桜の花が咲き始める春先、人里は春の訪れによる活気に包まれていた。
花屋には春を告げる妖精が立ち寄り、八百屋には春が旬の野菜がたくさん並んでいる。
妖怪も例外ではない。
一定の秩序が保たれている人里では、人間だけでなく妖怪も自由に出入りすることができる。
妖怪客を専門に扱う店では、多くの妖怪達が昼間にも関わらず酒を飲み交わし、店内を賑やかせている。
人里の中に一軒の大きな駄菓子屋がある。
大きいだけあって品数は非常に豊富であり、子供から大人まで幅広く楽しむことができるようになっている。
また、店主の新しい物好きな性格も相まり、外の世界からの駄菓子も取り扱っている。
常連客も多い中、一際異彩を放つ常連客がいた。
白い髪に狼のような耳、そして立派な装束を身にまとった青年が店の中に入ってくる。
「うわー、あのお兄ちゃんすごい格好してるよ!」
十歳程と思われる子供が青年の足元に駆け寄り、ぐるぐると周りを回りながら装束を見回す。
時折裾を引っ張ったりする度に、それを少し離れた場所から見ていた母親らしき女性が顔を青くしている。
「…………。」
青年は子供を止める様子もなく、されるがままになっている。
しかし母親が慌てて「こらっ!」と止めに入り、何度も頭を下げた。
「すみません、うちの子が迷惑をおかけしました。」
「いいえ、お気になさらず。」
青年は愛想良く母親をなだめ、店の奥に向かう。
店の奥にあるカウンターには、いつも店主が座って店番をしている。
店主は青年の姿を見ると、「来たか。」といった表情をした。
「いらっしゃい、いつもの奴だな。」
店主はそう言うとカウンターの下から大きな段ボール箱を取り出し、カウンターの上に置いた。
青年が箱を開けると、中には縦十列、横十列、計百本のラムネが詰まっていた。
「いつもありがとうございます。」
「礼なんざいいよ、お前さんとは長年の付き合いだからな。」
青年は代金を払うと、段ボールを持ち上げて店を後にした。
一旦段ボールを地面に置き、一息つく。
「そうか、今日は白狼天狗達の元服の日か。」
青年はそうつぶやき、ラムネの詰まった段ボール箱を抱えながら妖怪の山へと飛んで行った。
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白狼天狗の元服の儀式はこの春先に行われる。
天狗はある一定の年を迎えると元服の儀式を行い、正式に天狗社会の一員となった事を認められる。
と言うのも、事情により天狗社会から離れて過ごす者もごく少数ながら存在するからである。
「君達はこれから我々天狗社会の一員として、誇りと責任をもって……。」
天狗社会の頂点に位置する者、天魔による祝辞の言葉を、元服を迎えた白狼天狗一同は熱心に聞いていた。
天魔の祝辞が終わると、一同から盛大な拍手が沸き起こった。
元服はあくまでも通過儀礼の一種であり、人間で言うと成人式にあたる。
なので、元服よりも前から白狼天狗達は領地の哨戒や雑用等の仕事を行っている者も多い。
元服の儀式が終わると、白狼天狗達は解散した。
仕事に戻る者、自分の住む村で宴会を行う者、道場で稽古に励む者……と言った具合である。
元服を迎えた白狼天狗、犬走椛は友人らと共に村に戻り、宴会を行う店へと向かった。
椛の住む斑鳩(いかるが)村は人口が100人ほどの比較的小さな村である。
天狗達は数百人規模の村を多数形成している。
村の中で最も地位の高い天狗の家系が村の長となる。
よって、村長となるのはほとんどが大天狗の家系、もしくは烏天狗の家系である。
また、村の名前も村長となる家系の苗字がつけられることが多い。
斑鳩村も例外ではない。この村は大天狗の斑鳩家が治めている。
斑鳩村の中では一番と評される料亭、不知火(しらぬい)。
椛達の宴会はここで行われる。
親しい間柄の友人のみで行うため規模はとても小さいが、それでも彼女達にとっては至福の時間であった。
「今日は皆の元服を祝って……乾杯!!」
宴会のメンバーは犬走椛、木枯 胡桃(こがらし くるみ)、
水楢 楓(みずなら かえで)、橘 彩芽(たちばな あやめ)の四人である。
皆斑鳩村に住み、幼少期から仲良しの四人組である。
椛はバランスの取れた体つきと清楚な顔立ち、胡桃はまだあどけなさと幼さの残る体つきと顔立ち、
楓は引き締まった体付きと元気溌剌な顔つき、彩芽は長身の大人びた顔つきと豊かな体つきが特長である。
美少女の名が似合う四人組は一部の男性天狗からの人気も高い。
椛達はお酒の入ったグラスで乾杯を行い、テーブルに並んだ料理を食べ始める。
目の前の豪華な食事に椛達は舌鼓を打った。
「んんー、いつ食べても美味しいね。」
「ちょっと楓、私達の分も残しておいてよね。」
彩芽が楓の目の前にある唐揚げの皿を奪い取り、自分の目の前に置く。
こうでもしないと、食いしん坊の楓を止めることはできない。
「彩芽ちゃん、それ……私が狙ってた唐揚げ……。」
彩芽の横に座っている胡桃がすかさず唐揚げの皿にスッと箸を伸ばす。
「ほら、小皿あるんだから独り占めしちゃだめよ?」
椛が気を利かせて小皿を配る。
椛は四人の中でもお姉さん的立ち位置の、言わばまとめ役である。
とは言え、四人の間で明確な上下関係があるわけではない。
「椛、煮物取って。」
「はいはい、ちょっと待ってね。」
椛は彩芽から受け取った小皿に煮物を取り分ける。
根菜と巾着の入った煮物はどの具材にも味がしっかりと染みており、煮物好きにはたまらない一品である。
「なんだか、あんまりお祝いって感じがしないわね。」
「そうね、普段からいつも顔合わせているからかしら。」
「でも……今日は特に楽しい。料理も普段より豪華。」
「そうよ、せっかくの元服祝いなんだから、パーッと楽しみましょう!」
一時間ほど料理を食べ続け、箸も落ち着いてき始めた。
お酒をちびちびと飲みながら他愛もない会話を弾ませる。
「明日から初仕事ね。」
「今までは稽古だけだったから、これから大変になりそう。」
椛達は元服前から仕事をしておらず、道場での稽古のみを行っていた。
よって、白狼天狗として仕事を行うのは明日からが初めてである。
「お仕事って……何するんだろう?」
胡桃は指をこめかみに当て、考える仕草をする。
「基本的に哨戒か雑用じゃないかしら?あと、一週間ごとに担当の上司が変わるらしいわよ。」
「へぇー、良く知ってるわね彩芽。」
「すでに仕事をしている子に聞いてみたの。凄く上下関係が厳しいらしいわ。」
天狗の社会は基本的に絶対的な縦社会であり、上下関係が非常に厳しいことで有名である。
そのため、下の立場の天狗が上の立場の天狗に逆らうことは許されない。
特に白狼天狗は一番下っ端に位置するため、なおさらである。
「うわー、セクハラとかされたら嫌よねぇ。」
楓は大げさなリアクションを取りながら顔をしかめた。
「今不安になっても……仕方ないと思うよ?」
「真面目にしていればきっと大丈夫よ。」
「そうね、やってみないと分からないわね。」
宴会は夜まで続き、店を出たのは夜中であった。
春とはいえ、夜になると少し肌寒くなる。
時折吹き付ける風に、椛達は身震いをした。
「結構寒いわね……。早く帰りましょう。」
「そうね。ほら胡桃、帰るわよ。」
「んんっ……うん……。」
彩芽の背中でスヤスヤと可愛らしい寝息を立てて寝ている胡桃を起こす。
胡桃は目をパチパチとさせ、寝ぼけ眼をこする。
「あれ……?」
胡桃は正面遠くにある木の上に人影があるのを見つけた。
しかしそれはすぐに姿を消してしまった。
「どうしたの胡桃?」
「向こうの木に……人影がいた気がする。」
一同は胡桃が指さした方向にある木に目を向ける。
だが、人影らしきものは見受けられない。
「誰もいないわよ?見間違いじゃないかしら?」
「さっき確かにあそこに……誰かいた。」
「寝ぼけていただけじゃないの?」
「椛、確認してみて。」
椛は自身の持つ千里先まで見通す能力を使って辺りをじっくりと見渡す。
周辺の半径約数百メートルを見渡してみたが、それらしき人影は見当たらなかった。
「うーん……誰も見えないわ。もしかすると動物だったのかもしれないわね。」
「そうだったのかな……くしゅん!」
夜風に当たって体温が冷えたのか、胡桃はくしゃみをして体を震わせた。
「とりあえず帰りましょう。」
「そうね、皆また明日ね。」
「ええ。」
「おやすみ……。」
椛達は解散し、それぞれ家路についた。
家に着いた椛は誰もいない寝室の電気をつけ、布団に倒れこむ。
物がきちんと整理整頓されている寝室は布団と卓袱台と言う質素な見た目となっている。
だが、一人暮らしの椛にとってはこれくらいが丁度よかった。
寝る前に風呂には入らなければならないと思い、椛は重い体を何とか持ち上げる。
「ふぅ……。」
シャワーを浴びながら一息つく。
体を洗うために石鹸に手を伸ばし、麻のボディタオルに石鹸を泡立たせる。
肌を痛めないようにそっと肌をこすり、耳や尻尾も丹念に洗っていく。
白狼天狗の中には狼のような耳や尻尾を持つ者がいる。
これは遺伝的なものであり、両方ついている者もいれば、
片方しかない者、はたまた両方ついていない者もいる。
椛には耳と尻尾の両方がついており、楓には尻尾のみ、彩芽には耳のみ、胡桃にはどちらもついていない。
丁度四種類のパターンに分かれているので、簡単にお互いを見分けることができる。
ちなみに、尻尾や耳にも微妙な個体差があり、
彩芽の耳は白狼天狗の中でも比較的珍しい垂れ耳になっている。
「…………。」
明日から始まる新しい日常に椛は思いをはせる。
どんなことが待ち受けているのだろうかと、期待と不安でいっぱいである。
だが、これまで一緒に歩んできた四人と力を合わせれば乗り越えられる、そう椛は確信している。
「明日から初仕事……精一杯頑張ろう。」
確かな決意を胸に、風呂を出て着替えた椛は部屋の電気を落として眠りに就いた。
どうも、過マンガン酸カリウムです。
何となく白狼天狗をメインにした物語を書いてみようかと思ったので、
ちまちまと書いております。
書くモチベーションがゼロにならないように頑張ろうと思います。
誤字脱字等があれば、感想欄にてお知らせください。