ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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5、シープロンド

 あざやかな朝やけが、静まりかえった空にはえていました。その中にふっと一羽二羽、小さな点のような鳥たちが、どこかをめざして飛び立っていきました。木々は雨のしずくをはらうのにいそがしく、大地はよろこびいさんで、ふりそそがれる光をからだいっぱいにあびようと、その身を大きく広げております。木、岩、土、すべてのものが、長いやみの果てにようやくおとずれたその光をかんげいして、新しいいちにちの新たなこきゅうを、はじめているところでした。

 

 アークランドに朝がやってきたのです。きのうのあらしが、まるでうそであるかのような、それはそれは美しい朝でした。風はそよ風ほどに吹いていました。ですがそれは、すこしもつめたくなく、ここちよく、この朝をむかえた者たちすべてに対してのおくりものであるかのように、吹いていたのです。空には、すじのようにほそい雲が流れていました。それは朝やけの光にてらされて、赤とこがね色のかがやきに美しくつつまれていました。そしてその雲は、まるで遠いくにへとむかう旅人たちの一行であるかのように、ゆっくりと、南の方へと進んでゆくのです。

 

 それは、まったくのへいわそのものでした。このまますべてが、ありのままに変わることなくつづいてゆくのだと、うたがうよちもないくらいに。ですが今、このおとぎのくには、すこしずつ、そしてかくじつに、むしばまれていっているのです。悪意にみちたやみに、おおわれていこうとしているのです(まるで、虫歯のあなが気づかないうちに、すこしずつ大きくなっていくみたいに)。南の方から、ゆっくりと。

 

 

 旅の者たちは今、すっかりじゅんびをととのえて、みずからの騎馬たちをひいて、この美しきセイレン大橋のもとをあとにしようとしていたところでした。衣服もにもつも、すっかりかわかすことができました(それはもちろん、カピバラ老人の家のだんろのおかげでした)。そして、えいようときゅうそくも、まったくじゅうぶんとはいかないまでも、必要なぶんはとることができたのです(床にちょくせつもうふをしいて寝ましたので、しょうじきなところ、あんまり寝ごこちはよくなかったのです。でも、やねの下で眠れただけありがたいと思わなくっちゃ!)。

 

 かれらの騎馬たちもまた、長旅で走り通しのからだを休めることができただけ、げんきを取りもどしたようでした(ざんねんながら、橋の下にはかれらの食べものである草があんまり生えておりませんでしたので、そのぶんおなかはへっているようでしたが。ですから、またライアンが、かれらににんじんをいっぽんずつあげました。そしてにんじんは、それでおしまいでした。ライアンもそんなにたくさんは、にんじんを持ってきていなかったのです。お菓子はどっさりあったんですけど。でも、馬のよろこぶようなものではありませんでしたので)。ライアンのたいせつな白馬メルも、いくぶんか、けがのぐあいがよくなったみたいです。しかしもちろん、このけがは長くは放ってはおけません。いっこくも早いちりょうが必要なことには、いぜんとして、変わりはありませんでした(ライアンは朝起きてすぐに、メルのようすを見にいったくらいでした)。

 

 旅の者たちは出発にあたり、さいごに、カピバラ老人におわかれのあいさつをおくろうとしているところでした。ベルグエルムとフェリアルが深々とおじぎをして、あらためて、そのけついを老人に伝えます(ちなみに、ライアンとロビーはゆうべ歯もみがかないで寝てしまいましたので、今そのことを思い出して、大急ぎで歯をみがいているところでした。ライアンが、「みがき終わるまで、ちょっと待ってて!」と騎士たちにはお願いしておいたのですが、どうやらかれらは、さきにあいさつをはじめてしまったようですね。ベルグエルムとフェリアルは、ライアンとロビーが起き出してくる前に、すでに朝いちばんで歯をみがいていたのです)。

 

 「ほこり高きカピバルのたみよ。われらは今ふたたび、ここにちかいます。あなたの思いを、けっしてむだにはさせません。かならずや、この世界のやみを晴らしてみせます。すべてのくにのたみがひとつとなって暮らしていけるように。そのために、われらはさきへ進みます。」

 

 カピバラ老人の表じょうは、晴れやかなものでした。長年の思いが、ついにみたされたのですから。かれはもう、ひとりではありません。あとをたくすことのできる者たちを、きぼうそのものを、かれは得たのです。かれの思いはここから飛び立って、さまざまな者たちの心にひびいていくことでありましょう。ですから、もうかれは、ひとりではないのです。

 

 老人は静かに大きくうなずいて、このほこり高きふたりの騎士たちに、カピバルの敬礼をおくりました(ひたいに手をあて、それから胸に手をあてるというものでした)。

 

 「このくにをたのみます。あなたたちに、のぞみはかかっておりますのじゃ。わしは信じておりますぞ。あなたたちのほまれ高き心が、きっと、悪をうち破ることじゃろう。」

 

 そして、旅の者たちはそれぞれの騎馬にまたがりました(おくれてやってきたライアンとロビーも、ここでいっしょになりました。「待ってっていったのにー!」とライアンはぷんぷんいって、ふたりの騎士たちのことをぽかぽかたたいておりましたが)。

 

 「ベーカーランドへついたならば、ことのしだいをすべて、アルマーク王にお伝えします。あとはわれらに、おまかせください。」ベルグエルムが騎馬の上からそういって、ぺこりと頭を下げました。

 

 「たのみましたぞ。それとひとつ。南の地にわれらカピバルの者を見かけることがもしもあったら、わしのことを話してやってくださらんか。くにのほこりは、守られているということも。」(カピバラ老人の持つカピバルのほこりであるすいしょうのかけらについては、いずれときを見て、ふさわしい場所にうつすのがよいだろうということになりました。それまでは、やはりこのすいしょうは、カピバラ老人の首にあるのがいちばんふさわしいということになったのです。)

 

 カピバラ老人がさいごにいうと、ベルグエルムは大きくうなずいてこたえました。

 

 「しょうちしました。かならず伝えます。どうぞご安心ください。」

 

 そして三頭の騎馬たちは、いせいもよく、つづく新たな道のりへとむかってかけ出していったのです。

 

 さあ、旅のさいかいです。きぼうへとつづく、新しい道のりへとむかって。

 

 

 セイレン大橋からシープロンドへ。つづく街道をかけながら、ロビーはさいごにうしろをふりかえりました。朝の美しい光の中に、すぎ去ってゆくセイレン大橋のすがたが見て取れます。こがね色がかった橋の石が、光をあびて、ぴかぴかとかがやいていました(やっぱりこの橋を見るのは、明るいときにかぎります)。ですがそれも、あっというまに小さくなって、ロビーのしかいからそのすがたを消していきました。ロビーはなんともいいようのないさみしさをおぼえました。このセイレン河でのたいけんを、かれはしょうがい、忘れることはないでしょう。セイレンのみずべのようなひげきは、あとにもさきにも、にどとあってほしくはないと、ロビーは強く思いました。

 

 ロビーはそれから、まっすぐ前を見すえました。ここからさきへ進んでいけば、ロビーの見たこともきいたこともないだろう土地が、広がっているのです。すべてがよき力に守られているとは、かぎりません。きっと、危険な場所も、悪しき力のしはいする土地も、たくさんあるのでしょう。ですがロビーは、そんな場所でさえ、残らず自分の目で見てまわりたいと今は思うようになっていました。この世界をすくいたい。そのためには、目をそむけてはならないことがあるのだと。ロビーは、このはるか大むかしから受けつがれた、美しいセイレン大橋のかかるいにしえの地で、それを学んだのです。

 

 

 広い街道が、ゆるやかにのぼりながらつづいていきました。まわりは、いちめんの森です。とちゅうたびたび、木々でさえずっていた鳥たちが、馬の足の音にびっくりして、ばさばさと大空へ飛び去っていきました。そのたびに、みんなは用心して空を見上げました。もしかしたら、きのう出会ったあのおそろしいディルバグのかいぶつが、またやってくるんじゃないかと思ったのです。ですが、おだやかに晴れ渡ったこの朝の空は、あいかわらず、美しくかがやいているばかりでした。

 

 しばらく進んだころ。森のずっとむこうに、そのいただきを雪におおわれた青くかがやく山が、見えはじめてきました。その山はとてもこうごうしく、りんとしてそびえていたのです。そして、その山のふもとのあたり。その場所こそが、ほかならぬ、うつしみ谷とよばれる谷でした。

 

 遠目に見るだけでも、すばらしいところだということがはっきりとわかりました。冬も近い今ごろのきせつであるにもかかわらず、その場所だけ、まるで春らんまんといった感じに、みどりがあふれているのです(ですから、よほどのへそまがりでもないかぎり、いいところだとだれもが思うはずです)。そして、ライアンのふるさとシープロンドも、そのうつしみ谷の中にありました(ですからこれまた、すばらしいくににきまっています)。

 

 ロビーはそのみどりの谷を見て、すこし、気持ちが晴れやかになりました。こんなにも美しい場所が、この世界にはまだまだあるのだと、自分の目でたしかめることができたのですから。

 

 「とってもきれいれひょ、うつひみ谷って。」

 

 ライアンが、そんなロビーの心を読み取ったかのようにいいました。きのうもそうでしたが、ライアンって、人の心をさっするのがとくいみたいです(ちなみに、かれは今また、バターキャンディーをなめていました。さっき歯みがきしたばっかりですのに!言葉が舌たらずなのは、そのためなんです)。

 

 「もうじきらよ。早くロビーにも、見せてあげたいな。」ライアンが、にこにこしながらつづけます。

 

 「楽しみです。はじめておとずれるくにがライアンさんのくにで、ぼくはうれしい。きっと、すばらしいところなんでしょうね。」ロビーはそういって、メルの背中をなでました。

 

 「メルも、もうすぐ自分のくににつくんだってわかってるみたい。早くついて、けがをなおしてあげたいね。」

 

 ロビーのその言葉をきいて、ライアンはちょっと、どきっとしてしまいました。ライアンは、じつはやっぱり、メルのけがのことが気がかりでならなかったのです。ロビーによけいな心配をかけさせないようにと、かれはあえて、気楽な感じをよそおっていましたが、ロビーはもうとっくに、そのことに気づいていたというわけでした。

 

 ライアンは、ロビーに対しては、もっとすなおになった方がいいと思いました。出会ってまだ、いちにちさえたっておりませんでしたが、なんだかもうロビーのことが、ずっと前からの友だちであるかのように、ライアンには思えたのです。ライアンは、そんなロビーのことをごまかそうとしていた自分が、ちょっとはずかしくなりました。

 

 「ありがとう。」ライアンは前をむいたまま、それだけいいました。それは、多くを語るよりも、もっと気持ちのこもったひとことでした。

 

 「きっと、すぐげんきになるよ。」

 

 ロビーの言葉に、ライアンはだまって、こくんとうなずきました。

 

 

 それからすこしたって、あたりはまた、岩にかこまれた山道へと変わっていきました。ですがこの山道は、きのうまでの岩の道とはあきらかにちがっていました。このあたりの岩は、ガイラルロックたちがいた場所のような、からからのかわいた岩とはちがって、色あいもくっきりあざやかで、水もたくさんふくんでいたのです。それは、このあたりの土地が、うつしみ谷から流れ出るきよらかなわき水によって、大いにうるおっているからでした。このあたりの土地の感じを、もし言葉でいいあらわすとしたら、なんといったらいいのでしょうか? いってみれば、「今を生きるエネルギーにみちているところ」といった感じだと思います(わたしのつたない表げんできょうしゅくなのですが)。この場所に立っているだけで、足のさきから、そしてからだ全体から、力がはいりこんでくるかのような、そんな感じをおぼえるところでした。

 

 そして今までの道のりとはちがう、いちばんはっきりとしているところがあります。それは、その岩場やあちこちの地面に、たくさんの花やみどりが生いしげっているというところでした。なにしろ、ガイラルロックたちが集まっていたあのおそろしい岩場では、花などはおろか、かれ草のいっぽんでさえ、見つけるのがむずかしいほどだったのです。ですからこのちがいは、だれの目にもあきらかでした。道のまわりをかこむ岩には、たくさんのすきまがあって、そのひとつひとつから、たくさんの葉をつけたつたのような植物がのびております。そしてそのつるには、とてもあざやかな、赤やむらさきやもも色の花々が、きそってさきほこっていました。

 

 「ルィンビスの花だよ。とってもいいにおいでしょ。」ライアンがいいました。なるほどかれのいう通り、さきほどから、あたりはとてもいいにおいでみちていたのです。それは、この岩場に生えている、このルィンビスとよばれているらしい植物の花のせいでした(ところでライアンは、今はキャンディーをなめるのをひとまずやめていました。著者のわたしにとっては助かります。ライアンの言葉がずっと舌たらずのまんまじゃ、書きづらくてしかたありませんから! それに読者のみなさんだって、きき取りづらいですよね)。

 

 「シープロンドでは、この花から、こう水や絵の具なんかを作るんだよ。一年中さいてるから、あちこちで手にはいるしね。それにね、食べてもとってもおいしいんだよ。」

 

 ライアンの言葉に、ロビーはびっくりしてしまいました。花を食べるなんて、ちょっと変わっておりましたから。

 

 ライアンはそういうと、メルをかべぎわによせて走らせながら、手をのばして、さいている花をひとつかみ、ぱしっともぎ取りました(ちょっとかわいそうでしたけど)。花のひとつをかるくはらって、口にはこびます。

 

 「あまずっぱくておいしいよ。ロビーもどうぞ。」ライアンは花をみっつばかり、ロビーに渡していいました。

 

 「ありがとう。」ロビーはおれいをいって、その花をひとつ、口にいれてみたのですが……、そのときのロビーの表じょうといったら! 思い出しただけでもおかしいです。つまり、ひつじの種族であるライアンにとっては、その花はとてもおいしいものでしたが、おおかみ種族であるロビーにとっては、まったくそうではないということでした(ようするに、まずいってことです)。 

 

 「おいしいでしょ。もっと食べる?」ライアンがたずねてきました。かれはまったく、ウルファの味の好みのことなんて、このときは知りませんでしたから、ただじゅんすいに、しんせつ心からそういってくれたのです。ですけど、ロビーにとってはもうたまりません。

 

 「いやっ、もういいです! これでじゅうぶん!」ロビーは「ははは……」と笑ってうまくごまかしましたが、ライアンに気づかれないように、花をぺっぺっとはき出すのにくろうしたのです……。

 

 「楽しみにしててね。シープロンドについたら、みんなのぶんも山ほどあるから。」

 

 ライアンの言葉に、ロビーはひきつって笑うばかりでした。

 

 

 さて、そんな(楽しい)やりとりをしつつ、一行の騎馬たちはさらに進んでいきました。こんなふうにほのぼのと進めるのも、この場所がへいわで安全な土地だからこそなのです(あんなにこわかったきのうの道のりのあとですもの、ちょっとくらいこんな道のりがあってもいいですよね)。

 

 道はそれから、切り立つがけにそったゆるやかなのぼりの道へとつづき、谷のおくへおくへとどんどんはいっていきます(ここは第三章の終わりに、セイレン大橋の上でライアンがいっていた、そのがけの道でした。今は明るくおてんきもよかったので、この道も安全に通ることができていましたが、やっぱりライアンのいう通り、あらしの夜にこのがけの道を通るのは、とても危険なことでしょう)。

 

 しばらくいったころから、道のわきやまわりの岩のすきまから、たくさんの小さな水の流れがわき出しているのが目につくようになりました。それらはあちこちに小さないずみを作っていて、すみきった水をたたえております。そしてその水を飲みに、りすや、岩うさぎや、そのほか白くてふかふかした変わった生きものたち(これはユピユピとよばれている、まるっこくておくびょうな生きものたちでした)などが、やってきていました。

 

 「もう、シープロンドはすぐそこだよ。ここをのぼりきれば、シープロンドの北の入り口につくからね。」

 

 そしてライアンのいう通り、そこから半マイルもいかないくらいのところ。さいごの坂を越えたところで、一行の目の前に、白いれんがづくりのりっぱな門が、とつぜんにあらわれたのです。

 

 旅の者たちは、ついにシープロンドへとやってきました(せいかくにいえば、シープロンドのくにの中にはすでにはいっていましたが、ここでいうシープロンドとは、シープロンドのそのみやこのことをさしているのです。くにの名まえとみやこの名まえがおんなじでしたので、ちょっとややこしいんですけど)。みんなが今いるところは、北の土地からやってきた者たちにとっての、シープロンドのみやこの中へとはいる、ゆいいつの谷の門だったのです。

 

 この場所は、シープロンドのくにの中でも、いちばん高いところにあたりました。ずっとゆるやかにのぼってきましたので、あんまりよくわかりませんでしたが、ここはもう、うつしみ谷の、そのてっぺんだったのです(もっとも、シープロンたちがせいなる山とあがめているタドゥーリ連山は、ここからでもさらにそのすがたを見上げなければならないほど、はるかな高きをほこっていましたが)。

 

 そのうつしみ谷のてっぺんに、街道のはしからはしまでをつなぐようなかたちで、シープロンドのみやこの北門がつくられていました。ですから、門のそとのここからでは、まだそのみやこの中を見ることができなかったのです。シープロンドのみやこは、この門のむこうにあるのですから。ですが、この門を見た者には、ただそれだけで、シープロンドというくにのみやこのすばらしさがわかってしまうことでしょう(じっさいロビーがそうだったのです)。それほどに、その門は美しいのでした。

 

 まずまっさきに目をひかれるもの。それは、この門をつくるのに使われていた、白いれんがでした。いや、れんがといえるのでしょうか? それは、ガラスのような、こおりのちょうこくのような、すいしょうのような、なんともいえない美しさを持つ、半とうめいのふしぎなしろものだったのです(おどろいているロビーにむかって、ライアンが「この門はね、こおり砂糖でできてるんだよ。」といったので、ロビーはすっかり信じて、「へええ!」と感心してしまいました。もちろんそれは、ライアンのじょうだんでしたが、ロビーはしばらく、信じきってしまっていたのです。あとでうそだとわかったので、ちゃんと怒りましたけど)。

 

 そのふしぎな白いれんが(とりあえず白いれんがとよばせてもらいます)でできた、とりでのような門のまん中に、同じく白い、ふしぎな木でつくられた大きなとびらがひとつ、つけられていました(ペンキがぬってあるわけではなく、この木はもともと白いのでした)。そしてそのとびらの上に、とんがりやねの小さな見張り台がふたつあって、そこにはなん人かのシープロンの者たちが、見張りに立っていたのです。

 

 かれらは、ライアンと同じような白くて美しい衣服をまとっていて、そして同じく、ふしぎなかがやき方をする白いマントをはおっていました。手には、流れるようなデザインの、こまかいさいくのなされたやりのようなものを持っていましたが、これは戦いにもちいるというよりも、かれらの見た目を美しくさせるために持っているものだったのです(じっさいかれらは兵士ではありません。シープロンの王、メリアン王につかえる者たちなのであって、だれかや自分の身を守るためいがいには、武器をふるおうとはしないのです)。そしてかれらは、もどってきた旅の者たちのすがたを見て取ると、大よろこびでさけびました。

 

 

 「王子たちがもどられた! ライアン王子がもどられた! みな、ごぶじだ!」

 

 

 かれらは、手にしたかざりやりを天高くかかげ、口々によろこびの声を上げました。そしてそれと同時に、旅の者たちをみやこの中へとむかえいれるその白い門が、ゆっくりと内がわにひらかれていったのです。

 

 大きくて重いとびらの、きしむ音が、こだまとなってあたりの山々にひびき渡っていきます。そして旅の者たちが門に進んでいくと、シープロンたちのよろこびの声は、いってん、おどろきの声へとかわっていきました。

 

 今かれらが見ていたのは、ライアンの白馬メルに乗っている人物でした。ですが、ライアンではありません。かれらは、そのうしろに乗っている人物。いい伝えのきゅうせいしゅであり、黒のおおかみ種族の者である、ロビーのことを見ていたのです。かれらは口々に、となりの者たちと言葉をかわしあっていました。「ほんとうだった。」とか、「すくいのぬしだ。」とか。中には、シープロンのでんとう的な言葉で話す者もいて、その場にいる三人のウルファたちには、なんといっているのか? わからないものまでありました。

 

 ロビーはなんとも、いごこちの悪い気持ちになりました。まるで、めずらしい生きものでも見ているかのように、たくさんの目が自分のことを、じろじろかんさつしていたのですから(ちゅうもくをあびたいと思う人は多いでしょうが、こんなふうにじろじろ見られるのは、ロビーでなくたっていやなものだと思います)。ロビーは思わず、うつむいてしまいました。

 

 そんなロビーのことを気づかって助け船を出してくれたのは、やっぱり、シープロンの王子であるライアンでした。ライアンは、シープロンドでは衛士とよばれているその見張りのシープロンたちにむかって、大きく右手をふり上げると、びっくりするくらいの大声でどなったのです(こんな小さなからだの、どこから出るんだというくらいに)。

 

 

 「気をつけーえ! れいっ!」

 

 

 どなられた衛士たちの、あわてふためいたことといったら! かれらは大あわてでからだをぴーん! とのばすと、そのままちょくりつふどうのしせいになりました。それから、みんないっせいにぺこりと頭を下げて、れいをしたのです(さすがはシープロンドの王子さまです。ちょっとライアンのことを、見なおしてしまいましたね)。

 

 「みんな! ここにいるのは、わがくにのだいじなお客さんなんだよ! こまらせたりなんかしたら、あとでおしおきなんだからね!」

 

 ライアンの言葉をきいて、衛士たちの顔はまっ青になりました。かれらは、ライアンのいう「おしおき」のことを、よく知っていたのです(どんなものなのかですって? それはとりあえず、読者のみなさんのごそうぞうにおまかせすることにしましょう。わがままな王子さまの考えつきそうなことだということだけ、お伝えしておきます)。

 

 それから大急ぎで、あたりに高らかなラッパの音色がひびき渡りました。これは重要な人物がきたということをしらせるためのもので、とてもかくしきの高いものでした。そしてその音色にひきつづいて、シープロンドのみやこの中から、同じラッパの音色がかえってきたのです(これで旅の者たちが帰ってきたということが、いち早くみやこの中へと伝わりました)。

 

 それから一行は、白い木の門をくぐりぬけ、ついにそのシープロンドのみやこの中へとはいりました(といっても、ここはまだシープロンドのみやこのそのはしっこで、たてものなどもほとんどありませんでしたが。人々が暮らしているせいかつの場は、ここからもうすこしはいった、みやこのまん中にあったのです)。門をぬけると、そこは石だたみの広場になっていました。しきつめられているのは門のかべに使われていたものと同じ、すき通るようなあの白いれんがです。そのうえ石だたみの下にも白い砂がしいてあるらしく、半とうめいのれんがを通して、その美しい地面を見通すことができるようになっていました(ですからはじめてここをおとずれたロビーは、はじめ、雲の上を歩いているんじゃないかと思ったほどなのです。さすがはシープロンド。「白きひつじたちのくに」といわれるだけのことはありますね)。

 

 その広場からみやこのまん中へとつづく、いっぽんの道があって(この道も広場と同じく、白い石のれんががしきつめられていました)、その両がわにはふたりの衛士たちが見張りに立っていました。そして今、その道から二頭の白馬たちに乗った者たちが、こちらへとむかってやってきたのです。

 

 白馬たちに乗っていたのは、シープロンドの衛士たちよりももっといんしょう的な衣服(ごうかな衣服といった方がわかりやすいかもしれません)に身をつつんだ、ふたりのシープロンたちでした。ひとめで、かれらがとても身分が高く、とても品のよい者たちであるということがわかりました。りっぱな身なりとゆうがで上品な立ちふるまいは、もちろんのこと。その高いちせいを感じさせる美しい顔立ちも、かれらのいんしょうを大きく高めていたのです(ほんとうはライアンだって、だまっていればそんな感じなのです。なにせライアンは、このくにの王子さまなんですから。ただし、おとなしくしていることが、かれにできればの話なんですけど)。

 

 かれらは旅の者たちの前にさっそうとやってくると、みごとな身のこなしで馬からおり立ちました。そして、とてもれいぎ正しくおじぎをしてから、まずはライアンにむかって、いったのです。

 

 「王子、ごぶじでなによりです。みな、心配いたしておりました。さく夜のうちに、もどられるはずだということでしたから。」

 

 それを受けて、ライアンがこたえました。

 

 「ありがとう、ルース、ホロ。ちょっと、よそうがいのことばっかり起こったものだから、おそくなっちゃった。でも、ぼくならだいじょうぶ。」

 

 ライアンの言葉に、かれらはひとまずほっとして、胸をなでおろしました。かれらはメリアン王のそっきんとして、シープロンドの王宮につかえている者たちだったのです(そっきんとは王さまのそばにひかえて、王さまの手助けをしたり、いろんなちえを出したりする者たちのことです)。かれらは王宮の中でも、とくに身分の高い者たちでした。ちなみに、ルースとホロというのはかれらのニックネームで、ほんとうの名まえはルースアンにホロウノースといいました。ニックネームでよんでいるのは、ライアンだけなんですけど。

 

 「それより、メルがたいへんなんだ。けがしちゃって。早く、ホーシアンのしんりょうじょにつれてってあげて。」ライアンはそういうと、メルの背から地面におり立ちました(あわててロビーもおりたのは、いうまでもありません。それを見て、ベルグエルムとフェリアルのふたりも、かれらにあわせて馬からおりました)。

 

 ライアンの言葉に、ルースアンとホロウノースのふたりは、すぐにもっともてきせつな行動を取ってくれました(ふたりはライアン王子がほんとうにこまっているときの顔を、よく知っていたのです。そして今、ライアンの表じょうはまさにそれでした)。ルースアンは衛士のふたりをよぶと、かれらにメルのことをたくしていいました。

 

 「王子の馬をたのむ。ホーシアンにつれていって、すぐにみてもらうように。」

 

 そして衛士たちは、きびきびと動いて、メルをつれて、つづくみやこのおくへと去っていったのです(ホーシアンというのは、動物せんもんのお医者さんがいるところなのです。このシープロンドのお医者さんたちは、アークランドの中でも、いちばんのいりょうぎじゅつをほこっていました。ですからライアンも、メルのことを安心して、送り出すことができたというわけだったのです。ほんとうならメルといっしょに、自分もいきたかったのですが、今はなによりもまず、きゅうせいしゅであるロビーといっしょに、お城へともどらなければなりませんでしたから。

 それはともかくとして……、よかった! これでメルも、ひと安心というものです。わたしもメルがけがをしてからというもの、早くこの場面をお伝えしたくてならなかったんです)。

 

 メルが足早に去っていくのをすっかり見とどけると、ルースアンとホロウノースのふたりは、ふたたび旅の者たちにむかっていいました。

 

 「らいひんの方々。ベルグエルムどの、フェリアルどの。たいへんな道中であったとお見受けいたします。王子の身をお守りいただいて、どうもありがとう。」

 

 かれらの言葉に、ベルグエルムとフェリアルのふたりは、ぺこりと頭を下げてこたえます。

 

 「そして……」

 

 ルースアンとホロウノースのふたりは、そこでようやく、ライアンのとなりに立っている人物のことを見やりました。おおかみ種族の者たちのくに、レドンホール。そこで起こったふこうなできごとのことや、みらいにのぞみをつなぐ、ひとつのいい伝えのこと。それらのことは、すでにかれらもよく知っていました。そして今まさに、目の前にいるこの人物こそが、そのいい伝えのきゅうせいしゅほんにんにほかならなかったのです。

 

 かれらはとてもおちついたもののいい方をする者たちでしたが、そんなかれらでさえ、すくなからずのこうふんをおさえることができませんでした。かれらが話しかけた人物。それはもちろん、この物語の主人公である、ロビーだったのです。

 

 「ごらいほうを心よりかんげいいたします。ようこそシープロンドへ。われらは、できるかぎりの協力をおしみません。」

 

 その言葉はひかえめなものでしたが、とても気持ちのこもったものでした。かれらはとても頭がよく、そして、場をわきまえることのできる者たちでした。かれらはロビーのようすを見て、この人物にはひかえめにせっするのがいちばんよいと、すぐにさとったのです(それができなかった見張りの衛士たちは、おかげでライアンに、どやされるはめになったわけですが)。そんなふたりの気づかいにかんしゃして、ロビーはせいいっぱいの心をこめていいました。

 

 「お心づかい、ありがとうございます。ルースさんに、ホロさん。ぼくはロビーといいます。あなた方のくににこられて、ぼくはとてもうれしいです。よろしくお願いします。」ロビーはそういって、まずはぺこりとおじぎをしました(ちなみに、ロビーはかれらのほんとうの名まえを知りませんでしたので、ライアンがよんだニックネームのことを、かれらのほんとうの名まえだと思ってしまいました)。

 

 「できれば、ずっといたいくらいなんですけど……」

 

 ロビーはそこで言葉をにごしましたが、ルースアンとホロウノースのふたりには、その意味がよくわかっていました。かれらは、旅の者たちのじじょうをよくりかいしていたのです。ロビーたちがあまり、ゆっくりしているわけにはいかないということを。

 

 「心得ております。ですが、すこしばかりのきゅうそくは、今のあなた方にはふかけつでしょう。とくに、ベルグエルムどの。その肩のきずは、すぐに医者にみせなくては。どうぞご安心を。わがくにには、うでのよい医者がおりますので。すぐによくなりましょう。」

 

 ルースアンはそういうと、旅の者たちをひきつれて、みやこのおくへとつづく白い小道にかれらのことをあんないしていきました。

 

 「ごあんないいたします。どうぞこちらへ。」

 

 

 それから、かれらのことを乗せたたくさんの騎馬たちが、広場からつづくその白い小道の上を、シープロンドの王宮へとむかってこうしんしていったのです(この小道はとちゅうでふたつに分かれていて、ひとつはみやこのまん中へ、もうひとつはシープロンドの王宮へとつづいていました。そしてかれらが進んでいくのは、その王宮への道なのです)。れんがの道をふみならす馬のひづめの音が、かろやかに、そして高らかに、シープロンドのくにの中へとひびいていきました(ちなみに、メルがいってしまったので、ライアンは今ルースアンの騎馬に乗っていました。どっちが前に乗るかで、ひともんちゃくあったのですが、けっきょくライアンの方がうしろにまたがりました。そしてロビーは、ホロウノースの騎馬に乗っていったのです)。

 

 みどりにかこまれた小道をゆくと、やがてまたべつの広場に出ました。そこはさきほどの広場よりも小さい広場でしたが、すみには白い石でつくられたベンチとテーブルがいくつかならんでいて、ひと休みができるようになっていました。そしてここにきゅうけいじょをつくった、いちばんのりゆうがありましたが、そのりゆうはだれの目にもあきらかだったのです。

 

 ここはこのシープロンドのくに中を見通すことのできる、てんぼう台でした。そして、その景色のすばらしいことといったら! じっさいにその景色を見ることのできた人は、ほんとうにしあわせな人だといえることでしょう。そしてだれもが思うはずです。ここは、らくえんにちがいないと(この景色をいいあらわす言葉は、なかなか見つからないと思います。ですけど、それでは読者のみなさんに申しわけが立ちませんので、なんとか、わたしのつたない言葉できょうしゅくなのですが、説明させていただきたいと思います。できるかぎり、きおくと頭をふりしぼりますので、どうぞごかんべんください)。

 

 広がっている景色は、まさにしぜんの美しさそのものでした。木々は、目もくらまん

ばかりのあざやかなみどりの葉にみちていました。あちらにもこちらにも、まんかいの花々がきそってさきほこっていました。そのあいだを、さまざまな宝石の色をしたちょうや小鳥が、楽しそうに飛びかっております。美しい水の流れが、あみの目のようにせせらいでいるのが見えました。かがやく銀のしぶきを上げる、たくさんのたき。そしていずみ。みどりの草原では動物たちがのんびりと草をはみ、あそび、くつろいでいました。

 

 それは、だれもが頭の中だけに思いえがいているだろう、らくえんのすがたそのものでした。それが今、そのままのかたちとなって、目の前に広がっていたのです。そしてその中に、それらのものにまったくとけこむようなかたちで、白いれんがづくりの家々がたちならんでいました。それらの家々は、木々の生えるのをさまたげず、水の流れるのをさえぎらず、ただしぜんのありのままのすがたにあわせて、たてられていました。まるで、すべてがあるべきところにあるといったように、それらのものは、そこにあったのです。

 

 みやこの中で大きくいんしょう的なのは、あちこちにたてられている、とんがりやねの大きな白い塔でした。これらの塔は、このシープロンドのみやこを(てっぺんからふもとまでじゅんばんに)おうぎじょうに大きく四つの部分に分けている、四つの白いじょうへきの上にたっていたのです。このじょうへきはもともと、そとからの敵のこうげきを防ぐための、守りのかべとしてつくられたものでしたが、ただのいちどでさえ、そのほんらいのやくめを果たしたことはありませんでした。つまりそれは、この美しいひつじたちのくにシープロンドを、こうげきしようなんて考えた者が、今までだれひとりとしていなかったからなのです(これはじつによろこばしいことです)。

 

 しかし今では、このへいわで美しいシープロンドの中でさえ、けっして安全だというわけではありません。黒の軍勢のおそろしさ、ひれつさ、ひきょうさは、まこと、われわれのそうぞうからかけはなれていたのですから。

 

 ですけど、今はただ、このシープロンドのくにの美しさに見とれることにしましょう。守りのためにつくられたはずの白いじょうへきは、今ではこのシープロンドの美しさをいっそうひき立てるためのかざりものとして、その新たなやくめを果たしていました。白い塔にはすべて、銀色の地に水色のししゅうのなされた、きれいなはたがつけられていました。それらのはたは、そよ風を受けてひらひらとたなびき、ふりそそぐ朝日を受けて、きらきらとかがやいております。じょうへきの上にたちならんだ、それらのはたのついた白い塔を、しんじゅにたとえるのなら。白いじょうへきは、まるで、それらのしんじゅのついた首かざりのようでした。そしてシープロンドのみやこには、こんなにも美しい白い首かざりが、四つもかかっていたのです。

 

 これらのものが、うつしみ谷のてっぺんであるこのてんぼう台の、はるか下にまでむかって、ゆるやかなだんだんになってつづいていました。そして、いちばん下のじょうへきのむこうには(つまり四番目の首かざりのむこうには)、見渡すかぎりのはたけやまきばが広がっていたのです。たくさんの風車がゆうゆうとまわり、へいわでのどかなシープロンドのいんしょうを、ことさらに強めていました。

 

 この場にいる者たちの中ではじめてこの景色を見たのは、ロビーただひとりでした。ライアンはもちろん、ここの生まれなのですから、ほとんど毎日(たまのお出かけのときはべつとして)この景色を見て育ったのです。そしてベルグエルムとフェリアルも、すでにこのシープロンドにしばらくたいざいしているあいだに(つまりロビーが見つかるまでのあいだです)、この美しい景色をじっくりとながめることができていました(うらやましいかぎりです)。

 

 このシープロンドのすばらしい景色は、きっとなん時間見ていたって見たりないくらいに思うことでしょう。ですけど、このてんぼう台に夕方までゆっくりと、お茶とケーキをいただきながらとどまっているわけにもいきません(それができたらさいこうなんですけど)。ですからみんなは、なごりおしみながらも、このみりょく的な景色の広がる高台の小さな広場を、しぶしぶあとにしました(じっさいここにいたのは、時間にしてせいぜい一分くらいでした。なんてかわいそうなロビー! かれには、あとでまたゆっくりと、この景色を楽しんでもらいたいものです)。

 

 てんぼう台のある広場をすぎると、白いれんがの小道は、生いしげる木々の中へとつづいていきました。道の両わきには、はじけるようなみどりの葉をつけた大きな木が、すきまなくならんでおります。それらの木々ののばしたえだが、道の上にまで大きくせり出していて、みんなはさながら、森の中に切りひらかれたみどりのトンネルの中を進んでいるかのようでした。えだには、たくさんの鳥たちがとまっているのが見て取れました。朝の美しい光が木もれ日となって、そのえだのすきまからふりそそいできます。それらはまるで、おうごんの光のシャワーのようでした。その光のシャワーをあびながら進む一行のことを今、鳥たちのさえずる美しい音楽が、やさしくかんげいしてくれていたのです。

 

 「ずいぶんと、人になれているんですね。ぼくのいた森にも鳥はいたけど、ぼくのことをこわがって、ただの一羽だって、こんなそばにまでよってこなかったのに。」ロビーがそういって、にが笑いを浮かべました。ロビーのいう通り、このシープロンドの鳥たちは、こんなにたくさんの騎馬たちがすぐそばにまでこうしんしてくるというのに、まったく飛び去ってしまうそぶりすら見せなかったのです。馬の背から手をのばせば、すぐ手がとどいてしまいそうでした。

 

 「シープロンドの鳥たちは、ほかの生きものをこわがらないんだよ。かれらをおそう敵もいないから。みんな、仲間だと思ってるみたいだね。」ライアンがそういって、右手の人さしゆびを、頭の上のあたりにすっとさし出しました。するとそのゆびに、ぱたたっと一羽の小さな水色の鳥が飛んできて、とまったのです。小鳥はそこで、のんびりと毛づくろいをはじましたが、ライアンがそっとゆびさきを上げると、ふたたびもとの木のえだの上へともどっていきました(ためしにロビーも同じことをしてみたのですが、飛んできた鳥はロビーの頭の上にとまってしまいました。しかも、いちどに五羽も! あわてて首をふったロビーのことを見て、みんなは思わず笑ってしまいました)。

 

 まこと、このシープロンドにいるかぎり、危険はまったくかやのそとといった感じでした。きのうのおそろしいたいけんも、セイレン河のあの変わり果てたすがたも、みんな夢だったんじゃないかと思えるくらい、ここはへいわそのものに見えたのです。

 

 そしてみんなの心が、げんじつのそのおそろしさを忘れてしまいそうになっていたころのこと。不安やきょうふからかいほうされて、つかのまのへいわにひたりきっていた、そんなおりもおり。かれらのなごやかなこうしんを、とうとつにうち破るものが、道のゆく手からあらわれました。

 

 それは二頭のはい色の騎馬たちでした。乗っているのはそれぞれにひとりずつ、われらが騎士たちと同じ服そうをした、おおかみ種族の者たちです(かみの毛もしっぽも、もちろんはい色です)。かれらはこの白いれんが道を大急ぎでかけてきたらしく、ロビーたち一行にはちあわせしたときにも、すぐにはとまれず、いったん大きく通りすぎてしまってから、あわててひきかえしてきたほどでした。そしてみんなの騎馬たちは、この二頭の騎馬たちがあんまりとつぜんにかけてきたものですから、すっかりおどろいてしまって、そのためあたりはひととき、大さわぎとなったのです。騎馬たちは大きくいなないて、じたばたとあばれました。乗馬のけいけんゆたかな者たちがたづなをひいていなかったのなら、みんなはたまらずに、ふり落とされてしまっていたことでしょう(じっさいロビーはあわやのところで、馬から落っこちずにすんだのです。そのぶん、しがみつかれたホロウノースは、馬をあやつるのにだいぶくろうしましたが)。そのくらいのいきおいで、この新たな二頭の騎馬たちはあらわれました。

 

 それからようやく、ぜんいんの騎馬たちがおちつきを取りもどすことができたころ。新たにとうじょうしたその二名のウルファの騎士たち(これはもうどう見たって、ベーカーランドの白の騎兵師団の騎士たちだったのです)にむかって、口をひらく者がありました。それは、かれらのみちびき手である白の騎兵師団の長、ベルグエルムだったのです。

 

 「ハミール! キエリフ! これはなにごとだ! この美しい友人たちのくにを、かくも荒々しく馬でかけまわるとは!」

 

 ベルグエルムの(おしかりの)言葉に、ハミールとキエリフとよばれたふたりの若き騎士たちは、うやうやしく頭を下げて、失礼のだんをおわびしました。

 

 「申しわけありません! よんどころなきじじょうのゆえ、どうかごぶれいをおゆるしください!」

 

 いつもとてもれいぎ正しいはずのかれらのような騎士たちが、ここまであわてて、荒っぽくやってくるなんて、なにかよほどのじじょうがあってのことのようです。いったいどうしたというのでしょうか? かれらの言葉に耳をかたむけてみましょう。

 

 「よくぞごぶじでもどられました。ライアン王子も、よくぞごぶじで。それと……、おお! そちらのお方が、われらがきゅうせいしゅであられますか!」

 

 ふたりの騎士たちはまずあいさつをかわし、それから、ロビーのことを見ておどろきました。かれらのよく知っているあのいい伝えの黒き同ほうが、今こうして、目の前にいるのですから、それもとうぜんのことだったのです。ですがかれらには今、そんなロビーのことでさえ、じっくりかんさつしているよゆうすらありませんでした。それは、ここへきたほんらいのもくてき。この美しいシープロンドのくにの中を、ひじょうしきにも全力で馬を走らせるはめになった、そのわけが、今のかれらの心を、すっかりみだしてしまっていたためだったのです。

 

 「ベルグエルム隊長、フェリアル副長。わたくしどもにとっての、いちだいじたるできごとが起こりました。北門にあなた方がとうちゃくされたとのほうこくを受け、われらはいっこくも早くそのことを伝えるべく、はせさんじたしだいなのです。」

 

 かれらはベルグエルムとフェリアルの旅のともとして、ベーカーランドからいっしょにやってきた、騎士たちでした(つまり、かれらは四人でベーカーランドを出発したのです。ちなみに、フェリアルは隊長のつぎにえらい、副長だったんですね。どうりで、剣のうでも立つはずです)。

 

 この若き騎士たちのことをかんたんにごしょうかいしますと、ハミールはナシュガー家の長男で、なかなかの好青年です。そしてキエリフは、同じくアートハーグ家の長男で、これも負けないくらいの好青年でした。剣のうでも、隊長と副長にまではおよばないとしてもなかなかでしたし、頭もよかったのです。つまりひとことでいえば、ふたりとも、「りっぱな騎士」たちでした。ですから、こんかいのこの重要なにんむの旅に、かれらがえらばれたのも、しごくとうぜんのことだったのです。そしてそんなふたりの騎士たちが今、みんなが思いもよらない、たいへんなできごとのことを語りはじめました。

 

 「ついさきほどのこと。せいかくには、今から一時間ほど前のことです。メリアン王の王宮に、一羽のたかが飛んできたのです。それはまさしく、われらベーカーランドの者たちのもちいる、でんれい用のたかでした。そしてその足には、おそれていたことに、まっ赤なはたぬののしるしがくくりつけられていたのです。」

 

 若き騎士たちの言葉に、ベルグエルムとフェリアルのふたりは大きく表じょうをくもらせました。それはあきらかに、なにか悪いことが起こったということをあらわしているものでした。じつは、騎士たちの言葉にあったまっ赤なはたぬのというのは、かれらベーカーランドの者たちがもちいている、れんらく用のあいずのひとつだったのです。そしてそのあいずは、ごそうぞうの通り、とてもよくないことが起こったという悪いしらせをあらわすためのものでした(もしこれが青いはたぬのであったのなら、はんたいによいことが起こったということをあらわします。そのほか白やきいろなど、さまざまなものがありましたが、こんかいはその中でももっとも悪い、もっとも見たくない、赤いはたぬののしるしが、そのたかの足にくくりつけられていたというわけでした)。

 

 ベルグエルムの表じょうはこわばり、こわいくらいでした。ロビーは不安げに、そんなかれらの顔を見まわすばかりです。いったいなにが起きたのか? それは、騎士たちのつぎの言葉によってあきらかとなりました。

 

 「そのはたぬのには、手紙がついておりました。さし出しもとは、べゼロインのとりでです。それによれば、われらのふたつのとりでのうちのひとつ、リュインのとりでが、敵のこうげきによって落ち、うばわれたというのです。」

 

 「そんなばかな!」フェリアルが思わずさけびました。「われらはついこのあいだ、そのとりでを通ってここへきたんだぞ! とても信じられない。それはほんとうなのか?」 

 

 フェリアルのいう通り、かれらはベーカーランドを出発してから、ティーンディーンの大河にそってつくられた、それらふたつのとりでを通って、この北の地へとやってきたのです。それらのとりでとは、ひとつはべゼロインのとりで。そしてもうひとつが、リュインのとりででした。これらのとりでは、ワットの黒の軍勢のしんりゃくをおしとどめるためにベーカーランドがきずいた、大いなるとりででした。ふたつとも、このアークランドでもほかにるいを見ないほど、大きくてりっぱなとりでだったのです。もしこれらのとりでがなかったのなら、ベーカーランドの人たちはいちにちだって、安心して眠ることなどはできないでしょう。それほどに、これらのとりではかれらにとってだいじなものでした。

 

 そして、それらのとりでのうちのひとつであるリュインのとりでが、敵の手によって落ち、うばわれたというのです。ですからこれは、ベーカーランドだけでなく、このアークランド世界に住むすべてのぜんなるたみたちにとっての、いちだいじでした。フェリアルがうたがってかかったのも、むりもないことだったのです。とても、そんなことは信じられませんでしたし、信じたくありませんでしたから。

 

 ですがこれは、まぎれもないじじつでした。それは、つづく若きウルファの騎士、ハミール・ナシュガーの言葉によって、たしかなものとされたのです。

 

 「わたしも、信じたくはありませんでした。フェリアル副長のいう通り、まちがいであると信じたかった。しかしこれは、まちがいのないじじつなのです。それは、しらせを受けてリュインにかけつけたべゼロインの者たちによって、たしかなものだとかくにんされました。そして、そのべゼロインとりでへと、リュインのひほうをしらせるべく、手紙を送ったのは……」ハミールはそこで、言葉をつまらせました。となりにいるキエリフが、かれの肩に手をおいてはげまします。

 

 「でんれいのたかによってべゼロインへと手紙を送った者は、わたしのよく知っている人物であったのです。それは、レイミール・ナシュガー。わたしの、じつのおとうとです。」

 

 ハミールの言葉に、その場にいるぜんいんがおどろきの声を上げました。レイミールはハミールの若きおとうとで、ねんれいはまだ十二さいほどでした。レイミールは兄のハミールによくなついていて、くにの力になりたいとむりをいって、リュインとりでの見ならい兵士としてはたらいていたのです(ほんとうならまだ兵士になれるねんれいではありませんでしたが、ハミールがお願いして、とくべつに見ならいとしてきょかしてもらっていました)。

 

 レイミールのことはベルグエルムやフェリアルもよく知っていて、ずいぶんとかわいがっていました。じっさいここにくる前(せいかくには三日と半日前のことでしたが)、かれらはリュインとりでで、レイミールに会ったばかりだったのです。ですからかれらは、ことさらに心を痛め、心配しました。

 

 「レイミール! かれは、かれの身は? ぶじでいるのか?」ベルグエルムがまっさきにたずねました。そしてその思いは、ベルグエルムのみならず、その場にいるみんなが同じだったのです。

 

 そんなみんなの心配に、キエリフ・アートハーグがこたえました。ハミールはもう、おとうとのレイミールのことで胸がいっぱいで、とてもまともには、ものを話せるじょうたいではなくなってしまっていたのです。

 

 「それは……、なんとも申し上げることができません。かれが手紙を書いたときには、もうあたりはすっかり、敵にかこまれてしまっていたそうです。かれをふくむわずかな兵士たちのみが、さいごのふんとうをつづけるべく追いつめられ、そしてそのきぼうを、一羽のでんれいたかにたくしたとありました。べゼロインに送られたその手紙には、リュインがもしこのまま落ちるようなことがあったなら、そのことと、そして南への危機をただちにしらせるべく、兄のハミールのいるこのシープロンドへと、でんれいのたかを送るようにとのしじがなされていたのです。」

 

 ベルグエルムもフェリアルも、深くうなだれて思いをめぐらせていました。そして、自分たちのためにいちはやく大きな危険をしらせてくれたレイミールに、ふたりは深くかんしゃしたのです。

 

 キエリフがつづけます。

 

 「レイミールたち、残された兵士たちがどうなったのか? この手紙からだけではわかりません。ですがわたしには、かれらの身にまちがいが起こったなどとは、どうしても思えない! レイミールは兄ににて、とてもゆうかんで頭もいいのだから、きっとぶじでいてくれているにちがいありません。わたしは信じます。」

 (のちに語られることになりますが、このような戦いには、さまざまなきまりごとがきめられていたのです。追いつめたすくない数の者たちを必要以上におびやかすということは、そんなたくさんのきまりごとのうちのひとつとして、はっきりときんじられていることでした。ですが、ひれつなワットが、それをきちんと守るかどうか? 仲間たちにはかくしょうが持てなかったのです。あのカピバラのくにでのぼうきょを思い起こしてみてください。あれほどひどいことは、いくらワットといえども、そうそう起こし得ないことだと信じたいですが、ワットのことです。それに近いことでも、へいきでやりかねません。相手がたとえ、おさない者であったとしても……。ですから仲間たちは、残された兵士たちのことをあんじ、レイミールの身のぶじをあんじました。)

 

 キエリフの言葉に、その場にいる者たちぜんいんも、大きくうなずいてこたえました。それでハミールも、ようやく顔を上げて、みんなの方をむくことができたのです。レイミールのぶじをいちばん信じたかったのは、かれでしたから。そう、レイミールはぶじにちがいありません! 自分が信じてあげなくて、どうするのでしょう? ハミールは気持ちを強く持ちました。みんなのおかげで、もういちど、きぼうを取りもどすことができたのです。ハミールは頭を下げて、みんなに心からかんしゃしました。

 

 「ありがとうございます、みなさん。おとうとは、ぶじでいる。わたしも信じます。なにより、ぶじでいると感じることができる。」ハミールはそこで、はじめて笑顔を見せました。

 

 「もちろん、ぶじにきまってるよ!」これはライアンでした。

 

 「近いうちに、しょうかいしてよ。ハミーのおとうとさんなら、ぼくもきっと、いい友だちになれると思うから。なんてよぼうかな? レイミールくんだから……、うん! レミってよぼう!」

 

 ライアンはそういって、にっこり笑ってみせました。かれはひつじの種族でしたが、ロビーをふくめ、このみじかいあいだにはじめて出会ったおおかみ種族のかれらのことを、すっかり好きになっていたのです。ですからライアンは、かれらのために、自分のできるかぎりのことをしてあげたいと考えるようになっていました。この場でかれが、持ち前の明るさと心くばりでこんなふうにおどけてみせたのも、友であるおおかみ種族のみんなのことを、すこしでも、げんきづけてあげようと思ってのことからだったのです(ライアンはほんとうにいい子です)。

 

 「ありがとうございます、ライアンどの。」

 

 ハミールは、そんなライアンの心づかいにかんしゃして、深々と頭を下げました。ですがライアンは、さもいごこちが悪いといったふうに、手をふっていったのです。

 

 「やめてよハミー。そんなのいいからさ。ぼくのことは、ライアンでいいよ。キーフも、気をつかわなくていいからね。」

 

 ライアンはハミールとキエリフのふたりにいいましたが、そんなライアンの言葉に、れいぎさほうやけいしきを教えられてきた騎士であるふたりは、にが笑いしながら、おたがいの顔を見あわせました(ベルグエルムとフェリアルのふたりも、さいしょはライアンの立ちふるまいと自由ほんぽうさにとまどって、なれるまでには時間がかかったのです。騎士である自分が、はじめて出会ったちびっこ王子さまに、まさかいきなりニックネームでよばれるなんて、思ってもいませんでしたから。

 ちなみに、ハミーとキーフというのは、もちろん、ライアンがハミールとキエリフにつけたニックネームです)。

 

 こんなふうに、ハミールのことを思うたくさんの友人たちのおかげで、しずんでいたその場もふたたび、明るさを取りもどすことができました。ですが、リュインとりでが敵の手に落ちたということは、しんこくなじじつとして、いぜん残されたままであったのです。ですから、みんながつぎにやるべきことは、おのずときまってきました。

 

 「われらは急いで、これから取るべきおこないを話しあわなくてはならないな。」ベルグエルムがいいました。「もとより、そのつもりであったのだが、じたいはさらにしんこくさをましてしまった。これではふたたび、もとのようには、南の地におもむくことはできないだろう。リュインとりでが落ちたとなれば、敵はわがもの顔で、あたりの土地を歩きまわることができてしまう。」

 

 「それに、きのう出会った黒騎士たちのことも、やはり気がかりでなりません。」ベルグエルムの言葉に、フェリアルも心配げにこたえました。

 

 「わたしも、かれらのことが心配だ。」ベルグエルムがうなずいてつづけます。「われらのすがたをおおやけにさらすことは、どうしてもさけなければならないだろう。もしかれらにとらえられでもしたら、われらのにんむもおしまいだ。」

 

 ベルグエルムの言葉は、なんとも正しいものでした。敵につかまること。それはすなわち、われらがきゅうせいしゅであるロビーの身が、敵の手に渡ってしまうということを意味していたのです。ベルグエルムのいう通り、それだけは、なんとしてもさけなければなりません。ロビーのそんざいは、かれらにとって、さいごのきぼうだったのですから。

 

 「じゃあ、早くみんな、お城にいかなきゃいけないね。」ライアンがいいました。「父にそうだんして、みんなで話しあおう。みんなで話しあえば、いいこたえが出るはずだよ。」

 

 「かんしゃします、ライアンどの、いや……、ライアン。」ハミールが、深々と頭を下げようとしたのをとちゅうでやめて、かるいおじぎにとどめながらこたえました(さっきライアンにいわれたばっかりですものね。えらい身分の相手のことを名まえだけでよぶのには、まだちょっと、ていこうがありましたが)。

 

 「くにのゆくすえにかかわる、だいじな話しあいです。」さいごに、ベルグエルムがいいました。

 

 「われらの進むべき道を、みんなで考えよう。」

 

 

 そして、シープロンドにつどったこのせいぎの者たちは、いちろ、メリアン王の待つシープロンドの王宮へとつづく、白い小道を、足早にたどっていったのです。朝日はもう、すっかりのぼりきって、このおだやかな白きひつじたちのくにの中を、やさしくてらし上げていました。その美しさはいぜんと同じく、なにひとつ変わってはいませんでした。

 

 

 




第6章「進むべき道」に続きます。



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