていた謙也の背中に、聞きたかった声が降りかかった。

「謙也さん!」

犬のような反射真剣でパッと振り向けば、予想通りそこにいたのは小毬だった。ここ数週間、まともに声すら聞いていなかった大好きな声。

なんだか、久しぶりに見るとものすごく可愛くなったように思うし、声だってこんなに可愛かっただろうか。耳に蕩けるようにしみ込んで、脳みそから何から溶けてしまいそうだ。

「今帰りですか?」

「おん、小毬も?」

「はい、さすがにテストが近いので花も写真も控えて、勉強します」

「ほな、一緒に帰ろか」

提案すると嬉しそうに頷く小毬が可愛くて、ここが学校でしかも昇降口ということさえ思い出さなければこの場で抱き締めていた。

 

 

+++

 

 

「あ、焼き芋屋さん」

帰り道、公園のわき道を通りかかったところで小毬がふと足を止めた。謙也も習って小毬の視線の先を追えばそこにいたのは昔ながらのトラック売りで。

「謙也さん、焼き芋食べません?」

「いいな、食おか」

両手を上げてはしゃぐ小毬が可愛くて今日も生きるのが楽しい。

もうなんぼでも買うたるからおっちゃん引き留めて来なさい。

世界の美しさを実感していると、珍獣を見るような目で見られた。しかし今の謙也にとってはそんな視線すらご褒美である。何故なら小毬が存在している世界すべてを美しいと感じているのだから。

ちょっと間違えれば怪しい宗教である。

しかし小毬も慣れたのか諦めたのか、今にも拝みだしそうな謙也は放ってさっさと焼き芋を買いに行っていた。ちなみに賞金だなんだと金銭面では困っていないので、ちゃんと自分で買うつもりである。が、それでは謙也が納得しないので、仕方がないので暖かいお茶を買ってもらうことで解決させた。

 

「あったかい~」

「ほんまやなぁ」

道端で買った焼き芋を半分にして、のんびりと歩きながら食べるというこのほのぼのっぷりに、謙也は頬が緩むのを止められない。

今まで忙しくて会えていなかったというのも全部チャラに出来るくらいの充足感だ。

焼き芋は美味しいし、小毬は楽しそうだし、自分は満足だし、これってもしかしたらものすごく幸せなことなんじゃないかと気付いて感動に泣きそうになる。ああ、空が茜色。

なんてちょっとひとりで感傷に浸っていると、ちょいちょい、と裾を引かれた。見れば小毬が空いた手で謙也の制服の裾を引っ張っていて。

「謙也さん、手、貸してください」

「手?」

もう可愛い。

やることなすこと全部可愛い。

実は口の端に芋のかけらがついているのだけれど、それすら可愛いので云わなくていいだろうか。

いやでもこれは云わないと後で怒られるパターンだと判断し、先に指摘してから手を差し出す。

小毬は慌てて芋を取って軽くハンカチで口元と手を拭いて、気を取り直してから謙也が差し出した手を改めて取った。

「んふふ」

「…なん?」

さっきまで焼き芋を持っていたのでほんのり暖かい手で謙也の手を取り、存在を確かめるようにぎゅっと握ったり撫でたりする。

正直動揺する。

その触り方!

絶対小毬は意識してないし、そんなつもりも全くないのだろうけど、健全な謙也くんは男の子である。

そんな風に触られたら、意識しないわけにはいかない。

 

あかん。

ちょっと待って。

落ち着くから待って。

落ち着けるから待って。

冷却ワード唱えるから待って!

と、心の中で鉄板となった冷却ワードを唱え始めると、ついに小毬は甘えるように謙也の腕に抱き着いた。

 

当たっています。

どこがとは、云いませんが!

もう謙也の煩悩は爆発寸前である。

そんな謙也の葛藤など知る由もない小毬は、謙也が抵抗しないのをいいことに上機嫌に謙也の腕に顔を寄せた。身長差が大きいので、丁度謙也の肩の下に小毬の顔が来る。正直、抱き締めるには最高の身長差だ。

これはもう抱き締めていいのだろうか。

むしろ小毬から抱き着いてるしいいよね!?

誰にともなく確認をとっていた謙也に、ぽつり、と小毬は零した。

「あたし、謙也さんの手、すごい好きです」

「ん!?」

「安心するっていうか、なんか、えへへ」

ふにゃり、と。

そんな気の抜けた可愛い顔をされて、しかも下から見上げられて、一体自分をどうしたいというのだろうか。この小悪魔め。

きっと小毬に自覚はない。

何せ自分が可愛いと本気で信じていないくらいだ。

自分以外への審美眼は絶対の自信を持っているくせに、どうして毎日鏡で見ているであろう自分の顔が整っていることだけは信じられないのか心底不思議だった。

 

ナルシストになれとは云わないが、少しくらい自分の顔に自信を持っても罰は当たらないと思う。

そうでないと、こっちの身が持たない。

「…可愛すぎやろ」

「…そ、そんなお世辞云っても、なんにも出ないですよ?」

「………」

小毬は照れた時、唇を尖らせて目を逸らす。

最近気づいた小毬の仕草の中で、謙也はこれが断トツでお気に入りだった。とはいっても謙也の会話術ではとてもじゃないが一枚も二枚も上手の小毬を照れさせることなんて出来ないし、むしろいつも小毬の言動に振り回されて照れてばかりなのは謙也の方だった。

だからこういうとき、ちょっとだけ嬉しくなってつい云ってしまった。

「…ないん?」

「え!?」

「残念」

「え、ちょっと、け、謙也さん…!?」

顔を真っ赤にして焦る小毬が可愛くて仕方なくて、やっぱり抱き締めてしまいたい。けれどここは天下の往来、こんなところで抱き締めたら間違いなく鉄拳が飛んでくる。そして間違いなく一週間は無視される。非常につらいけれど、無視されるほうが辛いのでここは我慢するしかない。

理性を総動員して抱き締めたい衝動を抑え込み、どうにか平静を装って笑う。

「はは、冗談やって」

「ううう、もう!」

今更照れが限界突破したのか、小毬はハムスターのように頬に空気を詰め込んで顔を真っ赤にして離れてしまった。

ああ、こうなってはそれすらも可愛いというのに、自覚がないのはだから恐ろしい。

 

可愛くてたまらない。

笑う君が、

照れる君が、

俺を見る君が。

君のすべてが可愛くて、だから俺は不安になる。

 

「小毬、ほら」

 

―――俺は、君に釣り合う男に近付けているだろうか。

 

ふと考えてしまうのだ。

待っていてほしいとは伝えた。

待っていると云ってくれた。

けれどその期限は一体いつまでだろう。

自分が胸を張れる男になる前に、小毬はもっと魅力的になっていってしまう。

長いまつ毛、桜色の唇、華奢な身体、優しい笑顔と心地よい声。

その全てが魅力に溢れていて、眩しくて仕方ない。

追いつけない、と焦る。

小毬を好きな気持ちに嘘はないけれど、気後れしてしまうのも本当で。

いっそ諦められたら、とさえ思う。

自分より魅力のある男はここにはたくさんいて、白石なんかはその筆頭だ。

小春とも仲が良いようだし、財前があんなに懐いているのも珍しい。

氷帝のメンツも少なからず小毬に好意を持っているようだし、それこそ顔面偏差値だけなら自分なんて到底及ばない。

自分なんか、と思う。

けれど思う反面、やっぱり自分は、とも思う。

その度に自己嫌悪に苛まれるのに、結局は諦められない。

 

だって、自分は小毬が好きだから。

 

「帰ろ」

 

謙也が手を差し出して。

 

「…はい」

 

小毬が手を握る。

 

ただこれだけのことが、どうしようもなく嬉しくて、愛おしくて仕方がない。

繋いだ手は暖かく、心までも温まるようだった。

寄り添って歩く、なんでもないこんな日常が幸せで、どうしてこれ以上を望めるだろう。

 

与えられるこのひと時が、ただ幸せだと、思った。

 

 

 

 

 

*****

 

これで付き合ってないとか嘘やん

って私も思ってます

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