竜騎を駆る者   作:副隊長

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18話 竜騎と新人指揮官

 ユン・ガソル連合国よりさらに東、ザフハ部族国とユン・ガソル連合国の国境沿いに位置する国があった。アンナローツェ王国。光の神々を信奉する国であり、闇の神々を信奉する者達の集うくに国家であるザフハ部族国との折り合いは悪く、近年より交戦状態にまで事態は発展していた。

 大陸公路。東方諸国と、メルキア帝国をはじめとする中原、そしてアヴァタール大陸西域まで連なる交易路があった。大陸公路は、商人たちが隊商を組み商いをする事で、その地域に莫大な利益を生むのである。その利権を有するアンナローツェから権利を奪うため、ザフハ部族国はアンナローツェ王国に戦争を仕掛けていた。

 

 ザフハとアンナローツェの戦は、数年前までは一進一退であると言えた。個の戦力に秀でるが統制のとれないザフハを、戦力では劣るが統率のとれた動きで殲滅することで、アンナローツェは互角に戦う事が出来ていたからであった。幾ら個人個人が強いとはいえ、当時のザフハの兵士たちは個人で戦っていたのである。それでは、アンナローツェを討ち果たす事はかなわなかった。

 しかし、そんな両国の戦況が一転する事態が起こる。当時のザフハ部族国の首長が消え、新たな首長、アルフィミア・ザラが台頭してきたことを皮切りに、状況が変わりはじめた。

 アルフィミア・ザラ。闇エルフの部族を束ねる長であり、武力よりも知に長ける人物であった。その様は、力を重んじる闇陣営の国であるザフハ部族国では異色であると言えた。だが、力を重んじる国風が、アルフィミアの能力を発揮させるのに良く働いたと言えるだろう。個の実力が高いザフハの者達に、アルフィミアは規律を順守させ、統制された動きと言うものを教え込む事に成功していた。ソレは、ザフハが群れでの狩りを覚えたと言う事であった。

 結果として、統制されたザフハの軍に、個の力では敵わず、群れの力で対抗するしかなかったアンナローツェ王国は、その優位を崩されたことで、ザフハ部族国に大敗を喫する事となった。アルフィミアの台頭が、アンナローツェ国王の戦死と言う最悪の形でアンナローツェに、ひいては中原各国に浸透していると言えた。

 

「漸く、一区切りが付けました」

 

 王の戦死。第一王女から新たな女王に即位した事で、その混乱を何とか治め終えたといえる。新たなアンナローツェの女王マルギレッタ・シリオスは僅かに疲れたような溜息を自室で洩らす。純白のドレスを身を包み、その特徴的な淡い橙色の髪を悩ましげに揺らす姿は、聖女と賞するに値する、ある種の魅力と言えるものを纏っている様に見える。とはいえ、今はまだその片鱗が見えるだけであり、現状では笑顔で民に手を振る姿が似合っている、というところであった。女王でありながらも、マルギレッタ自身はまだ成熟しきっていない少女であると言えた。

 

「お疲れ様です、マルギレッタ様」

「ありがとう、リ・アネス。でも、まだ大丈夫です。ザフハの対処に、メルキアへの根回し。ユン・ガソルへの牽制、やる事はたくさんあります」

 

 僅かに疲労を見せるマルギレッタに、一人の女性が声をかけた。上半身は人の身であり、下半身は蛇の身を持つ女性であった。それにマルギレッタは笑みを持って答える。疲れてはいるが、そんな事に構っている時間はない。マルギレッタはそう思っていた。

 

「駄目ですよ、マルギレッタ様。今、あなたに倒れられるほうが困ります。前王が倒れた今だからこそ、貴女に倒れられる訳には行かないのです」

「そう、ですね。すみません、動いていないと落ち着かなくて……」

 

 そんな主に、リ・アネスは苦笑を浮かべながら言う。無理をするなと。その言葉は、臣下のモノでありながら、どこか親しみを感じさせる響きであった。リ・アネス。マルギレッタが幼い頃より、教育係に付けられた龍人族(ナーガ)であった。幼い頃よりマルギレッタの傍に居、誰よりも長く彼女の傍にいた者である。マルギレッタとは家族同然と言える間柄であった。そんな彼女の言葉だからか、マルギレッタも素直に受け取る事が出来た。

 

「……不安なんです、休んでしまうと。皆には勝つと言ましたが、本当に私で大丈夫なのか。そんな事ばかり考えてしまいます」

 

 新たに王として立ったが、人の上に立つ不安に襲われて、それを紛らわすために、職務に専念していたのである。その仕事量は、王となったばかりの彼女には、明らかに過剰であった。それでも、マルギレッタは何かをしていないと不安だった。女王と言うには、経験が足りていなかった。

 

「大丈夫です。マルギレッタ様なら、できます。その為に、私も助力を惜しみません」

「ふふ、ありがとうございます、リ・アネス。貴女がそう言ってくれると、本当にできると勇気が出ます」

 

 王と言う重責に怯える少女を励ますために、リ・アネスは穏やかに告げる。この少女を支える。そう心からリ・アネスは思っていた。そんなリ・アネスの想いを感じたのか、マルギレッタは先ほどより幾分か安らいだ笑みを浮かべた。

 

「私はザフハに備えます。総騎長として、務めを果たします」

「はい、お願いします。必ず生きて帰ってきてくださいね」

「必ず。では」

 

 マルギレッタが幾分か元気を取り戻したのを確認したリ・アネスは、戦場に向かう事を告げる。マルギレッタが女王に即位したときに、リ・アネスはアンナローツェ軍、第三総騎長に任命されていた。彼女の信頼が厚く、また個人武勇にも指揮能力にも優れた人材であったからだ。それゆえ、対ザフハの戦線に赴き、戦果を挙げるのが、彼女の成すべき事であった。

 

「ご武運を、リ・アネス」

 

 リ・アネスが退席する。マルギレッタの呟きが、王女の部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、新しい指揮官の様子を見に行くだけです」

 

 ユン・ガソル連合国、軍営地。エルミナ・エクスは、自分に言い聞かせるように言った。軍を統括する彼女であるが、既に本日分の仕事を片づけ、その身は自由になっていた。それ故、何をするにも彼女の意思の赴くままと言う訳であった。

 

「アレが、竜騎兵」

 

 軍営に足を踏み入れたエルミナは、遥か前方を駆け抜ける漆黒の騎馬隊を見詰め、感心したように呟く。竜を狩る騎馬隊。それは、ユイン・シルヴェストが、主であるギュランドロス・ヴァスガンに宣言した部隊であった。人の身でありながら、竜をも撃破る。それも、将個人の武勇では無く、部隊全体がその強さを保持する。そう明言していた。不可能である。エルミナは聞いたときにはそう思った。幾らユインが凄まじい将器を持っているとしても、全ての部下が竜に勝てると言うのは、夢物語としか思えなかった。

 

「……凄い、ですね」

 

 その認識が、改められる。ユイン・シルヴェスト率いる竜騎兵。その部隊が、原野を駆け巡っていた。一纏まりになっていたかと思えば、数舜後には二つに別れ、直ぐ様四つに別れ駆け巡る。その動きに一切の無駄は無く、隊列の変更の合図が鳴ったかと思った時には、部隊は変幻自在に姿を変える。騎馬隊が忙しなく駆け回る。合図が鳴り、部隊の陣形が変形する。左右に二つに別れ駆け続け、ある程度距離を取ったところで、馬首を返し対陣する。

 

「いったい何を?」

 

 竜騎兵が二つに別れ向かい合ったところで、エルミナは不思議に思い頬に片手を置き小首を傾げた。風が、優しく吹き抜けた。エルミナの言葉に返事をするかのようなタイミングで吹いた風が合図であった。両軍が駆け抜ける。竜騎兵。二つの漆黒が、紅を靡かせ、疾駆する。速過ぎる。エルミナを以てしても、その行軍の速さに目を見開く。以前行った模擬線など比べ物にならないほどの速さであった。疾風迅雷。そう表現するに相応しき、圧力を持った速さであった。不意に、がちゃりといった感じの、何かを構える音が聞こえた。一糸乱れぬ動きであると言えた。

 

「まさか。いや、そんな馬鹿な事を……」

 

 何の音かに予想がついたエルミナは、信じられないものを見るような目で竜騎兵を見詰めた。視線の先。既に竜騎兵は、魔導銃を構えていた。竜騎兵の対面に居るのは、同じ竜騎兵であり、つまりは味方であった。それに対し、魔導銃を構えているのである。エルミナでは無くとも、正気の沙汰とは思えないだろう。そして、黒が交錯する瞬間、

 

 

「ッ!?」

 

 ――――稲妻が舞い降りた。青天を切り裂く霹靂。聞く者全てを振るわせる程の轟音。それを、二つの竜騎兵は互いに向け、魔導銃から鳴り響かせた。五百丁の魔導銃の一斉発射であった。大地を震わす轟音が辺りを包み込んだ。その衝撃と、早すぎる漆黒の行軍により、辺りには土煙が舞い上がった。

 

「竜騎兵は? ……あり得ない」

 

 エルミナの呟き。それに応えるかのように、馬蹄だけが力強く鳴り響く。やがて土煙が収まった。馬蹄だけが、辺りに木霊する。漆黒。一騎の脱落者を出す事も無く、交錯を終え、再び対陣していた。そして駆ける。次は魔導銃では無く、弓を構えている。そのまま騎射陣形を維持したまま疾駆し、交錯する。瞬間、合図が鳴った。弓が放たれる。その五百が放つ矢は、一矢も味方に当たることなく、左右の騎馬隊の後方に矢を放つ事に成功していた。

 

「これが、ユイン・シルヴェストの言う、竜を狩る者達」

 

 エルミナが畏怖を込めて呟く。軍を二つに割り、その両軍が戦場を駆けまわり、背後を追う者達に対する備えだと言う事は、二度の交錯による結果から、エルミナにも理解ができた。だが、その調練の内容が異常といえた。行軍と陣形の変更だけならば、何の問題も無い。二つの陣形の交錯は、錬度が相当必要だろうが、精兵と呼ばれる軍ならば、そう言う訓練も十分に施す事が出来るとエルミナは思う。だが、ユインが施している事は、そんな生易しいものでは無かった。両軍の背後に仮想敵を作り出し、それに向かい実際に攻撃すると言うところまでを行っているのだ。その訓練は一歩間違えれば、即、死に繋がると言えるモノであった。たとえ死に至らなかったとしても、大けがをする可能性だってある。それぐらい厳しいモノであったのだ。そんな事をユイン・シルヴェストは平然と行い、また、竜騎兵は当然の事として、成功させている。それを何度も繰り返し、そして遂にただの一度も失敗を起こさなかった。見詰めているエルミナは、安堵の所為か、思わず溜息を零した。目の前で行われていたことは、それ程の凄まじい調練であった。

 

「……」 

 

 エルミナは、言葉を出す事が出来なかった。死を厭わぬ訓練。それを平然と行うユインと、当然の事と受入れ駆け抜けていく竜騎兵に対し、僅かながら畏怖を覚えていた。情報としては知っていたが、実際目にした事で、その苛烈さに圧倒されたのだ。そして理解できなかった、何故彼らは死を厭わないのか、と。一歩間違えば、怪我では済まない。そんな事は誰の目にも明らかな訓練に、誰一人として異を挟むものが居ない。それも、言い出せないのではなく、言う必要が無い。そんな雰囲気であるのだ。竜騎兵を束ねるユイン・シルヴェスト。その在り方が、竜騎兵全体に影響し、死線に踏み入る事を厭わない人間達にしていた。その異常とすら言える統率力は、どこか人間離れしているとエルミナは思った。個人の力とは違う意味で、そう感じた。実際、エルミナや他の三銃士を以てしてでも、竜騎兵と同じ訓練を部下に施し、一切の脱落者を出さずに成功させれるとは思えなかった。兵を率いる事に関してで言えば、ユイン・シルヴェストは間違いなく、他の追随を許さない何かを持っていると言えた。

 

「こんなの……駄目です。何時か、壊れてしまいます」

 

 エルミナは、絞り出すようにそう漏らした。強く在る。ユインはそれだけを求めるが故に、死と隣り合わせであることを常に望んでいる。そして顧みるモノなど何もない、と話していたのを不意に思い出した。この調練は、その言葉を確かに裏付けるものであった。ユインにとって、顧みるモノは何もなく、強さを求め死んだとしても一切の悔いは無いのだ。そうエルミナは本当の意味で理解した。無性に腹が立ち、その後僅かに悲しみが押し寄せる。自分たちでは、ユインにとっての顧みるモノになり得ていない。その事に気付き、少しだけ胸が痛んだ。仲間だと思えるようになった、戦友だと認められると思った相手に、自分たちはそれほど思い入れのある人物としてすら認識されていない。気付けば、どうしようもない複雑な思いにエルミナは駆られた。感情のままに叫びそうになるのを、理性で押さえつける。

 

「やっぱり、メルキアの男は嫌いです……」

 

 吐き捨てるように、エルミナは呟いた。心なしか、瞳が僅かに湿っている。それを紅の軍装で拭い、前を見据える。エルミナの瞳には、光が宿っていた。

 

「絶対、あの男の好きに何かさせてあげません。自分はユン・ガソルの大事な仲間なんだと、思い知らせないと気がすみません。ユインが居なくなったら悲しむ人がいると言う事を、嫌と言うほど解らせさせないと、ダメです」

 

 強さだけしか見えていない男。その男に、仲間がいる。肩を並べる戦友が居る。それを教えよう。そう心に誓い、エルミナは歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなモノか」

 

 竜騎兵の調練を一通り終え、一息つく。隊を駆けさせたまま複数に分け、そのまま変幻自在に駆けまわり、最期には交錯した状態での騎乗射撃による奇襲の訓練を施していた。魔導銃と弓を実際に用いる訓練である。一歩間違えれば、死に繋がるが、ソレは考慮すべき事では無かった。実戦であるならば、どのような状況に陥るかは解らないのである。複数の部隊を惹きつけると言う状況も十分にあり得るのだ。その為の訓練であった。何よりも調練で成功しないモノが、実戦で成功する訳が無い。だからこそ、繰り返し兵には調練を施すのだ。無論、できない事をするつもりは無かった。麾下達は、キサラの戦鬼、東領元帥ヴァイスハイトとの戦を通し、一回りも二回りも成長していた。そして自分が負傷した傷を治している間も、副官であるカイアスの指揮の下、調練に明け暮れていたのである。実戦を経験し、再び厳しい調練を受けた麾下達は、精鋭中の精鋭と呼ぶに相応しい仕上がりとなっていた。だからこそ、できると確信し、魔導銃を直接使う調練を取り入れていた。それ程までに、強くなったと言う事だった。ユン・ガソルの竜騎兵。そう名乗るのも、大げさでは無いと思えてきていた。

 

「どうでしょうか、将軍。みな、良く仕上がっていると思いますが」

「ああ、実戦が麾下達を刺激し、さらなる調練により鍛え上げられたのだろうな。竜騎兵の強さは、俺の想定を超えている。嬉しい誤算だ」

 

 カイアスの言葉に、正直な感想を告げる。副官であるこの男だからこそ漏らした本音である。無論、現状でも直すべき場所はある。それ故、麾下達を褒める事はしない。竜騎兵はこの程度で満足するべきでは無いのだ。竜を狩る者達である。ならば、目指すべき頂は、遥かに遠い。ソレが、心を躍らせる。強くなるのを実感し、自分たちはまだまだ強くなると言う事を感じられるのが、どんな娯楽よりも楽しいのである。

 

「さて、我が麾下達の訓練はこれで終わりだが、できそうか?」

 

 カイアスとの話を切り上げ、背後に控えている指揮官に声をかける。先日、王に与えられた新人の指揮官だった。姉妹でユン・ガソルの指揮官となった者達である。姉が弓使いで、妹が機械弓を用いる。

 

「で、できます! あたしにだって十分こなせます」

「ほう、それは竜騎兵を指揮できると。そう言うのか?」

 

 指揮官の姉が、声を若干裏返しながらも、俺の目を見て言い切った。威勢の良いことだ。生意気な事を言っているが、声が若干上ずっている事から、内心を察するのは容易だった。負けず嫌いな娘だと思いつつ、顔を見据える。茶色の髪を、白を基調に僅かに赤で装飾されたリボンで結っているのが特徴的な少女だった。その紅の瞳は、気の強そうな光を放っている。名をダリエルと言う。どうやらエルミナ様の様にユン・ガソルの貴族の出であり、それなりの教育を受け指揮官として登用されたようであった。

 

「そ、そういってるのよ、じゃない、言ってるんです!」

 

 ダリエルを見詰め、にやりと口元に笑みを浮かべながら聞き返すと、そんな返事が返ってきた。元来強気な性質なのか、若干言葉がなってはいないが、目くじら立てる必要もないし、言いなおした事もあるので今は捨て置く。元々、あまり気にする性質でもない。

 

「お、お姉ちゃん。無理しない方が良いよ。あんな凄い動き、私たちじゃまだ無理だよ」

 

 ダリエルの言葉に慌てたのか、もう一人の指揮官がダリエルを諌める。ダリエルの妹である、リプティーだった。腰まである艶やかな藍色の髪と、姉と同じ紅の瞳が印象的な少女だった。此方の娘は、姉と違い落ち着いている、と言うよりかは少しばかり独特の雰囲気を持った娘であった。珍しい機械弓を用いる指揮官であるが、普通の弓も人並み以上に使える少女であった。

 

「む、無理じゃないわよ。あたしなら、できる」

「無理だってばぁ。もう少し、現実を見ようよ」

「無理じゃない! ……メルキアの降将にできて、あたしに出来ない訳が無いんだから!」

「お姉ちゃん!」

「あっ……」

 

 二人の言葉を聞き、なぜダリエルが出来ないと思っていながら、かたくなな態度をとる理由が解った。要するに、元メルキア軍人の自分の下に置かれたことが不満なのだろう。特にユン・ガソルの貴族である。メルキア嫌いはユン・ガソルの中でも更に根強いのだろう。だからこそ、元メルキアの俺に反発があると言う事だった。その割にリプティーの方はそう言った様子が見れないのは、その性格ゆえだろうか。

 

「成程。私が気に入らない、と」

「別に、そんな事はないわ……ありません」

「何、気にする事は無い。本音を話してみると良い。どのような無礼も、この場においては許そう」

 

 俺の言葉に、ダリエルは不機嫌そうに答える。頑なである。尤も、上官に対して正面から文句を言えば、罰を与えられるのは目に見えているのだろう。苦笑しながら、付け足す。そうする事で、漸くダリエルの目つきが変わった。

 

「ユイン将軍。あたしはメルキアが、嫌いです。だからこそ、元メルキアの貴方は信用できませんし、なぜ私の上官に選ばれたのかもわかりません。三銃士の所属とまでは言いませんが、貴方の指揮下にいても得るモノがあるとは思えません」

「ちょ、お姉ちゃん!?」

 

 素直な気持ちを告げるように言うと、ダリエルは容赦なく言葉を並べた。嫌われていると言うのは様子を見ていてわかってはいたが、此処まで嫌われているとどこか清々しく思えた。笑みが零れる。姉の言葉に妹のリプティーが焦ったように声を荒げたのが、それに拍車をかける。王は中々面白い二人をよこしたものである。

 

「くく、許可したとはいえ、随分とはっきりものを言う。お前は面白いな。少しばかり、気に入った」

「貴方に気に入られても嬉しくありません」

 

 しかし嫌われたモノである。取り付く島もないとはこの事だろう。

 

「あうぅ、お姉ちゃん……。ユイン将軍、ごめんなさい」

「なに、構わんよ」

 

 若干泣きそうな顔で此方を見るリプティーに苦笑を浮かべる。姉妹にしては、えらく性格が違うものである。ダリエルと同じ紅の瞳は、姉とは違い、弱気な色をしていた。

 

「とは言え、口で納得するような性格では無いだろう?」

「……負けず嫌いとは良く言われます」

「上出来だ。カイアス」

「……ここに。やり過ぎないで下さいよ」

 

 この手の手合いは、実力を示すのが最も手っ取り早い。それ故、カイアスに声をかけ、調練用の剣を二振り用意させる。言葉よりも体で解らせるのが、軍属だった。とは言え、俺としても指揮官がどの程度の腕か知って置く必要がある為、丁度いいと言えば丁度良かった。一振りはダリエルに持たせ、もう一振りを受け取り右腕で持つ。別段構える必要は無かった。

 

「ご自慢の愛馬には乗らなくて良いんですか?」

「必要が無い。どうしてもと言うのならば、乗せてみると良い」

「……、馬鹿にしてっ」

 

 怒気を隠す事無くダリエルが構える。怒りに身を任せている様に見えるが、思ったよりも泰然と構えていた。予想以上に使える。ダリエルの構えを見て、そんな事を思う。それでも構える事はしない。

 

「来ないなら、こっちから行く!」

 

 数舜の睨み合い。その沈黙を破ったのはダリエルだった。性格上、待つと言うのは性に合わないのだろう。思い切りよく、打ちかかって来る。その剣筋を見詰めつつ、半身を反らし、軌跡の通り道を開ける。

 

「では、行こうか」

「っ!?」

 

 そのまま振り下ろした刃は体のすぐそばを素通りし、落ちてくる剣を左手の義手で掴み取る。特殊な魔法義手。刃とぶつかり合い、鈍い音が鳴り響く。調練用の剣では斬り伏せるどころか、わずかな傷すらもついていないように思えた。数舜の沈黙。決定的な隙。右手。無造作に携えていた剣、その石突を振り抜く。側頭部。寸分の狂いなく、打ち据え、ダリエルの脳を揺らしていた。

 

「うぁ……きゃっ」

「……」

「お姉ちゃん!」

 

 頭部を打たれ、ふらついたダリエルの足を容赦なく払う。それと同時に倒れはじめる上体に、振り抜いた右腕を叩きつけ、地に落とす。調練なのだ。女だからと言って容赦する道理は無い。むしろ、女だからこそ、厳しくする必要がある。戦場で男が倒れても死ぬだけだが、女の場合はそれ以外の事もあるのだ。だからこそ、厳しくする必要はある。よって、慈悲も容赦も無い。

 

「くぅ」

「喉、上手く護れよ」

 

 倒れ伏すダリエルに、短く告げる。既に足を振り上げていた。その言葉に倒れているダリエルはハッとしたのか、喉元で腕を交差させ、防御態勢に入っていた。それを横目に、振り振り下ろす。

 

「つぅ、あぅ、うぁ」

 

 二度全力で踏み抜き、三度目で蹴り上げたところで、腕での防御が外れダリエルは無防備を晒した。即座に義手でと片足で両の手を抑え、馬乗りになり、右手に持つ剣を手首の動きだけで持ち替え、刃を向ける。ダリエルと目が合った。その気の強そうな紅の瞳には、涙が浮かんでいた。それだけであり、顧みるモノでは無い。容赦なく、剣を突き刺した。

 

「これで、数回は死んだな。まだ、やるか?」

「……」

 

 剣を地に突き立て、告げる。足で踏み抜く事などせず、剣を突き立てればその時点で終わっていただろう。故に、数回死んでいるのだ。踏みつけたのは、ダリエルが女だったからである。そして、俺が敵だったのならば、そのまま蹂躙されただろう。ソレが戦なのだ。負ければ奪われる。それだけなのだ。

 

「リプティー」

「は、はい」

「今日はこれで下がって良い。ダリエルは任せる」

「解りました」

 

 そのまま倒れ伏すダリエルから離れ、リプティーに指示を出す。一瞬びくりとしたが、すぐさま指示に従い、ダリエルをつれ、軍営から離れていく。それと入れ替わるように、エルミナ様の姿が見える。視察にでも来たのだろうか。そんな事を思った。

 

「ダリエルは、潰れますかな?」

「解らん。が、それなら、其処までの器だったと言う事だろう」

「……如何にも将軍らしい言葉です」

 

 傍らに控えていたカイアスに応える。指揮官の育成を課せられていた。それ故、最初に叩き潰した。其処から立ちあがれるか否か。最初の関門だった。

 

「お疲れ様です。新任の指揮官はどうなっていますか?」

「先ほど、扱き終えたところですね」

 

 やがてこちらにまで辿り着いたエルミナ様に答える。容赦なく、叩き潰していた。それでもまだ立ちあがれるのなら、強くなるだろう。そう思った。

 

 

 

 

 




新人指揮官ダリエルとリプティー。魔導巧殻の汎用ユニーク武将です。指示をだした時のセリフから性格を想像しているので、半オリキャラと言えなくもないです。

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