ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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7、オーリンたちのむかしのなごり

 そのろうかは、まっくらでした。そしてしゅーしゅーという、湯気のような、生きもののこきゅうのような、なにやらおそろしげな音がそこにはひびいていました。空気はとてもべたついていて、あつく、じっとりとしています。それはとても、まともな生きものたちのすうような空気ではありませんでした。

 

 いったいここはどこなのでしょうか? しかし、この場所がどこであったにせよ、ここにくるだれもがこう思うはずです。こんなところには、一分だっていたくはない! と。

 

 今そのろうかをひとり、だれかがむこうから歩いてきました。ふしぎなことに、その人物が歩いていくその場所にあわせて、まっ黒なかべにうめこまれていたつるつるとした石が、ぼんやりとした赤いかがやきを放って、道をてらし上げていくのです。

 

 やがてその人物は、ひとつの広間にやってきました。この広間のかべにも、さきほどのろうかにあったのと同じ、赤く光る石がたくさんうめこまれていて、広間全体をぼんやりてらし上げていたのです。ですが、この場所でまっさきに目をひくものは、そんなものではありませんでした。まずさいしょに目に飛びこんでくるもの。それは広間のまん中におかれた、赤い光を放つ、大きな四かく形の石だったのです。

 

 その石はなんともふしぎなことに、空中に浮かんでいて、ゆっくりとかいてんしていました。そしてにぶく光ったその赤いかがやきは、それを見る者に、血や、ぼうりょくや、はかいなどといった、おそろしげなものを思い起こさせるのです。

 

 その石のそばにひとり、こちらに背をむけるかっこうで、だれかが立っていました。その人は、全身をおおう黒いガウンのようなものを、頭からすっぽりかぶっております。ですから、どんな人なのか? 顔はおろか、手足のさきすらも、見て取ることはできませんでした。

 

 「ついにあらわれたの?」

 

 とつぜん、そのなぞの人物が口をひらきました。それは、さっきろうかを歩いてきた人がこの広間にはいってきたのと、ほとんど同じときでした。ですけど、口をひらいたそのなぞの人物は、あいかわらず赤い石の方をむいたまま、広間にはいってきた人の方には、まったく目をむけていなかったのです(まるでうしろに目がついていて、はいってきた人のことが、すっかり見えていたかのように)。

 

 この言葉に、広間にはいってきた人の方が、かしこまってこたえました。

 

 「……あなたさまのよきなされていた通りでした。かの者です。まちがいありません……」

 

 それをきいて、なぞの人物は「くっくっく。」といううすきみの悪い笑い方をしてみせます。

 

 「あなたも、かれを待ちのぞんでいたんでしょ? じつに、よろこばしいかぎりだね。むこうの方から、わざわざ、すがたをあらわしてくれたんだから。」 

 

 広間にはいってきた方の人が、ふたたびそれにこたえました。

 

 「……わたしは、自分のつとめを果たすまで。もはやかれは、わたしには、なんのかんけいもありません……」

 

 「だったらいいんだけどね。」なぞの人物がまた、「くっくっく。」ときみ悪く笑います。

 

 「しばらくは、およがせておけばいい。近いうちにかならず、むこうの方からやってくるから。それまでじっくりと、けんぶつさせてもらおうよ。」

 

 それから赤い石の前のそのなぞの人物は、なにやらごにょごにょと、口の中でつぶやきました。すると、それにこたえるかのように、ちゅうに浮かんでいた石が、みずからのそのぶきみなかがやきを、なおいっそうのこと強くさせたのです。そしてその石のかがやきを見て、なぞの人物は、なんともまんぞくげに、うれしそうに、いいました。

 

 「さて、どう出るのかな? おもしろくなってきたぞ。」

 

  

 「朝のたいそう、はじめ!」

 

 みどりのしばふの上に、みんなが集まっていました。みんなは今、そのかけ声にあわせて、いち、に! さん、し! 手足をまげて、たいそうをはじめたところだったのです。

 

 かがやく朝の光が、あたりいちめんをつつみこんでいました。ここは、シープロンドの王宮の中庭です。のぼったばかりのおひさまの光をからだいっぱいにあびながら、旅の者たちは今、お城のほかの人たちといっしょに、朝のたいそうをおこなっているところでした(シープロンドではみんな、けんこうのために、朝のたいそうをよくおこなうのです。ちなみに、みんなのお手本となってかけ声をかけているのは、シープロンドの王子さま、ライアンでした)。

 

 今日はとてもだいじな日でした。みんなそれぞれに、心にひめた思いをかかえていました。そのきんちょうをすこしでもやわらげようと、みんなはこの、朝のたいそうにさんかしていたのです(いい出しっぺはやっぱりライアンです。ライアンはみんながまだねぼけまなこのところにいきなりおしかけていって、なかば強せい的に、このたいそうにひっぱってきました。ですけどそれも、みんなの気持ちをほぐしてあげようという、かれの思いやりからのことだったのです。もっとも、みんながそれをかんげいしたかどうかは、わかりませんが……。とにかく、眠かったので)。

 

 つまり今日は、新たなる旅立ちの日でした。ほんとうなら、もっともっと、このシープロンドにとどまっていたかったんですけど、ざんねんながら、もうかれらには、そんな時間はなかったのです。西への道を進む者たちが敵の目からのがれるということもふくめて、旅の者たちはいっこくも早く、この地をはなれる必要がありました。

 

 旅立ちの時間は、あっというまにやってきました。じこくは午前六時。羽うさぎのこくげんのころです。王宮の入り口の前には、旅立つ者たちのことを見送るための、たくさんの人だかりができていました(ほんとうはもっと静かに出発したかったんですけど、そうもいきませんでしたので)。そして、メリアン王の乗るりっぱな白馬を先頭に、旅の者たちの騎馬たちと、見送りの者たちの乗るたくさんの騎馬たちが、王宮の入り口の門から、ついに出発したのです。かれらがめざすのは、シープロンドのいちばん下にあたる場所、南門でした。この南門から、旅の者たちは西への道と南への道、それぞれの道を進んでいくのです(ところで、ライアンの白馬メルは、もうすっかりげんきになっていました。こんなにみじかい時間でけががなおったのも、シープロンドのお医者さんたちがみな、すばらしくゆうしゅうだったからなのです。げんきになってほんとうによかった! それと、ベルグエルムの肩もすっかりよくなりましたので、ご安心を。べつに、ついでのほうこくというわけではありませんよ、もちろん)。

 

 一行は、白いれんがの道をゆっくりと進んでいきました。道の両がわには、たくさんのシープロンの人たちが、旅立つ者たちのことを見送りに出てきております。出発のことはひみつになっているはずでしたのに、どこでうわさが広まったものか? かれらにかくしごとをしておくことは、むりなようですね。

 

 「こんなにはでに見送られたんじゃ、こまっちゃうよね。黒騎士たちがまた、空から見張ってなければいいんだけど。」そんなかれらに手をふりながら、ライアンがじょうだんまじりにいいました。

 

 そして一行は、ほどなく、シープロンドのみやこのその南門へととうちゃくしたのです(南門はほかのくにぐにからシープロンドへ、さまざまな人や品物がはいってくるところで、そのため門も、ほかの門よりもだいぶ大きなものとなっていました)。

 

 門の前は大きな広場になっていて、そこはまさに、人であふれかえっていました。それらの人たちも、またみんな、だいじなだいじな旅へとむかうわれらが仲間たちの出発を、ぜひとも見送ってあげたいと集まった、心やさしき住人たちであったのです。

 

 一行が広場にはいると、人々のこうふんはいっきに高まりました。みな口ぐちに、

「きゅうせいしゅばんざーい!」だとか、「ライアン王子ばんざーい!」だとか、さけんでいたのです。しかし、みんなが心より見送ってくれるのはうれしいかぎりでしたが、これはやっぱり、ひみつの旅なのであって、あんまりさわがれてしまってはこまるのです(よけいなうわさまで、広がってしまいかねませんから)。そんなみんなのことを静めたのは、またしてもライアン……、ではなくて、こんかいはメリアン王でした。せっかく、いちばんえらい王さまがいるんですから、この場はやっぱり、王さまにおまかせすることにしましょう。

 

 「みなの者! 見送りを心よりかんしゃいたす!」メリアン王が大声でいいました。とたんにあちこちから、「メリアン王ばんざーい!」という声が、われんばかりにわき起こります(これではみんなを静めるどころか、ぎゃくこうかでしたね)。

 

 メリアン王は、(「う……」と気まずい顔をしたあとで)こんどは大きく手をかかげて、いいました。

 

 「せいしゅくに! これは、王の言葉である!」

 

 こんどは、こうかはばっちりでした。人々はとたんに静まりかえって、王さまのつぎの言葉を待ったのです。さすがは王さま。みんなからそんけいされているんですね(もうひとつの方の王さまのすがたをみんなが知ったら、どう思うかはわかりませんけど……)。

 

 メリアン王は「こほん。」とせきばらいをしてから、つづけました。

 

 「みなの思いが、旅の者たちのはげみとなろう。これはひじょうにたいせつな、ひみつの旅である。このアークランドのみらいがかかっているのだ。この旅のせいこうには、そなたたち、みなの力が必要だ。この旅のことは、このくにのそとには、けっしてもらしてはならぬ。みなでひみつを分かちあい、守りぬくのだ。

 わたしは、そなたたちのことを信じておるぞ。そなたたちは、わがあいすべき、シープロンドのくにたみ。わたしのほこりだ。」

 

 王さまの言葉に、人々からおしみないはくしゅがおくられました(さすがはメリアン王。すばらしいえんぜつでしたね。これなら、ひみつがもれたり、よけいなうわさが広がったりするようなこともないでしょう)。そしてそのはくしゅに送られながら、旅の者たちと見送りの騎馬の者たちは、大きくひらかれたその南門から、このシープロンドのみやこのそとの土地へとむかって、歩みを進ませていったのです(といってもまだそこは、シープロンドのくにの中。そこから、はたけやまきばが、ずっと広がっていたのですが)。

 

 門のそと。はたけやまきばの広がる土地の、そのむこうは、見渡すかぎりの大平原でした。ここをはるか進めば、南のくにやリュインとりでのある土地へと、たどりつくことができるのです。ロビーたちの進む西の方を見ると、はるかに、赤茶けたはだを持つごつごつとした山々がつらなっているのが、見て取れました。あの山を越えたさきに、はぐくみの森という大きな森が広がっているのです。そしてひみつの道は、さらにそのおくにありました。

 

 門をぬけると、メリアン王は門をいったん、とじるようにいいました(人々のあついしせんがあっては、ちょっといいづらいことがありましたから。それはやっぱり、ライアンへの見送りの言葉でしたけど)。そして門がとじられると。みんなは騎馬からおりて、それぞれに、さいごの見送りの言葉をかわしあったのです(ちなみに、旅の者たちの騎馬たちは、西をゆく者たちと南をゆく者たち、それぞれ同じく三頭ずつでした。一頭が白馬で、ほかの二頭がはい色というところも同じです。これはもちろん、敵の目をあざむくために、同じ馬の数と色にしてありました。ウルファの騎士たちは、ひとりにはい色の騎馬が一頭ずつ。ライアンとロビーが、けがのなおったメル。そしてレシリアとルースアンが、同じ一頭の白馬に乗っていくのです)。

 

 「ぜったいに! ぜったいにあぶないことはしないでね! やくそくだよ!」

 

 なんどもなんども、ライアンの手をにぎってくりかえしそういっているのは(読者のみなさんには、もういわなくてもおわかりですよね)、メリアン王でした。王さまはさいごまで、ライアンのことが心配でならなかったのです。

 

 「わかってるって。あぶなくなったら、すぐ逃げるから。」

 

 ライアンの言葉は、メリアン王がライアンにしつこくいったことでした。あぶなくなったらすぐに逃げる。これはなにも、おくびょうなことだというわけではありません。むしろそのぎゃくです。ひみつの旅にある者たちがその旅をなしとげるためには、まずは自分の身を守ることが、なによりもだいじなことでしたから(そのためには、危険なことからはできるかぎり、遠ざかっていなければならなかったのです。メリアン王はそのことにもじゅうぶん、考えをめぐらせていたというわけでした。もっとも王さまの場合は、ライアンの身の安全の方を、いちばんに考えていたようでしたけど……)。

 

 「それにさ、」ライアンがつづけて、メリアン王にいいました。「こんなにお守りがついてるんだもん。これじゃ、危険な目にあう方がむずかしいよ。」

 

 ライアンはそういって、ま新しいマントのすそを広げてみせました。そこを見てびっくり! マントのうらから、服のポケットから、ズボンにベルトに、ブーツにいたるまで。あらゆるところにじゃらじゃらと、ライアンの身を守るためのお守りがついていたのです! もちろんこれは、メリアン王がライアンのためにつけさせたものでした。メリアン王はライアンが旅に出ることをゆるすかわりに、自分の持っているありとあらゆる安全のお守りを、持たせたのです(もう、前みたいにこっそりつける必要もありませんでしたから。メリアン王の、ほんりょうはっきといったところですね)。

 

 そしてこれらのお守りは、やっぱり、ただのお守りではありませんでした。さいしょの旅で王さまがこっそりつけた、星がたのブローチはもちろん(これは今は、ほそいくさりにつけられて、ライアンの首にかかっていました)。危険から身を守るお守りや(これだけで二十こくらいもありました)、早く走ることのできるお守り。ピンチになったらほのおを吹き出して、敵をやっつけるもの。水の中でも息ができるもの。さらに、ライアンが今だいたいどのあたりにいて、どんな景色を見ているのか? など、そんなことまでわかってしまう、すごいものまであったのです(そのほか、たいおんやみゃくはくがわかるものとか、おなかがへっていないかどうか? わかるものとか、そんなものまでありました。ちょっとそこまでいったら、やっぱり、やりすぎですね。ですから王さまは、ライアンにはそこまでの説明はしないで、「ただのお守りだよ。」とごまかしていました。いったらたぶん、また怒られそうでしたから……。

 

 もっともライアンの方も、王さまのすがたが見えなくなったら、首のブローチはともかくとして、ほかのは全部、かばんにしまってしまうつもりでしたけど。だってこれじゃ、旅をゆくのに、じゃまでしかたありませんでしたから!)。

 

 そんなライアンのもとに、ひとりの少女が近づいてきました。それはライアンのいもうとの、エレナでした(もちろんエレナもまた、メリアン王とともに、ライアンのことを見送りにきていました)。エレナはだまってそっと、その手に持っていたものをライアンにさし出すと、とっても小さな声でいいました。

 

 「兄さま、これ……」

 

 ライアンが受け取ったもの。それは、小さなビーズをあんでひつじのかたちに作った、手作りの小さなお守りでした(このお守りはライアンににせて作られていました)。それは旅立つ兄のために、エレナが心をこめて作ったものでした。このお守りには、王さまが持たせたもののようなとくべつにふしぎな力などは、なにもありませんでした。ですがときとして、そういうふつうの品物の方が、それを持つ者に、とても大きな力を与えてくれるものなのです。

 

 ライアンは、なにもいえませんでした。いつものライアンでしたら、笑ったりおどけたり、してみせたものでしたが、こんかいばかりは、すなおに、いもうとのその気持ちを受け取ったのです。ライアンはそのお守りをにぎりしめて、ただ小さく、エレナにいいました。

 

 「ありがとう。だいじにする。」

 

 ライアンはそして、エレナのことをだきしめました。ふたりの目には、うっすらと、なみだが光っていました(それを見て王さまは、「ああっ! エル、ずるい!」といって、ふたりのあいだにわりこんで、ライアンにまただきついてしまいました。ですがライアンも、こんかいばかりは「しょうがないなあ。」といって、王さまのことをつき飛ばしたりはしなかったのです。やっぱりライアンも、家族とはなれるのは、さみしかったんです)。

 

 そんなライアンのむこうでは、ウルファの四人の騎士たちが集まって、言葉をかわしあっていました(ちなみに、ロビーもいっしょにその場にいました)。

 

 「けっして、むちゃをするなよ。おまえたちはまだ、若すぎるところがあるからな。たいせつな力は、ここぞというときまで取っておくことだ。」

 

 ベルグエルムがこうはいの若き騎士たち、ハミールとキエリフのふたりの肩をたたいて、じょうだんまじりにいいました。若き騎士たちに力がはいりすぎているのを見て、ベルグエルムは、そのきんちょうをときほぐしてやろうとしたのです。

 

 「はい。隊長の教えをきもにめいじます。どうぞお気をつけて。」ハミールとキエリフはそういって、ウルファの敬礼のしぐさを取ってみせました。

 

 それからハミールとキエリフのふたりは、こんどは、フェリアルにむかっていったのです。

 

 「フェリアル副長も、どうかごぶじで。こんどの旅では、わたしたちの方がらくな道でよかった。わたしはこわがりですから、とてもモーグなんかにはいけません。」

 

 「うぐっ……!」

 

 そういって顔をしかめるフェリアルに、ベルグエルムも声を上げて笑いました。

 

 「じつはわたしも、おばけが大きらいなんだ。たのもしいフェリアルがいっしょで、ほんとうによかったよ。」

 

 このような旅の前に、こんなふうに笑ってじょうだんをいいあえるのも、かれらがまことに、おたがいのことをうやまい、したい、しんらいしあっているからこそなのです。ふつうだったら、待ち受ける大きな危険や、そのせきにんに、心がおしつぶされてしまったとしても、おかしくはないくらいでしょう。もしかれらが、ひとりきりだったのなら。こんかいの旅は、まこと、おぼつかないものになってしまったにちがいありません。ですが、かれらはひとりではないのです。仲間が、家族が、たくさんの人々の思いが、かれらの心をささえていたのですから。

 

 「王子、しばらくは、べんきょうは自習にしておきますよ。」ライアンにそう声をかけたのは、レシリアでした。「ほんとうなら、わたしがいっしょについていって、べんきょうを見てあげたいところなのですが……」

 

 「うわっ! それだけはかんべんしてよ!」きびしい先生の言葉に、ライアンは思わず両手をふって、そうこたえます。

 

 「もどったらすぐ、算数とれきしのテストがありますからね。おくれはしっかり、取りもどしてもらいますよ。」

 

 そういうとレシリアは、急に、顔をくもらせました。そしてレシリアは、ライアンから顔をそむけると、ひとり、自分の騎馬の方にゆっくりと歩いていったのです。

 

 「どうしたの? リア先生。」ライアンがそういって、レシリアのことを追いかけました。レシリアに追いついたライアンが見たもの。それはかのじょの、泣いている顔でした。ひとみをまっ赤にはらして、レシリアは、ひっくひっくと、しゃくり上げて泣いていたのです。

 

 「リア先生……」

 

 ライアンはそんなレシリアのことを見て、言葉をなくしてしまいました。それははじめて見る、リア先生の泣き顔でした。気が強くて、とってもこわくて、おせっかいやきのリア先生。そんな先生が、ライアンとのわかれのつらさに、なみだを流して泣いていたのです。

 

 ライアンはなにもいえず、ただレシリアに、ぎゅっとだきついていました。うでに力をこめて、それからただひとこと、こうつぶやいたのです。

 

 「大好きだよ……」

 

 しぜんと、ライアンのひとみにも大つぶのなみだがあふれてきました。そしてレシリアは、そんなライアンのことをしっかりとだきしめかえして、こたえたのです。

 

 「ライアン……、ぜったい、ぶじに帰ってきて……」

 

 ライアンはレシリアのうでの中で、こっくりとうなずいてみせました。もう、顔はなみだで、ぐしゃぐしゃになっていました。ライアンは、それを先生に見られるのがいやだったのです。ふたりは長いあいだずっと、そのまま動きませんでした。

 

 そしてしばらくたったころ。レシリアはひとみをぬぐって、なんとかもとの顔をとりつくろうと、ふたたび、げんきな声でいったのです。

 

 「ほらっ、王子。もうみんな、待っていますよ。そろそろ、いかないと。」

 

 レシリアの言葉に、ライアンもひとみをごしごしとこすって、いいました。

 

 「うん。」

 

 それからライアンは、レシリアに手をふって、ロビーたちの方にぱたぱたとかけていったのです。

 

 「どっちがさきにベーカーランドにつくか、きょうそうだよ!」

 

 ライアンがふりむきざまに、レシリアにむかってさけびます。そしてレシリアは、またいつも通りのレシリア先生にもどって、げんきにそれにこたえました。

 

 「わたしがさきについたら、たくさんしゅくだいを用意しておきますよ。それがいやなら、おくれないこと! おそくなったら、どんどん、しゅくだいがふえていきますからね!」

 

 「ええーっ! かんべんしてよー!」

 

 こうして。旅の者たちはふたたび、それぞれのむかうべき運命の道の中へと、ふみ出していくこととなったのです。それはもうすぐ冬をむかえようという、秋深いある日のこと。おだやかに晴れた、ある朝のことでした。

 

 

 シープロンドを出発して、西へ。みどりの平原は、やがて、なだらかなのぼりのつづく岩の道となりました。この道はガイラルロックたちのいた場所ほどごつごつしてはいませんでしたが、かといって、ぜんぜんうるわしいというわけでもありませんでした。それはつまりこの場所が、もううつしみ谷からは、ずいぶんとはなれてしまっていたからなのです。ちらほらと、しげみや、ひくい木や、つるくさの葉っぱなどが、岩のすきまから顔をのぞかせておりましたが、うつしみ谷のあのみどりあふれるすばらしい場所にくらべたら、この場所はまるっきり、からからにひからびた、さびしいところでした(それでも今のきせつを考えたら、これがふつうでした。うつしみ谷とくらべるのが、そもそもいけないのです)。

 

 ロビーたち、西への道をゆく旅の者たちは今、馬の背にゆられながら、その岩の道をぱかぽこと進んでいるところでした。もうなん時間も、景色はまったく変わらないように思えます。あいかわらず、なだらかなのぼりの道が、あっちやこっちにまがりながら、どこまでもつづいていました。そして、もうすっかりおひさまものぼりきってしまって、旅の者たちがそろそろおひるごはんにしようかと思いはじめたころ。一行はとつぜんに、景色のひらけたがけの上につくられた、石づくりの見張り台のあるその場所へと、たどりついたのです。

 

 この見張り台は大むかし、このあたりの山に住んでいたオーリンとよばれるふくろうの種族の者たちが、つくったものでした。ですがかれらは今や、どこか遠くの地にうつり住んでしまって、今ではこのあたりの土地には、だれも住む者はなかったのです。ですから、オーリンたちのつくったこの石づくりの見張り台だけが、おとずれる者もなく、さびしそうに、このがけの上の広場にぽつんとたっているばかりでした(そしてその半分くらいは、すでにむざんにも、くずれ落ちてしまっていました)。

 

 「オーリンの見張り台か。わたしも、見るのははじめてだ。」ベルグエルムが、くずれた見張り台をしらべながらいいました。「かれらはもう、百年もむかしに、この地をはなれたときく。そのわけも、かれらがどこにいったのかも、南の地ではさだかではない。」

 

 「このあたりはがけばっかりであぶないし、シープロンドの人たちも、みんなこっちへは、ほとんどきたことがないんだ。」ライアンも、がけのふちに立っておっかなびっくり下をのぞきこみながら、いいました(ねんのため、ロビーの服のすそをがっちりつかんでいましたけど)。「だから、オーリンたちのことは、シープロンドの中にもほとんど伝わってないんだよ。それにかれらは、人づきあいが好きじゃなかったんだって。だから、よけいにみんな、知らないんだ。」

 

 「そしてどうやら、オーリンたちのかわりに、この地に住みはじめた者たちがいるようだな。」ベルグエルムが、くずれた石のひとつを持ち上げて、つづけます。「この石は、しぜんにくずれたものではない。なにか、とてつもなく大きな力で、こわされている。それも、ハンマーのような道具を使って。」

 

 ベルグエルムの言葉に、みんなはとてもおどろきました。

 

 「こんながんじょうな石のたてものを、こわしちゃう生きものなんて、いったいどんなやつなんですか?」ロビーがたずねます。

 

 そしてロビーのその言葉に、ベルグエルムはれいせいに、地面をゆびさしていいました。

 

 「これを見てください。」

 

 ベルグエルムのゆびさしたところには、なにかたくさんのあなのようなものができていました。そしてよく見ると、それはどうやら、なにかの生きものの足あとのようなのです。ですが、それが足あとであるのだとしたら、ひとつどうにも、信じがたいことがありました。大きすぎるのです。ひかく的たいかくのよいウルファの者たちでさえ、足の大きさは十一インチほどでした。ですがその足あとは、どう見ても、十五インチほどはあったのです!(ぞうの足あとをちょっと思い浮かべてみてください。この足あとの大きさは、たぶんそれに近いと思います。)

 

 「この足あとには、もうひとつ、大きなとくちょうがある。」ベルグエルムがさらにつづけました。「それは、くつをはいていないということです。これは、はだしの足あとだ。たぶんこれは、岩山に好んで住むという、岩の巨人たちのものだろう。」

 

 「巨人がいるの!」思わずさけんだのは、ライアンでした。「ここはシープロンドから、そんなにはなれていないのに。いやだなあ。」

 

 かれらはいぜん、ガイラルロックたちにおそわれておりましたから、ライアンのその気持ちは、みんなにもよくわかりました。だって岩の巨人っていうのは、あのガイラルロックたちに、からだと手足がそろっているんですから! しかもその手には、石のハンマーやら、こんぼうやらといったものまで、にぎられているのです。おまけにせいかくもきょうぼうで、あばれるのが大好きとあっては、とてもかんげいできないのも、むりもないことでした。

 

 「もちろん、かれらに出会わないことを願っている。まともにやりあって、かなう相手でもないからな。」ベルグエルムがいいました。

 

 「会ったって、うれしくないしね。」ライアンも、じょうだんまじりにつづけました。「ぜったい、かわいくないと思うよ。」

 

 「わたしはもう、剣をおられるのだけはこりごりですよ。」さいごにフェリアルが、頭を横にふりながらいいました。かれはついせんじつ、ガイラルロックたちとの戦いの中で、じまんの剣をおってしまっておりましたから(ちなみに、その剣のかわりはシープロンドで見つけることができました。シープロンの人たちには大きすぎて、フェリアルにはちょうどよい剣が、いっぽんだけお城のそうこにあったのです。

 

 それと、せっかくいい景色でしたので、出発の前にみんなはここで、おひるごはんをすませることにしました。時間がないので、急いででしたけど。それともちろん、あたりへのけいかいも忘れずに)。

 

 それから三頭の騎馬たちは、がけにそってのびている、そのいっぽんの道を、そろそろとしんちょうに進んでいきました。なぜかというと、この道ははばもせまく、しかもそのすぐわきは、ならくの底にまで落ちこんでいるという、まさにだんがいぜっぺきの道だったからなのです! ですからどうしたって、ゆっくりゆっくり進んでいくほかありませんでした(そのため一行は、この山道でずいぶんと、時間を取られてしまいました)。

 

 しばらく進んでいったころ、雲ゆきが急にあやしくなってきました。そしてそれにともなって、あたりもだんだんと暗くなっていったのです。

 

 「あのシープロンドでの時間が、うそみたいだ。」いちばんうしろを進んでいるフェリアルが、思わずそうもらしました。そしてみんなも、口には出しませんでしたが、思いはまったくフェリアルと同じだったのです。

 

 まず、この寒さがこたえました。もうだいぶ山道をのぼってきておりましたので、きおんはよけいに、ひくくなっていたのです。ことに、シープロンドからやってきたばかりのかれらにとっては、その思いがなおのこと、強く感じられました(シープロンドでは一年中おだやかなきおんがたもたれていて、たとえ冬のまっさかりでも、寒すぎるということはないのです。それはもちろん、シープロンドのことを守っている、精霊たちのおかげでした)。

 

 「雨がふってないだけ、まだましだよ、フェリー。」ライアンが、うしろをふりかえっていいました。たしかにライアンのいう通りでした。これでまた雨でもふられたら、それこそみんな、こごえ死んでしまいかねませんでしたから。

 

 道はずっと、くねくねとうねりながらつづいていました。あたりはどんどんと、暗くなっていくばかりです。空にはいつのまにか、いちめんに、あつい雲がたれこめていました。そして雨ほどではありませんでしたが、それと同じくらい旅の者たちの心をくじかせる、あるやっかいなものが、このころからあたりにあらわれるようになっていたのです。

 

 それは風でした。それも、ただのそよ風ではありません。びゅうびゅうと耳もとで泣きさけぶ、強い強い、山の風だったのです。

 

 かどをまがるたびに、旅の者たちはとっぷうにおそわれました。風は道のむこうから、うしろから、上から、下から、まるでめちゃくちゃに吹いてくるのです。ですからみんなはなんどとなく、がけの道のかべに張りついて、風がおさまるのを待つはめになりました。

 

 「もうっ! かみの毛ぐしゃぐしゃになっちゃうよ!」ライアンが頭をおさえて、吹き荒れる風にむかってもんくをいいました。みんなはマントのフードを深くかぶって、ひもでむすんでいましたが、それでもこの強風は、どんどん、すきまからはいりこんでくるのです(おかげで、ライアンのじまんのきれいな銀色のかみも、くしゃくしゃになってしまっていました)。

 

 「これでは弱ったな。」ベルグエルムもそういって、空を見上げました(もちろん、かみの毛がぐしゃぐしゃになってしまうことを心配していたのではありませんよ)。 

「もう、じきにすっかり暗くなってしまう。山の夜は、よけいに早い。なんとか、はぐくみの森まではたどりつけるかと思っていたのだが、こんなちょうしでは、今日中に、たどりつけるかどうか……」

 

 「ひとばん明かすにしても、どこか、よいところがあればいいんですが。」フェリアルが心配げに、つづけます。

 

 「とにかく、まだ明るいうちに、なんとかしなきゃね。」これはライアンでした。

「こんながけの道で野宿なんて、まっぴらだから。」

 

 とにかく。今はなんとか、前に進まなければなりません。それでも歩みはあいかわらず、いっこうにはかどりませんでした。風の弱まるのを待ち、進んで、そしてまた待つ。それのくりかえしだったのです。

 

 それからまただいぶ進みましたが、がけの道はまったく変わらず、果てしなく、どこまでもつづいているかのようでした(このままベーカーランドまでつづいてくれているのなら、だれももんくはありませんでしたけど)。そしてこのころになると、一行はたびたび、がけの下へとむかう分かれ道に出くわすようになりました。ためしにいちど、みんなはがけの下へとつづくその道を進んでみましたが、道はなんとも暗くて、いんきな感じのものだったのです。そしてがけの下は、それよりもっとおそろしげな感じでした(はいきょのまちモーグじゃありませんでしたが、いかにもおばけが出そうなふんいきでした。ですからフェリアルはすぐさま、「早くもどりましょう!」といって、みんなをせかしましたが)。

 

 そのうえ、がけの底ではたくさんのほらあなが口をひらいていて、それはまるで、そのほらあなが悪意を持って、えもののことをそこにおびきよせようとしているかのようでした。ひとりぼっちだったぼくのほらあなだって、あそこまではひどくないぞ。ロビーがそう思ったのも、とうぜんのことだったのです。

 

 みんなはのぼったりおりたり、かべに張りついたりしながら、それでもすこしずつかくじつに、前へと進んでいきました。そしてこのいやながけの道も、そろそろ終わりへと近づいてきたころ。がけの上から、とりあえずのもくてき地であるはぐくみの森の木々が、ちらちらと見えはじめてきたころのことでした。

 

 「あそこが、はぐくみの森です。やれやれ。もう今日はむりかと思っていたが、これなら日が落ちきってしまう前に、なんとかたどりつけそうだ。」ベルグエルムががけの上から、遠くに広がる森をゆびさしながらいいました。

 

 「よかった! ぼくもう、こんなところは早くぬけたいよ。」ライアンもそういって、(かみの毛をなおしながら)ほっと胸をなでおろしました。

 

 しかし……、これが旅の道の、そのいじわるなところ。うまくいきそうだと思っていても、ふたたび、こんなんな問題の前にひきもどされてしまうことだって、しばしばあるのです。

 

 みんなの心が、もう半分くらい、このがけの道からぬけ出してしまっていたころ。まがりかどをまがった一行の前に、それはとつぜん、あらわれました。いよいよ、岩の巨人のとうじょうでしょうか? いえ、かれらの前にあらわれたのは……、それよりもっと大きくて、しかももっとやっかいな、なんともとんでもないしろものだったのです。

 

 

   ぎし……、ぎし……、ひゅうう……、ぎし……。

 

 

 がけの道は、このでたらめな強風にあおられて、ぶきみな音を立てながら、ぐらぐら、ぐらぐら、波のようにゆれ動く、いっぽんのつり橋へとむかってつづいていたのです!

 

 「じょうだんじゃないぞ……」ふだんはれいせいなベルグエルムでさえ、思わずそうもらしてしまったほど、それはまったくひどい光景でした。もしこれが、あの石づくりのセイレン大橋みたいに、がんじょうでしっかりしている橋ならよかったのですが、そんなうまいぐあいには、どうしたっていきっこありません。このつり橋は、もうひとめで、とっても古くてがたのきた、危険きわまりない橋だとわかったのです。

 

 ベルグエルムをはじめ、旅の者たちはみんな、とほうにくれてしまいました。ほかにべつの道がないものかと、あたりの山はだをくまなく見渡してみましたが、そんな道は、どこにも見つかるはずもありませんでした。つまり、はぐくみの森へとつづくがけの上の道は、このつり橋いがいには、ひとつもなかったのです。

 

 「もう、道はひとつしかないみたいだね。」ライアンがいいました。

 

 さて、旅の者たちは、いったいどうするのでしょうか? もちろんかれらは、前に進まなければなりません。こんなところで足どめされている場合では、ぜんぜんないのですから。 

 

 そう、われらがゆうかんなる旅の者たちは、意をけっして、この危険きわまりないつり橋の上へと、ふみ出していったのです……、なんてことは、かんぜんにあり得ません!

 そんなの、むりにきまっていたのです!

 

 このつり橋は、とてもとても、騎馬たちをひきつれた旅の一行が通れるような、そんなしろものではありませんでした。ふみ板はところどころぬけ落ちていましたし、手すりも長い長い時間雨風にさらされていたおかげで、もうぼろぼろです。それもみじかい橋ならまだしも、そんなじょうたいのその橋が、えんえん百ヤードはあろうかというくらいに、つづいていました。

 

 つまり、ぎろんのよちなし! このつり橋をゆけば、旅の者たちはもう、旅をつづけることはできません。ならくの底にまっさかさま! フェリアルの大きらいな、おばけの仲間いりです(ヒーローたちが橋から落っこちてそれでおしまいなんて、そんなの、物語としてゆるされるわけもありませんよね)。

 

 では、さきほどライアンがいった「道はひとつしかない」という言葉は、どういうことなのでしょう? これはもちろん、つり橋をゆくということをさしているのではありません。わたしはさきほど、「はぐくみの森へとつづくがけの上の道は、このつり橋いがいには、ひとつもなかったのです」といいました。この中の、「がけの上の道」という部分にちゅうもくしてください。そう、はぐくみの森へとつづく道は、がけの上だけではなかったのです。つまり、がけの下。ちょっと前に、かれらがためしにしらべにおりてみた、あのおそろしげながけの下の場所がありましたよね。じつは、あの場所のさきにも、つづく道はありました(だったら、さいしょからそういってよ! と怒られてしまいそうですが……、まあこれも、物語をもり上げるための、えんしゅつということで。ごかんべんください)。

 

 もちろんみんなは、そんな道をいきたいわけでは、けっしてありませんでした(だって、見るからにこわそうでしたもの)。ですけど、道はもうそこしかないのです。ライアンはそのことをよくりかいしたうえで、道はひとつしかないといいました(かれだって、好きでそういったわけじゃないんです)。

 

 「さっきのところまでもどって、下におりていくしかないよ。」ライアンがつづけます。

 

 そしてライアンのその言葉に、ベルグエルムもうなずいてこたえました。

 

 「それしかないな。気のりはしないが、しかたない。今日中にはぐくみの森までたどりつくのは、もうあきらめるしかないだろう。」

 (これはつまり、いくら強い風が吹き荒れていたとしても、がけの上からもくてき地へ、まっすぐむかうことができるのと、がけの下までもどって、そのあとさきのわからない暗く危険と思われる道を、さぐりさぐり進んでいくのとでは、かかる時間も大ちがいだと思われたためなのです。まっくらな夜になってから進むのはあまりにも危険でしたし、それまでにはぐくみの森までたどりつくのは、とてもむりだと思われたための言葉でした。)

 

 「つまり、それって……」フェリアルがたずねます。「あのがけの下で、ひとばんを明かすってことですか?」

 

 そんなフェリアルのことを見て、ベルグエルムが大まじめな顔をしていいました。

 

 「強風の吹き荒れるこんながけの上で、寝るわけにもいかないからな。がけの下には、見たとこ、かいてきそうなほらあなも、たくさんあったじゃないか。」

 

 これは半分、じょうだんもはいっていましたが、ベルグエルムのいったことは、まったく正しいことでした。がけの上の道は、みんな道はばもせまく、とても三頭の騎馬たちをつれた旅の者たちが野宿できるような場所などは、なかったのです(それに、へたをしたら、寝ているあいだに風に飛ばされて、がけから落っこちてしまいかねませんもの!)。

 

 「なに、モーグにくらべたら、なんてことはない。いいよこうれんしゅうになるじゃないか、フェリーくん。」ベルグエルムがライアンのよび方をまねして、にこにこしながらいいました。

 

 「ああ、それと。すまないがフェリアル。がけの下では、きみが先頭をつとめてくれ。たまには、前後の守りをいれかえないとな。」

 

 もちろんこれは、ベルグエルムのじょうだんでした。こわがりのフェリアルをいちばん先頭で歩かせて、からかってみたいという、かれの(ささやかな)いじわるだったのです(もっとも、ほんとうにそんなことをさせるつもりは、たぶんなかったんでしょうけど……。あんがい、ほんきかも?)。

 

 「だってさ。フェリー。」ライアンが、フェリアルの腰をぽんとたたいてそういいます。「よろしくね。」

 

 「そ、そんなー!」なんともなさけない声でさけぶそんなフェリアルのことをしり目に、みんなはさっさと、馬を進ませはじめてしまいました。

 

 「ほら、早くしないと、夜になっちゃうよ!」

 

 いい放つライアンの言葉に、フェリアルは泣く泣く、そのあとを追いかけました。

 

 ベルグエルムさんって、けっこう、じょうだんきつい……。そんなみんなのやりとりをずっと見守っていたロビーが、心の中でそっとつぶやきました。

 

 

 風がびゅうびゅうと、岩のあいだからおそいかかってきました。それはまるで、目には見えない大きなへびのむれが、つぎつぎとこちらへ飛びかかってくるかのようでした。ここは、がけの下。みんながくるのをいやがっていた、あのおそろしいがけの下の道だったのです。

 

 がけの下ならいくらか風が弱まるかもと、きたいしていたみんなでしたが、それは大きくうらぎられました。がけの上みたいにあちこちからめちゃくちゃに吹いてくるということはありませんでしたが、そのぶん風は、前とうしろにそのゆくさきをしぼられて、ますますその力をまして、一行のことをはさみうちにしたのです(ライアンだけは、これ以上かみの毛がくちゃくちゃになるのをいやがって、みんなにはないしょで、空気のバリアーで風を防いでいましたが……)。

 

 ですけどこのさい、そんな風なんかにかまっている場合ではありませんでした。みんなはどんどん、さきに進まなくてはなりません。すこしでも多くさきに進んでしまわないことには、あたりはじきに、ほんとうにまっくらになってしまうのですから(このがけの下には、光もほとんどとどきませんでしたから)。

 

 「これじゃまるっきり、墓場と同じだ。」フェリアルがたまらずにいいました。フェリアルのいう通り、がけの下のこの道は、ぶきみに暗く、なんともうすきみ悪い感じの場所だったのです。

 

 ところでフェリアルは、ベルグエルムの言葉のように、ほんとうに先頭を進まされてはいなくて、いつもみたいにいちばんうしろについていましたが、いちばんうしろというのも、これはこれでこわいということに、気づいてしまいました(いきなりうしろからなにかがやってきたとしたら、それはたしかに、こわいですものね)。フェリアルはなんどもなんども、ちらちらと、うしろをふりかえっていましたが、そのたびに、くらやみの中になにかがいるんじゃないか? と胸をどきどきさせていたのです。

 

 はたしてそれは、そんなかれの心が作り出した、まぼろしだったのでしょうか? フェリアルがふたたび、うしろをふりかえったとき。かれは岩の影のくらやみの中に、なにかを見たような気がしました。そして三回目に、そんな感じをおぼえたときのこと。かれはたしかに、そのくらやみの中に浮かび上がる、青白いふたつの目を見てしまったのです!

 

 

 「た、た、た、たた、たいちょ……!」

 

 

 もうフェリアルは、しんぞうが口から飛び出してしまわんばかりでした。ひめいを上げることすらできなかったのです。こんなじょうたいでまともに言葉をしゃべれといったって、とてもむりというものでした。ですから、フェリアルの前にいるロビーとライアンのふたりには、フェリアルがなにをいっているのか? さっぱりわからなかったのです。

 

 「ど、どうかしましたか? フェリアルさん。」ロビーがメルの上から、フェリアルにたずねました。

 

 「ちょうちょがどうかしたの?」ライアンもわけがわからず、つづけてたずねました。

 

 そしてフェリアルは、まっ青な顔をして、ようやくのことで、言葉をふりしぼっていったのです。

 

 

 「ち、ちがう。隊長……、隊長をよんで。おばけ……、おばけがいた!」

 

 

 「ええっ?」

 

 ライアンとロビーはびっくりして、あたりを見まわしました。そしてそんなかれらのことに気づいて、ベルグエルムも騎馬をもどして、みんなのもとへとやってきたのです(ベルグエルムはつづく道のようすをたしかめるため、ちょっとさきの方までしらべに出ていました)。

 

 「どうした? なにかあったのか?」

 

 ベルグエルムがフェリアルにいいました。そしてフェリアルは、なんとか気持ちをおちつけようとひっしになりながら、それにこたえたのです。

 

 「み、見たんです! あそこ……、あそこの暗がりに、はっきりとおばけの目を!」

 

 ベルグエルムもさすがに、これにはびっくりしました。ですが、フェリアルはこんなときにうそやじょうだんをいうようなやつではないということを、ベルグエルムはよくりかいしていたのです。ですからベルグエルムは、馬からおりて、じゅうぶんに用心しながら、フェリアルのゆびさしたその暗がりの方へと、すぐさましらべにむかいました。

 

 「待ってベルグ、ぼくもいくよ。」ライアンがメルからおりて、いいました。とうぜん、ロビーもいっしょにメルからおりましたので、ついていくことにします。

 

 それからみんなは、フェリアルがおばけを見たという、その暗がりの中の岩場を、くまなくしらべてまわりました。そしてフェリアルは、ぶるぶるふるえながら、すこしはなれたところで、そんなみんなのようすのことを見守っていたのです。

 

 しばらくしてみんながもどってくると。フェリアルはくいつくようにたずねました。

 

 「ど、どうでした?」

 

 しかしみんなは、浮かない顔をしたままで、フェリアルのそのしつもんにこたえたのです。

 

 「ざんねんだが、おかしなところはなにもなかった。」

 

 ベルグエルムの言葉に、フェリアルはおどろいた顔をしていいました。

 

 「そんな! たしかに、見たんですよ! まちがいありません!」

 

 もちろんみんな、フェリアルのことをうたがっているわけではありません。信じているからこそ、みんなは今自分たちがおかれているじょうきょうのことを、正しく見きわめる必要があったのです(ふだんだったら、じょうだんまじりにフェリアルのことをからかったりもするんですけど、こういうまじめなところではべつだったのです)。

 

 「きみが見たものがなんだったのか? わたしにもわからないが、」ベルグエルムがつづけました。「じっさい、あの場所にはなにもいなかったし、足あとなども見つけられなかった。それに、もしなにかがいたのだとしても、わたしたちに気づかれずにあの場所から立ち去ることができるとは、考えにくい。それこそ、ゆうれいみたいに、消えてしまったのでなければ。」

 

 「じゃあ、やっぱり、おばけだったってこと?」ライアンが両手を下にたらして、おばけのまねをしてみせながらいいました。「うらめしやー。」

 

 「ちょ、ちょっと! やめてくださいよライアン!」けらけら笑うライアンに、フェリアルがやっきになっていいました。

 

 さて、こうなったら、けつろんを出すのはこの人しかいません。それはもちろん、ロビーでした。前にも同じようなことがありましたが、こういうときのロビーの意見って、じつにたよりになるんです。

 

 「ロビーどの。」ベルグエルムがロビーにむかっていいました。「ガイラルロックの岩場でも、セイレン大橋の上でも、われらはロビーどのに助けられました。フェリアルが見たもの。ロビーどのは、どう思われますでしょうか?」(これはつまり、「ロビーのふしぎな力で、なにか感じるところがないか?」という意味あいもふくめて、たずねていたのです。)

 

 「そうだよ、ロビーならわかるよね。」ライアンもつづけて、いいました。

 

 ですけど、そういわれてもやっぱりまだ、ロビーもこまってしまいました。たしかに、ガイラルロックの岩場やセイレン大橋の上では、なにか、せまりくるもやもやとした危険を感じ取ることができましたが、ここではロビーはなにも、感じることはできなかったのです(それは、やろうと思ってできることではありませんでしたから)。

 

 「はい、ええと、すいませんけど……」ロビーがこたえます。「たしかにここは、いやな場所だとは思いますけど、ぼくにはなにも、感じることができません。でも、フェリアルさんがなにかを見たのは、たしかなんですから、それはそのまま、受けとめるべきだと思います。ここには、なにかがいるってことです。」

 

 今のロビーにいえることは、それでせいいっぱいでした。でも、むりに背のびをしてみたって、よくありませんよね。それはロビーももう、学んでいたことなのですから。ですからロビーは、自分なりに、自分のできることをよく考えて、そういったのです(ですけどロビーの言葉って、あまり多くは語らないことはたしかなんですけど、いつもよく、まとをいているんですよね。これはやっぱり、きゅうせいしゅとしての、かれのさいのうなんだと思います)。

 

 「まったく、その通りだ。」そんなロビーの言葉にこたえて、ベルグエルムがいいました(ロビーの言葉はまたしても、みんなのことをみちびく助けとなったのです)。

 

 「目の前のことこそしんじつ。わたしは、それを見あやまってしまうところでした。」ベルグエルムはそういって、ロビーにぺこりと頭を下げました。

 

 「ロビーどののいう通り、しんじつを正しく受けとめれば、フェリアルの見たそいつは、なにかしらのりゆうで、われらの目をあざむいているということになる。ここには、そんなれんちゅうがいるということだ。」

 

 ベルグエルムの言葉に、みんなはごくりとつばを飲みこみました。信じたくはありませんでしたが、ベルグエルムの言葉、ロビーの言葉は、まことに正しいことをいいあてているようだったのです。つまりここには、すがたの見えない、なにかがいるってことでした(なんとも、おそろしい話ですが)。

 

 みんなは、あたりをきょろきょろと見まわしてみました。ですが今は、なんのけはいも感じられません。しかしかえってその方が、よけいにぶきみな感じがしました。出てくるんだったらいっそひと思いに、いっきに出てきてくれた方が、まだ気持ちがらくなことでしょう。いつ出てくるか? わからないというのは、ほんとうに胸にこたえるものだったのです。

 

 「とにかく今は、さきに進むしかない。進めるうちに、もうすこし進んでおこう。見えない敵からも、うまくのがれられるかもしれない。できればこのさきも、会いたくはないからな。」

 

 「わたしももう、にどと会いたくありません!」ベルグエルムの言葉に、フェリアルも、ぶるる! とからだをふるわせながらいいました。

 

 「見えない敵か。それじゃほんとうに、おばけだね。」さいごにライアンがいいました。

 

 「早く、このきもだめしの道が終わるといいんだけど。」

 

 

 それからみんなは、ふたたび、このおそろしいがけの下の道を進んでいったのです(フェリアルはもうずっと、あっちやこっちをきょろきょろしっぱなしです。こんなことのあとでは、むりもありませんでしたけど)。そしてあるとき。先頭を進んでいたベルグエルムがいったこの言葉で、みんなはついに、今日いちにちのつらい旅の道のりを、終えることにしました。

 

 「ここまでにしよう。これ以上進むのは危険だ。もう、じきにまっくらになる。さきほど、いくつかの安全そうなほらあなを見つけたから、今日はそこで休むとしよう。もちろん、用心はおこたらないようにしなければな。」

 

 みんながほらあなに身をよせたのは、もう、ほとんど夜になってしまったころのことでした。ほんとうは、そんなにはおそい時間ではありませんでしたが、ここは、ひるまでもなおうす暗い、がけの下。まさに、まっくらというひょうげんが、ぴったりだったのです(せいかくには午後六時。野うさぎのこくげんのころでした。ちょうど、スネイルのざっか屋および食りょう品店が、へい店する時間です。旅の者たちは朝の六時に出発しましたから、思えばこの山道だけで、十一時間以上の時間をついやしてしまったことになるわけでした。このがけの道が、どんなにやっかいな道のりであったのか? よくおわかりでしょう)。

 

 そんな場所でしたから、ほらあなの中はそれよりもっと、まっくらだったのです(これじゃ、フェリアルでなくたってこわいと思うはずです!)。ですからどうしたって、あかりは必要でした(ほんとうなら、危険なものをよびよせてしまうかのうせいがありましたので、あんまりあかりをつけるのはよくなかったのです。ですけど、こんなに暗いんじゃしかたありませんし、それにこの寒さです! 火を起こさないわけにもいきませんでした)。

 

 みんなはまず、小さなランプに火をつけて、ほらあなの中をしらべてまわりました。ベルグエルムが見つけたこのほらあなは、大きすぎず、かといって小さすぎることもありません。四人の旅の者たちがひとばんを明かすのには、まさにうってつけといった感じでした(さすがはベルグエルム。お目が高い。これでもうすこしきみの悪い感じでなければ、なおよかったのですが……、まあ、それは、ぜいたくすぎというものでしょう。

 

 ちなみに、かれらの騎馬たちは、ほらあなのそとの岩かべのあいだに、かくすようなかたちでつないであるのです。さすがに騎馬たちをみんな中にいれられるほどには、このほらあなも、大きくはありませんでしたから。そして、騎馬たちをみんな中にいれてもなおあまるほどの大きさを持ったほらあなは、ここにはひとつもありませんでした)。

 

 ほらあなはおくの方にまで、ほそくまっすぐつづいていましたが、そこはまもなく、いきどまりになっていました。ですけどみんなは、そこでちょっと、おかしなものを見つけたのです。このほらあなはしぜんにできたふつうのほらあなでしたが、そのおくの部分の地面に、人がつくったような、れんがやはしらのなごりのようなものが、ちらばっていました。みんなはそれらをひろってしらべてみましたが、とても古いものであるということいがい、たしかなことはよくわからなかったのです。

 

 「これらの石は、」ベルグエルムがいいました。「あのオーリンの見張り台、あれに使われていた石に、よくにている。ひょっとしたら、むかしオーリンたちが、このほらあなを使っていたのかもしれないな。」

 

 「オーリンたちなら、まだいいけどさ、」ライアンがつづけていいました。「まさか、岩の巨人たちが、ここをねぐらにしてるってことはないよね?」

 

 「いや、それはない。」ベルグエルムがこたえます。「わたしは、ほらあなのまわりや、ここの地面もよくしらべたが、なんの生きものの足あともなかった。それに、巨人だったら、こんなせまいほらあなには、きゅうくつではいれないよ。」

 

 「それならよかった。」ライアンがほっとしていいました。「ガイラルロックの親玉みたいなのが出てきたら、どうしようかと思ってたんだ。」

 

 そういってライアンは、手足をがおーっ! とのばして、おそろしい巨人のまねをしてみせました(ですけどどう見ても、巨人というよりは、いたずら好きの子ぐまといった感じでしたけど……)。

 

 それからみんなは、ようやくといった感じで、野宿のじゅんびに取りかかったのです。ベルグエルムがうまく火を起こしてくれたので、みんなはとってもありがたい、たき火の火にあたることができました(ライアンがすぐに、その火を大きくしてくれたのは、いうまでもありません)。そしてみんなは、持ってきていた食べものをその火であぶりつつ、まことにかんたんではありましたが、ささやかな夕食を楽しむことにしたのです(このときばかりはみんな、こわいのを忘れてしまいました。ウルファたちは、肉のはいったパンや塩づけのベーコンなどをあたためて食べ、ライアンは、やさいとこなをねりあわせて作った、ドーナツのようなほぞん食をあたためて食べたのです。ライアンの場合は、それでもやっぱり、メインはお菓子でしたけど……)。

 

 そのあとみんなは、歯みがきをして、これからの旅のことをすこし話しあいました。そして、それからほどなくして。旅の者たちぜんいんに、びょうどうに、今日いちにちのつかれがおとずれたのです(つまり、眠くなったってことです)。

 

 「みなの者! よは、シープロンの王子なるぞ! 早く、あたたかいベッドを用意せい!」ライアンがふざけていいましたが、みんなはさっさと自分のもうふを取り出して、すこしでもかいてきに寝られるようにと、寝床をととのえているばかりでした(「ちょっとー! ほったらかしにしないでよー!」相手にしてもらえなかったライアンが、ひとりでぷんぷんいっていましたけど)。

 

 そして旅の者たちは、そのまま朝までぐっすり、眠ることができました……、といえたらよかったんですけど。やっぱり、そううまいぐあいにはいかなかったのです(読者のみなさんもそう思いました? たぶんこれから、みなさんのごそうぞうに近いできごとが起こると思います。それはつまり、おばけ……、おほん! さてさて、いったいなにが起こるのか! では、つづきをどうぞ)。

 

 

 それから、どのくらいの時間がたったのでしょうか? たき火のほのおはもうすっかり小さくなって、わずかにちらちらと、ほらあなの中をてらしているばかりでした。ほのおの立てる、ごく小さなぱちぱちという音と、みんなの立てる、かすかな寝息。それと、風の泣く、ひゅうひゅうという音。ほらあなの中できこえるのは、そんな音たちでした。そして今、そんな音たちのひとつひとつにびんかんになって注意をこらしながら、耳をすませている人物がひとり、いたのです。それはだれかといいますと、おばけぎらいのあの人。そう、フェリアルでした。かれの頭からは、さっきそとの岩場の暗がりの中で見た、あのおそろしいふたつの目のことが、ぜんぜんはなれなかったのです。

 

 フェリアルはなんども、眠ろうとして目をきっ! とむすびましたが、どうしてもあたりのことが気になってしまって、眠ることができませんでした(すぐ近くで、ぐーすかいって、だらしない寝ぞうで寝ているライアンのことを、ひっぱたいてやろうかと思ったくらいでした)。しっかり寝ておかないと、明日の旅がつらくなるということは、よくわかっていましたが、どうにも目がさえてしまって、しかたがなかったのです。

 

 フェリアルは横になったまま、ほらあなの中を見まわしました。(寝ぞうのとっても悪い)となりのライアンのむこうでは、ロビーがもうふをきちんとかけて、すやすやとした寝息を立てております。そしてほらあなの入り口では、そとの見張りやくを買って出たベルグエルムが、岩に背をもたれかけさせたまま、こっくりこっくりやっていました。

 

 それらのようすを見るかぎり、問題はなにもないかのように思えました。しかしフェリアルはそこで、みょうな胸さわぎをおぼえたのです。なんだかだれかに、見られているような……、そんな気がしました。まさかまさか、また、さっきのおばけなんじゃないだろうか……! フェリアルのしんぞうは、ばくばくなりひびきました(しんぞうの音で、みんなが起きてしまうんじゃないか? というくらいに)。

 

 そしてフェリアルは、なんとなく、ほらあなのおくの方に目をむけたのです。そこはこのほらあなにはいったとき、さいしょにみんなが、むかしのれんがやはしらのなごりを見つけたところでした。そこは、ただのいきどまりでした。そんなところに、なにかがあるはずもありませんでした。

 

 しかしそのとき。そこでかれが見たものは……。

 

 

 くらやみの中で光る、たくさんの、目、目、目! さっきそとの岩場で見た、あの目とおんなじやつが、こんどはもう、いちダースくらいも集まって、こっちをじーっと見つめていたのです!

 

 

 「ぎ、ぎ、ぎ……」もうフェリアルは、おどろいたなんてものじゃあありません。のどのおくから声をふりしぼって、こんどこそ、やっとの思いで、ひめいを上げることができたのです。

 

 

 「ぎゃあああー!」

 

 

 とたんにみんなは、なにごとかと飛び起きました!(ベルグエルムは、とっさに剣をつかみ、ライアンはねぼけて、とっさに、寝る前に食べていたパウンドケーキのはいったふくろをひっつかみました。)そしてそして、みんなもすぐに、フェリアルの上げたそのひめいのわけを、知ることとなったのです。

 

 ひめいを上げるフェリアルのむこう。ほらあなのいちばんおくのくらやみに光る、それらのたくさんの青白い目のことを、みんなもここで、はっきりと見ました。こうなったら、もうこれは、おばけなんかではありません。それらの目は、たしかに、なにかの生きものたちの目でした。それもあきらかに、話しあいの通じる相手ではないみたいです。そいつらはのどをぐるぐるならして、今にも飛びかからんと、旅の者たちのことをしきりにいかくしていました。 

 

 「みんな! 気をつけろ!」

 

 入り口の方からベルグエルムが、こちらに走ってきていいました。その手にはしっかりと、剣がにぎられております。

 

 「ほのおよ! はじけろ!」ライアンがとっさに、たき火に残っていたほのおにむかって手をかざしながら、さけびました。とたんにほのおは、ごおーっ! といきおいよくもえ上がり、ほらあなの中をたちまち、オレンジ色の光でてらし上げてしまいます。そしてその明かりのおかげで、みんなは、このあやしげなたくさんの目のしょうたいを、知ることができました。

 

 ほのおのあかりにてらし出されたのは、身長が四フィートほどの、小がらなからだをした生きものたちでした。からだに毛は生えていなくて、木のかわみたいな、ごわごわしたはだをしております(衣服は身につけていませんでしたので、動物のような生きものなんだと思います)。手足がやたらに長くて、そのためひどく、ぶかっこうに見えました。ですがもっともいんしょう的なのは、なんといっても、その大きな青白い目だったのです。まぶたがなくて、半分くらいつき出ているその目は、なんともうすきみが悪く、なるほど、おばけに見まちがえてしまうのも、むりもないことでした。こんな生きものたちが、ほらあなのおくに五、六ぴきかたまって、旅の者たちのことを、ぐるぐるとおどかしていたのです。

 

 「グブリハッグだ!」

 

 さけんだのはベルグエルムでした。どうやらこの生きものたちの名まえは、グブリハッグというらしいです。

 

 「そいつの目には気をつけろ! 光の矢を飛ばしてくるぞ!」

 

 目から光の矢! ひええ、おそろしい! そして、ベルグエルムがみんなにそう注意した、つぎのしゅんかん。そのグブリハッグという生きものたちが、まさに、そのおそるべきこうげきのための力を、旅の者たちにむかって放ちました。

 

 びゅんっ! びゅんっ! 青白い目から、それと同じ色をした青白い光の矢が飛び出して、みんなにおそいかかります!

 

 「うわっ!」そしてその矢は、ほのおのそばにいるライアンのすぐわきをかすめて、ほらあなのかべにあたってはじけました!(ライアンにあたらなくて、ほんとうによかった!)

 

 これですっかり怒ったのは、ライアンです(まあ、とうぜんです)。

 

 「このやろー!」ライアンは(ちょっと品が悪かったですが)そうさけんで、ふたたび、たき火のほのおにむかって手をかざしました。

 

 「ほのおよ! かかれ!」

 

 ライアンがそういうやいなや。ほのおがふたたび、ごおーっ! と音を立てて、まっすぐ矢のようなかたちとなって、グブリハッグたちにむかって飛んでいきました!(矢には矢を、といったところでしょうか?)そしてライアンが放った、そのほのおの矢は……、おみごと! 先頭にいるグブリハッグのからだにめいちゅうして、かいぶつをほのおのうずに、つつみこんでしまったのです!(それにしても、ほのおの矢だなんて、いぜんに使った風のたつまきのほかにも、ライアンもかなり、おそろしいわざを持っているんですね。しぜんの力のじょうけんがそろえば、こんなにも強いこうげきの力だって、出せるみたいです。やっぱりライアンって、いろいろすごい。)

 

 「やった! どんなもんだい!」

 

 とくいになってはしゃぐライアンでしたが、これで相手は、なおいっそう、怒りをばくはつさせてしまいました。こうなってはもう、たまりません。グブリハッグたちはその長い手足で、ぴょんぴょん、ほらあなのかべをとびはねながら、つぎつぎに光の矢を飛ばしてきたのです。

 

 

  びゅんっ! びゅんっ! びゅんっ!

 

 

 「だめだ! みんな早く、このほらあなから逃げろ!」ベルグエルムが、せまりくる光の矢を剣でふりはらいながら、みんなにさけびました。

 

 「ひええーっ! やっぱり、こうなっちゃうのー!」ライアンが、こんどはほのおのかべを作って、それで矢をはじきかえしながら、いいました。

 

 「フェリアルさん! 早く!」ロビーが、半分腰をぬかしたままのフェリアルの手を取って、さけびます(フェリアルは、あまりのショックに、まだぜんぜん戦えるようなじょうたいではなかったのです)。

 

 「ひええー! みんな、待ってくれー!」フェリアルは地面にはいつくばったまま(なかばロビーにひきずられながら)、ほうほうのていで、ほらあなの入り口へとむかいました。 

 

 そしてみんなは、(にもつともうふは、逃げる前にあらかじめひっつかんできていたうえで)そのまま大あわてで、ほらあなのそとへとむかってかけ出していったのです。

 

 

 さいごにほらあなをふりかえったみんなが見たものは、追いかけてくるグブリハッグたちと、ほらあなのおくの、地面の中につづいているかいだんの下からのぼってくる、新たなグブリハッグたちのすがたでした。これでみんなは、この生きものたちが、なぜとつぜん、ほらあなの中にあらわれたのか? そのわけを知ることができたのです。つまりこのほらあなは、かれらの住むかくされた地下都市への、入り口だったのです! その地下都市へとつづいているかいだんが、ほらあなのおくの地面に、(じつにたくみに)かくされていたというわけでした(この地下都市は大むかし、ふくろうの種族であるオーリンたちがつくったもので、今ではすでに、はいきょとなってしまっているものでした。ですが、こんなにすてきな地下都市を、このままほったらかしにしてしまってはもったいない。そう考えたのが、今旅の者たちが出会った、このグブリハッグという生きものたちだったのです。もっともかれらにとっては、そこは都市というよりも、たんなる大きなほらあなにすぎませんでしたけど。かれらはほとんど、けものなみのちのうしか、持ちあわせておりませんでしたから)。

 

 ほらあなのそとに出たみんなを待っていたのは、これまた、グブリハッグたちでした! かれらは岩の影のやみから、つぎつぎとはい出てきたのです。そしてよく見れば、かいぶつたちは、岩影にかくされていた地下都市へとつづくとびらから、出てきていました。こんなところに、とびらがかくされていたんですね! これではおばけのように、あらわれたり消えたり、できるはずです!(そしてこのとびらは、ほんとうにみごとに岩にかくされていて、近くで見てもまったくわからないほどでした。ですからさすがのベルグエルムでも、このとびらのそんざいには、気がつくことができなかったのです。しかもかれらは、その長い手足を使って、岩から岩へ、ぴょんぴょんとびはねていどうするのです。そのため、地面に足あとも残らないのでした。まさに、ベルグエルム泣かせ! なんともやっかいな相手だったのです。)

 

 しかし、今さらなぞのこたえがわかったとしても、どうにもなりません。とにかく、ここから早く逃げなくては! みんなは、岩かべのあいだにかくしてつないでおいたそれぞれの騎馬たちに、あわてて飛び乗ると(騎馬たちがぶじで、ほんとうによかった!

じつはグブリハッグたちには、動物よりもちせいのある生きものたちのことを、好んでおそうというしゅうせいがあったのです。なんとおそろしい!)、そのまま、まっくらなやみの中へと、矢のようにかけ出していきました。

 

 グブリハッグたちが待て待てと、旅の者たちのことを追いかけて、なんどとなく光の矢をあびせかけてきます。ですがかれらの足も、旅の者たちのゆうしゅうなる騎馬たちの足のはやさには、とうていかないませんでした。いつしか、騎馬たちのあとを追うものは、あいかわらずにびゅうびゅう吹きつづける、谷間の風だけとなったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。

 「クルッポー! クルッポー!」

       「あなたたち、旅の人?」

 「われらはわけあって、さきを急がなければならない身。」

       「この剣は、ぼくたちのことを守ってくれる!」


第8章「はぐくみの森の子ぎつね」に続きます。
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