失われゆく者たち……。このおとぎのくにアークランドでも、その運命は、すこしずつ、すこしずつ、広がっていたのです。
アークランドに住む、さまざまな種族の者たち。ぜんなる者も悪しき者も、かわいい者も力強い者も、みんなそれぞれに、種族というものを持ちます。いちばんわかりやすいのが、みなさんと同じ、人間。このアークランドでも、人間はいちばんといっていいほどに、たくさんいる種族でした。そしてたくさんの、動物の種族の者たち。この物語にもこれまで、じつにさまざまな動物の種族の者たちがとうじょうしてきました。物語の主人公ロビーは、おおかみ種族であるウルファの少年です。そしてかれのいちばんの友、ライアンは、ひつじの種族シープロンですよね。カピバラの老人。きつねの少年、チップ。かえるの種族フログル。あのおそろしいガイラルロックだって、このアークランドの、りっぱな種族のうちのひとつだったのです。
みなさんにはもう、今さらって感じですよね。ですが、このアークランドから失われつつある種族の者たちがいるといったら、どうでしょうか?
かんきょうのへんか。住む場所がなくなって。ほかの種族の者たちがふえたから。りゆうはさまざまなものでした。そしてそれらのりゆうは、どれを取っても、かんたんにはかいけつすることのできない、しんこくなものばかりだったのです。
もちろん、だれが悪いというわけでもありません。どこかがさかえれば、どこかがおとろえていくものなのです。それは、しぜんの運命ともいえるものでした。だれもさからえないし、だれもうらめないのです。かなしいことですが。
失われし種族、シルフィア。リズ・クリスメイディンは、その大むかしに失われたはずのシルフィアという種族の、まつえいでした(まつえいとは、しそんのことです)。シルフィアは精霊から生まれた種族で、すがたかたちは人間そのものです(ちょっと耳がとんがっていますが)。すらりとほそく、美しいすがたをしていて、光かがやくそのきぬのようになめらかなかみの毛は、内なる精霊の力にあわせて、青や、みどりや、こがね色に変わりました。
シルフィアの、そのいちばんのとくちょう(とくぎといった方がいいかもしれません)。それはそのすばらしい、精霊の力でした。シルフィアはそのむかし、まちがいなく、このアークランドでいちばんの精霊使いだったのです(精霊でしたから、精霊の力をかりるわざもいちばん強かったのです)。
今のアークランドでいちばんの精霊使いは、やっぱりシープロンたちでしょう。ですがそのシープロンたちが、たばになってかかったとしても、むかしのシルフィア種族の者たったひとりに、かなうかどうか……(おっと、ライアンにはないしょですよ!)。それほどにシルフィアというのは、精霊の力の強い、ほんとうにとくべつな種族だったのです(これはシルフィアが精霊から分かれて生まれたときに、もとの精霊の力をたくさん受け取ったためでした。もっとぐたい的にいうと、シルフィアひとりにつき、水や、風や、火の精霊たち、百万人ぶんくらいの力が、まとめてそのからだの中にそそぎこまれたのです! ですからシルフィアが強いのも、とうぜんでした。なにせ百万人の精霊たちを、いちどに相手にしているようなものでしたから!)。
そのシルフィアが、かんぜんにこのアークランドからすがたを消したとされるのが、もうなん百年も前のことです。りゆうはやはり、さまざまなものでした。いちばんのりゆうは、このくにの精霊の力が弱まったということ。このアークランドでも精霊はあまり、見かけられなくなってしまったのです。
大むかしには、精霊はあたりまえのように、そこかしこで見ることができました。精霊とふつうに、おしゃべりすることさえできていたのです。ですが今では、読者のみなさんも知っての通り、精霊はかれらの世界にかくれ住むようになり、そのすがたを見ることは、ひじょうにまれなことになってしまいました(かなしみの森の小川で、フェリアルも、たくさんの精霊たちのすがたにおどろき、感動していましたよね。ざんねんながら今のアークランドでは、精霊を見たことのない人の方が多いのです)。
そんな中で、リズは失われたはずのシルフィア種族の、そのきちょうな生き残りでした。リズの一族はひっそりと、このアークランドの世界の中に、その血を残しつづけてきたのです。かれらは自分たちがシルフィアであるとは、いいませんでした。ふつうの人間として暮らしつづけてきたのです(よけいなさわぎが起こることを防ぐためでした)。ですからみんなも、かれらがシルフィアであるということに、気がつきませんでした。ちょっと耳のとがった、きれいな人だな、くらいにしか思っていなかったのです。
リズはそんなかんきょうの中で生まれ育ち、やがて、エリル・シャンディーンの剣じゅつしなんやくになりました。生まれついての剣のさいのうが、リズを剣の道に進ませたのです(両親からは、かなりのはんたいがあったそうですが)。そしてエリル・シャンディーンでのせいかつの中で、ふとリズがもらした、しょうげきのひとこと。
「おれ、じつは、シルフィアなんだよね。どうでもいいことだけど。」
みんなさいしょは、ただのじょうだんだと思っていました。ですが大けんじゃノランによって、リズがたしかにシルフィアであるということがかくにんされると、お城はすっかり、大さわぎになったのです(まあ、とうぜんですよね)。
でも、シルフィアだろうがなんだろうが、リズはリズ。エリル・シャンディーンの人たちは、アルマーク王をはじめ、リズをそのまま、今まで通りのあつかいで、剣じゅつしなんやくとしてむかえいれていました(それにしても、そんなだいじなことを、とつぜんさらっというなんて! みんながじょうだんだと思ったのも、むりもありません。リズという人は、なんだかずいぶんと、大ざっぱというか、なんというか……、ものごとをあまり大きく考えない人のようですね。それがみりょくといえば、みりょくなのでしょうが……)。
リズ・クリスメイディン。この失われしシルフィア種族の者が、これから、ロビーのこの物語の中にとうじょうするのです。精霊王のトンネルをあけるという、そのだいじなやくめを持った、大いなる力の持ちぬしとして。
ふたりの(強い)ちびっ子たちとゆく、これからのロビーの旅。このアークランドの運命をきめる、だいじなだいじな旅のはずでしたが、やっぱりなんだか、ひとすじなわではいきそうもありません。う~ん、いったい、どうなることやら……。
あたりはすっかり、夜でした。ロビーたちがエリル・シャンディーンのまちの門をくぐってから、二時間あまり。空のしゅやくは、おひさまから夜の星たちへと、もうすっかりいれかわっていました。塔の上に吹きつけていた風は、今ではすっかりやんでいました。雲の切れまから、夜のしゅやくの星たちが、きらきらとその顔をのぞかせております。だいぶひえこんできました。秋のなごりの虫たちが、りんりんといそがしそうに、その歌声をひびかせていました。
ロビーと旅の仲間たち、そしてお城の人たちが、エリル・シャンディーンのじょうへきのそとの、南へとつづく小道のはじまるその場所に、集まっていました。かれらはすぐに、出発しなくてはなりませんでした。まだこの地についたばかりでしたが、旅の者たちには、お城でひとばん、ゆっくり休む時間さえなかったのです。今は、旅ゆく者たち、そして見送る者たちが集まって、それぞれの言葉をかわしあっているところでした。まさに今、ここから、新しい旅が生まれようとしているところだったのです。
「じゅうぶんに気をつけるんだぞ。きゅうせいしゅどのを、しっかり守ってくれ。」
そういったのは、エリル・シャンディーンのきゅうていまじゅつしたちのうちのひとり、ロクヒュー・テオストライクでした。ノランに送り出され、ロビーとともにさいごの旅をゆくことになった仲間のマリエルに、かれらは見送りの言葉をおくっているところだったのです。
「まあ、おまえなら、わたしたちが心配することもないだろうけどね。」
ロクヒューのとなりの、赤いめがねをかけたもっととしの若いひとりのまじゅつしが、そういって笑い、マリエルの頭をぐしゃぐしゃとなでました。かれは、マレイン・クレイネルといいました。ねんれいはまだ、二十一さいです。マリエルにくらべたら年上ですが、それでもこのねんれいできゅうていまじゅつしにえらばれるのはすごいことで、かれもまた、すばらしい魔法のさいのうの持ちぬしでした(いかにも知的なエリートといった感じで、いつも自信たっぷりなところは、マリエルにそっくりです。でもそこはやっぱり年上ですから、かれはマリエルの、いいお兄さんやくでした。
そしてロクヒューもまた、マリエルのお兄さんやくであるのと同時に、たいした力のあるまじゅつしでした。ねんれいは、二十五さい。かれのとくちょうは……、まじゅつし、らしからぬこと! スリムなからだでしたが、そのきんにくはびっちりとひきしまっていて、魔法を使うまでもない相手だったら、みんなこぶしで、ぼかぼかやっつけてしまうのです! う~ん、いろんな意味で、すごい)。
「ふふん、いわれるまでもないですよ。」マリエルが、おとくいの自信たっぷりのいい方で、せんぱいまじゅつしたちの言葉にこたえました。
「あいかわらず、なまいきなやつだ、こいつめー。」マレインがそういって、マリエルの頭をげんこつでぐりぐりします。口ではあくたいをついていましたが、みんなちびっ子のマリエルのことが、かわいくてしかたないといった感じでした(じっさい、かわいいのですが)。マリエルにもまた、すてきな仲間たちがいたようですね。
「これは、おまえのはじめての大しごとだぞ、マリエル。」さいごのひとり、ルクエール・フォートがまじめな顔をして、いいました(エリル・シャンディーンのきゅうていまじゅつしたちは、マリエルをいれて四人です)。ルクエールは、エリル・シャンディーンのきゅうていまじゅつしたちの長。魔法の力も、かれらの中でいちばんだったのです(ねんれいはアルマーク王と同じくらい。背が高くやせていて、いかにもすごうでのまじゅつしといった感じでした。そしてルクエールは、王さまとも、とても深いつながりのある人物だったのです)。
「はい。」マリエルが、急にまじめな顔になってこたえました。マリエルにとってルクエールは、ししょうのノランと同じくらい、そんけいしている人物だったのです(マレインも、ふざけてマリエルの頭をぐりぐりするのをやめました)。
「きもにめいじます。ぼくのはたらきが、このアークランドの運命をきめることになるんですから。この旅の重要さは、わかっているつもりです。」
マリエルの言葉に、ルクエールも「うむ。」とまんぞくげにうなずきました。
「このしごとは、おまえがだれよりもてきにんだ。わたしや、マレインに、ロクヒュー。われら三人のうち、だれにもかわりはつとまらん。ノランどのの目は、じつにたしかだな。がんばってくるんだぞ。」
マリエルはすっかり、顔を赤らめてしまいました。そんけいするりっぱなまじゅつしせんぱいに、ここまでほめられることは、ふだん、あんまりないことでしたから(かわいいかわいいといわれることとは、またちがう意味で、うれしかったのです)。マリエルは、かえす言葉もなかなか見つからず、ただただぺこりと頭を下げて、せんぱいたちにかんしゃの気持ちをあらわすばかりでした。
そしてもうひとつの、見送りの者たち。それは、これからそれぞれの地へと旅立とうとしている、われらが旅の者たちだったのです(ロビーとライアンは精霊王のもとへ。そしてベルグエルムとフェリアルは、エリル・シャンディーンの守りにそなえ、べゼロインとりでへとむかうのです)。
ベルグエルムとフェリアルが、ロビーとかたいあくしゅをかわしました。これまでの旅の中で、かたいきずなでむすばれた、かれら。かれらが出会って、まだほんのすこしの日数しかたっていません。ですけど読者のみなさんには、もう説明の必要もないはずです。かれらのそのきずなは、強く強く、血のつながった家族のきずな、そのものでした。
かわしたその手をそのままに、かれらはしばらく、なにもいいませんでした。なにもいう必要もないくらいでした。目と目で、心と心で、かれらは多くのことを語りあっていたのです。
「きっと、もどってきます。」
長いちんもくを破って、ロビーが口をひらきました。ベルグエルムが強いまなざしを、ロビーにおくってかえしました。フェリアルはなみだをぽろぽろこぼし、顔をぐしゃぐしゃにして、ロビーのその手をかたくにぎりしめていました。
「しばらくは、おわかれです。」ベルグエルムがロビーにいいました。「すべてすんだら、ふたたび、この地でお会いしましょう。」
ベルグエルムの、その気持ちのこもったあつい言葉……。そして三人は、それぞれに、かたくだきあったのです。たとえはなれたところにいようとも、かれらの心は、つねにいっしょでした。多くは語りませんでした。でもかれらは、おたがいに、そのことを強くたしかめあっていたのです。
ところで……。
読者のみなさんも、あれ? と思われたことでしょう。三人? そう、ライアンは、どこにいったのでしょう?
と思っていると……。
「お待たせー!」
とつぜん、お城のじょうへきのそのむこうから、そのライアンが(手をふりながら)走ってきました。あれ? でもなんだか、いつもとふんいきがちがうような……?
「えへへー、見て見て! じゃじゃーん! ニュー・ライアンだよー!」
ライアンはそういって、その場でくるりとまわってみせました。なるほど、いつもとちがう感じがすると思ったら、いぜんと服そうがちがっていたんですね(ライアンはこの着がえのために、みんなの見送りの場におくれてやってきました。だいじな見送りだというのに、まったくもう)。
これまでのライアンは、白のシープロンの名にふさわしい、まっ白なきぬの衣服を身につけていました。それがライアンの白いはだと、きれいな銀色のかみに、よくはえて、とても気高いいんしょうを与えていたのです(いわゆる王子さまの着るような、りっぱな服でした。王子さまなんですから、とうぜんでしたが……)。ですが今、ライアンが着ているのは、今までとは大きくいんしょうのことなる服でした。その服は、ひとことでいうと……、かわいい服! そうです、ライアンはマリエルにたいこうして、今までのりっぱな服から、とびきりかわいい服に着がえました!(なんて負けずぎらいなんでしょう!)
きいろいふち取りのされた、えんじ色のシャツに、たけのみじかい、こいめの色をしたはい色のジャケット(たけがおなかの上までしかないので、下のシャツをかわいく見せることができたのです)。ジャケットの前は、大きなきいろいリボンでとめられていました。きいろと茶色のもようのベルトを腰にななめにまいていて、そしてジャケットとおそろいの、ひざの上までしかない、はい色の半ズボンをはいていたのです(この半ズボンは、あきらかにマリエルをいしきしてのことでした。ほんとうなら、旅をゆくのに半ズボンなんて、ふさわしいものではありません。はだが出ていては、けがをしてしまうかもしれませんし、また、このきせつに半ズボンなんて、はっきりいって寒いです! でもライアンは、それらのすべてのことよりも、見た目のかわいさをゆうせんさせました。
ちなみに、マリエルはさきほどと同じ服を着ていましたが、ズボンだけは、ふつうの長さのズボンにはきかえていました。旅をゆくのに半ズボンでは、いろいろとこまることが多いということを、マリエルはよく知っておりましたから。やれやれ、ライアンもこのさき、こまったことにならなければいいんですけど……)。
「かわいいでしょ! お城のいしょうがかりの人に、えらんでもらったんだよ! こいめの色のジャケットにしてもらったんだけど、それがかえって、ぼくの新しいみりょくを生んでるよね。このシャツも、リボンも、みんなかわいいし、なにしろ中身がかわいいからねー。いやー、まいったまいった。」
そういってライアンは、マリエルの方をちらりと見て、「ふふん!」と鼻をならしてみせました。さあ、もちろんマリエルも、だまっていられません。
「なにが、ニューだよ! 着がえただけじゃんか!」マリエルがはんげきしましたが、ライアンはあいかわらず、からだをふりふり動かして、とくいげにいうばかりでした。
「わかってないね。こういうのは、気持ちがたいせつなんだ。人はみな、気持ちの持ち方ひとつで、強くなれる! これは、ぼくの、人生ろんだよ。さあー、しんきいってん! かわいい服で、がんばるぞー!」
まったく、ライアンにはかないませんね。こんなに重大な旅の出発のときでも、おそろしい戦いがせまりこようとしているときでも、ライアンはいつでもライアンでした。でも、そんなライアンの前むきさ(のうてんきさ?)が、かえってこの場にいる者たちの気持ちを大いにほぐし、強めてくれたのです。それはライアンの、大きなさいのうでした。ロビーはこのエリル・シャンディーンで、さまざまなじじつをきかされました。しょうげき的なこと。心を痛めること。たくさんのじじつです。それはロビーにとって、とてもつらいものにちがいありませんでした。ですが今、目の前にいるライアンのことを見て、ロビーの心は一時的にでも、とてもおだやかなものとなったのです。ロビーは思わず、「ふふ。」と笑ってしまいました。そしてこの出発の前に。ロビーはあらためて、心からこう思ったのです。
ライアンと出会えて、よかった。
こうして、ロビーのさいごの旅がはじまったのです(ちゃんとライアンは、みんなの見送りもすませましたので、ご安心を。フェリアルはまた、ライアンとのわかれがさみしくて、なみだを流しながらライアンにだきついてしまいましたが。でもこのときばかりはライアンも、「しょうがないなあ。」といって、フェリアルの頭をなでてあげました)。じこくはおりしも、おおかみのこくげん。午後の八時ころでした(このだいじな出発の時間がロビーの種族と同じ、おおかみのこくげんというのも、なにかの運命を感じます)。
空気はひんやりと、はだにまとわりついてきました。風は、やんでいます。ですからいくらかはへいきでしたが、やはり冬も近いこのきせつ。上にはおるものがなければ、寒くてたまりません。この新しい旅の仲間たちは、ひとりをのぞいて、寒さへのたいさくはばっちりしていました。はぐくみの森でフォクシモンたちにもらった、ふわふわ森ペンギンの羽毛から作られたマフラーとマントは、もちろんのこと。さらに、エリル・シャンディーンのお城で用意してくれた、あたたかいコートを、ばっちり着こんでいたのです(このコートの中には、西の海から渡ってくる「渡りがも」の羽毛が、ぎっしりつめられていました。そのあたたかさといったら、思わずにんまりと、笑顔がこぼれてしまうくらいだったのです。
ちなみに、この渡りがもの羽毛はほんのちょっとの量でも、すごくねだんが張りました。ですからこのコートは、びっくりするくらいねだんが高いのですが、まあそこは、かれらにはだまっておきましょう)。そしてその「ひとりをのぞいて」とは、だれのことだか? みなさんにはすぐにわかりますよね。そう、ライアンでした。
ライアンは、せっかく着がえたかわいい服がコートでかくれてしまうのをいやがって、コートを着るのをこばんだのです。ロビーが「かぜひいちゃうから、これ着なよ。」といっても、ライアンはききいれません。いきようようと、上きげんでうでをふりながら、こういうばかりでした。
「だーいじょうぶ、だいじょうぶ! このくらいの寒さ、へっちゃらだよ。ぼくのかわいさが、寒さも吹き飛ばしちゃうんだから!」
でもライアンは、だいじなことをひとつ、忘れていたのです……。
お城の兵士たちがふたり、馬たちをつれてやってきました。そのうちの一頭は、白い馬でした。それはライアンの友だち、メルでした。メルはライアンのそばにすりよって、あまえます。そう、かれらはリズのいる山のふもとまでは、馬でゆくのです。時間がなによりもたいせつ。ノランの言葉です。すこしの時間でも、むだにできません。そのためかれらは、危険なガウバウというけものたちがいるその場所の前までは、馬でいくということになりました。
メルにはこれまでと同じくライアンとロビーが乗り、マリエルは茶色の馬に乗っていきます。そしてお城の兵士たちがふたり、それぞれの騎馬たちに乗って、おともをしていきました(山のふもとまでいったら、馬をひいて帰ってこなくてはなりませんでしたから)。
「さあみんな、いくぞ! ノランべつどう隊、しゅっぱ~つ!」
(やっぱり)ライアンが出発のあいずを出して、いよいよ出発です(出発のかけ声は、すっかりライアンのしごとでしたから。マリエルは「ちょっと! きみがえらそうにいわないでよ! べつどう隊のしきをとるのは、おししょうさまにたのまれた、ぼくなんだからね!」といいましたが、ライアンは「そんなの、きまってないよー。」といって「んべー!」と舌を出して、さっさといってしまいました。もちろんそのあと、しばらく馬の上で、おたがいわーわーやっておりましたが……)。
そしてもくてきの山へとむかって走りはじめて、十分もしないころのこと……。
「だからいったのに、もう。」
そういったのは、ロビーでした。ロビーはライアンのうしろに乗っておりましたから、ライアンのようすに、すぐに気がついたのです。つまり……。
この冬も近い夜の寒空に、うす着で馬を走らせたら、どうなるか? それはだれでもわかることですよね。もうライアンは寒さでがたがたふるえて、メルのたづなをにぎる手も、おぼつかなくなってしまっていました。馬に乗る前は「へいきへいき!」と強がっていましたが、スピードを上げて、風を切って進んでいくわけですから、そのことをライアンは、まったく忘れていたというわけだったのです。
「ほら、これ着て。」ロビーがそういって、馬につけたかばんから一着のコートを取り出しました。それはライアンがもらうのをことわった、そのコートでした。ロビーは、ぜったいこうなるんだから、と見こんで、ライアンのぶんのコートを、こっそり、馬のかばんにしまっておいたのです。さすがロビー。ライアンのことなら、いちばんよくわかっていますね。
ライアンは鼻をずずっとすすって、とっても小さな声で、こうつぶやくばかりでした。
「ありがと……」
それからしばらく、一行は夜の空の下を走りつづけました。小道はやがてなだらかな丘につながり、そして道はそこから、赤茶けた色の地面の広がる山の道へと変わっていきました。
エリル・シャンディーンを出発してから、まだ二十分もたっていません。ですがあたりの景色は、すっかりさま変わりしてしまっていました。赤茶けた岩のかべがまわりをかこんでいて、それがえんえん、つづいていたのです。ときおり、その岩かべの上からにぎりこぶしくらいの石がころころところがり落ちてきて、小石や土をまきこんですべり、ぱらぱらというかわいた音を立てていきました。はじめはロビーもびくっとして、石の落ちてきたところをふりかえり、見上げましたが、そこにはなにもいなくて、赤茶けた色の岩のむれが、土のかべにぼこぼことつき出ているのが見えるばかりでした。
「このあたりのかべは、とても、もろいんです。」マリエルが、心配そうにしているロビーにむかっていいました。「でも、近づきすぎなければだいじょうぶ。ここからは、いちれつになって進みましょう。」
そういってマリエルが、自分の馬をかって、みんなのいちばん前に飛び出しました。それを見たライアンが、「ああっ!」といって、すかさずそのあとを追いかけます。
「隊長をさしおいて、かってに前を走らないでよ!」
うしろからどなるライアンのその言葉に、マリエルは、はあ? といった顔をして、ふりかえっていいました。
「きみが隊長って、だれがきめたの! この隊のせきにん者は、ぼくだっていったでしょ!」
いわれてこんどは、ライアンがいいかえします。
「せきにん者はきみかもしれないけど、隊長じゃないもんね。だから、隊長はぼくなの!」
な、なんてめちゃくちゃなりろんなのでしょう……。ふつうは隊のせきにん者が、隊長のはずなのですが……(とにかくライアンは、隊と名のつくものだったなら、なんでも隊長にならなくては気がすまなかったのです。ライアンのせいかくは、みなさんもよくわかっていますよね)。ライアンのそのむちゃくちゃなりろんに、マリエルもぷんぷん怒っていいました。
「わけのわからないことを! いいからきみは、おとなしく、ぼくについてくればいいんです! はじめから、おまけでついてきたくせに!」
「な、なにおーう!」
あーもう、またはじまった……。まだ旅ははじまったばかりだというのに、これではぜんぜん、話になりません。せっかく、ゆうしゅうな力を持ったふたりが、そろっているというのに……。う~ん、ほんとになんとか、ならないものでしょうか?(著者のわたしも、このふたりのわーわーきゃーきゃーをそのつど書いていくのも、しんどいですから……)
こんなときは、このふたりの橋渡しをするやくわりの、ロビーをたよるしかありませんね。じつはロビーも、出発前からうすうす、自分がそのやくわりをするんだろうなあ、と思っていたのです(すいませんがロビーさん。わたしからもぜひ、お願いします!)。
さて、ロビーはどうするのでしょうか?
ふたりのいいあらそいは、先頭をめぐるはげしい馬のきょうそうになってしまいました。ふたりとも「ぼくが前! ぼくが前!」といい張って、ゆずりません。ライアンのうしろに乗っているロビーは、そのつど前へうしろへと、ぐいぐいゆさぶられてしまいましたし、うしろからついてきているふたりの兵士さんたちも、もうついていくだけで、せいいっぱいだったのです。なんどか、まわりのかべに馬のからだがぶつかって、そのしょうげきで、大きな岩がごろごろと落ちてくることさえありました。危険きわまりありません!
さあ、とうとうロビーも、大きな声を張り上げてさけんだのです。
「こらー! ふたりとも、やめてやめて!」
思いがけず、ロビーが大きな声を出したので、あらそっていたふたりもびっくりして、ロビーの方をふりかえりました。そして、つづくロビーの言葉。
「ぼくたちは、仲間なんだよ! あらそってちゃだめでしょ! みんなが協力しあって、ひとりひとりのときよりもっと大きな力を生み出すために、ぼくたちはいっしょにいるんだから! それが、仲間の力でしょ! ライアンも、マリエルくんも、ちゃんと考えて!」
ロビーの言葉(おせっきょう)は、ふたりのちびっ子たちの心にてきめんに伝わりました。ライアンは「ロ、ロビー……」と言葉につまり、マリエルは怒られて、「す、すみません。」とあやまったあと、歯をぐぐぐとかみしめて、うつむいて、すっかりへこんでしまったのです(マリエルは、りくつっぽい子でしたから、自分があまりにも子どもっぽい行動を取ってしまったことが、はずかしく、ゆるせなかったのです)。
ふたりのちびっ子たちは、しばらくなにもいえないまま、馬を走らせていました。どうやらロビーに怒られたことが、だいぶこたえたようですね(めったにあることでもないですから)。そしてそんなふたりのことを見て。ロビーはこんどは、おちついた声で、こういいました。
「ノランべつどう隊をひっぱっていくのは、ノランさんのでしの、マリエルくん。きみだよ。」
ロビーの言葉に、おちこんでいたマリエルは「え……?」といって、ロビーの方を見ました。
「そして、みんなのことをまとめ上げるのは、ライアン。きみのしごと。」
こんどはライアンが、「えっ?」とロビーの方をふりかえります。
「みんなの気持ちをライアンがひとつにまとめて、マリエルくんが、けつだんをくだす。それが、ノランべつどう隊。ふたりとも、りっぱなやくわりだよ。だれが隊長か?
なんて、そんなことはいいよ。みんなが隊長なんだ。」
すばらしい、ロビーの言葉でした(たぶんフェリアルがこの場にいたら、感動して、また「ロビーどの~!」といって泣きついてくることでしょう)。もうライアンもマリエルも、ぐうのねも出ませんでした。それぞれに、おたがいに、やるべきやくわりがある。いくらライバル心からのこととはいえ、自分のことばかり見てしまっていたふたりは、そのことをここで、しっかりと考えさせられたのです。
ライアンとマリエルのふたりは、ようやくおたがいのことを、ちらりと見やりました。そこには新しくここから生まれた、仲間のすがたがありました。まだちょっと、ぎくしゃくしたところはもちろんありましたが、これから、この新しい仲間と、新しい旅がはじまるのです。
しばらくたって。ライアンがさきに、マリエルに口をひらきました。
「ま、まあ、ロビーがそこまでいうなら、しかたないね。それで、がまんしてあげるよ。」
あいかわらずのへらず口でしたが、そこにはさっきまでの、とげとげしたふんいきはありませんでした(ライアンもすっかり、はんせいしたようです)。
「ま、まあ、ぼくは、おししょうさまのきたいにこたえなければなりませんから。きみが、よけいなことをしなければ、それでいいんです。」
こっち(マリエル)も負けないくらいの、へらず口です。まったくふたりとも、すなおじゃないんだから……。
旅をはじめたばっかりの今このときに。みんなの気持ちがまとまったということは、すばらしくたいせつなことでした。もしあのまま、ふたりのちびっ子たちの気持ちがばらばらなまま旅をつづけていたとしたら、どんな危険な目にあってしまうことか? わかりません。ロビーはこのふたりの心を、そしてこの新しいノランべつどう隊というひとつのチームを、みごとにつなぎあわせてみせたのです。それはロビーの人がら、やさしさ、思いやり、それらのものによる、すばらしい力のあらわれでした。著者のわたしも、ここであらためて、こう思ったものです。やはりロビーは、主人公なんだと。
「このさきの道は、もっとけわしくなります。だから、道をよく知っているぼくが、先頭をつとめるのがいちばんいいでしょう。」マリエルがいいました。みんなはここであらためて、このさきの旅の道のりのことについて、話しあっていたのです。そしてマリエルのいったことは、じつに理にかなっていました。マリエルはさっそく、隊のたいせつなけつだんをおこなったのです。
「きみも、それでいいね?」マリエルがライアンにたずねます。これも今までには、なかったことでした。
「まあ、それがいいだろうね。」ライアンも、すなおではありませんでしたが、よく考えてマリエルの言葉にさんせいしました。
「よし、では、いきましょう。」マリエルがそういって、先頭に立って馬を走らせていきました。ライアンが、それにつづいていきます。そしてうしろの守りは、おとものふたりの兵士さんたちで、しっかりとかためられていました。
やれやれ。旅をはじめたばっかりでいきなり起こってしまった、このひとそうどう。一時はどうなることかと思いましたが、ロビーがすばらしい力で、まとめてくれましたね。この新しい、ノランべつどう隊という旅の仲間たち。この仲間たちなら、きっと、すばらしいかつやくをしてくれることでしょう。
ところで……。
すこし走ってから、ライアンが急にいい出しました。
「あのさ、ぼくのこと、いつまでも、きみってよぶの、やめてくんない?」
そのとつぜんの言葉に、マリエルが「え?」といってふりかえります。
「ま、まあ、いちおう、仲間になったことなんだし、名まえでよばせてあげても、いいかな、なんて。」
なるほど、そういうわけでしたか。はじめて会った相手でもニックネームでよんでしまうほど、ほんらいならば、人なつっこいライアンです。いつまでも「きみ」のままでは、ちょっと、さびしかったんですね(ほんとうに、すなおじゃないんだから)。
「わかったよ。」マリエルがライアンの気持ちを読み取って、こたえました。「名まえ、フルネームでなんていうの?」
「ライアン・スタッカート。」ライアンがこたえます。
「ふーん、スタッカートか。」マリエルがあごをなでながら、しばらく考えこみました(あごをなでながら考えるのは、ひげをなでながら考えるノランのまねをしていたのです)。そしてしばらく考えたあと。
「じゃあ、ライスタだな。これからは、ライスタってよぶからね。いくぞ、ライスタ。」
マリエルはそういって、さっさといってしまいました。
「ええーっ! ちょ、ちょっと!」よそうがいのへんじに、ライアンはすっかりどうてんして、あわててマリエルのあとを追いかけます。
「なんだよ、ライスタって! なに、そのセンス! もうすこし、かわいいニックネームにしてよー! ちょ、ちょっと待てったら! マリー!」
どうやらマリエルにとっては、名まえとみょうじをすこしずつ取りあわせたニックネームでよぶのが、親しい相手に対する気持ちのあらわし方のようでした。でも……、やっぱり、う~ん、って感じですよね。ラ、ライスタですか……(ちなみに、マリエルはお城のせんぱいまじゅつしたちのことも、名まえとみょうじをもじったニックネームでよんでいたのです。マレイン・クレイネルのことはマレック兄さん、ロクヒュー・テオストライクのことはロックス兄さんとよんでいました。でもさすがに、そんけいする大せんぱいのルクエール・フォートのことだけは、ルクエールさんとよんでいましたが)。
そしてこのとき。ライアンは自分でもむいしきのまま、マリエルのことをマリーというニックネームでよんでいましたが、そのことにライアンが気づいたのは、もうすこしあとになってからのことだったのです。
そんなふたりのことを見て、ロビーは「ふふふ。」と笑ってしまいました。もう、心配はないみたいだ。ロビーはそう、心の中で思いました。
ライスタか……。
それと同時に、ロビーは心の中で、こっそり、このようにも思ったのです。
マリエルくんって、やっぱり、ちょっと変わった子……。
道はいよいよ、ほんとうの山道になりました。ここがリズの住んでいる山の、そのふもとにあたるところだったのです。エリル・シャンディーンから馬で走ること、およそ三十分ほど。きょりにして、十二、三マイルは走ったでしょうか?(ところで……、リズの住むこの山まで、ノランは歩いて二時間ほどでつくといいましたが、このきょりを二時間で歩くのは、とてもむりでしょう。しかも道は、ただのたいらな道というわけでもなく、まがったりのぼったり、でこぼこだったりしていましたから、よけいに時間もかかるのです。急いで走りつづけていかなければ、とても二時間ではたどりつけないことでしょう。
じつはノランは、ここでもやっぱり、自分が力のあるまじゅつしだということを、ぜんぜん考えにいれていませんでした。旅ばかりしているノランは、自分の足にいつも、とくべつな魔法をかけていたのです。それは、うさぎあしのじゅつというもので、この魔法を使うと、まるでうさぎみたいに、ぴゅんぴゅんはやく歩くことができたのです。歩いて二時間というのは、この魔法を使うことを計算にいれてのことでした。う~ん、やっぱりけんじゃという人たちは、計算ずくめで動いているわりには、どこかうっかりしているところがあるみたいですね。うっかりばかりしていた、カルモトみたいに……)
あたりはぶきみに静まりかえっていました。木の上にも、しげみの中にも、生きもののけはいはまったく感じられません。えだで羽を休めるからすや、起き出したふくろうが、一羽くらいいてもおかしくありませんでしたが、ほんとうになんにもいなかったのです。まっ黒な立ち木が大きなおばけみたいにあらわれては通りすぎるたびに、メルの上にいるロビーは、とてもいやな気持ちになりました。それらの木々が、まるであのワットの黒騎士たちの乗っていた、ディルバグというまっ黒なかいぶつたちのように見えてきたのです。ひびわれた木のかわのもようが、かいぶつの大きな口のように見えました。張り出したえだは、かいぶつの大きなかぎづめのようにも見えました。腰の剣は、ロビーになにも危険をしらせてはおりません。ですが、なんだかロビーは、この場所がとてもいやな場所のように思えました。この場所のことをよく知っているというマリエルも、きょろきょろと、しきりにあたりのようすをうかがっております。ライアンはさっきからずっと、木々やしげみに対して、「かわいくない! かわいくない!」ともんくをいっていました(しげみにそんなことをいっても、しょうがない気がしますが……)。
そしてそこから、しばらくいったところで……。
「ここまでです。」
先頭のマリエルが、馬をせいしていいました。ライアンも兵士たちも、馬をとめて、あたりのようすをうかがいます。
「ここからさきは、ガウバウたちのすみかです。これ以上、馬で進むことはできません。」
お城できいた、あのおそろしいガウバウというけものたち。ついに、そのけものたちのすむというその場所まで、みんなはやってきたのです(わかっていましたが、やっぱりきんちょうしますね)。
マリエルは目をとじて、あたりに耳をすましました。両手をうさぎの耳のように、頭の上にちょこんとつけて、なにかをささやいております。これはうさぎ耳のじゅつというもので、この魔法を使うと、遠くの物音でもよくきこえるようになるのです。さすがはまじゅつし。さっそく、魔法パワーのとうじょうですね(ところで、この魔法はかんたんな言葉をとなえれば、それだけで使うことができたのです。じつは手をうさぎの耳のようにして頭につける必要は、ぜんぜんありませんでした。それはマリエルが自分で考えたもので、そのりゆうはもちろん、その方が自分がかわいく見えるからだったのです。う~ん……)。
しばらくしてから、マリエルが手をもどしていいました。
「どうやら、あたりにガウバウたちは、いないみたいです。でも、かれらはもう、ぼくたちがここへやってきたということは、知っています。かれらは、とても耳がいいですから。」
「えっ? それじゃ、そのガウバウっていう生きものたちに見つからずに、進むのは……」
ロビーの言葉に、マリエルがれいせいにこたえました。
「すいませんが、それはむりです。でも、ご安心を。ガウバウなんて、ぼくの魔法にかかったら、ちょちょいのちょいですから。それよりも……」
マリエルはそういって、急にしんけんな顔をして考えはじめます。
「まっすぐいくか? 上の道からいくか? なやみどころだな。時間的には、まっすぐいった方が早いけど、ガウバウはこっちの方が多い。上の道からいくと、ガウバウはすくないけど、よけいな時間がかかる。時間ときょり、ガウバウの数に、ぼくの魔法の使用数を、すべてあわせて計算すると……、今のじょうけんからいって、どのルートでいくのが、いちばんわりにあっているのか……? ええっと、アルキアのほうそくによって、二をかけて、けっかに風と気おんのデータを加え……」
さすが、べんきょうの先生の家の子。なにごともいろんな計算ずくめで行動をきめるのが、しゅうかんになっているみたいですね。どうやらマリエルにとっては、ガウバウのこわさなんてものはまったく問題ではなくて、どうすればいちばんこうりつのいい行動が取れるか? ということの方が重要みたいでした。じつにマリエルらしいですね(でも、すいません。後半はなんの計算なんだか? わたしにはぜんぜんわからないんですけど……。アルキアのほうそくって、なに?)。
「とにかく、さきに進もうよ。ぼくもう、おなかすいちゃった。」
ライアンが、しんぼうできずにいいました。勉強ぎらいのライアンにとっては、マリエルのいっていることは、ちんぷんかんぷん! はっきりいって、さっさとさきに進んで、リズのおうちで早くごはんが食べたかったのです。みんなはばんごはんも食べるひまもないまま、出発しなくてはなりませんでしたから(ごはんというより、ライアンの場合はお菓子が食べたかったのですが。でもライアンはもうすでに、お城からここへくるまでのメルの上で、エリル・シャンディーンやきを八こも食べていましたけど……。そしてたづなを取るライアンにそれを食べさせてあげていたのは、もちろんロビーでした)。
「もう、計算が終わるよ。よし、まずは、まっすぐいきましょう。それからがけをのぼっていけば、いちばん、時間とめんどうがすくなくてすむ。それでいいですか?」マリエルがロビーにたずねました。
「オッケーオッケー! それでいいよ、もー。いいよね? ロビー。」すかさずライアンが、ロビーの前にぐいとからだを乗り出して、かわりにこたえます。そしてロビーも、「う、うん。」と小さくこたえました(とりあえず、ライアンがみんなのことをまとめて、マリエルがけつだんをくだすという、ノランべつどう隊のやくわりぶんたんは守られているみたいですね。ちょっと、ごういんな感じですが……)。
「よし。では、われわれは、ここから歩いていきます。ルーリックさん、アランギルさん、ありがとうございました。」
マリエルがそういって、頭をぺこりと下げました。え? ルーリックさんにアランギルさんって、だれ? と思われた方もいるでしょうが、これは、おともをしてくれたふたりの兵士さんたちの名まえだったのです(じつはこのふたり、前にもとうじょうしていて、ロビーたちがアルマーク王のぎょくざにむかうときに、長い空中ろうかをいっしょにつきそって歩いてくれていました。わたしがふたりの名まえを、ちょっとしょうかいしていましたよね。またまたのごとうじょうだったというわけなのです。こんかいは名まえを出していませんでしたので、今までわからなかったわけですが……)。
「くれぐれも、お気をつけて。旅のせいこうをおいのりしております。」
ルーリックとアランギルのふたりの兵士たちは、そういってロビーたちに敬礼をし、それぞれが馬を一頭ずつひきつれて、お城へともどっていきました。ライアンの友だち、メルとも、これでしばらくはおわかれです。今までほんとうに、おつかれさまでした! いろんなことがあったよね!
さて、おともの兵士さんたちが馬たちをつれて帰ってしまって。今このさみしい山道にいるのは、ロビーとライアン、マリエルの、たった三人ぽっちになりました。ここからは、歩きの旅になるのです。マリエルのいうことには、道はこのまままっすぐ、山のてっぺんまでつづいているということでしたが、その道は、だんがいぜっぺきの道。そしてガウバウだらけ。とちゅうでがけをのぼっていった方が、リズのところまでは早くいけるのだということでした。でも、がけをのぼっていくって、口でいうのはかんたんでしたが、じっさいには、かなりたいへんなような気がしますが。がけに道はありません。文字通り、すでで岩かべを伝いながら、よじのぼっていくしかないのです(まさにロッククライミングです)。マリエルはいったい、どう考えているのでしょうか?
でもそこは、ゆうしゅうなる小さなまじゅつし、マリエルくんのことです。なにか、うまい手があるのでしょう。かれがどんな手を使うのか? みなさんもそれまで、お楽しみに!(まさかほんとうに、すででのぼっていくわけじゃないでしょうから。
ちなみに、時間のせつやくのためには、ノランも使っていてマリエルも使うことのできた、うさぎあしのじゅつを使った方が、もちろんはやく歩けましたが、この魔法は、おくがいの、さきを見通すことのできるよくひらかれた場所でなければ、使うのはやめておいた方がいい魔法でした。それはなぜか? といいますと、この魔法は、はやく歩けることは歩けましたが、そのはんめん、急にとまったり、こまわりをきかせた動きを取ることができなくなってしまうという、魔法だったのです。そしてこのさきは、危険なガウバウたちもいる、だんがいぜっぺきの道。そんなところを早足でぴゅんぴゅん進んでいったりすれば、どんなけつまつを生むか? おわかりですよね。ガウバウが出てきたとしても、思うように動くこともできないでしょうし、その前に、がけから落っこちてもしまいかねません! ですからマリエルは、あらゆるこうりつを考えた上でも、ふつうに歩いていくことにしました。)
道は、あっというまにけわしくなりました。今までは、たいらなただの山道にすぎませんでしたが、すこし歩いていくと、急に目の前に、おそろしいだんがいぜっぺきがあらわれたのです。のぞきこんでみると、顔に下からの風が吹きあたります。はるか下は、いちめんの森でした。
道はがけのふちによりそうようにして、ほそぼそと、たよりなくつづいております。シープロンドを出発してからすぐに通った、あのオーリンたちが住んでいたというむかしの山道。この場所は、あの山道にそっくりでした(ちなみに、このあたりいったいは大むかしに銀をほり出した、こう山のあとでした。そのためむかしの道のなごりが、今も残っていたのです。今ではもう銀もとれなくなり、かわりにおそろしいガウバウたちがすみついてだれも近よらなくなってしまっていましたが、そういうところも、おっかない巨人やグブリハッグなんていう生きものたちがすみつくようになってしまった、あのオーリンの山道と、よくにていますよね)。
でも、あのときの山道とちがっているところがあります。いいことと悪いこと、それぞれがひとつずつありました。
いいことは、あのときのような強い風が吹いていないということ。あのときはほんとうに、がけから落っこちてしまうんじゃないか? というくらい強い風が吹いていて、みんなを弱らせたものでした(ライアンの場合は、じまんのかみがくしゃくしゃになってしまうことの方が、いやみたいでしたけど)。そして悪いことは……、この場所がほんとうに、ガウバウたちの巣になっていたということ! まだすがたをあらわしてはいませんでしたが、ロビーとライアンには、それがいやというほど知れたのです。だってさっきから、あっちやこっちで、ガウバウたちのおそろしいほえ声が、ずっとなりひびいていましたもの!
「がうるるる……。ごうるるる……」
「ぐがああああ……!」
ひ、ひええ! とにかくさっきからずっと、こんなちょうしなのです。ふつうの人だったなら、とてもこんなところを歩いてなんかいられません!
「ね、ねえ、マリエルくん。ほんとうにだいじょうぶ? なんか、すごいなき声がきこえるよ。」おっかなびっくり進むロビーが、たまらずにマリエルにたずねました(さっきからもう、ロビーの腰の剣は、まっ青に光りっぱなしでしたから! ガウバウというのはとてもかしこい生きもので、ただの野生の動物とはちがって、さまざまな悪だくみまで考えることができるのです。なんておそろしい!)。
「へいきですよ。そんなに、心配しないでください。このなき声は、ちょっと、うっとうしいですけど、やつらがロビーさんに飛びかかる前に、ぼくの魔法が、黒こげにしちゃいますから。」そういうマリエルはさっきから顔色ひとつ変えず、ふんふんと上きげんのまま、先頭を歩いていたのです。
「こわがりだなあ、ロビーは。ほら、きゅうせいしゅなんでしょ? しっかりしなよ。それに、ガウバウだって、おおかみなんだし、おんなじ仲間じゃない。」ライアンもいちばんうしろを歩きながら、よゆうの顔をしてロビーのことをせっつきました(たしかにガウバウは、おおかみににていましたけど……)。
「べ、べつに、仲間なんかじゃないよー!」ロビーがライアンにいいましたが、ライアンは「ほら、早く早く。」とロビーのおしりをぺちぺちたたいて、さきをうながすばかりでした(う~ん、マリエルといいライアンといい、こんなときちびっ子というものは、ほんとうに強いですね……)。
とそんなとき、急に……。
「ああ、すいません。ちょっと、走ってください。」マリエルがいいました。
「え? え?」ロビーがあたふたして、あたりを見まわすと……。
「がうがががああー!」
で、出たー! ガウバウです!
頭の上からおそろしいほえ声がふってきて、見上げてみれば、体長七フィートはあろうかという大きなおおかみのようなけものたちが、今まさに、がけの上からみんなのもとへとむかって、かけてくるところでした!(この生きものは、切り立ったがけでもなんのその! びゅんびゅん走ってやってくるのです!)
「うわわわー!」ロビーがひめいを上げて走り出しました。たかがおおかみの一ぴきや二ひき。物語の主人公がそんなにかんたんに逃げてちゃだめじゃんか、って思われた方は、考えをあらためることと思いますよ。一ぴきや二ひきじゃありません。そんなきょうぼうなけものたちが、ぱっと見ただけでも、二十ぴき近くも! いっせいにがけの上からこっちへとむかって、目を血走らせながら走ってきたのです! ほんとに、ひええー!
「マリエルく~ん! これ、どうするの~!」ロビーが走りながら、マリエルにさけびました。ですがマリエルはあいかわらず、すずしい顔をしたままです。マリエルはロビーをさきにいかせると、立ちどまって戦おうとしているライアンの方をちらりと見てから、ロビーにいいました。
「ああ、すいません。ぼくのでんげきが、ロビーさんにまであたっちゃうかもしれませんでしたので、ひなんしてもらいました。もういいですよ。」
でんげき? マリエルはそういうと、手にしたつえをふりかざしました。
「ライスタ、そこにいると、あぶないよ。」
「え?」
そしてライアンがこたえるのより早く、マリエルはダンスのようなかろやかなステップをきざみながら、さけんだのです。
「マリエルの、まじかるブラスト!」(ステップ一。)
「りんがる、れんがる、ふろー!」(ステップ二~きめポーズ。)
ばりばりばりばり、ばりーん!
いっしゅん、あたりがまっ白に光りかがやきました! マリエルのその魔法の言葉と同時に、持っているつえのさきから、まばゆいばかりのいなずまが飛び出したのです!
そして……。
「きゃいん! きゃいん! きゃいん!」
そのいなずまが、ガウバウたちのむれをちょくげき! もうガウバウたちは、たまったものではありません! 三びきのガウバウたちが黒こげになって、がけの下へとまっさかさま! 残りのガウバウたちも、いなずまをじゅうぶんにあびせられて、びりびりびり! よろける足で、あっちやこっちへ、やっとのことで逃げていきました。
これにはロビーも、さすがにライアンまでもが、ぽかーん! 口をあけたまま、かたまって動けなくなってしまいました。
「まったく、口ほどにもありませんね。ロビーさん、おけがはありませんか? ライスタ、ころんでないだろうね?」
マリエルがといかけましたが、ふたりともまだ、へんじができるようなじょうたいではありません。しばらくして、さいごのガウバウの一ぴきががけの上へと逃げていくと、ようやく口をひらくことができました。
「す、すごい……。すごいすごい! すごいよ、マリエルくん!」ロビーがこうふんして、マリエルの手を取っていいました。
「や、やるね……、マリー。」ライアンも、ちょっとくやしそうでしたけど、すなおにマリエルの力のすごさをみとめました(ちなみに、ライアンは自分もかっこよく、風の精霊のたつまきを作ってガウバウたちをやっつけてやろうと思っていたのです。でもたつまきを作り出すその前に、マリエルが全部かたづけてしまいました)。
「いえ、それほどでも。」マリエルはひかえめにいいましたが、こういうときマリエルは、すなおにうれしがっていたのです。
「だいぶ、手かげんしてやりましたが、ガウバウていどの相手なら、これでじゅうぶんでしょう。それより、早くさきに進まないと。ガウバウはいちどやっつけても、また、もっとたくさんの数でおそってきますからね。」
そういうとマリエルは、またすずしい顔をして、すたすたと歩きはじめました(あれでまだ、手かげんしていたですって? ほんとうにちびっ子というのは、すごい力をひめているものです。まあ、マリエルの場合は、とくべつなちびっ子なのですが……。
ところで、ちょっと説明をつけ加えますと、このいなずまのじゅつは、つえを相手にふりかざして魔法の言葉をとなえれば、使うことができる魔法でした。ですからマリエルがやっていた、魔法をかけるときのダンスのようなかろやかなステップ、これはまったく、必要なかったのです。ではなぜ、そんなふりつけをつけ加えたのかというと……、もう、いうまでもないですよね。それはもちろん、その方が自分がかわいく見えるからでした!)。
みんなはそれからしばらく、くねくねとつづくがけの道を進んでいきました。星空は、いつのまにかあらわれはじめた雲に、すっかりおおいかくされてしまっていました。そのため道は暗く、しかもこんながけの道です。足をふみはずしたら、下の森までまっさかさま! とても危険になりました。そしてこんなときにもまた、マリエルの魔法が、そのいりょくをはっきしたのです。
あかり花のじゅつ。この魔法を使うと、みんなの進む道の前とうしろ、それぞれ十ヤードくらいさきまでに、白くかがやくきれいなお花がいちれつにさいて、そのお花がその光で、進む者たちの足もとを明るくてらしてくれるのです(この魔法のお花はみんながいどうすると、それにあわせて、しゅん! と消えたり、また、ぽん! とさいたりするのです)。まさに今の仲間たちにはうってつけの、すてきな魔法でした(ランプをともすよりもずっと明るく、しかもこれなら両手が使えました)。
でもあかりをともすことには、不安なところもありました。それはやっぱり、ガウバウです。さきほどの戦いのあとから、しばらくはガウバウのほえ声がぴたりとやんでいましたが、今また、そのほえ声がきこえはじめていました。しかもさいしょのときよりも、ずっと大きく、たくさん。マリエルの言葉の通り、ガウバウというけものは、いちどやられても、またふたたび、もっとたくさんの数でおそいかかってくるのです(ほんとうにやっかいな相手です。でも……、ガウバウよりももっとおっかないちびっ子たちがふたりもいる、このノランべつどう隊には、あんまりおそいかからない方がいいような気もしますが……)。ここからの道のりは、なおいっそうの注意が必要となってくることでしょう(ロビーにとっては)。
道は白いお花のあかりのおかげで、ずいぶんはかどりました。ですがここにきて、ようすが変わってきたことがあります。道が前よりもはっきりと、せまくなってきました。かべに背中を張りつけなければ進めないようなところさえ、出てきたのです。
「そろそろ、上にのぼった方がいいですね。ここからなら、リズのところまでは、すぐそこですから。」先頭をゆくマリエルがみんなにいいました。馬をおりてからさいしょにマリエルがいった通り、「がけの上にのぼる」というそのことは、もちろんみんなもしょうちしていました。でも……。
ロビーとライアンのふたりは、そのがけを見上げました。がけはまっすぐに切り立っていて、ほんとうに、かべそのものといった感じでした。がけの上までは、ゆうに百五十フィート以上はあるでしょう。いくらなんでも、ここをのぼっていくというのは、そうとうに骨がおれます。そのうえもし落ちたとしたら、まず助かりそうもありません(身がるなライアンならすいすいのぼっていけそうな気もしますが、からだの大きなロビーには、危険が大きすぎるでしょう)。ここからのぼっていくことなんて、やっぱりむりなんじゃないでしょうか?
「のぼるっていっても、ここはむりだよ。むこうの方がゆるやかだし、あっちにした方がいいんじゃない?」
そういってライアンがゆびさしたさきには、ごつごつとした岩はだのがけがありました。そこまではけっこうきょりもありましたし、がけの道もいちだんとせまくなっていましたが、あちらの方が見るからにのぼりやすそうだったのです。この場所からのぼっていくよりは、よっぽどましでしょう(安全にはかえられませんものね)。
ですがライアンもロビーも(わたしも)、ひとつだいじなことを忘れていました。マリエルは、まじゅつしなんです。そのかれが「ここからのぼりましょう」というのですから……、そう、またもやここで、魔法がとうじょうするというわけでした。さあ、こんどはいったい、どんな魔法なのでしょうか? わくわく。
「へいきだよ、ライスタ。のぼりやすさなんて、まったくかんけいがないから。」
「え?」マリエルの言葉にきょとんとするロビーとライアンのことをしりめに、マリエルは両手のひらをおへその前にかざして、ふたたび魔法の言葉をとなえはじめました。
「ふろーと、ふろーた、るー!」
マリエルのその言葉と同時に……、ふいーん! みんなの前に、かすかな音を立ててふわふわと浮かぶ、とうめいな魔法のえんばんがみっつ、あらわれたのです!
「さあ、乗ってください。だいじょうぶ、落っこちませんから。」
こ、これは! エリル・シャンディーンで乗った、あのエレベーターのえんばん、あれにそっくりです!
これは、ふわふわえんばんのじゅつ(そのまんまですが)。この魔法を使うと、上に乗ってのぼりおりすることのできる、べんりな魔法のえんばんを作り出すことができるのです。またしても、今の仲間たちには、うってつけですね! 魔法って、ほんとうにべんり!
「さあ、いいですか?」
マリエルが、(こわごわえんばんに乗っている)ロビーと(ほんとうに落ちないのか? その上でぴょんぴょんとびはねてたしかめている)ライアンのふたりにいいました。
「では、手すりにつかまってください。」
手すり? ロビーがそう思ったとき……、ふいいん! えんばんのふちから、えんばんを半分かこむようなかたちで、とうめいな魔法の手すりがあらわれたのです! へえ、これはいいですね! これなら、えんばんに乗るのになれていないロビーでも、安心です!(エリル・シャンディーンのえんばんエレベーターにも、手すりをつけてほしかった!)
「らい。」
マリエルの言葉と同時に、えんばんが、ふいーん! 音を立ててのぼっていきました!(「らい」というのは魔法の言葉で、「上にのぼれ」というような意味です。魔法を使うときにはふつうの言葉とはちがう、とくべつな言葉を使わなければなりませんでした。マリエルが魔法を使うときにも、そのへんてこな言葉を使っていますよね。ちなみに、おりるときには「りー」といいました。)これは、気分そうかいです。ふつうだったら、えっちらおっちら。くろうしてのぼっていかなければならないようながけでも、これならすいすい! あっというまに百五十フィート以上もあるがけをのぼりきり、その上の道まで、みんなはたどりついてしまいました!(ほんとうにべんりなえんばんですよね。でもこのえんばんにも、けってんはありました。まずこのえんばんは、上下だったら三百フィートくらいまでのきょりをいどうすることができましたが、横へのいどうは、せいぜい五フィートくらいまでしか動かせなかったのです。ですからななめにのぼっているがけでは、このえんばんは使えません。こんかいのように、まっすぐに切り立ったがけだからこそ、このえんばんエレベーターが使えたというわけでした。
そのほかにも、「いちどえんばんからおりてしまうと、そのえんばんは消えてしまう」とか、「時間が五分たったら消えてしまう」とか、いろいろなけってんがありましが、マリエルはそれらのけってんもすべてりかいした上で、この魔法を使いこなしていました。たぶんほかのじょうけんの場合だったら、そのじょうけんにぴったりあう魔法を、マリエルは使ったことでしょう。マリエルはやっぱり、すばらしくゆうしゅうなまじゅつしだったのです。ちょっと、こなまいきなところはありましたけど。)
がけの上は、広い道になっていました。大きな岩がごろごろところがっております。たくさんの岩山がここからまだ上へとつづいていましたが、マリエルのいうことには、リズの住んでいるところはその岩山の中にひとつだけぽつんとつき出た、小さな岩の広場の上なのだということでした。
ガウバウのほえ声は、していませんでした。がけの下ではずいぶんときこえていましたが、どうやらガウバウたちのいないところに、みんなはのぼってくることができたようです。
「リズの家は、こっちです。もう、すぐそこですよ。」
マリエルの言葉に、ロビーはほっと胸をなでおろしました。やっと、リズのところにいけるのです。どうやらぶじに、たどりつくことができそうだ。ロビーはそう思いました。
ロビーははやる気持ちをおさえながら、急ぎ足でマリエルのあとにつづきました。横にいるライアンが手を頭のうしろにくみながら、「それにしてもさ、なにも、こんなところに住まなくたっていいじゃんねえ。」とぶーぶーもんくをいいはじめます。
リズのところへは、もうすぐです。
でも……、みんなはこのまま、すんなりとゴールまでいくことはできませんでした(やっぱり……)。
「どうやら、れんちゅうもほんきみたいですよ。」
「え?」とつぜんのマリエルのその言葉に、安心していたロビーも、のんきにしていたライアンも、きょとんとしていいました。
「やっぱりあれだけじゃ、ものたりなかったみたいですね。」
ま、まさか……!
そのまさか! マリエルの言葉に、おそるおそる道のさきをながめたロビーとライアンが、見たものは……!
「え、ええーっ!」
「ごごがががああー! ぐるがががああー! ぐががががああー!」
で、出たー! ガウバウガウバウ、またガウバウ! それはまわり中をうめつくす、おそろしいガウバウたちの大集団だったのです!(がけの上ではガウバウのほえ声がきこえませんでしたので、もうだいじょうぶかと思っていましたが、それは相手をゆだんさせておびきよせようという、ガウバウたちの作戦だったのです! なんと頭のいいけものたちなのでしょう! しかもガウバウたちはみずからのそんざいを相手にさとられないために、わざと心の中をまっ白にして、かんぜんにけはいをたつことまでできました! ガウバウたちがロビーのとくべつな力のことを知っていたわけではないでしょうが、このためロビーも、かれらのその悪だくみに気がつくことができなかったのです。ほんとうにおそろしいけものたちです!)
がけの上を見ればガウバウ、ふりかえってみればガウバウ、あーもう、書いててうっとうしいくらいにガウバウです! ノランべつどう隊は、今やすっかり、このガウバウたちにかこまれてしまっていました! さあ、どうする、ノランべつどう隊!
「ここは、ぼくにもかつやくさせてもらうよ、マリー!」
ライアンが飛び出しました! さっきは出番がくる前にマリエルに全部いいところを持っていかれてしまいましたので、そのおかえしをしようというのです。
「待って、ライスタ。相手が多すぎる。ふたりで協力していこう。」
いわれて、ライアンがふみとどまりました。
「ぼくが前をやる。ライスタはうしろだ。背中あわせでいくぞ。」マリエルがそういって、ライアンの前に進み出ます。
「のぞむところじゃない!」ライアンが「ふふっ。」と笑って、マリエルのうしろにつきました。背中と背中をぴったりあわせて、前とうしろ、両方からこうげきしようというのです(ふたりばらばらにこうげきするより、この方がすきもなく、敵をいっぺんにこうげきできるというわけでした。さすがマリエルです)。
「ああ、ロビーさん。申しわけないですが、こんかいもロビーさんの出番はありませんよ。」マリエルがつえをかまえていいました。
「ロビー。ちょっとそこで、おとなしく待っててよね!」ライアンが両手を前にかざして、精霊の力を集めながらつづけました(その前にライアンは、すばやくかばんの中から火を起こすための小ばこを取り出して、油のびんの口に火をつけ、それを地面に投げつけていました。ライアンの前には今、小さなほのおのはしらが立ちのぼっていたのです。こ、これってつまり……?)。
「う、うん!」ロビーは腰の剣をぬいて、すこしはなれたところに立って、身がまえます(もうかくす必要がありませんでしたので、ガウバウたちのかぎりない悪意に反応して、剣はまっ青に光っていました)。ロビーはいざとなったらこの剣で戦うつもりでしたが、はたして、この剣の出番はあるのでしょうか?(主人公なのに出番がないというのはちょっとさみしい気もしますが、ロビーは、戦いがせんもんの主人公というわけではないのです。読者のみなさんも、ロビーの力はほんらい戦いにむけられるようなものではないということは、もうわかってますよね。ここはいっしょに、ふたりのちびっ子たちの戦いを見守ることにしましょう。まあ、ライアンもほんとうは、戦いがせんもんというわけではないはずですが……)
「うしろは、まかせてだいじょうぶなんだろうね? ライスタ。」マリエルが、つえをふりかざしていいました。
「いうまでもないことだよ。ぼくのほんき、見せてあげるよ!」ライアンが、「ふふん!」と鼻をならしてこたえました。
どっちも自信まんまん。そしてへらず口。おそらくこのアークランドでも、こんなにも強いちびっ子たちというのも、ほかにいないことでしょう。そのちびっ子たちが、ふたりで協力! ともにほんきを出して、戦おうとしていたのです。なんてごうかなシチュエーション! こんな場面は、めったに見られるようなものではありません。読者のみなさん。みなさんは今まさに、そんなきちょうなたいけんをしようとしているのです!
それは、いっしゅんのあいだのできごとでした!
「マリエルの、アドバンスド・まじかるブレイク! ぴんがる、ぺんがる……」(ステップ一~二。)
「精霊たちよ! われのといかけにこたえたまえ! ラ、イ、アーン……」
ばりばりばりばり……! す、すごいエネルギー!
「くろー!」(きめポーズ。)
「ハリケーン!」
ぴかっ! ごろごろごろごろ! がっしゃあーん!
びゅびゅびゅううううー! どどどどどおーん!
………………。
…………。
……。
それから、しばらくして……。
「ごほっ、ごほっ!」
あたりに立ちこめるまっ白なけむりに、ロビーはたまらず、せきこんでしまいました。岩のくずれるぱらぱらという音が、そこら中にひびいております。いったいなにが起こったというのでしょう? それすらもロビーには、よくわかりませんでした。
やがてそのけむりの中に、ふたりの人影があらわれました。ふたりとも手を前にかざして、しゃんと立ちつくしていたのです。それはもちろん、われらがライアンとマリエルの、そのふたりのちびっ子たちでした!
「ライアン! マリエルくん!」
ロビーが思わず、さけびました。
「だいじょうぶ?」
そのロビーのといかけに、ライアンとマリエルのふたりは「ふう。」と息をついて、そしてしばらくたってからようやくこたえました。
「だいじょうぶって、なんのこと? やだなあ、ロビー。ぼくを、だれだと思ってるの?」ライアンがあいかわらずのいい方で、自信たっぷりにそういいます。
「すいません、ロビーさん。ちょっとぼくも、ほんきを出してしまいました。はんせいしなくては。」マリエルがぺこりと頭を下げて、れいぎ正しくいいました。
そしてロビーは、しだいに晴れてゆくその白いけむりのむこうに、おどろきの光景を見たのです。
さっきまで、まわりにたくさんあったはずの岩たち。それらがすべて、こなごなにくだけて、あたりにばらばらにちらばっていました。がけの岩かべもがらがらとくずれ、あちこちにやけこげたあとがついております。そしてさっきといちばん変わったこと。それはあれほどたくさんいたガウバウたちが、もはや一ぴき残らず、いなくなっているということでした!
ガウバウたちがどうなったのか? それはもう、おわかりですよね。かれらはこのふたりのちびっ子たちのほんきのパワーの前に、白はたこうさん! 文字通りしっぽをまいて、「きゃいんきゃいん!」と一ぴき残らず逃げ出していったのです!(全部で百ぴき以上はいたはずですが、それらが全部逃げ出したのです! すごい!
このときマリエルが使った魔法は、上位いなずまのじゅつ。その名もサンダー・ドラグーン! いなずまでできたりゅうが、敵をなぎはらうのです。これはいなずまのじゅつをあやつるマリエルの、とっておきの大魔法でした。
そしてライアンが使ったのは風の精霊のたつまきでしたが、その大きさもいりょくも、今までわたしたちが見てきたものよりも、だんちがいのしろものでした。ロザムンディアのまちの門を吹き飛ばした、あのあっとう的なパワー。あのときのパワーよりも、さらにその上をいっていたのです。つまりライアンは、ふたつの精霊の力をあわせるという、シープロンドでかたくきんしされているそのわざを、ここでも使ってしまったというわけでした。風と火、そしておまけに土の精霊の力まで、みんなまとめてたたきつけたのです。しかもこんかいは、手かげんする必要もありませんでしたので、全力で! まさに、ほんきの力! ライアンはまだまだ、こんなおそろしい力をひめていたんですね。う~ん、なんておそろしい……。
ちなみに、ライアンはマリエルに負けじと、このひっさつわざに名まえをつけました。その名もライアン・ハリケーン! まさしくその名まえの通り。おそろしいわざです。)
すべてをりかいしたロビーは、もうぽかーん! あいた口もふさがりません。もう、すごいとかなんとか、なにもいうことすらできませんでした。
「あ、ああ、そうなんだ。」ロビーはそういって、「は、は。」とひきつって笑いました。
「け、けががなくて、なによりだね。」ロビーはもう、それしかいうことができませんでした。
「それにしても、ライスタ、きみも、けっこうやるね。見なおしたよ。」マリエルがライアンに、そう声をかけました。
「マリーこそ、やるじゃない。ぼくと同じくらい強いって、みとめるよ。まあ、でも、リア先生にくらべたら、まだまだかな。」ライアンもマリエルにそういって、かえしてみせました(いい方はすなおじゃありませんでしたが、ライアンがこれほどほかの人の強さをみとめるというのは、めったにないことです。それほど、マリエルの力をみとめていました)。
そして、まだその手に(光の消えた)剣をにぎりしめたままで立ちつくすロビーのことをよそに、ふたりのちびっ子たちは、おたがいの右手を頭上にかかげて、ぱちん! ハイタッチをしてけんとうをたたえあいました。
「よっし!」
そよりと吹くつめたい風が、ほほをくすぐっていきました。じこくは、シルフのこくげん。午後の九時をまわったくらいでした。
すこしばかり、雲がふえてきました。その雲の切れまに、星がきらきらとかがやいております。その星の光は、きぼうの光のように思えました。これからはじまる、おそろしい戦い。このアークランドの運命をきめる、さけることのできない戦いが、この星の光のもとではじまろうとしていたのです。
「すこしくらい、休まれてはどうだ? からだが持たんぞ。」
うしろから、声がしました。見ると、うす茶色の衣服を着た若い女の人がひとり、こちらへとむかってやってくるところでした。長く美しい、こがね色のかみ。あんず色の、いんしょう的なひとみ。それはベーカーランドの白の騎兵師団の隊長、ライラ・アシュロイでした(かみをほどき、よろいも着ていませんでしたので、だいぶいんしょうがちがって見えました。今のかっこうのかのじょを見たかぎりでは、ほんとうに、ふつうの女の子にしか見えません。ちょっと、目つきはするどいですが)。
「お心づかい、かたじけない。もう、もどります。」
そういってぺこりと頭を下げたのは、白の騎兵師団のもうひとりの隊長、ベルグエルムでした。そう、ここはベーカーランドのふたつのとりでのうちのひとつ、べゼロインのとりで。その見晴らし台の上だったのです。
ライラはそのまま、ベルグエルムの横に立って、かなたの地を見つめました。いだいなる、ティーンディーンの流れ。その流れのとちゅうとちゅうに、ベーカーランドのくにの塔やたてものが、見て取れます。大河はやがて、かなたのやみの中へと消えていました。そのさきには、もうひとつのとりで、リュインのとりでがあるのです。
「リュインの者たちが、どうしているのか? 気がかりではあるな。」
ライラがいいました。
「はい。」
ベルグエルムがこたえます。
ライラには、ベルグエルムの心の中はすべてお見通しのようでした。リュインの大勢の者たち。ハミールのおとうと、レイミール。リストール・グラントしきかん。かれらが今、どうしているのか? ここにいる者たちには、なにも知るすべはなかったのです(このべゼロインのとりでからも、ひそかにリュインとりでにていさつ隊をむかわせましたが、リュインとりでの守りはかたく、とりでの中のようすや、とりでの者たちがどうなったのか? ということまでは、なにも知ることができなかったのです)。
自分たちのことを敵の目から遠ざけるため、南への道を進んでいった、ハミールとキエリフ、レシリアにルースアン。かれらのことも気がかりでした。
そしてなにより。さいごの旅へと出かけた、ロビーのこと。ベルグエルムの心の中は、今さまざまな思いで、いっぱいだったのです。
「ベルグエルムどの。」ライラがつづけました。「そなたの歩んできた道は、つらく、重いものだったな。だが、そなたがすべて、かかえこまなくてもよいのだぞ。」
「え……」
思いがけないライラの言葉。ベルグエルムはすこしおどろいて、ライラの方を見ました。
ライラはそんなベルグエルムのひとみを見て、おだやかにほほ笑みながらいいました。
「しきかんとて、人だ。ひとりですべて、かいけつできるというものではない。そなたは、がんばりすぎる。ときには、弱音をはいてもいいではないか。」
「ライラどの……」
ベルグエルムが、ふるえる声でいいました。
祖国レドンホールのめつぼう……。やみにとらわれたムンドベルク王……。かれらレドンホールのはい色ウルファたちは、このベーカーランドにのがれてからも、そのおそろしすぎるじじつにずっと立ちむかってきたのです。とくにベルグエルムは、そのいちばん先頭に立って、ほかのウルファの仲間たちのことをはげましていかなければなりませんでした。そして、白の騎兵師団の隊長という、重いせきにん。しきかんが、兵士の前で弱音をはくことなどできません。でもほんとうは、ベルグエルムの心は、今にも張りさけそうなほどにつらかったのです。
それでも。ベルグエルムはおしつぶされてしまいそうなそのおそろしい運命の中で、弱音をはくことなく、りんと立ちつづけてきました。そうもとめられてきました。
心のおく底にあふれた、つらい思い。重なりつづけた思い。それらの思いを、ベルグエルムはずっと、胸の中にとじこめつづけてきました。わたしが弱音をはいてなどいられない。かれらをみちびいてゆかなくては。かれらをささえ、はげましてゆかなくては。ベルグエルムはつねに、自分にいいきかせてきたのです。それらの思いがあったからこそ、友のフェリアルにも、ロビーにも、ライアンにも、胸のおく底にしまいこんだ、その心の弱い部分を、見せるわけにはいきませんでした。
「そなたには、たくさんの仲間がいる。」ふたたび、ライラがつづけます。「仲間とは、ともにささえあい、はげましあうものだ。自分の弱さをさらけ出し、仲間に助けをもとめることも、また、たいせつなことなのではないか?」
「ライラどの……」ベルグエルムはライラのひとみを見すえながら、こたえました。
「かたじけない……」
ベルグエルムはそういって、ライラに深々と頭を下げました。ずっと胸のおくにしまいこんでいた思いが、どんどんとこみあげてくるかのようでした。
ほんとうの強さとは、みずからの弱さを知り、それをみとめることなのです。すなおな心で、仲間と助けあうことなのです。
おそろしい、黒の軍勢とのさいごの戦い。
その戦いのはじまる、その前に。ベルグエルムの心は晴れ渡りました。
「仲間のために、われらのできることをやろう。それが、われらのつとめ。もどってきた者たちのことを、胸を張って出むかえられるようにな。」ライラが、ベルグエルムのうでに手をおいて、いいました。
「はい。」ベルグエルムはライラのその手を取って、力強くそれにこたえました。その胸に、もうなにも、まよいなどはありませんでした。
ロビーどの、わたしは、わたしのつとめを、せいいっぱい果たします。どうか、ごぶじで……。
ライアン、マリエル。ロビーどののことを、よろしくたのむぞ。
ベルグエルムは空をあおぎ、はなれた地にいる仲間たちに、そう思いを飛ばしました。
「さあ、今は、休まれよ。敵は、いつやってくるとも、知れぬぞ。」
そしてベルグエルムとライラのふたりは、ふたたび、とりでの中へともどっていきました。
次回予告。
「おうおう、これまたずいぶんと、集まりよったわい。」
「……バリアー、やっつけるです……」
「おのれーっ! ワットめーっ!」
「そんな……、こんなことが……」
第20章「黒の軍勢きたる」につづきます。