今ではもう伝説とまでうたわれた、遠い遠いはるかむかしのお話です。ある日のこと、ひとりの若者がこのアークランドの地にやってきました。もうずいぶんと長いこと、旅をつづけてきたのでしょう。身なりはぼろぼろ。くたびれたかばんを背おい、腰には使い古されたひとふりの剣がさしてありました。かれははるか遠くの南の地から、ここまでなん日もなん日も、なんしゅうかんもかけてやってきたのです。それはかれの見た、ひとつの夢のおつげのためでした。
かれは南の地で、それこそ数えきれないほどの冒険をこなしてきた、冒険者でした。剣のうでは、かなりのものでした(ライラとくらべたらどうでしょうか? むかしのことなので、今となってはくらべようがありませんが)。そのかれがあるときとつぜん、夢の中でこんなおつげをきいたのです。
その夢は、青と白の光につつまれていました。そしてその光の中から、青い光をいだいた、とても美しい女神がひとり、あらわれたのです(そのあまりの美しさに、かれは思わず、「これは夢か?」と思ってしまったほどです。夢でしたけど)。そしてその女神が、かれにこんなことをつげました。
「北に、そなたの運命の土地があります。そこは、アークランドとよばれるところ。そこへゆきなさい。そなたはそこで、おくりものを受け取ることになるでしょう。そしてそなたは、王になるのです。」
女神はそれだけいうと、光のむこうへと去っていきました。「待って!」かれはさけびましたが、女神はそのまま、青白い光となって消えていってしまいました。
目がさめたとき。かれはもうふにつつまれて、小さなほらあなの中にいました。かれははじめ、自分がどこにいるのか? わかりませんでした。そしてしばらくののち。きのうの夜、自分が冒険のとちゅうで、このほらあなにひとり、野宿をしたということを思い出したのです(ちなみに、その冒険とは牛やひつじをぬすんで悪さをするという、いたずらようかいのすみかにふみこんでいって、こらしめるというものでした。ひがいにあった村から、冒険のいらいを受けたというわけだったのです)。
かれはほらあなから、そとへ出ました。朝でした。鳥がちゅんちゅんないています。まぶしい光が、かれの顔にさんさんとふりそそいできました。
かれは丘の上に立って、かなたの景色をながめやりました。はるか北のほうがくに、切り立ったたくさんの山々が見えていました。あの山のむこうに。みずからの運命の場所、アークランドという地があるというのです。かれは思わず口もとをゆるませて、にやりと笑いました。
「アークランド……」
そしてかれはにもつをまとめ、北へとむかって歩きはじめたのです(いたずらようかいのことなんて、もうきれいさっぱり忘れてしまっているみたいでした。村人たちの、「そりゃないよー!」という声がきこえてきそうですが……)。
かれの名は、イェヒュリー・ベーカー。この名まえをきけば、読者のみなさんもぴんときたことかと思います。そう、かれはのちに、ベーカーランドのしょだいの白きいだいなる王とよばれることになる、伝説のイェヒュリー・ベーカー王、まさにその人でした!(このイェヒュリー王のことについては、ロビーのほらあなでベルグエルムの話の中に、いちどだけ名まえが出てきました。レドンホールのいい伝えのことについて、説明していたときのことです。)
イェヒュリーはアークランドのその地で、女神のおつげの通り、あるものを受け取りました。それがなんだか? みなさんにはもうおわかりでしょう。それはベルグエルムの話の中に出てきた、このアークランドをまとめ上げることのできるという、力のみなもと。よこしまなる魔法使いアーザスが、ねっしんにほしがっている、とくべつな力。そう、それこそが、ベーカーランドの王城に代々受けつがれ、かたく守られつづけている、いちばんの宝物、青き宝玉だったのです。
イェヒュリーは宝玉を受け取った地に、自分のくにをつくると心にきめていました。そしてそれこそが、このアークランドでいちばんのみやこをかまえるまでにさかえることとなった、げんざいのベーカーランドなのです(ベーカーさんがつくったから、ベーカーランド。なんてわかりやすい! これは自分のくにには自分の名まえをつけて、みずからのそんざいを世の中の人たちに広く伝えたいという、イェヒュリーの強い思いがあったからでした。かれはなかなかに、目立ちたがりなところがあったみたいですね。
ちなみに、ほかにもくにの名まえを見てみますと……、シープロンたちのくにだから、シープロンド。これもとってもわかりやすいですね。それからウルファたちのくに、レドンホール。この名まえには、「こがね色にかがやく思い」といった意味があるそうです。そしてワット。これは、「手を取りあって力をあわせる者たち」という意味がありました。その通りに、みんなと力をあわせられたらよかったんですけど)。
こうして、夢のおつげはすべてほんとうのことになりました。イェヒュリーは王となり、そしてそのすぐれた力をぞんぶんにはっきして、このアークランドをへいわにまとめ上げてきたのです。それから数世だいののち。このアークランドがおそろしいやみにつつまれることになるなどとは、だれもよそうすらしていませんでした。
「ふええ……!」
ロビーは思わず、ため息をついてしまいました。ここは、エリル・シャンディーンのお城の中。仲間たちはアルマーク王に急ぎ会うために、お城の中を進んで、上の階へとつづく大かいだんのあるこの大広間まで、やってきたところだったのです。
そのかいだんの大きいこと! そして美しいこと!
まずお城の門をぬけて中にはいったそのしゅんかんから、ロビーはずっと、ため息のれんぞくでした。地面やかべの白い石は、みんなオレンジ色のあわい光を放っていて、その石だたみの上を歩くと、足でふんだその部分から、ぱあっ! とオレンジ色の光のこながまいちるのです(ロビーは思わず、オレンジ色の光の精霊がそこにいっぱい飛んでいるんじゃないかと思って、ライアンにそうきいてしまいましたが、これはあくまでも魔法の力なのであって、精霊とはやっぱりちがうそうでした。でもロビーにとっては、どっちもふしぎなことに、変わりはありませんでしたけど)。
そんな白くてオレンジ色の石だたみの道をあんないされて、さらに門をくぐり、かいだんをのぼり……、ようやくたどりついて中にはいったところが、この巨大な白い大広間。そしてそのおくにそびえる、あっとう的なまでのはくりょくをほこる、この大かいだんだったのです。
それはまるで、巨大な白いたきのようでした。そしてじっさい、この大広間は、水と海をイメージしてつくられていたのです。床はいちめん、白と海の色のタイルでおおわれていました。そしてはるかなてんじょうまでのびる、たくさんの白いはしら。それぞれのはしらからは、すんだ水が伝い落ちていて、はしらの下に美しいいずみを作っていました。そしてあちこちにつくられた、たくさんのふんすい。それも、ただのふんすいではありません。ふんすいの上には、よくみがかれた石でつくられた、魚のちょうこくが乗っていましたが、その魚のちょうこくが、ふんすいの上から空中へとむかって、ゆらゆらとおよいでいって、その口からかがやく銀色の水を吹き出していたのです(そして水を全部吹き出してしまうと、またもとのふんすいにもどって、新しい水をたくわえました)。
あちこちを流れる、やさしい水の音。それがこの広間全体に、美しくひびき渡っていました。もしこの広間のまん中に寝そべって、目をとじたとしたら、自分がまるで、海の中をただよっているかのように思えることでしょう(そしてきっと、二分もたたないうちに寝てしまうはずです)。ここはそんな、美しくやさしい場所でした。ですが、やっぱりそれでも。この目の前の大かいだんのことを見てしまったら、この広間の美しさも、かすんでしまうというものです。
その横はばだけでも、ゆうに七十フィート以上はあることでしょう。そしてその高さといったら……!(ここでみなさん、けんじゃカルモトの住んでいた、あの巨大なルイーズの木のことを思い出してみてください。このかいだんはまさに、それと同じほどの大きさだったのです!)
とうめいな石(石かどうかもわかりませんが)でつくられたかいだんが、らせんじょうになって、はるかな高みへとむかってつづいていました。見上げると、ずうっと上の方に、かいだんのいちばん上がつづいているのが見て取れます。そしてかいだんのとちゅうにも、全部で五つの、張り出しろうかがつながっていました。これはエリル・シャンディーンのお城の階の数と、同じでした。今いる場所が、お城の一階部分。いちばん上が、王さまのいる(という)七階。そのあいだに、五つの階があるわけです。つまりこの大かいだんは、このエリル・シャンディーンのそのまん中にあって、お城のすべての階をひとつにむすんでいる、とってもだいじなかいだんだというわけでした。
「これで、七階のえっけんの間までいどうします。どうぞお乗りください。」
ベルグエルムとライラがさきにかいだんにのぼり、ベルグエルムがロビーをまねいていいました。いわれてロビーが、「あ、はい。」といって、あわててそのかいだんをのぼります(さっきからずっとロビーは、このかいだんのりっぱさに気を取られっぱなしでしたので)。ライアンとフェリアル、そしておともの兵士たちがふたり、それにつづきました。
そしてロビーがさらに、かいだんをのぼっていこうとすると……、ベルグエルムが手でロビーのことをせいして、とめました。見ると、ベルグエルムもライラも、かいだんをすこしのぼったところで立ちどまっていて、それ以上のぼっていこうとしないのです。いったいなぜ?
「ロビーどの、このまま、ここでお待ちを。今、動かしますので。」
「え?」
ベルグエルムの言葉に、ロビーはきょとんとして、その場に立ちつくしてしまいました(動かすって?)。うしろを見ると、ライアンがにこにこして立っております。フェリアルも、「びっくりしないでくださいよ。」とうれしそうにいうだけでした。
「アローイン、フェルク。」
ベルグエルムがかいだんの手すりに手をおいて、いいました。すると……!
「うわわわっ!」
ロビーが乗っているその足もとのかいだんが、とつぜん、すごいはやさで動きはじめたのです! いったいこれは! どうなってるの?
なんと、このかいだんは、じつは、あい言葉をいうことによって動く、魔法のかいだんでした! このかいだんを使う人は、自分のいきたい階のあい言葉をいうことによって、その階まであっというまにいくことができたのです。さすがエリル・シャンディーン! すごいかいだんがあるものですね!(ちなみに、上にいくときには「アローイン」、下にいくときには「フローイン」といってから、いきたい階の番号をいうと、このかいだんは動きました。ロビーたちがむかうさきは七階でしたから、アークランドで七をあらわす「フェルク」という言葉を、ベルグエルムはいったというわけだったのです。「アローイン、フェルク」とは、つまり、「七階までのぼれ」という意味になりました。)
魔法のかいだんはぐいぐいと動き、ロビーたち一行は、らせんかいだんをどんどんとのぼっていきました(ロビーのことをびっくりさせようとして、このかいだんのしかけのことをだまっていたライアンが、「おどろいた? おどろいた?」としきりにロビーにからんでいました。ですがそういうライアンも、四年前、はじめてこのかいだんに乗ったとき、すごくおどろいたのです。ライアンのことをおどろかせようとして、メリアン王もまた、このかいだんのひみつのことをライアンにだまっておりましたから)。そしてさっきまでいた広間が、あっというまに、はるか下に見えるようになって……。
ちーん!
すんだ高いベルの音をならして、かいだんはふわっとした感じでとまりました(乗っている人がころばないように、ふわっととまるのです。
ところで……、ベルの音は、どこからなっているのでしょうか? じつはベルグエルムも知りませんでした)。ロビーたちはこうして、あっというまに、アルマーク王のいるお城の七階までやってきたのです。
かいだんをおりると、そこはまたしても大きな広間になっていました(このお城はどこへいっても大広間だらけでした)。その広間から、ぴかぴかにみがき上げられたはばの広い石のろうかが、ずうっとむこうの方にまでまっすぐのびていたのです。そのろうかの両がわには、同じくぴかぴかにみがかれた白いはしらが、二十ヤードおきくらいに、左右にいっぽんずつきれいにならんで立っていました。そしてはしらとはしらのあいだには、左右ともに、白いやりを持った兵士たちがひとりずつ、背すじをぴーん! とのばして、きちっとならんで立ちつくしていました。それらの光景が、ろうかのつづくかぎり、はるかむこうの方にまで、ずらーっとえんえんとつづいていたのです(いったい兵士たちは、なん人くらいいるのでしょう? はしらはさきが見えないほど、ずうっとむこうにまでのびていましたから、すくなくとも百人以上はいるはずです。う~ん、ごくろうさまです)。
この場所が、なんなのか? それははじめてここにきたロビーにも、すぐにわかりました。こんなふうにまっすぐのびるろうかのまわりに、立ちならんだ兵士たち。そうです、ここはまさしく、王さまに会うための、えっけんの間とよばれるところでした。ですからここをまっすぐ進めば、そのさきに、王さまのすわるぎょくざといういすがあって、王さまがいるはずなのです。ですけど……。
なんて長いろうかなのでしょう! お伝えしました通り、王さまがいるはずのろうかのはしは、さきが見えないほどの、はるかむこうでした。ですからここを歩いていくだけでも、じつにたいへんだったのです!(じっさいこのろうかは、長さが半マイルもあったのです! いくら大きくてりっぱなお城とはいえ、これではやっぱり、長すぎですよね! じつはこれは、王さまのえっけんの間は、アークランドいち大きくて、ごうかけんらんなものにしたいという、しょだいイェヒュリー王の願いがあらわされていました。どうもイェヒュリー王という人物は、りっぱな人でしたけど、ちょっと、みえっぱりなところがあったみたいですね……)
ですけどここは、歩いていくしかありません(ここの床は、魔法で動いてくれる床というわけではありませんでしたから)。一行はベルグエルムとライラを先頭に、ロビーとライアン、フェリアル、おともの人間の兵士がふたり(ルーリック・レスネルとアランギル・ローシーという名まえのふたりでした。まあ、おぼえてもらう必要はないんですけど……)というじゅんばんで、このぴかぴかの石の床の上を、かつんかつんとくつ音をならしながら歩いていきました(ところで……、みなさんも「そんなの変じゃない?」と思われたかもしれませんが、ここにはおかしなところがあったのです。いくら大きなお城とはいえ、たてものの中にこんなに長いろうかがあるなんて、やっぱりおかしいですよね? ふつうに考えたら、半マイルもあるろうかなんて、お城のそとにまで飛び出してしまうはずです。じつはこのろうかは、魔法のろうかで……、といいたいところでしたけど、そうではありません。このろうかは長いというだけで、ほかはまったく、ふつうのろうかでした。つまり……、このろうかは、じっさいに、お城のそとにまで飛び出していたのです!
それってどういうこと? それは王さまのぎょくざのある、その場所のせいでした。王さまのぎょくざがあるのは、なんと、お城の中ではなくて、お城から半マイルもはなれた塔の上だったのです! このろうかがこんなにも長いのは、そのためでした。このろうかはお城の七階からぎょくざのある塔へといくための、長い長い、つり橋みたいな空中ろうかだったのです! ひええ、こわい! でもこのろうかには、まどはありましたが、やねもかべもついておりましたので、じっさいに渡っているロビーには、まさか自分が、空中をつないでいるろうかの上を歩いているだなんて、ぜんぜんわかっていませんでした。まあ、知らない方がいいでしょうけど……)。
(そんなおっかない空中ろうかを)半分くらい進んでいったところで(そしてロビーが百人目の見張りの兵士さんにあいさつしたところあたりで)、ようやく道の終わりがかくにんできるようになりました。道の終わりとは、つまり王さまのぎょくざのあるところです。ですがまだ、はるかむこうでしたので、ぎょくざは豆つぶくらいにしか見えませんでした。そしてそれよりもなによりも、すぐにそれとわかるあるものが、そのぎょくざのうしろに、ででーん! とそびえているのを、ロビーは見たのです。
それはとてつもなく大きな、女神のぞうでした。すき通るようなミルク色の石をほってつくられていて、胸の前にさし出された両の手のひらからは、たくさんの光がこぼれ落ちていました。背中には、天使のような大きな羽がふたつ、つけられております。そしてなにより、その美しくおだやかな表じょう。それは見る者の心をしずめ、おちついた気持ちにさせてくれる、まさに女神のようなほほ笑みの表じょうでした(女神ですけど)。
その女神のすがたに、ロビーはすっかり心をうばわれてしまいました。まだずいぶんとはなれているというのに、そのあっとう的なまでのそんざいの力が、ひしひしと胸に伝わってきたのです。
「女神リーナロッドのぞうです。」ベルグエルムが、ロビーの方をふりかえっていいました。「ベーカーランドけんこくの王、イェヒュリー・ベーカー王が、そのむかし、女神リーナロッドより青き宝玉をさずかり、このくにをつくったといわれています。」
「女神さまから……、すごい!」
ベルグエルムの言葉に、ロビーはあらためてそのすごさを感じ取っていました。それはまるで、ロビーの心の中にちょくせつ、女神が話しかけてくるかのようでした。
「このくには、女神リーナロッドに守られている。」ライラも前をむいて歩いたまま、ロビーにいいました。
「そうやすやすと、敵の思い通りになどならぬ。」
そしてみんなは(それからまたずいぶん歩いてから)ついに、その女神リーナロッドのぞうの前、つまり王さまのぎょくざの前にまで、やってきたのです!(ちなみに、ライアンはひまつぶしに、はしらのあいだに立っている兵士の数を数えてきましたが、全部で二百二十六人いたそうです! そしてその兵士たちを数えながらここまでやってくるのに、食べたエリル・シャンディーンやきの数は十七こでした。)
ぎょくざは白い石とすき通ったすいしょうでつくられていて、とてもこまかいちょうこくがちりばめられていました(まさにごうかけんらんです)。ここはおうぎのかたちをした広間になっていて、はしらでささえられたやねはありましたが、かべはなく、まわりはすべて、そとを見おろせるバルコニーになっていました(七階ですから、その高いこと! 高いところがだめな人なら、このバルコニーに近よることすらできないでしょう!
ちなみに、雨の日や風の強い日などには、このバルコニーは魔法のカーテンによってしめられるそうです。う~ん、さすがです)。そしてまぢかで見る女神のぞうは、まさにすばらしいのひとこと。近くで見ると、じつにみごとなちょうこくがなされていて、その衣服などは、まるでほんもののぬののようだったのです(衣服のあつさは、十ぶんの一インチほどもありませんでした。でもやっぱりこれは、石でつくられたちょうこくなのです。すごいわざです!)。
ですがここにきてまず、はじめに目がいったのは、それらのものではありませんでした。ぎょくざにはまだ、だれもすわっていませんでしたが、そのぎょくざの前に、ひとりの男の人が立っていたのです。ロビーはライアンに「王さま?」とききましたが、「ちがうよ。」というへんじでした。ではいったいこの人物は、だれなのでしょうか?
その人は、とてもいげんのある人でした(ですからもしこの人が王さまだといわれたら、王さまのことを知らない人なら、みんなそのまま信じることでしょう)。黒と金色のごうかな衣服に身をつつんでいて、剣はさしていませんでしたが、手にはさきにエメラルド色のすいしょうのついた、みじかいつえを持っていました。つえ……、ひょっとして、魔法のつえ? ということは……、この人が、大けんじゃノランなのでしょうか?
いえ、それもちがいました。ノランとこの人物がけってい的にちがう、あるりゆうがひとつ、あったのです。それはこの人物が、人間の種族の者ではなくて、おおかみ種族の者だということでした。この人物は、はい色ウルファの人だったのです(ですからロビーもさいしょ、この人が王さまのはずがないと思いましたが、あんまりりっぱな身なりでしたので、いちおうライアンにたずねてみたというわけだったのです)。
「よくもどられた、ベルグエルムよ。」みんながやってくると、その人物がまず、そう口をひらきました。
「はい、父上。」ベルグエルムがこたえます。
って、ええっ! 父上?
そう、この人物は、ほかでもありません。ベルグエルムのお父さんだったのです! それにしても、王さまのぎょくざの前にいるなんて、ベルグエルムのお父さんって、いったいどんな人なの?
「いい伝えは、まことでありました。われらは文字通り、きゅうせいしゅを得たのです。ロビーどのです。」
ベルグエルムはそういって、ロビーのことをうやうやしく、しょうかいしました。ロビーはあわてて、「ロ、ロビーと申します。よろしくお願いいたします。」ときんちょうしながら、じこしょうかいをおこないます。
そんなロビーのことを見て、ベルグエルムのお父さんは、なんともふくざつな表じょうを浮かべました。その胸の内に、なにかはかりもしれない、とくべつな思いをひめているかのようでした(いったいどうしたのでしょう?)。ですがかれは、いたってれいせいなふうをよそおって、とても静かに、ただ、こういったのです。
「はるばるのごそくろう、かんしゃいたします。わたしは、デルンエルム・メルサル。このくにのしっせいをつとめております。」
へえ! ベルグエルムのお父さんって、しっせいなんですか! ベルグエルムがりっぱなのも、うなずけますね!(しっせいという言葉を、みなさんおぼえていますでしょうか? セイレン大橋の下で出会ったカピバラのおじいさんが、むかしカピバラのくにで、カピバラのしっせいさんにつかえていましたよね。しっせいとはそうりだいじんみたいなもので、くにのせいじをとりおこなう、とってもえらい人なのです。そのとってもえらい人が、ベルグエルムのお父さん、デルンエルムでした。
ちなみに、デルンエルムは祖国レドンホールでも、しっせいをつとめていたのです。ベーカーランドでは四年ごとにしっせいがかわりますが、ちょうど前のしっせいがそのつとめを終えるところでしたので、そのひきつぎとして、アルマーク王からぜひにとたのまれて、デルンエルムがしっせいになったというわけでした。)
「王は、まもなくまいられます。今しばらくお待ちください。」
デルンエルムがそういってから、しばらくすると……。
ちん、ろん、らん、ろん。
ちん、ろん、らん、ろん。
とつぜん、どこからかハンドベルのえんそうのような、なんともかわいらしい音楽がきこえてきました。そしてそれは、どうやら王さまのぎょくざのうしろ、女神ぞうの中からなっているみたいなのです。いったいなにごと? すると……。
ちーん!
またここへくる前、大かいだんがとまるときにきいたのと同じ、ベルの音です。ロビーが、なんだろう? と思っていると、女神ぞうの足もとのあたりから、ぷしゅーという空気のもれるような音がして……。
女神ぞうの右足の横の部分が、とつぜん、とびらのように、横にしゅいいん! とひらきました! ロビーが、ええっ? と思っていると、なんとそこから、数人の兵士たちが、つかつかと歩き出てきたのです!(そこ、入り口だったの?)
なんと、この女神ぞうはこのぎょくざの間にやってくるための、出入口のやくめも果たしていました! その出入り口のとびらが、女神の足もとのところにあったというわけなのです(う~ん、なんだか、ばちあたりなような気もしますが……)。そして兵士たちにひきつづいて、女神の足もとからあらわれたのは……。
美しい白いビロードの服を着て、同じく白いマントをはおった、ひとりのりっぱな、人間の男の人でした。ねんれいは、四十だいのなかばといったところです。背は高く、身長は六フィート近くもあるでしょうか? ひげはなく、なんともたくましいからだつき。しんじゅ色の美しいかみを、肩までのばしていました(ライアンのかみの色ににておりましたが、ライアンのかみは銀色で、この人物のかみは白に近いしんじゅ色でした)。美しくととのった顔立ちは、きりっとひきしまっていて、じつにどうどうたるふんいきです。
りっぱなのはとうぜんでした。そう、この人物こそ、ロビーがはるばる会いにやってきた、このベーカーランドのあるじ、アルマーク・クリスティア・ベーカー王、その人だったのです!(ロビーはライアンに、「お、王さまだよね?」とたずねました。そしてこんどこそ、「そうだよ。」というへんじだったのです。)
「ベルグエルム、フェリアル。ふたりとも、よくやってくれた。そなたたちは、わがくにのほこりだ。」
アルマーク王がまずそういって頭を下げ、騎士たちのくろうをねぎらいました。ベルグエルムもフェリアルも、「ははっ。」といってぺこりと頭を下げて、王さまの言葉にこたえます(たいへんな旅を乗り越えてきたかれらにとって、この王さまの言葉はなによりもうれしく、心にひびきました。騎士たちはアルマーク王を心からそんけいしておりましたし、アルマーク王もまた、配下の者たちのことを、とてもだいじに思ってくれたのです。旅からもどった騎士たちに敬意をあらわし、すぐに、心からのねぎらいとかんしゃの言葉をかけてくれる。アルマーク王はまことに、すばらしい王さまでした)。
アルマーク王はそのまま、ロビーたちの方へとやってきました。ふつうなら王さまはまず、ぎょくざにすわってから、自分に会いにきた者たちへとあいさつをしますが、こんかいばかりは、とくべつの中でもとくべつなお客さまです。王さまは手をかざしながらかんげいの気持ちをあらわして、ロビーの前までくると、とても心のこもった言葉をただひとこと、おくりました。
「よく、まいられたな。」
アルマーク王はそういって、おだやかにほほ笑みました。
「は、はい。よく、まいられました。」
ロビーはすっかりきんちょうしてしまって、おかしなあいさつをかえしてしまいました。やはり、あれほどかたいけついとしんねんを持って王さまに会いにいこうとしていたロビーでしたが、これだけりっぱな王さまの前に出ては、きんちょうしてこちこちになってしまうのも、むりはないというものです(こういってはなんですが……、メリアン王よりもざっと三ばいくらい、りっぱな感じでしたから。おっと、シープロンドの人たちにはないしょですよ!)。
「ライアン王子も、ずいぶんと大きくなられたな。メリアン王は、げんきであられるか?」アルマーク王はこんどは、ライアンに声をかけました。ベーカーランドとシープロンドはとても親しいあいだがらでしたから、その王子さまはやはり、とくべつなお客さまだったのです(ちなみに、さすがは王さまですね。四年ぶりでライアンもずいぶんと大きくなっていましたが、王さまにはすぐに、目の前のひつじの少年がライアンだとわかったみたいです。
もっとも……、じつは王さまは、ライアンがここにくるということを、もうすでに知っていました。それはなぜか? ということについては、のちほど、つぎの章でお話しします)。
「げんきすぎて、こまっていますよ。すこしはおちつくように、王さまから、よくいってやってください。」
ライアンがじょうだんまじりにそういうと、アルマーク王は「ははは。」と笑っていいました。
「むかしから、メリアンは変わっていないな。ライアン、きみを見ていると、まるで、むかしにまた、もどったように感じてしまうよ。きみは、メリアンの若いころに、そっくりだ。」
「そんなににてるの? なんか、やだなー。」ライアンもそういって、笑ってかえしました。
どうやらライアンのお父さんのメリアン王とアルマーク王とは、若いときからの知りあいのようでした。それも、ただの知りあいというわけでもなさそうだったのです。それはメリアン王のことを話しているアルマーク王のことを見ていれば、わかりました。ぜんぜん王さまのようじゃなくて、ごくふつうの人。それもまるで青年みたいに、じつにくだけた話し方をしていたのです。ですからロビーはちょっと、びっくりしてしまったものでした(なにせあのライアンと対とうに話していましたから、どんなにくだけた感じなのか? よくおわかりでしょう?)。
ライアンとの話しがすむと、アルマーク王は急にまじめな顔にもどりました。そして王さまはとつぜん、ロビーにむかって、こういったのです。
「きみのお父さんのことも、わたしは、よく知っているよ、ロビーベルク。」
えっ……?
ロビーベルクって、あのやみの精霊が口にした、ぼくのほんとうの名まえ……。くわしく教えてくださいってたのんだけど、教えてくれなかった。それはすぐに、知ることになるからって。
え……? お父さん……? ぼくの、お父さん……?
あまりにもとつぜんのことに、ロビーはなにがなんだか? わからずに、すっかりこんらんしてしまいました。頭の中がぐるぐるまわって、今までのたくさんのきおくが、そこにかけめぐっているかのようでした。子どものころの、影のようなきおく……。馬に乗って、山道をかけていった……。大きな河が流れていた……。ぼくをだきかかえていた、大きな人……。ロビーという言葉……。
お父さん!
ロビーは、はっとわれにかえりました。それは、いっしゅんのあいだのことでした。でもロビーにはこのしゅんかんに、もうなん年もなん年も、旅をつづけてきたかのように思えたのです。そしてその旅の果てに、ロビーはようやく、この場所へたどりつくことができたかのように感じました。
「知っているんですか! ぼくのお父さん……、家族のことを! ぼくは、ロビーベルクっていう名まえなんですか! お願いです! 教えてください! ぼくは、なに者なんですか!」
ロビーはひっしになって、うったえかけました。やみの精霊の地で、いちどはわかりかけた、自分自身のこと。家族のこと。そのひみつが今、ここでまた、わかろうとしていたのです。ロビーは相手が王さまであるということなど、すっかり忘れてしまっていました。アルマーク王にすがり、なみだをぽろぽろこぼしながら、むがむちゅうでさけんだのです。
アルマーク王は、とてもれいせいでした。そしてロビーのうでを取り、その手をにぎって、静かに、こう伝えたのです。
「きみは、ロビーベルクだ。ロビーベルク・アルエンス・ラインハット。きみのお父さんは、レドンホールの王、ムンドベルクなんだよ。」
「ロビーどのが……!」
ベルグエルムもフェリアルも、飛び上がるほどびっくりしてしまいました。それもそのはずです。自分たちがきゅうせいしゅとしてつれてきた、北の地にただひとりの黒のウルファの少年。それがなんと、われらがあるじ、ムンドベルクへいかのむすこ、つまりレドンホールの王子でしたから!
「ロビーが! 王子さま!」
ライアンもまた、(じっさいに)飛び上がってびっくりしてしまいました。ここまでずっといっしょだった、いちばんの友だちのロビーが、まさか、自分と同じ王子さまだったなんて!(これはやっぱり、運命の出会いなのでしょうか? 王子さまと王子さまは、ひかれあうとか?)
ですがいちばんびっくりしたのは、やっぱりロビーほんにんです。ロビーはもうびっくりしすぎて、声も出ませんでした。その場に立ちつくし、王さまの顔を見ることさえできなかったのです。
そんな中。さいしょに口をひらいたのは、デルンエルムでした。
「すまぬ……。おまえたちには、ひみつにしておったのだ……。きゅうせいしゅどのが、ムンドベルクへいかのむすこ、ロビーベルクどのであるということは、わかっておった。」
デルンエルムは、わがむすこベルグエルムと、そしてその友のフェリアルにむけて、そうつげたのです。
「いったい、どうして……?」
ベルグエルムもフェリアルも、そういって、デルンエルムにわけをたずねました(そしてもちろん、読者のみなさんも、そのわけを知りたいことでしょう。どうしてロビーのことを、王さまやデルンエルムが、すでに知っていたのか? そのわけを)。
「それは、わたしから話してきかせよう。」アルマーク王が、ベルグエルムたちにいいました。
「これは、そなたたちはい色のウルファたちが、くにを追われて、このベーカーランドの地へとやってきた、それよりずっと前からの話になる。」
アルマーク王はそういって、ゆっくりと歩き出し、ぎょくざへと腰をおろしました。そして「ふう。」と深く息をついて、長い長い、とてもだいじなひみつの話を、みんなに話してきかせたのです。
それは今から、十数年もむかしのこと……。
「どうしたのだ!」
ろうかのむこうからやってきたひとりの人物が、たおれているふたりの兵士たちにかけより、その身を起こして声をかけました。兵士たちは、その部屋の見張りに立っていた兵士たちでした。その兵士たちが、部屋の前のろうかにたおれていたのです。でも、安心してください。兵士たちには、きずひとつありませんでした。ただ、眠っているだけだったのです。前のばんに夜ふかしして、トランプをしていたから? もちろんそうじゃありません。兵士たちはなに者かによって、眠らされていたのです。それがなにを意味するのか? かけつけてきた人物には、すぐにわかりました。つまり見張りの兵士たちのことを眠らせた、そのふとどきななに者かが、この部屋の中にはいりこんだということなのです。
たおれていた兵士たちを見つけたその人物は、まっ青な顔をして、部屋の中にかけこみました。そしてそこで、かれが見たものは……。
その部屋のまん中には、ふしぎなものがひとつおかれてありました。それは台に乗った、ひとつのまるい、しんじゅのような色をした大きな石で、そのまわりをぐるぐると、銀色の光のうずが取りまいていました。石の大きさは十フィートほどもありました。そしてその石のまん中からは、青くぼんやりとした光が、もれ出していたのです。まるでその石の中に、なにか、とてもとくべつなものがはいっているかのように。ですがその石はしんじゅ色にくもっていて、その中を見通すことはできませんでした。
これらのものは、その部屋にはいったその人物にとっては、めずらしいものではありませんでした。なぜならかれは、もうなん回も、この部屋にきたことがあったからでした。それよりもなによりも。かれはこの部屋にはいってまずまっさきに、この部屋にふさわしくない、あるものを見たのです。
かれが見た、この部屋にふさわしくない、あるもの。それは物ではなく、ひとりの人でした。つまり見張りの兵士たちのことを眠らせ、この部屋にかってにはいりこんだ、そのふとどきなしんにゅう者そのもののすがたを、かれはそこで目にしたのです!
「なに者だ!」かれは声を荒げてどなりました。手にした、エメラルド色のすいしょうのついたつえをふりかざして、身がまえます(あれ? このつえって、どこかで見たような……)。ですが相手は、部屋のまん中にある石の方をむいていて、こちらにはまったくきょうみがないといった感じでした。
「きさま、ふざけるな! こっちをむけ!」さらにどなりますが、相手はあいかわらず、つっ立ったままです。怒ったかれは、手にしたつえをふりかざし、そのしんにゅう者にうちかかろうとしました。ですが、そのときとつぜん……。
「ああー、ざんねんだなあ。まさか、こんなのができてるなんて。」
「な、なんだと?」
急にひょうしぬけするような言葉をきいて、つえをふりかざしたかれは、思わずその場に立ちつくしてしまいました。
「なんの話だ?」
そこではじめて、しんにゅう者がこちらをふりかえったのです。背中までのびた、ルビーのような赤いかみ。うす手の赤いセーター。その上から、いんしょう的な黒のガウンを身につけていました。切れ長の、するどい目。そのむらさき色のひとみにまっ正面から見つめられた者は、思わず背すじが、ぞくっとしてしまうはずです。
この人物……。みなさんなら、もうだれだか? おわかりでしょう。しんにゅう者はまさしく、このアークランドのへいわをおびやかす、悪の魔法使い、アーザスでした!
「あなた……、ムンドベルクさんじゃないみたいだね。」アーザスが、自分にむかっている相手(つまり、つえを持って自分にうちかかってきた人物のことです)のことを見すえながら、いいました。
そのといかけに、相手がこたえます。
「王はおられぬ。東のレスネルにまねかれているところだ。わたしは、しっせいのデルンエルム。るすをまかされておる。」
そう、このつえを持った人物は、デルンエルムでした!(どうりでこのつえに、見おぼえがあるはずですね! ちなみに、レスネルとは、アークランドの東のはずれにある、小さなくにのことでした。)ここは、レドンホール。まだアーザスの手によってほろぼされる前の、レドンホールだったのです。
アーザスはそれをきいて、「ふう。」とため息をつきました。
「剣をもらいにきたんだけど……、あなたにたのんでも、むりみたいだね。ええっと……、デルルーンさんだっけ? まあいいや。」
アーザスはそういって、ふたたび石の方をむきました。そしてその石を、人さしゆびのさきっぽで、つんとつっつくと……。
ばちちん!
石の表めんから、いなずまのような光がはじけちりました! アーザスのゆびさきからも、ぷすぷすと白いけむりが上がっています(ふつうの人ならゆびがやけてしまうはずです! でもアーザスは、なんともないようでした)。
「これじゃ、剣は出せないね。まったく、よけいなことをしてくれるよ。ぼくはまだ、起きたばっかで、力が出ないんだ。もう一回、やみの世界にもどるのも、ぜったいいやだしね。」
アーザスはそういうと、ゆびさきを空中にむけて、なにかをえがきはじめました。
「しょうがない。また、出なおすよ。ムンドベルクさんには、よろしくいっといてね。この剣は、もともと、ぼくのものなんだから。ぼくがぜったい、もらうってね。ばいばーい。」
「ま、待て!」デルンエルムがかけよりましたが、アーザスは空中にひらかれたとびらの中へ、すっと消えていってしまいました。そしてあとには、かすかな白いけむりのにおいばかりが、残されているだけとなったのです。
デルンエルムからそのことをきかされたムンドベルクは、深く目をつむりました。そして長いちんもくのあと、ムンドベルクはデルンエルムにむかって、つげたのです。
「その者は、かの魔法使い、アーザスにちがいなかろう。」
「アーザス! あの者が……!」デルンエルムがびっくりしていいました。
魔法使いアーザス。それはほとんど、伝説の中だけのそんざいでした。はるかなむかし、ここレドンホールからさらに南東にくだったウェスティンというくにに、ひとりの若いまじゅつしがいました。かれはしだいにおそるべき力を身につけるようになり、そのために、力あるけんじゃたちの手によって、やみの世界の中へとついほうされたといいます。それがアーザスでした。
「アーザスは、この剣をほっしている。これがふたたび、かれの手に渡れば、かれの力は、かんぜんなものとなろう。そうなれば、こんどこそ、いかなるけんじゃとて、かれをとめることはかなわぬ。このアークランドは、ほろびることとなるだろう。」ムンドベルクが、デルンエルムにいいました。
アーザスがおそるべき力を身につけることとなった、きっかけ。それは、いっぽんの剣でした。その剣は伝説のむかし、このアークランドのふたりの女神のうちのひとり、ライブラが、ウェスティンの地におくったものだったのです。ふとしたりゆうから、アーザスがその剣を手にいれ、そしてしだいに、その力の中におぼれていったのだということでした。そしてその剣が、まさに今、このレドンホールのしんじゅ色の石の中に、ふういんされていたのです!(ですからアーザスは、みずからに力を与えてくれるこの剣を、ふたたびその手の中におさめるために、ここへやってきました。このアークランドをほろぼすほどの力を、こんどこそ、その手の中におさめるために……)
なぜアーザスの持っていた女神の剣が、ここにふういんされているのか? それはアーザスとウルファの、深いかんけいにありました。ですがそれは、とてもとても長くて、ふくざつなお話になるのです。ですから今はただ、アーザスが持っていた剣をウルファの者が受けついだということだけ、知っておいてください(わたしはいずれ、このロビーの物語とはべつの本の中で、その物語のことをみなさんにお話ししたいと思っています)。こういったわけで、この剣の運命は、ウルファのくにであるこのレドンホールのもとへと、たくされることになりました(そしてこのレドンホールでその運命のときをむかえるまでのあいだ、剣は代々、守られつづけることになったのです)。
レドンホールの王であるムンドベルクは、アーザスと剣のかんけいをよく知っていました(この剣をアーザスがふたたび手にしたとき。そのときこそ、このアークランドはほろんでしまうのだということも)。アーザスがやみの世界からふたたび、このアークランドの世界へともどってきたのなら、かれはかならずや、この剣を取りにやってくることだろう。おそろしいことですが、今まさに、それがほんとうのこととして起こっていたのです。魔法使いアーザスのふっかつ。それは長年に渡り、レドンホールの王たちが、つねにおそれていたことでした。
「このふういんをといて、剣をどこかへ、かくしてしまえないでしょうか?」デルンエルムが、ムンドベルクにいいました。しかしムンドベルクは、重い表じょうを浮かべたまま、いったのです。
「このふういんは、破ることはできぬ。たとえ、げんざいのさいこうのけんじゃ、ノランどのでもな。しかし、そなたの心配の通り、アーザスはかならずや、このふういんを破るであろう。かの者の、この剣への思いいれは、はかり知れない。」
「では、どうすれば……?」デルンエルムはおどろいたようにそういって、王さまの方
を見ます。
「この剣を手にするための方法は、ひとつだけだ。」ムンドベルクがいいました。「剣は、影の世界にふういんされている。そのために、われら、この世界の者には、このふういんを破ることができない。だが、わたしが、影の世界の者となれば……」
「まさかそのような! むちゃにございます!」デルンエルムがすべてをさっしたかのように、ムンドベルクにいいました。
影の世界の者となる。それはもはや、人ではなくなるということでした。生きてはいましたが、半分死んだようになって、きおくも力もすべて失われてしまうのです。からだは肉体と影とのふたつに分かれ、その影の方は、しばらくはいしきをたもって行動することができましたが、そのそんざいはひじょうにか弱いものとなり、もはや剣を持って戦うことすらできなくなってしまいました。そしてやがては、かんぜんにやみの中へと消えていってしまって、さいごにはただ、自分がなに者かもわからないようなじょうたいとなった、ぬけがらのようなからだの方ばかりが残されるのみとなるのです(まさに、たましいがぬけたようなじょうたいになるということです)。
影の世界の者となれば、同じ影の世界の中にあるこの剣を、ふういんの中から取ってくることができました。ですがお伝えしました通り、そのさいごには、おそろしいけっかが待っていたのです(ムンドベルクはそれでもかまわないという強いかくごを持って、デルンエルムに、影の世界の者になるといいました)。
「それしか、方法はないのだ。」ムンドベルクはそういって、剣がふういんされているしんじゅ色の石の前へと歩みよりました。そしてムンドベルクは、デルンエルムの方をふりかえり、こうつげたのです。
「わたしはこれから、ノランどののところへゆく。ノランどのなら、影の世界の者となる、そのわざをさずけてくれることだろう。あんずるな。それは、さいごのしゅだんだ。わたしは、さいごのさいごのときまで、このくにを守る。だが、わたしがさいごのつとめを果たしたあとは、デルンエルムよ、そなたに、ばんじをまかせるぞ。」
「それならば、わたくしが影になります!」デルンエルムがいいました。「へいかには、いつまでも、くにたみの上にお立ちいただかねばなりませぬ!」
デルンエルムはそういって、ムンドベルクにつめよりました。しかしムンドベルクは、静かな言葉で、デルンエルムにいうばかりだったのです。
「デルンエルム、そなたの気持ちはわかる。だが、これは、このレドンホールの王のつとめ。レドンホールの王は、代々、この剣と運命をともにしてきたのだ。王か、そのちょくせつの子でなければ、この剣をこのふういんの中から持ち出すことは、かなわぬ。それは、そなたもわかっておろう。」
「へいか……」
デルンエルムはなみだをぽろぽろこぼして、その場にくずれこみました。そう、ムンドベルクのいう通り、剣はレドンホールの王か、その子いがい、この運命の石の中(つまり影の世界の中)からそとに出すことができないようになっていたのです(これはこの剣がふういんされたとき、そのようにけっていづけられたことでした。そのりゆうはさきほどわたしがふれた、このロビーの物語とはべつの、アーザスとウルファの遠いむかしの物語の中で語られることになるはずです)。ですから、たとえ影の者になったとしても、自分に剣を持ち出すことは、かないませんでした。デルンエルムもほんとうは、そんなことはわかっていたのです(いつの日か、アーザスがふたたびこの世界にあらわれたとき。影の世界の者となって、アーザスよりさきにこの剣を手にいれ、しかるべき運命のときまでこの剣を守る。これがレドンホールの王に代々受けつがれてきた、しめいだったのです。ムンドベルクは、みずからにかせられたその重いしめいのことを、よくわかっていました。ふっかつしたばかりのアーザスに剣を取り出せないようにするためには、これほどまでに強力なふういんが必要でしたが、それもすべて、レドンホールの王の、その重いしめいがあったからこそだったのです。まさにこれは、とうとき、ぎせいでした。
そしてデルンエルムは、剣を取り出せるのはレドンホールの王か、その子のみであるということは知っていましたが、王のその重いしめいのことについては、ムンドベルクからも、あえてデルンエルムには知らされていなかったのです。それはデルンエルムによけいな心配をかけさせまいとする、ムンドベルクのはいりょからでした)。
ムンドベルクはおだやかにほほ笑みながら、自分もその場にしゃがみこみました。そしてデルンエルムの手をしっかりとにぎって、こういったのです。
「わたしはまだ、ここにいるではないか。わたしを、そうかんたんに死なせるでない。さあ、したくだ。わたしには、まだまだ、しごとがあるのだからな。」
デルンエルムはこぶしをかたくにぎりしめ、胸の前におきました。そして頭を深々と下げて、このすばらしき主君に、心からの思いをおくったのです。
「へいか……。わたくしは、へいかにおつかえできたことを、ほこりに思います。まこと、わたくしは、しあわせ者にございます……」
「それが今より、十五年ほどもむかしのことだ。」
ぎょくざに腰をおろしたアルマーク王が、静かにいいました。みんなはくいいるように、アルマーク王の話にききいっていました。ベルグエルムもフェリアルも、はじめて耳にするレドンホールでのできごとでした。このできごとのことは、ムンドベルク王からデルンエルムに、かたく口どめされていたのです。剣とアーザスのこと。自分の運命のこと。それをみんなに伝えたところで、いたずらに、不安をつのらせてしまうだけだからと。ムンドベルクはいつも、くにの者たちのことを考えていました(ですからデルンエルムは、ムンドベルクのその意志をかたく守り、むすこのベルグエルムにさえもこのことは話さなかったのです。ベルグエルムはそのとき、まだまだ剣のうでもみじゅくな、若者でした。もし、アーザスがムンドベルクの身をおびやかしているという、このじじつのことを話していれば、ベルグエルムは「アーザスのところへ乗りこむ!」などともいいかねなかったことでしょう。むかしはベルグエルムも、むちゃをするところがあったのです。
そして同じく、きゅうせいしゅであるロビーがムンドベルクのむすこであるということも、こんかいのこのきわめてたいせつな旅のにんむをぶじに終えるまでは、ベルグエルムたちにも話しませんでした。今からむかえにいくきゅうせいしゅが、自分たちのあるじであるムンドベルク王のむすこ、ロビーベルク王子だと、かれらがさきに知ってしまえば。かれらはわれも忘れて、主君のことを守るために、むちゃなことをしてしまうともかぎらなかったでしょう。このだいじな旅をゆく者には、あらゆるじたいに考えをめぐらせることのできる、れいせいちんちゃくな心がつねにもとめられていたのです。よけいなことを考えさせて、はんだん力をにぶらせてしまうわけにはいきませんでした。ですからデルンエルムも、アルマーク王も、ベルグエルムたち四人の騎士たちには、ただ「いい伝えのきゅうせいしゅどのをつれて帰ってきてほしい」とだけ伝えたのです)。
「それから、レドンホールにはさまざまのひげきがおそった。さいしょのひげきは、ロビーベルクよ、そなたの身に起こったのだ。」
アルマーク王の言葉に、ロビーはどきんとしました。ついに王さまの口から、自分のことが語られようとしていたのです。ベルグエルムもフェリアルも、ふくざつな表じょうを浮かべたまま、ロビーの方を見やっていました。ライアンも、ここにきてから数えて二十こめのエリル・シャンディーンやきに、ぱくっとかぶりついて、しんけんなまなざしで、ロビーのことを見つめていました(あんまりそうは見えないかもしれませんが、このときのライアンは、いたってまじめでした)。
「アーザスがレドンホールにあらわれた、そのとき。ムンドベルクのさいくん、マイアは、身ごもっていた。ムンドベルクは、そのわが子が、アーザスの手にかかることをおそれたのだ。生まれてくるわが子は、このレドンホールのあとつぎとなる。剣の運命をも、また、背おわなければならない身。アーザスは力をたくわえ、かならずや、レドンホールにもどってくる。そのとき、自分が影となり、剣を遠くへかくすことができたとしても、アーザスはその剣をさがすために、わが子をりようしようとすることだろう。レドンホールの王の子ならば、剣の力とも、深くつながっている。そのつながりの力をもってすれば、剣のある場所も、アーザスにはわかってしまうからだ。そのためにもムンドベルクは、わが子のそんざいをかくしておかなければならなかった。いずれおとずれる、運命のときまでな。おうひマイアは、こうして、山里の人知れぬ場所にうつった。そしてそこで、わが子をうんだのだ。それが、ロビーベルク、きみなんだよ。」
「マイア……。ぼくの、お母さん……」
ロビーは思わず、そう口にしました。自分のお母さん。それはレドンホールのおうひ、マイアという人だったのです。
「ぼくのお母さんは……、それから、どうなったんですか? 今、どこにいるんです?」
ロビーは王さまに、くいいるようにたずねました。ロビーがいちばん知りたかったこと。それは自分の家族が今、どこでどうしているのか? ということでした。
ですがアルマーク王は、けわしい顔をしたまま、ロビーのひとみを見すえて、こうつげたのです。
「ロビーベルク。そなたには、つらいことだ。マイアは、きみをうんでから、ほどなくして、この世を去った。びょうきのためにな。さいごまで、そなたの名をよび、気にかけておられたそうだ。」
「そんな……」
ロビーは、がくぜんとしました。ひざの力がぬけ、がくりと、地面にくずれてしまいそうになりました。フェリアルとライアンに両がわからささえられて、ようやく、立っていることができていたのです。
「ロビーベルクさま……。マイアさまは、あなたさまのことを、とてもほこりに思われておりました。みずからのぶんまで、強く、生きてほしいと……。どうか、しあわせになってほしいと……」
デルンエルムがロビーにいいました。ですがデルンエルムは、さいごまで、いうこともできなかったのです。かれは顔をおおって、声を上げて泣いてしまいました。ベルグエルムが歩みより、その肩にそっと手をおいて、なぐさめました。
「マイアおうひについては、びょうきのちりょうのため、くにをはなれるときいておりました。」べルグエルムがだれにいうともなく、つぶやきました。「そのような、深いりゆうがおありだったとは……」
アルマーク王が、ベルグエルムにうなずいてから、つづけます。
「それからレドンホールにて、マイアおうひは手あつくほうむられた。だが、そのときも、うまれた子どものことについては、くにたみにもふせられたのだ。アーザスに子どものそんざいが知られてしまうことを、おそれてな。」
アルマーク王のいう通り、ムンドベルク王の子ども(男の子でしたので、王子です)がうまれたということは、レドンホールのくにたみ、そしてベルグエルムとフェリアルのふたりでさえ、知らないことでした。ただひとりそのことを知っていたのが、デルンエルムだったのです。デルンエルムはたびたび、マイアおうひのもとをおとずれ、そのおせわをしていました。男の子がうまれたときも、ロビーベルクと名づけられたときも。そしてマイアおうひがなくなったときにも、デルンエルムは、そのそばについていたのです。おうひがなくなったとき……、デルンエルムがどんなにつらい思いでいたことか……。かれのなみだは、そのことをよく、みんなの心に伝えていました。
「それからときがたち、力をつけたアーザスの悪いうわさが、このアークランドのいたるところでささやかれるようになった。そしてそのころから、わがベーカーランドの宝、青き宝玉のかがやきも、じょじょにうすれていくようになったのだ。」
「よこしまなる、赤いキューブ……」ベルグエルムがこぶしをにぎりしめて、そうつぶやきました。ロビーの横にいるフェリアルも、歯をぎりぎりとかみしめて、怒りをあらわにしていました。いったい赤いキューブとは? なんのことなのでしょう?
「さよう。」アルマーク王がこたえて、いいました。「アーザスはついに、このアークランドの女神さえもぼうとくする、きんだんのおこないに出た。それが、赤いキューブだ。わがくにの宝、青き宝玉と同じ、もうひとつの宝玉を、アーザスは作り出そうとしている。それがかんぜんなものとなれば、そのときこそ、このアークランドは、しんのやみにつつまれてしまうことだろう。アーザスのねらいは、まさにそれなのだ。」
赤いキューブ……。キューブとは、さいころのようなかたちをした、四かくい石のことです。ベーカーランドの青き宝玉も、じつはそれと同じかたちをした、石でした(ちなみに、宝玉というのはほんらいまるい石のことをさしますが、ここでいう宝玉とは、たんじゅんに、宝物の石という意味で使われていたのです。ですから、四かくくても宝玉でした)。宝玉の大きさは、一フィートくらい。そんなに大きいというものでもありません。その石はみずからのエネルギーで、空中に浮かんでいて……。そう、それと同じものを、みなさんは見たはずです。アーザスが、やみにとらわれるムンドベルクと話していた、あのぶきみな暗い広間。その広間のまん中に浮かんでいたあの赤い石こそ、アーザスが青き宝玉のことをまねして作り出した、きんだんの赤いキューブでした!(アーザスは、ことあるごとに、その赤いキューブのことを持ち出し、そのおそろしい力をアークランドのいたるところで見せつけていました。アーザスのほんとうのねらいはわかりませんが、これはどうやら、たんに自分の作ったキューブの力を、みんなにじまんしたかったからのようです。みなさんもごぞんじの通り、アーザスはほんとうに、子どもみたいなのです。ですからアーザスとその赤いキューブのことは、このアークランドの多くの者たちが、知っていることでした。
ちなみに、この赤いキューブはよこしまなるエネルギーをどんどんとたくわえて、大きくなっていたのです。みなさんが見たのは、もうずいぶんと大きくなったあとのものでしたよね。ほんとうに、おそろしいかぎりです。)
「キューブの力をかんぜんなものとするために、必要なもの。それこそが、レドンホールに伝わる、いっぽんの剣なのだ。アーザスは、それがために、剣をほっした。剣がアーザスの手に落ちれば、このアークランドは、ほろびる。ムンドベルクはそのために、わが身をぎせいにして、剣を守ったのだ。」
アルマーク王の言葉に、デルンエルムはまた、大つぶのなみだをこぼしました。アルマーク王のいう通り、ふたたびあらわれたアーザスから剣を守るために、ムンドベルクは、そのさいごのつとめを果たすこととなったのです……。
「アーザスがワットと手をくみ、レドンホールへせめいったのが、今から四年前のことだ。ムンドベルクは、ノランからさずかったきんだんのじゅつをもちいて、わが身を影の世界の者とした。そして影となったムンドベルクは、剣のふういんの中へとはいりこみ、取り出したその剣を持って、北の地へとむかったのだ。その地に、その剣をかくすためにな。」
ロビーは、はっとしました。まさか……、その剣って……?
「そうだ、ロビーベルク。そなたのおびている、その剣。それこそが、ムンドベルクが北の地へとかくした、レドンホールのせいなる剣、アストラル・ブレードなんだよ。」
なんてことでしょう! かなしみの森でスネイルからもらった、この剣。それがそんなにも重大なやくわりを持つ、宝物の剣だったなんて!
スネイルの話……、それが今、ロビーと仲間たちの心の中に、よぎっていました。
まっ黒な馬と、まっ黒な騎士だったよ……。
まるで、だんろにかかったやかんの湯気みたいに、ゆれてるんだ……。
そう、あのスネイルの見たなぞの騎士。それこそが、影の世界の者となり、かなしみの森まで剣をはこびにやってきた、ムンドベルクほんにんだったのです!(そのとき乗っていた馬は、ノランがムンドベルクにさずけていた、影の馬でした。ムンドベルクは「もし影の者になったのなら、この馬に乗って、剣をはこぶといい。」とノランにいわれていたのです。影になってしまったのなら、もうふつうの馬に乗ることは、できませんでしたから。この影の馬は、ふだんは黒いすいしょうのかたちをしていて、ムンドベルクはそのすいしょうを、ずっとだいじに持っていました。)
「その剣は、アーザスに力を与えるだけのものではない。それを持つ者に、悪を破る、大いなる力をさずけるのだ。」アルマーク王がつづけます。「その剣の力は、女神の力。そしてその剣をあつかえるのは、レドンホールの、王の血すじの者のみ。そう、ロビーベルク、そなたには、その剣をあつかうことのできる、力があるのだ。」
これまでの旅のさまざまなところで、ロビーと仲間たちのことを助けてくれた、剣の力。それらのなぞが、これでようやく、とけるのです。
この剣はアストラル・ブレードといって、そのむかし、アークランドのふたりの女神のうちのひとり、ライブラが、アークランドの人々に与えたものでした。この剣を持つ者は、剣からさまざまな力をさずかるのです。そしてこの剣の力をひき出すことができるのは、この剣と運命をともにしてきた、レドンホールの王の血すじの者のみだといいました(これで今まで、この剣の力をロビーだけしか使えなかったそのりゆうも、あきらかになりました。そしてこの、「剣の力を使えるのはレドンホールの王の血すじの者のみ」という運命についても、はるかなむかしに、この剣がふういんされたときに、そのようにけっていづけられたことだったのです。
ちなみに、シープロンドのメリアン王も、もちろん女神のつるぎアストラル・ブレードのことは知っていましたが、その剣がどんな見た目であるのか? ということなどについては、メリアン王もふくめ、だれにも伝わっていないことでした。なにしろこの剣はもうずっと、レドンホールの石の中にふういんされつづけておりましたし、しかもこのひみつの剣のそんざいのうわさを、世の中に広めないようにするためにも、せいかくなスケッチなども、なにひとつ残されてはいませんでしたので、それもむりもないことだったのです。つまりこういったわけで、メリアン王はロビーの持つこの剣のしょうたいのことに、気づくことができなかったというわけでした。剣そのものにも、この剣が女神の宝物の剣なのだということをあらわすしるしなどは、どこにもありませんでしたから)。
この剣の持つさまざまな力。まず悪い心を持った生きものが近づくと、それを感じ取って、剣は青く光ってその危険をしらせます(ただし生きものにかぎりますので、相手がブリキの兵士やおばけなどの場合は、光りません。さらに、ただ危険な相手だというだけでは、やっぱり剣は光りません。この剣は、ちのうを持った相手が悪だくみを考えている場合にだけ、光りました。ですから、いくら危険な相手であったとしても、野生の動物などに対してはこうかがなかったのです)。ふつうの剣では切れない、おばけやけむりのようなかいぶつであっても、切ることができました(はぐくみの森の地下いせきで夜のかいぶつのことを切ったり、モーグだったころのロザムンディアでは、アルミラの手下の影おばけたちを切ったりしましたよね)。
さらにこの剣は、その持ちぬしの心にも、とくべつな力をはたらかせるのです。これまでの旅の中で、ロビーがあらかじめ、待ち受ける危険を感じ取ることができた場面がありました。岩のかいぶつガイラルロックたちが、わなを張って待ちかまえていたときや、セイレン大橋での黒騎士たちのしゅうげき。さらに、はぐくみの森で、チップとその仲間たちがロビーたちのことをわなにかけるべく、そうだんをしていたときなどです。これらの危険を感じ取ることができたのも、じつはみんな、この剣のおかげでした。この剣を持つ者は、自分に対して悪いことをしようとしている者の考えを感じ取り、あらかじめ、その危険を知ることができるようになるのです(ただしこれも、相手が生きものの場合にかぎりました。ですからアルミラのブリキの塔で、立ちならんだブリキの兵士たちがおそってくるということは、ロビーにも知ることができなかったのです)。
そして剣は、持ちぬしの願いを感じて、あかりのかわりに光ったり、おそろしい敵に対しては、とんでもなく強力ないなずまを放って、こうげきしたりもしました。セイレン大橋の上でワットの黒騎士をつらぬいた、あのおそろしいまでの剣の力。それは危険にさらされた仲間たちを心から助けたいという、ロビーのその強い強い気持ちにこたえたものだったのです(その力はとても強力なものでしたが、あのときベルグエルムがロビーにいった言葉の通り、けっしてよこしまな力などではありませんでした)。
ですがこの剣の持つ、もっともたいせつな力。それはこの剣が、悪をうち破る、女神の光の守りの力を持っているということ。これはベーカーランドの青き宝玉の力と、同じ力でした。この剣の力を持つ者は、悪しきやみの力から守られ、アーザスのやみの力に対しても、たいこうすることができたのです。ですからアーザスほどの者であっても、この剣を持つ者には、かんたんには手出しをすることができません。おそろしいやみの力を持つアーザスに立ちむかうためには、この力はぜったいに、必要ふかけつなものでした。
そしてさいごに、もうひとつの重要な力。この剣は、青き宝玉、そして、赤いキューブ、そのどちらの石に対しても、力を与えることができるということ。それは悪い力などではありません。もともとこの力は、アークランドのふたりの女神たち、リーナロッドとライブラが、「宝玉と剣、ふたつの力をあわせて、くにをへいわにおさめてもらいたい」という願いを持って、人々に与えたものでした。ですがへいわのために使ってもらいたいと願われていたその剣の力が、今のアーザスにとっては、じつにみりょく的なものとなってしまっていたのです。
「剣の持つ力を使えば、アーザスは、みずからの作ったキューブに力を与え、かんぜんなものとすることができる。そしてアーザスは、その力をもって、わがベーカーランドの青き宝玉の力を、なきものにせんとしているのだ。」アルマーク王が、しんこくな顔をしていいました。
「これが、アーザスの手に渡ったら……」ロビーが剣をにぎりしめて、つぶやきました。おそろしいそうぞうが頭の中をよぎり、ロビーは思わず、ぞくっと背中をふるわせてしまいました。
「これが、レドンホールに起こった、ひげきのできごとだ。わたしはこのことを、ムンドベルクほんにんからきいた。レドンホールがアーザスの手に落ちた、その日。影となったムンドベルクが、このわたしのところへとやってきたのだ。剣を持ってな。」
そう、ムンドベルクは、「影となり、剣をはこぶ」そのつとめの前に、ここエリル・シャンディーンの地をおとずれていたのです。ムンドベルクは自分のいしきがかんぜんにやみに飲みこまれてしまう前に、友であるアルマーク王に、すべてを話しておきたいと思いました。剣のこと、くにのこと。そしてむすこであるロビーのことを、くれぐれもよろしくたのみたいと。アルマークはムンドベルクにさいごのわかれをつげ、その身をだきしめようとしました。ですがアルマークのその両手は、影となったムンドベルクのからだを、ただすりぬけるばかりだったのです(そしてムンドベルクはそのあと、シープロンドのメリアン王のところにも立ちよっていました。ムンドベルクとメリアンは、やはり、深い友じょうでむすばれておりましたから。ですけどムンドベルクは、メリアンにちょくせつ会って話すことは、しませんでした。このじじつを、ようきで明るいせいかくのメリアンにいうのは、とてもしのびないと思ったからです。ですからムンドベルクは、さいごに、遠くから友であるメリアンのげんきなすがたを見とどけると、そのまま、北の地へとむかいました)。
「城が落ちる、そのまぎわ。へいかは、影となるその前に、わたくしにさいごのごめいれいをくだされました。」デルンエルムがいいました。「『もはや、これまで。レドンホールは、やみに落ちることとなろう。だが、すべてのきぼうが、ついえたわけではない。デルンエルムよ、そなたはひとりのがれて、すぐにレスネルへゆけ。えんせいしているベルグエルムたちとともに、そのまま、ベーカーランドまで、すくいをもとめにゆくのだ。そこで、ときを待て。わがむすこロビーベルクが、いい伝えのきゅうせいしゅとして、ベーカーランドへとやってくる、その日までな』と。」
レドンホールに伝わる、ひとつのいい伝え。「世界がやみにつつまれるとき。きゅうせいしゅがあらわれる」。それがわがむすこ、ロビーベルクであるということを、ムンドベルクはそのとき、すでに知っていました(なぜ知っていたのか? ということについては、つぎの章で、ある人物の口から語られることになります)。ですから剣は、ロビーがそのときかくれ住んでいた、かなしみの森の中へと、ひっそりとかくされたのです(それが、スネイルのところでした。そして、ロビーがなぜかなしみの森に住むようになったのか? ということについても、つぎの章であきらかになるのです。
ちなみに、ロビーの住んでいる森が、かなしみの森という名まえの森なのだということを、そのときのムンドベルクは知りませんでした。ロビーはあるりゆうがあって、北の地にかくれ住むことになりましたが、それがぐたい的にどこなのか? ということについてまでは、ムンドベルクも知らなかったのです。ですがだいたいの場所はわかっておりましたし、なにより自身の持つそのせいなる剣の力が、同じ剣の力を持つロビーのところまで、みちびいてくれました。ですからロビーのいどころを、ムンドベルクは北の地の住人のだれにきくまでもなく、すぐにつきとめることができたのです。
ですがアルマーク王の方は、だいたいの場所しか知ることができていないままでしたので、ベルグエルムたちにロビーのいばしょをくわしく伝えることができず、ベルグエルムたちはシープロンドの人たちの協力のもとに、ロビーのことをさがしたというわけでした。ロビーのいどころを知っておくために、影の世界の者となったムンドベルクに同行してロビーのところまでいっておく、というようなことも、できませんでしたから。影の世界の者となったムンドベルクのからだは、この世界と影の世界のあいだとをゆらゆらゆらめくようなそんざいとなり、そのためこの世界の者たちには、そのすがたを追っていくようなこともできなかったのです。たとえいっしょについていこうとしても、すぐに、そのすがたを見失ってしまうことでしょう。ムンドベルクの声すらも、こちらの世界には、まんぞくにはとどきませんでしたから。
じゃあ、そのあとでロビーのいどころを、みんなであらかじめ、はっきりとしらべておけばよかったんじゃないの? って思われる方もいるかもしれませんが、それにはりゆうがありました。
まず人をさがすようなときには、人さがしのための魔法の力が使われることが多いのですが、その魔法でロビーのことをさがすことは、むりでした(それについては、これまた、つぎの章で語られることになりますので、もうちょっとだけお待ちください!)。となれば、あとは人の手によってロビーのことをちょくせつさがすしかないわけですが、それもやっぱり、ベーカーランドの人たちは、あらかじめさがしておくようなことはしなかったのです。
それはつまり、北の地にただひとりだけのおおかみであるロビーに、人々の必要以上のよけいな目がむいてしまうことを、防ぐためでした。ただでさえ、からだが大きくて目立つおおかみです。よけいなことをして、ロビーにさらに人々の目が集まってしまうようなことは、なんとしてもさけなければなりませんでした。
ベーカーランドの人たちが、いくらただの旅人のふりをしてロビーのいどころをつきとめようとしたとしても、土地の住人たちのじょうほうなくしては、ロビーのことを見つけることは、とてもふかのうです。北の地の住人たちに、それとなくでもおおかみのいどころのことをきいてまわったりなどすれば、住人たちの目は、どうしても、その目立つおおかみの方へとむいてしまうことになるでしょう。どこでよけいなうわさが広がってしまうとも、わかりません。それをさけるためにも、アルマーク王たちはさいごのときがくるまでは、ロビーのことはかのうなかぎり、そっとしておこうときめました。さいごのときがくれば、あるていど大げさにさがしたとしても、うわさが広まる前に、ロビーのことをベーカーランドまでつれてくることができましたから。もちろん、ワットの者たちにはぜったいに見つからないように、注意してさがすことがだいじでしたけど。
もうひとつ。もしロビーが北の地からはなれて、どこかよその場所にうつってしまったとしたら? それもないとは、いいきれません。しかし、もしそうなったとしても、わかるようにはなっていました。
じつはロビーが北の地にいるかぎり、たとえエリル・シャンディーンの青き宝玉の力をもってしてもそのくわしいいどころを知ることはできませんでしたが、剣の力、すなわち宝玉の力を持つロビーがその地をはなれるようなことがあった場合においては、その力を感じ取って、青き宝玉がそのことをしらせるようになっていたのです(じつにべんりな宝玉です)。ですからアルマーク王たちも、ロビーがずっと北の地に住みつづけているということを、知ることができていたというわけでした(もしどこかへいってしまうようなことがあれば、魔法も人手も、そうどういんして、全力でつれもどす必要がありましたけど……))。
近いしょうらい。わがむすこロビーベルクが、いい伝えのきゅうせいしゅとして、この剣を持って、ベーカーランドへとあらわれる……。そしてその通りに、今日ここに、ロビーがやってきたのです(ここでもうひとつ、説明を加えておきますと……、ロビーがきゅうせいしゅとしてベーカーランドへとやってくる、その「とき」というのは、ふたつのりゆうが重なってけっていづけられていたことでした。まずはロビーが、きゅうせいしゅとしての、そのたしかな力を持つようになったということです。それはきゅうせいしゅとして、剣の持つその大いなる力を使いこなせるねんれいにまで、成長したということでした。剣の力を使うことは小さなころからできましたが、きゅうせいしゅとして剣の力をじゅうぶんに使いこなせるようになるためには、それにふさわしいねんれいになるまで、待つ必要があったのです。
そしてもうひとつのりゆう。それこそが、ロビーがきゅうせいしゅとしてのたしかな力を得たという、そのちょくせつのしらせを、世にしらしめるものでした。それは、青き宝玉によるものでした。宝玉と剣は、ふたつでひとつ。ロビーがきゅうせいしゅとして剣の力を使いこなせるようになったとき、宝玉もまた、それにこたえたのです。青き宝玉は、今がまさにきゅうせいしゅのことを世に送り出すときなのだという、あいずをしめしました。それは宝玉の中に、たしかなしるしとしてうつし出されたのです(じつにべんりな宝玉です)。ノランからそのしるしのことを伝えられていたアルマーク王は、こうして、運命のときを知ることができました。そしてアルマーク王は、ベルグエルムたちに、ロビーのことをむかえにいくようにと伝えたのです)。
ところでこれはだいじなことですが、デルンエルムの言葉にもありました通り、四年前、レドンホールがアーザスにせめほろぼされたとき、ベルグエルムとフェリアルはほかのはい色ウルファの仲間たちとともに、レドンホールより東のくに、レスネルまで出かけていました。そのころレスネルのくには、東のやばんなくにぐにからこうげきを受けていました。そのためレドンホールから、ベルグエルムたちはい色ウルファの兵士たちが、手助けしにいっていたのです。そしてこれが、はい色ウルファの者たちと黒ウルファの者たちとの運命を、大きく変えてしまうことになりました。
黒のウルファの者たちはレドンホールの守りのために、くにに残っていました。そしてそんなかれらのことを、思いもかけない、おそろしいひげきがおそったのです。悪の魔法使いアーザスのひきいる、黒の軍勢のしゅうげきでした。そのなさけようしゃのないこうげきに、レドンホールはかいめつ的なまでのひがいを受けました。黒のウルファの兵士たちは、まことけんめいに戦いましたが、アーザスとワットの連合軍は、その数で、レドンホールの兵力をはるかに上まわっていたのです(せいかくにいうと、レドンホールの軍勢は、その三ばいの数の敵の兵士たちを相手に戦わなければならなかったのです)。
こうして、レドンホールの王城、フレイムロンドは落ちました。ムンドベルクはアーザスの配下となり、黒のウルファの兵士たちはひとり残らず心をうばわれ、まるであやつり人形のようなじょうたいとなって、敵の手の中に落ちることとなったのです。ベルグエルムたち、はい色のウルファたちが助かったのは、ほんとうにぐうぜんのできごとでした。今ベルグエルムやフェリアルたちは、こうして、ベーカーランドの白の騎兵師団に加わってかつやくしてはおりますが、ひとつまちがえれば、ほかの黒ウルファの仲間たちとともに、やみにとらわれ、黒の軍勢のいちいんとして、取りこまれていたかもしれないのです……。なんておそろしいことなのでしょう! ベルグエルムたちが今、どれほどの思いでいるのか……? 読者のみなさんの心には、かれらのその痛いほどの思いが、とどいているはずです。
「教えてください、王さま。ぼくの、なすべきことを。」
ロビーは、しゃんと背すじをのばして、王さまにたずねました。そのすがたには、いっさいのまよいも感じられませんでした。数々のしんじつ。自分のこと。自分の両親のこと。そして、おそろしいほどの運命……。それらのことを知ってなお、ロビーのかたいけついは、みじんもゆらぐことはなかったのです(いえ、むしろそのぎゃくです。ロビーは自分にかせられた重すぎるほどの運命のことを知って、なおのこと、そのけついをたしかなものとしました)。
アルマーク王はロビーのそのすがたを見て、たしかに思いました。まちがいようもない。わたしの目の前にいるこの少年こそが、まさしく、このアークランドのきゅうせいしゅなのだと。
「ロビーベルク。わたしは、そなたをほこりに思う。わたしだけではない。このアークランドの、ぜんなる者たち、みなが、同じ思いを持つことだろう。」アルマーク王はそういって、ぎょくざから立ち上がりました。そしてもういちどロビーのもとへ歩みより、これからのさいごの旅のことについて、ロビーにつげたのです。
「そなたはこれより、そなたの運命の中へとはいりこまなければならない。そしてそれは、同時に、このアークランドの運命の中へと、はいることでもある。」
ロビーは王さまに、しっかりとうなずいてみせました。そんなロビーのことを、ライアンがちらりと見やります。
アルマーク王がつづけました。
「さいごの戦いにおいて、アーザスは、そのまがまがしき、さいごのやみの力をふるってくるという。かねてあんじていたおそれが、今、げんじつのものとなろうとしているのだ。その力が、どんなものであるのか? まださだかではないが、われらのきぼうをうちくだく、おそるべき力となるのは、いうまでもないことであろう。今のわれらに、アーザスのその力にうちかつよゆうなどは、残されてはいない。ざんねんなことだがな。もはや、このアークランドをすくうためには、今のアーザスにそのすべての力を与えているとされる、赤いキューブを、はかいするいがいに道はないのだ。
「そのために、そなたはアーザスの住まう怒りの山脈へとゆき、そこで、アーザスの持つ赤いキューブを、はかいしなければならない。キューブの力は、アーザスのからだそのものに、深くつながっている。キューブをはかいすれば、そのとき、アーザス自身の身も、ついえることとなるだろう。」(このアーザスとキューブの力のかんけいのことについても、アーザスはすべて、みずからの口でみなにふれまわっていました。アーザスはほんとうに、子どものようにみずからの力のことをじまんし、そしてみずからのその力のひみつのことまでをも、みんなにべらべらとしゃべっていたのです。これは、たとえそのことが知られたとしても、自分はだれにも負けない力を持っているのだという、自信のあらわれからのことでした。
「ぼくの力のひみつを知ったとしたって、きみたちには、ぼくのことをとめられないでしょ? どうぞ好きなときに、ぼくをやっつけに、ぼくのところまできてよ。ぼくはいつでも、自分の家にいるから。」
アーザスはそういって、いつも、みんなのことをあおり立てていたのです。
そして大けんじゃノランほどの者であれば、アーザスのその力のひみつのことなどについては、アーザスの口から説明されなくとも、みずからつきとめることができました。アルマーク王たち、ベーカーランドの者たちは、こうして、アーザスと赤いキューブの力のかんけいのことなどについて、知ることができていたのです。)
怒りの山脈……。それはシープロンドのくにのふもとを流れるセイレン河の、そのはるかな上流につらなる、けわしい山々のことでした。
「怒りの山脈……」ロビーが思わず、つぶやきました。
「怒りの山脈!」ライアンも思わず、いいました。
ライアンにとって怒りの山脈というのは、とくべつな名まえでした。かれのあいするセイレン河。その河をめちゃめちゃなものにした、そのげんいんを作ったのが、怒りの山脈。そこに住む、アーザスだったのです。怒りの山脈でおこなわれている、よこしまなるじっけんや、数々の悪いおこない。それをかれらシープロンたちは、どうすることもできないでいました。そしてそれ以上に心を痛める、ひげきのできごと……。怒りの山脈のふもとの地、セイレン河の上流の地で、どんなひげきが起こったのか? それは読者のみなさんも、よくごぞんじでしょう。カピバルたちのくにに起こった、あのおそろしいひげきのことを……。
王さまがさらにつづけます。
「その剣、アストラル・ブレードは、宝玉に力を与えることができる。だが、それと同時に、その剣には、もうひとつの、きんだんの力がある。それは……、宝玉をはかいする力だ。」
宝玉をこわす力! この剣に、そんなおそろしい力が……!
「アーザスの持つ赤いキューブ。それをはかいできるのは、剣の持つ、その力のみ。そしてその力をひき出せるのは、ロビーベルク、きみしかいない。アーザスのやみの力にあらがい、キューブをはかいできるのは、きみだけなのだ。」
これこそが、きゅうせいしゅロビーに与えられた、大いなる力でした。剣の力をひき出すことのできる力。それはロビーのお父さん、ムンドベルクも持っていました。この力は代々、レドンホールの王(あるいは女王)の血をひく者のみに、ひきつがれてゆく力だったのです。ムンドベルクが影となり、アーザスの手に落ちてしまった今、その力を持つ者は、もはやロビーだけでした(いえ、もうひとり、剣の力をひき出すことのできる人物がいます。アーザスです。この剣はむかし、アーザスの手にありました。アーザスはそのとき、剣のことを使いこなす、その力を得ていたのです)。
ロビーは、剣のつかをぎゅっとにぎりしめました。ぼくに与えられた力……。ロビーにとって、自分にどうしてそんな力があるのか? ということなどは、もはやどうでもいいことでした。今はっきりしていることは、自分がやりとげなければならない、だいじなことがあるということなのです。
「わかりました。」
ロビーはアルマーク王の顔を見て、しっかりとこたえました。そしてアルマーク王もまた、しっかりとロビーにうなずくと、ロビーのその手を取っていったのです。
「とらわれの身になっているムンドベルクを、助けてやれるかもしれん。かれは、いつも、アーザスのそばについている。怒りの山脈にいるはずだ。」
「お父さん……」ロビーは口びるをかみしめて、いいました。
「影となった者は、もう、もとにもどすことはできない。だが、ロビーベルク、きみの声ならば、たしかに、かれの心にとどくはずだ。たとえ、もとのすがたにはもどれなくともな。かれのことをすくえるのは、きみしかいない。これは、きみの、もうひとつの、だいじなつとめなのだ。」
ロビーは王さまのその言葉に、深くかんしゃしました。ロビーの持つ、もうひとつのだいじなつとめ。それはとらわれの身となっている自分のお父さん、ムンドベルクを、助けるということだったのです。アルマーク王のいう通り、影となった者は、もう、もとにもどすことはできませんでした。ですがたとえからだをもとにもどせなくても、その心ならば、もとにもどすことができるかもしれない。お父さんのことを、助けてあげられるかもしれない。
いや、ぜったいに、ぼくがすくってみせなくては!
「ありがとうございます、王さま。」ロビーはアルマーク王に深々と頭を下げました。
「ぼくは……、お父さんの心を、助けたい。いえ、ぼくがやらなくちゃ、だめなんだ。ぼくは、自分の運命にしたがいます。このくにを守るために、お父さんを助けるために、ぼくは、いきます。」
アルマーク王はなにもいわず、ただただ、ロビーのその手を強くにぎりしめました。デルンエルムは目をまっ赤にはらして、ロビーに深くかんしゃしていました。ベルグエルムもフェリアルも、胸にこみ上げてくるあついものを、おさえることができませんでした。ライラも兵士たちも、みな、心からの気持ちをこめた敬礼を、しぜんとロビーにおくっていました。
そんな中、ライアンがロビーのとなりにやってきて、なにかをロビーにさし出しました。
「食べる?」
それは、あのエリル・シャンディーンやきだったのです。
ロビーは「ふふっ。」と笑って、ライアンにおれいをいいました。
「ありがとう。」
王さまも、デルンエルムも、みんな思わず、笑みを浮かべてしまいました。
これからはじまる、ロビーのさいごの旅……。そこではどんなできごとが、ロビーのことを待ち受けているのでしょうか……?
バルコニーのむこうの大きな空には、星がまたたいていました。そのかがやきの下には、はるかなガランタ大陸へとつづく、大いなるブラックフォーンの海が、静かなさざなみを立てていました。
次回予告。
「おお、やってきたな。」
「ぼくのいちばん気にしてること、いったなー!」
「われらはすぐに、ベゼロインへはいらねばならぬ。」
「この、うらぎり者め!」
第18章「ノランべつどう隊まいる」に続きます。