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「あ―――――ッ!!!」
ビクッとなって、思わず振り返ってしまったのが敗因だったのだと後々気付く。しかしこのときのあたしは反射的に声の方向を見てしまったのだ。ああ、素直な自分が恨めしい。
「なあ、自分こないだの子ぉやんな!?」
すぐそばのテニスコートの中からこちらに向かって声を上げるその人は、勘違いでなければあたしを見ていた。念の為周囲を見回してみるが、あたしの近くには誰もいない。え、嘘あたし? 何事かと同じくテニスコートの中にいる部員の方々の視線が刺さる。うわぁ嫌だぁ。
恐る恐る自分を指さすと、彼はニコニコしたまま頷いた。
…誰だお前。
と、ややあって思い出す。あれだ、一昨日の早朝この近くの石畳でぶつかったひよこ頭。
「いやーまた会えてよかったわ~、ほんまに怪我とかなかったか?」
いやーまた会ってしまったわ~、なんで覚えてんの?
引きつりそうになる頬を抑え込みつつ、頷くことで答える。大丈夫です何もないですだからも行きますね。
見ればどうやら部活中らしく、ジャージ姿に手にはラケット。ああ、そうか、この人テニス部なのか。ますますもって関わりあいたくないわ。前の学校の某テニス部部長を思い出して胸糞悪い。いや、別にあの人のこと嫌いなわけじゃないんだけどさ。
逃げるように後ずさりすると、トン、と背中に何か当たる。振り返ればそこには一人の男子生徒。ん、なんか見覚えがある気がする。
「す、すみません」
ぺこりと頭を下げて、これを機に逃げ帰ろう。
…と、したのだけれど。
「…あの」
何故かがっちりと腕を掴まれてしまい、動けない。そして振りほどけない。え、何事?
見上げればその人は静かにあたしを見下ろしていて、耳に光るピアスが眩しい。うわあああこの人絶対ヤンキーだ! ヤンキーの割にあのひよこ頭の人と同じジャージ着てる! まさかこの人もテニス部? うわーここのテニス部どうなってんの怖すぎでしょ!
声に出さず悲鳴を上げていると、ヤンキーはやっと口を開いた。
「自分、謙也さんと知り合いなんか? 転校生」
「…へ?」
「あれやろ自分、6組の転校生やろ」
頷きながら、頭の中から情報を引っ張り出す。
そうだ、思い出した。この人は7組の人で、確か財前光。なんだかクラスの女子がキャーキャー云っていた気がするし、先日あった校外実習で見かけたような、うすぼんやりとした記憶がある。興味なさ過ぎて忘れてた。
「有名んなってんで。美人やけど無口で無愛想でとっつきにくいって」
「…はぁ」
無表情でそんなん云われても、どうしろってんだ。
しかし正直、その評価は狙った通りなので嬉しい。頭に余計な言葉がついてたような気がするけど、まぁこれも大阪ジョークというやつなんだろうから気にしない。
親切心で気にかけてくれている人たちには大変申し訳ないのだが、あたしはこれっぽっちもこの学校に馴染むつもりがない。
大丈夫。あたしにはお花と写真があるのだから、これを支えに学校生活を頑張れる。
なのでどうかみなさん、根暗で無口で無愛想なあたしなんかには構わず楽しい学校生活を送ってください。
というか、なんなのこの人。
微塵もあたしに興味ありませんって顔してるくせに、なんでそんなこと云うのかわかんないし、なんで腕捕まえてるのかもわかんない。
用事がないのならさっさと放して部活にでも行けばいいじゃないか。
未だに見下ろしてくる財前の視線を見返しながら、はてどうしたものかと考えていると。
「おーい財前、何しとんねん! 女の子怖がらしたらあかんで!」
「うっさいっすわ、謙也さん」
いいぞ云え云えひよこ頭。その調子だ。今だけ応援するから財前怒ってやって。
でもさっきのやりとりからなんとなくこのふたりの力関係がわかるような気がして、過度な期待はやめておいた。
ああ、穏やかな帰り道だと思っていたのにとんだことに巻き込まれてしまった。
救いなのは、周囲にはほとんど生徒がおらず、このやり取りを見られていないというところだろうか。
どうやら四天宝寺中は部活動に熱心な学校なようで、実に9割の生徒がなんらかの部活に所属しているというのだから驚きだ。でも強制ではないからあたしのような帰宅部もいるらしく、そういう人たちが数人まばらに歩いている程度。これが大勢の生徒の前での出来事だったらと思うと、ぞっとしない。
嫌な想像に背筋を凍らせていると、ひよこ頭さんがアッと声を上げた。どうでもいいけどこの人忙しないな。
「せや、自分名前なんていうん? こないだ聞きそびれてしもて、どうやって探せばええか困っててん」
そのまま永遠に困ってればいいのに。
そもそもお詫びがどうのって云ってたけどあれはお互い様の事故だったんだし、お詫びなんてされるようなことではない。
つまり名乗る必要もない。
「津々井小毬っすよ」
「なんであんたが云うのよ!?」
やめろ自然とプライバシーを侵害するのは!
睨み付けてもどこ吹く風といった様子の財前に隠すことなく舌打ちを零し、しかしひよこ頭さんは満足そうにニコニコとしている。
「津々井小毬な、覚えたで!」
「…どうも」
…なんか、苦手だ、この人。
お人よしそうで、警戒心なんてないようなお気楽そうな笑顔。
多分この人は、無条件で人に好かれる人なんだと思う。そうさせる雰囲気がある。
髪の色も相まって、そう、まるで太陽みたいな。
―――これは、苦手だ。
灰色の中学生活を誓った自分の本能が告げている。
この人と関わりあいになるのはよくないと、告げていた。
少し俯いて唇を噛みしめて、未だに腕を掴んだままの財前の手首を掴む。
「いい加減、はなして」
呟くと、腕はあっさりと解放された。
なんで引き留められたのかいまいち理由はわからないけれど、今はそれを問いただすよりも先にこの場から立ち去りたい気持ちのほうが大きかった。
頭上から財前の視線が突き刺さっているのはわかった。それでももうあたしはその視線に応えることも、これ以上口を開く気もない。
少し離れているのであたしの表情など気付かないのであろうひよこ頭さんが不思議そうな顔をしていたのも見ないふりをして、あたしは彼らに背を向けて帰路を急いだ。
その背中に、声がかかる。
「またな、津々井!」
―――無性に、写真を撮りたくなった。
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10話で終わらせたいとか云ってたな、ありゃ嘘だ(byジョルノ)
短めにちょこちょこ進めていくのも手だなぁと今更気付きました。
財前のキャラがあんまりつかめないぞよ…