オー・マイ・リトルガール!   作:秋元琶耶

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ミラーボールの憂鬱(番外編)

「俺と付き合ってくれへん?」

 

うわ最悪。

 

ベタの上にベタを重ねたベタな展開だが、ゴミ捨てのために正規の道ではなく近道をしていた一氏ユウジは顔を顰めた。

ここは裏庭の目立たない一角で、四天宝寺では有名な告白スポットになっていたことを今更思い出したのだ。

どうにか自分の存在は彼らにバレずには済んだようだが、引き返そうにも足音やら物音で気付かれてしまいそうで動けない。

告白が終わったなら返事してさっさとどっか行け、と念じたところでそんな願いが通じるはずもなく、一組の男女はまだ移動しそうになかった。

 

(しかも何が最悪って)

 

告白した男子生徒の方は、クラスは違うが知っている。

サッカー部のエースストライカーの一条はイケメンだと有名だが、正直身内目を抜きにしても白石のほうが格好いいと思う。

しかし一条はあまりいい噂は聞かない。顔はいいが性格がよろしくないとクラスの女子が話していたことがあって、その時は興味がなくて聞き流していたのだが、なるほどと思わず納得してしまった。

何故なら一条と、今告白を受けた女子生徒にはほとんど関りがない。いや、自分だって別に彼女とそこまで仲が良いわけではないので細かいところまでは知らないが、部活に所属していなくても彼女の私生活が忙しいことは知っている。

そんな彼女に告白するのだから、おそらく一条は彼女の顔しか知らずに告白したに違いないのだ。まぁこれは一氏の予想でしかないが、多分当たっている。

 

「ご、ごめんなさい…」

 

間違いであれ、と柄にもなく思ってしまった、彼女は津々井小毬。今年度になってから四天宝寺に転校してきた2年で、何の因果かテニス部とよくよくかかわることの多い不思議な女子だった。

顔は確かに可愛らしい部類だろう。少し小柄だが子供っぽいわけでもないし、むしろこれからの成長が楽しみになりそうな、いうなれば磨けば光る原石の予感を抱かせる少女だ。

が、一氏は知っている。

というかちょっと彼女と仲良くなって、彼女の仲の良い氷帝の跡部景吾――というと烈火のごとく怒るので云えない――とのやり取りを一度見れば、小毬がただ可愛いだけの子でないことはすぐにわかる。少なくとも一氏は、例えこの世に金色が存在しない世界だったとしても小毬を彼女にしたいとは思わない。妹くらいなら歓迎するが、異性としては見られない。運動神経は悪い癖に、喧嘩となると驚く瞬発力で跡部に掌底破を食らわせていたあの衝撃は、忘れようにも忘れられない。あんな彼女怖くて嫌だ。

 

ともかく小毬は一条を振った。

もう終わったんだからさっさといなくなってくれないと、ゴミを捨てられない。部活に遅れると金色と一緒にいる時間が減るから、これは死活問題だ。

しかし一氏の願いはまたも空しく裏切られることとなり、振られたにもかかわらず一条はまだ小毬に食い下がった。

「付き合ってる人おらんのやろ? なら、お試しでどや?」

「い、いやぁ…」

往生際が悪いことである。ハッキリ云ってダサい。かっこわるい。見苦しい。

小毬も顔をひきつらせているのに、そんなことは気にも留めずにぐいぐいと自分をアピールしている様子は寒々しい。勝手に見ておいてなんだが、ものすごく不愉快だった。自分の顔がどんどんしかめっ面になっていくのがわかる。

これ以上はとてもじゃないが耐えられない。

もういっそ出て行ってしまおうか。

笑いを取りに行く調子で飛び出したら、この胸糞悪い空気がブチ壊れたりしないだろうか。

そんなことを感が始めた時だった。

 

「それとも、忍足と付き合ってるって噂はほんまなん?」

 

今にも飛び出しそうになっていた足が止まった。ついでに呼吸も止めた。

一条の声は試すような声色で、取りようによっては面白がっているようにも聞こえる声だった。それも面白くない。

「…いえ、付き合っては、いないんですけど…」

答える小毬の声は弱弱しい。

思わず一氏は小さく舌打ちをした。

一氏の知っている小毬はいつもやかましいほど元気で溌溂としていて、こんな吹けば飛びそうなか弱い小毬なんて気味が悪い。

しかもそんな一面を見せているのが自分たちや謙也ではなく、振られた相手に食い下がり続けるようなつまらない男相手だという事実が異常に腹立たしかった。

「ならええやん。損はさせんと思うし」

「損とかそういう問題じゃなくてですね…」

ああいう輩にはきっぱり云わねばわからない。それは小毬もわかっているだろうが、一応先輩だから気を遣っているのかもしれない。彼女は意外と上下関係を気にする。その割には跡部に対してだけはやたら強気だが、まぁいろいろあるんだろう。

 

しかし一条の俺アピールが止まらない。やれこの間の試合ではハットトリックしただの夏の大会では府ベスト4になったとか強豪校から推薦をもらう予定だとか。残念ながら小毬と付き合いの深いテニス部は府ナンバーワンだし全国ベスト4だ。比較対象としてお話にならない。

そもそも小毬はそんなことで付き合う相手を判断したりはしないので、一条のアピールは完全に見当違いなのだが。

自分の彼女になることがどれだけ素晴らしいことなのかを語り始めたところで、我慢強い小毬にも限界が訪れたらしい。

あの、と一条の言葉を遮ってしっかりと一条を見つめて云った。

「とにかく、あなたとはお付き合いできません。ごめんなさい」

きっぱりと云って頭を下げる。

さすがにそこまでされて食い下がることは出来なかったのか、一条は項垂れて去っていった。少し名残惜しそうに何度か小毬を振り返っていたが、小毬は頭を下げたまま微動だにしない。

一条の足音すらも消えた頃に漸く顔を上げた小毬は、疲れたように大きく息を吐き出した。

 

…そろそろ頃合いだった。

 

ゴミ箱を抱えてひょっこりと顔を出して、よ、と声をかける。

「すまん、見てもーたわ」

「ひ、一氏先輩!?」

このまま小毬が立ち去るまで待ってゴミを捨てて、何事もなかったかのように部活に向かうことも考えた。

が、これはいい機会だと思う自分もいて。

「なあ、いっこ訊いてええか?」

「…はい?」

まさかこんなシーンを誰かに見られるとは思っていなかったのか、赤くなったり青くなったり白くなってみたりと明らかに挙動不審になっている小毬に、一氏はずばり問いかけた。

 

「なんで自分、謙也と付き合わへんの?」

 

多分、気になっているのは自分だけではないはずだ。

何せ小毬がテニス部と関わるようになったのは謙也が間に立っていたからで、財前もクラスが隣だから仲が良いというのは知っていたが、それだけではないくらいはすぐにわかる。

基本的に小毬は愛想がいい。というか、人との距離の取り方がうまいのだろう。だから自分のような普通だったら倦厭されてもおかしくないような性格の誰か相手でも物怖じせずに付き合える。

白石のようなそつのなさとはまた違うが、するりと人の心に触れてくるあたりは素直にすごいと思う。

 

小毬と、謙也。

ふたりの間に何があったのかは知らない。テニス部に関わるようになった春頃のことも、氷帝との練習試合があった夏のことも、何かあったのかはわかっても、その内容までは知らないし、実を云うとそこまで興味もない。

けれど、あのふたりが一緒にいるのは心地よいと思うのだ。

別に恋のキューピッドを目指すわけではないが、ただあのふたりが笑いあっている様子は、嫌いじゃない。

「…金色先輩に聞いてないんですか?」

「小春はなんも云うとらん。でもわかるやろ、普通」

いつものふたりを見ていれば、わかるに決まっている。

ふたりとも誰に対しても笑顔の絶えない性格だ。

そのふたりの笑顔が、お互いに対してだけは違っていた。

 

愛しいと、大切だと。

その視線は確かに告げていて。

 

ああ、そうなのか、とすとんとすぐに納得がいった。

そういうことなのか、と腑に落ちた。

 

それなのに未だふたりが恋人同士ではないのだと知ったときは純粋に疑問だった。

誰よりも似合いのふたりが手を取り合わないのは何故だろうと、不思議で仕方なかったのだ。

どうも金色は事情を知っている様子だったが、それを問いただすほど一氏は野暮ではない。

けれど今ならば訊いてもいいだろう。

タイミングも手伝って、丁度疑問をぶつけてみたわけだが、小毬は困ったように笑ってから口を開いた。黙秘するつもりはないらしい。

「待っててって、云われて」

ぽつり、と小毬は零す。

夏に謙也に告げられたこと。

以前に金色に話したこと。

 

それを黙って聞いていた一氏は、一通り聞き終わってから思い切り息を吐き出した。

「ほんでおとなしく待っとるわけか。健気やなぁ」

待てと云われて待って、誰が見てももどかしい関係を続けているというわけだ。

これを健気と呼ばずになんと呼ぼう。全く気遣いもクソもない、10枚くらい重ねたオブラートをすべて取っ払っていいならば、残った良心で控え目に云っても馬鹿だと思うが。しかしはっきりとそう口にするほど一氏は心ない人物ではなかった。

「しんどくないんか?」

代わりに、訊ねる。

「…いいんです、このままでも」

俯いて、視線は下に。

その視線が痛々しすぎて、思わず一氏はがしがしと頭を搔いた。

 

口を出すつもりはなかった。

自分はそこまでお人よしじゃないし、お節介でもないつもりだったから。

でも、見てしまった。

知ってしまった。

自分の大切な仲間を想って悲しむ少女がいることに、気付いてしまった。

 

「あんなぁ、嘘つくならもっとしゃんと嘘つかんかい! そんな顔で云われても信じれるわけないやろが!!」

 

きっと小毬に悪気はない。そして、おそらく待たせている謙也にも。

ふたりにはふたりの事情があって、それを一氏は知らず、そこまで踏み込むつもりもなくて。

けれど知らないなら知らないなりにも思うことはあって、一氏はそれを間違っているとは思わなかった。

「しんどいならしんどいでええやろ。ほんで、謙也に云ったらええやんか」

それで終わるならそれまでだったということだ。謙也が終わらせるわけはないだろうが。

小毬もそれはわかっているだろう。

けれど、と小毬は首を振る。

ゆっくりと、しかし確固たる意志をもって。

「謙也さんが困ったら嫌ですから」

「自分は傷付きっぱなしやっちゅーのに謙也の心配か? アホくさ」

「アホでいいです」

「あんなぁ!」

 

「だって、あたしはもう十分幸せなんです」

 

思わず激高しそうになって、かちり、と合う視線。

まっすぐに自分を見る小毬の視線に嘘や強がりは見られない。

今のままでも幸せだと、それは確かに本心だろう。

明確な言葉にせずとも、傍にいられる、笑っていられる。

けれどそれが終着点ではないはずだ。

 

―――それ以上の幸せは、あるはずなのだ。

 

望んだって誰も怒ったりはしない。

むしろ望むべきだと思う。

それなのに、これでいいのだと小毬は笑う。

「…ほんまもんのアホやな」

この言葉は呆れから出たものだけれど、決して馬鹿にしたわけではない。

なんて純粋で欲のない子なのだろうと思う。

とてもじゃないが、自分が小毬の立場だったらそうはいかないだろう。

好きな相手がいて、その相手も自分を憎からず思っていて、けれど気持ちを言葉にする前に待ってほしいだなんて云われたら。

幸せだなんて思えない。

短気な自分のことだから、だったらいい、と切り捨ててしまうかもしれない。縋ることはないと思いたいけれど、実際そんな立場に置かれたことがないので自信がなかった。

 

小さく笑う小毬は、きっともう決めているのだろう。

待つと。

いつか謙也が手を伸ばしてくれるその時まで、変わらず傍で待つと決めたのだ。

ああ、ならば。

「小春も云うたと思うけどな、相談くらいになら乗ったるで」

「…一氏先輩、モテるでしょ」

「小春にモテな意味ないねん」

そもそも、お前には云われたくない、と一氏は思う。

謙也も嘆いていたし、傍から見ているだけの自分でもわかるくらいだから事実なのだろうが、どうやら小毬は自分の見た目がすこぶる良いという自覚がないのだ。

確かに絶世の美女というわけでも派手なわけではない。例えば白石のようなわかりやすい美形でもない。

が、見る人が見ればすぐに気付く。

顔の造形の問題だけではなく、小毬は綺麗だ。今はまだ可愛らしい要素のほうが強いが、もう1、2年もすれば化けるだろう。

 

本能的に悟ったのか単に今の見た目に惹かれたのか知らないが、一条のような輩も出てくるくらいだ。それに直接小毬に告げていないだけで彼女に好意を寄せている男子生徒は大勢いるに違いない。

自覚がないというのは斯くも恐ろしいものなのか、と呆れて吐き出せば。

「―――あたしも」

小毬の声に、弾かれるように小毬を見る。

声が震えていた。

 

「あたしも、謙也さんにモテなきゃ、意味ないです」

 

云って笑う小毬は今にも泣き出しそうで。

 

(なんでお前、こんな子待たせとんねん)

 

一氏は小毬に対して恋愛感情なんか微塵もないし、これから先だって抱くことはないだろう。

でも、だからこそ思う。

 

(はよう捕まえたれ、アホンダラ)

 

この一途で真面目で愛らしい後輩は、謙也の隣で笑っているのがお似合いだ。

近い未来、ちゃんと心からふたりの幸せを祝えるように、と。

 

―――願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

*****

 

ユウジは意外と面倒見いいんじゃないかなって思うわけで

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