竜騎を駆る者   作:副隊長

24 / 26
22話 開戦

「ううむ、どうしたもんかねぇ」

 

 ユン・ガソル首都ロンテグリフ王城。政務をこなし、自室に戻り座り込み幾つかの書類を睨み付けながら、ギュランドロス・ヴァスガンは独り言ちた。その声音は、バカ王と称される彼には珍しく、心底困ったと言った感じである。両腕を組みどっかりと胡坐をかき考え込む様は、普段の言動からは想像しがたい。三銃士のエルミナやパティルナが見れば、変なものを広い食いでもしたのではないかと疑いかねないだろう。

 

「あら、何かお困りですか?」

 

 傍に寄り添っていたルイーネは、珍しいと内心思いながら、ギュランドロスに尋ねる。自分の夫であり、どんな苦境でも笑っていられるほど強いユン・ガソルの王が、何に対して苦悩しているのかにルイーネは興味を惹かれていた。どんな困難が立ち塞がろうとも、ルイーネは夫を支えるだけだが、肝心の内容が解らなければどうしようもないからだ。何時もの様に嫋やかな笑みを浮かべながら、ルイーネは尋ねた。

 

「ん、いやな。できればメルキアのヴァイスハイトの野郎とはまだ事を構えたくは無いが、どうも一つ二つ気になる事があってな。対メルキアの構想を考えているんだが、これがまた鬱陶しい事に上手い事いかん。東進を公表する前に解ってればまだ対処ができたんだがな。この局面まで来たら、うちの連中の戦果に期待するしかねぇのが歯がゆいんだ」

「成程、そう言う事でしたか。けど、貴方がそう言う事を考えるのがそもそも間違いなのでは?」

「む? どう言う事だ、我が王妃よ」

「ふふ、簡単な事です。長考するよりはとりあえず動いてみる。それが貴方らしいと言う事です。話を聞く限り現状でユン・ガソルが何か妙手を打つ事が出来ないのでしょう。なれば、貴方は自分の思うままに動いてみれば良いのではありませんか? どうせ何もできないのなら、せめて心の赴くままに。そうすれば自然と結果はついてきます」

 

 ルイーネからすれば、そもそもギュランドロスがあれこれと悩むこと自体、ナンセンスだった。彼の夫、ギュランドロス・ヴァスガンは、他国からはバカ王と称される人物である。実際その風評は間違っておらず、一国の王としては方破れな事をしでかす事が多い。近年で言えば、レイムレス要塞譲渡など、悪い意味でも人の予想を上回る事をやってのける男なのだ。ギュランドロスには、それ程までの器量があった。

 ルイーネたち臣下としては彼のそういう行動は頭の痛い種なのだが、ギュランドロスのしでかす事の後始末もまた彼女たち臣下の務めであった。失敗があればそれ以上の成功もある。リスクとリターン。その二つを天秤にかけ、迷いなくリターンを選べるギュランドロスだからこそ臣下もまた彼が失敗したときのの被害を抑える事に長けていた。否、慣れていた。

 そんなギュランドロスを知っているからこそ、ルイーネは思う。らしくない。あのギュランドロスが、何かに憂慮してい居る為、踏み切れないでいた。妻であるルイーネにはそんなギュランドロスの心の機微が手に取るように読めた。ならば彼女は王妃として、ギュランドロスの背を押すだけである。仮に失敗したとしても、皆で支えるだけであった。

 

「く、くく。まったく、お前はいい女だよ、ルイーネ。そうだな、ああだこうだ悩むのは確かに俺らしくねぇ! 国民の欲求を満たしつつ自身の欲求を満たす。それができないで、何が王だ。何がギュランドロス・ヴァスガンだ」

「ふふ、今の方が貴方らしいですよ」

 

 ルイーネの言葉で吹っ切れたような快活な笑顔で、ギュランドロスは豪語する。先ほどまで悩んでいたのが嘘のように清々しい表情だった。

 

「そうと決まったら、早速いろいろ準備しないとな! とりあえずルイーネ、仮面を用意してくれ!」

「あらあら、一体そんなものをどうするつもりですか?」

「そいつは秘密だ!」

「もう……。実行する時までにはちゃんと教えてくださいね」

「おうよ!」

 

 ギュランドロスは立ち上がり、手にしていた報告書を無造作に置き、楽しくなってきたと言わんばかりの笑みを浮かべながら、ルイーネに指示を出す。一体何に使うのだろうか。そんな事を考えつつも、ルイーネは言われたものを用意するために部屋を退出した。

 

「さてさて。どうなるもんか。先が読めないからこそ、面白れえってもんだ」

 

 ルイーネが退出したところで、ギュランドロスは静かに零す。その瞳には、子供の様な好奇心の他、それ以上の野心が見え隠れしていた。高揚している気分を落ち着かせるためギュランドロスは何度か部屋の中をぐるぐると回ったあと、再び報告書を取り視線を戻した。其処には――

 

 メルキア軍元東領元帥ノイアス・エンシュミオス生存について。

 竜騎将ユイン・シルヴェストから内密に挙げられた報告が、詳細に書き記されていた。

 

 

 

 

 

 

「敵軍は歩兵と弓兵を中心に、手堅く布陣しているようですね」

「そのようですな。面白味のない陣ではありますが、それ故一定の戦果を出せると言ったところでしょう」

 

 エルミナ様の言葉に、ベアトリクス将軍が頷きつつ補完する。眼前には、イウス街道の要所にある砦に駐屯していた軍が展開されており、我らがユン・ガソル軍を見据えたまま、大きく気勢を上げている。ユン・ガソル軍と、敵軍であるアンナローツェ軍は既に臨戦態勢に入っていた。

 絶界の砦で足並みをそろえ最後の補給を済ませた後、東進を続け遂に最初の要所に辿り着いていた。この地を取れば、アンナローツェの北西を制す事になり、更に北にある要所、死鬼の森はザフハの領地な為、後顧の憂いなく東か南に攻め移る事になる。此方が進行すると同時に、イウス街道の更に東にある要所、ガウ長城要塞にザフハが攻め込む事になっており、両国が制する事が出来れば、一気にアンナローツェは北部を失う事になり戦況が一気に傾くと言う事になる。その為の足掛かりの戦が今回の戦である。足掛かりとは言え、ユン・ガソルにとっても、ザフハにとっても、そしてアンナローツェにとっても、今回の戦は負けられない局面であった。

 

「先鋒は任せて貰ってもよろしいでしょうか?」

 

 両の眼をゆっくりと開き、エルミナ様に尋ねる。心は既に、熱く燃え滾っている。血潮が滾り、心が躍る。アンナローツェにはどれ程の者がいるのか。楽しみで仕方が無いのだ。とは言え、勝手に出陣する訳にもいかない。軍の総責任者であるエルミナ様に許しを請う。

 

「貴方にならば安心して任せられます。ユイン将軍、勝てますか?」

 

 エルミナ様が俺の目を見て尋ねてくる。軍議の席故、将軍と呼ばれるのはどこか心地良かった。返答など、考えるまでも無い。

 

「勝ちます。それが、私の、竜騎兵の存在意義です」

「何時もながらに凄まじい自信ですね。ですが、その自信も味方であるなら心強いです。では、竜騎兵に先鋒をお願いします」

「承知」

 

 こちらの返答に満足したのか、ふんわりと笑うエルミナ様に短く軍礼を取る。

 

「では、予定道理始めます。今回はユン・ガソルの力を示す戦です。皆、心して掛かってください!」

「応!」

 

 エルミナ様がそう締めたところで、諸将が声を上げる。一連の流れは、最初から決まっていた事だった。竜騎兵の力を示す。王がそういう戦を望んでいる以上、このような流れになる事は暗黙の了解だったからだ。だから、内心は兎も角誰一人として不満を上げることなく、自身に先鋒が回ってきたのだ。今回の軍議はある種の儀式であると同時に、茶番でもあったと言う訳である。

 だが、そんな事はどうでも良かった。戦えると考えると、楽しくて仕方が無い。自然と唇が吊り上がっていた。

 

 

 

 

 

「将軍?」

「どうしたのよ……ですか?」

 

 持ち場に戻った時、不意に、掛けられた二つの声に思考を引きもどされる。ダリエルとリプティー。俺の指揮下に在る二人の指揮官だった。経験も浅く、実力もまだまだ発展途上だが、将来は大きく化ける可能性を秘めている、いわば原石と言える姉妹だった。尤も、今はまだ殻の取れていない雛鳥でしかないが。

 

「む、居たのか半人前たち」

「ちょ、将軍、幾らなんでもそれは失礼じゃないですか!?」

「あはは……」

 

 俺の言葉にダリエルの表情が一瞬引き攣るが、相手にしない。確かに失礼だが、事実は事実である。特に姉の方は叩けば叩くだけ伸びるのだからやめる道理は無い。一瞥するだけで、話を続ける気は無かった。

 

「うー。なんか凄い雰囲気で笑っていると思ったら、今は何時も通りだし。何だったのよアレは」

「ちょっと、怖かったね……」

「そうか」

「うん。何というか、雰囲気が何時もと違いました」

「また何時もの病気ですか、将軍」

「そんなところだろうな」

 

 不思議がる二人に、副官であるカイアスが言った。二人よりも遥かに長い付き合いのある男だった。メルキア時代から居る麾下である。俺の事も、二人以上に把握している。

 

「お前たちはあまり知らないだろうが、将軍は戦が絡むと良くああなる。覚えておくと良い」

「何と言うかそれは……」

「将軍らしいわね」

 

 何か釈然としない納得のされ方をしたが、追及する気も起きないので放って置く。そんな事をするよりも成すべき事があった。自身の愛馬である白夜に歩を進める。

 

「今日もまた、頼むぞ」

「――」

 

 軽く首を抱き、その美しい毛並みをゆっくりと撫でながら呟く。それに応えるように白夜は静かに嘶いた。気が、充実するのが解った。まだ、戦える。心中で呟く。

 

「共にいこうか」

 

 そう告げ、その背に命を預ける。一度深く息を吐く。

 

「将軍、コレを」

「ああ、すまんな」

 

 近くにいた麾下が、槍を持ってくる。ソレを受け取り、振り向いた。気付けば、竜騎兵は全ての準備を終え、俺の指示を待っていた。

 

「お前はそのままエルミナ様に伝令」

「はっ」

 

 麾下の一人が軍礼を取った。その姿が最初と比べると驚くほど様になっており、否が応にでも麾下の成長を感じた。思えば、様々な事があった。柄にもなく感傷に浸る。

 

「行くぞ、竜騎兵の力、この一戦で天に示す!」

 

 槍を天高く掲げ、叫ぶ。

 

「応!」

 

 麾下達がそれ以上の雄叫びを上げる。敵が、地が、世界が震えるのを感じた。ならば、それで戦をする準備は終わりだった。右手居持つ槍を水平に構える。ざわりっと、戦場全体が蠢くのをはっきりと感じた。ゆっくりと腿を締め、白夜に合図を送る。最初はゆっくり。そして、徐々に風を切る速度が加速していく。前を見据えた。眼前には敵がどっしりと構え布陣を曳いている。見れば、陣が両端に広がり突出する部隊を包囲しようと言う魂胆なのが容易に想像できた。笑みが深くなる。魔剣に魔力を込め、言葉を紡ぐ。

 

「原野を駆ける我らが意思に、竜を破る峻烈なる加護を」

 

 左手に持つ魔剣の力を解き放つ。首に巻かれた真紅の布が、淡く煌めくのを感じた。血潮が滾り、心が躍る。柔らかい風が頬を撫ぜた。一度、天を仰ぎ見る。雲一つない青空が広がっている。視線を戻す。アンナローツェ軍が此方を囲むように全軍を展開させていた。口元が吊り上がる。左手に持つ魔剣、掲げた。そのまま無造作に振り下ろし叫ぶ。

 

「全軍、弱者を蹂躙する。我に――続け!」

 

 号令を上げる。竜騎兵が一頭の獣となり、戦場を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

「アレが、ユン・ガソルの先鋒か」

 

 アンナローツェ軍本陣。この地に集結するアンナローツェ軍を指揮する立場にある総騎長、リ・アネスはユン・ガソルの陣から一つだけ突出した部隊を見据え、冷静にそう分析する。アンナローツェはザフハと交戦状態にある為、ザフハの盟友であるユン・ガソルが参戦してくることはアンナローツェの女王であるマルギレッタも当然予想していた。それ故、ザフハからもユン・ガソルからも攻め込まれる可能性のあるイウス街道に腹心であり最も信頼のおけるリ・アネスを配していた。

 

「速いな。予想よりも、遥かに速い」

 

 とは言え、アンナローツェを言えども準備万端で備えていた訳では無い。先にユン・ガソルはメルキアと大規模な戦闘を行っており、此方に出兵してくるとしても、もう暫くの猶予があると想定していた。だが、実際にはアンナローツェの想定を上回る速度でユン・ガソルが侵攻してきた為、兵に満足な休養を与えられぬままの防衛線に駆り出されてしまっていた。

 

「とは言え、三銃士のうち一人しか姿を現していないのがせめてもの救いか」

 

 リ・アネスの言葉の通り、戦場にはユン・ガソルの部隊の中で、エルミナの率いる隊以外に三銃士の姿は見えない。アンナローツェ軍の諜報能力を信用するのならば、この線戦場にいる三銃士はエルミナ一人だった。

 ユン・ガソルの三銃士と言うのは、良い意味でも悪い意味でも目立つのである。数多の戦場で功を上げ、名実ともにユン・ガソルの看板といえる為、その旗印が戦場に存在するならば、自然と敵の目を惹きつけてしまうと言う訳である。さらに言えば王が出てきていない以上、次点で全軍を指揮する可能性があるとすれば三銃士であるため、今回の戦の総大将と言える。前向きに考えるのならば、三銃士が集結していないうちに一人を討つ事が出来る状況だった。看板であり支柱であるが故、三銃士を失った時のユン・ガソルの損失は計り知れない。ザフハとの戦が続く為消耗しているが、ある意味ではこの状況はアンナローツェの好機ともいえた。

 

「総騎長、敵の騎馬隊が単体で接近しております。報告によると、騎馬隊は一様に黒色の鎧を身に纏っているようです。如何しますか?」

 

 リ・アネスの下に報告が入る。敵の先鋒は、ユン・ガソルの騎馬隊であった。

 

「漆黒の騎馬隊、か。噂の黒騎士と言う奴だろう。……ユン・ガソル本陣に大きな動きは見られない。それだけあの騎馬隊にに自信があるのか、あるいはただ捨て駒にされたか。どちらにせよ敵軍の戦力を奪う好機には変わりない。全軍で包囲、殲滅する」

「はっ!」

 

 幾ら敵が騎馬隊であろうとも、アンナローツェの本陣と先鋒隊とでは戦力の差が大きすぎた。後続が続かないと言うのならば、袋の鼠と言う訳である。リ・アネスの指示により全軍が黒の騎馬隊を囲むように陣を左右に大きく開いていく。それは、本陣の厚さが少し薄くなると言う事を意味していた。やがて、包囲をするのに十分な大きさに陣が展開される。其処まで来て、漸くユン・ガソルの本陣が動き始めた。後方にいた部隊が、ゆっくりと歩を進めて行く。それは、黒騎士が殲滅された直後にアンナローツェ軍を攻撃できる程度の絶妙な速さであった。

 

「成程。我らが黒騎士率いる騎馬隊を殲滅する隙を突き、強襲しようと言う訳か」

 

 そんなユン・ガソルの動きを観察していたリ・アネスは感心したように呟く。包囲中の敵を側面から突く。単純だが有効な手を打ってくるエルミナに、僅かに感嘆を漏らす。そう言う策だと解っていようとも、ユン・ガソルの黒騎士は無視できる存在では無かった。解って居ながら、相手にせざるを得ない。そう言う周到な作戦だと言えた。

 

「流石は三銃士と言うだけの事はある。戦い方が周到だ。だが、そう易々と策に乗ってやる訳には行かない。右翼左翼に伝令。騎馬隊の相手は本陣で行う。両翼は敵本隊に備えよ!」

「承知しました!」

 

 伝令が直ぐ様駆ける。その背を見送った後、迫り来る漆黒の騎馬隊を見据える。瞬間、騎馬隊から無数の矢が放たれる。騎射。黒騎士率いる騎馬隊から、神速の弓撃が飛来する。

 

「総員構えよ。騎射の後、来るぞ!!」

 

 リ・アネスの号令の数舜後、数多の矢が降り注ぐ。本陣全体が、盾を上方に構え防御態勢に移る。金属の盾と矢じりがぶつかり合う音が戦場に鳴り響き、無骨な戦場にそれ以上に無骨な旋律を響かせる。それはさながら、戦場の音楽であると言えた。

 

「……長すぎる」

 

 飛来する矢に耐えつつ、リ・アネスは思わず呟いた。矢が降り注ぐ時間が、長すぎるのである。敵の部隊数に比べ、飛んでくる矢の数が二倍にも三倍にも感じた。何度かに分けて矢を放ったとしても矢が途切れる瞬間と言うのが来るはずなのだが、纏まって飛んでくる矢の数が思いの外少ないだけで一向に矢が途切れる気配がなかった。その事実を声に出した瞬間、ぞくりとリ・アネスの背をいやな汗が伝う。盾を掲げる兵の一団から抜け出し、飛来する矢を強固な鱗で守られた巨大な尾で迎撃しながら黒の騎馬隊を見た。

 

「っ!? やられた! 全軍――」

 

 リ・アネスは悔しさを滲ませつつ、零す。彼女が見たのは、漆黒の騎馬隊が一糸乱れず筒状の魔導兵器を構えるところだった。敵の騎馬隊のうち、半数程度が魔導銃を取り出し、残る半数が絶え間なく矢を放ち続けていた。飛来する矢を防ぐため、盾を構え防衛体制に入っていたアンナローツェ軍はその動きに気付くのが僅かに遅れた。その時間が、致命的だった。リ・アネスは歯を食いしばり、次の指示を出そうとするがそれよりも速く――

 

 

 

 

 黒の騎馬隊の魔導銃が唸りをあげた。

 

 

 

 

「くぅ……!?」

 

 黒の騎馬隊の放つ霹靂が、アンナローツェ本陣を駆け抜ける。戦場にその威を轟かせる程の轟音。アンナローツェ軍の兵士の体から噴き出る鮮血と飛び散る肉片がその威力を物語る。矢を防ぐために上空に盾を向けていたため、無防備に晒された兵士たちの胴体に向け黒の騎馬隊、否、黒の騎馬鉄砲隊は一切の慈悲すらなく、その牙を容赦なく突きつけ喰らいついた。まるで巨人が殴ったかの様に本陣の一部が吹き飛ばされ、肉片に代わる。それが立て続けに二度三度と解き放たれ、五回目の閃光がアンナローツェ軍を強襲したところで、それは辿り着いた。

 

「これが、黒の騎馬隊」

 

 雷の後に現れた、暴風。強襲してきた漆黒の騎馬隊はそう称するに相応しい程圧倒的な速さと暴力を以て、アンナローツェ軍に躍り掛かる。気付けば、騎馬隊は大きく二つに別れていた。本陣に突撃する漆黒の騎馬隊と、後方に離脱し、更に二つに別れアンナローツェ軍の両翼に向け騎射を放ちつつエルミナ率いる本隊と合流する騎馬隊である。

 やがて、本陣の大混乱が感染し、更に側面からの騎射により指揮系統が乱されたアンナローツェ軍に、エルミナ率いる本体が襲い掛かる。

 

「そんな――」

 

 たった一つの失策。黒騎士率いる騎馬隊を捨て駒と判断し、後方に控えた本隊に余力を以て当たろうとしたことが完全に裏目に出ていた。総大将であるエルミナ・エクスの絶妙な行軍速度に騙されたと言う部分も多分にあるが、リ・アネスが敗北した原因は一人の男にあると言えた。それは、

 

「これがユン・ガソルの黒騎士、ユイン・シルヴェスト」

 

 呆然と呟く。侮っていた訳では無かった。事前に得ていた情報で相手の事をある程度知っており、地力のある将軍だとは思っていた。だが、それを考慮したうえでも、リ・アネスにはその時のユインは捨て駒としか思えなかった。アンナローツェの本隊と相対するのが、ユン・ガソルの一部隊である。それも元メルキア所属の。その上でメルキア嫌いで有名なエルミナの絶妙な行軍である。その考えも仕方ないと言えた。結果として、その読み違えが敗北の最大の原因となった。そして虚を突かれ、騎馬鉄砲隊の銃撃で大混乱に陥った本陣に目掛け、まるで一頭の獣の如く統率のとれた騎馬隊がその威を振るう。アンナローツェが連日の戦いに疲弊しているとはいえ、リ・アネスにとって憎たらしいほど鮮やかな手並みと言えた。

 

「敵将、覚悟!」

「ぐっ!? まだだ、まだ、負けられない!」

 

 襲い掛かる漆黒の騎馬隊の刃を自身の腕で受け止め、返す刃で斬り伏せる。その一撃は寸分の狂いも無く騎馬兵の胸を打ち貫き、落馬させる。

 

「しょ、将軍……」

 

 落ちた兵士が僅かに零し、立ち上がろうとしたところで口から血を零し倒れ伏す。ピクリとも動かなくなった騎馬兵の体から紅が広がっていく。ソレを一瞥だけし、リ・アネスが視線を移したところで無数の鏃が眼前に迫っていた。

 

「くぅッ!?」

 

 思わず頭を両腕と大蛇の如き尾でで庇うようしその矢を叩き落とす。幾らリ・アネスと言えども、至近距離から無数の矢を受けては無傷とは言えず、龍人の鱗を突き破り、其処から血が流れ出す。

 

「あの力、あの姿、奴がアンナローツェの指揮官だ! 奴を討て!」

「私は、こんなところで死ねないんだ!?」

 

 リ・アネスは全身から魔力を爆発させるように解き放ち、咆哮を上げる。凄まじい重圧が辺りを包み込み、ほんの僅かに広がった動揺をつき、数人の騎馬兵を斬り伏せる。

 

「その首、貰い受ける」

 

 馬蹄が響いた。死神が近付いて来たかのような強烈な悪感がリ・アネスに襲い掛かる。直ぐ傍にいた敵を切り伏せ、部下の兵たちの指揮を執ろうとした所で、リ・アネスは弾かれたように剣を背後に向けて振り抜いた。

 

「あああ!」

 

 戦場を震撼させる程の衝撃。ぶつかった刃と刃が火花を散らせ、魔力と魔力がぶつかり合い、その衝撃が突風を巻き起こす。

 リ・アネスに襲い掛かったのは、一騎の騎兵だった。右手に槍を持ち、左手に剣を携えた男。漆黒の鎧を纏い、首元に無造作に巻かれた真紅の布が淡い光を帯びたなびいている。左手に持つ剣からは凄まじい程の魔力が迸り、戦場においてその武威を誇るかのように存在していた。男の無機質な灰色の双眸は、淡々とリ・アネスだけを見据えている。死の気配がリ・アネスを包み込んでいた。

 

「ぐ、貴様は、何者だ?」

 

 刃を受け止めたリ・アネスは思わずそう尋ねる。相対し、一度刃を重ねただけで、目の前にいる人間が三銃士と同等か、もしくはそれ以上の敵だと彼女の直感が警鐘を鳴らす。この状況でそれが誰かなど容易に想像できるのだが、それは目の前の男の口からリ・アネスが直接聞き出しておくべき事であった。

 

「ユン・ガソルの騎馬隊、竜騎兵を総べる将。竜騎将、ユイン・シルヴェスト」

 

 それは、竜を狩る人間と、人間を守る龍人の出会いだった。




大変お待たせして申し訳ありません。
じっくり更新していくつもりなので、気長にお待ちいただければ嬉しいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。