竜騎を駆る者   作:副隊長

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21話 葛藤

「長き雌伏の時は終わった。今こそラナハイムの強さを示す時。皆、私に続け!」

 

 雄叫びが上がり、金属同士のぶつかり合う鈍い音色が辺りに響き渡る。敵味方に入り乱れ、兵士たちがその刃をぶつかり合わせる。その中でもひときわ目立つのは、銀髪が特徴的な女性だろうか。青を基調とした、少しばかり露出度の高い魔法具を身に纏い、魔法の力を付与された剣を手に、メルキア兵たちを圧倒していた。全身から魔力を迸らせ、敵を圧倒する様は、彼女の指揮する魔法剣士部隊の士気を否が応にも高ぶらせる。

 魔法剣士部隊を指揮する指揮官の名は、ラクリール・セイクラス。ラナハイム王国クライス・リル・ラナハイムの親衛隊を率いる隊長であり、魔法剣士部隊の一つを指揮する将でもあった。

 ラナハイムによる、ルモルーネ公国侵攻。その足掛かりとなったコーラリム山道の防衛を、ラクリールは担当していた。ラクリール率いる魔法部隊がコーラリム山道に布陣し、ルモルーネ公国の要請を受け出兵をしてきたメルキア軍をあし止めしている隙に、王であるクライスが、ルモルーネの首都であるフォミアルを陥落させると言うのが、ラナハイム王国としての第一段階であった。

 

「此れが……、メルキア帝国東領元帥の力」

 

 そして今まさにコーラリム山道にて、ラナハイムとメルキア帝国のぶつかり合いが行われている最中であった。

 ルモルーネ公国侵攻により、増援の要請に承諾したメルキア帝国。それが、ラナハイムの真の目的であった。治安維持のための最低限の武力しか持たないルモルーネは、ラナハイムの侵攻に対する力を持っていない事は明白であった。となれば、ルモルーネが頼るのは他国である。

 ラナハイム、メルキア、ユン・ガソル。その三国に、均等に食糧の輸出を行っていたルモルーネである。他二国に援軍要請を送るのは、自然な流れだと言えた。そして、ラナハイムとユン・ガソルは、同盟を結んでいる。ルモルーネの要請に応じるのは、メルキア帝国だけだと言えた。つまり、ルモルーネ侵攻は、メルキア帝国をおびき出すためのものだと言えた。フォミアルを落とし、食糧難と言う弱点を克服した後に、直ぐ様メルキア帝国に牙を剥き、領土を拡大する。それが、ラナハイムの戦略であった。

 メルキア帝国とラナハイム単体では、例えルモルーネを落としたとしても、その国力には遥かに差がある。だが、メルキア帝国の敵は、ラナハイムだけでは無い。東領と北領に接する、ザフハ部族国。そして、メルキアとラナハイムに隣接するユン・ガソル連合国。三国以外にも、北方の魔族やそれ以外の国の微妙なバランス故に、メルキア帝国はラナハイムだけに全力を出す事が出来ない状況であった。数に押されれば、いくら魔法剣士部隊と言えども、苦戦は免れない。だが、同等の条件で戦うのならば、ラナハイムが負ける道理は無い。それが、ラナハイムの結論だった。

 そして今、実際に戦が行われている。魔法剣士部隊が、メルキア騎士の一角を打ち崩し、敗走させたところであった。

 

「第二陣、来るぞ! 迎撃態勢!」

 

 勢いに乗って押しつぶす。ラクリールはそう思ったが、実行に移す事が出来なかった。空が暗くなっていた。一面に晴れ渡る青空を覆い隠すかのような、矢の嵐。それが追撃しようとする魔法剣士部隊に襲い掛かる。

 

「なめ、るな!」

 

 魔法剣士部隊全体を魔の奔流が迸る。飛来する矢の雨。ソレに対抗すべく、部隊全体が魔法を発動させる。

それは、剣士であり魔法使いでもある、魔法剣士部隊だからこそできる対応だった。可能な限り小さく纏まった兵士たちは、己が魔力を解き放ち、降り注ぐ矢の雨を薙ぎ払う。

 

「これが、魔法剣士部隊の力か。凄まじいモノだな。だが、波状攻撃に耐えられるか? このまま、押し通らせてもらうぞ!」

 

 迫り来る矢を打払った直後、ラクリールはそんな言葉を耳にする。既にメルキア帝国の第二陣が目の前にまで差し迫ってきていたのだ。声の主は、メルキア帝国東領元帥、ヴァイスハイト・ツェリンダー。この戦線でのメルキアの総大将であった。

 

「くぅっ」

「流石に、一筋縄ではいかないか。リセル!」

 

 ラクリールの持つ剣と、ヴァイスハイトの持つ剣がぶつかり合い、火花を散らす。そのまま勢いを止めず、ヴァイスハイトの持つ白刃は、その軌跡を走らせながら、ラナハイムの近衛隊長に襲い掛かる。その清流の様に淀みの無い剣筋と、総大将自ら前線をかけてきたことに虚を突かれ、ラクリールはたまらず呻き声を漏らす。ラクリールの腕を以てしても、ヴァイスハイトはやすやすと破れる相手では無かった。

 元々、魔と剣術双方にすぐれた素質を持つ将であったヴァイスハイトが、ユン・ガソルの黒騎士に敗れて以来、更に己の技を磨き上げる事を意識していた。同じメルキア帝国に属する元帥と比べると、実力も経験もはるかに劣っている事を実感していたこともあり、自身を高める必要性を実感していたからだ。

 そしてラクリールを圧倒したヴァイスハイトは、副官であるリセルに合図をし、一気に畳みかける。

 

「貰いました、そこ!」

「ぐ、あぁ!」

 

 リセルの銃剣から放たれた射撃。その正確な銃撃が、ラクリールの纏う魔法具に直撃し、その力を削り取る。ヴァイスハイトの剣戟と、リセルによる援護射撃。単純だが、それ故隙の無い攻めにラクリールは徐々に締め上げらるかのように、その身に傷を増やしていく。

 

「畳みかけるぞ」

 

 傷を負い、確実に消耗していくラクリールの姿を見据え、ヴァイスハイトは剣を持つ力を強めた。

 

「私はまだ戦える。調子に、乗るな!」

 

 劣勢による焦燥。それを振り払うように、ラクリールは気勢を上げる。その華奢な体から魔力が溢れだし、手にする魔法剣から、凄まじい力が零れ落ちる。ラクリールは大技を発動しようとしていた。息の合った見事な連携により、じりじりと追い詰められている現状を好転させるため、多少のリスクは承知で魔力を解き放つ。銀髪の少女が魔力を全身から放つ様は、どこか幻想的な色をしていた。

 

「それは、撃たせる訳には参りません」

 

 ラクリールが魔法を解き放つ。その直前、そんな言葉が耳に届く。ラクリールの背筋に、厭な汗が流れる。それは、愛らしく聞こえるが、どこか冷たい響きを感じさせる声であった。気が付けば、ラクリールの間合いの内に、小さな影が侵入していた。黒い衣装に、空に浮かぶ二つの月のうちの一つの如き、青い髪。メルキア帝国の元帥だけが持つ、魔導巧殻。その一つである、闇の月女神の力を模して作られたアルが、己の魔力を用い形成した刃を以て、ラクリールに迫る。その速度は凄まじいものであり、大技を放とうとしていたラクリールは見る事は出来たが、対応する事は出来なかった。

 此処で、斬られる。漠然と、そう思った。魔法の発動止め、防御の体制を取ろうにも、身体が動いてくれないのである。迫り来る死の一撃。抗う事の出来ないそれに備え、ラクリールは思わず瞳を強く瞑った。

 

「――!?」

 

 刃と魔法具がぶつかり合う、凄まじい轟音が辺りに響き渡った。直後に吹き荒れる、凄まじい魔力。ラクリールが放とうとしていたソレを、遥かに上回る密度で辺りに魔が満ちるのを感じた。来るはずの痛みが来ない。どうして? そう思ったラクリールは、目をゆっくりと開く。

 

「ふん。此れがメルキアの元帥の力か。良くも俺の部下を、いたぶってくれたな」

 

 最初に目に入ったのは、背中だった。ラクリールが仕え、その胸に秘めた許されない想いを抱く男。ラナハイムの国王、クライス・リル・ラナハイムであった。クライスは、己が持つ魔法具の一つである浮遊している盾を用い、アルの魔力で形成された刃を受け止めていた。

 

「クライス……様?」

 

 呆然と呟くラクリールの言葉に応える事も無く、クライスはそのまま手にする大剣を振り抜く。背後に庇うラクリールですら圧倒されるほどの魔力を漂わせるクライスの放った一撃。アルを後退させるには充分であった。下がりながら防御態勢を取っていたアルだが、クライスの放った斬撃の余波により、僅かに傷を負っていた。

 

「アル、無事か!?」

「大丈夫です、ヴァイス。しかし、あの男は並の相手ではありません。凄まじい力を感じます」

 

 後退したアルをヴァイスハイトは気遣うが、その視線はクライスから外せずにいる。アルもまた、突如現れたラナハイムの王の力を、正確に感じ取っていた。迂闊に近付く事はせず、距離を取り様子を窺っている。

 

「何故クライス様が、此処に?」

「フォミアルは、既に落とした。それ故、此方に来たと言う訳だ。それにしてもラクリール。随分と良い様にやられたものだな」

「……申し訳ありません」

 

 ラクリールの言葉に、クライスは答える。クライスの言葉通り、フォミラルは既に陥落していた。クライスの姉であるフェルアノ・リル・ラナハイムが事前に仕掛けていた謀略により、フォミアルを攻めていたラナハイムの軍は大した損害も出さずに、ルモルーネを下したところであった。

 とはいえ、いくら謀略があったとはいえ、その手際は鮮やかと言う他ならず、クライスの将としての実力を示すには充分であった。

 王であるクライスがそれ程の手腕を示しておきながら、その部下であるラクリールはメルキア帝国に敗走直前まで押い詰められていた。何気なく発したクライスの言葉に、ラクリールの表情が曇るのは仕方が無いと言えた。

 

「いや、構わん。相手は、あのユイン・シルヴェストですら仕留めきれなかった相手だ。並大抵の器では無いだろうと、最初から予想していた」

「しかし」

「くどい。ラクリール、良く生き延びてくれた。礼を言うぞ。既にオルファン・ザイルードが動いている。魔法街フラムに接近中という報告が、姉上から来ている。使える者は、多い程良い。信頼できるお前ならば、尚更だ」

「クライス、様」

 

 ラクリールはクライスの言葉に、何も言えなくなる。無様に翻弄され、敗れようとしていた自分を救ってくれただけでは無く、よくぞ生き残ってくれたとまで言われた。クライスに心酔しているラクリールが、感極まるのも仕方が無いと言えた。クライスにとってそれほどの意味は無くとも、ラクリールにとってその言葉は、どんな宝よりも価値あるモノなのだ。

 

「貴様が、メルキアの東領元帥か?」

 

 前を見据えたまま、クライスがヴァイスハイトに言った。

 

「そうだ。我が名はヴァイスハイト・ツェリンダー。貴様がラナハイムの王か?」

「クライス・リル・ラナハイム。メルキアの元帥よ、今日は勝利を譲ってやる。だが、覚えておくと良い。何れメルキアは、ラナハイムの下で膝を折る事になる」

 

 メルキアの東領元帥と、ラナハイムの王。これが、激しく争い合う事になる、二人の男の邂逅だった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎馬が駆け抜ける。漆黒の鎧を身に纏い、一様に真紅の布を身に付けた騎馬隊。整然と隊列を組み、突風の如く速さで駆け抜ける騎馬隊は、中原全土を探してもその速さに匹敵する部隊は無いと言える。ユン・ガソルの誇る、竜騎兵。ユイン・シルヴェスト率いる、竜を狩る者達であった。

 他の騎馬隊との尤も違う点を挙げるのならば、それは魔導銃の存在だろう。馬具に備え付けられた、特注の魔導銃。ソレを抜き放ち駆けた時、漆黒の騎馬隊からはある種の力を感じ取る事が出来る。それ程すさまじい練度を持つ、部隊であると言えた。

 ユン・ガソルによる、アンナローツェ侵攻。以前よりザフハ部族国から持ち掛けられていた盟約。ソレを果たすため、ユン・ガソルの力を示すため、竜騎兵は対アンナローツェの主力として、三銃士のエルミナ・エクスを総大将とする侵攻部隊と共に、歩を進めていた。

 

「かなりの速度で進行しているな。一度、絶界の砦で歩を止め、後続部隊と合流しようか」

「それが良いでしょうね。うちの新米二人の率いる部隊も遅れがちです。少しばかり兵に休息を与える必要もあるでしょう。しかし、まだまだ調練が足りないようです」

「やれやれ。ユイン、流石にそれは酷と言うものだぞ。新兵から毛が生えた程度の兵に、何処まで求めるきだ?」

  

 騎兵と言う兵の特性上、本体よりも少しばかり先行していた。二人の新米指揮官であるダリエル、リプティー率いる部隊は少しばかり後方を駆け追いすがってきている。それは、調練を重ねた部隊と、未熟な部隊の差であると言える。とは言え、先行している部隊は竜騎兵とベアトリクス将軍率いる精鋭部隊な為、その進行速度は並の騎兵よりも遥かに早い。むしろ、二人が遅れがちになりながらも付いて来られている事は、賞賛に値すると言える。

 

 そんな事はおくびに出さず、共に駆けていたベアトリクス将軍と言葉を交わす。一旦軍を止め、軽く休憩に入っていた。此れまで駆けていた白夜の背を撫で、感謝の念を伝える。

 行軍中とはいえ、現在地はまだユン・ガソル領内である。一度立ち寄ろうと話している絶界の砦と言うのは、アンナローツェとの国境に建てられた砦であった。つまりは、砦を抜けた先が前線と言う事になる。

 

「戦では、弱ければ死ぬだけです。だからこそ、兵には強く在ってほしいと思うのですよ」

「ふ、相も変わらず厳しいものだな。だが、知っているか、ユイン。竜騎兵以外の兵士は、君の事を恐れているぞ」

「だと言うのならば、好都合。どうにもユン・ガソルの将と言うのは、兵に慕われ過ぎているようにおもえるのですよ。王然り、三銃士然り。私が軍の怖れになれると言うのなら、それは僥倖と言うものでしょう」

 

 ベアトリクス将軍が窘めるように言った。だが、自分は寧ろそれで良いと思った。兵士たちに恐れられている。それは、自分にとっては厭うべき事では無い。恐れを抱くと言うのは、怖いと言う事だ。つまり、兵士たちに俺の実力をある程度示せていると言う事である。

 もともと自分はメルキアの将軍であり、敗戦の折にユン・ガソルに降った人間である。だからこそ人望と言うものを得られるとは思っていない。ユン・ガソルとメルキアの歴史は、怨恨の歴史と言って良い程、争いで血塗られているからだ。

 そんなメルキア出身の男に兵士たちが従うとすれば、それは何であろうか。簡単である。自らを率いる将は強い。そう思わせる事だ。この将に付いて行けば勝てる。そう思わせる事が、重要なのだ。人望が無くとも、実力があれば兵はついてくるのである。少なくとも勝っている時は。ならば、自分にとってはそれでいいのだ。負ける時、それはこの身が果てる時なのだから。

 そして、力を示せば示すほど、兵は恐怖するのだろう。強い者に怖れを抱く。それは生き者としての本能なのだ。戦いたくないから恐れる。恐れるから、命令には従う。極論ではあるが、軍規とはそう言うものなのだ。先にもいったが、王や三銃士は兵に慕われている。恐れもあるだろうが、親しみの方が強いのだ。ならばこそ、自分が軍の恐怖の部分になれると言うのならば、それは歓迎すべき事だと言える。

 

「軍としては、それが良いかもしれん。元メルキアの君が負の部分を受け持ってくれるのならば、王や俺たちは遣り易くなるだろう。だが、君はそれで良いのか?」

「構いません」

 

 ベアトリクス将軍が、真剣な目をして尋ねてくる。即答していた。考えるまでも無い事であったからだ。最初から、結論は出ているのだ。

 

「ベアトリクス将軍。ユイン・シルヴェストと言う男は、既に一度、いや二度死んでいるのですよ。ならば、この手で守るべきものは、殆ど無いのですよ」

「既に死んだと定めたから、執着が無いと。失う事が怖くないと、そう言うのか?」

「少しばかり、違います。失う事が怖くないと言うのではありません。失う物が、既に殆ど残っていないのですよ」

 

 ユイン・シルヴェストが守るべきもの。ソレをあげるとしたら、一つしかないのである。幼少の頃に一度死に、そしてもう一度死んだ。生きているが、死した。そんな自分に残った、唯一の強い想い。強く在る事。何物にも負けず、ただただ、強く在る。未だ胸の奥深くで熱く、狂おしい程の衝動となり、渦巻いているそんな想い。今のユイン・シルヴェストを成す想いの根底であり、守るべき唯一のもの。人として、どこか歪な願い。自分さえ理解していれば良い、誇り。それさえ守れれば、俺は俺で在れるのだ。それ以外に、守らなければいけないモノなど、何一つとして、無い。死さえ、厭う事は無い。だからこそ、ベアトリクス将軍の言葉に即答する事が出来るのだ。

 

「……。君は、強いのだな。どこまでも、強い。誰よりも、強い。ギュランドロス様がユインに惹かれた理由を、今垣間見た気がする。だが、だからこそ、ユインは弱いのだろう」

「私は、弱いですよ。弱いからこそ、このような事を願うのです。強く在りたいと思うのは、弱いからこそなのです」

「そう言う意味では無いさ。……そうだな、ユイン。この戦が終われば、皆で酒でも飲もう。君の部下のじゃじゃ馬の二人や、三銃士、王や他の者達。皆を呼び、朝まで飲み明かすのが良い」

 

 俺の言葉に、ベアトリクス将軍は、苦笑を浮かべながらそんな提案をしてきた。ユン・ガソルのみなと共に、祝杯をあげる。想像するだけで、どこか楽しいような、そんな思いが生まれる。メルキアに居た頃ではほとんど感じる事が無かった類の、愉快さである。

 

「良いかも、しれませんね。王の事だ、誘えば盛り上げてくれることでしょう」

 

 思わず苦笑が漏れる。そんな宴を開けば、騒がしい事が何よりも好きな王が黙っている訳が無いのだ。自分では思いもよらない事をしでかし、皆を楽しませてくれることは、容易に想像できた。そんな事が想像できる自分に気付き、少しだけ意外に感じた。王との出会いをきっかけに、三銃士や竜騎兵、部下や将軍たちとの出会いが自分をすこしだけ変えたのだろう。そんな事を思うと、嬉しくあり、それ以上にもの悲しかった。

 そのような事を考える事が出来ると言うのに、自分にとって、それは絶対に守るべきもの足り得ていないのだ。恐らく自分は、気付かないうちに皆に色々なものを貰ったのだろう。だが、それでもユイン・シルヴェストにとっては切り捨てられるものなのだ。ソレに気付いた。いや、改めて認識した。仲間を仲間だと言いながら、その本質のところでは軽く見ているのである。唯一つの事しか、求めていないのだ。それ程自分本位な人間なのである。それが、俺なのだ。

 

「だろう、ならばこの戦、勝たなければいかんな」

「その点に関していえば、問題は無いかと」

 

 だが、それで良いのだ。だからこそ、強く在る事が出来る。強さを求める事が出来るのである。ならば、俺にとってはそれで良いのである。唯一つのモノを守れれば、良い。

 

「ほう、それは何故かな?」

「我等は、勝ちます。当然の如く戦い、当然の如く勝利を収める。それが、我らの戦なのです」

 

 何よりも、想いは嘘では無いのだ。例え切り捨てられる程度の想いだったとしても、確かに自分は大切なものだと感じた。ならば、それで良い。本心からそう思った事なのだ。ならば、その事実は消えないのだ。

 

「どうやら、後続が追い付いてきたようだな」

「ですね。二人の部隊が追い付いてきたら、少し休ませた後、砦まで進みましょう」

 

 後方を見る。既に、馬蹄が聞こえ、騎馬が大地をける振動を十分に感じる事が出来る距離まで近づいてきていた。もうすぐ、戦になる。そう考えると、心が騒めくのを感じた。雑念は必要ない。唯、戦うだけなのだ。それで自分の想いは守れる。そう思った。

 傍らに立つ白夜。短く嘶いた。その瞳が、どこか悲しげに見えた気がした。

 

 




そう言えば外伝やIFルートが見たいと言う一言感想がありました。活動報告にて返答しておきます。

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