オー・マイ・リトルガール!   作:秋元琶耶

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偶然の共通点

 

 

 

関東にいたころにあたしが通っていたのは、氷帝学園中等部。

金持ち校で有名な学校だが、多分それはある特定の人物が異常に金持ちだったからで、実のところ社長令嬢子息ばかりが通う学校なわけではない。確かに平均的に裕福な家庭は多かったし偏差値はそれなりにあったし部活やその他の活動も活発だったけど、実際のところは通っている生徒は至極普通な子が多い。そんであたしも、その普通の子のうちの一人だったはずだ。

一年のときのクラスメイトは鳳長太郎ことちょたで、日吉とはあいつが報道委員とあたしが写真部という関係で結構仲が良かった。と思う。ちょっと自信ない。

 

華々しい中学生活を夢見ていたあたしに、しかし現実の世知辛さを思い知らせてくれたのは、入学当初から何故かあたしを知っていた天上天下唯我独尊テニス部部長何様俺様跡部様ことクs…景吾さんだった。訳も分からず目をつけられたの運の尽きだった。いや入学初日から尽きる運て何よ。それ最初からないんじゃないのよふざけんな。

ともあれ景吾さんのせいであれよあれよという間にテニス部に巻き込まれることが多くなり、嫉妬した自称テニス部親衛隊もとい跡部様ファンクラブという女の子からのやっかみは死ぬほどめんどくさかった。そのほとんどが陰口だったからほとんど実害はなかったし、事情を理解してくれている友人もいたから乗り越えられたんだけど、とりあえず景吾さんはあたしに謝るべきだと思う。土下座しろって素で思う。

確かにあの人たちと一緒にいるのは楽しかったし、いろんな意味で貴重な写真も多数撮れた。被写体としては申し分ない素材ばかりだったので、その点では感謝できなくもない。が、楽しかった記憶よりも跡部景吾このクソ野郎! って気持ちが圧倒的過ぎて感謝するより先に殺意が芽生える。結構明確なんで、ほんと背後に気を付けて。

けれど、そんなことよりも。

重要なのはあたしが氷帝に通っていて、テニス部と親交があって、そして。

 

「なんや、自分氷帝やったんかぁ!」

縁やなぁ、と笑う謙也さんにつられて乾いた笑いを零しつつ、あたしの心臓は大爆発寸前だ。

待って。

ねえ待って。

ちょっと心臓しんどい。

だって、忍足って、あの忍足先輩でしょ?

謙也さん、忍足先輩の従弟って、何、ちょっと待って今落ち着く。

「侑士とは転校してからもずーっと仲良うてな、未だに三日に一回は電話してんで」

マジかよ。

あたしなんか委員会一緒だったから一応連絡先とかは知ってるけど、業務連絡以外でメールしたり電話したことなんかないっていうのに。

謙也さん、三日に一回電話って正気?

あのセクシーダイナマイトウィスパーヴォイスをほぼ毎日耳元で囁かれてるの?

噓でしょ?

どんだけ強靭な耳と心臓してんの?

ほんと待って心臓やばい。

「…津々井、どないしてん?」

「いえ、ちょっと動悸が」

想像しただけで無理。悪い意味じゃなくて、いや良い意味っていうのもおかしな話なんだけど、とにかく悪い意味ではなく無理。耐えられる自信がない。業務連絡の数十秒の電話ですらのたうち回ってたのに、それをほぼ毎日とか、耐えられるわけがない。

でも謙也さんうらやましい…。

赤くなったり青くなったり真顔になったりしている自覚があったが、一人百面相をしているあたしを不思議そうに見る謙也さんには何でもないですと首を振る。何でもない顔ではないのは百も承知です。

正直に云います。

謙也さん、羨ましい!

 

ところで現在帰り道、時間は部活動時間終了後。

謙也さんが忍足先輩の従弟だと分かった時点でテニス部の休憩が終わってしまい、そんな中途半端な状態で家に帰ったら絶対今日眠れないと瞬時に判断したあたしが、謙也さんに一緒に帰ろうと提案したのだ。どうやら途中までは同じ方向らしいし、部活終わりでお腹が空いてるならどこかでご飯を食べて帰ってもいい。今日は両親もそれぞれ飲み会やら食事会で遅くなる予定だし、問題ない。

少しびっくりした様子だったけど快くOKしてくれた謙也さんを待つ間、とりあえず図書室で次のコンクールに出店するアレンジについてまとめていた。

が、全然考えつかなくて困った。

普段は花と写真のことしか考えていないあたしの頭が、これっぽっちも花も写真も考えられなかったのだ。

そう、あたしの頭の中にあったのは、忍足先輩のことばかり。

景吾さんのせいでテニス部と付き合うようになり、更に偶然のいたずらで海外交流委員会で一緒になったのが話すようになったのがきっかけだった。

格好良くて優しくて、少しだけ陰のあるようなミステリアスな忍足先輩。

委員会でペアになることも多くてほかの人よりもちょっと多く忍足先輩のことを見てきたあたしは、最初はただ格好いい人だなぁとしか思っていなかった。

大阪人という割にはノリが軽くないのに、だけどやっぱり話していると面白くて、一緒にいて落ち着く人だというのが第一印象だった。

 

そんな忍足先輩を意識するようになったのは、校内で行われた写真部の写真展がきっかけだった。

あたしは得意の花の写真の他に、景吾さんに無理やり撮らされたテニス部の写真も数点出展していた。心底腹立たしいが、何度も云うが被写体としてだけは一級品なのだ。適当に撮ったところで素材が良ければそれなりのものにはなる。が、そんな適当な仕事はプライドが許さないため、報酬(跡部家御用達高級生花店のタダ券!)もせしめたことだし仕事だと思って割り切って腕によりをかけた写真を撮った。

それらは自分でも満足できるいい出来だった。

花も、テニス部も、最高の瞬間を収められたと思っている。

けれど、やっぱりどこにでもいるのだ、そういう輩は。

校内写真展が始まって数日が経った頃、たまたまあたしが展示室の傍を通りかかったとき、ガシャン、と何かが割れる音が聞こえた。

『写真を使って近づくなんて、汚らしい!』

驚いて展示室を覗くと、中には数人の女子生徒がいて、彼女たちの目の前にはあたしが撮った景吾さんの写真があった。フレームが割られて、彼女たちはそれを抜き取っていた。

目の前で起こっていることの意味が理解できずに硬直していると、ひとりがあたしの存在に気付いた。そして、こう吐き捨てて去っていった。

『どうせ何枚でも印刷出来るんだから、一枚くらいもらってもかまわないでしょ』

写真を利用してテニス部に近づいたと思われたことよりも。

あの一枚のために選んだフレームを割られたことよりも。

渾身の写真を持ち去られたことよりも。

 

―――最後の言葉が、あたしの頭をトンカチで殴ったみたいに衝撃を与えた。

 

確かにそうだ。

データさえ、ネガさえ残っていればいくらでも印刷できる。

それは事実。

だけど、そうじゃないのだ。

そういうことじゃないのだ。

あの一枚が、すべてなのだ。

花だろうと、人だろうと、風景だろうと、例え物であろうと、自分の胸に残ったその一瞬を閉じ込めたのはその一枚しかないのだ。

 

どうして。

なんで。

あたしは、ただ。

 

彼女たちが出て行ってしんとした展示室に、キャハハという耳障りな笑い声が響き渡った。

まるで世界から切り取られたみたいに静まり返ったこの場所にはあまりにも不似合いで、胃がひっくり返りそうなくら不愉快だった。

今すぐドアを閉めたい。

なのに、足が動かなかった。

漸く足が動くようになったのは彼女らの笑い声が聞こえなくなってからで、ハッとしてフレームを片付けるために動いた。幸い粉々になったわけではなかったので、箒と塵取りですぐに片づけられるだろう。

そこに現れたのが忍足先輩だった。以前に来たときはものすごい人で落ち着いて見られなかったので、人が少ない時間を見計らって改めて展示を見に来てくれたのだと後から聞いた。

ともかく、割れたフレームと無くなった写真、その写真の題名を見てあらかたの予想がついたらしい。災難やったな、と頭を撫でてくれて、それからもう何もない、写真があった場所に目を向けて呟いた。

『あれ、綺麗やったんになぁ』

何の、他意もなく。

あっさりと。

『津々井の写真、俺は好きやで』

いつもみたいに笑って云った忍足先輩の言葉が胸に染みて、あたしは涙を堪えることが出来なかった。

子供みたいにわんわん泣いて、その時初めて、あたしは悲しかったのではなく悔しかったのだと気付いた。いつか、誰も文句なんて云えないような写真を撮ってやる。割れたフレームを抱えて、あたしはそう誓った。

泣き続けるあたしの頭を撫でて、忍足先輩はずっと傍にいてくれた。

言葉はなかったけれど、それでよかった。

あたしの写真を認めてくれる誰かが傍にいるだけで、あたしの心は救われた。

 

その時からあたしは、ずっと忍足先輩のことが好きなのだ。

 

 

+++

 

 

謙也さんが空腹で死にそうだというので手近なファミレスでご飯を食べながら、ふと思い出す。

「そういえば、前に忍足先輩が従弟がいるって話してたの、今思い出しました」

「ほんま? なんて云っとった?」

大盛りのミートスパゲティーと巨大ハンバーグを吸い込むように食べる謙也さんに若干引きながら、委員会用の資料を作りながら零していた『関西にいる従弟』の話を思い返す。

えーっと確か。

「すごく足が速い」

「おう、浪花のスピードスターとは俺のことっちゅー話や!」

「人が良い」

「せや、バファリンの半分は俺で出来てんで?」

「消しゴム集めが趣味」

「いろんな消しゴム集めてたらいつの間にかえらい数になってもーたわ」

「おっちょこちょい」

「…まぁ、落ち着きないとはよう云われるな」

「猪突猛進」

「い、一点集中型なんや!」

「人の話をあんまり聴かない」

「…た、確かに白石とかに注意されるな…」

「世話好きが行き過ぎてお節介になる確率が高い」

「…な、なんや後半ただの悪口やん…!」

「あっはっは!」

スパゲティーもハンバーグもすっかり食べ終えてオレンジジュースをすすっていた謙也さんは、徐々に打ちひしがれるようにテーブルに突っ伏して行った。溶けるスライムみたいでなんか面白い。

 

悲壮な顔でいじける謙也さんに小さく笑いながら、当時のことを思い浮かべる。作業しながらだったからそんなにしっかり話したわけではないけれど、あの時のことは印象的だったからすぐに思い出せた。

「だけど、謙也さんの話をする忍足先輩、すごく楽しそうでした」

普段テニス部で見ている顔でも、委員会中に見せる顔でもなく、多分あれが忍足先輩の一番自然な表情だったんだと後から気付いた。

もちろん、普段が作っているというわけではない。ただ忍足先輩は他の人よりも聡いから、意識する前に一歩引いてしまうのだと思う。それが忍足先輩が大人っぽいって云われる所以なのかもしれないし、それは真理なのだろう。

だけどそれは、少しだけ寂しい。

本当の忍足先輩が見えないというのは、寂しいことだと思った。

けれど謙也さんは自然な忍足先輩を引き出せる、その力を持っている。

それは従弟だから出来ることなのかもしれないけれど、きっと謙也さんの人柄がそうさせることなのだろう。

だから、思わず零してしまった。

「羨ましい」

吐息のように吐き出してから、ハッとする。

キョトン、と謙也さんは目を瞬いている。

い、今のは駄目だろ!

「ちが、違うんです、ええと羨ましいっていうのはその、そういう意味じゃなくて」

そういう意味ってどういう意味だよ! と自分の中で自分をぶん殴りたくなる気持ちでいっぱいになる。墓穴しか掘ってないよ最悪だよ。

どどどどうしよう。

これどうすれば弁解出来るんだろう、と景吾さんには中の上と評された頭をフル回転して考える。

「まぁあいつ、ポーカーフェイスがデフォやからなぁ」

…あれ?

なんか慌てたのがあほらしく思えるくらい、謙也さんはあっけらかんと云った。

あ、これ気付かれてない?

「…で、ですね」

「あ、でも侑士、あんまし表情変わらへんけど、お好み焼きとたこ焼きの話始めると白熱すんねんで」

あいつの粉もんに対する情熱は異常、と真顔で云う謙也さんに相槌を打ちながら、あたしは今ようやく忍足先輩が云っていた謙也さんの特徴の一つに納得した。

あんまり人の話、聴いてない。

 

だけど今はそれに救われたので特に指摘するつもりもなく、しれっとした顔で続く忍足先輩トークに耳を傾けた。

さすが幼馴染の従弟というだけあって、いろんなことを知っている。ああ、いいなぁ。やっぱり羨ましい。

と、若干のジェラシーを感じながら、あたしはぬるくなったコーヒーをすすった。

 

 

 

 

 

+++++

 

ちなみに私は跡部景吾のことがとても好きです。

どれくらい好きかっていうと、言葉では云い表せないくらい好きです。

でも本命は連載当初から忍足です。なんでだろうなぁ…

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