ちちちっ、ちちちち……。
あざやかなこがね色をした小鳥が二羽、美しいなき声を上げながら、頭の上を飛び去っていきました。空は雲ひとつない、かいせいです。春のおひさまは、さんさんとてりかがやいていました。吹きぬけてゆく、ここちのいいそよ風。それに乗ってはこばれてくる、草のかおり。みどりのしばふのそのところどころには、白やきいろやもも色の、小さな花々がさきほこっていました。しばふのむこうに広がるのは、いただきに雪をいだいた、ゆうだいな山々。そのすそのに広がる美しい大地の上には、すんだ水をたたえたきれいなみずうみを、あちこちに見て取ることができます。流れ落ちる、いくつかのゆうがなたきのすがたも見られました。
まことにここは、へいわそのもの。いちにちじゅうなにもせず、ただこのしばふに寝ころんでいられたのなら、どんなにしあわせな気分にひたれることでしょうか。
今そのしばふの上に、ふたりの子どもたちがならんで寝そべっていました。手足を大の字に広げて、ここちいいおひさまの光を、からだいっぱいにあびていたのです。ひとりは白く美しい、とてもりっぱなきぬの衣服に身をつつんでいました。かみは白に近い、しんじゅ色。金の羽のかみかざりをつけていて、その肩にはりっぱなもんしょうのはいった、さんかくのかたちをしたかざりものがつけられております。もうひとりは黒くなめらかなビロードの衣服に身をつつんでいて、やはりその肩には、もんしょうのはいったかざりがひとつつけられていました。かみは黒。腰のベルトには宝石のかざられた、小さな短剣がいっぽん取りつけられております。
ふたりとも、ひとめでどこかのくにのりっぱな身分の子どもたちであるということがわかりました。そしてその通り、かれらはとあるふたつの王国の、王子さまたちだったのです(肩についているもんしょうは、それぞれの王国のものでした)。身なりだけでなく、そのととのった顔立ちも、かれらの中身をよくあらわしていました。ですがかれらのねんれいはまだかなり若く、ふたりとも八さいか九さい、そのくらいであるかのようでした。
「気持ちのいいところだね。」しんじゅ色のかみの男の子が、うっとりとした顔をしていいました。
「おれの、ひみつの場所なんだ。」黒いかみの男の子が、ひとみをとじたままこたえました。
「だれにもいうなよ? おまえだけだからな。」黒いかみの男の子は、そういって「ふふ。」と笑みを浮かべます。「おれは、見こみのあるやつにしか、しんせつにしてやらないんだ。」
黒かみの男の子がつづけました。
「城のれんちゅうも、くだらないやつらばっかりでさ。自分のりえきばっかり考えてる。おれは、れんちゅうから見たら、ただのかざりみたいなもんさ。」
黒かみの子は、そういって「ふん!」と鼻をならします。
「そんな。アルちゃんはりっぱだよ。」しんじゅ色のかみの子が横をむいて、黒かみの子にいいました。「ぼくも早く、アルちゃんみたいにりっぱになりたい。」
いわれて、黒かみの子が「ふふ。」と笑ってこたえます。
「おまえは、じゅうぶんによくやってるよ。おれなんかよりも、はるかにうまくな。おまえには、城のせいかつがあってる。おれにはむいていないんだ。」そういって、アルちゃんとよばれた黒かみの男の子は、からだを「う~ん……!」とのばして、大きなあくびをしました。
「あーあ、早く、大きくなりてえな。そしたらおれは、冒険の旅に出るんだ。悪いやつらをばったんばったん! 残らずやっつけてやる。」黒かみの子がそういって、両手を動かして、剣で敵をやっつけるしぐさをしてみせます。「おれは、いつか、このアークランドをひとつにまとめ上げてみせる。そして、みんなが笑って暮らせる、へいわな世の中を作るんだ。」
「アルちゃんなら、きっとできるよ。」しんじゅ色のかみの子が、にっこり笑っていいました。「ぼくも、大きくなったら、アルちゃんといっしょに冒険の旅に出たいな。剣はまだ、にがてだけど、きっと強くなって、アルちゃんのことを助けられるようにするから。」
「よし、やくそくだぞ。」黒かみの子がそういって、しんじゅがみの子の手を取って、その手を大きくふりました(これは、ゆびきりげんまんみたいなものでした)。「早く、強くなれよ。おれたちがそろったらむてきだってこと、みんなにわからせてやろうぜ。」
「やくそく。」しんじゅがみの子がそういって、またにっこり笑います。
「ぼくたちは、ずっと友だちだよ、アルちゃん。」しんじゅがみの子がいいました。「ベーカーランドも、ワットも。」
ベーカーランド……。ワット……。
そして、しんじゅがみと黒かみの、ふたりの王子さまたち……。
もうおわかりでしょう。このふたりの子どもたちは、おさなきころの、アルマークと、アルファズレド、まさしくそのかれらだったのです。
「あたりまえさ。」小さなアルファズレドが、「ふふっ。」と笑ってアルマークにいいました。「おれのとなりは、いつでも、おまえのためにあけといてやる。おれたちは、ふたりでひとりみたいなもんだからな。ベーカーランドとワットも、いつまでも友だちだ。」
アルファズレドはそういって、アルマークの手をにぎります。
「いいから、おれのことは、アルファってよべよ。アルちゃんって、がらじゃないぜ。それに、おまえだって、アルちゃんだろ? アルマーク。」
「うん、まあ、そうなんだけどね。」小さなアルマークが、そういって笑いました。「じゃあ、アルファちゃんにしようか?」
「それじゃ、こないだきた、あいつみたいだろ。あの、シープロンの、メリアンとかいうやつ。いきなりおれのこと、アルファーちゃーん! とかいって、だきついてきやがって。おかしなやつだな、あいつは。」
それをきいて、アルマークは思わず「あはは。」と笑ってしまいます(ベーカーランドとシープロンドはむかしからのつきあいでしたから、アルマークはメリアンのことも、このころからよく知っていました。だいぶ変わった子だな、とアルマークもずっと思っていたのです)。
「アルファでいいよ。その方が、おれも気らくだからさ。」アルファズレドがいいました。
「わかった。」アルマークがこたえます。
「アルファ。」
おひさまの光のふりそそぐ、空の下。
ふたりはいつまでも、そのしばふに寝そべって、あつい夢を語りあっていました。
ぐわー! ぐわー!
つめたい小雨のふりしきる、なまり色の空の下。そのまっ黒なつばさをはばたかせて、今大きな二羽のからすが、いちもくさんに雲のむこうに飛び去っていきました。それはかなたからせまりくる、なにかおそろしいエネルギーからのがれるためでした。風に乗って、この空気から伝わって、ぴりぴりとふるえるような、なにかのもえるような、きなくさいエネルギーの波がここまでとどいてくるのです。
そしてその力のみなもとは、すぐにあきらかになりました。あつくたれこめる、その雲のむこう。そこから今、なにかとてつもなく巨大なきょうふのものが、こちらへとむかってやってくるところだったのです。
雲のあいだから飛び出してきた、その巨大なからだ。おそろしいかぎづめを持った、ふたつの手。とげのならんだ、大きなしっぽ。全身はあつくかたいうろこで、すっかりおおわれております。そしてその背中からは、おそろしいほどのエネルギーを放つ巨大なふたつのつばさが、ばっさばっさ! はばたいて、その巨大なからだをちゅうに浮かせていました。
なによりもおそろしいのは、その顔でした。ぎらりと光る、金色のひとみ。頭にふたつ、鼻の上にひとつ、大きなつのが生えております。鼻からはもくもくと、白いけむりが吹き出ていました。そしてその巨大な口。そのあいだからは、いっぽんいっぽんが人の背たけほどもあろうかというおそろしいきばが、ならんで生えていたのです。
この生きものは、伝説に名高いりゅうでした。からだの色は、くすんだもも色。そうです、このりゅうはエリル・シャンディーンの戦いにおいて、ベーカーランドの白き勇士たちのことをふるえ上がらせた、そのもも色りゅうでした。かつてアークランドを荒らした、赤りゅう。その赤りゅうの子であるこのもも色りゅうは、今まっしぐらに、エリル・シャンディーンの王城へとむかって飛んでいるところだったのです。その下では、いまだ白き勇士たちが、けんめいの戦いをくり広げているところでした。しかし戦いのけつまつは、もはやあきらかだったのです。このもも色りゅうが、これ以上手をくださずとも……。
もも色りゅうドルーヴは、まさに今、自身のそのふくしゅうのちかいを果たさんとしているところでした。まっしぐらに、エリル・シャンディーンへ。そしてそこにいるふくしゅうの相手、アルマークのもとへと。
その背に同じく、アルマークとのさいごのけっちゃくをつけんとしている、アルファズレドのことを乗せて……(このもも色りゅうのことを手にいれたアーザスにとって、いくさの勝ち負けにこのりゅうの力がちょくせつにかかわらなくても、それはたいした問題ではなかったのです。アーザスのもくてきは、ただひとつ。さいごの戦いにおいて、ベーカーランドの者たちに、ただひたすらのぜつぼうを与えること……。そしてそれはもはや、果たされていました。ですからこのりゅうのことをまかされていたアルファズレドは、もはやいくさの勝ち負けなどにはかんけいなく、さいごのおのれの運命のために、このりゅうとともに、アルマークのもとへとむかったのです。そしてアルファズレドがそうするだろうということは、このりゅうのことをアルファズレドにたくしたアーザスにも、よそくできていました)。
雨にくもった空のむこうに、エリル・シャンディーンの白き王城が見えてきました。その前には、ちゅうに浮かぶたくさんの魔法の小島をそなえた、まちなみが広がっております。その小島から広がる魔法のバリアーが、エリル・シャンディーンのまちをすっかりおおいつくして守っていました。これはいぜんにも説明しました、ノランの魔法の力によるものです。そしてその魔法の力を大きくさせてじっさいにまちを守っていたのは、ベーカーランドの若ききゅうていまじゅつしたちである、マレイン・クレイネルとロクヒュー・テオストライクの、両名でした。エリル・シャンディーンのまちなみは、もっか、このふたりのまじゅつしたちの手によって、守られていたのです(この守りの魔法をずっとたもちつづけるのには、ノランの魔法の力に加え、かれらほどの魔法の使い手の力が必要だったのです)。そしてきゅうていまじゅつし長であるルクエール・フォートは、アルマーク王じきじきのいらいにより、エリル・シャンディーンの王城の守りをおおせつかっていました(まことにこの三名のきゅうていまじゅつしたちの力がなかったなら、人々はとても、この場にとどまっていることなどはできないでしょう。かれらはまさに、このエリル・シャンディーンの守りがたな、そのものだったのです)。
もも色りゅうが、エリル・シャンディーンのまちなみに近づいていきました。しかしりゅうは、とてもかしこい生きものです。まちが魔法のバリアーによって守られているなどということは、いわれるまでもなくわかっていたことでした(そしてこのまちにいくさのひがいをもたらしてはならないというルールのことも、もちろん知っていました)。ドルーヴのもくてきは、このまちではないのです。ただひとつ、アルマークのいる王城、それだけでした(たとえ王城が強力なバリアーによって守られていたとしても、ドルーヴはおかまいなしに、そこにつっこんでいくつもりでした。まさに力わざで、魔法の守りをとっぱしようともくろんでいたのです。ドルーヴほどのおそろしいりゅうならば、できないことではありませんでした)。
そしてもも色りゅうドルーヴがその怒りにもえて、もえさかるほのおの息をいつでも敵に吹きつけてやれるという、まさにそのとき……。
「アルファ!」
とつぜんにさけばれた、アルファズレドの名まえ! ですが、ここははるかな空の上。いったいどこから、その声はきこえたのでしょうか?
ばさっ! ばさっ!
つばさのはばたきとともに、その声はりゅうの頭の上からひびいてきたのです! そしてりゅうの背に乗るアルファズレドが、その目を高く空にむけると……。
今そのしせんのさきから、白いつばさを持った白い馬に乗ったひとりの人物が、こちらへとむかってまっすぐにおりてくるところでした! 白いよろいに身をつつみ、その手にきらめくいっぽんのつるぎを持った、ひとりの人物。そのかみは、かがやくようなしんじゅ色……。そう、この人物は、まぎれもありません。ユニコーンのつの持つペガサスに乗った、ベーカーランドの白き王、アルマーク・クリスティア・ベーカー、その人だったのです!(アルマークはアルファズレドとのさいごのけっせんにのぞむため、ひとりペガサスの背に乗って飛び立ちました。ワットの王城、アルファズレドのもとにむかうつもりだったのです。しかしその道のりは、思いもかけず大きなへんこうをともなうことになりました。道のとちゅう、アルマークはふきつな影を目にしました。それはまさしく、きょうふそのものでした。アルマークはかなたの空を飛びゆく、もも色のりゅうのすがたを見たのです。そしてアルマークはそのりゅうの背に、運命の相手のすがたを見ました。そう、アルファズレドです。アルマークは大きく空をまがり、りゅうの背に乗るアルファズレドのことを追いました。そしてついに、アルマークはそのアルファズレドのもとへと、たどりついたのです。)
「アルマーク……」アルファズレドがちゅうを見上げてそうつぶやき、腰におびた剣をぬき放ちました。黒いオーラを放つ、まっ黒なやいばを持った、おそろしきつるぎ。これは力をもとめるアルファズレドがついにいきついた、きゅうきょくの力を持つやみの魔法の剣でした。その名も、ガルヴァード。この剣で切られた者はそのからだからいのちの力をすい取られ、そして剣を持つ者は、ぎゃくにその力をましていくのです。それと同時に、剣のやいばもさらに、その力をましていきました。力が、力を生む。おそろしい剣です。
とつげきしてくる、アルマークのペガサス! そして……。
がきいーん!
ぶつかりあう、剣と剣! 白きつるぎ、せい剣ロスフォルドの光のエネルギーと、黒のつるぎ、よこしまなる力持つガルヴァードのやみのエネルギーとが、ともにはじけ、空中でばちばちとエネルギーの火花をちらしていきました。
ふたたび、体勢をととのえるアルマーク。アルファズレドもりゅうのその巨大なからだをあやつって、アルマークにむかいます。
もういちどむきあった、ふたりのえいゆうたち。そして……。
がききーん!
ふたたびぶつかりあう、二本のつるぎ! 剣のエネルギーはこの暗くにごったなまり色の空の中をも、かがやく光とやみにそめ上げました。
「アルマーク!」アルファズレドがさけびました。「おれとおまえと、どちらが正しかったのか? 今こそ、そのこたえを出すときだ!」
アルファズレドを乗せたりゅうが、アルマークにむかっていきます。そしてアルマークもふたたび、まっこうからりゅうに立ちむかっていきました。
「アルファ! おまえに、わたしはたおせん! いつわりの力にすがった、今のおまえにはな!」
がきいーん!
うちかわされ、はげしくはじける、剣のエネルギー。もえさかるほのおのように吹き出したそのふたつのエネルギーは、そのままおたがいにぎりぎりとおしあい、ぶつかりあい、ふたりのえいゆうたちのからだをまるでからみあう二ひきのへびたちのように、取りかこんでいきました。
やいばをまじえたまま、かれらはおたがい、いっぽもひきませんでした。剣をにぎる手に、さらに力がこめられていきます。目の前には、かつての友のすがたがありました。おたがいに、えいえんの友じょうをちかいあったはずのふたり。それが今では、かわすやいばのさきにしか、その顔をたしかめあうことができないのです。なんという運命なのでしょう。なんというかなしみなのでしょう!
アルファズレドの口もとが、わずかにゆるみました。
「なかなか、うでを上げたな、アルマーク。いつも、おれのあとをついてくる、ひよっ子だったくせに。」
アルマークもその口もとをゆるませ、それにこたえます。
「おまえのとなりの席を、勝ち取ったわたしだぞ。努力をおこたったのなら、おまえに申しわけが立たないからな。わたしも、成長しているんだ。」
ぎゃりん!
剣がふたたびはじかれました。アルマークの乗るペガサスが、はずみで空中によろよろと投げ出されます。そしてそこに!
ぐおおおおー!
もも色りゅうの、おそろしいほのおの息! そのほのおはペガサスのつばさをかすめ、すんでのところで、アルマークのからだをはずしていきました。まともにくらったら、ペガサスもアルマークも、そのままその身をやきこがされて、まっさかさま。勝負はいっしゅんのうちについてしまったことでしょう。まことに、おそろしい相手です。
アルマークはこきゅうをととのえ、今いちどアルファズレドにむかいあいました。
「アルファ、きみは、わたしのもくひょうだった。そんけいしてもいた。」アルマークが剣をかまえて、アルファズレドにいいました。
「だが、今のおまえはちがう。今のおまえの力は、おまえ自身の力ではない。いつわりの力だ。今のおまえは、わたしのあこがれたおまえではない。わたしがもういちど、おまえに、むかしの心を思い出させてやる。ともに夢を語りあった、あのころの心をな!」
アルマークがとつげきしました! しかし……!
もも色りゅうドルーヴは、そのときすでに、つぎのこうげきへのわなをしかけていたのです。さきほどのほのおは、アルマークのことをこうげきにゆうりな位置へとみちびくための、さそいでした。アルマークがアルファズレドにむかっていく、まさにそのとき。その目のとどかないところから、もも色りゅうのそのおそろしいこうげきが、アルマークのことをとらえたのです。
びゅっ! 空を切る、なにかの音。そして、そのいっしゅんののち……。
「ぐはっ……!」
アルマークの口からもれる、くるしみの声……。
アルマークはそのまま、ペガサスとともに落ちていきました。アルマークのからだから、ぼろぼろと、くだけた白いよろいのはへんがこぼれ落ちていきます。
アルマークをおそったもの、それはりゅうのそのしっぽでした。りゅうのその長いしっぽは、アルマークの目のとどかないしかくから、ふいをついて、ペガサスのからだとアルマークのわきばらをうちすえたのです。いくらよろいに身をつつんでいるとはいえ、このいちげきはまさに勝負をきめる、そのいちげきとなり得るものでした。
ですが……。
われらがベーカーランドの白き王は、まさしくえいゆうでした。りゅうのいちげきをまともにその身に受けながらも、アルマークはふたたび、落ちていく空中で体勢を取りもどし、その場にふみとどまったのです!
エルダー・エリル・アーマー。アルマークが身につけていた、せいなるよろいの名まえでした。このとくべつな力を持つ魔法のよろいがなければ、アルマークはひとたまりもなく、からだをうたれ、骨をくだかれ、小雨のふりしきるこの空の中を、まっさかさまに地上へとむかって落ちていってしまっていたことでしょう。そしてそのさきに待ち受けているものは……、ただひとつの、悪夢のようなけっかであったはずです。
アルマークはふたたびその手にせい剣をにぎりしめ、頭上のりゅうに立ちむかいました。しかし、せいなるよろいのおかげでおそろしいりゅうのこうげきをなんとかくいとめることができたものの、アルマークの受けたダメージは、そうとうなものでした。うちすえられたわきばらからは、血がにじみ、なんとも痛々しそうです。そして、せいなるよろいエルダー・エリル・アーマーは、ぼろぼろにくだけちり、もはやよろいとしての力はほとんど残っていませんでした。つぎにまたりゅうのこうげきを受ければ、そのときこそ、助かることはできないでしょう。
さらに、アルマークの乗るゆうしゅうなるペガサス。かれもまた、りゅうのしっぽのいちげきをその身にあびて、かなりのダメージを受けていました。もはやかれも、今までのようには、そのつばさをかることはできないはずです。しかしこのペガサスは、まことにえいゆうをその背に乗せるのに、ふさわしい生きものでした。乗り手のアルマークがえいゆうなら、このペガサスもまた、痛みやきょうふにたえることのできる、まことのえいゆうだったのです(ちょっとせいかくは悪いですけど)。このペガサスは、クリーブという名まえをつけられていました。そしてそれはそのもの、「力持つえいゆう」という意味の言葉だったのです(ですから気がるに、馬などというあつかいをしてはいけません。へたなことをすれば、そのうしろ足で、キックされてしまいますから)。
クリーブの背に乗るアルマーク。その目はまっすぐに、りゅうへ、そしてその背に乗るアルファズレドのもとへとむけられていました。もも色りゅうのそのおそろしい金色のまなざしが、アルマークのことをぎろりとにらみつけております。このもも色りゅうドルーヴも、また悪のえいゆうとよべるものでした。いっしゅんたりとも、ゆだんはできません。アルマークはりゅうのその口に、つめに、足に、そしてしっぽに、ゆだんなくしんけいを集中させました。
アルファズレドが、その黒のつるぎをアルマークにつきつけました。その目はまっすぐ、アルマークのことを見つめております。アルファズレドの顔からは、さきほどまでの笑みはもはや消えていました。おそろしいまでのまなざし。すきのまったくないその動き。目の前にいるのは、おそろしい黒の軍勢をひきいてアークランドのそのすべてをしはいしようともくろむ、ワットの黒の王、アルファズレド・セルギアティス・ルーイエ、まさしくその人だったのです。
アルファズレドを乗せたりゅうが、アルマークにとっしんしました! アーザスによってたぶらかされた、怒りのりゅう。今こそ、親である赤りゅうをたおされた、そのうらみを晴らすときなのです。このりゅうはまさしく、怒りのエネルギーのかたまり、そのものでした。もも色りゅうドルーヴは、今までなん十年と、暗いどうくつの中でひっそりとふくしゅうのときを待ちつづけていたのです。その怒りのエネルギーがばくはつした今……、ドルーヴはまさしくふくしゅうのおにとなって、そのほんらいの力をなんばいにもふくれ上がらせていました。ただひとつ、アルマークのことをうちたおす、そのためだけに。
「これで終わりだ、アルマーク!」アルファズレドがさけびました。「これが、おれのせいぎ! おまえは、せめて、おれのこの手でほうむってやる!」
剣をかまえてとつげきしてくる、アルファズレド! アルマークは身じろぎひとつせず、そのすべてを受けいれようと待ちかまえました。りゅうのつばさのはばたきは、ねっきをおびたすさまじい風となって、アルマークの全身をおそいました。しかしアルマークは、まっすぐ前を見すえたまま動じません。りゅうの口から、ほのおが吹きつけられます! ですがアルマークは、すでにそれを見切っていました。つばさを下げるクリーブ。ほのおはその上を通り、アルマークのかみをすこしだけこがして、うしろの空に消え去っていきます。それからすぐに、怒れるりゅうのその両手のつめが、アルマークのことをひきさかんとおそいかかりました。しかしアルマークはまたしても、そのつめをひらりとかわし、りゅうのうでのその中を、かいくぐっていったのです。そして……。
アルマークは、もも色りゅうのその頭の上へと、ペガサスのつばさをはばたかせました!
「うおおおー!」
アルマークがさけび声とともに、その身ひとつでアルファズレドに飛びかかります!アルマークのねらいは、はじめからひとつでした。おそろしいりゅうのそのこうげきをかわすための、いちばんのしゅだん。それはりゅうのこうげきのとどかないところに、その身をおくということなのです。それはまさしく、アルファズレドのいるところ。りゅうのその背中の上にほかなりませんでした。
そう、アルマークはクリーブの背から、アルファズレドのいるりゅうの背のそのもとへと、ただひとり飛びうつったのです!
クリーブがひとり、空高くはなれていきます。しかしもも色りゅうドルーヴの心は、ただひとつ、アルマークのみにむけられていました。ドルーヴはつばさを動かして、その背に乗ったアルマークのことをふりはらおうとしましたが、だめでした。アルマークとアルファズレドのふたりがいる場所は、まさにりゅうのしかく。こうげきの手のとどかないところだったのです。ドルーヴは歯をぎりぎりとならして、いきり立つばかりでした(へたなことをすれば、味方のアルファズレドまでまきぞいにしてしまいますから。それはアーザスからも、かたくとがめられていたことだったのです。そしていくら怒りにかられたドルーヴとて、そこまでばかではありませんでした)。
りゅうの背の上で、ふたたびあいまみえるふたり。そしてふたたびうちかわされる、剣と剣。それはおたがいに、いっぽもひき下がることのできない戦いでした。たとえこの身がほろびようとも、かれらはおたがいに、それぞれのけっちゃくをつけなければならなかったのです。ひとりは、かつての心を相手に取りもどさせるため。そしてもうひとりは、自分のえらんだ道が正しかったというじじつを、相手につきつけるために……。
「もどってきたぞ!」アルマークが、かわす剣のやいばのあいだから、そのむこうにいるかつての友にいいました。「このねばり強さは、きみから教わったものだ。三十年前の、あの冒険の旅の中でな!」
アルファズレドが、するどいまなざしのままこたえます。
「ひよっ子に、このおれがこえられるとでも思っているのか! おれは、力にすべてをささげた! 今のおまえなど、もはや、おれの敵ではない!」
上空に吹き荒れる風は、すさまじいほどのものでした。それに加えて、りゅうのからだから吹き出されるおそろしいまでのエネルギーが、びりびりと、ふたりのからだにうちつけられていくのです。足もとは、りゅうの背の、そのうろこの上。まさしくここは、このふたりのえいゆうたちの運命をきめるにふさわしい、さいごのけっせんのぶたいでした。
「あのとき!」アルマークがふたたび、さけびました。「なんとしてでも、きみをとめるべきだった! すべては、わたしのせきにんだ! だからわたしは、今、この身のすべてをささげてでも、きみのことをとめてみせる!」
アルファズレドが悪の道に進んだ、そのさいだいのきっかけ。それはかれの首にかかる、ひとつのりゅうの力のメダルだったのです。アルマークはアルファズレドがそのメダルを取ることを、とめることができませんでした。そのことはずっと、アルマークの心をしめつけつづけていたのです。
「ほざけ! おまえに、なにができる! ぬるま湯につかりきった、ふぬけたおまえに!」
アルファズレドがそうさけんで、手にしたつるぎガルヴァードのやいばに力をこめました。とたんに、黒のやいばからしっ黒のエネルギーがわき起こり、アルマークにおそいかかります! そしてアルマークもまた、せい剣ロスフォルドのやいばに、あらんかぎりの力をこめました。その光の力が、悪のやいばの力にあらがっていきます。
ぎりぎりときしむ、ふたつのやいば。強力な魔法の力を持つ二本のつるぎから、まるでいなずまのように、魔法のエネルギーが吹き出していきました。まことに、全身ぜんれい。その戦いは、白と黒。ぜんと悪。それぞれのえいゆうたちのその力の大きさをしょうちょうするかのような、すさまじい力と力のぶつかりあいでした。
光とやみ。うちかわされる二本のつるぎ。しかし……、黒のえいゆうのそのおそろしいまでの黒の力は、もうひとりの白きえいゆうの力を、大きく上まわっていたのです。
「ぐわあああっ!」
アルマークのそのいっしゅんのすきをついて、悪のやいばガルヴァードから放たれた黒のいかずちが、せい剣ロスフォルドの守りを破り、アルマークのからだをうちすえました! アルマークはそのまま吹き飛ばされ、りゅうの背の上にたおれこみます。すかさず、もも色りゅうドルーヴがその背を大きくかたむけ、アルマークのことをふり落とそうとしました。ドルーヴの背の上をすべっていく、アルマーク。あぶない! 落ちる! そしてアルマークのからだがりゅうの背の上からはるかな地上へとむかって落ちていこうかという、そのとき。アルマークはりゅうのそのうろこのいちまいに手をかけて、なんとかそのふちにふみとどまったのです。しかしもう、勝負のゆくえはあきらかでした。まさに、ぜったいぜつめい。アルマークのつるぎ、せい剣ロスフォルドは、りゅうの背の上からはるかな地上へとむかって、落ちていってしまいましたから……。
「むだだ。」アルファズレドがガルヴァードのやいばを、りゅうの背のふちにしがみつくアルマークにつきつけて、いいました。
「しょせん、おまえのいうことなど、夢物語にすぎない。この世界は、力こそがせいぎ。弱き者は、力ある者にしたがうのみだ。」
アルファズレドがその黒のやいばをかまえながら、ゆっくりと、アルマークのもとに近づいていきます。もはやアルマークには、なにもなすすべは残されてはいませんでした。
「さらばだ、友よ。」
アルファズレドの剣が、アルマークの上にふりおろされようとしていました。
「ここだ……、アーザスは、ここにいる……」
暗きめいろの果て、ロビーとソシーはその門の前にたどりつきました。
めいろの中には、生きもののけはいはまったく感じられませんでした。あるのはただ、くるしみにあえぐたましいたちの、声にならないひめいだけだったのです。
めいろの中は、しんと静まりかえっていました。ロビーの歩くくつの音だけが、ただかつんかつんとひびいていきました。てんじょうは高く、そのさきはやみにつつまれていて、まったく見えません。いったいどこまでこのてんじょうがつづいているのか? ぜんぜんけんとうもつきませんでした。
めいろの中にはたくさんの黒い川が流れていて、その上には黒い石でできたぶきみな橋がかけられていました。黒い流れははるかな下にあって、橋はその流れから、百フィートほども上にかけられていたのです。橋には悪魔のようなすがたをした生きものの石ぞうが、たくさんならんでいました。それはソシーのことをおそったあのおそるべきわなの石ぞうに、そっくりでした。ロビーは意をけっして、ソシーのことをかばいながらそれらの橋の上を走りぬけてきましたが、それらの石ぞうには、なんのわなもしかけられてはいませんでした(あるいはしかけられていたのかもしれませんが、アーザスがそれをとめていたのかもしれません)。
数えきれないほどたくさんのかいだんが、めいろのあちこちにつくられていました(のぼってみたらただかべがあっただけということも、なんどかありました)。ロビーはそれらのかいだんを同じく数えきれないほどのぼったりおりたりしていきましたが、かいだんをのぼったはずなのに、たどりついたところはさっき見えていた下の階の広間、というようなこともなん回もありました。ですからいったい、自分のいるところはどれほどの高さのところなのか? それすらもぜんぜんわからなかったのです。まことにこのめいろは、ちつじょやじょうしきとはまったくかけはなれた、でたらめきわまりない悪の道でした。
ロビーは自分の感かくにみちびかれるまま、このめいろの道を進んでいきました。もしこれがロビーでなかったとしたら、このめいろにふみこんだ者はあっというまに道にまよってしまって、アーザスのそのやみの魔法の力に取りこまれ、えいえんに、このおそろしいやみの中をさまよいつづけることになるでしょう(あるいはその前に力つき、たましいのほのおとして、アーザスにその力をすいつくされてしまうことでしょう)。そして、どれほどの時間がたったのでしょうか? ロビーはついに、その巨大な門のその前へとたどりついたのです。
それはこれまでに見てきたものの、そのどれよりもおそろしい門でした。高さは三十フィートほど。血のように赤いぶきみな石でできていて、そのあちこちに、ゆがんだ目や口や手をかたどったちょうこくがなされていました。それはこのアーザスの城のことをつつんでいた、あの生きているバリアーにそっくりでした。門の上にはおそろしいすがたをした生きものの石ぞうが二体、むかいあうかたちで取りつけられております。そしてその二体の石ぞうが、手にいだいていたもの。それは今までだれも見たことのないかのような、ぶきみなかがやきを放つひとつの石でした。かたいのか? やわらかいのか? それすらもはっきりしません。さっきまでのかたちが、つぎのしゅんかんには、ちがっているかのような、そんなきみょうないんしょうを受ける石でした。そしてその石には、このアークランドにあるどんな本にものっていないと思われる、おそろしい悪のもんしょうがきざみこまれていたのです。たくさんの星を重ねたような、まるででたらめなかたち。そしてそのまん中に、もえる目をかたどった宝石がひとつ、はめこまれていました。その目が、門の下に立つロビーのことを、ぎろりとにらみつけていたのです(このもんしょうはアーザスに力を与えている、そのやみの世界のもんしょうでした。まともな者が、うかつに手を出すべきちしきではありません)。
ロビーは門のとびらに、そっとその手をかけました。ぐ、ぐ、ぐ……。門と同じ赤い石でできた重いとびらが、ゆっくりと、その内がわに動いていきます。ロビーは門の中をのぞきこみました。中はまっくらです。なにも見えません。しかしロビーは、たしかに感じました。
アーザスは、このおくにいる……。
ロビーは腰の剣をぬきました。剣のやいばは、今は静かなかがやきにもどっていました。まるで、きたるべくさいごの戦いがわかっていて、それに心静かにそなえているかのように……。剣の光が、うでの中にあるソシーの顔を静かにてらしました。ソシーはずっと、荒い息使いをしたまま、目をあけることはありません。深いやみの底の中で、ソシーは今、せまりくるその悪の力に、ずっとあらがいつづけているかのようでした。
剣のかすかな光にてらされた道を、ロビーは進んでいきました。この道はあきらかに、今までの道とはちがいました。空気があつくべたついていて、じっとりとしていたのです。まるですぐそばに、あついようがんのかたまりがあるみたいに。そしてしゅーしゅーという、吹き上がる湯気のような、なにかの生きもののこきゅうのような、おそろしげな音。その音がこの道のあたりいちめんから、なりひびいていました。
息をすうたびに、ロビーは顔をしかめました。胸がやけつくようです。とても、まともな生きもののすうような空気ではありません。ロビーはなるべく空気をたくさんすいこまないように、静かな足取りで、この道を進んでいきました。
道はすこしさきで、ゆるやかなのぼりかいだんにつづいていました。ロビーはしんちょうに、そのかいだんをふみしめていきます。のぼったさきは、長いろうかになっていました。ろうかの床はつるつるとした、なめらかな黒い石でおおわれております。同じくなめらかな黒い石でできた両がわのかべには、まるいすべすべしたガラスのような石が、同じかんかくでたくさんならんでうめこまれていました。そしてロビーが、そのろうかに足をふみいれたとたん。
ふいいん。そのまるい石たちが、つぎつぎに赤い光を放っていったのです。それはロビーの進むその足取りにあわせて、道をてらしていきました。そしてしばらくいった、そのさき。ロビーはそこに、なにかとてつもないほどの力をひめた、あるもののそんざいを感じ取ったのです。
アーザスでしょうか? いえ、ちがいました。人ではなく、それよりもっと、おそろしげなもの。それはまるで、この世界のきょうふそのものが、そこにあるかのような……、そんななんともいいようのない、ぶきみな力でした。
しかしロビーはそのそんざいに、いぜんにも感じたような、ふしぎななつかしさをもおぼえたのです。それは女神リーナロッドよりさずけられた、すべてをつかさどる大いなる力。そう、青き宝玉です。エリル・シャンディーンの王城のてっぺん、あの場所で見たあの宝玉のその力を、ロビーはふしぎにも今ふたたび、ここで感じ取りました。
青き宝玉の力を持つ、もうひとつの力。それがなんだか? 読者のみなさんにはおわかりのことでしょう。
そう、それはまさしく、アーザスの作り上げたもうひとつの宝玉。赤いキューブにほかならなかったのです。
アーザスの、赤いキューブ……。
ロビーは心の中でそうつぶやくと、剣をかまえて進みました。そのさきに待ち受けるものが、なんであるのか? ロビーにはもうわかっていました。ロビーの旅の、そのさいごのもくてき地。アーザスの赤いキューブのあるその場所へと、ロビーはついにやってきたのです。
赤い光にてらされたそのろうかは、やがてひとつの広間につづいていました。そこははしからはしまでが三十ヤードほどもあろうかという、大きな広間でした。てんじょうは高く、まるいドームのかたちをしております。かべにはさきほどのろうかにならんでいたものと同じ、赤くかがやくつるつるとした石が、たくさんならんでうめこまれていました。それらの石のかがやきが、この広間をぼんやりとてらしていたのです。
ですがこの広間にはいったしゅんかん、ロビーの目にまっさきに飛びこんできたのは、ただひとつのものだけでした。それはこの広間のまん中、その空中に浮かぶ、ひとつの大きな四かく形の石だったのです。
血のように赤い、ぶきみにかがやく巨大な石……。そう、まさしくこれこそが、アーザスの作ったそのよこしまなる赤いキューブ、そのものでした(いぜんにもお伝えしたことがありましたが、みなさんはこの赤いキューブのことを、すでに見ているのです。それは第七章のはじめ、アーザスとムンドベルクのふたりが赤い石の浮かぶ暗い広間で、話しをしていた場面です。あの広間こそが、まさにこの場所でした)。
「これが……」
ロビーが思わず、つぶやきました。エリル・シャンディーンの王城で、青き宝玉の前にはじめて立ったとき。ロビーはその中に、とてつもないほどの力を感じ取りました。そして同時に、なつかしさも。ロビーは今、あのときとまったく同じ感じを受けていました。
そのとき……。
ロビーは、はっと、なにかべつのけはいを感じ取りました。ロビーがあわてて、うしろをふりかえってみると……。
いつからそこにいたのでしょう? 長く赤いかみを背中までたらし、黒いガウンをまとったひとりの人物が、そこに立っていたのです。ほっそりとした、きゃしゃなからだ。うす手の赤いセーターを着ていて、その腰には、黒いかざりのついたベルトがたれ下がっていました。ととのった顔立ち、そして、つり上がったむらさき色のひとみ……。
ついにアーザスが、ロビーのその目の前にあらわれたのです。
「待っていたよ。」
アーザスがその口もとに笑みを浮かべながら、静かにいいました。
「よく、きてくれたね、ロビーくん。」
アーザスはそういって、よゆうしゃくしゃく、とことこと広間のむこうの方に歩いていきました。
ロビーはアーザスにそのせいなる剣をつきつけて、いい放ちます。
「おまえをゆるすことはできない! おまえは、たくさんのものをうばい、たくさんの人たちのことをきずつけ、そして、くるしめてきた! そのつぐないをするときだ!」
ロビーのつるぎアストラル・ブレードが、青白い光を放ちました。ロビーの思いと、そしてアーザスのそのあふれんばかりの悪意に対して、反応していたのです。
「ソシーのことを、なおすんだ! ぼくのお父さんをかえせ!」
ロビーは歯をくいしばってアーザスにむきあいましたが、アーザスは横をむいたまま、まったく取りあうそぶりを見せません。赤いキューブに近づいて、その表めんをゆびでつんつん、つっついていました。
「アーザス!」ロビーが剣をつきつけて、さけびました。するとアーザスは、ようやく今ロビーのことに気がついたといわんばかりのようすで、いったのです。
「ああ、ごめん。ええと、なんだっけ? その人形のこと? ムンドベルクさんのことだった?」
ロビーは怒りにかられてこたえました。
「その、両方だ! おまえはみんなからうばったものを、かえさなければいけないんだ!」
するとアーザスは、「ふう。」と大きなため息をついて、かえします。
「よくばりだね、きみは。ロビーくん。ぼくが、なにをうばったって? そんなのいちいち、おぼえていないなあ。」
「ふざけるな!」ロビーがさらにつめよりました。「この子を見ろ! おまえがやったんだ! おまえのせいで、ソシーは今、死にかけているんだぞ!」
するとアーザスは、ロビーの手の中にあるソシーのことをちらっと見て、いったのです。
「そんなこわれた人形、わざわざ持ってきたの? おかしな人だね、きみは。ぼくはただ、いらないから、すてただけなのに。」
なんというひどい言葉なのでしょう。今までずっと、ソシーはアーザスのためにはたらいてきたのです。アーザスのめいれいで、たくさんのひどいことまでソシーはやってきました。アーザスがほめてくれること、それはソシーにとって、なによりもうれしいことでした。ただそれだけが、ソシーの生きがいだったのです。それなのに……。
「ゆるせない……。早く……、早くソシーをなおすんだ! 今すぐに!」ロビーがいいました。あまりの怒りに、ロビーの手はわなわなとふるえていました。
「いいよ。なおしてあげても。」アーザスが、けろっとした顔であっさりといい放ちます。「その人形がほしいのなら、ロビーくんにあげるよ。でも、そのかわり、ぼくもほしいものがあるんだ。」
アーザスの顔が、よこしまなる笑みにつつまれました。その顔は、じゃあくそのもの。さきほどまでとはあきらかに、なにかがちがうようでした。
「きみの持ってる、その剣。それはもともと、ぼくのものでね。ぼくが見つけたものなんだよ。きみのごせんぞが、ぼくから、その剣をうばったんだ。」
アーザスの手から、黒いけむりのようなエネルギーがわき起こります。なにかの魔法が、はたらいているようでした。
「だから、ぼくに、かえしてくれない? かえしてくれたら、その人形のこと、なおしてあげる。」
アーザスが「うふふ。」と笑って、ロビーにいいました。しかしその笑顔が、まさにおそるべき作りものの笑顔であるということは、ロビーにはすぐにわかったのです。アーザスは、ぼくのことをだまそうとしている。そして、そんな手にかかるようなロビーではありませんでした。
アーザスは、とくいのたぶらかしのじゅつをロビーにかけたのです。今までアーザスはこのじゅつを使ってたくさんの人たちのことをたぶらかし、自分のつごうのいいようにあやつってきました。その中には、強い心を持ったいだいなえいゆうたちも、たくさんふくまれていました。アーザスの力は、そんなえいゆうたちの心をもねじまげ、あやつってしまうのです。その中でも、いちばんのえいゆう。それはレドンホールの力強きウルファの王(そしてロビーのお父さん)、ムンドベルク・アルエンス・ラインハットでした。ムンドベルクもまた、影となったその半分のからだを、アーザスのこのじゅつによってあやつられていたのです。もはやみずからの意志を持たない、あやつり人形のようなそんざいとなって……。
ロビーの持つ剣が、そのかがやきを強めました。そしてその剣は、ロビーの心の中にちょくせつ、こうささやきかけているかのようでした。だまされてはいけません。アーザスは、やくそくを守るつもりなど、はじめからないのです。
ここにくる前、ソシーに出会ったあのトンネルの中できいた、ふしぎな声。その剣の声を、ロビーは今、ここでもきいたのです。それはロビーのことを守る、せいなる声。まさしく守りの女神の、その声のごとくでした。
ロビーは剣を強くにぎりしめて、いいました。
「ぼくをあやつることは、できないぞ。おまえに、剣は渡さない。この剣は、このアークランドの、みらいを守る剣だ。おまえのような悪の手になど、渡すものか!」
アーザスの顔から、笑みが消えました。その顔は、とてもおそろしいものでした。今までの作りもののアーザスのすがたが消えて、ほんとうの悪のすがたが、そこにあらわれたかのようでした。
そして……。
「いいよ、それでも。」
とつぜん、ロビーの耳のそのすぐうしろから、アーザスのその声がきこえてきました! ロビーはすぐさまうしろにむきなおって、剣をかまえます! しかしそこには、だれもおりません。ロビーは、はっとして、もういちど前をむきました。すると、さっきまでアーザスがいた場所にも、もはや魔法使いのすがたはなくなっていました。ロビーはあたりを、きょろきょろと見渡します。しかしアーザスのすがたは、どこにもありませんでした。
「くれないのなら、うばえばいいだけのことだから。」
ふたたび、アーザスの声がひびきます。ロビーはその声がした方をむいて、さっと身がまえました。赤いキューブの影に、アーザスのすがたがあらわれていました。その顔にははじめのときと同じく、よゆうのある笑みがもどっていました。
「せっかくだから、かれに、そのしごとをまかせることにするよ。ぼくは、うんどうがにがてで、戦いにはむいていないんだ。きみのごせんぞにも、よく、しかられていたよ。『おれのおにもつにならないように、ちょっとは、からだもきたえろよ』、ってね。ふふ、なつかしいなあ。」
そのとき。広間に通じるそのろうかのむこうから、その人がやってきたのです。
こつ、こつ、こつ……。くつ音をひびかせながら、その人物がゆっくりとこちらへ近づいてきました。あらわれたその人物……、全身をまっ黒なよろいにつつんでいて、手には黒いけむりにおおわれた、大きな剣をいっぽんにぎりしめております。おしりから生えた、大きな黒いしっぽ。黒かみの頭の上には、同じく黒い、大きな耳がふたつ飛び出していました。
もはや、いうまでもないでしょう。ロビーの前にあらわれたのは、やみにとらわれ、アーザスにとらわれてしまっている、ロビーのお父さん、ムンドベルクだったのです。
その目はまっすぐに、ロビーのことを見つめていました。しかしその目に、感じょうを持った人らしいところなどは、みじんも感じられませんでした。ロビーにそのせいなる力をたくすため、このアークランドを悪の手から守るために、ムンドベルクはその身のすべてを、ぎせいにささげたのです。そして今、そのからだはアーザスによって、むじょうにもあやつられてしまっていました。
「お父さん!」
ロビーがさけびました。
「お父さん、ぼくです! ロビー……、ロビーベルクです!」
ついに出会えた、自分の家族……。それが、こんなひげきの出会いになろうとは、なんというかなしみの運命なのでしょう。かわいそうなロビー。ですがロビーに、そのひげきをかなしんでいるよゆうなどはありませんでした。ロビーはこれから、あらんかぎりの力と心、そのすべてをふりしぼって、やみにとらわれた父のことをすくい出さなければならないのです。おそらくは、剣と剣でもって……。それができるのは、ただひとり、ロビーだけでした。
ロビーのよびかけにも、ムンドベルクはまったく反応を見せませんでした。うつろな表じょうをしたまま、ただ目だけをまっすぐに、こちらへむけていたのです。もはやムンドベルクの耳には、だれのよびかけもとどいてはいませんでした。それがわが子である、ロビーのよびかけであっても……。ムンドベルクに話しかけ、めいれいをくだすことができるのは、もはやアーザスただひとりだけだったのです。
「お父さん!」ロビーがもういちど、ムンドベルクによびかけました。ですがそれがむだだということは、もはやロビーにもあきらかでした。ロビーはただ口びるをかみしめて、剣をぎりぎりとにぎりしめることしかできませんでした。どうすることもできないくやしさ、やるせなさが、ロビーの心の中をうめつくしていました。
「むだだよ。」赤いキューブのむこうから、アーザスがいいました。「その人は、もう、自分がだれかもわかっていないんだから。でも、きみにここへきてもらうためには、その人が必要だったんだ。そのために、わざわざレドンホールをほろぼしてまで、きてもらったんだから。そのためだけにね。」
アーザスはそういって、「くっくっく。」という、あのきみの悪い笑い方をしてみせました。
「あ、でも、かれの作ったハンバーグは、なかなかおいしかったよ。けっこう、やくには立ってくれたかな。おふろそうじとかもね。」
なんというひどいやつなのでしょう。アーザスはその通り、「ロビーのことをおびき出す」、そのためだけに、ムンドベルクのことをその手もとにおいていたのです。すべてはロビーの持つ女神の剣、アストラル・ブレード、それを手にいれるために……(そしてほんとうにアーザスは、この剣を手にいれるためだけに、レドンホールをほろぼしたのです。なんてひどい)。
ふういんされたやみの世界の中で、ふたたび力を取りもどし、この世界にもどってきたアーザス。かれがまっさきにむかったさき、それがアストラル・ブレードのもとでした(そのようすのことについては、いぜんムンドベルクとデルンエルムの会話の中で語られました)。そしてまだ力がたりなくて、剣を取りもどすことができないと知ったアーザスは、それからアークランドのありとあらゆる場所で、その悪のかぎりをつくすこととなったのです。力、力、力。アーザスがもとめたのは、ただひたすらに、力でした。アークランドでいちばん強い軍を持つ、ワット。アーザスがかれらと手をくんだのも、いわばとうぜんのことだったのです(自分のつごうのいいようにかれらのことをあやつって、その力をりようするために)。
そしてアーザスの言葉の通り、剣をほしがるアーザスが必要としたものこそが、レドンホールの王ムンドベルクでした。アーザスは、いずれムンドベルクが剣をどこか安全なところへかくすだろうということも、よちしていました。それがムンドベルクのむすこであり、同じく剣の力を使うことのできるロビーベルクという少年のところだろうということを、アーザスがよそくすることは、たやすいことだったのです。アーザスはロビーのこと、そして剣のゆくえを、持てるかぎりの力をもってさがそうとしましたが、だめでした。さがしものをするためのどんな魔法を使っても、それらはすべて、はねかえされてしまったのです。アーザスは思いました。剣は今、強力ななにかの力によって、守られているにちがいない。そしてロビーベルクもまた、同じところにいるはずだ。そのよそうはあたっていました。剣もロビーも、アーザスの魔法をはねかえしてしまう精霊王の力を持った森、かなしみの森の中で、ひそかに守られ、ふたたび世にあらわれるそのときを待っていたのです(それらのことは、これまでの物語の中でみんな語られましたね)。
しかしアーザスは、ぜんぜんあわてませんでした。今までなん十年、なん百年と、待ちつづけてきたアーザスです。今さらすこしくらい待つことになったからといって、そんなものはアーザスにとって、どうということではありませんでした。
こちらからわざわざさがしまわらなくても、ムンドベルクのことを手もとにおいておけば、そのむすこであるロビーベルクといっしょに、剣はかならず自分のもとにやってくる。そしてまさに今、アーザスのそのよそうは、げんじつのものとなったのです。まことに、アーザスのおそろしさ、ずるがしこさは、わたしたちのそうぞうをはるかにこえるほどのものでした(ちなみに、アーザスはやってくるロビーによって赤いキューブがはかいされるかもしれないなんていう心配は、まったくしていませんでした。みじゅくなおおかみなどに、自分のものである剣を使いこなせるわけがないと、アーザスは思っていたのです。それにアーザスがかんたんに、キューブに近づくことをゆるすわけもありませんでした。じっさいこのキューブには、剣の力をはじきかえす、ぼうぎょのバリアーが張ってあったのです。このバリアーをくぐりぬけてキューブをこうげきすることは、よういなことではありません。それは赤いキューブのことを見たロビーにも、ちょっかん的にわかったことでした。ですからはかいするべきキューブのことを目の前にした、ときここにきて、ロビーはこう、さとっていたのです。このキューブをはかいするためには、この剣の力で、ちょくせつアーザスのことをたおさなければならないと……)。
ロビーのもとに、父であるムンドベルクが、ゆっくりとその歩みを進めてきました。その手には、黒いけむりにおおわれた、よこしまなる剣がにぎられております。これはもともと、ムンドベルクの持つ自身の剣、エルフィルドとよばれる剣でした。この剣は、持ちぬしの心の強さを力に変えて敵をうつことのできる、名剣だったのです(じっさい三十年前の冒険では、ムンドベルクの方がアルマークより、剣のうでまえは上でした。そしてアルファズレドはそのムンドベルクよりも、さらに剣のうでまえでは上をいっていたのです。ちなみに、メリアンは剣を持って戦ったことなんて、いちどもありません。かれの力は武器ではなく、精霊の力によるものでしたから)。
しかし今ではその名剣も、アーザスのよこしまなるやみの力によって、けがれた悪意のあるやいばへと変えられてしまっていました。もはやこの剣は、けむりのようなやみのエネルギーにおおわれた、暗黒のつるぎへと変わってしまっていたのです(そしてこの剣で切られた者は……、べゼロインで戦ったあのウルファの仲間たちのように、やみにとらわれてしまうのです)。
「ムンドベルクさん。」
アーザスが、にこやかな顔をしていいました。
「その子の持ってる、その剣。ぼくは、それがほしいんだ。ぼくのところに、持ってきてよ。その子は、やっつけちゃってかまわないから。」
「……はい、アーザスさま……」アーザスの言葉に、ムンドベルクがはじめて口をひらきました。その声は、心を持たない、つめたいつくりもののような声でした。
そのとき。ロビーのうでの中で、ソシーがひとこと、つぶやいたのです。
「ロビーさま……」
荒い息使いをしながら、ふりしぼるような声でつぶやかれた、自分の名まえ……。ソシーの声は、ほんとうに、心を持った人の言葉そのものでした。
人形であるはずなのに、人と同じ心を持ったソシー。そして人であるはずなのに、つめたく心を持たないそんざいとなってしまったムンドベルク……。ロビーはソシーのことを、ぎゅっとだきしめました。そしてロビーはソシーのことを、戦いできずつくことがないように、この広間の安全なすみの床に、そっと寝かせたのです。ロビーはソシーの上に、自分のあたたかいマントをかぶせてあげました。
「待っててね、ソシー。」ロビーはしゃがみこんで、ソシーの手を取っていいました。「すぐに、もどってくるよ。」
そしてロビーは、その手に女神のつるぎアストラル・ブレードをにぎりしめ、みずからのそのさいごの運命の中へとむかって、ふみ出していったのです。
ぶきみにかがやく、赤いキューブのその前。今まさにそこで、父と子の、ひげきの運命の戦いがはじまろうとしていました。いっぽうの手には、光りかがやくせいなる剣。いっぽうの手には、黒いエネルギーにおおわれた、よこしまなるつるぎ……。
ロビーがその手ににぎられたせいなる剣を、ゆっくりとかまえました。
「お父さん。今、ぼくが、あなたを助けます。」
ロビーはそういって、腰をひくく落としました(これはここにくる前のこと、イーフリープで、リズに教えてもらったことでした。しれんの間で、ブリキのうさぎのたいぐんと戦ったときのことです)。
しかしロビーの目の前にいるその相手は、そんなロビーのことを、はるかに上まわる力を持っていたのです。
ムンドベルクがいっしゅん、その身をひるがえしたかと思うと……。
ぶうんっ! 黒きやいばがすさまじいはやさで、ロビーにおそいかかりました! ロビーには剣でむかえうつ、そのひまもありませんでした。なんとかそのやいばをかわしましたが、そのはずみでロビーはからだのバランスをくずし、そのまま床の上にばたん! あおむけにころがってしまったのです。
あわてて、大急ぎで立ち上がるロビー。ロビーはもういちど、自身のその剣をかまえました。相手は剣をかまえたまま、身動きひとつしません。たおれたロビーにそのままとどめをさそうと思えば、できたはずでした。ロビーのひたいには、あせがにじんでいました。
ですがロビーは、立ちどまることはしませんでした。どんなに力のある相手であろうとも、どんなに戦いたくない相手であろうとも、今は剣をかまえて、むかっていかなければならないときなのです。
ロビーは大きく息をついて、気持ちをおちつかせました。まよっている場合などではありませんでした。わずかでもすきを見せれば、こんどこそ、ロビーは助からないでしょう。ロビーは手にしたそのせいなる剣に、すべての感かくを集中させました。お願いします。ぼくに力を与えてください。ロビーはしぜんと、剣にそうよびかけていました。
ふたたび、ムンドベルクの剣がふりおろされます! しかしロビーはこんどはしっかりと、そのやいばを受けとめました。気持ちをおちつかせたぶん、相手の動きがぼんやりとですが、わかるようになったのです(これは剣が相手のやみのエネルギーのことを感じ取って、その動きをロビーに伝えているためでした)。
きん! きん! がきん!
広間の中にひびき渡る、剣と剣のぶつかりあう音。黒きやいばがロビーの剣にぶつかるたびに、そこからじゃあくなるやみのエネルギーが吹き出して、ロビーのことをつつみこもうとしてきます。しかしロビーがそのせいなる剣をふるうたびに、その悪しきやみの力はまるでけむりをちらしたかのように、空気の中にただ立ち消えてゆくばかりでした(これはせいなる剣にこめられた、光の力によるものでした。女神の光の力は、悪しきやみをうちはらうのです)。
しだいに、ロビーの剣はムンドベルクのことをおすようになっていきました。剣のうでからいったら、ムンドベルクの方がロビーよりも、はるかに力は上です。しかしやみにとらわれている今のムンドベルクにとって、ロビーの持つこの光の剣のやいばのかがやきは、みずからのその動きをにぶらせるのにじゅうぶんなものでした。
ムンドベルクがじりじりと、あとずさりをしていきます。その顔にはあきらかに、くつうの表じょうがあらわれていました。もともとはみずからがだいじに守り受けついできた、せいなる剣。その剣の力を前にして、ムンドベルクのそのやみにつつまれた心の中に、なにかが生まれはじめているかのようでした。
ロビーはそのすきを見のがしませんでした。剣のあつかいになれていないロビーでしたが、それでも持てるかぎりの力とわざをつくして、ムンドベルクのことを追い立てていったのです。
勝てる……! そしてロビーがそう思って、ふるう剣のやいばにさらなる力をこめようとした、そのとき。思いもよらないべつの力が、ロビーのその思いをうちくだくこととなりました。
ばりばりばりばり!
とつぜんひびき渡った、大きな音! そしてつぎのしゅんかん。
ロビーが見たものは、ムンドベルクのその赤いいなずまをまとった、黒のやいばの影だったのです。
「うわああああっ!」
剣から放たれた赤いいなずまが、ロビーのことをうちすえ、そのからだをつつみこみました! そのいりょくは、おそろしいほどのものでした。ロビーはそのまま、広間のかべまで、いっきに吹き飛ばされてしまったのです。
「がはっ!」
広間のかべに、背中をしたたかにうちつけるロビー。ロビーはそのまま、そこから床まで、十五フィートほども落ちていきました。
地面にはいつくばって、ごほごほとせきこむロビー。その口からは、血がにじみ出ております。そしてロビーのからだからは、赤いいなずまのエネルギーが、まだぱちぱちと音を立てて、ぶきみな赤いけむりを上げていました。
アーザスの赤いキューブ……。ロビーのことをうちすえたムンドベルクの剣にやどった赤いいなずまは、その赤いキューブから飛び出した、よこしまなるいなずまでした。そしてそのいなずまを生み出したのは、いうまでもありません。アーザスです。アーザスはキューブから生み出したいなずまをムンドベルクの剣にやどらせて、その剣で、ロビーのことをおそわせました。なんてひどいことを!
「やっつけたかな?」
アーザスが赤いキューブの影から、こつこつとくつ音を立てながら出てきました(自分はキューブの影で、ふたりのたいけつをずっとけんぶつしていたのです。アーザスはそうしようと思えば、いつでもロビーのことをおそうこともできました。もちろん、さきほどのいなずまをロビーにちょくせつぶつけて、おそうこともできたのです。ですがアーザスは、ロビーのじつの父であるムンドベルクにおそわせてロビーをやっつけた方が、なんばいも楽しいと思いました。ほんとうにひどい)。
「だめだなあ、もっと、楽しませてくれないと。思わずぼくが、力を貸しちゃったじゃんか。」アーザスはそういってムンドベルクの背中をぽんとたたき、「ふふふ。」と笑います。
「……申しわけありません……」ムンドベルクがつぶやきました。その目は、じっと、たおれたロビーのことを見つめていました。
「まあいいや。これで、じゃま者はいなくなったからね。」アーザスがそういって、ふたたびこつこつと歩き出します。そのさきにあったのは……。
アーザスはひょいとからだをかがめて、地面からあるものをひろい上げました。それは、いうまでもありません。ロビーの手からはじけ飛んだ、せいなるつるぎ、アストラル・ブレードにほかならなかったのです。
剣を手にするアーザス。その顔は、しんにじゃあくなものに変わっていました。ああ、ついにおそれていたことが。剣がアーザスの手に渡ってしまったのです!
「ふ、ふふ、ふふふふ……」アーザスがひときわ、ぶきみな笑い声を上げました。その目はただまっすぐに、剣のやいばにむけられております。
「あっはっはっは! ついに手にいれた! ぼくの剣! ぼくの剣だ!」
アーザスはそういって、剣を高々とかかげました。とたんに、アーザスのからだからおそろしい赤いほのおがわき起こって、剣のことをつつみこみます。そして剣から吹き出したさらなるエネルギーが、こんどはアーザスのそのからだのことを、つつみこんでいきました(この剣がアーザスによって見つけられたというのは、まさしくほんとうのことでした。はるかなむかし、アークランドの東のくに、ウェスティンというくにに、この剣はもうひとりの女神ライブラの手によってもたらされ、そして長く失われていたのちに、アーザスによってふたたび見い出されたのです。アーザスはこの剣に、あらゆる力のかのうせいを見ました。そしてアーザスはこの剣とともに力をましていき、やがてこの剣のために、その身をほろぼすこととなったのです。そのせいなる剣が今ふたたび、アーザスに新たなる力を与えようとしていました)。
アーザスがその剣を、ぶん! とひとふりします。すると、なんという力なのでしょう。剣のやいばから赤いエネルギーが、びゅん! 飛び出して、そのエネルギーが広間のかべを、まるで紙のように切りさいてしまいました! ずずずん……。切られたかべがこなごなになってくずれ落ち、床にがれきの山を生み出します(ソシーのいるところとはべつのところでしたので、よかったです)。
「きみに、この剣をあやつるなんてことが、そもそもむりなことだったんだよ。」アーザスがじゃあくな笑みを浮かべながら、たおれているロビーにむかっていいました。「この剣は、ぼくが持っているのが、いちばんふさわしいんだ。」
「う、うう……」ロビーがふりしぼるように、声を上げます。「か、かえせ……。それは、おまえが持っていては、いけないものなんだ……!」
しかしアーザスはそんなロビーのことを、鼻で笑うばかりでした。
「ふふふ。でも、まあ、きみにはおれいをいわなくちゃね。この剣を、ぼくにとどけてくれたんだから。ありがとう、ロビーくん。」アーザスはそういって首をかしげ、にこっと笑ってみせました。
「ムンドベルクさん。」アーザスが、立ちつくすムンドベルクにむかっていいました。「もういいよ。じゃあ、あとかたづけは、お願いね。それが終わったら、好きなところにいっていいから。今までどうも、ごくろうさま。」
剣を手にいれたアーザスにとって、もはやロビーもムンドベルクも「いらないもの」でした。アーザスにとって、かれらはほんとうに、ただのゲームのこまにすぎなかったのです。ゲームが終わっていらなくなったら、ぽい。まるでごみばこにまるめた紙くずをすてるかのように、アーザスは今、かれらのことを放り出そうとしていました。
今までなんどとなくおこなってきた、アーザスのその心のないおこない。
しかしそれこそが、アーザスのその弱さだったのです。
アーザスは人の気持ちなど、まったく気にかけていません。かけらも思いやりの心を持とうなどとは思っていませんでした(もともと持っていないかのように)。
ほんとうの強さ、それはロビーがイーフリープで、精霊王から教えられたことです。人の持つ、ほんらいあるべきすがた。そしてそこから生まれる、ほんらいあるべき力。それはアーザスとは、まったく対しょう的な力でした。それは、人を思いやる心、人をいつくしむ心。そして今、その心こそが、さいごのこの運命のときにおいて、ロビーに大いなる力を与えることとなったのです。
「……どうしたの?」ふいにアーザスが立ちどまって、ムンドベルクの方をふりかえりました。「もういいよ、って、いったはずだけど?」
もういいよ、とは、もうロビーのことをしまつしていいよ、という意味でした。そしてそのやくめ、あとかたづけのことを、アーザスはムンドベルクにやらせようとしたのです。
しかし。
ムンドベルクは剣をにぎりしめ、立ちつくしたまま動こうとしません。今までムンドベルクは、アーザスのどんなめいれいにもしたがってきました(それこそ、ごはんのしたくから、おふろそうじまで)。ですがはじめてムンドベルクは、アーザスのめいれいをききいれなかったのです。その目をじっとロビーにむけたまま、ムンドベルクは身動きひとつしませんでした。
「なにをやっている。」アーザスが、いらついた声を上げました。こんなことは、はじめてでしたから。人が自分の思い通りに動かないこと、それがいちばんアーザスにとって、はらの立つことだったのです。
アーザスが、ムンドベルクのそばにつかつかとやってきました。その顔は、怒りにつつまれていました。
「ぼくに、にど、同じことをいわせるな! あいつをかたづけろ! めいれいだ!」アーザスがおそろしい怒りとともに、ムンドベルクにめいれいしました。ですがそれでも、ムンドベルクは動こうとはしなかったのです。
ムンドベルクの中に生まれはじめていた、なにか。それはまさしく、わが子であるロビーに対する、思いでした。影のそんざいとなり、アーザスのやみの力にしはいされていてもなお、ムンドベルクのその心のおく底に眠るロビーへの思いは、かんぜんには立ち消えてはいなかったのです。
ロビーはよろよろと、そのからだを起こしました。そして自分のことを見つめるその相手、まごうことなき父であるムンドベルクにむかって、さけんだのです。
「お父さん……! やみの力と、戦ってください! 自分を取りもどして!」
「……う、うう……!」ムンドベルクの顔が、くつうにゆがみました。歯をくいしばり、身をよじらせながら、ひっしに自分の中のやみの力にあらがっていたのです。ロビーの声は、たしかに、ムンドベルクのその心にとどいていました。
「お父さん!」ふたたびよばわる、ロビーの声。それはムンドベルクのそのかたいやみのからをこじあける、すくいの声でした。
しかし、そのとき。
「おまえはもう、いらない。」
アーザスがそういって、ムンドベルクのことをゆびさしました。すると……!
ばりばりばりばり! そのゆびさきから赤いいなずまが走って、ムンドベルクのことをつつみこんだのです!
「ぐああああ!」
くるしみにあえぐ、ムンドベルク……。アーザスの怒りは、すさまじいほどのものでした。それはなみの者であればいっしゅんのうちにそのいのちを失ってもおかしくないほどの、力でした。しかしムンドベルクもまた、よういにはくらべる者のないほどの、まことのえいゆう。かつてアルマーク、アルファズレド、メリアンらとともに、このアークランドをすくう冒険の旅に出た、そのひとりだったのです。
ムンドベルクは自身のそのさいごの力までふりしぼって、赤いいなずまにあらがいました。そして!
「うおおお!」
ムンドベルクは、アーザスにつかみかかったのです! こんなことは、アーザスはまったくよそうすらしていませんでした。アーザスのからだはまるで小さな子どものように、ひょいと持ち上げられたのです!
「な、なにをする! やめろ!」アーザスがさけびます。そしてつぎのしゅんかん!
ばりばりばりばり! びしゃーん!
「うわあああっ!」
アーザスのひめいがこだましました! ムンドベルクはアーザスのからだを、赤いキューブのそのおそろしいまでのエネルギーの中に、たたきつけたのです! いくらアーザスとはいえ、生身のからだでこのキューブのエネルギーにふれては、ひとたまりもありませんでした(赤いキューブに張られたバリアーは剣の力をはねかえすものでしたが、生身のからだをはねかえすようなものではありませんでした。まさかアーザスも、自分がそこに飛びこむことになるなんて、まったく思ってもいませんでしたから)。
そしてそれと同時にもうひとり、ムンドベルクもまた、赤いキューブのそのじゃあくなるエネルギーのちょくげきを受けて、みずからのその身をやきこがされてしまったのです……。すべては、かくごのうえのことでした。ムンドベルクはわが身をぎせいにして、アーザスのことをうちたおそうとしたのです。それはわが子であるロビーのことを、助けるためでもありました。
床にたおれた、アーザスとムンドベルク。ムンドベルクは荒い息使いをして、もはや身動きひとつ取れないじょうたいでした。そしてアーザスは……? アーザスはついに、うちたおされたのでしょうか?
しかし待っていたのは、まさに悪夢のような光景だったのです。
床にたおれたアーザス。アーザスは、はあはあと荒い息をついて、しばらくその場にたおれふしていました。しかしそれも、わずかばかりのあいだのこと。つぎのしゅんかん、アーザスのからだに、おそるべきいへんが起こったのです。
アーザスのからだからまっ黒なエネルギーがあふれ、アーザスのことをつつみこんでいきました! そのエネルギーはアーザスのまわりをおおいつくして、そのからだをすっかり、見えなくしてしまったのです。そして、そのやみが晴れたとき。ロビーはそこに、なんともおそろしいすがたを見ました。
それは、やみそのものでした。今やアーザスのからだは、そのじゃあくなるやみの力と、かんぜんにひとつとなってしまったのです! その目はまさに、悪魔のよう。ととのった顔立ちは見るもおそろしい、魔物のような顔に変わってしまっていました。その赤いかみはじゃあくな力によってさか立ち、波のように動いていました。なん十年も、なん百年も、やみの世界の中にとらわれてきたアーザス。そのあいだにアーザスのすがたは、こんなにもおそろしいものへと変わってしまっていたのです。ふだんのアーザスはアーザスが自分の魔力によって、むかしのすがたをうつしたものでした。アーザスのほんとうのすがた、それこそが今目の前にあらわれた、このおそろしい魔物のようなすがただったのです。赤いキューブの力にうたれ、みずからの身にかけていた魔法の力をたもつことができなくなってしまったがために、アーザスはこのしんのすがたをあらわしました。
「よ、よくも……、よくも!」アーザスがおそろしい声を張り上げて、さけびました。「ぼくをこんな、みにくいすがたにさせたな! ゆるさない!」
アーザスはそういって、たおれているムンドベルクのことを、きっ! とにらみつけました。そして……。
「みんな、おまえが悪いんだ!」アーザスがそういって、身動きのできないムンドベルクのことを、そのやみにつつまれたけもののような足でけりつけたのです!
「よけいなまねをしてくれる! よくもぼくに、こんなことを!」
アーザスが怒りにかられて、ムンドベルクのことをけりつづけます。
「や、やめろ!」ロビーがたえかねてさけびました。しかし、やみと一体になったアーザスの力は、いぜんにもまして、おそるべきものとなっていたのです。アーザスの手から、やみの力を持った黒いいなずまが飛び出して、ロビーのことをおそいました。
「うわあっ!」いなずまにうたれるロビー。ロビーにはもはや、なすすべもありませんでした。
「みんな、やっつけてやる! だれも、ぼくのじゃまができないように! ぼくのことをばかにしたやつらに、ぼくのほんとうの力を、見せつけてやるんだ!」
アーザスがそういって、その手にロビーの剣、アストラル・ブレードをかまえました。その剣はアーザスのそのしんのやみの力が加わって、なおいっそうのこと、強力なものとなっていました。
女神の力持つ剣をにぎりしめた、アーザス。いったいどうやって、こんなおそろしい相手に立ちむかえばいいというのでしょうか? アーザスはもはや、人ではないのです。やみの力につつまれた、おそるべきかいぶつになっていました。
「もう、終わりだよ。」
アーザスがおそろしい顔をして、いいました。その目はひたすらにつめたく、ロビーのことを見下ろしていました。
「さいごはこの剣で、ぼくがちょくせつ、やっつけてあげる。」
アーザスが、ひたひたと、そのやみの両足をひきずってロビーのもとに近づいていきました。
そして、まさにそのとき……!
ぼんっ!
なにかが、はじける音がしたのです。それは、とても小さなものでした。ですがその力がもたらしたけっかは、つぎのはるかに大きな力へとむかって、つながっていったのです。しかしそれは同時に、ひとつのざんこくなじじつをも、生み出すこととなりました。
広間のはしからひとすじのエネルギーが、アーザスにむけて放たれたのです。それはあざやかなオレンジの色をした、かがやくいのちのエネルギーのいかずちでした。ですがそんなエネルギーが、いったいどこから……?
からーん!
そのエネルギーのいかずちは、剣を持つアーザスのその右手をつらぬきました。はずみで剣は空中にまい上がり、そのまま広間の床に落ちて音を立て、その上をすべっていきます。とつぜん、思いもよらないこうげきを受けたアーザス。アーザスはさいしょ、なにが起こったのか? わかりませんでした。しかしつぎのしゅんかんには、アーザスはそのすべてをりかいしたのです。おそろしい怒りの感じょうが、アーザスの心の中にあらしの雲のようにわき起こっていきました。
「おまえ……」
アーザスがエネルギーの放たれたその場所に、怒りのまなざしをむけました。そこに横たわっていたのは……。
「ソシー!」ロビーがよろよろと起き上がって、さけびました。そう、アーザスにむかってそのさいごのいのちのエネルギーを放ったのは、まさしく消えゆくいのちのともしびにつつまれた、ソシーだったのです。
「アーザス、さま……」とぎれそうな声で、ソシーがけんめいにアーザスにいいました。
「もう、やめてください……。こんなことは、やめて……。ロビーさまを助けて……」
ソシーのそのかた方の目のあった場所には、黒くぽっかりとしたあながあいていました。ソシーはここから、その持てるかぎりのいのちのエネルギーを放って、ロビーのことを助けようとしたのです。ロビーさまの足手まといにばかり、なってはいられない。わたしにできることをしなくては……。ソシーはたとえ自分のいのちとひきかえにしてでも、アーザスに心をいれかえさせ、ロビーのことを助けたいと思いました。
なんというひげきなのでしょう。ソシーの中に残った、消えゆくいのちのエネルギー。そのエネルギーをソシーは全部、使いきったのです。アーザスのために、ロビーのために。それが意味することは、ただひとつでした。
ソシーは静かに、もうひとつのその目をとじました。そして……。
ソシーのそのこはくでできた作りもののひとみが、ふたたびひらくことはなかったのです。
「ソシー!」ロビーがさけびました。ロビーはすべてをりかいしました。ソシーがそのさいごのいのちをもやして、自分のことを助けてくれたのだということを……。
「そんな……、そんな!」ロビーの目に、大きななみだのつぶがあふれ出しました。しかし、ソシーのそのいのちのかぎりをつくした思いも、アーザスの心にはとどくことはなかったのです。
「よくも……! よくも、こんなことを! この、できそこないめ!」
アーザスの手から、黒いいなずまが飛び出しました! そしてそのいなずまは……、なんてことを! ひとみをとじたソシーのそのからだを、ようしゃなくうちすえたのです! もうソシーは、なにもできないのに! そのさいごのいのちまで、使い果たしたというのに! もはやソシーはひめいを上げることもなく、黒いいかずちのほのおに、ただこがされていくばかりでした。
「おまえは、ぼくが作ってやったんだ! そのおんを、忘れやがって!」
アーザスが、怒りのこもった言葉をソシーにあびせました。アーザスはまったく、れいせいなじょうたいではありませんでした。怒りにわれも忘れて、ソシーのことをののしりつづけていました。
そのとき!
ぶおおん! ばああーっ!
とつぜん! この広間全体を、目もくらむほどの光がつつみこんだのです! 怒りにわれを忘れていたアーザスは、とつぜんの光にひめいを上げて、その目を両手でおおいました。いったい、なにごとが起こったというのでしょうか?
広間をてらす、まばゆいばかりの青白い光。そしてこの光は、みなさんがいぜんセイレン大橋の上で見たあのときの光と、まったく同じものだったのです。そう、ディルバグに乗った黒騎士のことをつらぬいた、あのせいなる光と……。
光はやがて、ゆっくりとおさまっていきました。そしてその静かなかがやきの中、せいなる光にその全身をつつまれて、ロビーが立っていたのです。その手に、女神のつるぎ、アストラル・ブレードのことをにぎりしめて……。
「ゆるせない……」ロビーが小さく、つぶやきました。その目はまっすぐに、アーザスにむけられていました。
「おまえだけは、ゆるせない! おまえはぼくが、この手でたおす!」
ロビーがゆっくりと、アーザスに近づいていきます。にぎりしめたその剣からは、とてつもないほどの力があふれ出ていました。
「だまれ! 死にぞこないの、負け犬め!」アーザスがさけびました。その手からはまっ黒なやみのエネルギーが、おそろしいうずをまいて吹き出していました。
「もういちど、その剣をうばいかえしてやる!」
アーザスの手から、黒いいなずまが飛び出します! そのいなずまはこれまでにないほどの、いちばんのおそろしい力をひめたやみの力のいなずまでした。
ですが!
ばりばりばりばり! ばしゅうう!
黒のいなずまはロビーのその剣のやいばにぶつかり、そしてそのまま、まるで水がじょうはつするみたいに、空気の中に消えていってしまったのです!
「そんな!」アーザスの顔に、おどろきの表じょうが走りました。「どうして! その剣は、ぼくの剣だぞ! ぼくの力をはねかえすなんてことが!」
アーザスがそういって、もういちど、こんどはやみのエネルギーの矢を作り出して、ロビーに雨あられのようにあびせかけました。
しかし! ぼしゅう! しゅう! しゅうう! その矢はことごとく、ロビーの剣の前に消えていってしまったのです。
「そ、そんな……、うそだ……」
アーザスの顔が、ぜつぼうの色につつまれました。今までぜったい的なまでの力を追いもとめ、その力をもって、すべてをしはいしてきたアーザス。そのアーザスの力を、かつて自分の力であったはずの剣が、受けいれずにはねかえしていたのです。
「キューブ……! ぼくにはまだ、キューブがあるんだ!」
アーザスがそういって赤いキューブのもとにかけより、その力をあやつって、ロビーのことをおそおうとしました。しかし、またしても。
ふいいん! しゅううう! キューブの力は、アーザスのそのよびかけにも、こたえようとはしなかったのです。キューブからあふれるそのじゃあくなるエネルギーは、ただうずをまいて、ロビーの持つその剣の力の中にすいこまれてゆくばかりでした。
今や剣はかんぜんに、ロビーのその大いなる力とひとつになっていました。ロビーはアストラル・ブレードの力をひき出すそのアークランドをすくうきゅうせいしゅたる力を、ここにかんぜんに目ざめさせたのです。みんなのたくさんの、思いとともに。ソシーのとうとき、思いとともに……(剣のしんの力と、ひとつとなったロビー。そのため剣は、ロビーの持つせいなる力いがいの悪しき者の力などにこたえることなく、アーザスのそのやみの力をはねかえしたのです。そして剣の持つせいなる宝玉の力は、そのしんの力がかいほうされたときここにいたって、おそろしいほどの力をひめた赤いキューブの力をも、かんぜんにふうじこめることとなりました。そのためアーザスが自分で作った赤いキューブさえも、アーザスのよびかけにこたえることはなかったのです)。
ムンドベルク、そしてソシー。ふたりの思いが、さいごに、ロビーの持つそのしんの力を目ざめさせました。そして……、このロビーのことを思う気持ち、人からたいせつに思われるその心こそが、イーフリープで精霊王が去りぎわにいっていた、「剣に力を与えるための、そのさいごの力」だったのです(この力はアーザスとのさいごのけっちゃくのぶたいである、このときこの場所において、かいほうされなければならないものでした。人からたいせつに思われる心。自分のことをささえ、助けたいと思ってくれる心。それらはロビーはすでに、これまでの冒険の中でもさずかってきました。ロビーのことをささえる、たくさんの人たち。そして、リズ、マリエル、ベルグエルム、フェリアル、ライアン、そのかれらの思いです。ですが剣のそのしんの力をひき出すためには、さいごのこのときにおいて、そのことをりかいする必要がありました。そのことをロビーに教え、さいだいの力としてさずけてくれたのが、ムンドベルクとソシーの、ふたりの思いだったのです)。
だれかのために力をつくしたいという、ロビーの強き思いと、ロビーのために力をつくしたいという、みんなの強き思い。その思いが、ともにあわさったとき。女神のつるぎアストラル・ブレードは、そのさいだいの力をはっきすることになりました。それは自分のことしか考えていないアーザスには、ぜったいに得ることのできない力でした(ソシーからの思いも、アーザスにはとどいておりませんでしたから)。
もはや同じく剣の力を持つアーザスにさえも、みんなの思いによってつつまれたこの剣の力を、とめることなどはできませんでした。アーザスに、かけていたもの。それはだれかのことを思いやる、心でした。自分のことを思いやってくれる、たいせつな人たちからの心でした。
そして。
いちばん信じていた、自分の剣。自分の作った赤いキューブ。だれよりもいちばん信じていたはずの、それらの力。
アーザスは、信じていたその「力」にまでも、見放されたのです。
アーザスのそのさいごのよりどころが、失われたしゅんかんでした。
今やアーザスは、ただひとりでした。かれのことをささえ、助けてくれる者は、もうだれも残ってはいませんでした。しはいしていたはずのムンドベルクも、なんでもいうことをきくはずのソシーも、いちばんしんらいしていた、力にさえも……。
そして人はただひとりになったとき、もはやなにをなすこともできないのです。アーザスのその弱さが、かんぜんにかたちとなってあらわれたときでした。
「アーザス……」
ロビーがアーザスに近づいていきます。その目はかたく、けついにみちたものでした。
「これが、おまえの弱さなんだ。人は、ひとりでは、なにもできない。みんながいてくれるから、たいせつな人たちがいてくれるから、人は、なんばいも、なん十ばいも強くなれる。」
ロビーがアストラル・ブレードをふりかざしました!
「みんなの思いを、あわせることができる。それこそが、人の、ほんとうの強さなんだ!」
「や、やめろ! やめろ! うわあああ!」
ぶおん! ばしゅううう!
アーザスのそのやみのからだが、アストラル・ブレードによってまっぷたつに切りさかれました! その悪しきやみのからだのあいだから、ものすごいいきおいで、やみのエネルギーが飛び出していきます。それは今までなん百年とためこんできた、アーザスの悪の力のみなもとでした。そして、それと同時に……。
びきっ! びき! びききっ!
広間のまん中にあった、赤いキューブ。その石の表めんに、いくつものひびが走っていきました。そしてつぎのしゅんかん!
ばりーん!
アーザスの作り上げたよこしまなる赤いキューブは、かんぜんにこなごなになって、地面に落ちていったのです! そしてそれはあっというまに、しゅうしゅうと赤いけむりを上げて、空気の中に消えていってしまいました。
アーザスのその悪しきやみの力が失われたことで、赤いキューブもまた、そのよこしまなるやみの力を失ったのです。アークランドをおびやかすアーザスのやみの力のきょういは、こうしてここに、かんぜんに消え去りました。
アーザスのからだから、どんどんとやみのエネルギーが吹き出していきました。そしてそのさいごの残りまで、すっかり出しきったとき。そこにはただ、ひとりの人間がたおれているばかりだったのです。その顔からは、もうすっかり、やみのけはいは消えていました。それはむかしむかしにウィスティンというくにに住んでいた、ひとりのあどけない少年のすがたでした。
悪の大魔法使いアーザスは、むかしのままの、アーザス・レンルーにもどったのです。きゅうていまじゅつしにあこがれる、夢多き見ならいまじゅつしだった、そのころに……。
消えてゆく、そのいしきの中。アーザスはむかしのきおくを取りもどしていました。今までのアーザスはただただやみの力にしはいされ、みずからの心をねじまげられてしまっていた、かわいそうなそんざいであっただけなのです。アーザスはすぐに、自分の身に起こったことをりかいしました。長い長い悪夢から、ようやく目ざめたような思いでした(アストラル・ブレードによって切りさかれたのは、アーザスのその悪しきやみの部分だけでした。その中に眠っていたアーザスほんらいのからだは、きずつくことなく、ここにかいほうされたのです)。
ほんとうの自分を取りもどしたアーザス。その胸の中には今、ひとりの友のすがたが思い起こされていました。それはかつてアーザスとともに多くの夢を追いかけていた、たいせつなたいせつなその人のすがたでした。
テルベル・ラインハット。かれは剣のしゅぎょうにはげむ、ひとりの夢見るウルファの少年でした。そしてこのテルベルこそが、のちにレドンホールというくにをきずき上げることになるのです。テルベル・ラインハットは、げんざいのレドンホールの王、ムンドベルク・アルエンス・ラインハットの、そのごせんぞでした(つまりロビーのごせんぞでもありました。そして……、いぜん女神のつるぎアストラル・ブレードのことをレドンホールの石の中にふうじることとなった人物のことについて、わたしがみなさんにお伝えしたことがありましたが、その人物こそほかでもありません。このテルベルだったのです。アーザスの持っていた剣をかなしみのうちにふうじることとなった、テルベル・ラインハット。かれのその深い心のうちがわは、遠いアーザスのむかしの物語の中において、ともに語られることになるでしょう)。
つめたい石の床の上、アーザスの心の中には今、さまざまな思いがあふれかえっていました。もはやもどることもできない、遠い遠いむかしの思いで……。たいせつな友は、もう、この世にはいないのですから……。
「ごめんね、テルくん……」
遠き、友へ。思いをつぶやくアーザスの目には、大きななみだのつぶがあふれていました。
次回、最終章。
「ただいま……。みんな……」
第30章「つづくみらいへ」。