竜騎を駆る者   作:副隊長

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9話 邂逅、そして死闘

「エル姉。そろそろ、行ってくるよ。エル姉の言う、ヴァイスハイトって奴の顔を見ときたいんだ」

「解りました。ですがパティルナ、あまり無茶はしないでくださいね。貴女には、レイムレス城塞防衛における主柱として戦って貰わなければいけないのですから」

「大丈夫だよ。少し、挨拶してくるだけだからさ。じゃ、行ってくるね」

 

 レイムレス城塞。ユン・ガソルの誇る三銃士である、エルミナとパティルナが向かい合い、言葉を交わらせていた。センタクスを奇襲により奪取され、その奪還に動いたエルミナだったが、メルキア帝国の新兵器の前に大敗を喫し、レイムレス城塞まで下がってきていた。勢いに乗じたセンタクスの兵が攻め込んで来ようとしていたのである。

 

「……二度も負けたのです。これ以上は、無様を晒せません。」

 

 

 エルミナは静かに闘志を燃やす。既に、二度敗れていた。一度はセンタクスを強襲され、防備も整っていなかったところを押し込まれ、敗走していたのだ。メルキアを率いていたのはヴァイスハイト・ツェリンダーと言う将軍であった。彼の者の鮮やかな奇襲を前に、エルミナは辛酸を舐めさせられていた。

 

 二度目の敗北は、十分な戦力を集め、完勝する筈であった戦での出来事だった。その時の状況は、ザフハ部族国を破ったキサラ領所属のメルキア軍を筆頭とした、センタクス攻略部隊が迫っていた。既にヴァイスハイトの手によりセンタクスは攻略されていたのだが、勢いに乗じって他の拠点も落としてしまおうと言ったところだったのだ。

 メルキアの本体が相手となれば、双方ともに甚大な被害が出かねない。センタクスの攻略も難しくなるだろう。それ故、奪取されたとはいえまだ寡兵に過ぎなかったセンタクスを一気に奪い返すつもりでいた。防備の整わないセンタクスを一押しに踏み潰し、そのままメルキア本体と交戦しても十分に戦える戦力を率いていたのだ。

 その戦で誤算があったとすれば、敵将であるヴァイスハイトの用兵が実に巧みだったことである。配下が良く動いたと言うのは当然のこととし、センタクスの住民の心をも良く掴み、総力を以て防衛にあたったのである。それ故、センタクスを攻略するのに時がかかり過ぎた。そして――

 

 闇色の光が、弾けた。

 

 結論を言えば、メルキアの誇る魔導技術による新兵器だった。それが、ユン・ガソルの部隊を焼き払ったのである。使用された辺り一帯は焦土と化し、存在するすべてのモノを吹き飛ばすほどの威力であった。メルキアは、味方ごとユン・ガソルの軍を引き飛ばしたのであった。コレにより、ユン・ガソル軍は後退せざる負えないほどの被害を受け、レイムレス城塞まで下がったと言う訳だった。

 

「ヴァイスハイト・ツェリンダー……ッ」

 

 エルミナが静かに呟く。彼女を二度破った男であった。三銃士の名にかけて、三度は負ける訳には行かない。エルミナは、そう思った。二度破れているが、それは真正面から戦って負けた敗北では無かった。一度目は奇襲であり、二度目はメルキア軍主力による砲撃であった。策に敗れているのは事実であったが、それでも純粋な用兵で負けた訳では無い。エルミナは自身にそう言い聞かせた。

 正面切った戦いならば、エルミナは容易く敗北するとは思わなかった。一度、エルミナは用兵で負けたことがあった。メルキアの降将である、ユイン・シルヴェストであった。彼の者に負けて以来、部隊の調練を見直したのである。ユインに直接話を聞くのは癪であったため、様子を見に行ったパティルナや、共に訓練をしたと言う将兵に話を聞き、その調練を参考にしていた。認めたくは無いが、ユインの部隊を参考にすることで、エルミナの部隊は確かにより精強になったのである。それ故、まともにぶつかれば負けるとは思わなかった。

 とは言え、先の敗戦があり、ユン・ガソルの兵力は激減していた。幾ら堅牢なレイムレス城塞とは言え、絶対に負けないとは言い切れないため、主であるギュランドロスに増援の要請もしていた。パティルナと三銃士が二人で守っているが、念には念を入れていたのだ。敗戦が、普段から周到なエルミナを、より周到にしていた。

 

「……ああ、もう。どうしてメルキアの軍人と言うのは、こうもイラつかせるのですか!」

 

 エルミナは、このところメルキアの軍人に負け続けていた。尤も、一人はユン・ガソルに所属しており、自分の部下の一人になっている。直接ギュランドロスが言ったわけではないが、ユン・ガソルの軍を統括するエルミナにとってユインは部下であると言えた。とは言えギュランドロスのお気に入りであり、元メルキア軍人と言う経歴もあり、エルミナとはいえ、少しばかり扱いが難しいところはあった。そんな事情も、エルミナのストレスとなっていたのかもしれない。

 

「それもこれも、あの金髪と黒髪の所為です!」

 

 エルミナは自身を破った二人の男の顔を思い浮かべる。ついに叫んでいた。そのさまは、普段冷静なエルミナらしくなかった。しかし、エルミナは性根が直情径行であるため、普段は冷静であり理性でわかっていてる事でも、感情で物事を判断してしまう事がわずかにだが、あるのだ。その弱点が、確かに表れていた。

 

「ああ、もう! ここで、必ず倒します」

 

 誰もいない部屋。エルミナの声だけが響き渡った。

 

 

 

 

 

「リセル、行けるか?」

「先ほどのパティルナの強襲で動揺はありましたが、全軍問題ありません。号令をお願いします、ヴァイスハイト様」 

 

 レイムレス城塞近郊、センタクスの領主代行を命じられたヴァイスハイトは、軍を進めていた。東方元帥ノイアス討死。その混乱の最中、メルキア皇帝であるジルタニアの目に留まり、言葉と覇気を以て、千載一遇ののチャンス手にしていた。将軍を一気に飛び越え、元帥となる。そのような暴挙ともいえる快挙を成そうとしていたのである。

 センタクスを収めていた領主であるノイアスが敗死し、一度は奪われたセンタクスを鮮やかに奪還する高尾途に成功した。そして、そのセンタクスを奪還に出陣したユン・ガソルを相手に立ち回り、戦い切った。そして増援である本体の到着まで戦線を維持し、ユン・ガソル軍壊滅の成果を出すにあたる、下地を作った男であった。

 そして、皇帝であるジルタニアとは血が繋がってもいた。尤も、片親だけであるが。二人の父である前皇帝と庶民の間に生まれた庶子だったのである。一応皇族の一人と言う事にはなるのだが、彼はそのように扱われる事は無かった。庶民との戯れでできた穢れた子。そんな扱いであったのだ。

 紆余曲折あり、軍属となった彼は、メルキア軍の誇る四元帥の一人、オルファン・ザイルードの弟子として、頭角を現していた。そして今、彼の中で最大の転機となる戦いが行われようとしていた。レイムレス城塞での戦い。これは、彼が元帥として名を馳せる為の戦いの最初の一歩なのである。この地を落とす事が出来たのならば、ヴァイスハイトは元帥に任命されるのだった。

 

「ヴァイスハイト。私も準備は完了しております。戦いを始めるのならば、どうぞ、ご命令を」

「解った。リセル、そしてアル。この戦いが、俺が元帥として進むための一歩となる。その力を貸してほしい」

「私は、ヴァイスハイト様を支えるだけです。どこまでもお供します」

「了解しました、ヴァイス。貴方の敵は、私が破壊しましょう」

「頼むぞ、二人とも」

 

 ヴァイスハイトは、己の配下である二人に声をかける。一人は黒髪を靡かせる、砲剣を持った女性であった。リセル・ルルソン。ヴァイスハイトとは幼い頃から共に在った、半身とも言える女性だった。そしてもう一人、人よりも遥かに小さな、女性。前元帥である、ノイアスと共に在った魔導巧殻、アルであった。闇の月女神の力を模して作られた、魔導巧殻であった。

 領主代行であるが、アルは既にヴァイスハイトの事を所有者と認めていた。それは、事実上元帥と同格と言っているようなものであるが、この戦に勝てば名実ともに元帥となれるのである。ヴァイスハイト率いる軍は、否が応にも士気が上がっていた。それだけ、この戦で得られるモノは大きいのだ。ヴァイスハイトはそう思った。

 剣を引き抜く。

 

「皆の者、良くここまで耐えてきた。だが、耐えるのはここまでだ! これより、ユン・ガソルに攻勢をかける。皆の力を、存分に振るってくれ!!」

「おうよぉぉ!! 俺たちにはヴァイスハイト様やアル様がついているんだ、負ける訳がねぇ!! 行くぜ野郎ども!!」

 

 気勢が上がっていた。レイムレス城塞での決戦。それが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 風を切り、進む。普段よりもほんの少し休憩の時間を伸ばしたが、それ以外は通常の行軍と同じ速度で駆けていた。時折、全身に感じる熱が耐え難い程になる事もあったが、鎮痛剤を飲むことで、やり過ごしていた。怪我など、顧みる暇は、ない。それだけの事態が、起こっているのだ。麾下の全てにそう言い聞かせて、進み続けた。視界が歪む事が、何度かあった。だが、その度に愛馬が支えてくれていた。やがて、視界が歪む事については、何も感じなくなっていた。人間の適応力と言うのは凄まじいものである。そう、思えた。

 

「将軍」

「心配など、不要だ」

 

 時折、カイアスが此方の体調を尋ねるが、まともに相手をする気は無かった。倒れたら、それまでであり、自身を捨て置かせて、カイアスが部隊を指揮すればいいのだ。十分にこなす力はある。三銃士か王の指揮下に入れば、カイアスは十分力を発揮できるだろう。それぐらいの地力のある副官だった。

 無論、こんなところで倒れるつもりなど、ない。だが、何が起きるかわからないのが戦である。そして、自分は万全では無い。それどころか、最悪であると言えた。だからこそ、麾下達にはあらゆる事態を想定させるのだ。

 

「前方に部隊。友軍です」

 

 麾下の一人が叫んだ。正面を見る。確かに、友軍であった。しかし、まだレイムレス城塞の近くでは無かった。王都からの援軍だろう。旗を見て確信した。

 

「カイアス、伝令」

「はっ」

 

 即座に伝令を走らせる。一度、合流すべきである。そう、思っていた。

 

 

 

 

 

「お前、何でここにいるんだ!?」

 

 伝令が返ってきた後、援軍を率いる責任者の下へと、歩を進めた。責任者と言うよりは、大将である。ユン・ガソル王国国王であり、主でもあるギュランドロス・ヴァスガンだった。王の元に向かい、軍令を取る。視界はいまだ、定まらない。だが、気取られる心算は無かった行軍していた時以上に、気力を振り絞る。

 

「我が力が必要とお聞きしたので、参った次第です。必要ありませんでしたか?」

「いや、確かにお前の力はいるが……大丈夫なのか? 戦鬼に傷を負わされたと聞いたぞ」

「無論。と言いたいところですが、少し無理をしていますね」

「ならば、なぜ来た?」

「王が呼んでいた。我が麾下を走らせるのには、それだけで充分なのですよ」

「……すまんな。俺は良い臣を持ったもんだ」

 

 倒れる事無く、言葉を紡ぐことができた。内心で安堵する。気取られれば止められる。そんな事は火を見るよりも明らかだった。だが、それでは意味が無いのである。

 

「状況はどうなっておりますか?」

「不味いな。センタクスが陥落し、接玄の森付近は既に取り返されている。報告によれば、敵将のヴァイスハイトって奴は、メルキアの元帥が持つ魔導巧殻をも引き連れているって話だ。そして何といっても、エルミナに二度勝った男だ。まったく、面白くなってきたじゃねぇか」

「ほう、あのエルミナ様に、二度も勝ったのですか」

「ああ。認めようとはしないと思うが、エルミナのやつは相当イラついているだろうな。冷静さを欠いていては、三度敗れかねんな」

「それ程とは……」

 

 王に直接情報を聞き、自分の直感が正しかった事を悟る。敵は、油断できる相手では無かったのだ。既にエルミナ様を二度破り、万全の状態で迎え撃つ今回も負けるかもしれないと予期している。面白い。そう、思った。王がそこまで評価する漢とはどんな人物なのだろうか。想像するだけで、心が躍った。血が、滾るのを感じる。傷を負った腹部が、燃えていた。燃えていると錯覚するほどの熱を、発しているのだ。心地よい。そう思った。どうしようもなく、楽しみであった。戦鬼ガルムスを初めてとする四元帥以外にも、強き者がメルキアには存在する。ソレを知っただけで楽しくて仕方が無い。

 

「お前、楽しそうだな」

「申し訳ない。ですが、軍人として、武人としての性なのですよ。強き者と出会うのが、楽しくて仕方が無い」

「まったく、お前は歪みが無いな。それでこそ、俺の見込んだ男と言う事か」

「ソレが私が私たる所以です」

 

 笑みをもって答える。傷を負っているとしても、それが俺なのだ。ユイン・シルヴェストの在り方なのだ。誰よりも、何よりも苛烈に在る。そう、心に決めていた。何者にも、敗れない。ソレが、誇りであった。その誇りを賭して戦える相手がいるのだ。例え状態が悪くとも、思いを馳せるのが、漢と言うものでは無いのだろうか? 

 

「ふ、くははは。良いじゃねぇか。それでこそ、俺が欲しいと思った漢、ユイン・シルヴェストだ。その力、メルキアの奴らに見せつけてやろうじゃねぇか!」

「御意に。我等が誇り、唯、王の為に」

「良く言った! 駆けるぞ、ユイン。駆け抜けるぞ!!」

「御心のままに」

 

 言うが否や、王が自身の馬に飛び乗った。馬笛を吹き、愛馬を呼ぶ。馬蹄が響き、疾駆してくるのが見える。

 

「はっ、格好良いじゃねぇか。なぁ、野郎ども!」

 

 手綱を取り、駆けて行く勢いを殺さず、疾駆する直前の態勢を維持したまま騎乗する。一瞬、視界が紅く染まる。意に介す事など、無い。王は、そんな俺を見て賞賛の声を上げた。戦の前である。気分が高まっているのだろう、笑い声が響いた。つられて全軍の気勢が上がる。この王にして、この軍がある。そう思った。

 そのまま、王の脇に控えたまま駆け抜ける。前方には麾下が見えた。

 

「ユイン。お前の部隊の動き、見せて貰おう」

「承知」

 

 言葉に頷き、佩いている魔剣を抜き、水平に構えた。麾下達が動き出す。王と自分を守るように周囲を囲むように駆けた後、一糸乱れぬまま、縦列となり、背後に控えていた。ここまで動けるようになったのだ。そう、思った。

 

「すげぇな、ユイン。三銃士と俺、そしてお前とこの漆黒の騎馬隊。すべてが揃えば、何にだって勝てる。そう思える」

 

 王が息を呑み、感嘆を上げた。素直な賞賛に笑みが零れる。傷は疼くが、気にはならない。

 

「何が来ても、勝ちますよ」

「くはっ、良い、格好良いぜユインよ。俺は、お前を臣下にできて良かった」

 

 王が楽しそうに笑いながら、そう言った。そして、原野を駆け抜ける。目指すは、レイムレス城塞。決戦の地に向かい、進む。漆黒に、王である赤を迎え入れ、駆け抜けた。騎馬隊、その動きを十全に発揮していた。

 

「行こうぜ、ユイン! エルミナとパティが待ってる」

「御心の、ままに」

 

 静かに頷いた。王と共に行く。ソレが臣たる自分のあるべき姿だった。

 

 

 

 

 

 

「まさか、これ程とはな……」

 

 戦場を見ながら、ヴァイスハイトは驚きに声を上げる。戦況自体は優勢であった。だが、二つの部隊だけを切り崩せずにいた。流石は三銃士と言ったところか。城を守るエルミナとパティルナの部隊に、賞賛をむける。

 

「アル、頼むぞ」

「解りました、ヴァイス。目標補足、逃しません」

 

 魔導巧殻に声をかける。既に準備はできているのか、即座に魔方陣を展開させた。アルを中心に、黒き魔方陣が展開される。収束。闇の月女神の力を模した、魔導が放たれた。

 

「敵は崩れた。突っ込むぞ!」

「お任せください」

 

 魔導巧殻である、アルの魔法。ソレを用い、無理やりに隊列を崩した。その間隙を、逃す事無く突き抜ける。機を逃す事をしない、迅速な攻めであった。そして、ついに敵を潰走させることに成功する。レイムレス城塞の決戦は、メルキア帝国の勝利となったのだ。

 

「総崩れだ。追い討ち、ユン・ガソルの力を削ぐ」

「準備はできています」

「ならば、行くぞ。ここで、倒し抜く」

 

 ヴァイスハイトの言葉に、リセルは即座に応える。主であるヴァイスハイトの事を良く理解している副官であった。そのまま突き進む。勝利を得た。そう思うと、胸にこみ上げて来るものがあった。しかし、油断はできない。ヴァイスハイトはそう思った。

 レイムレス城塞に攻め込む前に、センタクスに拠り、自分の監視役を受けたガルムス元帥に言われていたのだ。

 

『ユン・ガソルの部隊と当たるのならば、漆黒の騎馬隊。ソレを見る事があれば、精々気を付けるが良い。将を負傷させた。故に、今回の戦には現れはしないと思うがな』

 

 と。端的な言葉だった。何故と、ヴァイスハイトが問う余地も無く、ガルムスは背を向けていた。理由は一切わからない。だが、何れ漆黒の騎馬隊に出会うときが来るとすれば、解る事だ。その時は、油断なく構えよう。そう自分に言い聞かせていた。戦鬼、ガルムスが態々警告したのである。それだけで、十分だった。尤も、ヴァイスハイトの身を案じて警告したのではなく、メルキアの勝利のためであるが。

 

「何時か出会う時が来るのだろう」

「ヴァイスハイト様、何か言いましたか?」

「いや、何でもない」

 

 呟きにリセルが不思議そうにする。それに、笑みを以て応える。

 

「ヴァイスハイト様、敵将を、三銃士を発見しました」

「解った。行こうか、リセル」

「はい」

 

 報告を聞き、ヴァイスハイトは前線に向かった。

 

 

 

「口惜しいですが、これ以上は持ちませんね」

「うーん。悔しいなぁ。絶対勝つ気だったんだけど、負けちゃった」

 

 エルミナとパティルナ。三銃士の二人は少数の兵を指揮し、殿を務めていた。魔導巧殻アルの高範囲攻撃。想定外と言えるそれを前に、指揮を崩され、そこからなし崩しに敗走に追い込まれていた。勝敗が喫した。それに気付いた二人の動きは迅速であった。即座に合流し、精鋭を以て殿を務めていたのである。戦争で人が最も殺されるのは、追撃戦であった。ソレを防ぐために、二人の将は残っていたのである。側面を高い山岳地に囲まれ、寡兵でも大軍を相手取れる地、其処を見つけ防衛線を敷いていた。それでも、圧倒的な数の前に、二人は全身に浅手を受け、限界も近いと言った感じであった。

 

「仕方ありません、パティルナ。幸い、味方の撤退の大部分は完了しました。ならば、この地にとどまる意味もありません」

「そうだね。早いとこ帰りたいけど……敵の将軍が来ちゃったみたいだから、難しいかもしれないね」 

「おや、気付かれていたか」

 

 エルミナと話しながら、パティルナは投刃を構える。やがて、メルキア兵の中から一人の男が現れる。ヴァイスハイトであった。傍らには副官であるリセルと、魔導巧殻のアルを侍らせていた。白銀の鎧を纏い、堂々と現れたその姿は、既にある種の風格を得ていた。その瞳には、強い光が宿っている。

 

「……ヴァイスハイト・ツェリンダー」

「ほう、ユン・ガソルの三銃士に名前を覚えていただけたか。光栄だな」

「戯言を!」

 

 現れたヴァイスハイトの姿を見て、エルミナが怒気を漏らす。二度、敗れた相手だった。それもメルキアの軍人である。メルキア嫌いのエルミナにとって、その敗北は屈辱以外の何でもなかった。

 

「ふむ、まあ良い。戦の決着はついた、大人しく投降してくれないか?」

「ふふ、ヴァイスなら、あたし達がなんて答えるかは解ってるんじゃないの?」

「メルキアの将軍は、くだらない戯言ばかり言うのですね。器が知れますよ」

「ならば仕方があるまいか。美しい女を討つのは忍びないが、メルキアの為だ」

 

 ヴァイスハイトが降伏勧告をするが、三銃士たる二人は意にも介さない。二人は、ユン・ガソルの象徴であり、主柱なのだ。ソレがよりにもよってメルキアに降るなどと、言う筈が無かった。ソレをあらかじめ予想していたヴァイスハイトは、少しだけ残念そうにしながらも、冷徹に片腕を上げる。兵に号令を出し、討つ。それだけだった。

 

「メルキアに降るなど、たとえ死んだとしてもごめんです。そのような辱めを受けるくらいなら、この身が動く限り、メルキア兵を道連れにするだけです!」

「おお、エル姉格好良い。まぁ、あたしも自分より弱い相手に屈するつもりはないんだ。そんなの、あたしらしくないしね。どうしても欲しいって言うのなら、力ずくで倒して見せなよ!」

「ふ、良く言った。ならばその命、貰い受けよう」

 

 三銃士の二人が挙げた気炎に、二人に従っていた数少ない兵士たちが咆哮をあげる。死を覚悟していた。そんな敵を相手に捕えるなど、不可能だった。故に、容赦も慈悲も無く、殺す。ヴァイスハイトはそのための号令を――

 

「だぁーはっはっは。そこまでだお前たち! ユン・ガソル国王、ギュランドロス・ヴァスガンの名において、こんなところで無駄死にすることは許さん!」

「ギュランドロスだと!?」

 

 出せなかった。ヴァイスハイトの驚きと共に、爆音が辺りを襲う。気付けば斜面の上に布陣していたギュランドロス率いるユン・ガソルの増援が、魔導兵器を用い、執拗な砲撃を繰り返していた。突如降り注いだ砲撃。その威力に土煙が舞い、辺りを覆い隠す。その間にも爆音が鳴り響き、ヴァイスハイト率いる軍は、何とか崩れそうになる戦線を維持するので精一杯だった。

 

「エルミナ、パティ! 俺が居ないからって、勝手に死に急ぐんじゃねぇ!」

「すみません」

「うう、ごめん」

 

 轟音の中、三銃士を一喝していた。その様はメルキア軍など居ないかのように振る舞っており、傍若無人と言うに相応しかった。あまりの事に、怒鳴られた三銃士の二人は、素直に謝罪してしまっていた。気付けばその場は、一気にギュランドロスに掌握されていた。

 

「と、まぁ、うちの三銃士が世話になったようだな。礼を言うぜ、メルキアの将よ」

「ふん。最初にセンタクスを落としたのはそちらだろう。俺はその意趣返しをしたにすぎん」

「はっ、言うねぇ。その奪い取ったセンタクスを取り返したのもお前と言う訳だ。聞いたぜ、面白い戦をするらしいじゃねぇか。アイツとどっちが上か、やり合わせてみたいもんだぜ」

 

 王であるギュランドロスが、ヴァイスハイトに言葉を紡ぐ。その様は実に楽しげであり、彼らしいと言えた。場の空気を一気に盛り上げる事に関して、類稀なるものを持っていた。

 

「アイツ、とは?」

「うちの黒騎士の事さ」

 

 黒騎士。その単語を聞いたヴァイスハイトの眉が一瞬動く。黒騎士。そこから想像できるのは、漆黒の騎馬隊であった。

 

「まぁ、アイツの事は今はいいだろ。それよりお前だ。うちの三銃士を容易く破り、無理と思えるセンタクスの防衛を成した。お前も持っているんだろ? 俺と同じ力を」

「何を言っている?」

「ふ、とぼけるか。いや、気付いていないのか? どちらにしろお前は持っているんだよ、類稀なる幸運を手繰り寄せる力。王者が持つに相応しい、天賦の才をなっ!」

 

 ギュランドロスは絶対の自信をもって、言い放った。そのあまりの覇気に、全ての人間が呑まれていた。飲まれていないとすればそれはただ一人であった。

 

「さぁ、名を名乗れ! 俺様が見極めてやる。お前がどれ程の器であるかをな」

「我が名は、ヴァイスハイト・ツェリンダー! この地でお前を下し、この地を治める元帥となる男だ!」

 

 ヴァイスハイト・ツェリンダーであった。この男だけが、ギュランドロスの覇気に呑まれず、寧ろ押し返す勢いで名乗りを上げた。その瞳に映るのは、強き意思。確かに天賦の才を宿していた。

 

「王自ら出て来るとは好都合。天意は我らにあると言う事だ。我らを打ち破れると思い前に出た傲慢さ、その首を以て贖うが良い!!」

 

 ギュランドロスに勝るとも劣らぬ覇気。ソレをヴァイスハイトは示していた。取り残されていた両軍に、力が戻ってきはじめていた。

 

「くははは。良いぜ、ヴァイスハイト。その発想は無かったぜ。俺がお前の器を確かめるのではなく、お前の才に引き寄せられたと、そういう訳か」

「そう言っている」

「だぁーはっはっは。そうかそうか、此奴は凄い。文句無しの、合格だな。俺からの褒美だ、レイムレス城塞はくれてやろう」

 

 ヴァイスハイトの言葉に満足したギュランドロスは、うんうんと頷き、そんな事を言った。ユン・ガソル全軍に動揺が走った。ソレを、ギュランドロスは何でもない事のように無視する。

 

「ギュランドロス様、貴方は何を言っているのですか!? 援軍要請を受け、兵たちと共に駆け、ようやくたどり着いた拠点。ソレを戦うことなく明け渡すと言うのですか!?」

 

 それに誰よりも早くかみついたのは、エルミナであった。王であるギュランドロスに増援を依頼し、今の今まで戦い続けた彼女だからこそ、我慢が出来なかった。メルキア兵に取り囲まれているが、そんな事は関係なく叫ぶ。

 

「ソレがどうした、エルミナ」

「貴方は、悔しくないのですか? 貴方は、ユン・ガソルの国王であり、私たちを束ねる王なのですよ!?」

「エル姉……」

 

 悲痛な、叫びであった。レイムレス城塞を守る為に傷付き散って逝った者たちはどうなるのだ。言外にそう含ませているのが、ギュランドロスには容易に理解できた。

 

「悔しいぜ? だからこそ、奴らには借りを返して貰うんだ、なぁ、ユインよ」

「……え?」

 

 紡がれた、王の言葉。それに、エルミナの思考は一瞬停止した。その場にいた両軍は、ギュランドロスの言葉の意図を読み取れず、困惑の色を移していた。

 

「原野を駆ける我らが意思よ、竜をも破る峻烈なる加護を」

 

 ソレは、言うならば漆黒の突風だった。斜面を駆け下りてくる、漆黒。センタクスの精兵に、弓が降り注いだ。瞬く間に、エルミナ達を囲んでいた兵を打倒していた。馬蹄が響く。真紅。淡き輝きを放ち、漆黒の中で煌めいている。強襲、エルミナとパティルナの傍らを突っ切り、ヴァイスハイト目掛け一直線に駆け抜けていた。

 

「俺と同じ天賦の才があるのなら、生き残れる。やってみな、ヴァイスハイト」

「な、総員、迎撃態勢!!」

 

 ギュランドロスの言葉を、ヴァイスハイトはかみしめる余裕が無かった。来るはずの無い漆黒。ソレが目の前にいる。ヴァイスハイトは言い様の無い悪感に襲われながらも、指示を出していた。咄嗟に出た言葉であり、意図したわけでは無い。だが、突っ込んでくる騎馬隊に対して、ソレは妙手であった。相手が黒き獣でなかったならば。

 

「展開」

 

 戦闘の騎馬が、槍に振れる直前、漆黒が二つに分かれた。至近距離、騎兵が駆け抜け、弓を弾いている。

 

「っ、騎射、来るぞ!」

 

 ヴァイスハイトが叫ぶ。既に矢は放たれていた。至近距離で放たれた、矢。ソレを受けた兵たちが崩れ落ちる。ヴァイスハイトの周りの兵が少なくなっていた。二つに分かれていた漆黒の最後尾。別れず少数で小さく纏まり、向かっていた。

 

「ヴァイスハイト・ツェリンダー。レイムレス要塞の借り、貰い受ける」

 

 その中心で駆け抜ける指揮官。ユイン・シルヴェスト。右手に槍を、左手には魔剣を構えていた。真紅。淡く輝いている。美しい。漆黒の中で輝きを放つ真紅を見たヴァイスハイトは、そんな事を思った。

 

「ヴァイスハイト様は殺らせません!」

 

 二人の間に遮る者があった。リセル・ルルソンであった。砲剣の引き金を引き絞り、ユインに目掛けて照準を定めていた。

 

「ソレは、貰えないな」

「なぁっ!?」

 

 撃鉄、爆音。槍が投擲されていた。その槍の穂先が、リセルの砲剣の砲身に寸分違わず突き刺さっている。あり得ない、神業であった。砲剣が、黒煙を上げ、砕け散った。リセルはその爆発をもろに受け両手から血を流している。咄嗟に剣から手を離したため、軽傷であるが、無力化されていた。

 

「リセル!? 貴様!」

「戦場でよそ見とは余裕だ、なッ!」

 

 左腕に持つ魔剣。ソレをユインは無造作に突きだした。剣、ヴァイスハイトの持つソレと交わり、衝撃に音を上げていた。数舜の膠着。

 

「アル!」

「後ろが、がら空きです!」

 

 ヴァイスハイトの声に、アルが背後からユインに襲い掛かる。申し合わせていたかのような絶妙なタイミング。ヴァイスハイトの命をも囮にした咄嗟の機転。それが、魔導巧殻アルの実力であった。

 

「そう見えるだけだ」

 

 だが、ユインはその更に上を行く。槍を投げ、空いた右腕で手綱を操っている。愛馬、まるで背後が見えているかのように両足で前に倒れ込むように力を籠める。後ろ足。渾身の蹴りを、アルに突き入れていた。

 

「くぁっ!?」

「アル!」

 

 奇襲をしてからの、強襲。完全に虚を突いたと思っていたその間隙を突かれ、アルは遥か後方まで吹き飛ばされていた。ヴァイスハイトまでの壁が、全て剥がれた。馬首を返し再び迫る漆黒、正面から駆け抜ける。

 

「終わりだ」

「こんなところで、死ねるかっ!」

 

 左手に持った魔剣、そのままヴァイスハイトに突き刺す――

 

「ッ?!」

 

 ――事が出来なかった。

 

「な、に?」

 

 死を覚悟したヴァイスハイトの傍をそのまま駆け抜ける。ユインの左手が突き出される事は無かった。

 

「此処は退く。我が名はユイン・シルヴェスト。ヴァイスハイト・ツェリンダー、また会おう」

 

 左手を一瞬だけ眺め、ユインはそう告げて駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 そのまま麾下達に号令をかけ、駆ける。一連の攻防を呆然と見送って居たメルキア兵を突破し、目的に向かう。ヴァイスハイトは倒せなかったのだ。これが天命か。そう思った。ガルムスに壊された左手は、先ほど完全に壊れていた。後一撃であった。だが、壊れたモノは仕方が無い。運が無かったのだ。そう納得する。そのため、当初の目的である、エルミナ様とパティルナ様に向かう。

 

「エルミナ様」

「貴方は」

 

 自分の近くには、エルミナ様が居た。動かない左腕に手綱を巻き付け、右手を差し出す。此方の意図に気付いた。そのまま脇を疾駆し、交差する瞬間、一気に抱き寄せた。

 

「きゃっ」

「手荒ですみません。このまま駆けます」

「ッ、はい」

 

 そのまま、エルミナ様を自身の前に乗せた。そして強く、強く抱きしめたまま、駆ける。そうしなければ、エルミナ様を振り落しそうであったのだ。

 救出は上手くいった。腕が動かず、ろくに手綱を操れなかったが、愛馬は意図をよく理解していた。それ故、自分はエルミナ様を助け出せたのだと思った。辺りに視線を移す。暗く、辺りもあまり見えないため、探すのに時間がかかった。もう一人の三銃士、パティルナ様。救出に成功しているようだった。

 

「パティルナは……どうなっていますか?」

「麾下が、回収できたようです」

「良かった……」

 

 質問に答える。ほっとしたように、エルミナ様は笑みを見せた。あどけない、笑みであった。ソレを見たあと、視線をそらそうとしたところで、全身が総毛だった。身体が、痛いほど熱く火照っていた。ほんの一瞬だけ、目を見開く。耐え難き、痛みだった。口から熱いものが零れそうになった。それを気力で堪える。腹部の違和感が酷く、身体の芯から何かが抜けていくような焦燥感が襲っていた。

 

「どうかしましたか?」

「……いえ」

 

 問に、何とか答える。胸が、苦しかった。流れている血が、熱くて仕方が無いのだ。崩れ落ちそうになる体を、気力で持たせ、駆け抜ける。

 

「はっは、ユインの猛攻を凌ぎきるとは、流石はヴァイスハイトだ。借りは返した。遠慮なくレイムレス城塞はもらっていくと良い!!」

 

 主がメルキア軍に向かい、魔導兵器で砲撃を放った。黒煙が舞い上がり、視界を覆い隠す。有りがたい、そう思った。

 

「ぐ……」

 

 喀血。砂煙で視界が悪い中、僅かに零した。

 

「ユイン?」

「口の中に、砂埃が入ってむせただけです」

「そうですか」

 

 不思議そうにするエルミナ様に何とか告げる。疲れているのだろう、そんな言葉をあっさりと信じ、エルミナ様はこちらに体重を預けてきた。

 

「すみません。無様を晒しました」

「勝負は時の運です。次は、ともに勝ちましょう」

「はい」

 

 泣きそうな声だった。それに軍人として答える。慰めなど、必要では無かった。目の前の女性はそんなものを求めるほど弱くは無いと、自身は知っていたのだ。抱きしめたまま、駆け続ける。人とは暖かい。そんな当たり前のことを感じた。強く、エルミナ様を抱きしめる。そうしないと、崩れ落ちる。そう、思った。

 

 

 

 

 

「エル姉!」

「パティルナ、無事でよかった」

 

 王の部隊に合流し、真っ先にパティルナ様がエルミナ様の下に来る。共に戦った、仲間であった。それ故、救出したとはいえ、安否が気になったのだろう。そう、思った。

 

「ユイン、少し痛いです。もう大丈夫ですから、下ろしてください」

「これは、失礼……」

 

 エルミナ様の言葉に、力を抜く。瞬間、体の芯からも、力が抜けていた。予想通りであった。そんな事を、他人事のように思う。背中から、体の芯から、力が抜けているのだ。それを、はっきりと感じた。抗う術など、無かった。

 

「私は……王に報告に向かいます」

「解りました。私たちも後で向かいます」

「うん。先に行ってて」

 

 何とかそれを告げる。振り返る事はせず、そのまま愛馬を進めた。

 

「将軍?」

 

 カイアスが不思議そうに声をかけているのが聞こえた。返事を返す余力も無かった。

 

「ッ、エル姉!? 血がいっぱい、怪我してるの!?」

「パティルナ、何を変な事を言って……ッ!? 違う、私じゃない」

 

 背後で息を呑む気配がした。左手に巻き付けた手綱。静かに音を立てて、離れた。視界、紅に染まっている。守るべき人。既にこの手から離れていた。ならば、倒れても大丈夫だろう。そう思った。腹部から、命が少しずつ零れるのを感じていた。風が心地よく、瞼が重い。耐えきれず、目を閉じる。少しばかり、休もう。そう思い、風に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完! ってつけてもいい気はしますねww
次回もちゃんと続きます。

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