intro
マスター、ココアをよく練って持って来い。ミルクと砂糖なし、ブラックで。
……なぁ、マスター。今頼んだブラック(砂糖なし)のココア、とブラックココアってのは別もんだってのを知り合いに聞いたんだが、本当だろうか?
なるほど、ブラックココアは製菓用の薄味の粉なのか。で、今マスターが練ってるそれが、ブラックのココア、ピュアココアとも言われてるのか。博識だなマスター。
――コーヒーとは逆だな。ブラック(砂糖なし)の方が非主流で、「ココアは甘い物」ということが常識になってる。
お、練り終わったか。ありがとさん。
それで、甘くないココアの本当の味は・・・少しほろ苦い、けれども、香り高い。
言葉にしてしまえばコーヒーを飲んだときと同じような感想になってしまうなぁ。
いや、いくら俺でもコーヒーとココアの味が違うことぐらいはわかる。あくまで「表現上は」ということだ。
ん?どうしたウサ公、『話が見えない』?随分と芸達者な鳴き声だな。まぁいい、俺が言いたかったのは――
Black hot cocoa
私は末っ子だ。
私には、『何でもできる』姉と、『できる』兄がいる。
兄たちは、何でもできる姉に負けないようにと、一点特化の才を磨いた。
……私も、兄たちに倣えば、もう少しマシな心境であの家にいられたのかもしれない。
「きれい」
だが、幼い私は、その『姉』という存在に酷く憧れた。
その『姉』を目指してしまった。
そして、絶望した。
私は、『何もできない』妹なのだ、と。
「かわいい街」
耐えられなかった。
姉の優しさが、兄たちの思いやりが!
私は姉と兄を愛している。嫌いに等なれるはずもない。
だから、彼らが私の無能を許す度、私の中にいる嫌な私ががなり立てた。
何もできない私、下位互換なお前はいらない子だ、と。
姉や兄にそんな意図がないのは重々承知していたが、私自身がそう思わずにはいられなかった。
猛毒となった家族愛(お姉ちゃんに任せなさい)は私を苛み、私はあの家で、自分自身を縊り殺したい衝動とともに生きていた。
だからきっと――
「ここなら楽しく暮らせそう」
――姉と兄のいない、この街なら。
・・・・・・・・・・
「私を姉だと思って、何でも言って!!」
私は、暗い欲求に支配された。
私が彼女にとっての『何でもできる』姉になろうとした。
「だから、お姉ちゃん、って呼んで?」
逆説的に、彼女を私にとっての『何もできない』妹にしてしまうという事実に目を瞑ったまま、である。
だが、彼女は強かった。私などよりも、よほど大人で、しっかりとしていた。
私は、この家でも『いらない子』にはなりたくなかった。
・・・・・・・・・・
「ココアお姉ちゃん、ですね」
ああ、もう、私ここのうちの子になる。
歓喜の絶頂であった。と思う。
――私を姉だと思って、何でも言って?
『私を姉と思ってくれるなら何でもする』の間違いじゃないか。
……ねじくれた承認欲求であることは私が一番わかっていた。
でも……それでも私は、誰かの『姉』になりたかった。頼られて、慕われたかった。
Caffe Corretto
「智乃ちゃん。この街、とっても素敵だね」
「私、この街に来てよかった」
「これからたくさん楽しいことがありそう」
彼女――ココアさんはそう言って笑った。
私は生まれてからずっとこの町に住んでいたので、「いい街」と言われてうれしい反面、比較対象のない分実感がない。
「ココアさん、よろしくお願いします」
こんな無愛想な私にも、彼女は満面の笑みを絶やさない。
この無愛想は祖父譲りだが、こうなったのは母が亡くなってからのことである。それまでの私は、母と同じでニコニコとよく笑う子だった。
ちょうど、このココアさんのように。
「お姉ちゃんとして頑張るね」
「……やっぱりちょっと待ってください」
私がココアさんの事を『ココアお姉ちゃん』と積極的に呼ばないのは――
――きっと、私は彼女に、『母』を求めていたからかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
昼間、出会ってすぐに、ココアさんは私の境遇を勘違いして私を抱きしめた。
この抱擁が、私に亡くなった母を連想させた。
父は私を愛してくれたが、母のように抱きしめてはくれなかった。男親としてはある意味当然であり、父を責める気はない。
私が母のぬくもりを求めていたことをいち早く悟ったのは祖父だった。
だからか、祖父は未だあの姿でそばにいてくれているのだろうと思っている。
ココアさんはしきりにお姉ちゃんぶろうとしていたが彼女は(後にわかったことだが)末っ子だ。故に、その行動はどこか詰めが甘く、抜けていたように思う。
そのどこか抜けたところは、また私に母を思い出させた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
――チノちゃんをぎゅってして寝ようかな。
肩から首へ回される手と、背中に当たる柔らかい感触。そして、ふわりと香るうちの(・・・)シャンプーの匂い。
まるで母だ、と一瞬思ってしまった。
この時はびっくりしてとっさにぬいぐるみを投げつけてしまったが、後に残ったのは、母とココアさんそれぞれに対する罪悪感と、この懐かしい感覚をもっと味わいたかった、という度し難い欲望だった。
あの日の夜、私は年甲斐もなく母恋しくなってしまった自分を深く恥じた。
しかしながら、私を抱きしめて安らかに眠っているココアさんを見ていると、別に恥じなくてもいいかな。とも思ってしまう。
「ココアさんが悪いんですからね」
彼女が先に、私を妹にしようとしたのだ。私も、ココアさんに母を求めて何が悪い。
だから、昼間の
――私を姉だと思って何でも言って。
という言葉には、私はこう返す。ただし、彼女に決して悟られないように心の中で。
――私のお母さんになってください。
この願いは、彼女の言葉とどうしても矛盾する。という事実には目を瞑ったまま、である。
outro
よう、マスター、また来たぜ。
またココアか、って?
それもいいが、最近はカプチーノにはまっててな。いや、バーになってる夜のこの店でただのコーヒーは頼まんさ。ほんとに飲みたきゃ昼間行く。
カフェ・コレット――こいつは昼間は飲めんだろう? 一つ頼むよ。酒は任せる。
なぁマスター。
コーヒー、ミルク、酒、この組み合わせで、一般的にミルクだけが子供の飲み物で、あとは大人の飲み物って認識になってるよな。
ミルクは母乳を連想させるからな。
で、カプチーノ、ってのはブラック(ミルクなし)にはできない。
ん? 『お前はいつもよく分からんことばかり言いおって』?まぁそう慌てなさんなウサ公。俺が言いたいのは……
お、これがカフェ・コレットか。
実は、俺はカフェ・コレットを飲んだことがないんだ。冷めないうちに飲みたいから、話はまた後でな、ウサ公。
前半の話を踏まえてアニメ一話を見ると、少し悲しくなります。
イキナリイラナイコ宣言の辺りとか、BGMがぽぺぽぺ言ってる辺りが特にです。
リゼが感心していた計算能力でさえ、実家では兄貴の下位互換でしかないみたいなので……
後半の話も読んでからアニメ一話を見ると、やっぱり少し悲しくなります。
チノがココアに抱きつかれて、一瞬反応が遅れる感じとか、邪推せずにはいられません。
そして私は、本編でモカさんがやってくるあたりは涙なしには見れませんでした。(身近な友人には難色を示されましたが)
あと、「街の国際バリスタ弁護士」や「ヴェアアア」もココアさんが深い闇を抱えているからこそだと私は思います。