オー・マイ・リトルガール!   作:秋元琶耶

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暗転、急転

 

 

 

自分で自分の長所を挙げるとしたら、集中力があることだと断言できる。

特に花に関することをしているときの集中は半端じゃなく、以前話しかけられているのに気付かず景吾さんを10分くらい放置してたら、顔を上げた瞬間拳を振り上げられていて悲鳴を上げたことがある。基本的にフェミニストなくせに、あの人のあたしに対する暴力的な態度は何なのか一度膝を突き合わせて話し合う必要があるだろう。ハゲろ。

まぁ、実はそれくらいならまだ良い方なのだ。

猪突猛進というほどの勢いはないがら、一度集中するとそれ以外に全く目がいかなくなってしまうことが問題で。

 

…あたしは今、我に返って蒼褪めている。

 

「…す」

今日は、先日玄関用に活けたの花をいたく気に入ってくれた校長が、何故かお礼に花束をくれたのだ。花のお礼に花って、と思いつつ、良い花を見繕ってくれたようで見事な花束だった。

折角だから帰ったらこの花で何か作品でも仕上げてみようかと考えながら歩いていたら、たまたま今日は部活が休みだという謙也さんと出くわした。

帰る方向は途中まで一緒だからと並んで歩いて他愛ない話をしていたのだが、テニスコートの脇を通りかかったときに、ふわりと風が吹いた。初夏の香りのする、柔らかな風だった。

その風に、あたしの腕の中にあった花束の花弁が少し舞った。決して強いものではなかったけれど、軽い花弁を攫うには十分だった。

風に乗った花弁を目で追いかけると、そのうちの一枚が謙也さんの髪に止まった。

ああ、似合うな、と思ったのだ。

謙也さんの明るい髪に、この美しい花たちがとても似合うと。

 

「すみ、ません……」

 

―――そして目の前には、花まみれになった、謙也さん。

 

覚えているのは、風に乗って謙也さんの髪に止まった花弁と同じ、真っ赤な一輪のガーベラを謙也さんの髪に当てた、その瞬間までだった。

いやほんともう、ごめんなさい。

 

 

+++

 

 

ひょんなことから知り合って、少しだけ他よりも親しくなった(と思う)後輩がいる。

関東からの転校生で、なんと従兄の侑士の後輩だったというから世間は狭い。

いろいろあったけれど今ではすっかり四天宝寺中にも慣れて、クラスにも仲の良い友達が出来てきたというから、それを聞いたときは自分のことのように嬉しかったのを覚えている。あんまり喜びすぎてはしゃいでいたら段々と彼女の視線が冷たくなっていったのが若干のトラウマだというのは秘密だ。

そう、そして今は津々井小毬と出会って、そろそろ2か月が過ぎようとしている時分だ。

今日はたまたま部活が休みで、普段なら自主練をして帰るところだがここ最近詰めて練習をしていた自覚があったし、そこを白石に指摘されもしていたのでおとなしく帰ろうとしていたら、同じく帰りだったらしい津々井と遭遇したので途中まで一緒に帰ることにした。

それが起きたのは、談笑しながらテニスコートの脇の小道を歩いていたときだった。

小さな風が吹いて、津々井の腕にあった花の花弁が数枚風に舞ったのが見えた。そうしてその花弁を思わずといった様子で目で追う津々井を可愛いと――ってあかんあかん何考えてんねん俺!? いや確かに津々井はちっこいし小動物みたいで可愛いけどそれは動物的な可愛さであって…って俺は誰に弁解しとるんや!?

なんて脳内ひとりノリツッコミをしていたら。

ジッと見つめられていた。

え、なんや。

あかん、なんか落ち着かん。

めっさ顔熱い。

なんやこれ、どないしたんや自分。

しかしこちらの動揺など知る由もない津々井は、ふいにその腕の中にある花束を探って花を一輪取り出した。

真っ赤なガーベラだった。

それは素人目にもいい花だとわかる代物で、一体それをどうするのだろうかと考えていると。

 

ぷすり。

 

―――頭に刺された。

 

な…何を言っているのかわからねーと思うが…と思わず某ポルナレフのセリフが頭を過る。

しかもそれだけでは満足しなかったらしく、花を物色しては俺の頭に刺す…否、挿す行為を津々井は黙々と続けた。

どないしたん、と問うても返事はない。えーシカト…と凹み層になったが、どうも違うようだ。

何故なら津々井の視線は真剣そのもので、とても遊んでいるようには見えなかった。

よくわからないが真剣にやっていることの邪魔をするのは得策じゃない。驚きはしたが別に嫌なわけでもないし、まぁ津々井の気が済むまで好きにさせよう。すぐ傍にはベンチがあるし、津々井はいつの間にか鞄を地面に置いてしまっているし、ひとまず何とかしてベンチの方まで誘導する。なんだかペットのイグアナの場所移動を思い出してほっこりしたのは内緒だ。

俺と津々井とでは約30㎝程の身長差があるため、俺がベンチに腰を下ろすと高さが丁度良くなったらしい。女の子を立たせているのは申し訳ないと思ったが、この場合は仕方ない。

両手が空いていろいろとやりやすくなったのか、そこからはなんかもうすごかった。俺の頭の上でいろんなことが行われているのだけはわかったが、いかんせん自分の頭だ、鏡でもなければ見られない。

最初は一本挿しては少し考えて別の花に変えるという作業を繰り返していたようだが、気付けばどんどん頭が重くなっていく。どうやら一本だけでは飽き足らず、二本三本と増えていくうちにとんでもないことになったようだ。

ついには鞄をごそごそして何か取り出したと思ったら、しゃきん、と何かを切る音がした。おそらく剪定ばさみを持ち歩いていたのか、いよいよ本格的に俺は台座にされるらしい。

もうええで、好きにしてええんやで。悟った。

 

花を切って、挿す。

様子を見て、いじる。

それを何度も何度も繰り返して、そろそろ30分は経った頃だろうか。

ふと、急に津々井の動きが止まった。

どうしたのかと思い顔を上げると、そこには驚愕に蒼褪める津々井の顔が。

「すみ、ません……」

やっちまった、と顔に書いてある。

視線を逸らして、小さい身体をさらに縮こまらせて、囁くようなか細い声で呟き始めた津々井曰く。

「あたし、昔から一度集中しちゃうと全然周り見えなくなっちゃって、気が済むまで行動しちゃうらしくて、それでその」

そこから先は、耳を寄せないと聞こえないほど微かな声で。

けれど何とか俺の耳はその声を拾うことが出来て。

「謙也さん、花が似合うから」

だから思わず、と両手で顔を覆った津々井に返す言葉が出てこなかった。

津々井が俯いてくれてよかった、と思う。

 

―――だって絶対、顔赤い。きっと、ガーベラみたいに。

 

 

+++

 

 

ひとまず、帰ろうにもこの謙也さんの頭をどうにかしなければ帰れない。まさかこのまま帰らせるなんてことはさすがのあたしだってしない。いや、ちょっともったいないとは思ってるけど。

何故か俯いて固まった謙也さんに断って、好き放題アレンジした頭を片付けていく。ああ、どうして今日に限ってデジカメも一眼レフも持ってこなかったんだろう。出展はしないけどいい出来だったから残しておきたかったのに! 惜しいことをした。

ああ、それにしても、久しぶりに楽しかった。

花をいじるのはいつだって楽しいけれど、普段は仕事用だったり出展用だったりするので、楽しいよりも真面目にやっている自覚がある。

けれど今日は純粋に、どうやったらもっともっと謙也さんを飾れるか考えていられた。

それに、いくらでもアイディアが沸いて止まらなかった。多分ここが自分の作業部屋だったらこんなもんでは済まなかったことだろう。アブナイアブナイ、仮にも謙也さんは先輩なのだ、ただの台座扱いはまずい。反省する。

そうこうしているうちに、花はほとんど取り除けた。ほとんど全部短く切ってしまったので、もうこれは箱詰めにしてしまおう。そういえば、近々そういう贈り物をしたいって母さんに頼まれていたような気がする。プリザードフラワーにするのもいいかもしれない。多分まだ作業部屋に材料は残っていたはず。

そんなことを考えながら、残りの花の除去に努めた。

 

「謙也さん、お待たせしました」

最後の一つ、一番最初に似合うと直感したガーベラを取り、終わりましたよ、と声をかけようとして。

ふわり、と。

謙也さんがベンチに腰を下ろしていて、その前に立つあたしは丁度謙也さんの頭がすぐ傍にあって。

先ほどまで台座にされていたからか、謙也さんから淡く花の香りがした。

甘く優しい、ガーベラの香り。

あたしは、実は花の中で一番ガーベラが好きだ。

アレンジするときに使いやすいというのも理由の一つだけれど、この香りがとても好きなのだ。心が落ち着く。

だから、というつもりはない。

けれど。

 

―――ちゅ

 

吸い込まれるように。

特に深く考えることもなく、あたしは唇を寄せていた。

「…へ」

ぽかんと拍子抜けする、間の抜けた謙也さんの声に。

ハッと、じわじわと、自分の行動を思い返して。

 

「―――…ッッ!!!!!」

 

あたし今、なんてことしたの!?

 

 

 

 

*****

 

少女漫画かよぉ! って誰かに云われる前に自分で云っとく

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