「さて、どうしたもんかね」
ユン・ガソル王都ロンテグリフ王城。ギュランドロスは書簡を眺め、独りごちた。その手にある書簡はメルキア帝国東領元帥であるヴァイスハイトから宛てられたものであった。それに目を通し、ギュランドロスは思考に耽る。内容は東方元帥であるヴァイスハイトとの停戦であった。
「俺はあの男に興味があるが、ここでやめるのは、はっきり言って自分勝手だな。横暴ってもんだ」
呟く。レイムレス要塞は取り返されていたが、それでも依然ユン・ガソルが優勢であると言えた。東領元帥の力は削る事が出来たと言える。センタクスを攻め落とすのも、可能であるとギュランドロスは考える。
「それでも、ヴァイスハイトがどんな事をやるのかは見てみたい。しかし、なぁ……。ユン・ガソルの現状がそれを許さん。どうにか、俺の欲求を満たしたうえで、皆の欲求を満たす事が出来ないモノか……」
両手を組み、目を閉じて考える。ギュランドロス・ヴァスガン個人の意思で言うならば、自身と同レベルの才を持ったヴァイスハイトが、現状をどのように立ち回るかに興味があったのだ。しかし、ユン・ガソルの王として意見を出すと、このまま落とす事が可能なセンタクスに攻め入らないと言う手は無かった。とはいえ、センタクスを落としてしまったら、残るメルキアの元帥も相手にしなくてはならない。ユン・ガソルと比べても自力ではメルキアの方が強大であった。このまま東領を攻め込みユン・ガソルの領土としても、メルキア全体と比べれば、総力では劣勢であると言えた。国民の意思はセンタクスを落とし、メルキアに目にもの見せるべしと言う声が絶大だが、センタクスを取った後の展望が見えなかった。それ故、ギュランドロスは決断できずにいた。
「あらあら、貴女が悩むなんて珍しいですね」
「馬鹿言え、俺はいつだって悩んでいるんだよ」
傍らにいたルイーネが、何時もの様に朗らかに声をかける。つられて笑みを返しつつ、ギュランドロスは答えた。
「貴方が悩む程の事ならば、少し後回しにされてはいかがですか? 先ほどラナハイムからの使者が来られましたし、ザフハからの使者もそろそろ来る頃ですし」
「ほう。それもそうだな。今ある情報だけで決めかねているのだから、新たな情報を手に入れるのも一つの手だな」
「そう言う事です」
以前とは状況が変わっていた。メルキア帝国の首都が、謎の災厄を被ったと言う報告が上がっていた。その災厄の所為で、帝国の意思である皇帝が動けない状態にあると言う。攻めるには絶好の機会だと言えるのだ。それは、ユン・ガソルだけでは無かった。
「はっは、会おうじゃないか。センタクスの事は、その後考える」
「はいはい。では、そのように致しますね」
「頼んだ、王妃よ」
まずは各国の表面上の思惑を聞いたうえで、改めて動く道を決めるか。ギュランドロスはそう思い、腰を上げた。
「ラナハイムの王に面会したいのだが」
「その軍装、ユン・ガソルの者か? 残念だが、王からは何も指示を受けていない。故に通す事はできない」
「ふむ、ソレはそうか……。さて、どうしたものか」
魔法王国ラナハイム。シーラたちと旅をし、特に何もなく辿り着いていた。王の居城に足を運ぶが、当然の如く止められる。当たり前であった。ユン・ガソルの将軍とは言え、突然現れて面会できる道理は無かった。一考する。とりあえず、もう一つの目的を果たすか。そう思った。
「これで、ユン・ガソルの将軍として、面会は可能だろうか?」
「一応は可能だと思います。が、事前に連絡が無かったため、それなりの時間待たされるかと思います」
懐から、ユン・ガソルの将軍にだけ渡される印を出し、兵に見せる。何度か見ているのか、兵の態度はそれだけで一変した。苦笑する。将軍とは思われていなかったようだ。尤も、自分が門番だったとしても、行き成り現れた男が、他国の将軍だと言っても信じられるはずはない。そう思った。
「名前をお聞きしても?」
「ユイン・シルヴェスト」
答える。それで、門番が少し動揺したのが解った。シーラが言った通り、自分はそれなりに有名になったのかもしれない。反応を見ると、そう感じる。
「どうかしたのか?」
「あ、ラクリール様!」
門番が驚いている様を眺めていると、後ろから声をかけられた。俺がと言うよりは、門番が、だが。声のした方に振り向く。透き通るような白い髪と、真紅の瞳が印象的な女性だった。しかし、それ以上に特徴的なのは、髪の間から零れる、尖った耳だろうか。エルフやドワーフの血を継いでいるのかもしれない。そんな事を思った。女性ゆえか、軽装な鎧を身に付け、細剣を佩いていた。佇まいを見て、水準以上の腕だと感じた。クライスの下には、こう言う者もいるのか。言葉に出さず、そう思った。
「お初にお目にかかる。私はユン・ガソル所属の将、ユイン・シルヴェストと言う者です」
「……ユン・ガソルの? 失礼しました。私はラクリールと言います。しかし、使者が来るなど聞いておりませんが」
「いえ、個人的な用があり赴いた次第です。考えてみれば些か非礼でした。故に、取次だけして出直そうと思ったのですよ」
門番の言葉に、それなりの地位を持つ人物なのだろうと推測し、名乗った後に将軍の印を見せる。それで、幾分か信用できたのか、ラクリールも名乗ってくれた。しかし、すぐに不思議そうな顔をした。将が来るなど聞いていないだろうから、当然だった。
「成程、そう言う事でしたか。どなたに面会を?」
「ラナハイムの王、クライス・リル・ラナハイム殿に」
ラクリールの問いかけに、答える。友に会いに来た。流石にそう言う訳には行かないので、正式な名を告げる。一国の王であった。あの男は、王なのだな。その居城を前にして、しみじみと感じた。知識として知っていたが、実感すると何処か誇らしかった。
「クライス様に? ……失礼ながら、どのような関係で?」
「以前、魔法具を手に入れた時に色々ありましてね。騎帝の剣の持ち主が来たと言って貰えば解るかと思います。……解らなかったら、ユイン・シルヴェストが来たと言ってください。それなら確実ですので」
ラクリールの目が少し鋭くなった。ユン・ガソルの将が個人的にラナハイムの王に会いたいと言っているのだから、当然と言えば当然であった。質問に答える。とは言え、簡単に語れる話でもなかった。騎帝の剣。最初はソレを奪い合った関係であった。互いの武威を示し、認め合った仲なのだが、説明するには時間がかかり過ぎる。故に、要点だけ告げた。
「解りました。どこを拠点とされますか。連絡を入れる為にお聞きしたいのですが」
「郊外にある魔法具店、その傍らの宿に居ます。ラナハイムの王にそう言えば解るでしょう」
「承りました」
「ありがとうございます。では、失礼します」
短く軍礼を取る。軍人らしく感謝の意を示すには、ソレが一番だと思った。ラクリールも返してくれた。一言つげ、そのまま背を向け次の目的地に向かった。
「ここに来るのも久方ぶりか」
懐かしい外観を眺め、呟く。ラナハイム郊外の魔法具店。首都よりも少し離れたところに店を構えてあった。辺りを見渡すと、険しい山々が連なっているのを確認できる。鉱物資源が沢山取れるが、平地が少ないため、食糧に問題を抱えていると言うラナハイム王国の現状を、その風景が如実に語っている。人が住むには、少しばかり不憫な環境であると言えた。この店は相変わらず変わらないなと思いながら、暖簾を潜る。愛馬は、店の傍にある木の傍に繋いでいた。
「ご無沙汰しております」
「……左手を失ったか。暫く見ないうちに、随分と変わったものだな」
懐かしい顔を見て、少しだけ頬が緩むのを感じた。相変わらずの様子であり、ただただ時の流れを感じる。相手は、初老になろうかと言う年恰好の男であった。初めて会った時と比べれば、少しばかり落ち着いた気がしないでもない。この魔法具店の店主であった。
「やはり、解りますか」
「当たり前だ。ソレを作ったのは、俺だ」
店主の言葉に、左手の義手を外しながら尋ねる。敬意を示すに相応しき男であった。自分の道とは異なるが、魔法具について生涯を置いて追求し続けると言う男であった。以前に名を聞いた事はあったが、名前で呼び合う事は無い。互いに、店主と小僧。そう呼び合う仲であった。
「貸せ。少し見た感じだが、小僧の反応に追い付いていないだろう」
「ご明察。故に、調整をお願いしに来たのですよ」
「ふん」
店主の言葉に頷き、義手を渡す。ソレを手に取ると、一瞥した後に工具を取り出し始めた。何をどうすればいいのか。ソレが目の前の男には瞬時にわかるのだろう。そう思った。それだけの技量を持つ職人だった。
「一振り、剣を頂きたい」
「騎帝の剣を持ちながら、まだ力を欲するのか?」
「必要です。自分の力を信じ、さらなる力を追及しております。ですが、その思いとは別の理由で戦に敗れる事もある。ソレを痛いほどよく理解できたのですよ」
呟くように言うと、店主は義手に視線をやったまま尋ねてきた。淀みなく答える。騎帝の剣。自身の持つ魔剣であった。古くからある剣であり、その力は絶大であった。普通の剣よりも遥かに強度が有り、切れ味も凄まじいと言えた。何より、とある魔法の力が刻まれている。それに自身が力を注ぐ事により、過去の英霊達の力を借り受ける事が出来る魔剣であった。神の力を持つとは言わないが、それに準ずる程の力を秘めていると言っても過言では無かった。
その剣に、主と認められている。それ以上、武器に何かを求める必要があるとは考えていなかったが、戦鬼と相対し、その必要性を痛感していた。自分は両手に武器を持ち、戦場を駆ける。基本的に剣と槍の組み合わせであるが、左右の武器で戦力の差が大きすぎたのだ。その差を理解して戦っていたつもりであったが、それではダメであった。理解しているのと、対処できるのとではまた話が違っているのだ。戦鬼と戦うには、技量だけでは無く、強き武器も必要であると感じた。故に剣を欲した。槍は馬上で取り回しがしやすいが、森の中や入り組んだ市街地など、状況によっては扱い辛い事もある。だからこそ、剣が欲しかった。
「キサラの戦鬼か?」
「然り。技量で負け、武器でもまた負けました。技量については私はまだまだ満足できないので鍛え上げる事が出来ます。ですが、武器に関しては、中々思うようにはいかないのですよ」
店主の言葉に、ありのままに応える。敗北があった。ソレを糧に更なる力を求める事は簡単である。自身はただ強く在る事を望んでいるのだ。技術を得たり昇華させるのは、心の底から楽しめる事であった。一つ何かを完成させる度に、強くなっていくのを実感する。それは、どのような娯楽や悦楽よりも、満たされるモノがあった。向上を実感する。漢として、それ以上の快楽などないのではないだろうか。そう思っていた。苦笑する。自分の知る一般的な価値観と比べてみると、自分の趣向は酷く歪んでいるのでは無いだろうか。そんな事を思ったからだ。尤も、恥じるべき事では無い。それは、魂が強く在る事だけを望んでいると言えるのだから。
「純粋な力で負けました。ソレは自身の技量を高める事で追いついて見せます。ですが、武器について満足できるモノがあるとしたら、此処だとしか思えません」
「通路の奥。従業員用の扉の先に、いくつか剣がある。一振り選べ」
武器を使うとすれば、この男の武器だと決めていた。俺と同じで、あまり言葉にして語るのは得意では無い男だった。しかし、その職人が作り上げた武器は、千の言葉を語るよりも雄弁に語るのだ。自分たちがどれ程優れているのかを。その声なき言葉に惹かれた。騎帝の剣を持つ前は、この店にある武器を欲しいと思っていたのだ。魔剣を手に入れたからこそ、他に武器を手にする事は無かったが、今は欲しい。そう思った。俺の意思が伝わったのか、店主は奥に行けと言った。軍礼を取る。ソレが一番自分らしい感謝の仕方であった。歩を進める。
「予想以上だな」
扉を開いた先には、数本剣が置かれていた。そのうち一本を手に取り、鞘から抜き放つ。刀身が鈍い光を放っている。温かいが、冷たい。そんな矛盾しているような感覚に陥る。騎帝の剣に比べれば流石に見劣りをするが、それでもかなりの代物であると言えた。この部屋にある全てが魔剣である。剣を一つ手に取ってから感じた。背筋がぞくりと震える。気が昂っていた。剣を鞘に納め、元の場所に戻す。ゆっくりと一振り一振りを眺めていた。一つ一つが狂おしい程の叫びをあげている。そう思える程の、剣達であった。
「お前だな」
どれぐらい見詰めていただろうか。気付けば一振りの剣を握っていた。鞘から抜き放つ。淡い輝きを放つ、美しい剣であった。刀身には紋様が刻まれており、魔の力を感じた。加護か。実際に手にし、そう思った。手にした剣から、灰色の輝きが見て取れた。それが、ただ美しかった。
「良い剣だ」
呟く。その言葉に反応したかのように、一瞬輝きが増したような気がした。無論気のせいだろうが、そう思ったのだ。どこか手に馴染む、魔剣だった。他のものを見ても、良い剣だとは言思うが、既に心が動く事は無かった。
「決まったようだな」
「はい。この剣を譲っていただきたい。幾ら出せばよろしいか?」
気付けば店主が此方を見ていた。その手には義手を持っている。もう終わったのか。そう思いながら訪ねる。この剣を得られるのならば、金の事など気にはならなかった。将軍としてそれなりのモノはもらっているが、自分の欲するものが金で手に入る事など、滅多に無いからだ。突発的に欲しいものが出る事もあるが、基本的に金の使い道は無いと言えた。寧ろ、愛馬や麾下達に使う事が多いのではないだろうか。そう思った。
「作るのにかかった材料費。それと多少の手間賃がもらえれば構わん。そこにある者達は、売り物にならんからな」
「解りました。では、有りがたく受け取ります」
全てが、魔剣であった。主を選ぶ。そう言う事なのだろう。主人を選ぶため、買い手がつかない。それはもう、売り物では無く、人であると言えた。それ故売り物足り得ない剣達。そんな事が想像できた。店主の言葉に、材料費とその手間賃を渡す。漢がそれで良いと言った。その心意気に、ただ感謝の念を示し、軍令を取る。職人に、最大限の敬意を示したかった。
「調整した。つけて見ろ」
「ありがとうございます」
店主から義手を受け取り、装着する。一瞬違和感を感じるが、再び左手の感覚がよみがえった。軽く動かす。先ほどまであった、一呼吸程のずれが無くなっていた。ゆっくりと、次第に早く動かして見る。動かそうとしたときに動く。本物の左手だと思える程であった。
「どうだ?」
「言葉がありませんね。まさに我が手となっておりますよ」
店主の言葉に応える。義手は、まるで自分の手であるかのように動いていた。誤差が無いのだ。それは、義手を貰い受けていた時から感じていた違和感。無いと言って良い程小さな違和感だったのだが、それすらも消し去ってしまっていた。目で魔法具の手であることを認識しなければ、自身の手がそこにあるかのような、感覚であった。壊れる前よりも調子が良いと言えた。
「お前用に微調整をしておいた。それで日常生活を送る分には何の問題も無いだろうが、戦場では僅かな違和感が死を招くだろう。一日使ってみろ。その後でもう少し調整しよう」
「是非、お願いします」
自分が認めた職人が言った。それだけで、その言葉を信じるには充分だった。自分では違和感を感じず、素晴らしい仕上がりだと思うのだが、職人の目から見れば満足のいく出来では無い様だ。ならば、言われた通り訪うだけであった。魔法具の事には、自分などより遥かに確かな腕を持っている。その男の言葉を信じるのは難しい事では無かった。軍礼を取り、店を出る。もう一度訪れよう。そう思った。
「見つけたぞ」
唐突に声が聞こえてきた。懐かしい。そう感じた。それは、熱き男の声であった。刃を重ね、武技を競い合った男。命と誇りを賭けて凌ぎあった宿敵であり親友。その男の声。笑みが零れる。血潮が滾り、心が躍った。二振りの魔剣。腰に佩いているそれぞれに触れ、振り向く。
「ほぅ……。随分早く動くのだな。正直驚いたぞ。そんなに決着をつけたかったのか?」
「ぬかせ。万全の状態ならばまだしも、今の貴様に勝ったところで何の自慢にもならん。ちっ、そうと解っていれば、迅速に動く必要も無かった」
クライス・リル・ラナハイム。我が宿敵であり、親友。その男がいた。その手には豪奢な大剣を携え此方を見詰めているが、闘気も覇気も感じなかった。寧ろ、どこかつまらなさそうに此方を見ていた。少しばかり挑発してみるが、意にも解されなかった。それどころか、一目で自分の状態を看破された。腕を更に上げた。その体から放たれる気と、俺の状態を見抜く洞察力にそう感じた。実に面白い。友はさらに強くなっているのだ。それに心が躍らない筈が無かった。
「くく、相変わらずだな、クライス。強く在りながら、卑怯な事をしない男だ。どこまでも気高い」
「ふん。そう言うお前は些か変わっているようだ。左手を失うとは、無様だな」
此方を見ながらクライスは吐き捨てるように言った。苦笑が漏れる。相変わらず、苛烈な男である。歯に衣着せぬ言い様が、実に目の前の男らしかった。苛烈であり、峻烈。思った事をそのまま告げる様は、怒りよりも関心してしまう。変わったところは多いだろうが、根本は何も変わっていない事を感じた。
「あの……クライス様。お二人はどのような関係なのでしょうか?」
傍らに控えていた女性が、クライスに声をかける。先ほどの女性、ラクリールだった。その表情からは、困惑の色が窺える。自分は知り合いだとしか教えておらず、状況についていけていないのだ。おろおろと、俺とクライスを見る彼女は、どこか愛らしかった。
「む、そうだな。尤もわかりやすく言えば、殺しあった仲だ。言わば宿敵であると言えるな」
「そうなるな。以前の続きを望むか、クライス・リル・ラナハイム。もう一度我が力、その身に刻んでやろうか?」
「なぁ!?」
ラクリールの言葉にクライスは即座に応える。事実であった。否定せずに、答える。クライスは薄く笑みを浮かべた。ラクリールはそんな俺たちに驚愕の声を上げる。
「くだらん挑発だな。此処はその場では無い。今のお前では、俺が誇りを賭けて倒す程の価値は無いからだ。見くびるなよ、ユイン・シルヴェスト。不完全なお前と戦ったところで、俺は満足などできん。全力のお前を、叩き潰したいのだ」
クライスは、好戦的な笑みを浮かべるも、闘志を燃やす事は無かった。以前のこの男ならば、有無を言わずに仕掛けてきただろう。王としての誇りが、クライスを更に強くした。そう実感する。それでこそ、我が唯一の友だ。胸の奥で、闘志が静かに湧き上がる。熱かった。友の成長に、自分もまた感化されているのが解った。
「ふ、成長したのだな、クライス」
「ああ、お前に勝つ。ラナハイムの力を示す以外にできた、俺の目標だ。それを果たすのに、弱いままでいられるものか」
俺の言葉に、クライスは当然の如く言った。気高き男。その男に目標と言われるのは、悪い気はしなかった。
「ラナハイムの王に目標とされるか。光栄だな。我が友、クライス・リル・ラナハイムよ」
「ふん。言ってろ、その余裕、何れ突き崩してやる。我が友ユイン・シルヴェスト」
互いににやりと笑い、拳を軽くぶつけ合う。漢同士の挨拶であった。そして、どちらとも無く声を上げた。楽しくて仕方が無かった。
「え、え!? く、クライス様……? あの、いったいどう言う事なんでしょうか?」
ラクリールが俺とクライスを交互に見て、困っているようである。殺伐とした雰囲気から笑い声を上げたのに付いていけていないのだろう。
「む、そうか。この男はユイン・シルヴェスト。ユン・ガソルの黒騎士だ。そして俺の宿敵であり、友だ」
「いや、すまない。少し友と会ったのが嬉しくて、羽目を外してしまった」
おろおろしているラクリールに、そう告げる。一応初対面では無いが、彼女の中で想像していた関係とは遥かに違ったのだろう。未だに信じられないと言った感じであった。
「紹介しよう。こいつはラクリール。古くから俺と共に在り、今では近衛兵の長を任せている」
「名は知っていたが、近衛兵だったとは。成程、ラナハイムにもなかなかの人物がいるようだ」
「……恐縮です」
クライスが、ラクリールを紹介する。一応顔見知りではあるが、黙って聞いていた。近衛兵長であるのだ。最初に感じたとおり、相応の実力を持っているのだろう。強き友がその任を任せている。その実力は高いと予想できた。俺と同じく、強き事を目指す男である。そのクライスが、実力の無い者を傍らに置き続けるとは思えなかった。それだけ信頼し、期待しているのだろう。そう思った。尤も、クライスは俺から見ても捻くれたところがある。言ったところで認めるとは思えない。しかし、この男に仕えるならば、教えておきたかった。ソレが友の為にもなる。そう思った。
「ラクリール殿、少しよろしいか?」
「え、はい、なんでしょうか?」
ラクリールに声をかける。距離感がいまだに掴めないのだろう、彼女は困ったように返事をする。
「いや、なに。少しばかりクライスの事で言っておきたいことがあってね」
「む、ラクリールに要らんことを吹き込むつもりか?」
「そんなところだ。どうせクライスの事だから、部下にも強く在る事を望んでいるのだろうと思ってな」
「当然だ。ラナハイムの兵に弱い者は必要ない。だからこそ、強く在る事を必要としている」
クライスの言葉は、大凡想定通りであった。強く在る事を望んでいる。誇りの為、祖国の為、苛烈なまでにそれを体現している男である。部下にも強く在る事を望んでいるのは良く解っていた。そう言うところでもクライスは自分と似ているのである。だからこそ、良く解っていた。
「ラクリール殿は、クライスに良く怒鳴られたりしますか?」
「う……、いや、その……」
とりあえずは尋ねた。反応で、大体両者の普段の関係が思い浮かんだ。クライスがラクリールに難しい仕事を与え、失敗したときは容赦なく叱責されているのだろう。手に取るようにわかった。自身が類稀なる力を持つクライスだからこそ、求める能力が大きいのだろう。これまでの付き合いから、容易に想像がついた。苛烈過ぎる男だったのだ。
「まぁ、あまり変な事を教えてもクライスに怒られる。それゆえ、ひとつ教えよう」
「は、はい」
俺の言葉にラクリールは何とも言えないような表情で頷いた。ほとんど初対面と変わらないのに、いきなり話しかけているのだから仕方が無かった。とはいえ、彼女がクライスの近衛兵長と言う位置にいるからこそ、教えておきたかったのだ。
「クライスが怒るのはな、それだけ貴女に期待しているからなのだよ。ラクリール殿ならばできる。そう期待しているからこそ、辛く当たるのだろう。それを、良く覚えておいてほしい。あの男は、どうでも良い人間を傍に置く程、器用な事はできないのだよ」
「あ……。はい、その言葉、胸に刻んでおきます!」
「ありがとう。あの男を支えてやってほしい。友として、頼みたい」
ラクリールの目を見て、告げる。クライスは、我が友は、俺と同じで不器用な男なのだ。だからこそ、あまり部下を顧みないだろう。そんな気がしていた。友として、ソレは不安に思う要素であった。
だが、自分はユン・ガソルの将である。クライスにしてやれることなど、余りないだろう。それ故、近しい者にはクライスと言う男を解っていてほしいと思った。近衛兵長であるラクリール。彼女の事を詳しく知らないが、クライスが傍らに置き続けている人物であった。クライスにとって信頼に足る人物だと想像できた。それ故、遠まわしにだが彼女には伝えておこうと思ったのだ。そんな不器用な男に、信頼されているのだと。
「やはり、くだらん事では無いか」
「そんな事は無いさ」
クライスが不機嫌そうに言った。それに短く応じる。照れているのだろう。そう思った。少しだけ笑みを浮かべる。
「いや、くだらんな。ラクリール! ユインシルヴェストが言った事は直ぐに忘れろ、良いな!」
「ですが……」
「ですがじゃない。いいな、あのバカの言う事は間に受けるな」
「く、クライス様ぁ」
矛先を変え、クライスは怒ったようにラクリールに言う。それにラクリールは情けない声を上げた。それを見て、更に笑みを零す。なんだかんだで、的外れな事を言ったのならば、クライスはラクリールにあたる事も無かった。それを考えれば、自分の言葉は間違っていなかったと言う事である。つまり、友の役に立てたと言う事だった。絶対認めないだろうが、そんな事はどうでも良い。俺がやりたいからやっただけなのだから。
「良い主従だな」
八つ当たりされるラクリールは少しばかり可哀想であるが、本心であった。友は上手くやっていけそうだ。それを見て、また一つ笑みを零した。