暗くふきつな雲が、頭上にあつくたれこめていました。ほんらいならばおひさまの光がさんさんとふりそそぐ、まひるも近い時間だというのに、あたりはまるで、夜のとばりがおりたかのように、うす暗かったのです。ときおり、かちゃかちゃと、剣やよろいの立てる小さな音がきこえてきました。ですがそれいがいは、みな声を立てる者もなく、すべてがしーんと静まりかえっていたのです。
その静けさの中、ふいに地面のむこうから、なにかのひびく音がきこえてきました。それはもうなんべんもきいて、おなじみになってしまった音。地面を小さくゆらしてかける、大きな生きものの音。そう、それは、馬のかける音でした。広い平原のかなたから今、二頭の騎馬たちと、そしてそれぞれの背にまたがった、ふたりの人物がやってきたのです。
近くまでやってくると、かれらが白いよろいかぶとに身をつつんだ、兵士たちであるということがわかりました。白いきぬのマントをはおっていて、そしてそのマントには、われらがきぼうのしるしがぬいこまれていたのです。それはベーカーランドの白きもんしょう。そう、かれらはわれらがベーカーランドの、ゆうかんなる兵士たちでした。
兵士たちは騎馬たちの背からおり立つと、急いでその場にひざまずき、手みじかにほうこくを伝えました。
「敵軍、すでにべゼロインへのじん、ととのえ終えております! もはや進軍は、時間の問題かと!」
兵士たちのそのさきには、ほうこくを受けたかれらのしきかんたちが立っていました。エメラルド色のもようのはいった白いよろいに身をつつんだ、美しいこがね色のかみの少女。そしてベーカーランドのきぼうのもんしょうのはいった騎士のくさりかたびらに身をつつんだ、はい色のかみの者たち。そうです、かれらはわれらがえいゆうたち。剣のたつじん、ライラ・アシュロイ。しんのリーダーたるベルグエルム・メルサル。そのベルグエルムのたのもしき仲間でありいちばんの友でもある、フェリアル・ムーブランド。かれら三人のしきかんたちでした(ベルグエルム、ライラ、そしてフェリアルファンのみなさん、お待たせいたしました。さいきん、かれらの出番がすくない? このあとしっかり、かつやくしてもらいますから)。
「そうか。」
ライラがかなたを見すえながら、きびしい目をしていいました。そのさきには、かすみのかかった大地のむこうに、かつての自由のとりで、べゼロインとりでがあるのです(そのとりでは今や敵のものとなり、そして黒の軍勢は今、そのとりでにじんどっているところだったのです。ふたりの兵士たちはそのべゼロインとりでのようすを、ていさつにいっていました)。
「とくしに伝えよ。ベーカーランドは、われら白の勇士、千二百でむかえうつと。」
「はっ!」
ライラの言葉に、ほうこくにきた兵士たちはふたたび騎馬たちに乗りこんで、仲間たちのもとへとかけていきました(今は戦いの前。いくさのはじまりにはそれぞれの軍の使者たち、とくしたちが、おたがいの兵力をたしかめあって、それからそれに見あった兵士の数で、戦いがはじめられるのです。ふつうの戦いであれば、おたがいの兵の数をたしかめあえばそれでよかったのですが、相手がワットの場合はべつでした。黒の軍勢の兵の数が、こちらの兵力の三ばいにみたないということは、ほとんどあり得なかったからです。黒の軍勢は相手の兵の数にあわせて、その三ばいの「とくにゆうしゅうなる兵士たち」をえらんで、戦いをはじめるのがつねでした。数だけでも多いのに、しかもそれらがすべてうでききぞろいときていましたから、ワットの黒の軍勢が強いのもうなずけるわけなのです。
そしてもうひとつ……、われらが白き勢力にとって、とても不利となるいくさのルールがありました。それはいぜん、べゼロインとりででの戦いのときに、わたしがすこしだけお伝えしたものなのですが、もういちどくわしくお伝えしておきましょう。
それは、「同じ相手国との十四日以内でのれんぞくしたいくさの場合、前回の戦いで負けたがわのくにの兵力には、そのくにが前回の戦いで使用した兵力の四十七.五パーセントぶんが加わっているものとしてあつかわれる」というものでした(かなりややこしい文章ですが……)。これはつまり、こんかいのベーカーランドの兵力の千二百に、さきのべゼロインの戦いでもちいた七百二十名の兵力の四十七.五パーセントぶんの兵力(三百四十二名)を、加えてあつかわなければならないということになるのです(はすうは切りすてます)。つまり、じっさいの人数は千二百ですが、このペナルティの数字を加えたぶんの(千五百四十二名の)兵力があるものとして、ベーカーランドはいくさをはじめなければなりませんでした。これにより相手国のワットは、その三ばいまでの兵力を、このいくさにもちいることができるのです(つまり計算すると、ワットは千五百四十二名の三ばい、四千六百二十六名までの兵力を、このいくさにもちいることができました。おそろしい数字です!)。これはくるしい戦いをしいられている白き勢力にとって、ほんとうにきびしいルールでした)。
「えん軍は、のぞめませんでしたね……」ライラのとなりに立っているフェリアルが、ライラにいいました。「ノランどのは、まかせておけとおっしゃいましたが、ほんとうに、この兵力でたちうちできるのでしょうか?」
「やるしかないのだ。」ライラが前を見すえたまま、フェリアルの言葉にこたえました。「今は、そんなことをいっている場合ではない。与えられたじょうきょうで、さいだいげんの力をひき出すことが、われら、しきかんのつとめであろう?」
「そ、それはそうですが……」
フェリアルはそういって、うしろをふりかえりました。草原のむこう、そこにはよく見なれた、エリル・シャンディーンのまちとお城がそびえています。かれらがいるのは、まちからしばらく進んだ、小高い丘の上でした。この丘のすそのにそって、白の勇士たち、ベーカーランドの兵士たちと白の騎兵師団の騎士たちが、黒の軍勢のことをむかえうつべく、じんを張っているところだったのです。
ですがフェリアルの心配の通り、その数はあっとう的にすくないものでした。このくにを守りきれるかどうか? それはだれにも、いいきれることではなかったのです(兵士たちの数は千二百人。そのうちエリル・シャンディーンの兵士たちが四百、白の騎兵師団の騎士たちが三百五十、残りの四百五十は戦いのときにだけ集められる、ベーカーランドの者たちでした(この四百五十名の者たちはふだんはそれぞれのまちや村でほかのしごとをしていて、ていき的にエリル・シャンディーンをおとずれて、お城のしごとをしたり、戦いのくんれんを受けたりしていたのです。こんかいの戦いにあたって、それらすべての者たちが、兵士として集められました))。
「ライラどののいう通りだ。」ベルグエルムが、フェリアルにいいました。「きみの気持ちは、よくわかる。だが、今は、目の前の戦いに集中するときだ。」
ベルグエルムには、フェリアルの気持ちはよくわかっていました。なぜならベルグエルムもまた、フェリアルと同じ気持ちだったからです。フェリアルが目をむけていたさき、それはエリル・シャンディーンのまちやお城ばかりではありませんでした。かれが思いをむけていたのは、その場所にいる仲間たち。べゼロインの戦いで、おそろしき魔女たち(そしてその影にひそむアーザス)のさくりゃくによって、やみにとらわれてしまった、その仲間たちにだったのです。
「かれらなら、きっと助かる。」ベルグエルムがフェリアルの肩に手をおいて、つづけます。「この戦いが終わったら、ワットの者たちに、かれらをもとにもどすよう、きつくめいじてやろう。魔女たちへのおしおきも、しっかり果たしてやらなければな。」
ベルグエルムはそういって、ほほ笑みました。そのじょうだんまじりの言葉は、友のフェリアルの心を、とてもやわらげてくれました。おたがいにいちばんつらいときにこそ、はげましあい、助けあうことができる。それがほんとうの友だちというものなのです。
「ありがとうございます。」フェリアルが、にこりと笑ってこたえました。「そうですよね。」
「もうにどと、あんなまねはさせぬ。」ベルグエルムとフェリアルのやりとりを見て、ライラが横からいいました。
「われら、白き勢力の底力、今こそ思いしらせてくれよう。」
そういって、ライラは静かに、隊のもとへと歩き去っていきました(ここでひとつ、重要な説明を加えておきます。かれら、このさいごの戦いにのぞむベルグエルムたち、そして白き勇士たちは、リストールがネクタリアたちのえん軍を取りつけるというその大いなるしめいのために動いているのだということを、知りません。それはほんとうにさいごの大きなかけであって、うまくいくほしょうなども、やはりどこにもないことだったのです。そのためノランはリストールに、この大いなるしめい、かけのことは、仲間たちにも話すべきではないだろうと伝えていました(そしてこれはかくにんの取れたことではありませんが、ノランはアルマーク王にも、そのように伝えていたようでした)。もちろん、大きなのぞみが残されているということを仲間たちが前もって知っておけば、かれらの大きなはげみとなり、勇気ともなったことでしょう。ですがもしリストールが、ネクタリアたちの説得にしっぱいしたら……。ノランはこれらすべてのことを考えにいれたうえでも、仲間たちには、このえん軍のかのうせいのことはふせておきました。
そのことについて、じつはノランの中にも、大きなまよいがありました。さいごの戦いでは、えん軍の助けがふかけつなものとなる。えん軍のきぼうすらないじょうきょうの中で、ベルグエルムたち、白き勇士たちのことを、このままつらくきびしい戦いの場に放り出してしまってよいものか? しかしノランは、やはり大けんじゃという立場の点からいっても、かくじつにいえるようなことではないことをかるがるしく口にしてしまっていいような、そんな人物ではなかったのです(これはノランにとっても、とてもつらいことでした)。そのため、さいごの戦いにのぞむベルグエルムたちにとっては、これまたとてもつらく、ざんこくなことかもしれませんでしたが、ノランはかれらには、くわしくはなにも伝えることなく、みずからのつとめの中に走っていきました)。
「かのじょも、仲間たちのことを気にかけているのだ。」ベルグエルムが、去っていくライラのうしろすがたを見ながらいいました。「仲間たちのことは、今は、城の者たちにまかせよう。今は、前に進むべきときだ。」
「はい。」フェリアルがこたえます。
「この戦いでは、ガランドーも、敵のしきをとるだろう。おそらく、ディルバグ隊のな。」ベルグエルムがライラの背中を見つめながら、小さくつづけました。「われらは、かれと、あいまみえるかもしれない。それを、ライラどのもわかっている。ふくざつな気持ちだろう。だが、かのじょはそのことを、すこしもおもてに出さない。りっぱなしきかんだな。われらも、かのじょの心にこたえなければ。さあ、ゆくぞ。」
そしてベルグエルムとフェリアルは、おたがいそれぞれのしきする隊の中へと、進んでいったのです。空はますます暗く、ほほにあたるつめたい風は、なにかのふきつな前ぶれであるかのようでした。
むらさき色をしたぶきみなかみなりが、ごろごろと黒い空の上を走っていきました。はい色をしたこうもりのような生きものたちが、ばさばさと、あたりの岩から岩へと飛びかっていきます。
なんというさみしいところなのでしょう。そしておそろしげなところなのでしょう。地面には、かれ木ばかりがぽつんぽつんとさみしげに立ち、がいこつのようなもようを背中に持った大きなかぶと虫のような生きものたちが、がじがじとその木のかわをかじっていました。まっ黒なインクのような水をたたえた池があちこちにあって、その水めんには、ぼこぼこと大きなあぶくが立ちのぼっております。その池のほとりには、同じくまっ黒なやぎのような動物たちや、黒い木のみきのようなからだを持った人のかたちをした生きものたちが集まってきていて、ごくごくとその水を飲んでいました。
ここはいったいどこなのか? こんな場所は、このアークランドで今までみなさんが見てきた、どんなところにもあてはまりません。やみの精霊の谷にすこしにていましたが、いくらやみの精霊とはいえ、それでもあそこは精霊たちの住む地です。精霊のエネルギーが、(それがやみの精霊のエネルギーであっても)あの土地にはあふれていました。ですがこの場所には、精霊のエネルギーなんてものは、すこしも感じられません。なにかじゃあくな力によって、精霊のエネルギーも、そのほかのよいエネルギーも、みんなすいつくされてしまったかのようでした。ここはそんな、ふきつなところ。あとには、からっぽのむりょく感、そればかりが残されている、なんとも寒々しいところだったのです。ほんとうにここは、アークランドなのでしょうか?
今その黒い空のかなたから、小さな光があらわれました。それはこのぶきみな空のやみを切りさく、すくいのような光でした。点のような小さな光はだんだんと大きくなり、やがてそれは、こがね色のつぶのような光となります。そしてついに、その光のかたちがはっきりと目に見て取れるものになりました。
むらさきのいなびかりにてらされて、そのこがね色の光のしょうたいがあらわになりました。それはしんぴ的なおうごんのかがやきにつつまれた、大いなるつばさの光だったのです。
ばさっ! ばさっ!
力強いつばさのはばたき。そしてそのおうごんのつばさの背には……、われらがきゅうせいしゅ、この物語の主人公、そう、ロビーが乗っていました。ついにロビーが、ラフェルドラードのその背中に乗って、このおそろしい土地の空へとやってきたのです。つまりここは……?
そう、みなさんのごそうぞうの通り、このなんとも寒々しいふきつな黒の土地は、まぎれもなく、悪にそまったやみの魔法使いアーザスの住む、怒りの山脈でした!
「見えたぞ。」
ラフェルドラードが、その背に乗ったロビーにいいました。
「あれが、魔法使いにょ城へとつづく、けっかいだ。」
けっかい? いぜん、モーグだったころのロザムンディアのまちには、魔女のアルミラのかけたのろいのけっかいが張られていました。その中にはいる者をこばみ、あるいは出る者をこばむ。そんなおそろしいのろいのけっかいが、ここにも張られているというのです。しかしここに張られているのは、アルミラがかけたのろいのけっかいよりも、はるかに強力で、はるかにおそろしいものでした。それもそのはず。このけっかいを張りめぐらせたのは、ほかでもありません。やみの魔法使いアーザス、ほんにんでしたから!
「わたしは、たびたび、こにょ場所までやってきた。アーザスにょようすをさぐるためににゃ。」ラフェルドラードが前を見すえたまま、ロビーにいいました。「だが、空からでは、あにょけっかいを越えることはできにゃい。アーザスにょ城へとゆくためには、地上から、歩いて、けっかいを越えてゆかねばにゃらにゃいにょだ。」
「アーザスの、けっかい……」
ロビーはおうごんのつばさごしに、かなたの空に広がるそのおそろしげな光景を目にしました。それはまさしく、悪夢の中の世界そのものでした。まっ黒な空の中に、むらさきと赤のもやもやとしたけむりのようなものが、うごめいていたのです。それはほんとうに、生きているかのようでした。ぐにぐにとそのかたちをたえず変えていて、その中に馬の頭やへびの頭のようなものがあらわれては、また、もとのけむりへともどっていくのです。あるときなどは、大きな人のようなかたちとなって、その巨大なこぶしをあたりになんのもくてきもなく、ふりおろしていました。そしてそのあとには、ただむらさき色のぶきみなかみなりのエネルギーだけが、ごろごろとまきちらかされていくのです。
ロビーははじめて、アーザスのそんざいをじかに感じ取りました。今まで、ベルグエルムや、フェリアルや、エリル・シャンディーンの人々から、その話だけをきかされてきたロビー。ロビーはここにきてようやく、自分のじっさいのはだで、アーザスのそのおそろしさ、力を、感じ取ることとなったのです。
アーザスは、たしかにここにいる……。
ロビーには、それがはっきりと感じられました。腰の剣が、ずしりと、その重みをましたかのように感じられました。
「けっかいのさきは、どうなっているんですか?」
ロビーがラフェルドラードにたずねます。アーザスの待つ、怒りの山脈。そこはロビーにとって、まったくもって未知なる世界でした。すこしでもやくに立ちそうなことは、知っておく方がいいに越したことはありません。ですがロビーのその思いは、ほとんどかなえられなかったのです。
「わからにゃい。けっかいにょさきにょ世界は、アーザスにょやみにょ魔法によって、大きく変えられてしまっているからだ。かつてこにょさきは、三十年前にょ、あにょ大いにゃる冒険にょぶたいであった。アークランドをおそった赤りゅうが、こにょさきにょ山で、さいごをむかえることとなったにょだ。それいらい、こにょ山に分けいった者はいにゃい。アーザスいがいはにゃ。」ラフェルドラードが、ロビーのしつもんにこたえていいました。
「アーザスはここに、みずからにょ城をきずいた。わたしはいぜん、けっかいにょすきまから、ほんにょすこしだけ、そにょ城を見ることができたことがある。それはにゃんともいいようにょにゃい、おそろしい城だった。アーザスは、そこに住んでいるといわれているが、それがほんとうにょことにゃにょかどうかはわからにゃい。こにょさきは、きみは、自分にょ目と足で、道を乗り越えてゆかにゃければにゃらにゃいだろう。」
ラフェルドラードの言葉に、ロビーはしばらくだまったままでした。敵の待つ、さいごの地。そこはかつての、大いなる戦いの場所。そして今は、よこしまなる魔法でゆがめられてしまった、のろわれたる土地であったのです。ですがロビーは、おじけづいたりなどはしませんでした。そこがどんなところであろうとも、どんなものが待ち受けていようとも、ロビーは進まなければならないのです。ロビーはひとりではありません。仲間たちの思いと、つねにいっしょなのですから。おそろしいアーザスののろいのけっかいのことを前にしても、ロビーの心はかたくかたく、変わることはありませんでした。
「けっかいの入り口まで、どうかお願いします。そのさきは、ぼくひとりでいきます。」
ロビーはけついの心を持って、ラフェルドラードにいいました。ラフェルドラードはなにもいわず、ただそのおうごんのつばさに力をこめて、その思いにこたえました。その背に乗った勇者に、さいだいの敬意をこめて……。
それから、こがね色のつばさは、こののろわれたる土地の中へとおり立ったのです。そこはさきほど説明しました通り、ぶきみな生きものたちのうごめく、寒々しい土地でした。じっさいこの場所におり立った者は、ラフェルドラードをのぞいては、このアークランドでは数えるほどしかいないことでしょう。その中の四人は、みなさんもよく知っているあの四人です。今はそれぞれがひとつのくにの王さまとなっている、かつての王子たち。そう、それはノランとともに赤りゅうたいじの冒険へと出かけた、アルマーク、メリアン、ムンドベルク、そしてアルファズレドの、四人の者たちでした。そして今、ムンドベルクの子、ロビーベルク、ロビーが、こののろわれたる土地の地面をふみしめていたのです。みずからの、その大いなる運命にしたがって……。
吹きぬける風は、このきせつにはそぐわないあつい風でした。わずかにちりちりと、砂やはいのつぶがほほにあたっていきます。なにかのこげたようなにおいが、あたり中に立ちこめていました。地面や岩かべはなにもかもまっ黒で、それはまるで、やみがそのまま、砂や石に変わってしまったかのようでした(これらのものはすべて、かつてこの場所でおこなわれたりゅうとのげきせんによって、生まれたものだといいます。りゅうの怒りのエネルギーが荒れくるい、この土地のすべてのものをやきつくし、やみとはいばかりにしてしまったのだということでした。そのりゅうがたいじされてから、もう三十年あまり。それでもいまだに、その怒りのエネルギーはおさまることなく、この土地をむしばみつづけていたのです)。
「あそこだ。」
さきに立つラフェルドラードが、前の方をゆびさしながらいいました。そこはごつごつとした黒い岩のせり出した、暗い暗い場所でした。地上にまっ黒なあながあいていて、うっかりそこに落ちてしまったとしたら、その者はなん日もなん日も落ちつづけていって、その果てにこの場所にたどりつくことになるのではないか? そこはそんなおそろしいそうぞうすら頭の中に浮かんできてしまうかのような、きぼうとはまったくむえんの、おそろしげな場所だったのです。
「あにょトンネルが、アーザスにょ城にょ、ふもとにょ地へとつづいている。だが、トンネルにょさきにょそにょ地が、今、どうにゃっているにょか? それはわたしにもわからにゃい。」
黒い岩がやねのようにせり出した、その場所のまん中。そこにまるで、すべての光をすいこんでしまうかのような黒いトンネルが、ぽっかりと口をあけていました。やみの精霊の谷でも、はぐくみの森の地下いせきでも、ロビーはこんなにおそろしげな気持ちにはなりませんでした。あのトンネルのくらやみの中に、百体ものおそろしげなかいぶつたちが待ちかまえているのではないか? 中にはいったとたん、すべてのいのちのエネルギーが、そのやみの中にすいつくされてしまうのではないか? そんなふうにさえロビーには思えました。
ですがロビーは、ここを通っていかなければならないのです。
「おそらく、アーザスはきみがここにきたことに、気づいているだろう。」ラフェルドラードがいいました。「こにょトンネルは、力持つ者しか通ることはできにゃい。わたしはいぜん、こにょトンネルにょ中にはいったことがある。だが、わたしはそこで、にゃんともいいようにょにゃい、おそろしい力にひきさかれそうににゃったにょだ。にゃん百という白い手が、わたしにょからだにまきついて、わたしにょことをひきさこうとした。わたしは、いにょちからがら、どうにか逃げ出すことができたが、こにょトンネルを通ることは、にゃみにょ者では、むりだということを知った。」
「こにょトンネルには、アーザスにょにょろいがかけられているにょだ。光にょ力にゃくして、こにょトンネルをにゅけることはできにゃい。だが、きみにゃら、それができるだろう。たとえアーザスにょ目が、こにょしゅんかんにも、きみにむけられているとしてもにゃ。」
ロビーは静かにうなずきました。さいごのための、さいしょのいっぽをふみ出すときです。ロビーはその手をラフェルドラードにさし出すと、やさしくほほ笑んでいいました。
「ありがとうございました、ラフェルドラードさん。いってきます。」
ロビーはそういってラフェルドラードとかたいあくしゅをかわし、ぺこりとおじぎをすると、その暗い暗いトンネルの入り口へとむかったのです。
「あ、それと、」トンネルの入り口で、ロビーが急にふりかえりました。「もどったら、ライアンに伝えてください。おいしいお菓子があったら、きっと、持って帰るからと。」
そしてロビーは、そのやみの中に消えていきました。
ロビーの腰の剣が、青白い光を放ちはじめます。このトンネルが、あまりにも暗かったからでした。ロビーがそう思わずとも、しぜんと剣が光って、あかりをともしてくれたのです(はぐくみの森の地下いせき、いらいですね)。
ロビーは青く光る剣をぬいて、そのつかをぎゅっとにぎりしめました。なにかここにきて急に、ロビーはこの剣が前にもまして、自分の意志を持っているかのように感じられました。剣と言葉をかわすことはできません。ですがたしかに、感じたのです。わたしの力を使いなさい。もうじき、すべてが終わります。けっちゃくのときは、すぐそこなのですと(これもイーフリープでロビーが得ることになった、新たなる力のためなのでしょうか?)。
「けっちゃくのとき……」ロビーは思わず、そう口にしていました。
アーザスとの、さいごの戦い。ですがロビーには、もうひとつ、とてもとてもたいせつなやくめが残されていました。父であるムンドベルクを、やみからすくうこと。それがロビーの背おった、そしてロビーにしかできない、さいごのつとめだったのです。
待っていてください、お父さん。
ロビーはやみのトンネルのそのさき、一点を見つめながら、心の中でいいました。
ぼくがかならず、助け出すからね。
せいなる剣のせいなる光をもってしても、さきを見通すことのできない、暗い暗いトンネル。そのおそろしいやみのトンネルの中にあっても、ロビーのその目は、くらやみのむこうに、かがやく光をたしかに見すえていたのです。
トンネルの道は、とちゅうでなんどもまがりくねっていました。そしてそとはあつくはいまじりの風が吹きつけておりましたのに、このトンネルの中は、ひんやりと、いえ、背すじがこおりついてしまいそうなくらいにつめたく、そのうえぶきみだったのです(おばけ? と思ったしゅんかん、背すじがぞぞぞーっと寒くなったことはありませんか? このトンネルの中は、いつもそんな感じのつめたさなのです)。
白い手か……。ロビーはラフェルドラードの言葉を思い出し、トンネルのかべやてんじょうに剣の光をあてながら、進んでいきました。この剣なら、切ってやっつけられるかな?
しばらく進むと、トンネルはすこし広くなっているところにつながっていました。石のはしらがあちこちに立っていて、それらがずっと上のてんじょうにまで、つながっております。剣の光にびっくりして、きいきいいいながら、まっ黒い影が飛び去っていきました。はっきりとしたすがたは見えませんでしたが、たぶんこうもりみたいなものだろうと、ロビーは思いました(じっさいはこの生きものは、このアークランドとはべつの世界から飛んできた、シャグフェイという生きものでした。この生きものはむささびににていましたが、やみからやみへ、しゅんかんいどうして消え去ることができたのです。ただし光のあたるところでは、しゅんかんいどうはできません。ですから剣の光にびっくりしたこの生きものは、自分のつばさで、大あわてで逃げていったというわけでした)。
石のはしらの立ちならぶ広間が、そこからずうっとつづいていました。のぼったり、おりたり。それぞれのはしらからは黒い水がしたたり落ちていて、地面に黒い水たまりをつくっております。そしてなんどか、それらの水が小さな流れとなって、ちょろちょろと道を横切っていました(それらの流れの水の上には黒いぷるぷるとしたボールがいくつも浮かんでいて、それらがちょこまかと水の上を動きまわっていました。これらはこのトンネルの中に集まったしぜんのエネルギーがアーザスののろいとくっついて生まれた、へんてこな生きものたちだったのです。うかつにつっついたりすると、ぼちゅん! ばくはつして、つっついた者の顔をまっ黒けによごしてしまいました。ただそれだけなのですが……)。
そして(そんなへんてこな生きものたちのむれを、なんどか通りすぎていったあと)、どれほどの道のりを歩いてきたのでしょうか? ロビーはふいに、立ちどまりました。ロビーには、すぐにわかったのです。
いる……。
ロビーは剣をかまえて、あたりをけいかいしました。目にはまだ、ぜんぜんなんにも見えません。ですけどロビーにははっきりと、それがわかりました。ラフェルドラードのいっていた、白いおばけのような手。それがこの広間のあたりいちめんから、飛び出してくる。ロビーにはそう感じられたのです。
そして……。
ロビーの感じた通り、つぎのしゅんかんには、ロビーはそれこそなん百というおばけのような白い手たちに、すっかりかこまれていました!
いったいどこからあらわれたのか? あたりをじっと見張っていたにもかかわらず、まったくわかりませんでした。気がついたらもう、白い手たちは、かべやてんじょうや、地面やはしらから、どんどん飛び出してきていたのです。
ベルグエルムだったら、「ロビーどの、ここは、わたしが!」といって、剣で切りこんでいくことでしょう。ライアンだったら、「こんなの、ぼくがまとめて吹き飛ばしてあげる!」といって、(危険きわまりない)ひっさつわざを使いはじめることでしょう。そしてフェリアルだったら、「ぎゃー! おばけー!」とさけんで、腰をぬかしてしまうはずです(「おばけかんけい」ですから、こればっかりはしかたありませんね)。
ですが……、ロビーはひとりなのです。心はひとりではありません。勇気はひとつではありません。ですがロビーはもう、ただこのいっぽんの剣だけをにぎりしめて、自分の手と足で、目の前の敵に立ちむかっていかなければなりませんでした。ひとりでの冒険というのは、そういうものなのです。
ロビーはあらためて、今までの道のりのことを思いかえしていました。ほんとうなら、ぼくははじめから、たったひとりで、危険な旅の中へとふみこんでいくはずだったんだ。思いもかけず、たくさんのすばらしい仲間たちに出会えて、助けてもらえた。たくさんのすばらしいものを、見つけることができた。ほんとうにぼくは、しあわせだったんだ。
ロビーは、剣をぎゅっとにぎりしめました。
みんなの思いに、ぼくはこたえなくちゃいけない。
白い手たちは、にゅるにゅるとのびて、そしてふわふわとただよっております。それらはまるで、海の中にゆらめく海草のむれのようでした。ですがこの手は、そんなになまやさしいものではないのです。ラフェルドラードはもうちょっとで、この手にしめ殺されてしまうところでしたから。ロビーは全力をもって、この手とけっちゃくをつけなければなりませんでした。
ですが……。
ロビーが剣をかまえたとたん。おどろくべきことが起こったのです。
白い手たちがざざーっ! と海の波のような音を立てたかと思うと、いっせいに、もときたやみの中へとひっこんでいってしまいました! それはいっしゅんのあいだのできごとでした。トンネルはふたたび、もとの静けさの中へとつつまれていったのです!
てんじょうから落ちてきた水てきが、ぽちゃんと地面の水たまりの上に落ちて、波を広げました。白い手たちは、あとかたもなく消えてしまったのです。
いったい、どういうことだろう? ロビーがそう思ったとたん。またしても新しいできごとが起こりました。
トンネルのくらやみのむこうから、ぼちゃぼちゃという音がきこえてきました。それはゆっくりと、こちらへ近づいてくるみたいです。しばらくたって、ロビーにはそれが、足音なのだということがわかりました。ですけど足音にしては、なにかが変でした。どこか、ぎこちない感じがするのです。まっすぐだったり、まがっていたり。強かったり、弱かったり。そんなおかしな足音でした。まさか、またおばけ? ロビーはそう思いましたが、すぐにそうではないということがわかりました。その足音を立てていた者が、やみの中からそのすがたをあらわしたからです。トンネルのくらやみのむこうから、やってきたのは……。
小さな十二さいくらいのねんれいの、ひとりの女の子でした! これはいがい。どうしてこんなところに、こんな女の子がいるのでしょうか?
その子はとてもかわいらしい子で、白いレースのシャツに赤いひらひらとしたドレスを着ていて、同じく赤い、ひらひらとしたスカートをはいていました。足もとには、きいろい子ども用の長ぐつをはいております。胸には大きな白いリボンがひとつついていて、そのまん中は、かがやく大きなひとつのきいろい石でとめられていました(この石は服のボタンにも使われていました)。かみの毛と両のひとみは、きらきらとしたこはく色。かみを両がわでかわいくツインテールにむすんでいて、頭にはひらひらとした、白いかみかざりがつけられております。そして肩には、黒いうさぎのぬいぐるみがひとつ、ちょこんとすわっていました。
見た目は人間の女の子のようでした。ですがそうではないということがはっきりとわかる、あるものがあったのです。それはなんとも、おどろくべきものでした。
この子は、人ではなかったのです(じゃあおばけ? そうでもないのです)。つまり生きものではありませんでした(じゃあやっぱりおばけ? ちがいますってば)。
この子は「人形」だったのです! 手足のかんせつには人形であることをしめす、つなぎ目がはいっていました!
はだは人そっくりでしたが、よく見るとかたそうな木でつくられていて、その上からていねいに絵の具がぬられているということがわかりました(絵の具といっても、水でこすっても落ちないくらいしっかりしていましたが)。顔も、いわれるまではわからないくらい、人そっくりに作られていました。そしてようく見れば、そのこはく色のひとみは、それもそのはず、こはくそのものがはめこまれていたのです。
いったいこの人形の子は、なに者なのでしょう?(なに者というか、人形ですけど。)ですけどそれは、よく考えたらわかることでした。ここは怒りの山脈、アーザスのねじろなのですから。こんなところに、こんな魔法で動く、人形の子がいるとなれば……。
そう、この人形の女の子は、まぎれもありません。アーザスにつかえ、そしてアーザスからこの場所に送られてきた、使者だったのです!(見た目はぜんぜん、かわいい女の子でした。ですけどこの子はまさしく、アーザスのやみの魔法、のろいの力によって動いていたのです。まあでも、頭がかぼちゃでからだがたまねぎの人形よりは、ぜんぜんましですけど。)
その子は手足をぎこぎこ動かしながら、ぼちゃぼちゃと長ぐつの音をひびかせて、ゆっくりとロビーの方へ歩いてきました。その歩き方はやっぱり、人形でした。いっぽいっぽ、からだのバランスを取りながら、ふみしめるように歩いてきたのです(足音がへんてこだったのは、このためです)。そして……。
「ロビーさまですね。」
人形の子が首をかしげて、にこりと笑っていいました!(やっぱりしゃべるんですね!)おどろいたことに、その子は人形であるのにもかかわらず、ほんとうの人のように目や口が動いて、表じょうを変えることができるようなのです(ふくわじゅつの人形みたいに、かたかた動くのではありません。ほんとうに生きもののように、なめらかに動くのです。さすがはアーザスです。悪いとはいっても、大魔法使いであることにちがいはありませんでした)。
「お待ちしておりました。わたしは、アーザスさまのめし使い、ソシーと申します。」ソシーと名のった人形の女の子は、そういって、ぺこりとおじぎをしました。
「ここでロビーさまのことをおむかえするよう、いいつかわされてきました。番犬のおててが、そそうをいたしまして、たいへん失礼いたしました。」
番犬のおてて? それって、さっきの白い手のことでしょうか?(番犬なの?)
「ロビーさまには手出しをしないようにと、めいじておりましたのに。わたしが、ひっこむようにめいれいいたしましたので、ご安心を。おしおきに、こんばんは、ごはんぬきにしますから。」
「え、えっと……、そんなのは、いいですから……」ロビーは思わず、あたふたと手をふってこたえてしまいました(ごはんぬきって、いったいあの手が、なにを食べるんでしょうか? なぞです)。
「それより、えっと、アーザス……、さん、の、めしつかいさんなんですか? ぼくに、その、どんなごようじなんでしょうか?」(思いもかけずかわいらしい子が出てきたので、ロビーもすっかり、こんらんしています。)
ロビーのといかけに、ソシーはもういちどぺこりと頭を下げて、いいました。
「ロビーさまのことを、アーザスさまのもとへと、おつれするようにとのめいれいにございます。ロビーさまいがい、このトンネルを通すことのないようにと。ですが、おひとりでこられましたので、よろしかったですね。もし、お仲間がごいっしょでしたら、その方たちには、おひきとりいただきますよう、わたしの方からせっとくしなければいけないところでしたので。」
ソシーはにっこり笑っていいましたが、そのゆびのさきからするどいやいばが飛び出てきたのを見て、ロビーは思わず背すじがぞっとしてしまいました。やっぱりこの子は、アーザスの手下なのです。悪意がないとはいえ、やみの者たちの仲間であることに、ちがいはありませんでした(「おひきとりいただくようにせっとく」というのは、つまりこのやいばのつめをもって、力ずくで追いかえすということを意味していたのです)。
「では、ロビーさま、まいりましょうか。こちらでございます。お足もとに、お気をつけくださいませ。」
そしてロビーはソシーにいわれるまま、おそるおそるでしたが、かのじょのあとについていくことにしました。ロビーはラフェルドラードの言葉を思いかえしていました。アーザスの目が、このしゅんかんにも、きみにむけられているとしても……。あの言葉はまさしく、その通りだったのです。悪の魔法使い、アーザス。その者はどこまでも強力で、おそろしいそんざいでした。だれであろうと、いつまでもその目からのがれつづけるなどということは、できるはずもなかったのです。こがね色のつばさに乗って、ロビーがこの地にやってくるということ。そしてひとりこのトンネルを通って、自分のもとへとやってくるということ。それらをすべて、アーザスは見通していました。
のぞむところだ。ロビーは心の中で、強くいい放ちました。
ぼくのかくごを、思い知ることになるぞ。
ロビーはソシーの肩ごしに、遠く、まだ見ぬアーザスのすがたを思い浮かべていました。
「あの……、ソシー、さん? まだなんでしょうか……?」
ロビーがしびれをきらして、前をゆく人形のソシーにたずねました。あれから、どのくらいの時間がたったのでしょう? 白い手(番犬のおてて)の出た広間から、このソシーにあんないされて、もうすくなくとも一時間以上も、この暗いトンネルの中を進んでいるようなのです。トンネルの中はあちこちに分かれ道があって、たしかにあんないがなければ、すぐ道にまよってしまいそうな感じでした。ですがそれでも、どうにもおかしな感じがしたのです。こんなに長く、このトンネルがつづいているはずがありません。トンネルのそと、空の上から見た感じでも、山をぬけてそのさきまでは、たいしたきょりではありませんでした。のろいのけっかいのせいで、ロビーにはそのさきの地上がどうなっているのか? そこまではわかりませんでしたが、ラフェルドラードの話からしても、アーザスのいるという城までは、そんなに遠くはないはずなのです(もっともアーザスの城がいつまでもそこにあるというほしょうは、どこにもありませんでしたが。アーザスは、大魔法使い。自分の城を動かして、ほかの場所にいどうさせてしまうことなど、たやすくできたのです)。
「もうじきですよ。もうじき、すべてがよくなりますから。わたしにすべて、おまかせください。」
ソシーがロビーの方をふりむいて、いいました。
「あっ、ロビーさま、そこは危険です。あと二ヤード、右を歩いてくださいませ。ちょうど、ぱっくんじゅうが飛び出してくるところですから。」
ぱっくんじゅう? いわれるままに、ロビーが右に二ヤード、よけて歩いていくと……。
「ばくんっ! がちがちがち!」
ひええ……! ロビーがそのまま歩いていこうとしていた、まさにその場所の地面から、とんでもなく大きな口が、ばくんっ! 飛び出して、その歯をがちがちとかみならしていました! あ、あぶなかった! こんなのにかみつかれたら、ひとたまりもありません。ふたたび地面の中にひっこんでいくかいぶつ(ぱっくんじゅう)のことを見ながら、ロビーはどきどきとなる胸をおさえました。
「ですから、わたしにおまかせくださいと申しております。」そんなロビーのことを見て、ソシーがつづけました。「ご心配にはおよびません。あなたさまに危害を加えるつもりなど、ございませんから。ロビーさまのおいのちをいただこうと思えば、いつでもいただけるのですよ。でも、そんなことをしたら、アーザスさまにしかられてしまいますから。」
こ、こわい……。やっぱりこの子は、アーザスの手下。こおりのようにつめたい心を持った、おそろしい相手なのです(まるで人形のようなつめたさです。人形ですけど)。
しかし「わたしにまかせるように」といったソシーの言葉は、もっともなものでした。このトンネルは、危険だらけ。ロビーひとりで進んでいけば、いつまたあんなおそろしいかいぶつに、おそわれないともかぎりません(しかもこれらのかいぶつたちは、悪意を持ってはいませんでした。おなかがへったからとか、なわばりに近づいたからとかいうりゆうで、こうげきしてくるのです。ですから人の悪意に反応するロビーの剣、アストラル・ブレードも、かれらにはききめがありませんでした)。くやしいことですが、このトンネルはソシーのあんないなくしては、ぶじに通りぬけることは、いくら光の力を持つロビーであってもむりなようでした。ここはおとなしく、ソシーにしたがうほかはなさそうだったのです(それにソシーほんにんも、とんでもなく強そうですし)。
ですが……。
これは、まぎれもありません。ソシーの、いえ、アーザスのわなだったのです。
アーザスが今、いちばんほしかったもの。それはロビーの持つ剣、アストラル・ブレードではありませんでした(もちろんそれも、とっても必要でしたが)。それは、時間だったのです。
もうじき、すべてがよくなりますから。ソシーの言葉です。この言葉はまさに、そのことをあらわしていました。もうじきエリル・シャンディーンの大平原で、白き勢力と黒の軍勢、そのさいごの戦いがはじまろうとしていたのです。その戦いの果てに、アーザスがのぞんでいたこと。それはただひとつ、エリル・シャンディーンの王城にそなわる青き宝玉のことを、その手の中におさめるということでした(戦いに負けたくには、相手ののぞむ土地や物などをひき渡さなければなりません。ワットはもちろん、ベーカーランドの青き宝玉のことをひき渡すようにようきゅうするつもりでした。青き宝玉の女神の光のかがやきは、悪しきやみをうちはらいます。ですからやみの力を持つアーザスは、いくらその光の力が弱まっているとはいえ、青き宝玉のそばに近よることができませんでした。そのためアーザスはワットの者にめいれいして、宝玉の力をすぐに、自分の魔法の力でもって、取りこんでしまうつもりだったのです。部下であるワットの者にちょくせつ青き宝玉に手をふれさせることができれば、その者を通して、宝玉の力を自身の持つ赤いキューブの中に取りこんでしまうことが、アーザスにはかのうでしたから。おもてむきは、青き宝玉の力をうばい、その力をもしのぐ赤いキューブの力をもって、ワットにさらなるはんえいをもたらすというやくそくのもとで……)。
アーザスはその戦いのけっちゃくがつくまでのあいだ、ロビーを自分のもとへとたどりつかせないようにと、ソシーにめいれいしていたのです。むだな遠まわりをしてロビーのことをつれまわし、さきに青き宝玉のことをもその手の中におさめてしてしまうまでの時間を、かせぐために……(そしてそのあとでゆっくり、ロビーの持つ剣を手にいれるつもりでした。かんぜんとなった赤いキューブの力によって青き宝玉のことをなきものにしてしまう前に、さきに宝玉の力を取りこんでしまうことができれば、剣の力を待たずとも、そのぶんアーザスは、自身の持つキューブの力をさらに強力なものにすることができたのです。アーザスはその力を、ロビーに見せつけてやろうとしました。そうなればロビーから剣をうばい取り、キューブの力をかんぜんなものにするなどということは、さらにかんたんなことになるのです。
もちろん今のままでもロビーをやっつけることなんて、アーザスはたやすいことだと思っていました。ですがアーザスは、自身のそのさらなる力を見せつけることに加え、青き宝玉の力を、そしてこのアークランドそのもののことをもその手の中におさめたというじじつまでをも、ロビーにつきつけて、ロビーの心にかんぜんなるぜつぼうをうえつけてやろうと考えたのです。ロビーのその心を、ぐしゃぐしゃにおしつぶしてやろうとしました。なんというひどいやつなのでしょう! アーザスはそのために時間をほっし、ソシーにめいれいして、ロビーをこうしてつれまわさせていたのです。ロビーのことをよりいっそういたぶって、楽しむ、そのためだけに……)。
時間がなによりもたいせつなのだということは、ロビーももちろんしょうちしていました(いつさいごの戦いがはじまって、アーザスのそのよこしまなるさいごのやみの力が、みんなのもとにふりかからないともしれないのですから)。こんなところで、むだな時間をついやすわけにはいきません。ですが……。
もはやロビーには、どうすることもできませんでした。ひとりでさきに進もうにも、こんなにいりくんだところにはいりこんでしまっては、もう道もわかりません(ソシーはわざとロビーのことを、このトンネルのいちばんふくざつで、しかもいちばん危険な場所へと、さそいこんでいました)。危険なかいぶつたちから、のがれるすべもないのです。それにアーザスの手下であるこのソシーという子をなんとかしないことには、はじめからそれもむりでした。ロビーはまんまと、アーザスにしてやられてしまったのです。
「あの丘の、むこうへ~、バスケットを持って~。」ソシーの上きげんな歌声が、暗いトンネルのかべにこだまして、どこまでもひびいていきました(歌まで! よくできたお人形です。あまりじょうずとはいえませんでしたが……)。
そのとき……!
ロビーのからだに、ふしぎなことが起こりました。まるで深い深い海の底にまで、自分のからだがしずみこんでいくかのような、ふしぎな感かく。
あたりはまっくらでした。そしてそこから、ひとつの光が生まれて……。
ロビー、ついに、さいごのときがきました。
その光の中から、いげんにみちた、ふしぎな声がひびいてきたのです!(女の人の声のようでした。)
だれ? くらやみの中で、ロビーはその光にむかってさけびました。
あなたはだれ?
ロビー、さあ、立ち上がるのです。道は、あなたの前にひらけています。進みなさい、ロビー。
そして光はまた、もとのくらやみの中へと消えていったのです。
「待って!」
ロビーがさけぶと、目の前にはただ、もとの暗いトンネルばかりが広がっていました。すべては、いっしゅんのあいだのできごとでした。道のすこし前には、ソシーのすがたもあります。いったい今のは、なんだったのでしょう? 夢か、まぼろしか。
「どうかされましたか?」ソシーがきょとんとした顔をして、ロビーのことを見ていいました。「待てとおっしゃるのなら、なん時間でもお待ちいたしますが。」
そのとき、ロビーは手にした剣のことを見ておどろきました。剣から今までに見たこともないような、うねかえったうずのような力があふれていたのです!
そして……。
ばああーっ!
剣からまっ白い光があふれ出して、トンネルの中をまばゆく白く、てらし上げました!
「きゃー!」ソシーがその白い光にてらされて、ひめいを上げます。
「こわい、こわい! やめて! その光、やめてえー!」
ソシーは手で顔をおおって、ちぢこまってしまいました。なにがなんだか? わかりませんでしたが、とにかくこれは、大きなチャンスです。このまま、アーザスのところまで! もうアーザスのわななんかに、足どめされている場合ではありません!
「アーザスのところまで、ぼくをつれていくんだ。」ロビーが、白い光につつまれた剣をソシーにつきつけながら、いいました。
「もうぼくは、まどわされない。きみのおどしは、もうきかないぞ。」
「わかりました! わかりましたから!」ソシーが顔をおおいながら、泣く泣くこたえます。「その光を、消してください! 絵の具がとけてしまいます!」
それをきいて、ロビーは剣を半分、腰のさやにしまいました(自分でもどうやればこの光を消せるのか? わかりませんでしたから)。これで光は半分ですが、あいかわらずトンネルの中は、まひるのように明るいのです。
「きみがなにもしなければ、ぼくもなにもしない。」ロビーがおちついた声で、つづけました。「まっすぐ、アーザスのところまでつれていくんだ。よけいなことを考えたら、こうだぞ。」
そういってロビーは、腰の剣をちょっとだけ長くひきぬきます。白い光がさらにはげしく、トンネルとソシーのことをてらし上げました。
「なにもしません! いうことをききますから! アーザスさまのところへ、おつれします! だから、ゆるしてえー!」
ちょっとかわいそうになってきましたね。ほんとうはロビーだって、こんな、相手をおどかすようなまねは、したくはなかったのです(それはみなさんも、よくおわかりですよね)。これ以上ひどい目にあわせるのも、ロビーのキャラクターじゃありませんし、もうかんべんしてあげましょう(ロビーはせいぎの主人公なのですから。ライアンだったら、ようしゃなさそうですけど……)。
ロビーは剣を半分以上、さやにしまいました。そしていつでも剣をぬけるぞといったそぶりを見せながら、大急ぎで、ソシーにいったのです。
「さあ、早くあんないして! 時間がないんだから!」
空にはえんえんと、あつい雲がつづいていました。きおんは朝よりももっと、ひくくなっているみたいです。今にもひと雨、きそうなふんいきでした。つめたい風がひとすじ、ひゅううと、まるでむれからはぐれたいっぴきのけもののように通りすぎていきました。
じこくはもうすぐ、みつばちのこくげん。おひるちょうどをむかえようとしていました。みつばちのこくげんというのに、あたりはだいぶ、ものさびしげです。ほんらいならば、おひさまがいちばん高くのぼる時間でした。しかしそのおひさまも、あつくたれこめた雲のむこうにかくれ、そのかがやきはぜんぜん感じられなかったのです。
そしてこの日、この時間。それはこのアークランドのれきしに残る、大きな大きなときとなりました。なぜなら……。
ぶおおおーっ! ぶおおおーっ!
あたりいちめんに、ぶきみなひくいつのぶえの音がこだましました。
そしてその音につづいて……。
「おおおー!」「ごがあー!」「ぐおおお……!」
そのつのぶえの音をもかき消す、たくさんのたくさんの、おそろしいおたけび!
さらには……。
がち! がち! がち! がち!
うちつける、はがねのこだま! それはまるで、ぜつぼうの海によせる波のように、この平原のすみずみにまでぶきみに広がっていきました。
もう、おわかりでしょう。これらのもの、それはすべて、ワットの黒の軍勢の者たちの立てる、おそろしいいくさの音たちだったのです(がちがちという音は、かれらがその手に持ったおそろしげな武器を、同じくおそろしげなたてやよろいにぶつけて立てている、その音でした。むかいあういくさの相手を、いかくし、きょうふさせるために)。
ここはエリル・シャンディーンのまちの前まで広がる、大平原。大河ティーンディーンのその大いなる流れのすそに広がった、静かなる平原でした。その静かなる平原のむこうから今、剣とたてとよろいかぶとに身をかためた黒の軍勢の者たちが、はしからはしまで、悪夢のような黒いかべとなって、おしよせてきたのです。
みつばちのこくげん、それが戦いのはじまりでした。おたがいの軍が使者と使者とをかわしあい、このじこくに戦いをはじめるよう、取りきめられたのです。ベーカーランドの兵は戦える者をみんな集めても、ようやく千二百。いっぽうの黒の軍勢は、いうまでもなく、この戦いでもちいることのできるそのさいだいの人数でした(せいかくには、いぜんにもお伝えしました通り、四千六百二十六名でした。ほんとうにきっちり、数が守られていればの話ですが)。しかも黒の軍勢のかれらは、ただの兵士たちではなかったのです。かれらはみな、戦いのエキスパート。せいえいぞろい。ひとりで五人ぶんもはたらけるほどの、つわものたちばかりでした。
さらに、それだけではありませんでした。かれらがみな「人」であったのなら、まだわれらが白き者たちの戦う勇気も、ちぢこまったりはしないことでしょう。ですが黒の軍勢は、人だけではなかったのです。
たくさんの、かいぶつの兵士たち。巨大なくまのようなかいぶつや、目玉だけのかいぶつ。へびやとかげのようなかいぶつ。そしてここに書くこともためらわれるような、なんともぶきみな生きものたち……。それらが同じくらいおそろしいかいぶつのしきかんのもとに集められ、隊をなしていたのです。
そして……、もっともおそろしき者たち。それはみなさんももうごぞんじの通り、やみのけんじゃガノンによびよせられた、魔界の王ギルハッド、そしてそのもとにつどった悪魔の兵士たち、そのかれらでした。かれらが金色にふち取られた黒いよろいかぶとに身をつつみ、そのかぶとのあいだからまっ赤な目をのぞかせながら、こうしんしてくるのです。その手にとんでもないほどに大きな、もえるサーベルをいっぽん、にぎりしめて……。
のろわれたる土地からよびよせられた、おそろしいかいぶつたち。そして魔界の王ギルハッドそのものにひきいられた、悪魔の軍勢の者たち……。こんなにおそろしい相手が、今までにいたでしょうか? 今までベーカーランドの勇者たちも、ワットの軍勢とはなんども戦って、たくさんの勝ちをおさめてきました。しかしこれほどおそろしい戦いが、今までにあったでしょうか?
なみの者であれば、そのおそろしいすがたを見ただけで、腰をぬかすか、剣を投げすてて、逃げ去ってしまうにちがいありません。それがふつうなのです。ですがそんなことが、できるはずもありません。そしてわれらが白き勇者たちが、そんなことをするはずもありません。おそろしさは、かれらも感じていました。ですがかれらが、にぎった剣をはなすとき……、それは敵のなさけようしゃのないこうげきの前に、もはや戦うこともできないほどの、深いきずを負ったときだけなのです。この戦いは、そういう戦いでした。いくさのおきては、たしかにそんざいします。ですがそのおきてにしたがっていてもなお、いのちを落とす者があらわれてもぜんぜんおかしくない、そういう戦いでした。今までにない、このアークランドの運命をきめる、だいじなだいじな戦いでした。
エリル・シャンディーンの戦いがはじまったのです。
ぱぱぱぱー! ぱぱぱぱー!
平原に、美しくもいさましいラッパの音色がひびき渡りました。これは、ベーカーランドの白き勢力の者たちのラッパです。
「勇者たちよ! ふるい立て!」ライラの力強い言葉が、その音色のあとにつづきました。
「勇気とわざを、見せるは今ぞ!」
いのちをもあずけることのできる、すばらしいしきかんの言葉。それは白き勇者たちの心をふるい立たせ、力づけ、はげましました。すばらしいエネルギーとなって、戦う者たちの心にしみ渡っていきました。ただそこにいるというだけで、すべての者たちの心はひとつにまとまり、かれらにいつも以上の力をひき出させることができる。それがしきかんというものなのです。そしてライラは(ちょっぴりこわいところもありましたが)そのすべての面において、もんくなしにすばらしいしきかんでした。
「おおおーっ!」
丘の上に、白き勇者たちのいさましい声がひびき渡ります。かれらは白の騎兵師団の人間隊の騎士たち、そしてライラのもとにいさましい剣のくんれんを受けた、せいえいの者たちでした。
「ほこりを胸に! 今こそ、われらがあかし、立てるとき!」
そのむこうで声を張り上げたのは、われらがベルグエルムでした。ベルグエルムもまた、白の騎兵師団の隊長。ウルファの隊をまとめ上げる、すばらしきしきかんなのです(今まで冒険のぶたいばかりでかれのかつやくを見てきたみなさんにとっては、しきかんとしてのベルグエルムのすがたに、ちょっととまどいを感じるかもしれませんね。ですがほんとうのかれは、いくさの場において、このように兵士たちのことをまとめてみなをしょうりへとみちびく、しきかんであるのです。でもわたしもふくめて多くの方が、こう思っているはずです。ベルグエルムには、冒険の旅の方がにあっていると。いつか、そんなに遠くないことでしょう。ベルグエルムがいくさの場でみんなをひきいていかなくてもすむときが、やってくるはずです。そう、いくさのない、へいわな世の中が)。
「きずついた友のため! われらがほこりのため! 戦うときだ!」
「おおおおーっ!」
ベルグエルムの言葉に、かれのもとにつどった勇者たちはみな、剣をかかげてふるい立ちました。
「副長ーっ!」べつの隊の中から、だれかがさけびました。
「フェリアル副長からも、お言葉をひとことー!」
それはベルグエルムの隊の、ちょっとむこう。もうひとつの隊をひきいる、われらがフェリアルにむけての言葉でした。その言葉をきいて、隊のみんなは思わず笑みまでもらして、フェリアルのことをはやし立てはじめます。
「ああ、うむ。」フェリアルはそういって、「こほん。」とせきばらいをしてから、いげんにみちたいい方をしようとがんばって(フェリアルにとっては、それはなかなかむずかしいことのようでしたから)言葉をつづけました。
「きみたちは、すばらしい勇士たちだ!」フェリアルがこぶしをふり上げて、さけびました。
「ともに戦えることを、ほこりに思う! みんな助けあって、がんばろう! 勝ってふたたび、この手にえいこうをつかむのだ! みんなのために! 祖国のために!」
すなおで、そしてちょっと古くさい、フェリアルの言葉。フェリアルはまだまだ、力やけいけんからいったら、隊長に上がるのにはふじゅうぶんかもしれません。ですがそれでも、みんなの心をつかみ、ひきつけるすばらしいみりょくが、フェリアルにはあったのです(それはみなさんも、よくごぞんじですよね)。
「おおおーっ!」
そしてみんなも、そんなフェリアルの言葉にしっかりとこたえました。
「だいじょうぶですよ、副長!」ひとりの若い騎士がさけびました。「おばけはみんな、わたしたちでやっつけますから!」
隊の中から、大きな笑い声が生まれます。みんなフェリアルの「弱点」については、もう知りつくしておりましたから。
「副長には、とびきり強そうなかいぶつをおまかせします!」
また、笑い声。このフェリアルの隊はライラやベルグエルムの隊とはちがって、だいぶくだけたふんいきでした。みんなフェリアルのよき仲間たちであり、よき友人たちでした。立場こそフェリアルは白の騎兵師団の副長としてしきかんのやくめを負っておりましたが、そこからはなれれば、ほかの兵士たちと同じ、みんなともに剣を学び、わざをきたえあった、仲間たちだったのです(とうぜんベルグエルムやライラからも、きびしーいくんれんを受けてきたのです)。フェリアルはそのにくめない、それでいてやるときはやる、そんなキャラクターによって、みんなからとてもあいされていました(ちょっとどじで、目がはなせないというのも、フェリアルの人気のりゆうのひとつでしたが)。このさいごの戦いにおいても、それは同じでした。みんなはそんなフェリアルのもとにつどい、ともに戦い、そしてともに助けあうのです。
「進軍! 進軍!」
ぱぱぱぱー! ぱぱぱぱー!
高らかなラッパの音がなりひびき、いくさの場におたけびがこだましました。黒の軍勢とあいまみえるときが、ついにやってきたのです。平原のむこうからとどく、おそろしい地ひびき……。どんよりとかげる空の下、そのかすみのかかったふきつな空の下から今、まっ黒な影たちがその地ひびきとともに、すこしずつ、大きく、広がっていきました。
「はじまってしまったな……」
エリル・シャンディーンの王城の、ぎょくざの間。そのバルコニー。アルマーク王がかなたの平原を見つめながら、つぶやきました。
「すべては、運命のなすままです。」アルマーク王のとなりには、エリル・シャンディーンのきゅうていまじゅつし長、ルクエール・フォートが立っていました。ルクエールは遠く空のむこうをながめやり、重々しいふんいきで、アルマーク王にいったのです。
「きゅうせいしゅどのがせいこうすれば、われらは勝ちへの道をおさめます。ですが、しっぱいすれば……」
「ほろびの道……。たんじゅんな話であるな。」アルマーク王がしせんをバルコニーの手すりにおろし、その手すりをこぶしでかるくたたきながら、こたえました。「光とやみ。そのどちらが正しいのか? それはだれにもわからないことなのかもしれぬ。」
アルマーク王の心をおおっていたもの。それはアルファズレドのことでした。いつか、このときがやってくる……。三十年前のあの冒険のさいごのときから、それはわかっていたことでした。りゅうの力を手にし、しはいの道をえらんだアルファズレド……。かれのえらんだその道も、またアルファズレドにとっては、せいぎだったのです。
「デルンエルム、せわをかけるな。」アルマーク王がうしろをふりかえり、そこに立っていたデルンエルムにいいました。「わたしに万いちのことがあれば、あとのことをたのむぞ。」
「めっそうもないことにございます。」デルンエルムがふりしぼるように、そういいました。「そのようなことは、たとえ万がいちであっても、あってはなりませぬ。」
「そうありたいものだな。」アルマーク王はそういって静かに笑みを浮かべ、デルンエルムの手から、ひとふりの王のつるぎを受け取ります。せい剣、ロスフォルド。ベーカーランドの王家に代々伝わる剣で、しょだいの王イェヒュリーが女神リーナロッドの力をそのやいばにさずかったとされる、名剣でした。
アルマーク王は剣のつかをぬいて、そのやいばをすこしだけひき出しました。せい剣は銀の光を放ち、こな雪のような光のつぶをあたりにちらせています。ひとめでそれが、すばらしい力をひめたしんぴの剣であるということがわかりました。この剣はぜんなる心あふれる者の手にあったとき、そのさいだいの力をはっきするのです。まさにアルマーク王にはぴったりの、光の剣でした。
「このつるぎを手にするのも、ひさしぶりだ。」アルマーク王は剣をふたたびさやにおさめると、そういって、なんともふくざつな表じょうを浮かべました。かつてアルマーク王はこの剣とともに、さまざまな冒険の数々をこなしてきたのです。それにはもちろん、あの赤りゅうたいじの旅のこともふくまれていました。アルマーク王はこの剣をもって、あのおそろしき赤りゅう、スラインドガルと戦ったのです。アルマーク王は今ふたたびこの剣を手にして、そのときのたくさんの、つらい旅のできごとのことを思い起こしていました(そのいちばんさいごのできごとは、友であるアルファズレドとの、わかれでした)。
「わがつばさの友人は、きげんをなおしてくれたか?」アルマーク王が、ふいにいいました。つばさの友人? そのとき。
ばさっ! ばさっ!
バルコニーのそとから、鳥のはばたくような音がきこえてきました。いえ、ただの鳥にしては、はばたきの音が大きすぎます。じゃあ、ただの鳥じゃない鳥でしょうか? それもちがいました。
「ひひーん! ひん! ぶるるる!」
これは、馬の声! ということは……。
「やれやれ、まだ、ごきげんななめのようだな。」
アルマーク王がにが笑いを浮かべながら、まどのそとのその「友人」に対していいました。
バルコニーの下から飛んできたのは、一頭の、つばさを持ったまっ白な馬のすがたをした、なんともふしぎでなんとも美しい生きものでした。この生きもののことを知っている方も、多いことでしょう。そう、ペガサスです! 見た目は馬にそっくりですが、その背中にはとても大きく、そして美しいつばさが生えていました。そして今、バルコニーの下からやってきたこのペガサスには、ほかのペガサスとはちがう点がひとつありました。それはその頭の上に、いっぽんのつのが生えているということです。これはユニコーンとよばれる生きもののつのでした。ふつうペガサスにはつのがなく、ユニコーンにはつばさがないのです。ですから、つのとつばさ、その両方を持っているこのペガサス(それともユニコーン? とりあえずペガサスということにしておきます。ややこしいですから)は、とてもめずらしいのでした(ペガサス自体、はじめからとてもめずらしいのですが)。
「ほかの馬と同じにんじんをあげてしまって、悪かった。だいじょうぶ。おまえは、ほかの馬とはちがう。とくべつだよ。今さら、いうまでもないだろ?」
アルマーク王がそういって友のことをなだめましたが、ペガサスはそっぽをむいて、きげんをそこねたままです(どうやらかなり、プライドの高い相手のようです。ほかの馬と同じにんじんを与えられて、かなりきげんをそこねてしまったようでした。う~ん、あつかいにくい)。
「わかったわかった。こんど、フィルカーから、また新しい魔法のにんじんをしいれるから。」
これをきいて、ペガサスはちょっと(というそぶりでしたが、じつはかなり)、きょうみをひいたようでした(ペガサスはとても頭がよく、人の言葉をりかいできるのです。自分で話すことはできませんが)。フィルカーというのは西の大陸ガランタのそのまた北にある島で、そこでは魔法の馬たちが、たくさんかわれていたのです。そこで作られている魔法のにんじんは、すべてのにんじんの中でも、さいこうきゅう! いっぽんがなんシリルもするという、とんでもないねだんのにんじんでした(このにんじんいっぽんぶんと同じお金で、やきたてパンなら五百こは買えることでしょう。なんてぜいたくな!)。
ペガサスはようやくきげんをなおしたようで、そのままバルコニーの上へとおり立ちました。つばさを下げて、その背に乗り手をむかえいれるかっこうです(やれやれ。
ちなみに、このペガサスはお伝えしましたようにとてもプライドが高く、人のいうことなんてぜんぜんきかなかったのです。ゆいいつ、このペガサスの友じょうを勝ち取ってその背に乗ることをゆるされていたのは、アルマーク王ただひとりだけでした(ペガサス自体も、一頭しかおりませんでした)。ですからほかの者たちだけでこのペガサスに乗って旅をするというようなことも、まったくむりだったのです(アルマーク王が乗っていれば、さすがにこのペガサスも、ほかの者をそのうしろに乗せるくらいのことはしてくれましたが)。
アルマーク王がひとりでこのペガサスに乗ってロビーのことをむかえにいったり、ロビーのさいごの旅のともをしたりというようなことも、いろいろな危険や問題が多かったため、できませんでした。いちばんの問題は、やはり安全せいの問題です。いくらペガサスで空を飛んでいたとしても、おそろしいディルバグに乗った黒騎士たちに見つかってしまうということは、大いにあり得ましたから。ですからアルマーク王も、ロビーの安全や旅のせいこうのかのうせいを上げるために、地上から危険をかいひして進んでいくことのできるベルグエルムたちやマリエルに、ロビーのことをみちびくそのだいじなやくめをたくしました。
そして怒りの山脈へのそのさいごの道のりのことについては、アルマーク王はノランからも説明を受けていた精霊王に、そのすべてをたくしたのです)。
「みやこの守りは、たのむぞ、ルクエール。」アルマーク王がそういって、ペガサスの背に乗りこみました。その腰には、せい剣ロスフォルドが。
そう、アルマーク王はさいごのけっちゃくをつける、そのために、アルファズレドと戦うけっしんをしたのです。アルマーク王は今、かれみずからのその新しい運命の中へと、ふみこんでいこうとしていました(アルマーク王は今、たしかに感じ取っていました。アルファズレドがさいごのけっちゃくをつけるために、このさいごの戦いのときにおいて、自分のところへむかってきていると。ですからアルマーク王は、それにこたえるため、みずからアルファズレドのところへむかおうとしていたのです。
ところで、このアークランドでは国王みずからがいくさの場におもむくということは、ほとんどおこなわれていませんでした。おもむくこともできましたが、まじゅつしたちやしきかんたちによって、とめられることがほとんどだったのです。やはり王の身というものは、配下の者たちにとって、自分たちのほこりのしょうちょうたる、だいじなものでしたから(そして兵士たちもきちんと、そのことをわかっていました。たとえ戦いの場にじっさいに王さま自身がいなくても、かれらはそのうしろにひかえる王さまのそんざいをはだで感じ、そのたのもしき心のささえを得ていたのです)。ですが今、さいごの戦いへとのぞむアルマーク王のことをとめることなどは、配下の者たちにも、だれにもできることではありませんでした)。
「ご安心ください、王さま。」ルクエールが手を胸におき、この勇者たる王にさいだいの敬意をしめしながら、いいました。「わがでしのロクヒューとマレインが、すでに守りをかためております。いくさの飛び火を、けっしてみやこにはいれさせませぬ。」(いくさのおきて、その中には「戦いの場ではないところにいくさのひがいをもたらしてはならない」というものがありました(王城の場合はじっさいの戦いがそこでおこなわれていなかったとしても、戦いの場の中に加わります。やはり城というものは、いくさのかなめでしたから。ですがそれにとなりあうみやこなどの場合は、戦いの場としてはみとめられていませんでした)。ですがこんかいのようなとくべつないくさでは、そのひがいがまちの中にまでおよんでしまうということは、じゅうぶんに考えられることだったのです。それを防ぐため、みやこの守りのために残った三人のきゅうていまじゅつしたち、ルクエール、ロクヒュー、マレインの三人は、エリル・シャンディーンのみやこに、魔法による守りのバリアーを張りめぐらせていました(いぜん、べゼロインとりででの戦いのときにもかれらは魔法のバリアーを張っていましたが、こんかいはまちそのものをおおうのですから、大きさがぜんぜんちがいます。ですがこのまちは、ただのまちではありませんでした。そう、このまちにはかの大けんじゃ、ノランの魔法があちこちにかけられていたのです。
そのひとつが、まちの空をただよう巨大な浮かぶ島たち。はじめてエリル・シャンディーンのまちを見たときにも、それはおどろきでしたよね。これらの島はまちの美しさをえんしゅつし、まちを水のひがいから守っているのと同時に、このまちをそとからの危険から守るというやくめをも果たしていました。
これらの島のまん中には魔法のエネルギーを大きくさせる力があって、まじゅつしがそこにバリアーの魔法をかけると、バリアーはこれらの島からどんどんと広がっていって、あたりをすっかりおおいつくしてしまうのです。つまりすくない人数のまじゅつしでも、いくつかの島さえあれば、まち全体をバリアーですっかりおおってしまうことができました。さすがはノランの魔法、すばらしいですね。まったくむだがありません))。
「心強いな。」アルマーク王がペガサスのたづなをたしかめながら、静かにほほ笑んでこたえます。
「では、たのむぞ。」
そしてその背に勇者たる王を乗せたペガサスは、お城のバルコニーからさらに高く、このなまり色の空の中へと消えていったのです。
ぽつぽつと小さな雨つぶが、その雲のあいだから落ちはじめてきたときのことでした。
次回予告。
「ひゃああ! こんな雨、ふるなんてきいてないよ!」
「おい、どこを見てるんだ?」
「ざひょうせってい! 一三九五、七二〇九!」
「兄さん……」
第27章「人の心」に続きます。