竜騎を駆る者   作:副隊長

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19話 一つの転機

「つまり、交渉は決裂と言う事ですわね。例の件は、そちらからの申し出だったと思うのですが?」

「それについては、此方に非があるとしか言えないな。状況が変わったと言わざる得ない。今のユン・ガソルは、それ程捨て置けぬのだよ。そして、そのユン・ガソルと結んだ貴国も、な」

 

 メルキア帝国南領、ディナスティ。メルキア帝国南領元帥オルファン・ザイルードと魔法王国ラナハイム王族、フェルアノ・リル・ラナハイムは、会談していた。内容は、ラナハイムがディナスティに魔法技術を提供する代わりに、ラナハイムの行う行動を傍観すると言ったモノだった。ディナスティは、魔導国家であるメルキアに属しながら、魔法技術を推進していた。何れは、魔法技術を国の中枢に置く事を考えているオルファンにとって、代を重ねて研鑽されてきたラナハイムの魔法技術は必要であったのだ。それ故、ラナハイムの行動を傍観するのを条件に、メルキア帝国への侵略をある程度は傍観するつもりであった。

 

「帝国の裏切者。奴の力は些か危険すぎる。そして、その力はユン・ガソルと上手く交わり、機能しているようだ」

 

 だが、状況が変わったことで、話は白紙とせざる得なかったのだ。下手を打てば、帝国が揺らぎかねない。オルファンは静かに思考する。ノイアス・エンシュミオスの配下であった。報告からある程度の能力を持つ事は解っていたが、ある程度どころの話では無かった。帝国の元帥のみが持つ力、魔導巧殻を苦も無く撃破っていた。オルファンは並の策士では無い。想定の上に想定を重ねる。ユインはその予測を上回る実力を示していた。今はまだ小さな軍を率いる将に過ぎないが、その男がユン・ガソルで大成したとき、情勢は変わりかねない。幾ら連戦とは言え、三銃士の二人を同時に下したヴァイスハイトとその副官のリセル、そして魔導巧殻をも容易く破った男に、確かな脅威を感じていた。

 

「ユン・ガソルの黒騎士、でしょうか?」

「そう言う事だ」

 

 フェルアノの言葉に、オルファンは短く頷く。今、メルキア帝国の力を弱める訳には行かない。オルファンの冷めた瞳はそう語っていた。

 

「解りました。では、私は失礼させていただきます」

「ああ。次に会うのは、戦場でない事を祈っておこう」

 

 交渉の余地は無かった。オルファンはユン・ガソルを危険視していた。そのユン・ガソルと結んだラナハイムと、交渉する事はできないのだ。オルファンの意図を感じ取ったフェルアノは、未練を見せる事無く、話を終わらせる。幸いな事に、ユン・ガソルとは同盟を結ぶことができていた。だからこそ、ディナスティとの交渉にこだわる必要はあまりなかった。どちらにせよ、メルキアは打倒すべき最大の敵であった。

 

「はい。では、また」

 

 フェルアノは優雅に一礼し、退出した。オルファンの冷めた瞳だけが、暫くの間、扉を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 弓に、矢を番える。騎馬。訓練地を駆け抜けている。その動きに、自身の呼吸を合わせていく。愛馬と自分の息遣いが一つとなり、互いの気が混じり合い、やがて一つとなる。そして、そのまま駆け続ける。

 やがて前方に、木で作られた的が見えはじめた。その数は、全部で十。愛馬と呼吸を合わせたまま、狙いを定める。届く。そう思った時にはすでに弦を解放している。一呼吸の間に、五矢を放つ。ふた呼吸を吐く間に、十矢を放った。乾いた音が鳴り響く。十の矢。その全てが的の中央付近に突き立っていた。一番近くの的を追い抜くまで、六呼吸と言ったところであった。その為、合わせて三十の矢を放っていた。一矢の狂いも無く、的に突き刺さっている。日頃の調練の成果であり、必要な技術であった。訓練で五矢放てるならば、戦場では三矢放てれば上出来である。やろうと思えば八矢は放てるが、まだ確実性に欠けるだろう。確実に射抜ける数を増やすためには、日々の鍛錬が必要である。竜騎兵の指揮官として、軍人として、そして俺が俺で在る為にも鍛錬は必要な事であった。

 

「騎射。二人とも弓は得意だろうが、馬上での弓はどうだろうか?」

 

 何度か矢を放ったところで、此方を眺めていた指揮官であるダリエルとリプティーの元まで駆け、声をかける。二人とも、弓兵の指揮官であった。本来ならば、地上を己が足で立ち、弓を放つ兵である。だが、我が指揮下に組みこまれていた。

 竜騎兵は騎馬隊であり、弓騎兵であり、銃騎兵である。通常の弓兵では、とてもでは無いが付いて来れる速さでは無かった。その為、彼女らが率いる兵は、弓騎兵に編成されていた。幸い、純粋な騎兵でなくとも、騎乗の訓練はある。その為、大規模な兵士の入れ替えと言うのは発生する事が無く、元々の二人の部下に馬を与える事で、再編と言う形になっていた。尤も、部隊長クラスは、カイアスにたっぷりと絞られていたようで、元々弓兵だったとは思えない程、上手く馬を乗りこなしていた。二人が俺の指揮下に組みこまれることはかなり前から決まっていたようで、ラナハイムを訪っている時から、調練に参加していたようだった。その為全体の動きはまだまだ拙いが、部隊長はそれなりに動けるため、全体の錬度については時間が解決してくれるだろう。総合すると、ひとまずは及第点と言うところであった。二人に声をかけつつ、遠くを駆けまわる騎馬隊を眺め、そんな事を思った。新設の弓騎兵はまだまだ馬に慣れてい無い者達が多い。とにかく駆け回る事が、最も大事だった。

 

「人並み以上には、使えると思います」

 

 ダリエルが此方の目を見て言った。言葉通り、人並み以上には騎射が行える指揮官であった。地上であるならば、他の将軍と比べても遜色は無いが、騎乗ではその制度が少しばかり落ちる。それでもその制度は破格であると言えるが、その事については触れない。褒めて育つ類の指揮官では無いし、性にも合わないからだ。

 ダリエルは、以前叩き潰した少女であった。その溌剌とした瞳に、僅かばかりの複雑な色を滲ませつつも、素直に答えている。様々な思いはあるだろうが、ひとまずは上官として認める。そんな思惑を感じ取った。とは言え、従順になったと言う訳では無い。寧ろ、その逆であると言えた。調練に乗じて、積極的に仕掛けて来ることが多いのだ。要するに負けず嫌いなのである。事ある毎に、勝負を持ちかけて来る。とは言え、調練に乗じて挑んでくるのであって、全てが騎馬隊の訓練内容である。弓兵の訓練内容ならばいざ知らず、騎馬隊の訓練内容で、竜騎兵の指揮官である自分が負ける道理は無い。全てにおいて、ダリエルを叩き潰していた。その為、ダリエルの負けず嫌いの火が燃え上がり、更に熱が入ると言った具合であった。ある種の循環が成り立っていた。

 

「私は、少し苦手かも~」

 

 ダリエルに続き、リプティーが少しばかり間延びした声で言った。藍色の髪を揺らし、困ったような笑顔で此方を見て、そんな事を言う。困った娘である。彼女の言は、あまり信用ならないのだ。彼女の騎射については、少し苦手どころの話では無い。ダリエルの騎射と比べれば見劣りするが、断じてその程度のものでは無かった。

 ダリエルは、負けず嫌いの秀才タイプであると言える。何度となく俺に勝負を仕掛け、その都度敗北していた。そして敗北から、自分には何が足りないかを試行錯誤する事で、さらなる高みに至る。言わば、彼女は鍛錬の人であると言えた。しかし、リプティーは違っていた。一を言えば、十を理解するのだ。一つコツを教えると、そこから全体の呼吸を感じ取り、瞬く間にモノにしてしまう、一種の才覚を感じる事があった。言うならば、天才タイプである。何でもできるが故に、ダリエルほど熱心では無かった。とは言え、それは不真面目と言う訳では無く、何でも卒無くできるからこそ、熱心なダリエルと比べるとそう見えると言うだけであった。

 

「……あんたで苦手なら、あたしは何なのよ」

「んー。お姉ちゃんと私じゃ、得意な事が違うだけだよ」

「そう言う割に、全てにおいてあんたに負けてるんだけど」

「そんな事ないよ?」

「あたしに聞くな! なんであんたはいつもあたしの上に行くのよ。不公平よ」

「あはは……」

 

 ダリエルが妹に食って掛かる。負けず嫌いである。妹よりも努力している筈なのに、全てにおいて負けていると言うのはダリエルにとってコンプレックスなのだろう。目が据わっていた。羨望と僅かな苛立ちが、彼女の瞳から垣間見える。リプティーはただ困ったような笑みを浮かべた。普段は仲の良い姉妹なのだが、余人には解らない苦労があるのかもしれない。そんな事を思う。

 

「ならば、ダリエルを重点的に見るべきか」

 

 二人の言葉を聞き、呟く。ダリエルとリプティーを比べれば、どちらも指揮官として必要な実力を備えていると言えるが、個人武勇については、ダリエルの方が劣っていると言えた。ちなみに純粋な部隊の指揮能力では、強気な姉とおっとりした妹と言う二人の性格の差もあり、ダリエルに軍配が上がる。咄嗟の判断力も、ダリエルの方が優れていた。総合すれば、天才肌だが隙の多い妹と、しっかり者で秀才の姉と言った感じであった。目の前の二人を見ると、あながち的外れとも思えなかった。

 

「望むところよ。……です」

 

 ダリエルが拳を握り、気合を入れる。相変わらず、言葉がなっていないが、言いなおしたので気には止めない。其処まで俺の事が嫌いなのかと、苦笑が浮かぶ。尋ねたら、迷いなく答える姿が想像できる。

 

「えぇ!? また、お姉ちゃんばっかり見るんですか?」

 

 リプティーは少しだけ声を荒げ、そんな事を言う。瞳を見る。私は不満です、と言わんばかりに此方を見ていた。ダリエルを調練の延長で組み伏した日から、妙に懐かれていた。姉を容赦なく叩き潰していた。寧ろ嫌われても不思議では無いのだが、親しみを見せてくれている。慕われることは嫌では無いが、少しばかり意外だった。

 

「何、できの悪い方を扱くだけだ。別にうらやむ事でも無いだろう」

 

 調練を施すのである。苦しい事はあっても、楽しい事は無い。自分の様に強さだけを求める、どこか歪な在り方をしているのならばまだしも、リプティーはそう言った類の人間でもない。だからこそ、そう思った。

 

「そんな事ないよ。ユイン将軍に教えて貰えるのは、凄い事なんだと思います。だから、お姉ちゃんばっかりずるい。私も、いっぱい見てほしい、な」

 

 目が合う。強い光を感じた。どこか大らかなリプティーらしくない言葉であった。込められた思いは解らないが、本心から言っていると言う事だけは解った。純粋な厚意に、僅かな笑みを以て答える。

 

「私など、まだまだだ。未だこの手は何も掴めず、果ては見えない。それ程に弱いのだよ、私は」

 

 リプティーの言葉に答える。自分はまだまだ武の果てに至ったわけでは無い。リプティーの言葉は、大げさすぎる。この身は未だ発展途上であり、越えるべき壁は無数にあり、道の終わりなど見えないのだ。だからこそ、強く在りたいと思う。強く、何よりも強く。それを望むのだ。誇り。唯それだけを胸に、頂へと至る。それを願っていた。

 

「だから、将軍は凄いんだよ。将軍の在り方は、普通の人じゃまねできないもん」

 

 リプティーが両手で右手を取り、包み込むように握った。ひんやりとした、心地よい冷たさを感じた。リプティーの手は、驚くほどに冷たかった。心なしか、微笑むリプティーは酷く儚く思えた。

 

「そんな事は無いだろう。本当に望むのならば、できない事など無い。手を伸ばせば、何れは掴めるのだよ」

「あはは。将軍が言うなら、そうかもしれないなぁ。けど、やっぱりそれは凄い事なんだよ」

「そうだろうか」

「うん」

 

 紡がれた言葉に、静かに答える。どこか寂しそうに微笑む少女に、諦念に似た何かを感じた。何かを求めている。ソレは解った。だが、それだけなのだ。何を求めているのかは、聞く事はしない。それを尋ねるのは、自分の役目では無い。俺にやるべき事があるとしたら、ソレは示す事だろう。彼女に語ったことを、本当の事であるのだと、そうも思わせる事。ユイン・シルヴェストは、ただ、強く在るだけなのだ。

 

「うぐ、できの悪い方……。覚えときなさいよ、絶対何時か見返すんだから」

「ふふ、お姉ちゃんはできる子だよ」

 

 ダリエルが絞り出すように言った。出来の悪い方と言った事が堪えたのか、恨めしそうな目で言った。そんな姉にリプティーは嬉しそうに近付き、笑顔で言った。

 

「アンタに言われても嬉しくない!」

 

 怒ったようなダリエルの言葉だけが、辺りに響いた。

 

 

 

 

 

「ああ、ユイン。此処にいたのか。ギュランドロス様とエルミナ様が探していたぞ」

「これは、ベアトリクス殿。態々ありがとうございます。此れから騎馬の調練でしょうか?」

 

 暫くの間、指揮官の二人を扱いた後、弓騎兵の指揮について確認していた時、声をかけられた。背まで届くほどにある灰色の長髪と、どこか冷めた瞳が印象的な男であった。ベアトリクス将軍である。俺と同じく、騎馬隊を指揮する歴戦の将軍であった。敵には冷酷な人だと聞いているが、話してみると性根が落ち着いた人物だとすぐに解った。自分と同じく余り饒舌な方では無いが、冷めたいと言う訳では無かった。常に一歩引いた位置にいる、落ち着いた人物であった。同じ騎兵を率いる将である。王や三銃士以外の、気が合う人物であった。

 

「そんなところだ。竜騎将には負けていられんからな。ユインがじゃじゃ馬を調教しているうちに、差を広げておこうと思ってね」

「ほう。ならば、調練の相手をしてやってもらえませんか? 我が麾下とやらせてばかりなので、少しばかり倦んできているようですのでね」

「構わんが、加減は?」

 

 ベアトリクス将軍は、ユン・ガソルの将軍の中でも、群を抜いて騎馬の扱いが上手い。それ故、新人に強い相手との経験を積ませることに関して、適任と言えた。王とエルミナ様が呼んでいた。自分の代わりに新人を扱くのに、充分な人物だったのだ。

 

「叩き潰して貰えると、助かります。戦場ならば何回も死んでいると言うぐらい、容赦なく倒して貰えれば直良しです。心を折る心算でお願いします」

 

 快く引き受けてくれたベアトリクス将軍に、軍令を取り、そう言った。新人指揮官の二人は弱い。それを十分に解らせてもらえれば、此方としては十分だった

 

「聞きしに勝る、厳しさだな。君の下に付けられた二人が可哀想だ」

「運が無かったとあきらめる事でしょうね」

 

 苦笑しながら言ったベアトリクス将軍に、しれっと答える。我が指揮下に入る者にも、ある程度以上の強さを求めていた。

 

「では、私はこれで」

「ああ、任せておくといい」

 

 言葉を交わし、傍らに来ていた愛馬に跨る。

 

「カイアス!」

 

 声を上げ、副官を呼ぶ。俺とは違う場所から、二人の指揮を眺めていた。自分の馬に跨り、即座に此方に駆けてくる。

 

「此処に」

「私は少し離れる。調練はベアトリクス将軍が見てくださるから、その補佐を頼む」

「承りました」

「では、頼む」

 

 短く告げる。長く共にいた男である。それだけで十分だった。一度、白夜の頭をなでる。短く鳴いた。行こうか。短く告げ、馬腹を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「王よ。お呼びになられたでしょうか?」

 

 王都ロンテグリフ居城、軍議の間。扉を開き、目的の人物を見つけたため、声をかける。手近な兵士に聞き、其処に王が居ると聞いたので、向かったところであった。部屋には、王と三銃士が揃っており、地図を囲い、話し合っているところであった。地図の置かれた机の上には、戦戯盤の駒に似たものが置かれている。ユン・ガソルの軍議で使われるモノであった。

 

「ああ、来たかユイン。まぁ、こっちにこい」

「失礼します」

 

 皆が此方を見た。王が代表してそう言い、手招きをする。それに従い、傍らに立ち、一度軍礼を取った。それを見た王が、相変わらず固い奴だと苦笑するのが聞こえたが、聞こえなかった事にする。

 

「先日結んだラナハイムが、動いた」

 

 王がそう言い、ラナハイムに置かれた駒を幾つか手に取り、ルモルーネ王国の領土コーラリム山道に駒を進めた。ルモルーネ王国の首都フォミアルでは無く、山道。これは重要な事であった。

 

「んー。でも、なんで山道? 首都も攻められるのに、態々そんなとこ攻める意図が解らないなぁ。ラナハイムはうち以上に食糧難だし、フォミラルを攻める方が良いと思うんだけどなぁ」

 

 パティルナ様が、不思議そうに言う。言葉通りである。ラナハイムはその土地柄、食糧生産に向いている土地では無かった。それ故、平地が多く肥沃なルモルーネの地を欲したと言う訳なのだが、それならば態々山道を取るよりも、首都を落とした方が良いのだ。ラナハイムの領土と、ルモルーネの首都は隣接していると言えた。やろうと思えばできたのだが、あえてしなかったのには意味があるのだ。

 

「まったくだ。が、それには意味がある。ルイーネ」

「はいはい。ラナハイムがルモルーネ国境に兵を集め出して直ぐ、ルモルーネは領土が隣接しているユン・ガソルとメルキアに使者を出しました。ルモルーネは殆ど武力を持ちません。攻められるとすれば、他国を頼らざる得ませんからね。けど、ユン・ガソルは既にラナハイムと結んでいますからね。静観するって言う返事を出しちゃいました」

「つまり、ルモルーネに応援を出す国があるとしたら、メルキア帝国だけと言う訳です」

「ああ、もうエルちゃん。一番良いところを言わないでよー」

「あぅ、すみません」

 

 要するに言えば、ルモルーネ公国を攻めたのは、食糧難を解決する以外にも、メルキア帝国を引っ張り出すと言う意味合いもあった。ルモルーネが落ちれば、ラナハイムとユン・ガソルが結んでいる以上、メルキアに矛先が向くのは明らかである。特に、ラナハイムの魔法剣士部隊(パラディ・アズール)は、他国にも名が知れている程の強力だった。食糧事情さえ潤えば、そのままメルキアとまみえる自信があると言う事だろう。

 何よりも、ラナハイムの王、クライス・リル・ラナハイムの誇りを知っていた。代々ラナハイムは恥を偲び、力を貯め続けていた。その力を世に示し、ラナハイムを認めさせる。それがクライスの、ラナハイム王族の誇りだった。それを示すため、メルキアと雌雄を決する。そう言う事なのだろう。我が友らしい苛烈さであった。

 

「それじゃ、ラナハイムの援護に回るの?」

「いや、メルキアはラナハイム単独で相手をすると言ってきている。だから、その言葉に甘える」

 

 パティルナ様の質問に、王は笑みを持って答えた。クライスの事である。戦うのならば自分の力で打ち砕く。そう息巻いている様がありありと浮かんだ。強い男である。無理だとは思わない。

 

「メルキアと停戦したばかりだからな。すぐさまことを構えるのも、筋が通らねぇ。故に、他所を攻める」

「東進、ですね。以前からの盟友であるザフハと事を構えるアンナローツェ王国。その横腹を突くと言う訳ですか」

 

 ラナハイムがメルキアと当たっている間に、同盟関係にあるザフハ部族国と古くから争い続けた国、アンナローツェ。その二つの争いに介入すると言う事だった。アンナローツェを二面作戦で落としたのち、後顧の憂いを無くしラナハイムとの三面作戦でメルキアに挑む。ラナハイムがメルキアに敗北した場合は、二面作戦に修正する。そんなところだろう。他国の思惑はあるが、ユン・ガソルとしての理想は、その三国健在の状態でメルキアを攻める事だろう。

 

「大当たりだ、エルミナ。漸く竜騎兵も魔導銃の扱いに慣れたようだし、動く時だと言える。以前話した東進、できるか、竜騎将よ」

「王が望まれるならば、成すだけです」

 

 自分は軍人である。王が望むのならば、勝。それだけだった。強さを求めていた。戦場で、何人たりとも打ち破る、強さ。未だその極致に達したわけではないが、そう在る事だけを求めていた。ならば、戦うのだ。そして戦えば、勝。それだけであった。

 

「はっは。相変わらず、お前は惚れ惚れするほど格好良いぜ、まったく。くく、うちの軍にも二、三人惚れてるやつがいるんじゃねぇのか?」

「ご冗談を。私のような男に魅力があるとは思えませんよ」

 

 王の軽口に、軽口で応じる。気負うな。言外で、そう言ってくれているのだろう。王の気づかいは純粋に嬉しく思った。

 

「えー。あたし、ユインの事、結構好きだけどなぁ。レイムレス城塞の時とか、格好良かったと思うよ。正直見惚れちゃったもん」

「そうでしょうか? まぁ、賞賛は有りがたく受け取っておきましょう」 

 

 パティルナ様が、傍らに来て指揮官用の外套の袖を引きながら言った。いたずら好きのパティルナ様である。此方をからかうと言う意図が透けて見える。とは言え、純粋に慕ってくれている部分も少しはあるだろうから、素直に礼を言った。

 

「私も、ユインは凄いと思います……」

「余り持ち上げられると、くすぐったいですね」

 

 エルミナ様は、此方を見ずにそう言った。以前助けた礼を言われた時に言った言葉を気にしているのかもしれない。視線を動かして表情を見ると、何とも言えない困ったような顔をしていた。

 

「あらあら、エルちゃん」

「な、何ですかルイーネ様!」

「ふふ、何でもないわ」

 

 そんなエルミナ様を見て、ルイーネ様は笑みを浮かべた。実の姉であるかのように慈愛に満ちた笑顔である。それを見たエルミナ様は、少し狼狽えている。その様子を見たルイーネ様は、更に笑みを深めた。仲が良いモノである。ルイーネ様にかかれば、エルミナ様もまだまだ女の子と言う事だった。

 

「くく、やっぱり、結構モテてるんじゃねぇか」

「そう思いたいものですね」

 

 王の言葉に苦笑を浮かべる。王は意外とその手の話が好きなのかもしれない。妙にそう言う方向に話を持っていく傾向があった。ユン・ガソルの支柱である三銃士は、全員が女性である。ルイーネ様は王妃だから良いが、エルミナ様とパティルナ様は誰かと恋仲になるのも難しい立場であった。だからこそ、そう言う話をするのだろう。一将軍でしかない自分としては、二人には良い相手が現れるようにと願うだけであった。

 

「おっと、話が逸れたな。ユン・ガソルはこれより東進を進めて行く事にする訳だ。それを正式な軍議でする前にある程度詰めておきたい。本来ならばこの時点ではユインを呼ぶことはしないのだが、今回の東進はユン・ガソルの竜騎兵を世に示すと言う側面もある。それ故、ユインも呼んだと言う訳だ」

 

 王の言葉に、納得する。何故自分が呼ばれたのか、それだけが思い当たらなかったからだ。事前会議ならば、王と三銃士で充分である。俺に告げるのは、他の将と同じときで良かったのだ。

 しかし、東進の目的の一つに竜騎兵の強さを示すと言うのがあった。つまりは、自分の率いる竜騎兵は今回の戦いの鍵となるのである。ただ東進を成功させるだけで無く、竜騎兵を活躍させる。それが俺に求められた事だった。

 強さを求めている。何物にも屈しない、強さ。それを王が全軍に、中原に、大陸に示せと言った。面白い。そう思った。自分の強さが、どの程度まで来ているのか。それを知るには、良い機会であった。何よりも、まだ見ぬ強者と戦えるのだ。考えただけで、血潮が滾り、心が躍る。考えれば考える程血が騒ぐのを感じた。苦笑する。此れが俺なのだ。強く在る事を望む。それがユイン・シルヴェストの在り方なのだ。

 

「つまり、私が竜騎兵を指揮し、一軍の将として戦うと」

「そう言う事だ。総大将はエルミナに任せる。その補佐として、従軍してくれ」

 

 総大将はエルミナ様である。三銃士であり、軍を統括する者である。申し分は無いだろう。ならば、我が力、エルミナ様の為に使うだけだった。

 

「承知しました」

 

 静かに応じる。意を挟む事など、無い。

 

「パティは、鋼塊の門でメルキアの牽制。停戦したところだから攻めては来んだろうが、備えは必要だ」

「うー。エル姉の方が、そう言うのは得意だと思うんだけどなぁ。ユインとあたしで攻める方がよくない?」 

「ソレはそうですが、パティルナに全軍の指揮ができますか?」

「う、ちょっと無理そうかも。あたしもユインと同じ戦場を駆けてみたいんだけど……駄目?」

 

 パティルナ様が若干不服そうに言うが、エルミナ様の言葉に肩を落とした。パティルナ様と共に戦場を駆けてみたいが、総大将を任せるとなると、少しばかり不安が残る。どうせならば、大戦を二枚看板で駆け抜けたいものだ。 

 

「駄目です」

「あらあら。エルちゃんもやる気満々みたいだから、パティちゃんは我慢しましょうね」

「うん。今回はエル姉に譲るよ」

 

 若干悲しそうにするも、パティルナ様は頷いた。エルミナ様と言い、パティルナ様と言い、ルイーネ様の前では年相応だ。

 

「そ、そんな事ないです。別に、いつも通りですよ」

「確かに、妙にやる気だな」

「ギュランドロス様は、黙っててください!」

 

 楽しそうな笑みを浮かべた王を、エルミナ様が一喝した。とは言え、恥ずかしそうに言うそれに力は無く、王は笑みを深めるばかりである。

 

「くはは。まぁ、ユインよ。エルミナを頼むぜ。しっかりしているが、どこか抜けているからな」

「そんな事ありません……」

 

 若干いじけ気味にエルミナ様は言った。王の言葉通り、しっかりしているが少しばかり抜けているところがある人だった。

 

「御意に。東進の際、エルミナ様を我が主と定めましょう」

「あの、そこまでしなくても大丈夫ですよ」

「いえ、守ります。我が誇りに賭けて、貴女を守ると約束しましょう。我が力は、貴女の道を切り開く矛であり、貴女を護る盾でもある。私は貴方の刃なのだと、そう思ってください」

「……っ!?。あぅ……解りました」

 

 王に頼まれた事である。ならば、我が命を賭すことに迷いは無かった。とは言え、少しばかり直接的に言いすぎたかもしれない。困ったように頬を染めたエルミナ様を見て思った。年頃の女性だった。年の近い男に命を賭して護ると言われれば、困りもするだろう。配慮が足りないな。そんな事を思った。

 

「くく、いや、面白いものも見れそうだから組ませたが、早速良いモノが見れたぜ」

「冗談で言ったわけでは無いのですが」

「だからこそ、だ」

「面白くなんかありません!」

 

 王がにやにやと笑っている。エルミナ様が、王に向かい文句を言った。相変わらず仲が良い、そんな事を思った。

 




汎用ユニーク武将、ベアトリクス登場。彼も騎兵です。

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