竜騎を駆る者   作:副隊長

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11話 天賦と天稟

「ふむ……。やはり、どう足掻いても負けるか」

 

 顎に右手を添え、戦戯盤を見据えながら、呟く。目の前には二つの陣営に別れ、睨み合っている駒があった。戦戯盤。卓上で兵士を模した駒を用い、疑似的に戦をする道具である。ソレを実際に起った戦の分析をすることに用いていた。陣営はユン・ガソルとメルキア帝国。エルミナ様が敗れ、甚大な被害を被ったと言う、メルキアの新兵器が投入された戦を分析していた。

 

「事前に、情報が無ければどうにもならんな」

 

 メルキアの新兵器に関する情報は、戦が始まった時には何もなかった。前哨戦に出ていた敵総指揮官のヴァイスハイトすらもその事を知らなかったようだと、直接相対したエルミナ様の報告書に記されていたと王より聞いていた。前線の総指揮官すら知らないのだ。敵陣営であるエルミナ様が知る由もない。つまりは、先の戦により砲撃を防ぐ手立ては無かったと言う事になる。どのように戦ったとしても、砲撃は放たれる。ソレを考慮すると、この戦に勝つ手段は無いように思える。

 正確には無い事も無いのだが、敵総指揮官のヴァイスハイトが曲者なのだ。彼の将が実によく戦い抜き、戦線を守り抜いた。寡兵を以てユン・ガソルの大軍を凌ぎきる将器は、侮りがたいものがあった。流石はメルキアの新元帥と言ったところだろうか。

 先の戦で相対したメルキアの将軍ヴァイスハイトは、今はメルキア軍の東領元帥に就任したと聞いていた。エルミナ様とパティルナ様。その二人が守るレイムレス要塞を落とすほどの手腕である。その実力は疑う余地が無いと思えた。前回は勝つ事が出来た。相手は疲弊し、此方は万全だったのだ。勝つべくして勝った。それだけであった。全力でぶつかり合えば、どちらに軍配が上がるのか。想像するだけで心が躍る。天運を持つ者であった。相手にとって不足は無い。

 

「ふむ。となれば、この戦が始まった時点で負けていたと考えるべきか……」

 

 少々脱線していた思考を修正する。強き者の事を考えると、どうも楽しくて仕方が無い。自分らしくはあるが、悪い癖であった。

 つまり、この戦いを行わせてはいけなかったのだ。そこまでいかないにしても、メルキア本体を足止めできていれば、やりようはあったかもしれない。ある意味では、ザフハの増援として戦った自分が不甲斐なかったからエルミナ様は敗れたともいえない事は無い。そう、思った。

 

「不甲斐ないな。だが、だからこそ強く在りたいと思える」

 

 過ぎた事を言っても仕方が無い。だからこそ、そういう面もあったのだと心に刻み付ける。戒めであった。驕りは、人を曇らせる。だからこそ、戒めるのだ。自身は頂にはいない。どれだけ強くなろうとも、常にそう思い続ける。そうする事で、終わりの無い頂を目指す事が出来るのだ。限界など、知った事では無い。

 

「ふ、私もまだまだ弱いな」

「いやいや。お前さんは充分強いと思うぜ」

「おや、また逃げて来られたのですか?」

 

 独り言に返す声があった。視線を動かさずとも解る。自身の主であった。戦戯盤を見据えたまま、返す。負傷し、倒れた後に静養する事を命じられた。その為自宅で大人しくしているのだが、王は度々俺を訪ねてくる。大体は、エルミナ様の小言を聞くのに飽きたとかそんな理由だった。主であるギュランドロス様は、何処まで行ってもゆがみが無かった。苦笑が漏れる。今頃エルミナ様は烈火の如く怒り狂っているだろう。その綺麗な金色色の髪を靡かせながら、城内を探し回っている光景が容易に想像できた。

 

「ご挨拶だな、ユイン」

「王は、日頃の行いが行いですからね。三銃士、と言うよりはエルミナ様が文句を言っている姿が目に浮かびますよ」

「はっは。ソレが俺だ。ギュランドロス・ヴァスガンと言う男だ」

「くく、全くです。貴方のような器を持つ者を、私は知りませんよ」

 

 王と言葉を交える。豪快で大きな器を持つ漢なのだ。何が来ようとも泰然と構える事が出来、揺るがない。それ程の漢であった。尤も、その偉大なところは、今はエルミナ様から逃げると言う事に使われていたりするが。そんな傍若無人なところも、王の魅力と言える。面白い男だ。そう思う。

 

「だっはっは。あんまり褒めんなよ。照れるじゃねぇか」

「ふ、ご冗談を。この程度の賞賛で照れる程可愛い器ではありますまい」

「くく、ばれたか」

 

 この男が照れる事があるのだろうか。そんな事を思いながら、言葉を返す。豪快にして、磊落。そんな自身の主でも照れる事があるのなら、一度ぐらいは見てみたいものだ。そんな事を思う。

 

「して、今日は何用でしょうか?」

「ああ、傷の具合はどうかと思ってな」

 

 雑談も程ほどにして、本題に入る。王は度々逃げて来るが、何の用も無く訪ねてくるほど暇では無い。行き当たりばったりの様に見えて、その実周到なところがあるのだ。尤も、快楽主義なところもあり、本当にノリだけで動く事もあるが、そこはご愛嬌と言ったところだ。

 

「順調に回復はしているようですね。稀に咳き込むこともありますが、その時以外は極めて良好です」

「ふむ。とは言え、暫くは戦には出れんだろう?」

「そうですね……。本調子では無い、と言ったところです。出ようと思えば、出られますよ。押し通す事など、苦ではありませんからね」

「やめい! そんな事させたら、エルミナが何を言うか解らん」

 

 無理を押し通す事など、どうと言う事は無かった。自分は軍人であり、この方の矛であり盾なのだ。出ろと言うならば、どのような状態だろうと、戦場を駆ける意思があった。とは言え、この場では自分なりの冗談ではあるが。

 

「くく、冗談ですよ。流石の私も、何度もエルミナ様に怒鳴られる趣味はありませんのでね」

「まったく。お前の場合は本気で出陣しかねないから、性質が悪い」

「ソレは申し訳ない」

「なに、気にしてないさ。お前のその忠誠心、嬉しく思うぜ」

「私には、勿体なき言葉です」

 

 主が、くくっと笑いながら言った。以前の主とは、驚くほど違う。そう思った。

 メルキア軍、東方元帥ノイアス・エンシュミオス。嘗て、自身が仕えた男を思い出す。人を顧みない人だった。そんな印象が強い。何を成したとしても、言葉をかけられる事は無かった。多少の労いの言葉はあったが、心は籠っていない。そんな方であった。それ程他者を信じないのだろう、そう思った。

 そんな男を主として仰いでいた。理由はそう難しい事では無かった。消去法だ。

 キサラの戦鬼。その武名は知っていた。だからこそ、その下で戦う事を良しとはしなかった。戦鬼の下で戦っても、戦鬼には勝てない。そう思ったのだ。強く在る。ソレを成すには、戦鬼の下につくのではなく、横に立てる位置につきたかった。

 故郷である、バーニエ領。西方の元帥、エイフェリア・プラダが治めていた。本来仕えるとしたら、この女性だったのだろう。そう思う。碧髪が印象的な、美しい女性であった。幼少の頃、言葉を交わした。村人に真摯に謝罪していたのを覚えている。両手を持って謝罪されたとき、その瞳に光るものを見た。主とするには申し分ない人だと、今でも思う。だが、バーニエ領には思い出があり過ぎた。彼女を恨んではいない。ソレは本心だが、自身ではエイフェリアを支えられない。そう思った。

 南方の元帥オルファン・ザイルード率いるディナスティ領。メルキアの宰相を務める男であった。聡明にして、果敢。それでありながら、思慮深い傑物。当時は知らなかったが、配下にはあのヴァイスハイトもいた。元帥から配下に至るまで、人材は豊富であった。だからこそ、自分が仕官する意義を見出せなかった。

 残ったのがメルキア東方のセンタクス領。ノイアス元帥だった。知将として名を馳せた男であった。だが、それだけであり、他の元帥と比べれば見劣りしていた。特筆すべき知も、オルファン元帥が居たため、あまり目立ってはいなかった。配下も、突出したものが居ないようで、並であった。だが、ユン・ガソルやザフハを相手によく守っていた。地味ではあるが、堅実。その地力がノイアス元帥の強みであったのかもしれない。この男の下にいれば、より多く戦える。そう思った。強く在る。自身の在り方を貫くにも、ノイアス元帥につくのが一番であった。

 

「どうした、ユイン?」

「いや、私は主に恵まれたのだと、そう思っていました」

 

 黙り込んだことで怪訝に思ったのか、王が俺に声をかける。それに、苦笑しながら答える。ノイアス元帥に仕えていたが、今はギュランドロス・ヴァスガンが主であった。仕えるべき、偉大な漢だった。

 

「ふ、何を今更。ソレはそうとユイン、余興に付き合わないか?」

「余興、ですか?」

 

 唐突に王が言った。

 

「ああ、今から三枚コインを投げる。それの表か裏かを当てるだけだ」

「ふむ。コイントスですか」

「ああ、別に当てても外しても、何にもない」

「解りました。付き合いましょう」

「お、話が分かるな!」

 

 王の言葉を承諾する。すると、心底楽しそうにしながら古びた硬貨を取り出した。古いだけで、何の変哲もない硬貨であった。何の力も感じる事は無く、魔法具とも思えない。

 

「では、裏裏表」

「ならおれは全部裏だ」

 

 互いに予想を言う。主の言葉に、わざと予想を被せてきたのだろう。そう思った。硬貨が、舞う。

静寂の中を、硬貨が地に落ちる音だけが響き渡った。

 

「お見事」

 

 硬貨は、全て裏を剥いていた。二対三で主の勝利であった。

 

「ふむ。運は中々……か」

 

 主がそう漏らした。コイントスで運を見極めたと言う事か。何の意図があるのだろう。考えてみても解らなかった。

 

「ユイン。外に出られるか?」

「問題ありません」

 

 思うところがあったのだろう。次はそんな事を言い出した。答えなど決まっている。主が動けと言うのならば、動くだけである。体の気も充実している。出ようと思えば戦にも出れる。そう思った。

 

「なら、少し付き合え」

「御心のままに」

 

 主の言葉に、静かに答える。軍装に着替える必要は無かった。指揮官の外套だけを羽織り、主と共に家を出た。

 

 

 

 

「うーん。こんなもの何に使うのかしら?」

 

 訓練場。三銃士の一人にして、ギュランドロスの妻であるルイーネ・サーキュリーは、今にも折れそうな二振りの剣を見て呟いた。元々強度の強い剣では無かったソレは、刀身に無数のひびが入っている。その二振りをぶつかり合わせれば、どちらも音を立てて崩れる。既に寿命を終えたと言える剣であった。そんなものを何に使おうと言うのか。ルイーネにそれを用意させたギュランドロスの意図を、ルイーネはイマイチ測り兼ねていた。ただ、ギュランドロスが実に楽しそうなので、思わず用意してしまったのだ。自分は自分の夫に心底惚れているのだと、ルイーネは思った。

 

「よう、ルイーネ。待たせたな」

「これは、ルイーネ様。お久しぶりです」

 

 剣を眺めているルイーネに声をかける者があった。ギュランドロスとユインである。二人は馬を引き、ルイーネの傍らまで来ていた。

 

「あらあら、お久しぶりですねユインさん。身体の具合はどうですか?」

「おかげさまで、良好と言ったところですね。この通り、何とか外出できるぐらいには回復しました」

「おい、ルイーネ。此奴の言う事は間に受けるなよ。腹が割れてても平然と軍営に耐える男だ」

「むぅ……」

「あらあら」

 

 ルイーネの言葉に、ユインは穏やかに答える。平然と歩いてくるので、倒れたところを見ていないルイーネには、ユインが怪我をしているようには思えなかった。ユインの言葉にギュランドロスが呆れたように言う。目の前には腹部に重傷を負いながら騎馬隊を率い駆けに駆け、そのまま戦線に参加し、戦況を覆した化け物なのだ。常人の枠に入れるなとギュランドロスは言外にそう告げる。

 

「それでギュランドロス様、用意はしておきましたけど、これは何に使うんですか?」

「ん、ああ。ちょいとユインと勝負しようと思ってな」

「ほう。私と戦うと?」

 

 ギュランドロスの言葉に、ユインの目に光が宿る。強く在る事だけにこだわる男。ルイーネはギュランドロスからユインについてそう聞いていたが、その瞳を見たらそれは事実だと思えた。心底楽しそうなのである。

 

「ああ。だが、その体ではまともに戦えまい」

「くく、そんな事はありませんよ」

 

 ユインはそう言い、馬に飛び乗る。その動作は実に軽快で、本当に負傷しているのかと疑いたくなる程であった。

 

「ここに来る時も聞こうと思ったんだが、お前なんで馬に乗れるんだよ。腹が割れてるんだぞ」

「偏に慣れ、ですね。気を充実させれば、多少の無理は効くのですよ」

「いや、無理すんな。エルミナの小言は結構鬱陶しいんだぞ!」

「ふふ、善処はしましょう」

 

 ユインの言葉にギュランドロスが突っ込みを入れる。二人ともどこか楽しそうに笑っていた。ルイーネはソレを見て、少しだけ羨ましく思った。男同士の友情と言うのはこう言うのなのだろうか。そんな事を思う。

 

「っと、ルイーネ、剣を頼む」

「はいはい。二人ともどうぞ」

 

 そう言い、ルイーネは二人に剣を渡す。ひび割れて今にも折れそうな剣。一振りずつ宛がった。

 

「さっきの続きだ、ユイン。今度は剣をぶつかり合わせ、相手の剣を折った方が勝ちだ」

「承知しました。では参りましょうか」

 

 ギュランドロスの言葉に、ユインは即座に承諾した。先に三連コイントスをすると、ルイーネはギュランドロスに聞いていた。それの続きと言う事なのだろう。結果は聞かずとも解った。ギュランドロスは、今まで生きてきた中で、三連コイントスで負けた事が無いのである。あり得ない事なのだが、事実である。古くから共に在るルイーネは彼が三連コイントスで全てを当てるさまを見続けてきたのだ。

 

「まて、ユイン。一つだけ約束しろ」

「何でしょう?」

「これを戦争だと思え。負けたら、死ぬ。ユン・ガソルが滅ぶ。その覚悟で、来い」

 

 不思議そうに問い返すユインに、ギュランドロスは死ぬ気で来いと告げた。それに何の意味があるのだろう? ルイーネはそう思った。

 

「……。承知」

 

 ユインが静かに言った。瞬間、空気が震えた。震えたように、ルイーネは感じた。それ程の圧力を感じた。

 

「はっは。良いね、良いね。最高だよお前は。それでこそ俺の見込んだ男だ!」

 

 ソレを真正面から受け、豪快にギュランドロスは笑う。覇気に溢れていた。先ほどまで楽しそうにしていたのに、今から殺し合いでもする気なのか。ルイーネはそう思うも、両者の気迫に言葉が出ない。

 

「王よ、今この場だけは、貴方は倒すべき敵だ。行くぞ」

「はっ、来な、ユイン・シルヴェスト!!」

「その刀身、貰い受ける」

 

 ユインとギュランドロスの馬が駆ける。一度距離を取った。助走をつけ、一気に速度を上げる。疾駆。両者の最高速度を以て、交錯した。轟音が鳴り響いた。土煙が舞う。大砲でも直撃したかのような衝撃が辺りを包みこんだ。

 

「くく、ははは……」

「まぁ、こんなものでしょう」

 

 ギュランドロスとユインの声が響き渡る。土煙から二人の姿が見えた。剣。両者の持つソレ。片割れだけが折れていた。ギュランドロスが持つモノであった。あれ程の衝撃を受けながら、ユインの持つ剣は折れてはいなかった。あり得ない、ルイーネはそう思った。

 

「王よ。期待には応えられましたか?」

「最っ高だよ、お前は!! くくく、だっはっはっは!!」

 

 二人はどちらとも無く馬を寄せる。ユインが静かに声をかけた。それにギュランドロスは心底楽しそうに答える。ユインの肩に手を回し、声を上げていた。

 

「何事ですか!?」

「あ、エルちゃん。うーん、あの二人がちょっとね」

 

 訓練所を襲った衝撃破。王と漆黒。両者が全力でぶつかり合ったその轟音に、ギュランドロスを探して近くまで来ていたエルミナが慌てて駆け寄ってきた。それ程までの、ぶつかり合いだった。

 

「おや、エルミナ様」

「あなたはっ、何をっ、しているのですかっ!?」

「少し王のお相手を」

「バカなんですか!? 静養を言い渡された貴方が、なんで騎乗して剣を持っているんです」

「ソレが、王の望みでしたので」

「ギュランドロス様が望めば、何でもするんですか。ああ、もう、来なさい、ユイン・シルヴェスト。やはり貴方には、言わなければいけません!!」

 

 ユインを馬から引き摺り下ろし、エルミナは説教を始める。それに困ったような顔をしながら、ユインは従った。今回は流石に自分が悪い。そんな事を思っているのだろう。そのままエルミナに手を引かれて行った。

 

 

 

 

 

「なぁ、ルイーネ」

 

 そんなユインを見送って、ギュランドロスは静かにルイーネに声をかける。

 

「何ですか? ギュランドロス様」

「俺はな、ユインに勝つつもりで全力を出した」

「それは……」

 

 天賦の才。ヴァイスハイトと同じ、ソレを持つギュランドロスであった。成したいと思える事が成せる、絶対的な強運を引き寄せる力。それが、ギュランドロスの持つ才であった。ソレを持つギュランドロスがユインの剣を折ると決めて全力を賭して勝負をしたのにも拘らず、折れなかった。

 

「先に、三連コイントスをした」

「……結果はどうなったんですか?」

「俺の勝ちだったな」

 

 聞かなくても解る筈の問い。ルイーネはソレをしていた。思わず息を呑むが、結果はルイーネの思ったとおりである。

 

「そうですか」

「俺はな、ルイーネ。あの男に、三銃士に次ぐ力を期待していた」

 

 ギュランドロスはそのまま続ける。

 

「ユインがこれまで戦った戦を覚えているか?」

「はい。実際見た訳ではありませんが、報告には目を通しています」

「そうか、ならば詳しく教えてやろう。最初は、ユン・ガソルに奇襲を仕掛けてきた」

 

 ギュランドロスは、ルイーネにユインの戦について語りだす。ギュランドロス様は何が言いたいのだろうか。ルイーネはそう思いつつも、言葉に耳を傾ける。

 

「凄まじい、奇襲だった。成す術も無く前衛が突破され、一直線に俺に向かって来た。あと少しで首を取られる。その距離まで迫られたところで、間一髪でエルミナが間に合い、割って入ったことで討たれずに済んだ。それでも完敗だった」

「ええ、エルちゃんからも聞いています」

「二回目は、その日のうちにメルキアに夜襲をかけた時だった。惨敗したその日に夜襲をかけて来るなど無いと踏んでいたメルキアに、痛打を与えた。だが、ユインが立ち塞がった。その戦い自体は俺たちが勝ったが、メルキア軍を討ち果たす事はできなかった」

「東領元帥ノイアスは、その戦で死んだと思われます」

「だが、勝ちきれなかった。偏にユインの部隊が邪魔をしたからだ。アレが無かったら、メルキア軍を潰走させることも可能だった。ソレをただ一人に防がれた。言わば、あの戦いはユインただ一人に覆されたんだ」

「確かにそうも見れますが……」

 

 ギュランドロスの言葉を聞き、ルイーネは頷く。少し強引だが、敵であったころからユインの成している戦果は特筆すべきものがあった。戦自体は負けているが、その戦いはどこまでも苛烈であった。

 

「新兵を率いて、エルミナとぶつかった。エルミナも新兵を率いていたが、半数の兵を以て、エルミナの指揮する軍を打ち破った」

「ソレは見ていました。ユン・ガソルのどの騎馬隊と比べても、鮮やかな手並みだったと思います」

「だな。たとえ騎兵であることを考慮しても、あいつは強すぎる。パティも、評価していた」

「そうなんですか?」

「ああ、で、その次がザフハへの増援。他の部隊では到底間に合わない行程を苦も無く辿り着き、あのキサラの戦鬼とぶつかり合った」

「そこで、負傷したんでしたね」

 

 ルイーネの言葉にギュランドロスは静かに頷いた。そのまま続ける。

 

「ああ。センタクスの敗残兵を用いた陽動にいち早く気付き、ザフハの戦線が壊滅するのを阻止した。前線こそ壊滅間近だったが、その部隊を指揮する部族長の救出を成している。驚くべきところは、鮮血の魔女が指揮するキサラの兵を相手にし、戦鬼ガルムスとぶつかり合ったにも拘らず、部隊がほぼ無傷だったことだ」

「戦鬼に個人の武勇こそ負けていますが、将として課せられた任務は見事にこなしていますね。勝負に負けて、試合に勝ったと言うところですか?」

「ああ、そう言う事だ。ザフハの首長アルフィミア・ザラですら賞賛の言葉を送ってきた」

 

 戦鬼ガルムスとぶつかり合った。ユイン本人は完膚なきまでの敗北を喫したと語っていたが、戦果だけ見れば十分に挙げていると言えた。寧ろ、壊滅するはずだったザフハ軍を守りきり、その部族長をも救い出した点を考えれば、500の増援としてはあり得ないほどの戦果であった。

 

「そして、最後は先のレイムレス要塞の戦い」

「エルちゃんとパティちゃんでも守り切れなかったと言う、ヴァイスハイトとの戦いですね」

「ああ。ザフハ領を経由して戻ってきたユインは俺の率いる本体と合流し、レイムレス要塞救援に向かった。辿り着いたとき、要塞自体は既に陥落していた。それ故、エルミナから報告が上がっていた、敵将軍であるヴァイスハイトを試すためにユインをぶつけた。ヴァイスハイトは間違いなく天賦の才を持つ、そう確信していたからこそ、凌ぎきると思っていた」

「実際、凌ぎきりましたね」

 

 その言葉にギュランドロスは頷く。ヴァイスハイトは、その天運を以て、九死に一生を得ていた。

 

「ああ、だが、ユインは俺の予想の遥かに上を行った。天賦の才を持つヴァイスハイト、その男と優秀な副官、更にはメルキア元帥のみが持つと言われる魔導巧殻。ソレを同時に相手をして、あっさりと勝ちやがった」

「しかし、ソレはエルちゃんたちと戦った直後だったからではないですか?」

「ソレはある。だが、ソレを差し引いたとしても、あの男は強すぎるんだよ。ユインの部隊とて、キサラの精兵を相手にとりそのまま休むことなく駆けに駆け、レイムレス城塞まで来ているんだぞ。指揮官であるユインなど、本来なら動く事すら不可能と思える傷を負っているのにも拘らず、だ」

「たしかに、強すぎますね」

 

 ギュランドロスは語る。ユイン・シルヴェストと言う男の強さを。エルミナとパティルナ。ユン・ガソルの誇る三銃士二人が守っていた要塞。ソレを落としたヴァイスハイトが指揮する軍だった。例え戦いの直後だったとしても、あれほど鮮やかに倒せるものなのかと、ギュランドロスは語る。指揮官のユイン・シルヴェスト。戦鬼に敗れ、腹を割られていたのだ。動ける事すら、あり得ないのではないだろうか。

 

「何より気付いたか、ルイーネ?」

「……何をですか?」

 

 畳みかけるようにギュランドロスは続ける。その言葉に、ルイーネは意識を集中させる。なにか、凄まじい事を言われる気がした。

 

「あの男は、負けてないんだよ」

「どういう事ですか?」

 

 敗戦の方が多いのではないだろうか? ルイーネはそう思った。

 

「ユインは一将軍だ。総大将を行った事は無い。それ故全軍を指揮する立場にはない。その為、大局で見れば負け戦が多いように見える。だが、ことユイン・シルヴェストの率いる軍が出した戦果だけを見て見ろ」

「……まさか」

 

 ルイーネはギュランドロス言おうとしている事に気が付いた。あり得ない。そう思った。

 

「あの男は一度足りとも負けて無い(・・・・・・・・・・・)。キサラの戦鬼や、俺と同じ天賦の才を持つ筈のヴァイスハイトですら、将軍としては奴に負けている。個人の武勇ではなく、奴を将軍として破った者はいないんだ」

「ですが……、ユン・ガソルは勝ちました」

「アレを勝ったと言うのか、ルイーネ? センタクス全軍を壊滅させることができる状況にありながら、ユイン率いるただ一つの部隊の為に、追撃をする事すらできなかったあの敗北を」

「……それは」

 

 ルイーネは言葉を失う。確かに勝てなかったのだ。ユインの部隊を壊滅する事には成功した。だが、ソレは全軍で押しつぶしたからだった。そして、押しつぶすのに時間がかかり過ぎたのだ。たった一つの部隊を潰すために全軍で動かざる得ないほどに強かった。

 

「そこまで考えたところで、俺はある可能性を見た。あの男も持っているんじゃないかってな」

「ですが、ギュランドロス様が勝たれました」

「ああ、勝った。余興(・・)ではな」

「まさか先ほどの戦だと思えって言うのは」

「ああ。そう言う事だ」

 

 ギュランドロスの言おうとしている事を、ルイーネは全て理解した。ユイン・シルヴェストは持っていると言うのだ。王と同じものを。

 

「天賦の才、ですか?」

「はっは。流石はルイーネだ。良い線行ってる。だが違うな」

「では、何を持っているんですか?」

 

 しかし、ソレをギュランドロス自ら否定する。ならば何を持っているのだろう? ルイーネは尋ねる。

 

「アレはな、ルイーネ。俺やヴァイスハイトとは似て非なる才だ。三銃士とも違う。言うならば戦のみに特化した才能」

「戦のみ、ですか?」

「ああ、それ故、個人武勇では戦鬼に敗れた。だが、将軍として見れば、ユインは完勝したと言える。あのキサラの戦鬼と、鮮血の魔女にだ。その才は天が与えたと言っても過言では無い。だが、俺とは異なる才。すなわち天稟」

「天稟」

 

 ルイーネはただ、ギュランドロスの言葉を復唱する。言葉が、出ないのだ。それ程までにギュランドロスの言葉に魅せられている。熱い。ルイーネはぼんやりとそう思った。

 

「ユイン・シルヴェストが持つ才。こと戦争においてにのみに特化し、他の追随を許さない異才。言うならば、どんな状況でも勝利を引き寄せる力。軍神のみが持つべき才。それは、俺の天賦の才を以てしても覆す事が出来ないモノだった」

「それは?」

 

 ギュランドロスは、そこで一度言葉を切った。ルイーネが喉を鳴らし、促す。

 

『天稟の軍才だ』

 

 そう、ギュランドロスは静かに告げた。高揚していた。ギュランドロスの内から溢れ出す、純粋な高揚に充てられ、ルイーネもまた気分が昂っていた。

 

「天賦の才に、天稟の軍才が加わった。楽しくなってきたと思わないか?」

 

 ギュランドロスの問い、ルイーネはただ微笑み、頷いた。

 


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