ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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16、エリル・シャンディーン

 「花はいいね。気持ちをおちつかせてくれる。」

 

 いすにすわって本を読んでいたその人物が、ふっとつぶやきました。

 

 ここはこのアークランドのどこかの、テラスでした。てんじょうやかべはガラスでおおわれていて、部屋の中にはところせましと、赤や、きいろや、もも色に、白。色とりどりの美しい花々がさきみだれております。とこれだけなら、ふつうのきれいなテラスでしたが……、どうやらここは、とてもそんな、おだやかでへいわな場所ではなさそうでした。

 

 このテラスの中は、とてもへいわでした。ですが問題は、このテラスのそと。かいほう的なガラスのかべのむこうから、明るいおひさまの光がさんさん! というのであれば、とってもよかったのですが、テラスのそとにはおひさまどころか、くもりの空さえきたいできないような、じつにふきつで、ぶきみな世界が広がっていたのです。そこは赤茶けたごつごつとした岩があたりいちめんにころがっている、荒れ果てた土地でした。生きもののすがたはおろか、草のいっぽんさえ生えていません。ですからここは、このくにの中の、とっても悪い場所にきまっています! そしてそれをけっていづける、あるものが、そこにはありました。その人物がいるガラスづくりのテラス。そのテラスは、その人物がいるそのたてものの、ほんの一部にすぎなかったのです。

 

 なんというおそろしいたてものなのでしょう! あちこちに黒い塔がつき出ていて、その塔のさきっぽには、するどいはもののようなかざりが取りつけられていました。たくさんの目をかたどったもようが、たてもののいたるところにえがかれていました。そしてこのたてものが、ほかとけってい的にちがう、おそろしいところがあったのです。それは……、このたてものの全体を、ぐにぐにと動く、ぶきみなゼリーのような生きている赤いかたまりが、つつみこんでいるというところでした! そのおそろしげなことといったら! しかもそればかりではありません。よく見れば、そこからつき出ているたくさんの黒い塔も、そしてこのたてもののかべそのものも、まるで生きているかのように、ぐにゃぐにゃと、まがったりのびたりして、そのかたちを変えていたのです!

 

 こんなものは、ぜったいに人の手で作り出せるようなものではありません! かいぶつか、悪魔か、それよりもっとおそろしいものか……。そんな、はかりもしれないまがまがしいもので、このたてものはおおいつくされていました(いぜんアルファズレド王のいるワットのくにのようすを、みなさんは見たことと思います。ですがこの場所は、あれよりはるかに、おそろしいのでした。ですがワットよりももっと、おそろしい場所って……?)。

 

 「……じゅんびは、ととのっております……」

 

 とつぜん。いすにすわっているその人物のうしろで、静かな声がひびきました。

 

 「……もはやこれ以上、ドルーヴのやつめを、おさえつけておくことはできません……」

 

 この声に、みなさんはききおぼえがあるはずです。それはいぜん、赤い石の浮かぶきみの悪い広間で、石の前に立っていた黒いガウンをかぶったなぞの人物に話しかけていた、あの声でした。

 

 「あ、そう。」いすにすわっている人物が、なんともそっけなく、きょうみもなさそうにいいました。

 

 「……どうぞ、ごめいれいを……」 

 

 つづく声に、いすにすわっているその人物が、ぱっとうしろをふりかえりました。そしてその人物が見た、そのさき。部屋の入り口の前に立っていたのは……。

 

 おおかみです! まっ黒なかみとまっ黒なしっぽを持った、りっぱなからだのおおかみ種族の男の人がひとり、いすにすわっているその人物に話しかけていました!(黒いかみと、黒いしっぽですって? ということはロビーと同じ、黒のウルファじゃありませんか!)いったいこの静かな声のウルファの男の人は、なに者なのでしょうか?

 

 「いいよ。じゃ、そろそろ、でかけてもらおうか。」いすにすわっている人物がそういって、「くっくっく。」といううすきみの悪い笑い方をしました。

 

 この笑い方! この笑い方にも、みなさんはききおぼえがあるはずです。そうです、いすにすわっているこの人物。かれはやっぱり、あの赤い石の広間にいた黒ずくめのなぞの人物。あの人物にまちがいありませんでした。ですがあのとき、かれはまっ黒のガウンで全身をつつんでいました。それが今は、赤いうす手のセーターを着ているだけで、ガウンはまとっていなかったのです。それが意味することは……?

 

 そう、今はかれの顔もふくめて、そのなぞのすがたをみんな見て取ることができるということでした!(ですからわたしも「なぞの人物」ではなく、「かれ」とよぶことができるようになったのです。いすにすわっているその人物は、男でした。)

 

 かれは人間の種族の者でした(すくなくともそう見えました)。そしていがいなことに、ずっと若かったのです(まだ十五さいか十六さい、そのくらいのようでした)。やせていて、きゃしゃなからだつき。きみの悪い笑い方とはうらはらに、その顔立ちはきれいにととのっていて、長くのばした赤いかみを、背中までたらしていました。でも美しい顔立ちとはいえ、やっぱりそのむらさき色のひとみのおくには、なにか、じゃあくなものを感じさせずにはいられなかったのです。

 

 「好きなだけあばれちゃって、かまわないよ。ああ、でも、あの石だけは、こわさないでね。ぼくがもらうんだから。」そういって、かれはまた「くっくっく。」と笑いました。そしてかれは、またむこうをむいて、手にしているその本を読みはじめたのです(ちなみに、本のだいめいは「かわいいこねこ」というものでしたが)。

 

 「楽しみだなー。早く、かれがきてくれないかなー。」そういってかれは、まるで小さな子どものように足をぱたぱたさせて、「ふんふん。」ときげんよく鼻をならしました。

 

「そのために、あなたにきてもらったんですから。ね? ムンドベルクさん。」

 

 ええっ! ム、ムンドベルクですって? ということは……。 

 

 このふたりの人物がだれだか? 読者のみなさんにはもうおわかりでしょう。おおかみ種族の人物は、ほかでもありません。レドンホールの、すべてのウルファたちの王。ムンドベルク・アルエンス・ラインハット、その人だったのです! そしてもうひとりは……?

 

 そう、いすにすわって本を読んでいる、この子どものようにむじゃきな人物こそ、ほかでもありません。すべての悪だくみのうらに立つ、悪の魔法使い、アーザスほんにんでした! 

 

 「……はい……」ムンドベルクが、アーザスの言葉にこたえました。王さまはすっかり、アーザスに心をうばわれてしまっていたのです。

 

 「……かれは、かならずや、ここへやってくることでしょう……。わたしには、わかります……」

 

 ムンドベルクのその言葉に、アーザスは「くっくっく。」と笑うだけでした。

 

 「じゃ、ドルーヴのことは、よろしくたのむよ。」アーザスはそういって、うしろむきのまま手をひらひらとふって、ムンドベルクのことを送ります。

 

 「……失礼いたします……」

 

 「ああ、それと。」おじぎをして立ち去ろうとするムンドベルクのことを、アーザスが急によびとめました。「ばんごはんは、ハンバーグがいいな。ケチャップたっぷりのやつ。よろしくねー。」

 

 ムンドベルクはふたたびおじぎをして、テラスから出ていきました。

 

 

 ひとりになったアーザスは、ガラスのかべのむこうを見つめながら、その口もとを、にやりとぶきみにゆがませました。

 

 「かれがここにくるまで、あと二、三日かな? 楽しみ。」アーザスはそういって、いすの手すりの上においてあった、いっぽんの白い花を手に取りました。

 

 「きみのかつやくに、きたいしているよ……」

 

 アーザスがそういうと、その手に持っていた花が、まるでドライフラワーをつぶしたかのように、ぱりぱりと音を立ててくずれちってしまいました。

 

 

 

 かあー! かあー! 

 

 一羽のからすが大きな声でないて、夜のとばりにつつまれつつあるその空の中の高くを、飛んでいきました。その足には、ひとつの大きな木の実がにぎられていました。

 

 ここはこのアークランドの、西の土地。岩がころがり、人々に忘れ去られた木々たちがさみしそうに立ちつくす、うちすてられた場所……。

 

 とつぜん、びゅう! という強い風が、その土地の空高くに吹きつけました。その風にびっくりしたからすは、つかんでいた木の実を放り出し、かあかあないて、かなたの空へと飛び去っていってしまいます。木の実は風に乗って、その谷の中へとゆっくりと落ちこんでいきました。その谷は、星のあかりも受けいれないほどの、まさにやみの谷……。そう、この谷こそが、今まさに、旅の者たちがふみこんでいる、そのやみの精霊の谷にほかならなかったのです!

 

 さあ、ここから物語は、どう進んでいってしまうのか? いったいみんなは、これからどうなっちゃうの? (お待たせしました。)それでは、つづきをどうぞ!

 

 

 旅の者たちは、すっかりびっくりぎょうてんしてしまいました。なにが起こっているのか? 正しくりかいすることなんて、まったくむりな話というものでした。

 

 それもそのはずです。このアークランド中の人々におそれられ、近づく者をようしゃなくやみにひきずりこんで、そのたましいをけもののようにむさぼり食うとまでいわれているほどの(それはいいすぎですけど……)こわいこわいやみの精霊たちに取りかこまれたかと思ったら、いきなり自分たちに、協力するといってきましたから! しかもやみの精霊たちは、自分たちのことを待っていたというのです。これでおどろくなという方が、むりというものでした。

 

 「そ、それっていったい、どういうこと?」

 

 ライアンがわけもわからず、すっかりこんらんしたじょうたいのままで、やみの精霊たちにたずねました(思わず、いつもの話し方で話しかけてしまいました。ほんとうなら精霊たちには、敬意をこめた、おごそかな話し方をしないといけませんでしたけど、そんなよゆうもありませんでしたから)。これに対して、やみの精霊たちはいたっておちつきはらったようすで、顔色ひとつ変えずに、こうこたえたのです。

 

 「精霊王からの、たのみだ……」

 

 「精霊王!」思わずライアンが、さけんでしまいました。ベルグエルムもフェリアルも、もちろんその名をきいて、びっくりしないはずもありません(ただひとりロビーだけは、精霊王の名まえをきいても、ぽかーんとしたままでした。おさなかったころのロビーのきおくの中には、精霊王についてのきおくはなく、ロビーは精霊王のことについても、森のとしょかんで読んだ本の内よういがい、なんにも知らなかったのです。その森のとしょかんにあった本は、小さな子むけの「精霊王のふしぎのくに」という絵本だけでしたので、ロビーは精霊王ときいても、絵本の王さまがどうかしたのかな? と思ったばかりだったのです)。

 

 「まさか……! ほんとうに精霊王さまがいるんですか!」

 

 ライアンもベルグエルムもフェリアルも、やみの精霊たちにくいいるようにたずねてしまいました(もうやみの精霊のこわさなんて、どこかに吹き飛んでしまったみたいでした)。まさか、伝説の中だけにそんざいすると思われていたあの精霊王が、ほんとうにいるなんて、とても信じられないことでしたから。

 

 そんなみんなのようすを見て、やみの精霊たちはしばらく、ただざわざわとゆれているだけでした。そしてしばらくたって。その中のとびきり大きくて、とびきりこわい顔をしたやみの精霊のひとりが、旅の者たちに話してきかせたのです(どうやらこの精霊が、この谷のやみの精霊たちのリーダーのようでした)。

 

 「ほんらい……、この谷に、人のはいることゆるさぬ……」そういって、その精霊がみんなのことをぎろっ! とにらんだので、みんなは思わず、「ひっ!」とふるえ上がってしまいました。

 

 「王のたのみであるので、とくべつに、おまえたちをここへまねいた……」

 

 「なぜ、王さまがぼくたちのことを?」ライアンが思わず、口をはさみます。するとその精霊がライアンにむけて、口を「しゃああっ!」とならしたので、ライアンは思わず、「すいませんっ!」とちぢこまってしまいました(さすがのライアンでも、相手が悪すぎですので)。

 

 精霊がつづけます。

 

 「アークランドのためだ……。王は、おろかな人間たちによって、このくにがほろびることを、あんじておる……。それを防ぐため、おまえたちにこの谷を通らせるよう、われらにたのんできたのだ……」

 

 「精霊王さまが、ぼくたちのことを……!」ライアンが、ロビーの顔を見ていいました。

 

 「精霊王は、すべてを知っているということか……」ベルグエルムとフェリアルも、おたがいの顔を見あわせて、ごくりとつばを飲みこみました。

 

 そしてその精霊は、ロビーのことをぎろりとにらみつけて、こんどはロビーひとりにだけ対して、こういったのです。

 

 「おまえが、ロビーベルクだな……? 王はおまえに、このくにの運命をたくした……。王のきたいに、こたえるがいい……」

 

 「えっ?」思わずロビーが、びっくりしていいました。そしてあたりをきょろきょろと見まわして、まわりにほかにだれもいないということをたしかめてから、つづけたのです。「ぼ、ぼく?」

 

 ロビーベルク! この名まえは! いぜんみなさんがおとずれた精霊王の森で、なぞの者たちが話していたその会話の中に、出てきた名まえじゃありませんか!

 

 そう、あの森でかみの長い男の人が話しかけていた、岩のむこうにいた人物。じつは、そのなぞの声だけだったあの人物こそが、ほかならぬ、精霊王ほんにんだったのです! そしてその話しの中に出てきた、ロビーににた名まえの人物、ロビーベルク。その名まえを今、目の前のやみの精霊が、ここでふたたび口にしたというわけでした!

 

 「ロビーベルクって、だれですか? ぼくは、ロビー……」そこまでいって、ロビーは、はっと気がつきました。 

 

 「まさか……、ぼくの、ほんとうの名まえ……!」

 

 ベルグエルムもフェリアルもライアンも、びっくりして、思わずロビーのことを見やってしまいました。まさかこんなところで、ロビーのほんとうの名まえを知ることになるなんて、みんな、夢にも思っていないことでしたから。

 

 でもいちばんびっくりしたのは、やっぱりロビーです。小さかったころからの、長年の夢。そのために旅に出ることをけついし、あこがれでさえあった、ひとつの思い……。自分のことを知り、ほんとうの名まえ、「姓」を受けつぐこと。その夢に今、こんなにも、近づいていましたから!

 

 ロビーはすっかりこうふんして、メルの背中から飛びおりると、そのまま、そのやみの精霊につめよってしまいました。

 

 「お願いです! ぼくのことを教えてください! ぼくは、なに者なんですか! ぼくの……、ぼくの家族は、今、どこにいるんですか!」

 

 やみの精霊はロビーのたいどに、すこしびっくりしたようでした。ですが精霊は、あいかわらずおちつきはらったようすで、ただ、こうこたえるばかりだったのです。

 

 「われらはおまえたちを通すよう、たのまれたまで……。それ以上のことは、われらは、おまえたちに、なにも与えない……」

 

 「そ、そんな……」ロビーはがっくりと、力を落としてしまいました。あわててライアンがメルからおりて、ロビーにかけより、ロビーのうでを取って心配そうにかかえます(そのあとほんとうならやみの精霊にむかって、「けちーっ! 教えてくれたっていいじゃーん!」っていってやりたいところでしたが、こわいからやめておきました)。 

 

 「さあ、いけ……。出口は、このさきにある……」

 

 やみの精霊がそういって、道をすうっとあけました。そのさきには、まっ黒いやみで作られたトンネルがひとつ、その口をあけていたのです。

 

 「精霊よ。」とつぜん、ベルグエルムが意をけっしたように、やみの精霊にいいました(このときにはベルグエルムもフェリアルも、馬からおりて、ロビーのそばに集まっていました)。「われらはこれから、さいごのしれんのときをむかえます。ロビーどのは、このアークランドのきゅうせいしゅ。われらのきぼうです。」

 

 ベルグエルムはロビーの方を見てから、ふたたびやみの精霊にいいました。

 

 「精霊王の名のもとに、お願いします。ロビーどのに、あなた方の力を! かれについて知っていることがあるのなら、ぜひとも、それを教えていただきたい。どうかかれに、道をおしめしください!」

 

 ベルグエルムは頭を下げて、やみの精霊にお願いしました。これはもう、かけでしかありませんでした。やみの精霊にこんなことをたのむなんて、ふつうなら考えられないことでした。へたをしたら、いのちまで、うばわれてしまいかねないのです。ですがベルグエルムは、ロビーのその痛いほどの思いを、よくわかっていました。ですからこんな危険をおかしてまでも、ロビーのために、力になってやりたいと思ったのです。これはまったく、いつもれいせいちんちゃくなベルグエルム、らしからぬことでした。ですがそれは、ほかの仲間たちだって、同じだったのです。

 

 「そ、そうです!」フェリアルがつづけていいました。「これは、このアークランドのみらいにかかわる、だいじなことです! 精霊王だって、このくにのことを、心配しているんでしょう?」

 

 「そうだ! フェリーのいう通り!」ライアンももう、やけくそになってつづけました。「知っているんなら、教えてください! ロビーのことについて!」

 

 「みんな……」

 

 ロビーは、おどろきとかんげきで、胸がいっぱいになってしまいました。みんながこんなにも、自分のことを気にかけてくれていたなんて……。ロビーにはもう、それだけでじゅうぶんすぎるほどでした。

 

 

 さあ、やみの精霊たちは、どうこたえるのでしょうか?

 

 

 やみの精霊たちはしばらく、なにもいいませんでした。めらめらと、黒いほのおのようなそのからだをゆらして、旅の者たちのことをじっと見つめているばかりでした。

 

 旅の者たちには、とてつもなく長い時間がすぎたかのように思えました。自分のしんぞうのばくばくいう音だけが、ずっとなりひびいていました。そしてそれから、ようやくのことで。やみの精霊たちが、みんなのそのうったえにこたえたのです。

 

 「人というのは、おかしなものだ……。なぜ、助けあったり、いがみあったりするのか……? われらには、とうてい、りかいができん……」

 

 やみの精霊は、ぴりぴりと、いなずまのような火花をちらしていいました。

 

 「だが、おまえたちのその思いは、買ってやろう……。ロビーベルク、おまえはすぐに、おまえ自身のことを知ることになるだろう……。あとは、おまえしだいだ……」

 

 そういうとやみの精霊たちは、ひとりまたひとりと、そのすがたを消していきました。

 

 「待ってよ! それだけ?」ライアンが思わずさけびましたが、精霊たちにまた、口を「しゃああっ!」とならされて、「すいませんっ!」とちぢこまってしまいました。

 

 こうして、あとには谷の出口へとつづく、まっ黒なトンネルだけが残されたのです。

 

 

 旅の者たちはしばらく、その場にぼーっと立ちつくしているばかりでした。谷の中は、しんと静まりかえり、なんの音も、生きもののけはいすらも感じられませんでした(地面をはっていた小さな生きものたちや、のそのそと動きまわっていた人のかたちをした影たちも、どこかへいってしまったようでした)。

 

 とつぜんの、やみの精霊たちとの出会い。よそうもしなかったできごと。そして今では、目の前にベーカーランドへとつづくトンネルがあらわれて、自分たちのことをむかえていたのです。これでは、いくらなんでも頭がこんらんして、ぼーっとなってしまうのもむりはありません。ですがここでこのまま、ぼーっとしているわけにもいきませんよね。とにかく、なにがなんだか? わけがわかりませんでしたが、目の前にこうして、谷の出口が口をひらいているのですから。

 

 

 さあ、馬に乗って! 考えるのは、あとにしましょう!

 

 

 「ロビーどの、今はとにかく、この谷をぬけてしまいましょう。」ベルグエルムが、かれのはい色の騎馬に乗りこみながら、ロビーに声をかけました。「この出口がいつまでひらいているのかも、わかりません。」

 

 「そ、そうだ! とじちゃったら、たいへんですよ!」フェリアルもそういって、「ひええ……!」とあわてて、自分の騎馬に乗りこみました。

 

 「ロビー。」ライアンが、まだぼーっと立ったままのロビーに、よびかけます。「今は、前に進むしかないよ。ざんねんだけど……」

 

 ロビーはそんなライアンの顔を見て、小さく「うん、ありがとう。」とこたえました。

 

 「さあ、いくぞ。ここをぬければ、ベーカーランドだ!」

 

 ベルグエルムが大きな声で、みんなにむかっていいました。そしてみんなを乗せた騎馬たちは、そのまっくらなやみで作られたトンネルの中へとむかって、いちろ、飛びこんでいったのです。その出口のさきにつづく、旅のもくてき地。めざす、ベーカーランドへとむかって(ちなみに、フェリアルだけはまた、「こんなに暗くて、だいじょうぶなんですか……? ひょっとして、中に、おばけかなにかが……」といってぐずりましたが、すぐにライアンに、「いいからさっさといきなよ!」と足でおしりをけっこう強くけられて、あわてて中にはいりました)。

 

 

 

 「うわわわーっ! なんなの、いったいー!」

 

 トンネルの中に、ライアンのひめいがこだましました! いったいなにごとでしょう! ですがひめいを上げたのは、ライアンだけではなかったのです。みんなでした!

 

 

 「ぎゃああー!」「なんだなんだ!」「うわあーっ!」

 

 

 そのトンネルをしばらく進んでいくと、やがてかなたのさきに、明るい光が見えました。ですが、「やったー! 出口だ!」とみんながよろこんで馬の足をはやめようとした、そのとき……。とつぜん、足もとの地面が、ぐにゃーり! うねうね! 動きはじめたのです! これではいくらなんでも、たまったものではありません。みんなはひめいを上げながら、なんとか馬から落っこちないようにふんばるので、せいいっぱいになってしまったというわけでした。

 

 まずはじめから、このトンネルはおかしなトンネルでした。トンネルの中はまっくらでしたが、中にはいると、ふしぎと、つづく道のようすがみんなにはわかったのです。そしてなによりおかしかったのは、その道の感しょく。トンネルの地面はまるでかためのスポンジケーキみたいに、ぐにゅぐにゅ、ぱほぱほ、していたのです(ロザムンディアのまちのかびだらけの道も、こんな感じでしたが、このトンネルの道は、あれよりもっとぐにゅぐにゅでした)。ですからみんなは、はじめから、いやーなよかんがしていました。そしてやっぱり、そのいやなよかんがてきちゅうしてしまったのです。

 

 「みんな、ふんばれ! なんとか持ちこたえるんだ!」ベルグエルムがひっしになって、さけびました。

 

 「そ、そんなこといったってー! ひええー!」ライアンもそういって、あわてふためいてメルをあやつりつづけます(うしろのロビーも、もうライアンにしがみつくのにひっしでした!)。

 

 「うわわ! た、助けてー!」フェリアルはすでに馬から落っこちて、地面にあおむけにころがって、手足をじたばたと動かしていました(地面がやわらかかったので、けがはしなくてすみましたけど)。 

 

 そのとき。うねうね動いていた地面が、また静かになりました! これはチャンス!さあ、今のうちです!

 

 「急げ、出口まで、かけるんだ!」

 

 ベルグエルムがさけびましたが、みんなはもう、いわれるまでもありませんでした。急げ急げ! 旅の者たちは、今まででいちばんかもというくらいひっしになって、さきに見えているその出口の光へとむかって、いちもくさんにかけていったのです(フェリアルも、あわてて馬にもどって、「おいてかないでー!」とひっしでみんなのあとを追いかけました)。

 

 「やった! ぬけたぞ!」

 

 そしてみんなはついに、その光の出口をくぐってトンネルのそとへと飛び出しました。

 

 そこは両がわを岩かべにはさまれた、山道でした。岩のまじったほそい道が、さきの方までつづいております。あたりは夕方ももう、おそかったころ。夜のとばりにつつまれつつあるころでした。空にはすでにきらきらと、いくつかの星がかがやいております。ですが今、旅の者たちには、ゆっくり星をながめているよゆうなどはありませんでした。トンネルを飛び出したみんなは、まずまっさきに、とんでもないものを見てしまったのです。

 

 トンネルを出て、みんなはすぐに、今出てきたトンネルの出口の方をふりむきました。そこでかれらが見たものは……!

 

 まっ黒い、巨大ないっぴきのへびでした! ですがへびといっても、頭も目も、なんにもありません。あるのはただ、たくさんのきばのならんだ、大きなまるい口だけ! そのへびが今、その大きなからだをぐいん! とよじらせながら、自分のすあなへともどろうとしているところだったのです!

 

 みんなはすぐにりかいしました。たった今、自分たちが飛び出してきたトンネル。それはトンネルなんかじゃなかったのです。そう、みんなはこのへびの「口の中」から、そとに飛び出してきました!(どうりで道がぐにゃぐにゃしていたはずです! なにせ、へびのからだの中でしたから!)

 

 「うわわわーっ!」みんなはいちもくさんに、つづく小道を走っていきました。そしてようやく、ぜいぜいと息を切らしながら、もういちど、へびのトンネルの方をふりかえったのです。

 

 へびはさいごに、からだをぐるん! とひるがえして、まっ黒なあなの中へと消えていくところでした。おどろいたのは、へびにはしっぽがなかったということでした。しっぽのかわりに、なんとそこにも、きばのならんだ大きな口があいていたのです! つまりこのへびは、そのからだの両がわに口があるということでした。そのからだの中を通っていけば、これはまさしく、トンネルです! やみの精霊の谷には、なんておっかない生きものがいるのでしょう! みんなはぶじにそこからそとに出ることができて、今心の底からほっとしていました。とにかく、さいごのさいごまで、はらはらどきどきしっぱなしでしたが、かれらはこうして、このおそろしいやみの精霊の谷をぬけることができたのです。

 

 

 あたりはしんと静まりかえっていました。空気はぴんと張りつめていました。

 

 ここはベーカーランドの北に広がる、くにざかいの山の中。旅の者たちは今、その山の中の、どこかの山道にいるはずなのです。

 

 「とにかく、道のひらけたところをさがそう。」ベルグエルムがいいました。「ここがどこなのか? まずは、それをたしかめなくては。」

 

 みんなはしばらく、岩かべにかこまれたそのせまい山道の中を進んでいきました。もうすぐおひさまも、かんぜんにしずみきってしまいます。あたりがすっかり暗くなってしまう前に、みんなはなんとか、ベーカーランドのくにのみやこまでたどりつきたいと思っていました。

 

 「これは、どういうことだ?」ふいに、ベルグエルムが空をながめながら、ふしぎそうにいいました。

 

 「やみの精霊の谷にはいったときも、星は同じ高さにあった。そのときから、星がまったく動いていない。」

 

 ベルグエルムのいう通り、空にかがやく星の高さは、みんながやみの精霊の谷にはいったときとまったく同じでした。ベルグエルムは谷にはいるとき、その星の高さを見て、時間をきっちりとかくにんしていましたが、そのときも今も、同じ星の高さ、黒ユピユピのこくげん。夕方の五時ぴったりのころの時間だったのです(黒ユピユピとはシープロンドにむかうとちゅうにいた白いユピユピの仲間で、夕方の五時ころになると、ぴーぴーないて自分のすあなにもどっていくので、この時間の名まえとなりました)。

 

 じつはこれは、なんともふしぎなことでしたが、やみの精霊の谷では時間がすぎませんでした! つまり旅の者たちは、谷にはいったそのしゅんかんに、へびの口から、はんたいがわのこの山道の中へと飛び出してきたというわけなのです!(ですから星もまったく、動いていませんでした。)ですけどそんなこと、みんなにはわかるはずもありませんよね。まさか自分たちが、時間をすっ飛ばして、ここへやってきただなんて!(もっともそれは、ほんのすこしの時間だけでしたけど。せいぜい十分とか十五分とか、そのくらいです。ベルグエルムはそのわずかな時間のあいだに動く星のへんかにも、ゆだんなく注意をくばりつづけていました。さすがはベルグエルムです。)

 

 やみの精霊の谷というところは、ほんとうにおかしなところでした。そこにはいって出てきましたから、旅の者たちはじつに、きちょうなたいけんをしたのだといえることでしょう。ですけど……、やっぱりそれは、谷にはいったことのない、ほかの人たちから見たときの話。じっさいに谷にはいって出てきたかれらにとっては、とても「自分たちはきちょうなたいけんをしたのだ!」なんて、ほこらしげに思うことなどはできなかったのです。このやみの精霊の谷をぶじにぬけることができた今。みんなはそろって、こう、その思いをのべるばかりでした。

 

 「こんなけいけんは、もう、これっきりでじゅうぶんだ!」

 

 

 やがてまわりをかこんでいる岩かべが、前の方でとぎれているのがわかりました。そのさきは見晴らしのいい、高台になっているようです。旅の者たちは、よろこびいさんで、馬の足をはやめました。そこから見渡せば、自分たちが今どこにいるのか? わかるはずです。

 

 そしてその場所に立ったみんなは……。

 

 

 「おお……!」「すごい!」「あれが……」

 

 

 「やったあー!」ライアンがさけびました。

 

 そこは切り立ったがけの上でした。がけの下には、大きな森が広がっております。そして山道は、がけの上のこの場所から、西の海の方へとむかっておりていました。

 

 ですが、そんなものよりもなによりも。みんなをよろこばせたそのいちばんのものが、森のむこうのかなたに、そびえていたのです。

 

 

 「エリル・シャンディーン!」

 

 

 ロビーをのぞく三人が、いっせいにさけびました。それは、ベーカーランドのみやこの名まえ。そしてその名まえのもととなった、美しいお城がそびえていたところ。

 

 そう、みんなの目に飛びこんできた、そのみやここそ、この旅のもくてき地。アルマーク王のいるお城のある、ベーカーランドのみやこ、エリル・シャンディーンだったのです!(そして、よかった! ワットの黒の軍勢は、まだこのエリル・シャンディーンにまでは、せめこむことができていないみたいです。エリル・シャンディーンのまちなみも、お城も、ベルグエルムたちがここを出発したときのままでした。これも旅の者たちが、すばらしく早く、ここにたどりつくことができたからこそでしょう。)

 

 「すごーい! ショートカット作戦、大せいこうー!」ライアンが思わず、さけびました。

 

 もうみんなは、びっくりするのとよろこぶので、大いそがしでした。ベルグエルムとフェリアルはおたがいのうでをがっしりとくみあって、それぞれのけんとうをたたえあいます。ライアンとロビーは、もうだきあって、わーわーよろこびあっていました。

 

 海の方からまわっていけば、五日はかかるといわれていた、この西の地の道のり。時間がなく、やむを得ないけつだんだったとはいえ、やみの精霊の谷をぬけることは、旅の者たちにとって、ほんとうに危険なかけでした。その危険なかけに、旅の者たちは、みごと勝ってみせたのです。それも、大しょうり! ここにやってくるまでに、ロザムンディアのまちから、二日とたっていませんでしたから!(ライアンのいう通り、まさにショートカットです!)

 

 「ついにやりましたね! ついにここまで、やってこられた!」

 

 ロビーがうれしそうに、ベルグエルムとフェリアルのふたりにいいました。ですがふたりは、ロビーのその言葉にすぐにはこたえず、ただしんけんなまなざしをして、ロビーのことを見つめるばかりだったのです(今までうれしいムードまんてんでしたのに、どうしたのでしょう?)。

 

 「ロビーどの。」ベルグエルムがまじめな顔をして、ロビーにいいました。「わたくしのかるはずみなおこないを、どうかおゆるしください。へたをすれば、あなたのいのちまで、うばわれかねなかった。このベルグエルム、一生のふかくです。」

 

 ベルグエルムはそういって、ロビーに深く頭を下げました。

 

 ベルグエルムのかるはずみなおこないというのは、さきほどのやみの精霊たちに対する、かれの思いきった行動のことでした。ほんらいなら、やみの精霊たちにあんなお願いなんて、ぜったいにするべきではありませんでした。もしかれらを怒らせたりなどすれば、それこそほんとうに、いのちまでうばわれてしまいかねないのです。そんなことはベルグエルムは、だれよりもよくわかっていました。ですけど……。

 

 ベルグエルムはあのとき、どうしても、自分の気持ちをおさえることができなかったのです。

 

 ロビーのことを思いやるあまり、ロビーやみんなを危険な目にさらしてしまった、みずからのかるはずみなおこない。そのおこないのことを、ベルグエルムは今、しっかりと、ここでロビーにあやまらなくてはならないと思いました(すぐにいわなかったのは、自分たちが今どこにいるのか? まずはそれをたしかめなくてはならなかったからでした)。

 

 「隊長だけじゃありません! わたしもです!」フェリアルがそういって、ベルグエルムとならんで、ロビーに頭を下げました。

 

 「ぼくだって。ごめんね、ロビー。」ライアンもまた、ロビーにぺこりと頭を下げます。

 

 

 ですけどそんなの、ロビーが気にするはずがありません! そのぎゃくです!

 

 

 「や、やめてください! とんでもないです!」ロビーは「あわわわ……」と手をまごまごさせて、みんなに頭を上げてくれるようにたのみました。

 

 「ぼくのためにいってくれたこと、ぼくは、すごく、うれしかったです。ぼくなんかのために……。ぼくのことを、みんながそんなに、気にかけてくれていたなんて……。ぼくは………、ぼくは……」

 

 ロビーは言葉につまってしまいました。もう、なにをいったらいいのか? わかりませんでしたし、なにより、もう、なにも、言葉がいえなくなってしまったのです。

 

 「うわああん!」

 

 ロビーは声を張り上げて、泣いてしまいました。えっく、えっく。のどがもう、いっぱいにつまってしまって、言葉が出ませんでした。

 

 ロビーはいっぱい泣きました。息もできないくらいでした。ずっとひとりですごしてきた、これまでの長い長い日々……。それらのことが、みんなわき上がってきて、それがいっきに、かれの胸の中でばくはつしてしまったかのようでした。

 

 みんなの前で、げんきにふるまってきたロビー。ですがかれの心のおく底には、いぜんとして、いいようのないさみしさが残っていたのです。これまでの旅の中で、ロビーには、たくさんの友だちができました。大好きな仲間たちもいっしょです。ですけどロビーの心の中には、まだひとつだけ、自分の手のとどかない、あこがれのような思いが、いつまでもみたされることなくそんざいしつづけていました。

 

 ひとりぼっちで、なん年もなん年もすごしてきたロビー。そんなロビーのことを心からだいじに思い、助けてくれる、みんな。りっぱでたよりになるベルグエルム。ちょっと不安なところもあるけれど、親しみの持てるフェリアル。そしておおかみ種族とひつじの種族、すがたや背かっこうもぜんぜんちがうのに、心から思いあえる、だいじなだいじな友だち、ライアン……。

 

 ずっとしんらいしてきた仲間たちでしたが、ロビーはこのとき、きっと、心からのほんとうの意味で、かれらとかたいきずなでむすばれたのです。それこそが、ロビーの心の中に長年に渡ってそんざいしつづけてきていた、そのあこがれの思いにほかなりませんでした。

 

 それはかれの、まだ知れぬ自分の家族に対する、思いだったのです。

 

 家族とのつながり。家族と同ようのつながり。ベルグエルム、フェリアル、ライアン、かれらはロビーの、ほんとうの家族ではありません。でもロビーにとって、かれらはロビーのほんとうの家族と同じくらいの、とくべつなそんざいでしたから……。

 

 「ごべんなざい……、うれじくて……、ぼくは、ずっと、ひどりだったから……、うれじくて……。ありがとうございまず……」

 

 ロビーは息をつまらせながら、みんなに心からのかんしゃの気持ちをあらわしました。ロビーはだれかに自分の気持ちを伝えることなんて、うまくありませんでした。今まで、そんなことのできる相手もいませんでしたから。ですけどロビーは今、せいいっぱいの気持ちをもって、今までのことや、みんなの思いに対して、そのすなおな自分の心を伝えたのです。

 

 「ロビーどの……」

 

 ベルグエルムはただひとこと、そういいました。かれにはロビーの気持ちは、もうみんなわかっていました。ベルグエルムはロビーのそばによりそって、そして親しい友にするかのように、ロビーの肩に手をおいて、静かに自分の気持ちを伝えました。ロビーはいい伝えのきゅうせいしゅ。みずからのつかえるべき相手です。ですがかれらの心のあいだには、もうそんなかべなどは、なにもありませんでした。

 

 「なに泣いてんの、しょうがないなあ。よしよし。」ライアンはロビーの頭に手をのばして、いいこいいことなでてあげました。

 

 とそのとき……。

 

 「うええ~ん! ロビーどの~!」

 

 「え? なに?」ライアンがびっくりしてふりかえると、すっかり感きわまってもらい泣きしてしまったフェリアルが、ロビー以上に声を張り上げて泣きながら、両手を上げて、こっちにつっこんでくるところだったのです。

 

 「わわっ! ちょっと!」ライアンがあわててメルをひっぱって、ひょいとかわして、フェリアルは馬ごと、岩かべにどっち~ん! ぶつかって、地面に落っこちてしまいました(なんだか前にも、こんなことがあったような気がしますが……)。

 

 「だ、だいじょうぶ? フェリー。」ライアンが心配してたずねると、フェリアルは地面にうつぶせにたおれたまま、「だ、だめ……」とこたえました(よかった。どうやら、だいじょうぶみたいですね)。

 

 そのすがたに、ロビーは思わずのどをつまらせながら、「えっく、あはは、えっく、あはは。」と泣いて笑ってしまいました。そしてライアンもベルグエルムも、やれやれといった感じで手を上げながら、ロビーといっしょになって笑ったのです。

 

 

 こうして。かたいきずなでむすばれあった仲間たちは、ここに、旅の大いなるもくてき地であるベーカーランドのみやこ、エリル・シャンディーンへとむかって、ふみ出していったのです。エリル・シャンディーンまでは、馬でいけば、もう一時間とかからないほどのきょりでした。

 

 と、その前に……。旅の者たちはこの場所で、とある相手に出会ったのです。といっても、それは人ではありませんでした。鳥です。空高く、一羽の白いかもめがゆうゆうと飛んでいたのです。そしてそれは、ただのかもめではありませんでした。そのかもめはベーカーランドのみやこではたらいている、ゆうびん屋さんのかもめだったのです。

 

 「あれは、エリル・シャンディーンのゆうびんかもめだ。」ベルグエルムが空を飛ぶそのかもめに気づいて、ぴいーっと口ぶえを吹きました。「わたしたちがもどってきたということを、急ぎ、城へと伝えてもらおう。」

 

 その口ぶえにこたえて、かもめがふわーっとこちらへやってきて、そしてみんなの足もとに、ばささっとおり立ちました。首からは手紙をいれる、黒いかわのかばんをかけております。そして足には、ゆうびん屋さんのマークがはいった、こがね色のわっかが取りつけられていました。

 

 「マイド、ゴリヨウ、アリガトゴザマース!」

 

 「うわっ! 鳥がしゃべった!」

 

 とつぜんの声に、ロビーがびっくりしていいました。ですけどみんなは、ぜんぜんおどろいていません。ライアンが「あはは。」と笑って、ロビーにいいました。

 

 「鳥じゃなくて、これ。これがしゃべってるの。」ライアンがそういってゆびさしたさきには、かばんの前にはめこまれていた、ひとつの青い宝石がありました。その宝石がぴかぴか光って、しゃべっていたのです。

 

 「これは、魔法の石なんだ。かんたんな会話なら、この石としゃべることができるんだよ。」

 

 ライアンの言葉に、ロビーは思わず「へええ!」と感心してしまいました。やっぱり自分の知らないくにというところには、ふしぎなものがあるものです(ちなみに、ライアンは「おとぎのくにじゃあるまいし、鳥や動物がしゃべるわけないじゃない。やだなあ、ロビーは。」といって「あははは。」と笑っていましたが、みなさんの世界の人たちからいったら、なんだかいろいろ、う~ん……、といった感じですね……)。

 

 ベルグエルムが紙とペンを取り出して、城への手紙を書き、かもめのかばんにしまいました。

 

 「フツー、デスカ? ソクタツ、デスカ?」青い宝石がしゃべります(そくたつというのは、早く手紙をとどけてほしいときに使うものです)。

 

 「そくたつでたのむ。」ベルグエルムがそういうと、宝石がすかさず、こういいました。

 

 「ソクタツハ、五デニルデース!」

 

 「た、高い……」

 

 これはどういうことか? といいますと……。デニルというのは、アークランドで使われているお金のたんいで、その下にリル、上にシリルというたんいがあります。リルは銅貨(銅でできたコインのことです)で、銀貨であるデニルの百ぶんの一のかちです。シリルは金貨で、デニルの十ばいのかちがあります(わかりやすくまとめると……、一シリル=十デニル=千リル、となります。思わぬところで、わたしのきらいな算数のべんきょうになってしまいましたが……)。

 

 そくたつのりょうきん五デニルというのは、銀貨が五まいのこと。銀貨一まいでおいしいパンが十こ買えるくらいのかちがありますので、そくたつのりょうきんで、パンが五十こ買えてしまうわけなのです。ですからみんな、こう思ったというわけでした。

「た、高い……」。

 

 ですけどここは、しかたありませんね。ベルグエルムが(しぶしぶ)お金をかもめのかばんのポケットにいれると……、かもめは、ばささっとはばたいて、エリル・シャンディーンの方へとむかって飛んでいきました。思わぬしゅっぴでしたが、とにかくこれで、旅の者たちがお城のすぐそばにまできているということを、みんなにしらせることができたわけです。

 

 

 道をおりていくにつれて、たくさんの木々があたりにあらわれるようになりました。それらはみんな、南のくにベーカーランドのあたりによく見られる、ドリアード・パインとよばれる木でした。この木には、やしの木のような大きな葉っぱが育ち、そして夏になると、大きなパイナップルのような実がみのるのです(それは、みずみずしくてとてもおいしく、このあたりの人たちの大好きなくだものでした。

 

 ちなみに、ごかいのないようにいっておきますが、ベーカーランドは南のくにといっても、それはアークランドの南に位置しているというだけのことなのであって、なにもほんとうに、トロピカルなイメージの南のくにというわけではありません。やしの木みたいなこのドリアード・パインの木が、たくさん生えていましたので、そう見えないこともないのですが……)。大むかしには、山のむこうのよろこび平原のあたりには王国があって、そこにはなんと、パイナップルのようなすがたをした森のたみが暮らしていたそうでした。今ではかれらは、もっと南のあたたかい地へうつってしまったそうですが、かれらが育てていたこのドリアード・パインという木々だけは、今でもこうして、この地に残っているというわけなのです。

 

 「なつかしい。もうずっと、この地をはなれていたような気がする。」

 

 海からのしお風をほほに受けながら、ベルグエルムが思わずそういいました。かれらがこの地を出発したのは、ほんとうに、ついこのあいだのことのはずでした。でも、ふたたびここへもどってきた今日のこのときまでに、ほんとうに、いろんなことがありましたから!

 

 「ぼくは、もっとなつかしいよ。前にここへきたのは、四年も前のことだもん。」ライアンがつづけていいました。ライアンのいう通り、かれがはじめてこのベーカーランドの地をおとずれたのは、四年前、かれがまだ、十さいばかりのころのことだったのです。ベーカーランドとシープロンドはとても仲のよいくにどうしで、なん年かにいちど、それぞれのくにの王さまを自分のくににまねき、大きなかんげいのもよおしをひらいていましたが、そのもよおしに、ライアンもそのときはじめて、ついていったというわけでした(ですがそのときのライアンは、かんげいの式てんなどそっちのけで、ベーカーランドのめずらしいお菓子にむちゅうでしたが……。しかもつぎの日からは、朝からばんまで、はじめて見る海であそびたおしておりましたので、くにの中のようすのことについては、あんまりおぼえていなかったのです。う~ん、やっぱりライアンは、むかしから変わっていないみたいですね……)。

 

 そしてもちろん、ロビーにとっては、ここはまったくもってはじめての土地でした。ベーカーランドのみやこだというエリル・シャンディーンのことも知りませんでしたし、このくににどんな人たちが暮らしているのか? ということについても知りません(かなしみの森のとしょかんで古い本を読んだり、みんなからもすこしだけ、このベーカーランドのことをきいたりしてはいましたが、やっぱり読んだりきいたりするのと、じっさいにその場所にいってみるのとでは、ぜんぜんちがいますから)。ですけどロビーは、このくにのすばらしさをすでにじゅうぶん、りかいできていました。それはかれの心からの仲間、ベルグエルムとフェリアルの、ふたりのおかげにほかならなかったのです。こんなにすばらしい人たちがいるんですもの、かれらの今住んでいるところも、いいところにきまっています!(ライアンのくにシープロンドが、すばらしいところであったように。)

 

 ロビーは心をはやらせました。いったいこれから、なにが待ち受けているんだろう?それはこのあと、王さまに会ってみないことにはわかりません。ですがロビーにはもう、まよいなどはありませんでした。自分の運命に、全力で立ちむかっていく。それがどんなにくるしく、つらい運命であろうとも。ロビーはだれよりも強いかくごを、その

胸にいだいていたのです。

 

 「さいごの丘だ。ここを越えれば、エリル・シャンディーンだぞ。」

 

 先頭をゆくベルグエルムが、みんなにいいました。そしてみんなはとうとう、その地へとたどりついたのです。

 

 「うわあ……! す、すごい!」

 

 ロビーは思わず、言葉をつまらせてしまいました。ライアンも、ひさしぶりに見るその光景にため息をもらして、あらためて感心してしまうばかりでした。

 

 そこに広がっていたのは、まさしく、おとぎの世界そのものでした。白いりっぱなじょうへきによってかこまれた、エリル・シャンディーンのまち。そしてそのおくにそびえる、宝石のように美しいお城……。それはまるで、いだいな魔法によって生み出された、ひとつのかがやく島のようでした。まちそのものが、目に見えないしんぴ的な力によって守られ、かがやいているかのようなのです。まさしくここは、せいなる場所。このアークランドの中でも、もっともとくべつな場所のひとつ。このみやこを見た者は、だれでもそう思うはずです(たとえそれが、ワットの黒の者たちであってもです)。

 

 まずなによりもはじめに目に飛びこんでくるものは、やはり、その美しいお城でした。海の色のまじったかがやく白い石でつくられていて、それらがまるで、水のように、ぴかぴかにみがき上げられていたのです(シープロンドのたてものに使われている白いれんがもこんな感じでしたが、このエリル・シャンディーンの白い石は、まるで石そのものにいのちがやどっているかのような、そんなふしぎな感じがするのです)。

 

 お城はいくつもの階に分かれていて、それぞれの階のさかい目には、お城のまわりをぐるりとかこむようなかたちで、青いすいしょうでつくられたたくさんのさんかくのかざりものが、取りつけられていました。それらのかざりものの、その輪のようにつながったすがたは、まるで王さまのかぶるかんむりのようでした。エリル・シャンディーンのお城は、上から下まで、大小全部で七つもある、このような青いすいしょうのかんむりによって、美しくかざられていたのです(ですからライアンは、はじめてこのお城を見たとき、「まるで七だん重ねのデコレーションケーキみたい!」といって大はしゃぎしたそうですが)。

 

 そのあちこちには、青いやねをいだいた塔がつき出ていました(ですからライアンは、はじめてそれらの塔を見たとき、「まるでケーキにさしたろうそくみたい!」といって大はしゃぎしたそうですが)。そしてそれらの塔のてっぺんには、青いはたがつけられ、そこにはベーカーランドのくにのもんしょうである「青い宝玉をいだいた白い女神のすがた」がえがかれていたのです(このもんしょうは、白の騎兵師団であるベルグエルムとフェリアルの着ている服にも、ぬいつけられていました。それとはべつに、かれらの服には、かれらの祖国であるレドンホールの「おおかみと剣をあしらったもんしょう」もぬいつけられていたのです)。

 

 このお城の美しさもそうですが、おどろくのはそればかりではありませんでした。ここにはそれと同じくらいに心をうばわれる、なんともおどろきのものがあったのです。

 

 お城の東がわには、エリル・シャンディーンのみやこまちがずっと広がっていましたが、そのまちの中には、たくさんのきよらかな水の流れが、あみの目のようにかよっていました。それだけなら、なにもふしぎではありませんでしたが……、よく見ると、その水の流れのうちのいくつかが、とちゅうでとまっていて、なんと、水がそこから、空へとむかって流れているではありませんか! そしてその水が流れついている、そのさきには……。

 

 島です! エリル・シャンディーンのみやこまちの上には、たくさんの小さな島が、ぷかぷかと浮かんでいました! 

 

 いったいこれは、どういうしくみになっているのでしょう! 水はその島へとむかって流れ、その島のさらに上に、白い雲を作り出していました。そしてべつの島では、その雲から雨がふって、その雨はたきとなって、下の川へとふりそそいでいたのです。う~ん、ファンタジー! まさにこれは、魔法でした!

 

 「エリル・シャンディーン。われらのまちです。」ベルグエルムが、おどろいているロビーにいいました。そしてベルグエルムは、つづけて、ロビーがふしぎに思っているだろうことについても、かんたんに説明してくれたのです(それは同時に、読者のみなさんに対しても説明になりますね)。

 

 「このまちは、かの大けんじゃ、ノランどのの力をさずかっているのです。あの島が浮いているのも、ノランどのの魔法の力によるもの。その力が、たくさんの水の流れをあやつり、この地を水のひがいから守っているのです。」

 

 へええ……! そういうことなんですか! って、わたしがロビーといっしょに感心している場合ではありませんでしたね。すいません、ちゃんと説明します。

 

 大けんじゃノラン。その名は精霊王と同じくらいゆうめいで、このアークランドに住んでいる者ならば、だれでも知っている名まえでした。はい色のおひげのおじいさんですが、そのほんとうのねんれいはだれにもわかりません。見た目は人間ですが、ほんとうに人間であるのかどうかさえもはっきりしません。いつもどこかへ出かけていて、じっさいこのエリル・シャンディーンのまちにも、年になん回かもどってくるだけで、ほとんどいないのです(うわさでは西の大陸ガランタの、そのまたずっとむこうのくににまでいって、たくさんのたいへんなしごとをこなしているということでしたが、だれもそれを、たしかめることもできませんでした。そんなに遠くちゃ、だれもついていけませんでしたから)。

 

 ベルグエルムやフェリアルでさえ、ノランに会ったことは数えるほどしかありませんでした。きたとしても、王さまにあいさつだけしてすぐに帰ってしまうことがほとんどでしたので、会えないことの方が多いのです。ですからノランというのは、すごい力を持ったいだいなけんじゃでしたが、こんなふうに、とてもなぞの多い、くわしいことはだれも知らない、なんともふしぎで、しんぴ的な人物でした(なにしろ大のつくけんじゃなんですから、なぞが多いのもとうぜんですよね。ふつうのけんじゃたちでさえ、とってもなぞが多く、わかりづらい人たちなんですから。カルモトみたいに……)。そのノランのかけた守りの魔法の力が、このエリル・シャンディーンのまちを、すっかりおおっていたというわけだったのです。

 

 「また、ノランどのが、力を貸してくださるといいのですが……」

 

 フェリアルが、ひとりごとのようにいいました。それはベーカーランドの人たちみんなが、思っていたことでした。ですけどノランには、いつもたくさんのたいへんなしごとがあって、つねに力を貸してくれるとはかぎらないのです。

 

 「われらにできることは、できるだけわれらでおこなう。ノランどのが、いつもおっしゃっていることだ。」ベルグエルムがエリル・シャンディーンのまちなみをながめたまま、フェリアルにいいました。フェリアルは心配そうな表じょうをしたまま、ベルグエルムとならんで、まちのようすをながめております。

 

 「だが、」ベルグエルムがこんどは、フェリアルの方をむいてつづけました。「われらの力をこえるとき、ノランどのは、いつも助けてくださる。心配するな。」

 

 その言葉に、フェリアルは顔を上げて、げんきを出してこたえました。

 

 「そ、そうですよね!」

 

 そしてベルグエルムは、フェリアルに静かにほほ笑んでみせると、馬のたづなをしっかりとにぎりしめ、みんなにむかっていったのです。

 

 「さあ、ゆうびんかもめの手紙も、もう、とどいているはず。急ごう。」

 

 

 しずみゆくおひさまの今日のさいごの光をあびて、白いまちは、まるでおうごんのようにかがやいていました。そして今、そのまちの門のそとに、同じようにこがね色の光をあびてきらきらとかがやく、三頭の騎馬たちに乗った四人の旅の者たちが、たどりついたところだったのです。そう、ついにみんなは、ベーカーランドのそのかがやけるみやこ、エリル・シャンディーンへとやってきました!(今は、まちがほんとうにかがやいていましたが。)

 

 みんながたどりついたのは、まちの北がわの門でした。めざすお城はそこからさらにさき、まちのいちばんおくの、小高い丘の上にあるのです(それならまちの門じゃなくて、はじめからお城の門までいけばいいじゃないか、って思われるかもしれませんが、これにはわけがありました。お城のあるその丘は、まちの広がる東がわの部分いがいは、すべて切り立ったがけになっていたのです。ですからお城までいくためには、まずまちの門をぬけて、まちの中を通っていく必要がありました。もしみんなが空を飛べる生きものに乗っていたのなら、がけを飛び越えて、ちょくせつお城のバルコニーにまでいけるんですけど)。

 

 北門は、まちのいちばん大きな門である東門にくらべると、それほど大きくもありませんでした(それでもロザムンディアのまちでライアンがぶっこわした門よりも、大きかったのですが)。白い石のきれいなアーチがかけられていて、美しい木目の木のとびらには、ベーカーランドのくにのもんしょうが大きく浮きぼりになっております。とそんなことをロビーとライアンが、しげしげとながめておりますと……。

 

 ぐ、ぐ、ぐ、ぐ……。

 

 そのとびらがとつぜん、重くてにぶい静かな音を立てながら、こちらがわへとむかってひらきました。それはちょうど、ベルグエルムとフェリアルのふたりが、その門に近づいたときのことだったのです(まさか自動ドア? いえいえ、そうじゃありません。もっともこの魔法のまちなら、そんな門もありそうですけど)。

 

 ひらいた門のむこうから、白いよろいに身をかためた、ふたりの人間の兵士たちがあらわれました(そしてもちろん、今しがたとびらをあけたのは、このかれらでした)。手にはかれらの背たけほどの長さの、白いやりを持っております。そしてその兵士たちは門の前にきちっとせいれつすると、ベルグエルムとフェリアルのふたりにむかって、ベーカーランドの敬礼をおくりました(ウルファのくにレドンホールの敬礼は、こぶしを胸の上にあわせるというものでしたが、ベーカーランドの敬礼は、手のひらを胸のちょっと上にあわせるというものでした。あまり変わらないような気もしますが、やっぱりそれぞれ、ちがいがあるのです)。

 

 「よくぞ、ごぶじで……。われら一同、お帰りを心待ちにしておりました。」

 

 兵士たちが、ベルグエルムとフェリアルのふたりにいいました。その声はおだやかでしたが、とても気持ちのこもった、あつい言葉でした。そう、かれらは旅の者たちがもうすぐ帰ってくるとのしらせを受けて、門の上の見張り台で、今か今かと、みんなのことを待ちわびていたのです(みんなが帰ってくるというしらせは、あのゆうびんかもめによって、しっかりとお城まで伝えられていたのです。さすが、五デニルもはらっただけのことはありますね)。

 

 「お出むかえ、かたじけない。」ベルグエルムがそういって、兵士たちにベーカーランドの敬礼をかえしました(ベルグエルムたちウルファの騎士たちは、相手にあわせて、ふたつの敬礼を使い分けていたのです)。

 

 兵士たちが深くおじぎをしてから、その言葉にこたえます。

 

 「われらすべて、心得ております。どうぞ城へ。みな、待ちわびておりますぞ。」

 

 兵士たちはそういって、みんなを門の中へとまねきいれました。そしてみんなが通ってしまうと、門はふたたび、ぐ、ぐ、ぐ……、と静かにしめられたのです。

 

 「馬は、ここでおあずかりします。城のうまやまで、おとどけしましょう。」

 

 兵士たちはそういって、みんなにさよならをつげて、騎馬をひいて去っていきました……。

 

 え? きゅうせいしゅであるロビーがはるばる北の地からこうしてやってきたというのに、ずいぶんあっさりした出むかえなんじゃないかって? たしかに、出むかえの兵士たちもふたりしかいませんでしたし、かれらの反応も、ずいぶんとあっさりしています(シープロンドでは出むかえの衛士たちに、「きゅうせいしゅだ、きゅうせいしゅだ」とロビーのいごこちが悪くなってしまったくらい、さわがれてしまいましたよね。そのせいですっかり、ライアンのごきげんをそこねて、おしかりを受けてしまったくらいです)。ふつうだったら、こんなに重要なにんむをこなして帰ってきたみんなですもの、きゅうせいしゅであるロビーといっしょに、もっとはでに出むかえて、パレードで城まで送っていったとしても、おかしくないくらいでした。ですけどこれには、ちゃんとりゆうがあったのです。

 

 じつは、ベルグエルムたち四人の騎士たちが北の地まできゅうせいしゅのことをむかえにいくという、こんかいの旅のにんむのことは、お城の人たちいがいには、まったくのひみつになっていました。つまりきゅうせいしゅがここにやってくるだなんていうことは、このエリル・シャンディーンのまちの人たちは、ぜんぜん知らなかったのです。

 

 なぜ、ほかのくにの人たちにならまだしも、自分のくにのまちの人たちにまで、ロビーのことをひみつにしておかなければならなかったのか? それはこのエリル・シャンディーンのまちが、とても大きなまちだったからでした。大きなまちですから、このまちにはさまざまなくにから、たくさんの人たちがやってくるのです。その人たちがみんな、口のかたい、「ひみつはぜったいに守る!」という人たちならいいのですが……、じっさいそうもいきませんよね(それにワットのていさつの者たちが、すがたをいつわって、このまちにもぐりこんでいないともかぎりません)。きゅうせいしゅがあらわれた! 北の地にいるらしい! 白の騎兵師団の騎士たちがむかえにいって、このエリル・シャンディーンの地にまでつれてくるそうだ! なんて、かれらがいろんなところにふれてまわったりなどしてしまったら、それこそ、たいへんなことになってしまいますもの。

 

 ロビーのそんざいが、敵であるワットや、そのほかのあまり好ましくない者たちにまで、知られてしまったらどうなるか? かれらはあらゆる悪だくみを考えて、自分たちにとってじゃまなそんざいである(または自分たちのつごうのいいようにりようすることのできる)ロビーのことを、あの手この手でうばい取ろうとしてくることでしょう。そうなっていたとしたら、こんかいのこの旅も、まことに、おぼつかないものになってしまっていたはずです。ですからきゅうせいしゅであるロビーや、こんかいのこのひみつの旅のことについては、(きぼうを待ちのぞんでいる人々には、ほんとうに申しわけないのですが)ぜったいのひみつにしておかなければなりませんでした。

 

 つまりそんなわけで、出むかえの兵士たちもぜんぜんさわぎ立てることもせず、みんなを残して、静かに去っていってしまったというわけなのです(ほんとうはかれらだって、もっとさわぎたかったし、いろんなこともききたかったのです。ですがかれらはみな、お城のえらい人たちから、「くれぐれも、さわいだり、よけいなことをきいたり、しないように。」ときつく、とがめられていました。そのうえ兵士たちといっしょにいると目立ってしまうということで、みんなにつきそっていくことさえ、できなかったのです。兵士さんたちも、たいへんなんです)。

 

 と、その前に……。

 

 みんなはエリル・シャンディーンのまちについたら、兵士たちにすぐに、きいておきたいことがありました。それはきっと読者のみなさんも、みんなと同じくらい、気がかりに思っていたことだと思います。

 

 ベルグエルムが歩き去ってゆく兵士たちのことをよびとめて、そのだいじなしつもんをしようと口をひらきました。

 

 「われらの前に……」

 

 「リア先生たちは、お城にいるの?」ライアンがすかさず、ベルグエルムの腰をぐいっとおしのけて、兵士たちにたずねました(おかげでベルグエルムは「うわわ!」とよろめいて、あやうくころげそうになってしまいました。そして兵士たちも、ライアンが四年前にきたシープロンドのちびっこ王子さまだとは気づきませんでしたので、そろってあっけに取られた顔をして、こう思うばかりだったのです。

 このひつじの子は、だれなんだろう……?)。

 

 リア先生たち。そうです、ロビーたちといっしょにシープロンドを出発した、もうひとつの旅の仲間たち。かれらはロビーたちをこのベーカーランドの地にまでぶじに送りとどけるために、敵の目をひきつけることのできる、危険な南への道のりを進んでいきました。じゅんちょうに進めれば、かれらの方がロビーたちよりもさきに、このエリル・シャンディーンのみやこまでたどりつけるはずでしたから(ロビーたちがシープロンドを出発してからこのエリル・シャンディーンにつくまで、三日と半分以上かかったわけですが、南の街道をじゅんちょうに進めれば、シープロンドからここまで、二日と半分でたどりつけるわけなのです。ですからふつうに考えれば、レシリアたちの方が、まるいちにち以上、さきにここへたどりついているはずでした。馬の足でまるいちにち以上というのは、けっこうな時間です)。

 

 「白の騎兵師団の、ハミールさんと、キエリフさん。それと、ふたりのシープロンの人たちです。ぼくたちといっしょに、シープロンドを出発したんですけど……」ロビーがつけたして、説明しました(リア先生っていったって、ベーカーランドの人たちには、いったいだれのことだか? わかりませんもの)。

 

 さあ、兵士たちのへんじは? 南の街道を進んでいった仲間たちは、もう、お城についているのでしょうか?

 

 ですが、兵士たちからかえってきたへんじは、とてもざんねんなものだったのです。

 

 「いえ、もどってきたのは、あなた方だけです。れんらくも受けておりません。」

 

 兵士たちはそういって、ぺこりと頭を下げて、騎馬とともに去っていきました。

 

 

 残されたみんなの表じょうは、なんともいいがたいものでした。仲間たちはまだ、きていない。みんなはだまって、おたがいの顔を見あわせました。

 

 「やはり、敵の目がきびしいのでしょうか?」フェリアルが、ベルグエルムにいいました。その言葉を受けて、ベルグエルムはしばらく考えこんでいましたが、やがてその場のみんなにむかって、いいました。

 

 「かれらには、シープロンのわざと、騎士のほこりがある。そうやすやすと、敵にやぶれたりなどはしない。なにかのりゆうで、おくれているのだろう。」

 

 ベルグエルムがそういうと、みんなの気持ちはすこしらくになりました。でもひとりだけ、まだぜんぜん、気持ちのせいりがついていない者がいたのです。それはライアンでした。ライアンはリア先生ならぜったいに、自分たちよりもさきに、このエリル・シャンディーンにまでたどりついていると思っていたのです。それで「おそいですよ!」としかられるものとばかり、思っていました(それに、しゅくだいの山もかくごしていたのです)。

 

 「きっと、思った以上に見張りが多かったんだと思う。だからまだ、こっちまでこられないんだ。」ロビーが心配になって、ライアンにいいました。ライアンはしばらくだまっていましたが、やがて「うん。」とうなずいて、ロビーの方を見ていいました。

 

 「そっか。リア先生たちも、たいへんだろうからね。しょうがないかな。」

 

 ライアンはそういって、両手を頭のうしろにくんで、なんでもないといったようにぶらぶらと歩き出しました。ですがライアンは、こんなふうにへいきなようすをよそおってはいましたが、ほんとうはリア先生たちのことを、すごく心配していたのです。ロビーにはそのことが、すぐにわかりました。そしてこんなときのライアンのことをいちばんげんきづけてあげられるのは、自分なのだということも、わかっていたのです。

 

 ロビーはそっとライアンによりそって、げんきな言葉でいいました。

 

 「へいきだよ。だって、リア先生って、こわそうだったもの。敵がいっぱいいたって、みんな、やっつけちゃうでしょ?」

 

 ライアンは思わず、えっ? といった顔をして、ロビーのことを見やりました。そしてそれからすぐに、「ふふっ。」と笑って、いったのです。

 

 「よく、わかってるじゃない。先生のこわさっていったら、それはもう、シープロンドいちだからね。」

 

 「こわいものなし?」ロビーがいいました。

 

 「こわいものなしだよ。」ライアンがこたえます。

 

 ロビーとライアンはそういって、「あはは。」と笑いあいました(そんなロビーとライアンのことを見て、ベルグエルムとフェリアルも、おたがいの顔を見あって、静かにほほ笑みあいました)。

 

 「かれらのことを、信じよう。」ベルグエルムが、みんなにいいました。

 

 「仲間を信じて、今は、さきに進むべきとき。いこう。みなが、われらを待っている。」

 

 そのベルグエルムの言葉に、みんなはしっかりとうなずいてみせました。

 

 こうしてかれらは、そのさきにつづくべーカーランドのお城の門をめざして、気持ちもたしかに、このエリル・シャンディーンのみやこまちの中へと歩み出していったのです。

 

 

 なんという美しいみやこなのでしょう! このみやこをはじめておとずれた者は、みなロビーと同じように、ただただ「ふええ……!」と感心してしまうばかりのはずです。みやこの中は、ほかのまちとはあきらかにちがう、ふしぎな美しさにあふれていました(やっぱりできるかぎり、その美しさをみなさんにお伝えできるようにがんばりますが、わたしの表げん力のたりなさを考えていただいて……、そのあたりは、ごかんべん願いたいと思います……。うまく言葉でいいあらわせないのが、わたしもくやしいのです!)。 

 

 まずたてものはすべて、お城と同じ、海の色のまじった白い石でできていて、やねもお城のやねと同じ、青い石をくんでつくられていました(つまりまちのたてものはすべて、お城と同じざいりょうからつくられた、同じ色のたてものでした)。それらのたてものが高さも同じくきれいにそろっていて、それだけでも美しいのですが、おひさまがしずみ、あたりがだんだんと暗くなっていくにしたがって、その石たちがみな、ほんわりとした、やさしい光を放ちはじめていったのです。

 

 それはお城も同じでした。お城全体が、ろうそくの光のようなあわくほんのりとした光を放ち、まるで夢の中の世界であるかのような、げんそう的な光景を生み出していたのです(じっさいロビーは、その美しさに見とれるあまり、思わずぼーっとしてしまって、ライアンに「起きてる?」といわれて腰をたたかれて、ようやくはっとわれにかえったくらいでした)。

 

 石から生まれるその光は、まちを流れる水にも、美しくうつりこみました。そしてまちのそとから見た、あの空にむかって流れていく水です。ロビーはまぢかでそれを見ましたが、もう言葉もありませんでした。空にむかってすいこまれるようにさらさらとのぼっていく、すいしょうのつぶのような水の流れ。たてものの石から生まれる光が、それにすいこまれて、あわさって、ひとつとなって……。光、影、水、すべてのものが、まるで紅茶にまざっていくミルクのように、ひとつとなって、このまちに美しくとけこんでいたのです。これはしぜんのままの美しさをほこるシープロンドとは、またべつの美しさでした。エリル・シャンディーンの美しさは、人の手によるわざによって、作り出された美しさといえることでしょう。そしてその通り。このみやこの名まえ、エリル・シャンディーンというのは、このくにの古い言葉で、「人の手によってみがかれた、かがやけるすいしょう」という意味の言葉だったのです。まさに、このみやこの名まえに、ぴったりですよね(ライアンはやっぱり、「まあ、シープロンドの方がすてきだけどね。」とロビーにいっていましたが)。

 

 そのほかにも、まちの中はたくさんのふしぎでめずらしいもので、あふれていました。なにしろここは、このアークランドの中でもいちばんというくらいの、大きなまちです。さまざまなくにからたくさんの人や品物たちが、やってくる場所でもありました(お城の西がわには大きなみなともあって、西の大陸ガランタからの船も、ここにはやってきました)。ですが今は、それらのふしぎなものたちのことを、ひとつずつ見学しているわけにはいきません。ロビーたち旅の者たちは、いっこくも早く、お城へとむかわなければなりませんでしたから。

 

 そういうわけですから、まちの中のようすのことについては、全部しょうりゃくして……、というわけにも、やっぱりいかないですよね。せっかく、こんなにすてきなまちにきたんですもの、いろいろ見てまわってみたいのも、とうぜんでしょう。ですからここでちょっとだけ、読者のみなさんのために、このまちのふしぎなものたちのようすのことをごしょうかいしておきたいと思います。でもとても全部はしょうかいしきれませんから、ほんとうにちょっとだけですよ(ごめんね!)。

 

 まずまちのまん中の通りには大きな川が流れていましたが、その川の上、十五フィートほどの高さのところに、大きさが三フィートほどしかない小島がいくつも浮かんでいました(まちの空に浮かぶ島の、まさにミニチュアといった感じでした)。それらの小島はふわふわぷかぷかと、あっちやこっちにただよっていて、そしてそれらの島から島へ、にじ色の水がぴゅんぴゅん、いったりきたりをくりかえしていたのです。ですがふしぎなのは、それだけじゃありません。そのにじ色の水が島から島へとうつるとき。空中のキャンバスに、星や、花や、いちごや、わんちゃんなどのすがたを、つぎつぎにえがき出していきました!(ほんとうにふしぎです! まるで魔法みたい! 魔法ですけど!)

 

 川の両がわには、たくさんのお店がならんでいました。それらのお店には、さまざまなくにのめずらしい品物が、ずらりとならんでおります。見たこともないような食べものや飲みもの。きれいな石のお守りに、アクセサリー。小さな魔法のくすりびん。魔法の本やまきもの。ふたりで戦ってあそぶカードゲームのカード(ちびっ子に大人気!)。モンスターどうしを戦わせてあそぶ、小さなモンスターが飛び出してくるコイン(ちびっ子に大人気!)。それに、しゃべって動く、三インチほどの小さな人形や、ぬいぐるみ、などなど。じつにさまざまな品物がならんでいました(どんなところにいっても、こういうお店を見てまわるのは楽しいものです。ですけどこれらのお店をみんな見てまわっていたら、時間がいくらあってもたりないことでしょう。わたしもそのうちまた、時間を作って、これらのお店をじっくりと見てまわりたいものです。わたしの好きな、古い物語をもとにしたゲームをあつかった店なんかも、ありましたけど……)。

 

 ちなみに、ライアンは、「時間がないからだめ。」といってみんながとめるのもきかずに、「これだけはゆずれない!」といって、ひとつのお店の中にはいっていってしまいました。そのお店とは……、そう、お菓子屋さん! そこはエリル・シャンディーン名物の、白いやき菓子を売っているお店だったのです。じつはライアンはこのまちへついたら、まずぜったいにこのお菓子を買う! と心にきめていました。そのお菓子はエリル・シャンディーンのお城のかたちをかたどった、白いもちもちの生地のお菓子で、中にクリームがたっぷりはいっている、とってもおいしいお菓子だったのです。その名もずばり、「エリル・シャンディーンやき」!(そのまんまですね。)ライアンはこのときのために持ってきていたお金をみんな使って、そのお菓子をかばんにどっさり、買いこみました(いくら使ったのか? ということについては、みなさんのごそうぞうにおまかせします……。きっと、そくたつの手紙が、なん通も出せることでしょうね……)。

 

 また、まちの中には、いろいろな(へんてこな)ものが飛びまわっていました。ブリキでできたふくろうが、「明日ノ、オ天気ヲ、オシラセシマス!」といって浮かんでいるかと思えば、「タッキュウビン! タッキュウビン!」とさけぶにもつが、どこかの家をめざして急いで飛んでいくのです。がっきを持った三人ぐみのくまさんのぬいぐるみたちが、ゆうめいな音楽家の作った新しい曲を、じゃかじゃかならして、飛びまわっていました(かれらはミュージックベアーといって、どんなえんそうでもかれらにいちどきかせれば、そっくりそのまま、まねをしてえんそうすることができました(もっともかれらは、えんそうのまねをしているだけなのであって、じっさいは、そのからだの中にくみこまれた魔法のスピーカーから、音がなっていましたけど)。エリル・シャンディーンの人たちは、こうして、遠くはなれたところにいる音楽家の新しい曲を、自分たちのまちできくことができたのです。やっぱりエリル・シャンディーンって、すごいまちですね!)。

 

 そしてさきほど山道で出会った、あのゆうびんかもめたちも、まちの空をいそがしく飛びまわっていました。今日いちにちのさいごのびんの手紙を、だれかのところへとどけてまわっているのでしょう(かもめさんたち、今日もいちにち、おつかれさま!)。

 

 このほかにも、いろいろめずらしいものはつきませんでしたが……、きりがありませんね。まことにざんねんではありますが、まちのしょうかいは、このくらいにしておきましょう。さあ、物語のつづきです!

 

 

 みんなはまちをぬけ、お城までの道のりを急ぎ進んでいきました(ライアンはさっそく、エリル・シャンディーンやきにしあわせそうにかぶりついておりましたが)。まちのいちばんはしっこを越えると、そこはいちめん、みどりのしばふになっていました。まちとお城のあいだには、このような、きれいなみどりのしばふがつくられていたのです。そのしばふにつくられた、こがね色のれんがの道が、アルマーク王のいるお城までつながっていました(ちなみに、エリル・シャンディーンというのは、ほんらいこのお城のよび名でした。それがいつしか、このみやこ全体の名まえとして広く知られるようになったのです)。

 

 こがね色のれんが道のわきには、いくつものあかりがともされていました。白い石でつくられたとうろうの上に、とうめいなすいしょうがおかれていて、そのすいしょうが白くかがやく光を放って、道をてらしていたのです。みんなはその光にみちびかれて、そのれんが道をお城の入り口へとむかって進んでいきました。そして、お城の入り口が見えてきたころ……。

 

 

   ぱぱぱぱー! ぱぱらっぱー!

 

 

 とつぜん、お城の入り口の方から高らかならっぱの音がひびいてきました。それは……、そう、旅の者たちのことを出むかえるための、かんげいのらっぱだったのです(あれ? でも、さわがないようにするってはずじゃ……)。

 

 入り口の前には、すでにたくさんの兵士たち(この中には白の騎兵師団の騎士たちもふくまれています)がならんでいて、旅の者たちのことを今か今かと待ちかまえていました(その数は、ざっと百人以上もおりました)。みんな、旅からもどった白の騎兵師団の者たち、そしてかれらのつれてきたきゅうせいしゅどののとうちゃくを、ほんとうに心待ちにしていたのです(ライアンがいっしょだということはみんな知りませんでしたので、かれらはライアンのことは待ってはいませんでした。その点では、ライアンにはごめんなさいです。

 

 ところで、出むかえの者たちはほんとうなら、まちの入り口の門までいって、帰ってくる者たちのことを出むかえたかったのですが、旅の者たちのことはひみつにしておかなければなりませんでしたので、このお城の入り口の門で、静かに待っていました。でもやっぱり、これだけの人数です。だまって静かに出むかえるなんてことは、むりでしたね。みんなすっかりこうふんして、大よろこびでしたから、思わずらっぱまで吹いて、出むかえてしまったというわけでした。

 ちなみに、らっぱを吹いた者は、あとでしっかり怒られたそうですけど)。

 

 

 「おおおー!」「ばんざーい!」「きゅうせいしゅどのだー!」

 

 「ベルグエルム隊長ー! フェリアル副長ー!」

 

 

 もうみんな、わーわーきゃーきゃー、大はしゃぎでした。きりつのとれたりっぱな兵士たちとはいえ、こんなときにはむりもありません。かれらはまるで子どものようによろこび、もどってきた者たち、そしてついにやってきたきゅうせいしゅのことを、心からかんげいしたのです(同時にみんなは、「あのひつじの子はだれなんだろう?」とも思っていましたが。やっぱりみんな、ライアンが四年前にきたシープロンドの王子さまだとは、気がつかなかったのです。だって四年前は、ライアンはほんとうに、ちびっ子でしたから)。

 

 その中でもとくに大はしゃぎだったのは、ウルファの騎士たちでした。白の騎兵師団には人間の隊とウルファの隊、ふたつの隊があるわけですが、こんかいのこの重要な旅をまかされたのは、ウルファであるベルグエルムたちでしたので、ウルファの隊の仲間たちにとって、この旅のせいこうのうれしさは、ひとしおだったのです。

 

 ですけど。いくらうれしいとはいえ、これではやっぱり、さわぎすぎてしまったようで……。

 

 

 「全隊! せいれーつ!」

 

 

 とつぜん! まるでかみなりが落ちたかのような、とんでもない大声がひびき渡りました! いったい、なにごとでしょう!

 

 その声をきいた兵士たちは、人間もウルファも、みんな「あわわわ……」とあわてふためいて、その場にきれいに、れつになって、びしっ! とならびます。

 

 「おまえたち! へらへらするんじゃない!」

 

 「はっ!」

 

 声のぬしにむかって、兵士たちはみんないっせいに、敬礼をしてこたえました。そしてかれらがどいた、その道のまん中を通って、こちらへゆうゆうと歩いてきたのは……。

 

 なんと、女の人ではありませんか! それもまだ十六、七さいほどにしか見えない、かわいい女の子だったのです!

 

 かのじょは、こがね色の美しいかみを、エメラルド色の大きなかみどめで、両方の耳の上でとめていました。エメラルド色のもようのはいった白く美しいよろいを着ていて、腰にはかのじょにはふつりあいなほどの、大きな剣がさしてありました。背中には、大きな白いマントをはおっております。そのマントでからだを大きく見せていましたが、それでもやっぱり、かのじょの小ささは、かくしておけるものではありませんでした。背の高さはライアンよりもひとまわり高いていど。五フィートちょっとといったところでしょうか? かのじょは見た目には、ほんとうにかわいらしい女の子そのものでした。ですけど、さきほどのびっくりするくらいの大声と、きついおしかりの言葉。あれはまぎれもなく、この女の子によるものだったのです(ほんとうにびっくりです!)。

 

 りっぱでたくましいこれだけたくさんの兵士たちのことを、ぐうの音もいわせないほどにしたがわせるこの女の子は、いったいなに者なのでしょうか? でもそれはこのあと、すぐにあきらかになるのです。

 

 「よくもどられた、ベルグエルムどの。そして、フェリアル。」かのじょはそういって、ふたりの騎士たちにえしゃくをしました。

 

 「そして、そなたが……」つづけてかのじょは、ロビーの方を見ていいました。

 

 「われらがきゅうせいしゅどのに、ほかなりません。」ベルグエルムがかのじょにこたえて、そういいます(ちなみに、ライアンは「ねえ、ぼくは? ぼくは?」といって、ベルグエルムに自分をしょうかいするようにせっついていましたが)。

 

 「よく、まいられた。王はそなたのことを、心待ちにしているぞ。わたしは、ライラ。ライラ・アシュロイだ。よろしく。」

 

 ライラと名のったかのじょは、そのあんず色の美しいひとみでロビーのことを見すえながらそういって、ロビーにあくしゅをもとめました。ロビーはあわてて(手を服のわきでごしごしとこすってきれいにしてから)かのじょの手を取って、あくしゅをします。

 

 「よ、よろしくお願いします。ぼくは、ロビーと申します。よ、よろしくお願いします。」

 

 ロビーは思わずきょうしゅくして、同じことを二回もいってしまいました(さっきのかのじょのこわさを見ておりましたので、怒らせないようにしなくちゃ……、と思ったのです)。

 

 「ロビーどの。かのじょは、わたしと同じ、白の騎兵師団の隊長です。」ベルグエルムがいいました。って……、ええっ! た、隊長? 

 

 「ライラどのは、人間の隊の隊長なのです。」

 

 これはびっくり! なんと、このライラという女の子は、ほかでもありません。白の騎兵師団の、人間隊の方の隊長だったのです!(さきほどもちょっとふれましたが、ここでもういちど、白の騎兵師団のことについて説明しておきますね。白の騎兵師団は、もともとの人間の隊と、レドンホールからのがれてきたはい色ウルファたちによるウルファの隊、ふたつの隊があわさってできていたのです。そしてそれぞれの隊には隊長と副長がひとりずついて、ライラ・アシュロイは、その人間隊の方の隊長でした。そしてもちろん、ウルファ隊の方の隊長は、ベルグエルム・メルサルです。)

 

 ライラが隊長であるということをきいて、ロビーは前よりももっと、きんちょうしてしまいました。それにしても……、ベルグエルムなら見た目からしてもすぐに、りっぱでゆうかんな騎士であるということがわかりますので、なっとくなのですが、こんなに小がらでかわいい女の子が、これだけ大きなくにの、これだけりっぱな騎兵師団の隊長だなんて、いったいどういうりゆうがあるのでしょうか?

 

 ですがロビーのそのぎもんは、すぐにあきらかになりました(フェリアルがうしろからそっと、耳うちしてくれましたから)。つまり見た目はまったく、かんけいがないということだったのです。これはいぜん、シープロンドのメリアン王の言葉の中にもありましたが、人の中身は見た目やねんれいなどとは、まったくかんけいがないのです。ライラ・アシュロイが白の騎兵師団の隊長になった、そのいちばんのわけ。それは、たんじゅんめいかい。かのじょがとんでもなく、強いからでした!

 

 剣を持たせたら、だれもライラにかなう者などいませんでした。剣のたつじんのベルグエルムでさえ、じつはかのじょに勝ったことは、いちどもなかったのです!(ベルグエルムはそのことについて、じつはけっこう、気にしていましたが……)

 

 もちろんライラは、ただ強いというだけではありません。かのじょは強さのほかにも、人なみはずれたはんだん力と、隊をまとめ上げる、すぐれたとうそつ力をもかねそなえていました。そのうえ、このきびしいせいかくと、負けん気の強さ! かのじょにさからおうものなら……、ぶるる! 考えただけでもおそろしい! ですから兵士たちがかのじょにしたがいっぱなしなのも、わかりますでしょう?(もっとわかりやすい例をあげましょう。たとえばフェリアルがライアンにさからったとしたら、どうでしょう?たいへんなことになると、すぐにわかりますよね。)

 

 そういったわけでライラ・アシュロイは、まんじょういっちで、白の騎兵師団の隊長ににんめいされたというわけだったのです(もっともそれは、かのじょがこわいからというだけのりゆうでみんなしたがっているというわけでは、けっしてありませんでした(そのりゆうもかなり大きかったのですが……)。かのじょはたしかに、とってもこわかったのですが、それと同時に、みんなにとってもしたわれておりましたし、人気があったのです。のうりょくがすぐれているということもありましたが、それ以上にやっぱり美人でしたから、それもむりはありませんでした。影でひそかに、ファンクラブまで作られているくらいでしたから。ライラに知られたら、たぶん怒られるでしょうけど……)。

 

 「それから、こちらは……」

 

 ここではじめて、ライラはライアンの方をむいてたずねました(「ライ」がかぶってしまって、ちょっとまぎらわしいのですが、ごかんべん願います)。その言葉に、なかなかしょうかいしてもらえていなかったライアンは、やっと出番だ! といわんばかりに、ぐいっとロビーのことをおしのけて、ぴょこんと前に出ると、ライラにぺこりとおじぎをします。

 

 「こちらは、ライアン・スタッカート。めいゆう国、シープロンドの王子であられます。われらとともに、この地まで、旅をつづけてもらいました。」

 

 「シープロンドの……」ベルグエルムのしょうかいをきいて、ライラはそうつぶやくと、ライアンにうやうやしくおじぎをしてからつづけました。

 

 「よくぞまいられた。ご協力をかんしゃいたす。」

 

 「いえいえ、こちらこそ。ベーカーランドへふたたびこられて、かんげきです。」

はじめてよそのくにの王子さまとしてあつかってもらえたライアンが、うれしそうにその言葉にこたえます。

 

 「かれの協力なくして、この旅は、せいこうなし得ませんでした。ほんとうに、かれには、かんしゃしてもしきれません。」ベルグエルムがライラにいうと、ライアンは「いやー、それほどでも。」とにこにこ笑っていいました(あんまりほめすぎると、あとがめんどうそうですが……)。

 

 「それと……」ライラがライアンからしせんをはずし、あたりを見まわしながらいいました(ライアンは、あれ……、も、もう終わり? とめんくらってしまっておりましたが)。「二名の騎士たちが見あたらないが、どうされたのだ? たしか、ハミールと、キエリフだったな。」

 

 ライラの言葉を受けて、みんなはおたがいの顔を見あわせました。ほんらいこの場にいるはずだった二名の若き騎士たち、ハミール・ナシュガーとキエリフ・アートハーグ。かれらがいないわけを、ライラにもしっかりと説明しておかなければなりません(ベルグエルムがゆうびんかもめに持たせた手紙の内ようは、取り急ぎ、「きゅうせいしゅどのをつれてあと一時間ほどで帰る」というだけのものでしたので、みんなは二名の騎士たちがいないことについては、なにも知らなかったのです。ですから出むかえのみんなは、ベルグエルムたちがやってきたとき、大はしゃぎするのと同時に、「ハミールとキエリフはどこだろう?」とも思っていました。「あのひつじの子はだれ?」とも思ってましたけど)。

 

 「かれらは、われらをこの地へとおもむかせるために、敵のおとりとなるやくめを買って出てくれたのです。ここまでの道のりは、ほんとうに、こんなんのれんぞくでした。思いもかけず、ワットの黒騎士たちにも出会ってしまったのです。」

 

 「ワットの……!」ベルグエルムの言葉に、ライラはきびしい顔をしていいました。その表じょうは、なにかそのおく底に、ふくざつな思いをかかえているかのようにも見えました。

 

 「まさか、ガランドーに……?」ライラがベルグエルムにたずねます。そのようすは今までのかのじょのようすとは、あきらかにちがっていました。いったい、どうしたというのでしょうか?(ガランドーって?)

 

 「いえ、かれではありません。」ベルグエルムが、れいせいにこたえました。「ですが、おそらく、かれの配下の者たちでしょう。かれらは、ディルバグの黒騎士隊でした。」

 

 ライラは、思いをめぐらせているようでした。いったいガランドーとは? それはみなさんにも、もうすこしあとでお話ししたいと思います。 

 

 「そうか……」ライラはそういって、深く息をつきました。「ふたりの騎士たちに、敬意をあらわす。ぶじであるとよいが。」

 

 「ぶじにきまってますよ!」ライアンが思わず、口をはさみました。「なんたって、ぼくの先生がいっしょなんですから。リア先生なら、どんな相手だって、こてんぱんにしてくれます! それだけじゃない。ルースっていう、強い精霊使いもいっしょなんです。」

 

 ライラはちょっとびっくりして、ライアンの方を見ます。

 

 「それは、心強い。」

 

 ライラはそこでちょっとだけ、笑みを浮かべました。

 

 「そうだな。わが、白の騎兵師団の騎士たちに、シープロンドの者たちがいっしょなら、あんずることもあるまい。近々、かれらからも、旅の話をきくことができよう。」

 

 ライラの言葉に、ライアンはにっこり笑ってみせました。

 

 「リュインとりでのことは、ほんとうに痛ましいことです。」ふたたびベルグエルムが、ライラにいいました。「これから、どう動くべきか? われらはすぐに、こたえを出さなくてはなりません。」

 

 ライラはベルグエルムにうなずいて、ふたたびきびしい顔にもどってこたえます。

 

 「王のおちえを、さずからなくてはなるまい。だが、それだけではない。きのうから、城には、心強い仲間がたいざいしている。ノランどのだ。」

 

 「ノランどのが! お越しなのですか!」

 

 なんと! さきほどエリル・シャンディーンにくる前に話していた、あの大けんじゃノランが、今ここにきているというのです!

 

 「うむ。西の大しごとに、きりがついたということでな。こたびのいくさには、ノランどのも、力を貸してくださるということだ。」

 

 ライラの言葉に、ベルグエルムとフェリアルはおたがいの顔を見あって、こぶしをにぎりしめてよろこびあいました。

 

 「ありがたい! きゅうせいしゅロビーどのに、ノランどのまで! われらは、百万の味方を得た!」(そういうベルグエルムたちに、ライアンがまた、「ぼくは? ぼくは?」とからんでいましたが。)

 

 ですがライラの顔つきは、きびしいままでした。

 

 「きゅうせいしゅどのよ。」ライラがロビーの方を見て、いいました。「この戦いは、このアークランドのみらいをきめる戦い。そなたには、そのかくごがおありか?」

 

 ロビーはいっしゅん、どきっとしてしまいました。ですがそんなしつもんは、もうロビーには、きくだけむだというものです。ロビーはだれよりも強いかくごと、しんねんを持っていましたから。

 

 「はい。」

 

 ロビーは力強く、それでいて静かに、心をこめたへんじをかえしました。そのひとことのへんじと、ロビーのかたいしんねんのこもった目。それだけでもう、じゅうぶんでした。

 

 ライラは、静かな笑みを浮かべました。そしてお城の方をふりかえり、その歩みをふみ出しながら、さいごにいったのです。

 

 「まいろう。王がお待ちだ。」

 

 ついにこのときがやってきました。こんかいの旅の、たったひとつのもくてき。アルマーク王に会うということ。そのもくてきのために、みんなはこのつらく危険な道のりを、乗り越えてきたのです。ロビーの心は今、さまざまな思いでいっぱいでした。いよいよだ。その足取りは力強く、しっかりとしたものでした。

 

 

 でもロビーのほんとうの旅は、ここからだったのです。これから伝えられるしんじつは、ロビーにとって、とてもつらく、重いものとなることでしょう。

 

 

 ベルグエルムがロビーの顔を見て、うなずきました。ロビーもしっかりと、それにこたえて、うなずきました。

 

 フェリアルが胸に手をおいて、ロビーにウルファの敬礼をおくりました。ロビーも同じく、ウルファの敬礼を、このすばらしき仲間へとおくりました。

 

 ライアンがロビーの横へきて、ロビーの手を取りました。にこにこ笑うライアンに、ロビーはほっとした気持ちになって、ほほ笑みかえしました。

 

 そしてロビーはみんなにむかって、心のこもった声で、ひとこと、いったのです。

 

 「いきましょう。」

 

 

 さあ。

 

 アルマーク王のもとへ。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「このくには、女神リーナロッドに守られている。」

       「よく、まいられたな。」

    「よこしまなる、赤いキューブ……」

       「食べる?」


第17章「明かされたしんじつ」に続きます。

     
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