ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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21、アップルキントのラグリーン

 「いよいよ、動きよったか。」

 

 はるか見下ろすさきにそびえる、ひとつのとりで。茶色の石をつみ上げてつくられたその大きなとりでのことを見つめながら、ひとりの老人がつぶやきました。

 

 そのとりでのかべには、たくさんの大きなたいまつがかかげられていました。じこくは夜。空には雲の切れまに、星がきらめいております。たいまつのほのおが、とりでとそのまわりの地面を、ゆらゆらとてらしていました。そのあかりで、はじめてわかったこと。それはとりでのかべが、あちこちくずれているということです。さらに見れば、入り口の門も半分こわれていて、おうきゅうしょちとして、大きな板がなんまいもうちつけられてなおしてありました。かべには、やけこげたあとがいくつもついております。とりでのまわりの地面は、ふみ荒らされ、赤茶けた土がむざんにもむき出しになっていました。

 

 これらすべてのことが、物語っていること。それはひとつでした。このとりでで、ごくさいきん、戦いがおこなわれたということなのです。ということは、ここは……?

 

 いえ、このとりでは、べゼロインとりでではありません。べゼロインのとりでは、エリル・シャンディーンと同じ、海の色のまじった白い石でつくられていたのです。このとりでのかべは、茶色。となると、このとりでがどこだか? みなさんにはもうおわかりかと思います。

 

 ごくさいきん戦いがおこなわれたばかりの、もうひとつのとりで。そう、ここはベーカーランドのそのふたつのとりでのうちのひとつ、リュインのとりででした(このリュインとりでにはこの近くの山でとれた、とてもじょうぶな石が使われていました。そのためエリル・シャンディーンやべゼロインとりでとは、ちがう色をしていたのです)。

 

 じこくは、べゼロインのとりでにワットの黒の軍勢がせめこむ、その数時間前(くわしい時間まではわかりません)。場所は、このもうひとつのとりでのことを見下ろす、小高い山の上。今その場所に、ひとりの老人がひとつの岩の上にあぐらをかいて、すわっていました。顔は、はい色のひげでもじゃもじゃ。顔の大きさよりもひげの方が大きいくらいです(サンタさんのような顔、といったらわかりやすいかもしれません。でもサンタさんよりもっとそのおひげはごわごわしていて、まるでたわしみたいなひげでした)。くりくりとした大きな目。ひげにかくれた大きな口。ずんぐりまがった大きな鼻。その顔をひとめ見ただけで、この老人がどんな人物か? わかってしまいそうなくらいでした。ごうかいで、だいたんで、がんこ。そして、こわいもの知らず。いかにもそんな感じの顔をしていたのです。

 

 でも、すいません。読者のみなさんにとっては、「しかしこの老人は、それらのいんしょうとはぜんぜんべつの、いがいなせいかくをしていて……」とつづけた方が、おもしろみがますというものですが、ざんねんながら、わたしもそうつづけるわけにはいかないのです。だってこの老人は、まったくもって、顔そのもの! ごうかいで、だいたんで、がんこ。そして、こわいもの知らず。そのまんまのせいかくでしたから!

 

 「まったく、ノランのやつも、やっかいなしごとをおしつけてくれるわな。」老人がつぶやきました。

 

 ノラン! この老人はあの大けんじゃノランの、知りあいのようなのです! いったい、この(岩のようにがんこそうな)老人はなに者なのでしょうか?

 

 「だーが、たまには、ええわい。ハウゼンくんにも、おんがえしせんとな。わしも、ひさしぶりに、うでがなるってもんだわ。のう、おまえたち。」老人はそういって、「がっはっは!」とごうかいに笑いました(まったくもって、顔そのままの笑い方です。すいません)。

 

 おまえたち? そして、ハウゼンくん?(この名まえ、どこかできいたような……)

 

 老人がそういうと、老人のうしろのやみの中で、ご、ごいん……! ぎゅ、ぎゅいん……! なんともおかしな音がなりひびきました。大きな歯ぐるまがからみあうような、岩と岩とがぶつかりあうような、今までにきいたことのないふしぎな音だったのです。そしてそのやみの中で……、なにかが動いているようでした! それも、ひとつやふたつではありません。あちらでも、こちらでも!

 

 老人はまんぞくそうに「ふんっ!」と鼻をならすと、おもむろに、すっく! と立ち上がりました(背はひくく、ずんぐりむっくり。まったくもって、この顔にはこのからだといった感じです。すいません)。そしてポケットからひとつのりんごを取り出して、それにがぶり! とかぶりつくと、(ごわごわしたひげにしたたるりんごのしるを手でぬぐい、りんごをがしがし、かんでから)老人はとりでの方をながめたまま、うしろのやみにむかっていったのです。

 

 「さあて、おまえたち! そろそろ、あそびに出かけるとしようかの!」

 

 ご、ごいーん! ぎゅ、ぎゅいーん! 

 

 老人の声にこたえて、やみの中でふたたび、ふしぎな音がひびき渡りました。

 

 

 

 べゼロインのとりでに、つぎつぎとワットの黒の軍勢の者たちがはいりこんでいきました。おそろしい魔女たちの(そしてアーザスの)考えた、ひれつきわまりないひきょうな作戦によって、今やこのとりでは、敵のものとなったのです(ここでひとつ、説明を加えておきます。べゼロインでおこなわれたいくさにおいて、ベーカーランドはやぶれました。ですがそれは、「とりででのいくさにやぶれてとりでがうばわれた」ということなのであって、ベーカーランドのくにそのものがやぶれたというわけではないのです。黒の軍勢は、これからこのべゼロインとりでからエリル・シャンディーンへとむかって、さいごの進軍をしてくることでしょう。このアークランドの運命をかけたさいごの戦いは、これからはじまるのです)。われらが仲間たち、ベーカーランドの仲間たちは今、黒のやみにとらわれたたくさんの仲間たちのことを、なん台もの大きな馬車に乗せて、べゼロインとりでからたいきゃくしていくところでした。ふしょうした者たちは、全部で六百五十八名。二十人ずつ乗せても、ぜんぜん馬車の数がたりません。かれらの手あてをおこなう仲間たちは、べゼロインとりでからすこしはなれた丘のふもとまで、ふしょうした者たちのことをなん回にも分けてすこしずつはこんでいきました(黒の軍勢の者たちは、ふしょうした者たちであっても、ようしゃなくとりでから追い出しました)。そこでエリル・シャンディーンからの助けを、待つことにしたのです。

 

 黒のやみにとらわれた者たちは、みんないしきを失って、眠ってしまっていました。ルクエールのいうことには、つぎに目がさめたとき、この者たちはあのレドンホールの黒ウルファの者たちのように、自分のこともなにもかも忘れた、影のような者になってしまうだろうということでした……。六百五十八名もの、ゆうかんなる者たち、みんながそうなってしまうのです。みんな友だちでした。仲間でした。ですが今は、なにも手のうちようもなかったのです……(かれらをもとにもどすためには、とくべつなちりょうが必要とのことでした。ですがそのちりょうの方法は、ベーカーランドのきゅうていまじゅつし長であるルクエール・フォートにさえ、今はわからなかったのです。この力は、やみの力。光の魔法をあやつるまじゅつしたちには、手にあまる力でした)。

 

 手あてをおこなう仲間たちは、みな、つかれきっていて、口をひらく者もありませんでした。遠まきに見える、べゼロインのとりで。さっきまで、自分たちがあそこで、いきようようとかつやくしていたのです。それがわずか数十分のあいだに、こんなにも、立場がぎゃくてんしてしまうとは……。

 

 うすいぬのをただしいただけの、寒空の地面の上に、そのまま横たえられているたくさんの仲間たち……。なんてかなしい光景なのでしょう……。 

 

 ひとりはなれた場所に、ライラが立っていました。ベルグエルムとフェリアルは、ずっと、ふしょうした仲間たちのそばにつきそって、ひとりひとりのその手を静かににぎりしめていました。ライラは、きっ、と口をむすんで、なにもいわず、かなたに見えるそのべゼロインとりでのことをただ見つめていました。そのひとみには、とりでの上にかかげられた、ワットのくにの黒いはたぬのの影がうつっていました。それだけではありません。そのはたぬののとなりには、あのおそろしいディルバグのかいぶつがいっぴき、いたのです。そして、そのディルバグの背に乗っていたのは……。

 

 まっ黒なよろいを着た、敵のしきかん。この戦いのしきをとっていた、そのしきかんでした。遠くはなれた場所からでも、はっきりとわかる、そのあざやかなこがね色のかみ……。そう、それはまさしく、ディルバグの黒騎士隊のしきかん、そしてライラのお兄さん、ガランドー・アシュロイだったのです。

 

 たいまつのほのおの中に、ガランドーのすがたがうつし出されていました。ガランドーは、まっすぐ身動きもせずに、こちらを見つめていました。そのひとみにうつっていたのは、横たわるたくさんの者たちでも、三人のきゅうていまじゅつしたちでも、ベルグエルムでもフェリアルでもありませんでした。ガランドーのそのひとみには、ただひとり、立ちつくすベーカーランドのこがね色のかみのしきかん、ライラ・アシュロイだけがうつっていたのです。

 

 ライラも、ガランドーのしせんを感じ取っていました。目と目のあった、兄といもうと。ですがライラは、ただこぶしをにぎりしめ、なにもいわずに立ちつくしているだけでした。

 

 かのじょのその心の中には、今どんな思いがあふれているのでしょう? ガランドーのその心の中には、今どんな思いがあふれているのでしょう? 

 

 ふたりのその思いは、まじわることなく、ただただ、この夜の寒空の中へと消えていくのみでした。 

 

 

 

 「クルッポー! クルッポー! 起キロー! 起キロー!」

 

 とつぜん、家の中にかん高いさけび声がひびき渡りました。こ、この声は……?

 

 「クルッポー! クルッポー! 起キロッタラ、起キロ! 起キロッテ、イッテンダロ! コノヤロー!」

 

 こ、この口ぎたない言葉……、わたしもみなさんも、ひさしぶりにききましたね。そう、これははぐくみの森の入り口で野宿をしたときにライアンが使っていた、あのはとのクルッポーの目ざまし時計だったのです(夜のかいぶつのいせきでは、ベルグエルムとフェリアルのことをさがすのにも、大かつやくしてくれましたよね)。  

 

 「ライアン、起きて。もう、出かける時間だよ。」

 

 そういってライアンのからだをゆさゆさとゆさぶっているのは、ロビーでした。じこくは、羽うさぎのこくげん、朝の六時ころです(ちなみに、ロビーはライアンを起こす前に、クルッポーの目ざまし時計のスイッチをちゃんととめておきました。そうしないと、このままクルッポーのこうげきが、ライアンにようしゃなくくり出されますので……)。

 

 「う~ん……、あと、ちょっとだけ待ってて……。ぼく、三十びょうで、このケーキ、みんな食べちゃうから……」ライアンが、寝ぼけたままでこたえます(ライアンは今、夢の中でとく大のチョコレートケーキにまるごとかぶりつくところでした。これを三十びょうで食べきれるのは、ライアンだけでしょう……)。

 

 「まだ起きないのか、まったく。」マリエルが、じまんのさらさらのかみにねんいりにブラシをいれながら、あきれていいました。マリエルは、もうすっかり旅の身じたくをすませて、あとはもう出かけるのみとなっていたのです(ちなみに、マリエルの今日の衣しょうは、白とこんのツートンカラーにきいろのふち取りがいんしょう的な、かわいい服とかわいいズボンでした。それに胸もとには、同じきいろのかわいいスカーフをむすんでいたのです。コーディネートもばっちり! でもたぶんこの服も、今日の午後には着がえているでしょうが……)。

 

 「しょうがない。もう、すぐに出かけなければなりませんから、ぼくの魔法で起こしますよ。」

 

 今日いちばんのマリエルの魔法、さっそくのごとうじょうのようです! さあ、どんな魔法なのでしょうか? ねむけが吹っ飛ぶ、おめめぱっちりのじゅつでしょうか? それともちょっとらんぼうに、びりびりしょっくのじゅつとかで、ごういんに起こすのでしょうか?(あ、このふたつの魔法はわたしがかってに考えたもので、じっさいにはありませんよ、たぶん。

 ちなみに、家のまわりに張りめぐらせていたふうせんのふくろうたちには、さいわいなことに、その出番はありませんでした。ガウバウたちにも、この小屋にいるのがとんでもなくおそろしい人たちなのだということが、よくわかったのです。)

 

 マリエルは、小さな声でなにかをささやいたあと、ライアンのそばにそっと近よっていって……。

 

 「ふーっ!」

 

 その耳に息を吹きかけました! ええっ?

 

 「うわわわっ! な、なになにっ?」ライアンがびっくりして、飛び起きます。どうやら、こうかてきめんだったようです。

 

 「起きた? ほら、もういくよ。早く、したくしなよ。」マリエルが、たしなめるようにいいました。

 

 「はわわわわ……」ライアンは、全身の力がぬけてしまって、なんだかかゆいような、くすぐったいような、なんともいえない気持ちで、ベッドからようやく起き出しました(けいけんされた方もいるかもしれませんが、耳にふーっと息を吹きかけられると、ライアンみたいに、なんともいえない、へにゃっとした、くすぐったい気分になってしまうのです。寝ぼけているときにやられたら、やっぱりびっくりして、飛び起きてしまうことでしょう。おみみふーふーのじゅつという名まえでしたが、じつはこのわざは、魔法の力がはいっていることにははいっていましたが、ちゃんとした魔法ではありません。マリエルが、かってに作ったのです。寝ぼけている相手をびっくりさせて起こすといったこうかがありましたので、今使ったというわけでしたが……、はっきりいって、これはただの悪ふざけにすぎませんでした。

 ちなみに、マリエルは、これでもし起きないようなら、ライアンのほほをひっぱたいて起こすつもりでしたが。こんなことに、ちゃんとした魔法の力を使いたくありませんでしたので)。 

 

 

 そとは、ぴーん! とした、山のつめたい空気が張りつめていました。おひさまは、まだのぼっていません。おてんきは、うすぐもり。東の空がすこしずつ、明るくなっていこうとしているころでした。

 

 またたいへんないちにちが、これからはじまろうとしていました。そして今日のこの日は……、ロビーたち、そしてアークランドの人たちにとって、ずっと忘れることのできない、大きな大きないちにちとなるのです。

 

 「うわわっ、寒ーい! やっぱ、山の上らから、寒いよー。」

 

 起きたばっかりで、ろくに身じたくもせずに出発することになったライアンが、さっそくぐちをこぼしはじめました(その口には、エリル・シャンディーンのお城で仕入れてきた、クリームネクタールフルーツというくだものの味のぼうつきキャンディーがいっぽん、くわえられていました。

 ちなみに、ライアンは着がえをぜんぜん持ってきていませんでしたので、マリエルにズボンだけをかりて、いぜんの半ズボンからそれにはきかえていたのです。やっぱりライアンも、半ズボンでは寒いということが、よくわかりましたから……。半ズボンすがたもかわいかったので、ちょっともったいないような気もしますけどね)。

 

 「しばらくは、がまんして。えっと、じゃあ、まずは、この岩山からおりないといけないね。また、魔法のえんばんでおりるのかな?」

 

 ロビーが岩山のふちをのぞきこみながら、マリエルにいいました。ですがマリエルは、あごをなでながら、ただ「う~ん……」とうなっているばかりだったのです。どうしたの?

 

 「そのことなんですが……、今日はもう、とにかく、のんびりしているわけにはいかないんです。すこしでも、時間をだいじにしないと。ですから、ちょっと、らんぼうな手を使わないといけません。」

 

 「ら、らんぼうな手?」ロビーがおっかなびっくり、たずねます。な、なんかわたしも、いやーなよかんがするんですけど……。

 

 「あそこに、岩山がありますよね?」

 

 マリエルが、むこうにそびえているそのとがった岩山のことをゆびさしながら、いいました。

 

 「まず、あそこのてっぺんまでいきます。それからまた、そのむこうの岩山のてっぺんまでいきます。見えますか? それをくりかえしていけば、下から歩いていくより、ずっと早くいけますから。これは、さいごのしゅだんでしたが、時間がないのでしかたありません。」

 

 えっ、と……? 下の道を歩かずに、岩山のてっぺんから、岩山のてっぺんへ? たしかに、そんなことができるのなら、地道に歩いていくよりもずっと早くいけるでしょうが、いくらマリエルがゆうしゅうなまじゅつしだといっても、ほんとうにそんなことができるのでしょうか? まさか、しゅんかんいどうでワープしていく! というわけでもないでしょうし……。

 

 「あそこの岩山ったって、ずいぶん遠いよ? 空飛ぶ魔法のじゅつ、とか? そんらの、きいたことらいけど。」ライアンがマリエルにいいました。

 

 「れも、それがれきたら、楽しいだろうね。」ライアンがつづけて、ロビーにそういいます。

 

 「うん。空が飛べたらいいね。いぜん、フログルさんたちのボートでは、ひどい目にあったから。」ロビーがこたえました。

 

 フログルたちの、ケロケロボート! ぴょっこ~ん! と大ジャンプして、道なき道をいっぺんに進めたのはよかったのですが、そのけっか、ロビーたちがひどい目(ひどい乗りものよい)にあったのは、みなさんもよくおぼえていますよね。でもまさか、あんなひどい目(ひどいジャンプよい)には、もうあわないでしょう。

 

 「ぼくはもう、あんなのにどとごめんだよ! あれに乗るくらいなら、ぜったい歩いてく!」ライアンもひどいたいけんをよみがえらせて、ぶるる! とふるえながらいいました。

 

 さて、いったいマリエルは、どんな魔法を使うというのでしょうか? でもまあ、今までもマリエルの魔法はすごくやくに立ってくれたものばかりでしたから、みんなもそんなに深く考えずに、ここはマリエルにまかせたというわけだったのです。

 

 「じゃあ、すいませんが、ロビーさん。これで、ぼくと、からだをむすんでおいてください。ねんのためです。ライスタも、しっかりむすんでおいてよ。」

 

 そういってマリエルがふたりに手渡したのは、いっぽんのじょうぶなロープでした。こ、これで、からだをむすぶ? なんだかやっぱり、ものすごくいやなよかんが……。

 

 でも、ここはほかに、しようがありません。ロビーとライアンのふたりは、いわれるままに、そのロープを自分の腰にむすび、そしてそのはしを、マリエルの腰にむすびました。

 

 「できたけど、これで、どうするの?」ライアンがたずねます。

 

 「じぇっとこーく・すくりゅーのじゅつ、っていう魔法でね。あつかうのは、かなりむずかしいんだけど、まあ、そこは、ゆうしゅうなぼくだから、問題はないんだけど。」マリエルがこたえました。

 

 「じまんはいいから! 早く教えてよ!」ライアンがせっつきます。

 

 「あの岩山のてっぺんまで、魔法のレールをひきます。そこからあいだをあけずに、つぎの岩山のてっぺんまでレールをひきます。そのレールの上を、トロッコですべっていくんです。まあ、いうのはかんたんなんですが、問題は、ちょっと、スピードがはやいってことかな。」

 

 「は、はやいって、どのくらい?」マリエルの言葉に、ロビーが心配げにたずねました。

 

 「いえ、落っこちたりしませんから、安心してください。せいぜい、馬で走る、ばいくらいのはやさですから。」

 

 「ええっ! そ、それって、すごいスピードなんじゃ……」ロビーがいいましたが、マリエルはもう、岩山のふちに立って、魔法の言葉をとなえはじめております。

 

 「こうなったら、かくごをきめるしかないね。」ライアンが、ロビーの腰をぽんとたたきながら、いいました。

 

 そして……。

 

 

 「まじかる・すくりゅー! るーぱる、ろーぱる、すろー!」

 

 

 マリエルのその言葉とともに……、ふおおおん! 青くかがやくとうめいな魔法のトロッコが、三人のからだのまわりを、しっかりと取りかこんだのです! ちゃんといすもあって、前の席にマリエルが、うしろの席にロビーとライアンが、すわれるようになっていました。へえ、これはすごい! そう思ったのも、つかのま……。

 

 「それじゃ、しっかりつかまっててくださいよ。あれごる! れでゅー!」

 

 マリエルが魔法の言葉をさけぶと、目の前に、同じく青に光りかがやく、魔法のレールがのびていきました! そしてみんなの乗ったトロッコは、きゅきゅきゅきゅきゅー! うしろのしゃりんを思いっきりスピンさせてから、そのレールの上を……、ひゃん! はじめっから、全そくりょく! ロビーの影をおいてけぼりにしていってしまいそうなくらいのもうスピードで、走り出したのです!(ど、どこが、馬で走るばいくらいのはやさなの! ぜったい、もっとはやいよ、これ!)

 

 

 「ぎゃあああ~!」

 

 

 ああ、やっぱり、思った通りでしたね……。こんなときに感じるいやなよかんというものは、いつでもてきちゅうしてしまうものなのです……(ちなみに、さけび声はロビーです。ライアンはひとこと、「ぎゃ。」といったきり、もう放心じょうたい! さけび声も出せませんでしたので)。

 

 その、はやいことはやいこと! まわりの景色があっというまに、うしろへとすっ飛んでいきます! そしてさいしょの岩山が、もうせまってきてしまって……。

 

 「あれごる! れでゅー!」マリエルがさけぶと、そのつぎの岩山にむかって、また新しいレールがぎゅいいーん! のびていきました! そして魔法のトロッコは、ぐいいん、ひゃんん! スピードをまったく落とすことなく、つぎの岩山へとむかってむきを変えて、さらにつき進んでいったのです!

 

 

 「ぎゃ……、あー……、あああー! あー……、……」

 

 

 もしあなたが、さいしょの岩山のそのてっぺんに立っていたとしたら、ロビーのひめいはこのようにきこえたことでしょう。まず遠くからひめいがきこえはじめて、あっというまに目の前をつうか、そしていっしゅんのうちに、ひめいも去っていくのです。う~ん、かわいそうなロビー……(エリル・シャンディーンのエスカレーターやエレベーターに乗った場面からでもおわかりのように、ロビーはこういう乗りものが大のにがてだったのです。しかもつぎつぎと越えていく岩山の高さは、みんな同じじゃありませんでしたから、ぐいーん! 急にのぼったり、こんどは、がくん! 急こうかしたり……。まさにコークスクリュー! またひとつ、ロビーのいやな思いでがふえてしまいましたね……)。

 

 それからなん回、マリエルの「あれごる! れでゅー!」がつづいたのでしょうか?(つまりいくつの岩山を越えたのでしょうか? ということです。)

 

 「さあ、つきましたよ。ここからなら、アップルキントまでは、そんなにかかりませんから。」

 

 マリエルがそういって、(ようやく)魔法のトロッコを消しました。ですけどロビーとライアンの耳には、そのマリエルの声も、ほとんどとどいてはいなかったのです。ふたりはそのまま、ず……、ずずず……、いすにすわったしせいのまま、くずれていって、ぺしゃん! 地面にへたりこんでしまいました。

 

 「ど、どうしたんですか? ふたりとも。」マリエルがびっくりした顔をして、ロビーとライアンのことを見ました。どうやら、魔法を使うことがあたりまえになっているマリエルにとっては、このていどのはやさで空中をかけぬけていくなんてことは、ぜんぜんなんでもないことのようだったのです。ですけどロビーとライアンにとっては、そうはいきませんよね。なにしろ、もし落っこちたなら、ならくの底へまっさかさま!そんな空中を魔法のトロッコで、もうスピードで、のぼったりおりたり、かけぬけさせられましたから! これにはさすがのライアンでさえも、しんぞうばくばく! ロビーにいたっては、さけびすぎてのどをからして、やっとたどりついた地面の上で、ばたんきゅー! そのまま白目をむいて、ちがう世界へとはいりこんでいってしまいました……(いえ、まだ生きていますから、ご安心を。かろうじてですが……)。

 

 「ちょっと、はやかったですか? だいじょうぶだと思ったんですけど、すいません。ライスタ、だいじょうぶ?」マリエルがいいましたが、ライアンが、やっとひとこと、こうこたえるのでせいいっぱいでした。

 

 「あのね、マリー……、つぎからは、もっといろいろ、説明してからにしてね……」

 

 

 とにかくこうして、マリエルのたのもしい(?)魔法のおかげで、ノランべつどう隊のみんなはラグリーンたちの里のあるそのすぐ近くの山道にまで、たどりつくことができたのです。マリエルのいうことには、ここから一マイルもいかない場所に、ラグリーンたちの里、アップルキントがあるということでした。リズの家からアップルキントまでは、八マイルだといっていましたから、つまりみんなはあのトロッコで、空中を七マイルも走ったのです! すばらしいショートカットにはちがいありませんでしたが、かわいそうなロビーとライアン……(ところで、こんなにすごい、じぇっとこーく・すくりゅーのじゅつでしたが、やはり魔法でしたから、よいところだけではなかったのです(はやすぎてスピードのちょうせつがきかないというのも、もちろん問題のひとつでしたが……)。この魔法は、四ぶんの一マイルまでの魔法のレールしか出せませんでした。ですからこんかいのように長いきょりをいちどにかけぬけようと思ったら、四ぶんの一マイルごとに魔法をかけなおして、新しいレールをつぎたさなくてはならなかったのです。そのためマリエルは、なんどもなんども魔法をかけなおして、ここまでたどりついたというわけでした。なんと、二十八回もレールをつぎたしたのです。

 

 そしてこの魔法は、まさにコークスクリューのように、「空中」をかけぬけていかなければならない魔法だったということ。レールのはじまりと終わり、それぞれ十フィートまでは、かたい地面の上(こんかいは岩山のてっぺんでしたが)にふれてもよかったのですが、レールの「とちゅう」は、まわり二十フィート内の空間になにか物体があったりすると、そのレールは力を失って消えてしまいました。ですから地面の上には、レールをひくことができなかったのです。

 

 そのほか、「レールのかたちはほとんどまっすぐでなければならず、五フィート以上はねじまげられない」とか、「さいていでも四回(一マイル)以上はレールをつなげつづけられるところでないと、使うことができない」とか、「いちど使ってしまったら、二十四時間たたないとふたたび使えるようにならない」とか、いろいろ。

 

 この魔法はべんりな魔法であるのと同時に、とてもふべんな魔法でもありました。この魔法をうまく使いこなすことができたのは、この場所が高く切り立った岩山がいくつもつき出た、けわしい山道だったからこそなのです。マリエルは、まわりのじょうけん、魔法のじょうけん、そういうところをこんかいもよくはあくして、この魔法を使いました。こんな魔法をいつも使うことができたのなら、旅もぜんぜん、らくに進めましたけど、やっぱりそういうぐあいにはいかなかったのです。魔法を使うというのも、けっこうたいへんなんですね)。

 

 なにはともあれ。仲間たちはすぐに、ラグリーンの里まで進まなくてはなりません(その前に、ロビーを生きかえらせなくてはいけませんね。いちおうマリエルもせきにんを感じて、もりもりふぁいとのじゅつという魔法を、ロビーに三回もかけてあげたのです。この魔法をかけると、げんきが出るとのことでしたが……、今のロビーには、あんまりききめがないようでした……。かけないよりは、ましですけど)。みんなは、マリエルは、すたすた、ライアンは、ふらふら、ロビーはそのライアンにささえられたうえで、とぼとぼ……、アップルキントへとつづくさいごの山道へとむかって、その歩みをふみしめていきました(残り一マイルは、こーくすくりゅーの魔法では進むことのできないところでした。このあたりは小さな岩山がたくさんならんでいたため、魔法のレールを出すとその岩山にレールのとちゅうのまわりの空間がふれてしまって、レールが消えてしまうのです。ですからマリエルは、こーくすくりゅーの魔法でいけるぎりぎりのこの場所で、魔法をといたというわけでした。

 

 そしてここからの道のりは、岩ばかりの切り立ったがけの道がつづきました。そのためきょりは一マイルでも、みんなはこの道のりに、けっこう時間をくってしまったのです。時間にして、五十分くらいでしょうか? そしてこの道のりがあったからこそ、マリエルはきのうのうちにさきへ進むのをやめておいて、リズの家にとまることにしたというわけでした。いくらここにくるまでの道のりをこーくすくりゅーの魔法でかせげるとしても、そのあとのこの道のりを進むのは、ロビーたちには体力的にもむりがあるし、危険であるとはんだんしたのです(しかもこの場所には夜になると、ウィルオーウィスプとよばれる、魔法をまったく受けつけない、こわーいひとだまおばけがあらわれるのです。ですからマリエルは、それをふまえた上でも、この場所を夜に進むのはやめておきました)。

 

 そしてさきにここまでこーくすくりゅーの魔法できておいて、ここで野宿をするというのも、やはりやめておきました。それはこのあたりの岩山には、(さきほど説明したひとだまおばけもふくめ)やはり空を飛ぶギルディや、そのほかの危険な生きものたちなどが、たくさんいたからだったのです。こんなところで野宿をするのは、いくら魔法の力の守りを使ったとしても危険であると、マリエルははんだんしたというわけでした。もっとも、こーくすくりゅーの魔法でここまでやってくるのにかかる時間は、わずかに十分ほどでしたけどね。それならばやっぱり、リズのおうちでゆっくり休んだ方がいいでしょう。

 

 ちなみに、南東のトンネルにむかうための道のりは、こーくすくりゅーの魔法を使えるじょうけんの場所がほとんどなかったため、とちゅういちばんこうりつのいいところでこの魔法を使ったとしても、トンネルまでいくためには、かなりの時間がかかってしまうという道のりだったのです。こんかいのアップルキントまでの道のりの中で、いきなりマリエルがこーくすくりゅーの魔法を使ったのは、そこがぐうぜん、いちばんこの魔法を使うのに、こうりつがよかったからでした。この魔法で七マイルものきょりをかせげたのも、この道のりがこーくすくりゅーの魔法を使うのに、それだけてきしていたからこそだったのです。以上、こまかい説明、終わり)。

 

 そしてみんなは、その危険な岩の道をぬけ、つづくさいごの道にまでたどりついたのです。

 

 

 東の空に、おひさまがのぼってくるころでした。あたりはだいぶ、明るくなってきております。そのやわらかな朝の光につつまれて、あたりの岩山は、ほわほわとしたやわらかなぬのがかけられているかのように、おだやかに、やさしく、かがやいていました。

 

 この場所はガウバウたちのいたがけの道や、危険な生きものたちのすみかであったさきほどまでの岩の道とは、あきらかにちがっていました。岩の色は、あたたかなきいろ。そしてその岩に、たくさんの植物が生いしげっていたのです(ちょうどシープロンドへとつづく山道にも、にた感じでした。これはアップルキントがとてもすてきな場所であるということを、物語っていたのです。すてきな場所に近づいていくと、だんだんと、あたりのようすもすてきになっていく。わかりやすくていいですね)。岩かべのみどりの葉のあいだにさく、きいろや赤や白の、かわいらしい小さなお花たち。ですが、ふらふらのロビーとライアンには、まだまだそんなことを気にかけているよゆうもありません。さきほどの岩の道から、かれらはいっぽいっぽ、ふみしめるように、うつむきながら、マリエルのあとをくっついていくのでせいいっぱいでした(さぞかし、長い道のりだったことでしょうね……)。

 

 そしてついに……。

 

 目の前が急に、ぱあっとひらけました。みんなはようやく、めざすラグリーンたちの里、アップルキントへとやってきたのです!(やーっとついたよ、まったく。ライアンのかわりにいっておきますね。)

 

 そこはまさに、らくえんのようなところでした。もうひと目で、それがわかるのです。冬も近いこのきせつだというのに、地面はいちめん、青々としたしばふにおおわれていました。同じく、あざやかな葉っぱをしげらせた、いきいきとした木々たち。その木々にはオレンジのような木の実や、ほそ長いさやえんどう豆のような木の実が、あふれるほどみのっていたのです(じっさいあふれて、地面にたくさんこぼれ落ちていました)。地面にはたくさんの「大きさが一フィートほどの、白くてふわふわした、まるいわた毛のようなもの」が、あっちへころころ、こっちへふわふわと、動きまわっていました。これはその通り、毛玉草という草のわた毛で、このわた毛の中にこの草のたねがはいっていて、それをわた毛ごと風に乗せて、遠くまではこべるようになっていたのです(たんぽぽのわた毛ににていますね)。

 

 このようなしばふのらくえんが、それぞれちょっとした広場となってあちこちにあって、それらがまるで空中に浮かぶひとつひとつの島のように、上にも下にも、見渡すかぎりに広がっていました(じっさい、いくつかの島は地面からはなれて、ぷかぷかと空中をただよっていました! エリル・シャンディーンのまちの空に浮かぶ島は、魔法で浮かんでいるわけでしたが、こんどはいったい、どういうしくみになっているのでしょう? 

 あとでしらべたところによりますと、じつはこの島は、島全体が、ふわふわ草という草がからみあってできているのだということで、この草が島そのものを、ちゅうに浮かべているのだということでした。ふしぎな草があるものですね!)。そしてこの里全体は、背のひくいたくさんの岩山にすっかりかこまれていて、それらの岩山が、この場所をまったくもってかくれ里とよぶのにふさわしい場所へと、変えていたのです(岩山にまわりをぐるりとかこまれた谷の中に、しばふのだんだんばたけが広がっているところをそうぞうしてもらえれば、この里のイメージに近いと思います)。その光景には、ふらふらのロビーとライアンもすっかり感心して、そこでふたりは、ようやくきちんと目がさめたくらいでした。

 

 と、そこにとつぜん……。

 

 

   びゅうっ! 

 

 

 頭の上に、なにかがふってきたような、風を切る音がひびきました。ロビーとライアンが、なにかと思って見上げると……。

 

 

 「こらあーっ! 逃げるにゃあー!」

 

 

 見上げた場所ではなく、地面の方から、子どものような声がきこえました(これはつまり、声のぬしが空からジャンプしておりてきて、ロビーとライアンが上をむいたそのわずかなあいだに、もうすでに地面へとおり立っていたということなのです。それほど、この声のぬしはすばやいのでした)。こ、この「にゃ」という言葉づかいは!

 

 ロビーとライアンが、あわててこんどは、しせんを下におろすと……。しばふのさきに、大きさが二フィートほどのすばやく逃げるきいろいボールがひとつと、そしてそれを追っかけている、つばさの生えたねこの種族の者がひとり、いるのが目に飛びこんできたのです。それはまさしく、このかくれ里に住む、知る人もすくない空飛ぶねこの種族、ラグリーンの者にほかなりませんでした。

 

 そのラグリーンはきいろいボールを追っかけて、あっというまに、むこうの島にまですっ飛んでいってしまいました(ちなみに、このボールはその通り、「毛玉草きいろバージョン」とよばれている草で、ふつうの白い毛玉よりばいほども大きいのでした。そしてこのきいろい毛玉は、まるで自分の意志を持っているかのように、どんどん逃げるのです。う~ん、ふしぎです)。ロビーとライアンが、ぽかーんとして、そのラグリーンが消えていった方をながめていると……。

 

 

   びゅうっ! 

 

 

 また、さっきの風を切る音です! そして、ふたりがその方をむくよりもさきに……。

 

 

 「あれえー? ひょっとしてー、お客さんかにゃー?」

 

 

 ふたりのうしろから、とつぜん声がしました! びっくりしてふりむくと、今さっきむこうの島のかなたに消えていったはずのそのラグリーン種族の者が、かれらの目の前に立っていたのです! な、なんてすばやいんでしょう!

 

 そのラグリーンは、身長四フィートほど。ラグリーンの中では小さい方です。それもそのはず。このラグリーンはまだ、八さいくらいの子どもでした。ちなみに、男の子です。とってもかわいらしい、あいきょうのある顔。くりくりとした、ぱっちりのおめめ。ふわふわくりん! とくせのついた、茶色のかみの毛(いわゆる、ねこっ毛というやつです。ねこの種族ですから)。頭の上にぴょこんと乗っている、大きなふたつのねこ耳。くねくねと動く、長ーいしっぽ。どれを取っても、ねこそのもの!(ねこの種族ですから。)そしてラグリーンのさいだいのとくちょうである、その背中の大きな羽。ややこがね色のまじった白い羽がふたつ、きれいにおりたたまれて、その背中を美しくかざっていました。

 

 「あれえー? お兄ちゃん、リスレファンニャおねえちゃんにょ、お友だちだねえー?」ラグリーンの男の子がいいました(「にょ」は「の」のことです)。どうやらマリエルのことを見て、そういっているようです。

 

 「リスレファンナおねえちゃん?」マリエルが思わず、たずねました(「ニャ」は「ナ」となるわけです)。

 

 「そんな人に、知りあいはいないよ? だれかと、まちがえてない?」

 

 マリエルがいいましたが、ラグリーンの男の子はゆびを口にくわえて、首をかしげていいました。

 

 「あれえー? ふしぎふしぎ。おかしいにゃあー。まあ、いっかあー。」

 

 男の子はそういうと、とつぜんぺこりと頭を下げて、三人のお客さんたちにいいました。

 

 「ぼくは、リュキアっていうにょ。お兄ちゃんたち、里長さんに、ごよう?」

 

 さとちょう、つまりこの里をおさめている、いちばんえらい人のことです。村でいえば、村長さんといったところですね。

 

 「うん、ぼくは、マリエル。こちらは、ロビーさん。そして、こっちがライスタ。」マリエルがみんなのことをしょうかいします。

 

 「ライスタって、しょうかいしないでよ! ぼくは、ライアンだってば!」ライアンがぷんぷん怒っていいました。

 

 「あれえー? マリエルさんって、やっぱり、前にきた人だねえー。じゃあ、やっぱり、おねえちゃんにょお友だちじゃにゃーい。」リュキアという男の子が、マリエルにそういいました。でもやっぱり、マリエルにはぜんぜん、心あたりがありません。

 

 「そのおねえちゃんってのが、だれだか? ぼくにはわからないな。あとで、しょうかいしてくれる? 前に会った人なのかもしれない。名まえをおぼえていなかったのかな? ぼくの頭なら、忘れるはずがないんだけど。」マリエルがさりげなく、じまんをいれます(うしろでライアンが、「んべっ!」と舌を出していましたが)。

 

 「まあいいや。とにかく今は、里長さんに会いたいんだけど。あんないしてくれるかな?」

 

 マリエルのその言葉に、リュキアはにっこり笑っていいました。

 

 「いいよ! こっち!」

 

 

 それからみんなはリュキアにあんないされて、里長さんの家がある、その大きな木のある広場までやってきました(ところで、この里はラグリーンむけに作られておりましたから、みんなはひとつの広場からつぎの広場までいくのに、けっこうくろうしました。なにしろそれぞれの広場は、みんなひとつずつが島のようになっていましたから、つぎの広場にいくためには、よいしょよいしょ! わきにつくられたお客さん用のかいだんを、のぼったりおりたりしていかなければならなかったのです。ラグリーンたちなら、ぴょーん! とジャンプしたり、羽でふわふわ飛んだりして、かんたんにいどうできましたが、ロビーたちは、そうはいきませんでしたから。

 

 ですからみんなは、さいしょはちゃんと、かいだんを使っていどうしていましたが、そのうち、めんどうになって……、いえ、時間のせつやくのために、ふたたびマリエルの魔法をたよることにしました。ふわふわえんばんのじゅつ、それと「ふわふわえんばんのじゅつ・ななめバージョン」などを使って、みんなは島から島へ。里長さんの家のあるこの広場まで、たどりついたというわけだったのです。う~ん、やっぱりまじゅつしがいると、らくだなあ。っていうか、ふわふわえんばんのじゅつって、ななめバージョンがあったんですね……)。そして里長さんの家は、その大きな木の上につくられていたのです(いわゆるツリーハウスというやつです。それの大きいものでした)。カルモトの家のある、あのとんでもないほどの大きさのルイーズの木とくらべたら小さいですが、それはあの木と、くらべたらの話。この里長さんの家がある木も、ふええ……、と見上げてしまうくらい、大きくてりっぱな木でした。

 

 その木が生えているところは、この広場のまん中でした(この里のまん中でもありました)。そして広場のそれいがいのところは、いちめんのはたけになっていたのです。うえられていたのは、なんともふしぎな作物でした。まるで、巨大なねこじゃらし! 地面から生えたくきの上に、人の背たけほどもある、みどり色のふさふさしたねこじゃらしみたいなかたまりが、のびていたのです。その名も、おっきいじゃらし! これは食べるのではなく、その実をほしてかんそうさせたものをくだいて、おふとんやクッションの中にいれたり、そのまま火をもやすねんりょうにしたりして、使うのです(にぎりこぶしくらいの大きさの実ひとつで、だいたい四時間くらいもえているのだそうです)。また、ラグリーンたちは食べませんでしたが、この実をこなにしたものをねってパンのようにしたものは、かれらのかっている鳥ややぎたちの、大好物でした(そしてその鳥のお肉や、やぎのミルクやチーズが、ラグリーンたちの大好物だったのです)。いろいろと、やくに立つ植物なんですね。

 

 ですがこの場所にきたロビーとライアンは、それらのことよりもなによりも、まずまっさきにおどろきの光景をまのあたりにしました。大きな木が立っているということや、巨大なねこじゃらしみたいな作物がうえられているなんてことは、それにくらべたら、ぜんぜんたいした問題ではなかったのです。では、そのおどろきの光景とは……?(びっくりするものをいちばんさいごに説明するという、わたしがよくやるパターンですね。すいません。)

 

 里長さんの家がある、その大きな木。その木のまわり。葉っぱやえだのまわり。その空中に、たくさんの生きたお魚さんたちが、むれをなしておよいでいました! ええっ! いったい、どうなってるの?

 

 空中を、生きた魚がおよいでいる。こんなの見たことありません!(エリル・シャンディーンのお城のホールで、魚のかたちをしたちょうこくが空中を魔法でただよっているのは、見たことがありましたが、こっちは生きた、ほんものの魚だったのです!)じつはこれこそ、アップルキント名物、空中お魚ばたけ! なんとこの木のまわりでは、まるで水の中にいるかのように、魚たちが自由におよぎまわることができました。魚たちは、ふつうの魚たちでした。そしてこの木も、大きいということをのぞけば、いたってふつうの木だったのです。では、なぜ? 

 

 ひみつは、この木の根もとの地面にあり。この木の根もとは、まわりをぐるりとさくでかこわれていましたが、そのさくの中の地面にしきつめられている土は、水の女神のせいなるみずうみの底から取った、魔法の土でした。この土の上では、たとえそこが地面の上であったとしても、魚たちは女神の力によって、水の中と同じように、空中で暮らすことができたのです! なんとも、しんぴ的な力ですね!

 

 そして魚たちが、こんなにたくさんここにいるわけ。それはすぐにわかりますよね。ラグリーンたちは、ねこの種族。そしてねこの大好物はといえば? そう、お魚です!ここは里長さんの家でもあり、そして同時に、ラグリーンたちの大好物の食べもの、お魚を育てている、いわば「ようしょく場」だったというわけでした。

 

 これでこの里が、ラグリーンたちのらくえんとよばれているりゆうが、おわかりいただけたかと思います。おひさまさんさんの光の下に、逃げまわるわた毛ボール。ねこじゃらし。そしてお魚さんたちがいっぱい。みんな、ねこの大好物ばっかりじゃありませんか! ねこの種族のラグリーンたちにとって、まさにここは、らくえんそのものだったのです(大好きなものにかこまれたせいかつ。いや、うらやましいかぎりです)。

 

 さて、おどろくのはこのくらいにしておいて……、そろそろ里長さんのおうちにおじゃますることにしましょう(ちなみに、おどろいているのはロビーとライアンの、ふたりだけでした。マリエルはいぜんにここへきて、この空飛ぶ魚たちのことも見たことがありましたので、「あいかわらず、すてきな景色だね。」とリュキアと話していただけだったのです)。

 

 ふいいん! 

 

 ふたたび、マリエルのえんばんエレベーターです(さすがにこれだけ使ってしまうと、もう、しんせん味がうすれちゃいましたね)。みんなはエレベーターに乗って、里長さんの家のそのげんかんの前まで、のぼってきました(ちなみに、里長さんの家はエレベーターを三回のぼったところにありましたが、一回のぼったところと二回のぼったところにも、同じような木のおうちがたっていました。ですからロビーとライアンは、それらのおうちが里長さんの家なのだと思って、二回ともそこにはいろうとしましたが、一けん目のきれいな家は、魚たちのせわをしているかんり人さんふうふのおうちで、二けん目のかざりけのない家は、里長さんの家のそうこでした。まぎらわしい!)。

 

 「くんくん。里長さんち、今日にょ朝ごはんは、お魚フライだあ。おいしそーだにゃー。」リュキアが鼻をくんくんかいで、思わずよだれをたらしながら、いいました(それはいいから、早くあんないしてね)。

 

 と、そのとき……。

 

 「おや? リュキアくんじゃありませんか。なにか用ですか? おや? その人たちは?」

 

 里長さんの家の入り口から、かわでできたチョッキを着た、三人の人たちが出てきたのです。その人たちのことを見て、ロビーもライアンも、またびっくり! とうぜん、ラグリーンの里長さんの家でしたから、そこにいる人たちもみんな、ラグリーンなんだとばっかり思っていましたが、なんとその人たちは、ねこではなくて、ねずみ! ねずみの種族の人たちでした! どういうこと?

 

 あとでマリエルからきいた話なのですが、このねずみの種族の人たちはラットニアという種族の人たちで、ラットニアはここからさらに山のおくに分けいった、かくれ里に、ひっそりと住んでいる種族なのだということでした。ですからラグリーンたちと同じく、アークランドの人たちでこのラットニアたちのことを知っている者は、ごくわずかだったのです。そのねずみの種族の人たちが、なぜ、ねこの種族のラグリーンの、里長さんの家にいるのかというと……、それは、むかしむかしのあるできごとが、きっかけなのだということでした。

 

 むかしラグリーンとラットニアは、けんかばっかりしていた、仲の悪い種族たちだったのです。そのりゆうは、今でははっきりしていないということでした。なんでも、ラットニアの王さまがかっていたペットのねずみを、ラグリーンの王さまがかっていたペットのねこが、食べてしまったとかなんとか……。これがしんじつかどうかはわかりませんが、とにかくそういったわけで、このふたつの種族たちは、いつもあらそってばかりいたのです。

 

 そこにとうじょうしたのが、とあるひとりの、シルフィア種族の者! どんな方法を使ったのかはわかりませんが、とにかくラグリーンたちとラットニアたちは、そのおかげで、もとの通りの仲のよい種族たちにもどることができました。

 

 それからおたがいの種族の者たちは、それぞれの仲をこのさきもずっと、深めていこうと考えるようになりました(すばらしいことです)。そのひとつとして、おたがいの里から相手の里へ、友好のための大使を送ることにしたのです。それぞれの里のよいところを、おたがいにべんきょうしあい、分けあっていこうというのがそのもくてきでした。そして今、里長さんの家から出てきたこのねずみの種族のラットニアの者たちこそが、そのラットニアの里ロムルンガルドからの、大使たちだったというわけなのです(以上、説明終わり。では、つづきを)。

 

 「あにょねえー、お客さんだよ。マリエルさんに、ロビーイさんに、ライスターさん。」ラットニアたちの言葉に、リュキアがこたえました(「ほら、ライスタっておぼえちゃったじゃんか! マリーのせいだよ!」ライアンがマリエルに、ぷんぷん怒っていましたが。ついでに、ロビーのこともロビーイとなってしまったようですね)。

 

 「おお、これはこれは。」ラットニアのひとりが、うやうやしくおじぎをしてそれにこたえます。どうやらこの人たちは、とてもしんし的な、れいぎ正しいりっぱな人たちのようです。ちょうどベーカーランドの白の騎兵師団の、騎士たちのような感じでした(はじめてロビーのほらあなにやってきたときのベルグエルムとフェリアルも、こんな感じでしたよね)。

 

 ラットニアたちが、じこしょうかいをおこないます。

 

 「われわれは、ラットニアの里、ロムルンガルドからの大使であります。わたしは、だいひょうをつとめます、リーリングル・リマシリングルスタールと申す者。いご、お見知りおきを。」

 

 「わたしは、ランクランドール・ラルールットール。よろしく。」

 

 「同じく、プリンクポント・パルピンプルラックルです。よくおいでくださいました。」

 

 え、っと……、リーリン、グルさんと、ランランドーさん。パルピンプルプル……、ああ! ぜんぜんおぼえられません! なんでこんな、舌をかみそうな名まえばっかりなの? 

 

 (名まえのことは、とりあえずおいておいて……)かれらのあいさつに、マリエルが同じくれいぎ正しくおじぎをして、こたえてかえしました(ちなみに、マリエルもかれらに会うのはこれがはじめてでした。いぜんここへきたときには、いずれもラットニアの大使たちは、くにへ帰っていたときだったのです。大使たちはいちねんの半分ずつを、おたがいの里でそれぞれすごしました。それに大使たちも十数人はおりましたので、いつも同じ人がいるとはかぎらなかったのです。よりによって、こんなにふくざつな名まえの人たちばっかりがきてしまうとは!)。 

 

 「ぼくは、マリエル・フィアンリー。エリル・シャンディーンからの使いです。こちらにいらっしゃるロビーさんに、道をしめすことが、ぼくのつとめなのです。ここに、リズ・クリスメイディンという男がきているでしょう? そのことで、ぜひ、里長さんのお力をおかりしたいのですが。」

 

 その言葉をきくと、ラットニアたちは急におたがいの顔を見あわせて、なにやらもごもごと話しはじめました。「知らないみたいだぞ。」とか、「われらから伝えていいものか。」とか。いったい、なんのことなのでしょう?

 

 しばらくして、ラットニアたちはマリエルの方をむいてこたえました。

 

 「そうでしたか。リズ……、さんでしたら、今、たきのみずうみに出かけているはずです。どなたか、ラグリーンの方に、あんないをお願いしましょう。」

 

 と、そのとき……。

 

 家の中から、ひとりのラグリーンの男の人が出てきました。ねんれいは、四十だいのなかばくらいでしょうか?(ちょうどアルマーク王と同じくらいでした。)身長は、ロビーよりもちょっとひくいくらい。からだはとてもほそく、すらっとしていましたが、がっちりとひきしまっていて、力強い感じがします。長いねこっ毛をうしろでひとつにたばねていて、それを前に持ってきて、胸の上にたらしていました。すべてを見通すかのような、するどい目。まるでけんじゃのようなたたずまい。ひとめでこのラグリーンの男の人が、すばらしい力を持ったゆうしゅうなるしどうしゃであるということが、知れました。そしてこの人物こそが、ロビーのさいごの旅において、なにものにもかえがたい、とても重要なやくわりを果たす人物となるのです。

 

 「おお……! ほんとうに……、ほんとうに、こにょときがやってきた……!」その人はロビーのことを見るなり、ふるえる声でそういいました(こんなにりっぱな感じの人でも、やっぱりラグリーンのしゃべり方です。かれらのしゃべり方は、読者のみなさんには、ちょっときき取りづらいかもしれませんが、わたしもありのままに伝えていきたいと思いますので、どうぞごかんべんを)。

 

 「こにょアークランドにょ、しれんにょとき……。精霊王さまにょ、よきにゃさった通りだ。」

 

 精霊王さまですって? これはなんだか、ただごとじゃない気がします!

 

 「ラフェルドラード里長、おひさしぶりです。」マリエルがぺこりとおじぎをして、あいさつしました。なるほど、この人が里長さんだったんですね。思っていたよりもずっと若いので、ちょっといがいでしたが(もっとおとしよりなのかと、かってにそうぞうしていましたが。はぐくみの森のランドン・ホップ村長や、フログルのわが家トーディアの、モラニス・レンブランド長老。どちらもだいぶ、おとしよりでしたから)。

 

 「精霊王さまの、よきとは? いったい、なんのことなのですか?」マリエルが、ラフェルドラード里長にたずねます。まあ、とうぜんのしつもんです。

 

 「うむ。」ラフェルドラード里長が、しっぽをからだの前にまわして、そのさきを手でなでながらこたえました(これが里長さんのくせのようでした)。

 

 「今から五年ほど前にょことだ。こにょアップルキントに、ふしぎにゃ客人がおとずれた。そにょ者は、精霊王さまにょ、使いだという。そして、そにょ者がいっしょにつれてきた、十さいにょウルファにょ少年。それこそが、きみなにょだ、ロビーベルク。わたしはきみを、はるかにゃ北にょ地へとはこぶように、たにょまれたにょだよ。」

 

 な、なんと! このアップルキントの里長、ラフェルドラードこそが、アークランドの北の地の森へとロビーのことをはこんだ、そのちょうほんにんだったのです! なんという、運命のめぐりあわせなのでしょう!(そのときのことを、ここですこし説明しておきます。ロビーはそのとき、イーフリープでのきおくを消され、北の地の森の入り口にはこばれるまでのあいだ、ずっと眠ったままでした。ですからロビーは、自分がどうやってその地までやってきたのか? わからなかったのです。ロビーはこのラグリーンの里長ラフェルドラードの背中に乗せられ、そのつばさの力をもって、空から北の地の森まではこばれていきました。

 

 目がさめたとき。ロビーはひとりぼっちでした。ロビーはそのまま、さそわれるように、目の前の森の中へと進んでいったのです。そしてさいごに、ロビーがたどりついたのは……、そう、かなしみの森とよばれる、さびしげな森の中の、うちすてられたほらあなでした。)

 

 ラフェルドラードがつづけます。

 

 「そして、精霊王さまにょ使いは、わたしにこういった。『こにょウルファにょ少年は、にょちに、たいへんにゃ運命にょ中へとふみこんでいくことににゃる。ラフェルドラードよ。わが、とにょぎみ、精霊王さまは、よきにゃされた。こにょ少年は、こにょさき、ふたたび、そにゃたにょ前にあらわれることとにゃるだろう。そして、そにょときこそ、こにょアークランドにょ、しれんにょとき。さいごにょ運命にょときを、むかえるときにゃにょだ』と。」

 

 ラフェルドラードの言葉に、マリエルは静かにうなずいてみせました。

 

 「そにょ……、いえ、その通りです、里長さん。このアークランドは今、運命のときをむかえています。まさに、いっこくをあらそうのです。」

 

 ロビーもライアンも、しんこくな顔をして、マリエルの言葉にこたえます。

 

 「そにゃたたちにょ、旅にょもくてきは、よくわかった。」ラフェルドラードはすべてをりかいしたかのように、そのひとみをとじていいました。

 

 「わたしは、精霊王さまより、すべてをたくされている。わたしは、わたしにょ運命に、したがうにょみだ。」

 

 そしてラフェルドラード里長は、ゆっくりとそのひとみをひらいて、ロビーにいったのです。

 

 「ロビーベルク。わたしは、もういちど、こにょつばさをもって、きみにょ手とにゃり、足とにゃろう。きみは精霊王さまにょところへいき、さいごにょ運命にょ力を手にする。そにょあときみは、さいごにょしれんにょ中へと、旅立たねばにゃらにゃい。それはもう、わかっているにゃ?」

 

 ロビーは静かに、ラフェルドラードの言葉にこたえました。

 

 「ラグリーンをだいひょうして、ロビーベルクよ。きみに、敬意にょ心をあらわす。わたしはきみを、ほこりに思う。ラグリーンは、持てるかぎりにょ力をもって、そにゃたたちに協力するだろう。」ラフェルドラードが静かにいいました。

 

 「あなた方の旅に、心からの敬意をひょうします。われらラットニアも、すべての力をもって、アークランドのためにつくしましょう。」三人のラットニアたちも、ラフェルドラードにつづいて、ロビーたちにあつい敬礼をおくりました(かれらラットニアたちは、こののち、南からのやばんな勢力が黒の軍勢に加勢するのを防ぐために、その南の守りのかなめとして、かつやくすることになるのです。そのかつやくの場面は、ざんねんながらこの物語の中では語られませんが、かれらのはたらきは、ほんとうに大きなものでした)。

 

 「まずは、リズ・クリスメイディンだったにゃ。」ラフェルドラードがいいました。「かにょ……、いや、かれは今、たきにょみずうみにいる。朝にょ日光よくに、出かけているところだ。使いにょ者に、あんにゃいをさせよう。」

 

 「それにゃら、ぼくがいくよー。」リュキアが、あいだにわってはいりました。「ぼくにゃら、よく、みずうみまで、あそびにいくもんー。」

 

 リュキアがそういうと、急にラフェルドラードがリュキアのことを手まねきして、それからふたりで、なにやら話しはじめました。「あにょことは、しゃべってはにゃらんぞ。」とか、「われらにょ、おんじんにょ意志だ。」とか。いったいさっきから、なんのことだというのでしょう? それに対してリュキアの方も、「ええー、にゃんでー。」とはじめはしぶっていましたが、やがて「わかった、へいきだってばー。」としょうちしたみたいでした。

 

 「こにょリュキア・リストネルが、そにゃたたちをあんにゃいする。たきにょみずうみは、こにょ岩山にょ、おくだ。」

 

 ラフェルドラードがそういって、うしろにそびえる岩山のことをゆびさしました。たきのみずうみというのは、その通り、たきのあるみずうみのことでした(すでになん回か名まえが出ていましたので、みなさんもちょっと、気になっていたことでしょうが)。なんでもみずうみのまん中にひとつの島があって、その島にある山から、いつまでもかれることのないたきが流れ落ちているというのです。ここからそう遠くないということでしたので、仲間たちはさっそく、ラグリーンの男の子リュキアのあんないで、リズのいるというそのみずうみへとむかうことにしました。

 

 「あ、そにょ前に!」急にリュキアがいいました。「里長さん、ごほうびに、今、魚にょフライちょーだい!」

 

 やれやれ……。ラフェルドラードはあきれたように、おくのだいどころからあげたての魚のフライを三びき持ってきて(自分の口にも、一ぴきくわえてきたようですが……)、リュキアにあげました。

 

 

 「さいごにょ旅にょ、道にょりにょことについては、おにょずとあきらかとにゃろう。」さいごにラフェルドラードが、旅立ってゆくロビーたちにいいました。「すべては、精霊王さまがみちびいてくださるはずだ。心配せずに、イーフリープへとむかわれるがよい。」(ノランもいっておりました通り、怒りの山脈へとむかうさいごの道のりのことについては、旅の者たちにとっては、すべて精霊王のみちびきにたくされていたわけでした。マリエルでさえも、ノランからその道のりのことについては、きかされてはいなかったのです。精霊王のもとへゆけば、それはおのずと、あきらかになるだろうと。) 

 

 その言葉に、ロビーは深くかんしゃして、ただ心のこもったみじかい言葉を、おくってかえすばかりだったのです。

 

 「ありがとうございます。ほんとうに、ありがとう。」

 

 

 みずうみまでは、たいしたきょりではありませんでした。岩山のあいだにつづくほそい道を、いちれつになって進んでいくと……、目の前に、なんとも気持ちのよい、すんだ水をたたえた大きなみずうみがあらわれたのです。

 

 「ここだよ!」リュキアが、うれしそうにいいました。

 

 そこはまさに、らくえんとよぶのにふさわしいところでした。アップルキントはねこの種族のラグリーンたちにとって、まさにらくえんでしたが、ここはラグリーンたちでなくたって、だれもが、らくえんだとみとめるはずです。みずうみから渡る、ここちのよい風。ささあー、とたなびく、美しく静かな水の音。そしてみずうみのほとりにさきみだれる、たくさんの花々。鳥の声……。ほんとうに、こんな場所はさがそうとしたって、なかなか見つかるというものではありません。まさに、しぜんの宝物。この場所はそんな言葉がぴったりとあう、しぜんからのすばらしいおくりものでした。

 

 ロビーとライアンはもちろんでしたが、マリエルも、この場所にきたことはありませんでした。マリエルがアップルキントにきたのは、じつは二回だけでしたので、このみずうみにくるきかいがまだなかったのです。

 

 そんなマリエルが、あたりをきょろきょろと見渡して、リズのことをさがしていると……。

 

 「あっ、あそこー。およいでたみたいだねえ。今、みずうみから、上がってきたよ。」リュキアがみずうみの右の方をゆびさしながら、いいました(こんなきせつにおよいでるの! とびっくりされるかもしれませんが、このみずうみの水は、じつはとってもあたたかいのです。さらにそもそも、この場所自体があたたかいのでした。このみずうみのまわりは、精霊の力がとても強いのです。風の精霊はこのあたりの空気を、植物や動物にやさしいあたたかなものにたもってくれておりましたし、水の精霊は同じく、このみずうみの水を、魚や水の生きものたちにやさしいあたたかなものに変えてくれていました。ですから、ふつうならまったくもって寒中水えい! というようなこのきせつでも、ここちよくおよぐことができたのです。そしてリズもまた、精霊の種族。リズはもともと、およぐのが好きでしたので、精霊の力のあふれるこのみずうみでおよぐのは、とっても気分がいいのでした)。

 

 ですがそれがこのあと、みんなにとってなんとも思いもかけないじたいをまねくことになろうとは、このときだれもが、よそうすらしていなかったのです。

 

 「あれえー? ああーっ! まいったにゃあー。」

 

 リュキアがとつぜんそういって、両手で目をおおいました。どうやら、みずうみから上がってきたリズのことを見たから、そういって目をおおったようです。いったいどうしたの? みんながそのリズの方を見てみると……。

 

 「ああーっ!」

 

 ロビーもライアンも、びっくりしてさけんでしまいました。ですがですが、だれよりもびっくりしてしまったのは、リズのことをよく知っている、マリエルだったのです。

 

 「え……? ええええーっ!」

 

 なんともマリエルらしからぬ、びっくりぎょうてんの声! それもそのはずでした。マリエルが見たもの、それは今までマリエルがいだいていた、リズに対する見かたを、まったくもってくつがえすものでしたから。

 

 みずうみから上がってきた、青いかみの若者。すらりと美しいそのからだには、まったくなんにも身につけられていませんでした。つまり、まっぱだかだったのです。でもそれだけでは、みんながこんなにおどろくことはありません。水着に着がえるのがめんどうで、はだかでおよぐ。いいかげんなリズならやりかねません。みんながおどろいたのは、そんなことではありませんでした。

 

 「ああーっ! マ、マリエルじゃんか! なんでここに!」

 

 リズがマリエルのさけび声に気がついて、こちらをむきました。あわてて、地面からひろい上げたタオルで、からだをかくします。ですがもう、おそいのでした。マリエルもロビーもライアンも、みんなが、リズのかくされたひみつに気がついてしまいましたから。

 

 リズ・クリスメイディン。シルフィア種族の青年で、エリル・シャンディーンのもと剣じゅつしなんやく。精霊王のトンネルをあけることのできる、ゆいいつの男……。ですがノランのその説明は、まちがっていました。ゆいいつの男……。ちがったのです! なんとなんと、リズは男ではありませんでした。女だったのです!(つまり男の人と女の人のひとめでわかるちがいを、みんなは見てしまいました。胸……、もありましたが、それよりもっと、はっきりとわかる方を……。あんまりはっきりいうとまずいので、このへんにしておきましょう。いわなくても、おわかりですよね?)

 

 「なんで、じゃないよ! ぼくの手紙も読みもしないで! それに、これってどういうこと! お、女だったの? ぼくを、だましてたのか!」

 

 マリエルが、怒りとおどろきと、もうなんともいえないふくざつな気持ちを、全部まとめてリズにぶつけました。その気持ちもわかりますよね。ずっと男だと思っていた友だちが、じつは女だったなんて、こんなにおどろくこともありませんもの。そしてさきほどからラフェルドラード里長やラットニアの大使たちがひそひそと話していたことも、これでわかったのです。リズは自分が女であるということを、ラグリーンたちには伝えていました。ですがノランやマリエルや、お城の人たちには、まだ話していなかったのです。女だということがばれると、いろいろとめんどうなことが起きそうだ、というのがそのりゆうでした(すでに自分がシルフィアだともらしてしまったことで、けっこうめんどうなことになっちゃってましたからね。それに男だと思われていた方が気らくだから、だまっておこう、というりゆうも大きかったのです)。

 

 ですからリズは、マリエルといっしょにアップルキントにきたとき、ラグリーンたちには「マリエルには自分が女だということをないしょにしていてくれ」とお願いしていました(そのお願いは、ラグリーンたちからラットニアたちにも伝えられました)。そしてリズは、シルフィア種族の者。シルフィアに大きなおんがあるラグリーンたち(とラットニアたち)は、リズのそのお願いを、かたく守ってきたというわけなのです(ですけどリュキアはまだ小さくて、そのことにあまり頭がまわっていませんでした。ですからはじめ、やってきたマリエルのことを見て、思わず「おねえちゃんのお友だち」といってしまったのです)。

 

 そしてもうひとつ。リズというのは男の人の名まえで、じつはこれは、リズが自分で考えてつけた名まえでした。リズのほんとうの名まえは、リスレファンナといいました。リスレファンナは、女の人の名まえ。ですからリズは、男の名まえであるリズという名まえを、ふだんは名のっていたというわけなのです(でもリュキアはリスレファンナという名まえの方しか知りませんでしたから、「リスレファンニャおねえちゃん」とよんでいたというわけでした。以上、説明終わり!)。

 

 

 さて、なぞがとけたところで、リズのいいわけをどうぞ。

 

 

 「い、いやさ、いつかは、いおうと思ってたんだよ。ついつい、それがのびちゃって、いいづらくなっちゃってさ。ほんと、だますつもりはなかったんだよ、うん。」

 

 ですがマリエルは、ぜんぜんなっとくしません。

 

 「そんないいわけが、通ると思ってんの! ぼくだけじゃなく、おししょうさままでだまして! いいかげんにも、ほどってものがあるんだから!」

 

 「いや、べつに、ノランのじいさんにまでいわなくてもいいじゃん。それにほら、べつに、女か? なんてきかれなかったし、問題ないだろ?」

 

 リズのあきれたいいわけに、マリエルはもうかんかんです!

 

 「問題あるよ! それに、おししょうさまにむかって、じいさんとはなんだ! もう、怒ったぞー!」

 

 マリエルの持っているつえのさきから、ばちばち! ときいろい火花が!(ライアンもいぜん、同じ目にあいましたよね。)さあたいへん! いったいリズは、どうなっちゃうんでしょうか?

 

 「ちょ、ちょっと待って! マリエルくん!」

 

 やっぱりここで、ロビーのとうじょうですね。こまったときの、ロビーだのみ!

 

 「べ、べつに、今のぼくたちにとっては、リズさんが、男か女か? なんてことは、そんなに重要なことじゃないんだし……、リズさんも、悪気があってのことじゃなかったみたいなんだから、もう、ゆるしてあげて。」ロビーがリズとマリエルのあいだにはいって、マリエルのことをせっとくしました。

 

 「そ、それに……」ロビーはそこまでいって、急に顔をまっ赤にそめてしまいます。

 

 「あ、あの、はじめまして、リズさん。ぼくは、ロビーです。それで、あの、できれば……、服を着てほしいんですけど……」

 

 そうでした! さっきからずっと、リズははだかんぼうのままなのです! しかもいいわけをしているあいだに、タオルがめくれて、ちらちら……。ロビーはすっかり、はずかしくなってしまったというわけでした。

 

 これにはマリエルも「むむむ……!」とうなって、ロビーの言葉にしたがうしかありません。よかった、とりあえずロビーのおかげで、この場はなんとかおちつきそうですね。ふう、やれやれ。

 

 

 さて、リズもすっかり服を着て、これでいっけんらくちゃく! とはまだいきそうにありませんが、とにかくひとだんらくです(ところで、リズが着がえているあいだ、みんなはもちろんうしろをむいていました)。

 

 服を着たリズは、ほんとうに男の人みたいでした。その美しい青いかみは、男の人みたいにみじかく切ってありましたし、服もズボンもブーツも、みんな男の人のものだったのです(これではみんな、リズのことを男だと思ってうたがわないのも、むりはありません。でも顔だけを見てみれば、とっても美しい顔立ちをしておりますし、女の人だといわれれば、みんなそうだと思うことでしょう。

 

 でもあらためていわれなければわからないというのも、またじじつでした。リズの顔は、男とも女ともどちらともつかない、そのあいだのような顔立ちをしていたのです。美人であることに、まちがいはありませんでしたが)。ですがひとつだけ、男の人の衣服ではつごうの悪いものがありました。それが、下着だったのです。いくら男のかっこうをしているリズでも、下着ばかりは女の人のものを身につけざるを得ませんでした。そう、リズの家にあった、ロビーの見つけたあの下着。そのしょうたいは、じつはそういうことだったのです(ロビーもわたしも、思わずとんでもないまちがったそうぞうをしてしまいましたが……、じじつがわかって、よかったよかった!)。

 

 「だいたい、なんでそんなかっこうしてるんだよ。ほんとうは、女のくせして!」マリエルがまだ、ふに落ちないといった顔をして、むくれていいました。「女だったら女らしく、ちゃんとしたかっこうができないの!」

 

 みなさんもごぞんじの通り、マリエルは自分が女の子だとまちがわれるのが、いちばんきらいです。ですからマリエルは、「女は女らしく」「男は男らしく」という、強いポリシーを持っていました(そのわりには、自分も女の子みたいにかわいい服を着ているような気が……)。

 

 「これは、おれのスタイルなの! だって、ひらひらのドレスなんか着てたら、動きづらいじゃんか。こっちの方が、らくでいいだろ。」リズが、はんろんします。リズにはリズの、ポリシーがあるようですね。

 

 「その、おれっていうのも、やめるべきだよ。その言葉使いに、そんなかっこうじゃ、だれだってだまされちゃうじゃんか。む、胸だって、ぺったんこなんだから。」マリエルがさらにいいかえしました。なるほど、まことに失礼ながら、マリエルのいう通り。リズの胸は、あんまりないというか……、その……、たしかに、ぺったんこだったのです(ご、ごめんなさい!)。

 

 「ぺったんこっていうな! これでも、すこしは、あるんだから! 見ろ!」そういってリズは、服をべろっ! とめくって、胸を見せようとしましたが……。

 

 「わわわーっ! ちょっと! 見せなくていいよ!」マリエルもロビーもライアンも、顔をまっ赤にそめて、大あわてでとめました(ふう、よかった。まったく、なんておそろしい)。

 

 

 さあ、「リズは女の子」問題については、そろそろけっちゃくをつけてもらって……、ほんらいの旅のもくてき、精霊王のトンネルをあけるという、その問題の方に取りかかってもらわなくてはいけませんね(あいかわらず、話がすんなりと進まないことが多いです)。

 

 みんなはここで、おたがいのことや旅のもくてきのことなどをぜんぜんリズに伝えていないということに、ようやく気がつきました。だってはじめから、とんでもないことばっかりつづいてしまいましたもの、頭の中がパニックになってしまったとしても、むりはありません(はじめての出会いがまるはだかで、しかも男かと思ったら女で……、なんて、もうめちゃくちゃでしたから)。とにかくみんなは、こうしてここに、(さんざんくろうしつつも)めざすリズ・クリスメイディンという人物のもとにたどりつき、そしてその重大な旅の内ようのことを、リズに伝えることができたのです(ちなみに、リズの名まえはほんとうはリスレファンナ・クリスメイディンなわけですが、ほんにんもリズとよんでもらいたがっておりましたので、これからも今まで通り、リズとよぶことにします。読者のみなさんも、その方がまぎらわしくなくていいですものね)。

 

 「なーるほどね。」

 

 旅のことについての話をきかされたリズが、うでをくみながらこたえました。

 

 「よくわかったよ。じゃあおれは、あの精霊王のトンネルを、あければいいってことだろ。かんたんじゃんか。」じつにリズらしい、あっけらかんとしたこたえです。

 

 「かんたんなことじゃないよ!」マリエルが怒っていいました。「ぼくたちには、もう、ぜんぜん時間がないんだから! さいごの戦いは、もう、すぐそこなんだぞ! 今日、はじまるかもしれないんだ!」

 

 これには、今までのんきにしていたリズも、さすがにたいどをあらためます。

 

 「だいたい、ぼくの手紙を読まないで、ほったらかしておくのが悪いんだよ! はじめから家にいてくれれば、こんなに遠まわりしないでもすんだんだから。」マリエルがつづけました。マリエルのいう通り、リズがきちんとマリエルの手紙を読んでさえいれば、今ごろは、いたってじゅんちょうに、精霊王のトンネルにむかってその歩みを進めていられたはずなのです。 

 

 「あ、あとで読もうと思ってたんだよ。忘れちゃってさ。で、でもさ、いくら、黒の軍勢っていったって、ベーカーランドには、ふたつのとりでがあるじゃないか。そんなにかんたんに、せめこんでこられないよ。」リズがいいました。ですがこのリズの言葉が、ますますマリエルのことを怒らせてしまったのです。

 

 「ふたつのとりでだって! そんなことまで知らないのか! リュインのとりでは、もう、黒の軍勢の手に落ちてしまったんだぞ! エリル・シャンディーンの守りは、今や、べゼロインのとりで、ひとつだけなんだから!」

 

 そう、リズはまだ、リュインのとりでが落ちたということを知りませんでした。そのことはもうとっくに、エリル・シャンディーンからのていきびんで、リズにはしらされているはずでしたのに。

 

 つまりリズのいいかげんさが、ここでも出てしまったというわけなのです。リズはエリル・シャンディーンからのその手紙を、まだ読んでいませんでした! あとで読もうと思って部屋のすみに放っておいたのを、すっかり忘れて、いまだにそのままというわけだったのです(ロビーたちがリズの家でさがしものをしているときにも、この手紙は発見されませんでした。なにしろ、たくさんの本や物の下に、すっかりうもれてしまっていましたから)。

 

 そして、読者のみなさんはもう知っていることですが、残るひとつのべゼロインのとりで。そのとりでも今やもう、黒の軍勢の手に落ちてしまっていました……。とりでが落ちたのは、今日の夜明け前。旅の中にあるマリエルたちがまだそのことを知らなかったのは、とうぜんのことだったのです(魔法のわざをくしすればマリエルたちにそのことを伝えることもできるでしょうが、マリエルもこの旅は、そうおうのかくごを持ってのぞんでいる旅でしたから、そんなにひんぱんにお城とれんらくを取りあうなどということは、考えにいれてはいなかったのです。このさいごのときにあたっては、たとえどんなことが起ころうとも、自分は自分の力のおよぶかぎり、さいぜんをつくすだけでしたから。

 

 ちなみに、マリエルの使っていたちょうちょおたよりのじゅつですが、この魔法はあらかじめさだめておいた、動かないとくていの地点にしか、手紙をとどけることができませんでした(リズの家の場合は、ポストの中が、その地点にされていました)。しかもそのきょりも、エリル・シャンディーンからリズの家までなどの、ひかく的近くのちいきまでだけにかぎられていたのです。ですからこのアークランド世界では、くにとくになどの遠くはなれたところとれんらくを取るためには、みなさんもごぞんじの、でんれいの鳥が使われることがいっぱん的でした。

 

 もっとも、アーザスが使っていてノランも使うことのできた、あの動物のからだを通して話しをするというわざなら、遠くの場所ともれんらくを取りあうことがかのうでしたが、これはほんとうに、このアークランドではアーザスのほかには大けんじゃノランくらいにしか使うことのできない、むずかしい魔法でした。それにノランも、つねにどこかの地をいそがしく動きまわっておりましたから、この魔法を使ってアルマーク王やマリエルをふくめ、ほかの者たちとれんらくを取りあうなどということも、していなかったのです。ノランはほんとうに、もっとも必要なときにもっとも必要なことだけをおこなうという、とてもとくべつな人物でした)。

 

 マリエルの言葉をきいて、リズの顔つきが急に変わりました。今までに見たことのないような、おどろきと怒りと不安がいりみだれているかのような、そんな表じょうになったのです。リュインとりでが落ちた。それをきけば、だれだっておどろくはずです。ですがリズの表じょうは、とてもそれだけではいいあらわせないような、ふくざつなものでした。なにがリズの中に、起こったというのでしょうか?

 

 「リュインが、落ちただって……!」リズがゆびさきをふるわせながら、いいました。

 

 「まさか、そんな。うそだろ?」

 

 リズはそういってマリエルのことを見ましたが、マリエルはきびしい顔をして、だまって首を横にふるばかりでした。リズはロビーとライアンの方も見ましたが、かれらもまた、ざんねんそうな顔をして、それにこたえるばかりだったのです。

 

 「そんな……。それじゃ、リストールは? リストールはどうなった? ぶじなのか?」

 

 リストール、それはノランが口にしていた、リュインのしきかんのことでした。リストール・グラント。ノランの言葉によれば、かれのそんざいはこのさいごの戦いのときにおいて、とても大きな意味を持つことになるだろうとのことでした。そのリストール・グラントの名まえが、今ここで、リズの口から飛び出したのです。リズとリストール。なにかとくべつなものでもあるのでしょうか? 

 

 「わからない。リュインの兵士たちも、みんなだ。」マリエルが、しんこくな顔をしてこたえます。

 

 「助け出そうにも、かんたんなことじゃない。敵の手に落ちたリュインの地から、ほりょたちを助け出すことは、とてもむずかしいことだからな。ノランおししょうさまも、そのことをあんじていたよ。」(マリエルの言葉の通り、敵の目に見張られたリュインの地からほりょたちのことを助け出すということは、かんたんなことではありませんでした。まずは、いくさでのルールです。いくさにやぶれて自国のとりでをうばわれたくには、そこから十四日以内のあいだは、ふたたびそのとりでを取りもどすためのいくさを相手国にしかけることはできない、というルールがきめられていました(このルールは、とりでを勝ち取ったくにに、そのとりでをさいていげんりようすることのできるけんりを与えるためのものでした)。このルールがあったため、リュインが落とされたとき、すぐさま兵をあげてとりでを取りもどしにむかうというようなことも、ベーカーランドにはできなかったのです(ちなみに、とりでをうばわれてから十四日以内でも、そのきかんの内にほかの場所での相手国とのいくさに勝つことができれば、もういちどそのとりでを取りもどすためのいくさを相手国にしかけることができるというルールもありました。ですがワットとのつづくいくさは、もはやべゼロインでの戦いのみでしたから、やはりベーカーランドの者たちには、すぐさまリュインを取りもどしにむかうようなことは、できなかったのです)。

 すくない人数で敵の目をくぐりぬけて、リュインとりでにひそかにふみこんでいくなどということも、とてもむりでした。シープロンのわざをくしすれば、敵に見つからないように、リュインの地を通りぬけるくらいのことはできるかもしれませんが、こんどはそれとは、わけがちがうのです。敵のしゅうけつする、そのただ中に、ふみこんでいこうというのですから。

 

 とらわれの者たちのことを助け出すことは、ベーカーランドの者たちにとっては、今はとてもむりなことでした。リュインからべゼロインの地へと、敵の軍勢がすっかり進軍してしまったあとでなら、リュインとりでのけいびも多少うすくはなります。そのときに、敵の目のうすくなったとりでのはんたいがわにまわることができれば、ほりょたちを助け出すこともできるかもしれません。ですがそれでも、それはとてもむずかしいことでした。けいびがうすくなるだろうとはいえ、やはり、多くの敵の目の光るそのただ中に、ふみこんでいこうというのですから(しかも敵の目は、とりでだけではなく、その地のすべてにいき渡っているのです)。そんな、大それたことのできる者たちが、いるでしょうか?)

 

 マリエルの言葉に、リズはしばらくだまったままでした。両のこぶしをぎゅっとにぎったまま、身動きひとつしませんでした。

 

 そしてようやく。リズはとつぜん、こんなことをいったのです。

 

 「リストール・グラント……、リステロント・グランテルド……、かれは、おれの兄さんだ。」

 

 ええっ! なんと、またしてもいがいなじじつが出てきました! リストール・グラントしきかんは、じつはリズのお兄さんで、ほんとうの名まえはリステロント・グランテルドというそうなのです。グランテルドは、リズのお父さんのみょうじ。そしてリズの名のっているクリスメイディンというのは、お母さんのみょうじでした。リズとリストールは、自分たちがきょうだいであるということをまわりにかくしておくために、べつべつの名まえを名のっていたのです(ではなぜ、わざわざかくしておかなければならなかったのか? それはもちろん、ひとつのりゆうのためでした。かれらがシルフィアだからです。シルフィアだということが知れると、いろいろとめんどうなことになるということを、かれらの種族の者たちは、よく知っておりましたから。

 でも兄のリステロントのその思いは、リズが口をすべらせたことによって、はかなくも消えてしまったというわけでした。それでもリズときょうだいであるということがわかれば、リストールもまた、シルフィアだということが知られてしまいますから、ふたりがきょうだいであるということは、みんなにはそのまま、ひみつのままにしておいたというわけなのです)。

 

 失われし精霊の種族、シルフィア。ふだんはシルフィアであるということも、きょうだいであるということもかくしながら、暮らしつづけてきた、リズとリストール。その兄のリストールの身が、敵の手に落ち、ぶじであるのかどうかすらもわかりませんでした……。リズにとって、こんなにもつらいことはないでしょう(同じく、おとうとのレイミールが敵の手に渡ってしまったハミール・ナシュガーも、どんなにつらい思いでいるのでしょうか……)。いくらリズがいいかげんなせいかくだとはいっても、こんなじじつをきかされては、れいせいでいられるはずもありませんでした。

 

 「そ、そうだったのか……」マリエルが、うつむいていいました。これではさすがにマリエルも、リズのことをこれ以上、悪くいうこともできません。ふたりはすっかり、気を落としてしまいました。

 

 ですが……。

 

 こんなときのために、この子がいるのです。いつだって、どんなときだって、明るく前むきに考える。その気持ちがみんなのことを助け、大きな力と、勇気と、きぼうを与えてくれる。

 

 

 それは、そう、われらのライアン・スタッカートくんでした。

 

 

 「ノランさんが、いってたよね。リストールさんのことは、まかせておけって。」

ライアンが、ふいにそういいました。マリエルもリズも、「えっ?」といって、ライアンの方を見ます。

 

 「ノランさんって、たよりにならない人なの?」

 

 ライアンがマリエルに、わざとそうしつもんしました。

 

 「ばかなことをいわないでよ! おししょうさまは、この世界でいちばんたよりになる、いだいなるけんじゃなんだから!」

 

 マリエルがむきになってこたえます。でもそれは、ライアンの思うつぼでした。

 

 「ねえ、リズさん。リストールさんって、たいしたことないしきかんなの?」

 

 ライアンの言葉に、こんどはリズの方が、むっとしてこたえました。

 

 「あいつは、ゆうしゅうだよ! おれがいうのもなんだけど、どんなことだって、あいつなら乗り越えられるんだ。」

 

 そして、ふたりのその思い通りのこたえに、ライアンは「ふふっ。」と笑っていったのです。

 

 「なら、だいじょうぶじゃない? 世界いちのけんじゃが、力をつくしてくれてるんでしょ? その前に、どんなことでも乗り越えられるゆうしゅうなしきかんなら、自分でなんとかしちゃうかもね。心配いらないんじゃないかな?」

 

 リズもマリエルも、すっかりあきれてしまいました。ですけど今のふたりにとって、こんなにも助けられる、気持ちのらくになれる言葉もなかったのです。リズの心に重くのしかかっていた、なまりのような思い。リズはその思いが、ライアンの言葉によって、どんどん晴れ渡っていくのを感じました。

 

 同じく、考えに考えぬいて、いつでもさいこうのけつろんをもとめようとするマリエル。ですけどいくら考えたところで、どうにもならないことだって、世の中にはそんざいするのです。ときには、気らくすぎるように考えたっていいということもあります。それもまた、ものごとにさいこうのけつろんを与えてくれる、ひとつのしゅだんとなり得るのですから。マリエルはライアンに、教えられてしまいました。

 

 

 「ふふっ。おまえ、なかなかいうじゃんか。」リズが、ライアンの方にぐいっとにぎりこぶしをつき出して、いいました(これはリズが気にいった相手に対しておこなう、敬意のポーズでした)。

 

 「ライスタには、かなわないや。」マリエルもリズにつづけて、あきれ顔でそういいました(ですけど心の中では、マリエルはライアンに深くかんしゃしていたのです)。

 

 「おーっし! ノランのじいさん、よろしくたのむぜ! あにきの運命、じいさんにあずけたからな!」リズがそういって、こぶしを空高くつき上げました(どこにいるのか? わかりませんでしたが、これはノランに対しての敬意のポーズなのです)。

 

 「じいさんっていうな! まあ、でも、これで、ぼくたちの道はかたまったな。」マリエルがそういって、みんなのことを見渡しました。

 

 そしてマリエル、リズ、ライアンの三人は、おたがいの顔を見あって、それぞれにこぶしを空につき上げながら、声高くさけんだのです。

 

 「今すぐ出発するぞ! 精霊王のトンネルに!」

 

 

 こうして、このノランべつどう隊に新しい仲間が加わりました。失われしシルフィア種族の青年、リズ・クリスメイディン。かれ……、じゃなかった、かのじょは、いったいどんな力をひめているのでしょうか?(精霊王のトンネルをあけられる、というのは、もうわかっていましたが。) 

 

 

 さすが、ライアンだな。

 

 そんなかれらのやりとりのことを見て。ひとりロビーは、心の中でそう思いました。

 

 

 でも……、ぼくは、さいごまでライアンといっしょにいくわけには、いかないんだ……。

 

 

 マリエルと肩をくんでにこにこ笑っているライアンのことを見ながら、ロビーはふくざつな思いになりました。きたるべく、さいごの戦い……。それは自分ひとりでいどまなければならないのだということに、ロビーはもう、気がついていたのです。お父さんを助けること。そして、アーザスとのたいけつ……。それらはただ、ロビーひとりだけにゆるされた、さいごの運命の道でしたから。

 

 物語は、これからいよいよ、そのさいごのクライマックスの中へと流れこんでいくのです。

 

 

 

 

 

 




次回予告。


  「がーはっはっはっは! たわいもないわい!」

    「わたしは、今すぐにでも、タドゥーリ連山にむかわなければなりません。」

  「そうじゅうは、からだでおぼえろ!」

    「らーいあーん、すたっかーあとー!」


第22章「それぞれのむかうさき」に続きます。

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