IS<インフィニット・ストラトス>-Hard Line- 作:凛
より読みやすいSSをお届けできるよう、邁進して参ります。今後もよろしくお願い致します。
夕暮れが医療室を赤く染め上げていた。
医療室の中には無表情のまま考え込む悠しかいなかった。その顔は無表情ではありながらも、真っ直ぐにどこかを見つめていた。
彼──、一夏が言ったことは大方悠の予想通りだった。
ISの戦闘中、誤って悠を巻き込んでしまい、その様な怪我を負わせてしまったこと。記憶を取り戻すために出来るだけ協力すること。
彼の強い瞳は目標達成のためなのか沈みかけた太陽の色なのか。とにかく、燃えていた。
悠はそんな一夏のことがどうしようもなく気になっていた──訳でなく。
まさか自分がISの下敷きになって死にかけていたことに驚いていた──訳でもなかった。
そんなことは彼にとってどうでもいいことだった。
強いて言うならばこの状況が彼にとってとてもまずいことだった。
最低限の装備にしていたのは正解だったとしか言う他ない。
一夏たちの話によれば、自分の所持品は下敷きになった時に吹き飛んでしまったのか現場には無かった。ということだった。
しかし偶然数十メートル先に落ちていた高速型バイクの免許証の写真から、悠のことがわかった、そうだ。
この話を聞いた時、悠にはすぐに彼らが充分な情報を得られていないと確信した。
八房悠という不確定要素が避難勧告を出された場所にいたのだから、少なからず不審に思ったり、疑ったりするはずだ。そうする方が自然というもの。あの楯無の当主はそれが滲み出ていた。
それなのに、彼らはそれが微塵もなかった。
……もしかしたら偽りの情報…いや、改ざんされた情報かもしれないのに。
ああ、余計なことを考えてしまった、と悠は小さなため息を吐く。
彼らのことはどうでもいいのだ。問題は悠が常に携帯していた超小型データチップだ。
あれに入っているデータは厳重なプロテクトがかかっているとはいえ悠の本当の身元がわかってしまう。万が一にも今の世に出てしまえば今まで必死に守ってきたものが壊れてしまう。
スクリーン付きの携帯端末にもデータは入っているが、同じく厳重なプロテクトをかけてある上に一時間以上自分がいじらなければ自動的に全データを消去し爆散する様に改造されている。そちらはもうすでにそうなっているはずだ。
やはり今すぐに回収しなければならない、そう頭が結果を出すも身体がそれを肯定しない。
焦る気持ちは徐々に大きくなるも、どうしようもないこの状況がたまらなく苛ついた。
それを落ち着かせる様にゆっくりと目を閉じる。
彼は久々の睡眠をとった。それは彼にとってあまり意味のないことだったのだが。
それでも、そうするしかない悠は甘んじて睡魔を受け入れた。
◆
IS学園、食堂──。
いつもなら十代女子達によるガールズトークをBGMに食事をとることができるが、今の時間はその場は各自の寮へ移っている。なので、普段はうるさいほどの元気な声で溢れかえっているここは何の音も聞こえない。
「…なんだ?私に何か用か?」
「あら。バレました?」
その食堂で一人、空中投影型ディスプレイを見ていた千冬がそのディスプレイを閉じる。
観葉植物の陰からひょっこり顔を出したのは楯無だった。
「…お前か」
「ヒドイですね、織斑先生。頼みごとだけして消えちゃうなんて」
楯無は観葉植物からスタスタと歩いて行き、千冬の向かいの席に腰を下ろした。
「私は忙しいんだ。その上、私の馬鹿な弟は私の仕事を増やすのが好きらしい」
ふぅ、とため息を吐く千冬は困っている様で苛立っている…様には楯無の目には見えなかった。
むしろそう言ったものよりも──
「…何だ、私の顔に何かついているのか?」
「…いいえ。それよりも、報告してもよろしいですか?」
千冬は小さく頷き、腕を組んだ。
楯無はなるべく簡潔に、嘘偽りなく彼のことと今の状況を千冬に説明した。
楯無が最初に千冬から連絡をうけたのは市街地戦が終局を迎えた時だった。
『身元不明の人間が戦闘に巻き込まれた。お前に一任する。追々情報を入れるが、とにかくすぐにIS学園医療室緊急搬入口まで来い』
楯無も状況はそれなりにわかっていたつもりだが、身元不明の、とはどういう事だろうか?とにかく指定された場所へ急いだ。
到着した直後に運び込まれた彼は一言で言うとぐちゃぐちゃだった。血生臭い家業でそれなりに血には耐性がある方ではあったが、あれは思わず口を覆った。
生きている、と言う言葉が嘘に聞こえるほどに赤い、いや、あれは黒いという表現が適切なのだろうか。
真耶は小さな悲鳴とともに顔を背け、あの千冬ですら顔をしかめた。
かろうじて胴体と肩、そして頭が分かるがそれらも黒く、正直グロテスクな状態だった。顔も髪が邪魔でよくわからなかった。
だが学園で最新鋭の医療用IS、『
そして、再び対面した彼は美しい顔をしていた。吸い込まれるほど黒い髪に美形な顔立ち。思わず息を飲んだほどだ。
彼は何者なのかを問い正すこと。それが千冬から言い渡された役目だった。だがどうだ。記憶喪失とは。
もちろん疑った。だが証明する手立てがない。それだけではない、身元は全てダミー。もし本当だったとしてもあまりに文句のつけようがない完璧な身元だ。疑わなければならなかった。
説明は、報告は、あまりに短く終わった。
「…そうか」
「もう少し彼のことについてできる限り調べていきます」
「わかった。だが無茶はするなよ、例の組織と繋がっていないとは言い切れないからな」
「わかっています」
「…実はな更識、八房…といったか。奴はあの戦場にいたという証拠がなかったんだ」
「…?どうゆうことです?」
「証拠がないというより、『確認出来なかった』という方が正しいがな」
楯無はますます分からなくなってしまった。
その様子に気付いた千冬はフッと笑いながら説明を続けた。
「市街地戦が開始されてすぐ、政府は衛星での撮影、熱源センサーなどで戦場と戦場付近の確認をしたんだ。その結果は避難勧告もあって、『一般人ゼロ』だったそうだ。
それからこの学園にもISセンサーでの確認を要請してきた。もちろん、すぐに真耶のラファールで探らせたが人の子一人居なかった。
…分かるか?実際どうあれデータ上では”あの戦場に八房悠という人間はいない”ということだ」
「…でもそれは…」
普通の一般人ではあり得ない。
衛星写真は光学迷彩、熱源センサーは改良した遮熱シートなどで防げるが、ISのセンサーは同じISかもしくは対IS用のセンサー遮断シールドの応用やステルスでしか防げない。
前者の二つは一般人なら知識があれば多少難しくともそれなりのものができるだろう。だが後者はISに従事している者や実際に扱っている者でなければ軽々と扱えるものではない。
そう、『普通の一般人ではあり得ない』。
「そう…だから私が奴に目を付ける理由が少しは分かるだろう?
記憶喪失…嘘か本当か…とにかく、暫くお前が側につけ。不審な動きがあれば知らせろ」
「わかりました」
千冬はすぐに席を立つと話は終わり、とばかりにディスプレイを片手に出口へと歩いていく。
「あぁ、そうだ」
不意に足を止め振り返る。楯無も席を立ったちょうどその時であった。
「八房を学園に入学させる。私のクラスにしておくから、お前に書類等を任せる。
そうだな…明日の朝までに書類を完成させておけ」
「え…?彼をですか?」
「そうだ」
「あの彼をこの学園に…⁉︎何を考えていらっしゃるんですか⁉︎」
「ほぅ、この私に向かって何を考えているだと?いい度胸だな」
「はぐらかさないで下さい。私は生徒会長として賛成出来ません。
第一、ISも動かせるかどうかも分かりませんし、世界を混乱の渦に落としますよ⁉︎
いかに全ての国に干渉されないIS学園と言えど、それはあまりにも例外過ぎます!」
「誰が八房を発表すると言った。それにこれは正式な入学ではなく保護に近い。
考えてもみろ、改ざんされた可能性がある身元やデータとは言え、身寄りがない。働いてもいない。
巻き込んでしまったのは一生徒とは言えこの学園の生徒だ。そのささやかな謝罪としてこの学園で少しばかりの間保護していることにすればいい」
「そ、そんな!やはり例外過ぎます!」
「とにかく」
なおも食い下がる楯無に今日一番の覇気をまといながら千冬は判決を言い渡す。
「これはもうすでに職員の間で決まった話だ。学園長や理事長にも許可をいただいている。
お前は…思う事もあるだろうが、暫く頼む。他の生徒にもし危害を加えようとするなら私も容赦はしない」
ミシッと音を立てるディスプレイを見る楯無の喉がなる。
楯無は従うしかなかったのだ。たとえ危険な賭けでも賭けてみなければ分からない。もしかすれば安全な賭けかもしれないのだ。
その楯無の中の甘い考えに自分で期待した。してしまった。
「……分かりました…。万が一の場合は生徒の安全を第一優先で動きます」
「…よろしく頼む」
「…では、明日の朝までに書類と制服を用意します」
「うむ。…あの馬鹿は好きなだけこき使ってやれ。ではな」
不純異性交遊以外で、な。とニヤリと笑いながら食堂を背にした。
残された楯無は赤面させながらも、自然な動作で携帯端末を取り出し、やっと最近連絡先を交換した人物をコールしようとする。
思わず手が止まり、色々と考えてしまうが、ええいと気合を入れてコールした。
今から忙しい作業が待っている。だが彼と一緒にできるなら少しは楽しいものになるかもしれない。
そんな、小さな期待を込めてみた。
「あ、もしもし一夏君?君が怪我させちゃった彼に関して君に手伝って欲しい事があるんだけど──」
先ほどとは打って変わったような弾んだ声が、楯無以外いない食堂に暫く響いたのだった。
やっと悠くんが学園に!
次からも頑張ります!
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