竜騎を駆る者   作:副隊長

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23話 兆し

「イヤイヤァ、流石はゆいん君デスネェ。恐ロシク強イ。私ノ下ニ居タ時カラ兆候はアリマシタガ、マサカコレ程トハ思イマセンデシタ!」

 

 ユン・ガソル軍とアンナローツェ軍のぶつかり合いが始まり、ユイン率いる竜騎兵がリ・アネス率いる本陣にその牙を突きつけた頃、彼らのぶつかり合う戦場から少しばかり離れた台地より、その戦闘を観戦する者があった。元メルキア東領元帥である、ノイアス・エンシュミオスである。

 禁忌の力を用いた事で不死者へと変貌したノイアスであるが、その瞳に映る色は人間だった頃と変わる事なく爛々と輝いている。知将として名を馳せ、権謀術数に長けた男である。姿かたちは変わろうとも、その本質が変わる事は無い。二国がぶつかり合い、やがては三国の戦に発展するこの戦いをどう使うべきか。薄い笑みとどこか陽気な声とは裏腹に恐ろしく冷たい色をした瞳が、戦場を見詰め思考する。

 

「相手取ル龍人モ相当ナ使イ手ノヨウデスガ、今回バカリハ相手ガ悪イ。救国ノ名将ト言エドモ、至ル可能性ヲ持ツ者、軍神トナルベキ男ガ相手デハ非常ニザンネンデスガァ、勝テル道理ガナァイ」

 

 戦場を駆け抜ける竜騎兵を見据えたノイアスは、さも愉快そうに声を上げる。その声音は喜色でありながら、聞く者がいたならばまず正気であるのかを疑ってしまう程、異質なものを感じさせる。禁忌の力を用い不死者と化していた。だが、それ以上に、ノイアスそのものが異質であった。それ故、ノイアスの発する気質もまた、異常と言える。

 

「デスガ、今ココデあんなろーつぇ女王派ノ筆頭ガ消エルヨウデハ、時間ガマッタクモッテタリナイ。恐ロシイ事ニ、彼ニハソレヲ成ス事ガデキテシマウ。めるきあガらなはいむヲ制スル前ニあんなろーつぇガ滅ンデハ、ソレコソめるきあガ存亡ノ淵ニ立サレテシマウ。ソレハ、避ケネバァナラナイ」

 

 アンナローツェとユン・ガソルの戦い。それを見据えるノイアスの瞳には、両国では無く、ただユイン・シルヴェストのみが映っていた。そして、確固たる脅威として認識している。それは、一国の元帥が考える事とは思えないほど荒唐無稽と言える事であった。

 ノイアスが危惧するのは、メルキア帝国の存亡についてであった。

 現状、メルキア帝国は東領元帥ヴァイスハイトがラナハイムと交戦しており、北領元帥ガルムスが北の魔族に備えつつ、ザフハからの侵攻にもにらみを利かせている状態である。そんな状態で、万が一メルキアがラナハイムを制する前にユン・ガソルと同盟国のザフハがアンナローツェ王国を滅ぼす事になったとしたならば、ラナハイムを相手にしつつ魔族を警戒しながら、戦争により国力の増したユン・ガソルとザフハを相手にしなければいけない事となるのである。

 特にユン・ガソルは、ザフハとラナハイム両国と同盟を結んでおり、ラナハイムが滅亡するよりも早く対メルキア戦線に参戦する事になれば、独力ではメルキア帝国に劣る三国がユン・ガソルを架け橋として連合し三方向から連携を取り攻め寄せて来る事が容易に想像できる。更には、三国同盟を相手にしつつ魔族の対処もしなければいけない。メルキアは、人間同士の戦い以外にも備えるべき戦があるのだ。

 その全てを考慮した時、ラナハイムが滅ぶ前にアンナローツェが滅亡してしまうことになれば、幾ら四元帥を有する大国メルキア帝国と言えども、存亡の淵に立たされることは想像に難くない。それが、ノイアスの行き着いた結論であった。

 だが、あくまでソレはアンナローツェがラナハイムよりも早く滅亡した場合である。現在はユン・ガソルが優勢であるが、それは今回に限った話である。戦と言うのは勝つ事もあれば負ける事もある。今回勝てたとしても、それが全てと言う訳では無い。それは、ユン・ガソルとアンナローツェの戦にも言える事であった。

 そして、現在は東領元帥とラナハイムの戦であるが、南領元帥であるオルファン・ザイルードの参戦の情報もノイアスは掴んでいた。メルキアの元帥の中でも、ヴァイスハイトとオルファンには特に深い繋がりがあった。かつての上司と部下。師と弟子。そして幼少の頃親を失ったヴァイスハイトにとっては育ての親とも言える。他の元帥たちには無い絆が二人にはあり、彼らが共闘した時の力は計り知れないだろう。幾ら精強なラナハイムとは言え、分の悪い戦いになる事は火を見るより明らかであった。

 にも拘らず、ノイアスはユン・ガソルには、ユイン・シルヴェストにはそれを成す事が出来ると確信していた。

 

「最初ハ裏切者ヘノ保険ノ心算デシタガ、トンダ掘リ出シモノデシタ。手元ニ置ク事コソ出来マセンデシタガ、ソウ言ウモノダト解ッテイレバ、ソレナラバソレデ使イヨウハアリマスシネ。幸イ、マダゆいん君モ完全デハナイヨウデスカラネ」

 

 ノイアスにとって、ユインが勝利する事は疑う事の無い決定事項だった。実力云々では無くそう言うモノ(・・・・・・)だと理解していた。物を投げれば何れ地に落ちる。ノイアスにとって、今のユインがまともに戦えば勝利収めると言う事は、そんな常識と同レベルであった。

 

「トハ言エ、今ハあんなろーつぇデスネェ。モウ暫ク時間ヲ稼イデモラワナケレバイケマセンネェ。トリアエズ貴方タチ……」

 

 故にノイアスは両国の戦に介入する。あくまで、ユイン・シルヴェストがまともに戦えば勝つと言うのが、、ノイアスの結論であった。ならば、まともに戦わせなければ良いのである。

 ノイアスの言葉と共に、何処からともなく一頭の竜と人間の様な形をした異形の魔物が無数に現れる。巨大な飛竜。以前、竜騎兵が討った飛竜とは比べ物にならない程の体躯を持った巨大な竜であった。飛竜と言うよりは、最早雷竜に近いが、その巨躯以上に異質な特徴があった。身体のいたるところが何かの結晶の様なものと融合しているのだ。それは、現在地である中原東部には存在していない種であった。あえて言うならば、闇竜だろうか。

 

「適当ニ殺シテキテクレマセンカ?」

 

 ノイアスの言葉に、闇竜は静かに頷く。その様は、主に仕える臣下のようであった。

 やがて竜が戦場に向かう為、空に舞い上がる。二つの国以外の思惑が、動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああ!!」

 

 咆哮。膨れ上がった魔力を爆発させ、リ・アネスは己の剣にその命を託す。眼前には黒き死神。ユン・ガソルの竜騎兵を束ねる男。ユイン・シルヴェスト。右手に槍を、左手に魔剣を構え駆け抜ける。首元に淡く光る真紅。戦陣で風に揺られている。

 

「……」

 

 無言の圧力からの一撃。右手。黒の魔力が込められた槍。神速を以て、リ・アネスの視界に現れる。

 

「リ・アネス様!?」

 

 リ・アネスの纏う空色の鎧がはじけ飛ぶ。華奢な肩がむき出しになる。アンナローツェの兵士が声を荒げた。

 

「ぐ、問題ない。私の事は良い、それより皆は陣を整えろ!」

「しかし――」

 

 今にも二人の間に割って来そうな兵士をリ・アネスは制止する。が、尚も言葉を紡ごうとする兵士の耳に、

何かを弾く音が届いた。それが何か。兵士が理解する前に、突き刺さった。

 

「リ、アネス様……」

 

 それが、最後の言葉だった。何が起きたのか理解できない。そんな表情のまま兵士は崩れ落ちる。額、胸、腹。矢。兵士が視認するよりも早く放たれていた。そのまま崩れ落ちる兵士の喉に、槍が容赦なく突き刺さった。確実に命を奪っていた。

 

「っ、貴様ぁぁぁ!?」

 

 その光景に、リ・アネスは思わず声を荒げた。戦場で兵士が死ぬのは仕方ない。だが、自身を助けようとした兵士であった。幾ら冷静なリ・アネスとは言え、感情が僅かに動いてしまう。吹き荒れる怒り。魔力に姿を変え、リ・アネスの力となりその刃に宿り死神に襲い掛かる。

 

「戦場では弱き者から死ぬ。それが、道理だ」

 

 その刃を受け止め、ユインは告げる。それは、怒りに燃えるリ・アネスとは対照的な言葉であった。声音から一切の感情が窺い知れず、ある種の不気味さを感じさせる。

 

「だからと言って、目の前で部下が殺されて黙って居られるかッ」

 

 そんなユインの言葉に、リ・アネスは更に吼える。兵士たちは、自分を信じて戦ってくれた。そんな思いがあるからこそ、それはリ・アネスにとって譲れない事であった。リ・アネスの刃が更に魔力を纏う。想いが、リ・アネスを更に強くしていた。

 

「だろうな。だが」

 

 不意にユインが笑みを浮かべた。一瞬、リ・アネスに向いていた圧力が消える。同時に濃厚すぎる死の気配がリ・アネスを捕えた。全身に死が纏わりついて来るのが、リ・アネスにははっきりと感じられた。来る。何故かそう感じた。

 

「それは俺とて同じだ」

 

 瞬間、爆発した。

 リ・アネスの部下はユインに殺された。だが、ユインの部下である竜騎兵もまた、リ・アネスにその命を終わらされていた。リ・アネスが怒りを露わにしたように、ユインもまた、静かに怒りを募らせていたのである。竜騎兵はユインがユン・ガソルに来て一から鍛えた麾下であり。兵士一人一人が部下であり、大切な宝だと言えた。その麾下を殺されたのだ。戦をする以上仕方が無い事とは言え、その怒りは計り知れない。例えユインにとって失っても構わないものだったとしても、何も感じないわけでは無い。死に慣れているとしても、何も感じないわけでは無いのだ。

 例えるなら、先ほどまでは暴風の中にある僅かな目だった。つかの間の静寂。そしてその後に来る、本当の暴風。黒の魔力が戦場全体を包み込んだ。そのあまりの圧力に、一瞬、戦場の音が消える。そう錯覚してしまうほどの圧力が駆け抜ける。漆黒の中の真紅。その威を示すかのように強く輝いた。左手。魔剣を振り下ろす。

 

「あ……」

 

 ただ一撃。その一撃を以て、リ・アネスの持つ剣を打ち砕いていた。剣の破片が宙を舞う。目を見開くリ・アネスに向け、右手に持つ槍の一撃を以て、ユインは終焉を告げる。誰一人として動く事は叶わない。この瞬間、竜騎将の示す武威に戦場にいるすべての人間が圧倒されていた。ユン・ガソルの竜騎将。その存在が、戦場全体を震撼させていた。

 自らの将を救わなければならない。そう思っていても、アンナローツェの兵士たちは動く事が出来なかった。竜騎将の武威。それを直に感じてしまった。勝てる訳が無い。兵士たちが一様に抱いた印象だった。彼らの指揮官を圧倒するユインが、総崩れに陥った兵士たちを恐慌状態に陥らせるにはそれで充分であった。

 黒を纏った槍が、唸りをあげる。リ・アネスの心の臓。冷徹に打ち貫く為、容赦なく放たれる。

 

 ――ッ――ッ!?

 

 死ぬ。リ・アネスがそう思った時、戦場全体を包み込んでいた圧力を打払わんばかりの咆哮が響き渡る。天をも穿つ雷霆の如き怒声。いたずらな神の戯れか、ほんの一瞬だけ、黒を纏った槍がその軌跡をずらした。同時に戦場を包んでいた圧力が、刹那にも満たない間揺らいだ。どこか諦めていたリ・アネスの身体に覇気が戻り、全身に活力が生まれた。萎えていた心が震えあがり、反射的に体が動いていた。理屈では無く、ただ飛んでいた。マルギレッタの為にも、まだ死ねない。リ・アネスにあるのはその一念だけであった。その一念しかなかった為、九死に一生を得た。

 

「ぐぁぁぁ!?」

 

 心臓を穿つ筈の槍。その先端が心臓を突き破る事は無く、龍人の右腕を穿つだけに留まっていた。一瞬の攻防が終わり、即座にリ・アネスの下に配下の兵が集まっていく。だが、最早そんな事を気にしている時間はユインには無かった。見た事の無い竜。全身に結晶を纏った黒き竜が、ユン・ガソル本陣に向かい、襲い掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場を襲ったのは、言い知れぬ不快な感覚だった。アンナローツェの指揮官である、龍人リ・アネスに止めを刺そうとしたところで、不意にそれは現れた。黒の鱗に身を包み、体のあちこちになにかの結晶を持つ竜。以前に討伐した雷竜よりもさらに大きな黒竜が、突如出現していた。黒竜がその姿を現す直前、全身をざらりとした悪感が奔った。それは、自分の持つものと同じか似て非なる力であった。敵将であるリ・アネスを討ち漏らしたが、そんな事に構っている時間は無かった。

 

「勝負は預ける」

 

 本陣を強襲した黒き竜。その存在は容認できるものでは無かった。全身が、そして自身の手にする騎帝の剣が告げていた。アレはまっとうな存在では無いと。

 

「リ・アネス様」

「うぁ……」

 

 アンナローツェ軍の兵士がリ・アネスを助け起こしていた。だが、意識を失っている。命こそ奪えなかったが、半ば腕を引き千切ったようなモノだった。その状態も当然と言える。

 

「く、くそ。総騎長がコレじゃ戦にならない。退くぞ!」

 

 アンナローツェは退くようであった。リ・アネスこそ討つ事は出来なかったが、それはアンナローツェに大打撃を与えたと言えるほどの戦果だった。その余韻に浸る暇も無く、馬首を返す。右手に持つ槍を水平に構え、左手に持つ魔剣。天に掲げた。

 

「集結」

 

 号令を出しそのまま駆ける。近くにいた麾下が声を上げ、やがて号令を出す麾下が音を鳴らす。同時に麾下全体に施している魔法の出力を上げ、合図を送る。後方にある本陣に向け走っているにも拘らず、即座に麾下が集まり、縦列に陣形を組んだ。そのまま一気に加速する。疾駆。竜騎兵の最大速度を以て、本陣に向かい駆け抜ける。

 

「しょ、将軍!」

 

 麾下を走らせて行く内に、此方に向かい一直線に駆けてくる騎馬に出会い合流した。部下の一人である、ダリエルだった。部下のリプティーとダリエルはアンナローツェとぶつかるさい、後方に下がりアンナローツェの側面を弓撃しつつ、本陣と合流する役目を与えていた。一度本陣に合流した後は、エルミナ様の指揮下に入って総攻撃を加える予定だった。だが、この場にいると言う事は

 

「伝令か?」

「は、はい。ユン・ガソル本陣に、見た事の無い黒い竜と同じく見た事の無い魔物に襲われ混乱、至急救援をと!」

「解った。このまま駆けるぞ、遅れるな」

「はい」

 

 ダリエルの拙い報告を受け、そのまま駆け抜ける。ダリエルが自ら伝令として来ていた。それは、波の兵士では到達できないと思える程度には敵が強いと言う事であった。強く槍を握る。不意に、手の甲に生ぬるいものが付いた。血であった。槍に付着していた血。敵軍のモノであった。無造作に振るい、散らした。この地は、戦場なのだ。ならば、自分のやる事は決まっている。

 

「ダリエル。これをつけろ」

「これは?」

「竜騎兵のみが付ける、魔法具。特別に貸してやる」

「あ……はい!」

 

 自身の首に付けていた真紅の布を外し、ダリエルに付けさせる。ダリエル一人だけ加護が無いのでは、足並が揃わないからだ。一度ダリエルがじっと魔布を見た後、首に巻いた。

 

「将軍、コレを」

 

 控えていたカイアスがそう言い、一枚の魔布を渡してきた。血の染み込んだ、魔布。今回の戦で死んだ麾下の付けていたものだった。

 

「すまない」

 

 一言詫び、身に付ける。魔剣、掲げた。

 

「原野を駆ける我らが意思に、竜を破る峻烈なる加護を」

 

 言葉を紡ぎ、魔を解き放つ。薄れていた真紅が再び淡い光を灯す。

 

「凄い……」

 

 ダリエルがそれだけ呟いた。

 

「行くぞ、分を弁えぬ愚か者を討ち滅ぼす」

「応!」  

 

 気炎を上げた。目の前には、黒き竜が空を駆けている。そして、地上には人が溶けた様な奇妙な風貌をした魔物が本陣全体に攻勢を仕掛けていた。数こそそれほど多くは無いが、双方ともに相対した事の無い敵であった。その所為か、兵士たちは及び腰であるように思えた。

 

「ちっ、鬱陶しい奴らだ。全軍、隊列を組み直せ、敵は少数だ。個々で当たる必要はない」

「ベアトリクス将軍」

 

 応戦していたベアトリクス将軍を見つけた。数体の魔物を切り伏せつつ、指揮を執る様は歴戦の将と言った風格を感じさせる。そんなベアトリクス将軍の姿に後押しされてか、兵士たちも少しずつ敵を押し返していく。

 

「ユインか。此処は大丈夫だ、それよりエルミナ様を頼む。敵の大将に執拗に狙われているせいで、リプティーを引き連れ、自ら囮になられた!」

「承知。カイアス!」

「ここに」

「半数をもって、全軍の鎮静化に当たれ。俺はダリエルを伴い、エルミナ様を助ける」

「はっ」

 

 ベアトリクス将軍の言葉を聞き、隊を二つに分ける。エルミナ様の救出も大事だが、全軍の鎮静化も必要だった。後者はカイアスに任せれば大丈夫だろう。だからこそ、自身は救援に向かう。

 

「将軍。リプティーは、エルミナ様は大丈夫……でしょうか?」

「むざむざ死なせはせん。ソレにエルミナ様はもとより、リプティーとて、簡単に死ぬほど軟では無い。部下は死なない様に鍛えてきた」

「ッ……はい」

 

 僅かに不安そうなダリエルの問いに、答える。戦場は人が死ぬものだ。それは避けられない。ならばこそ、少しでも死なないようにするのが調練である。竜騎兵を筆頭に、部下であるダリエルやリプティー、その配下たちにはそう言う調練を施してきた。その成果が試される時だった。

 

「く、大丈夫ですか、リプティー。貴女は初陣なのです、無理しないで下さい」

「だ、大丈夫ですエルミナ様。無理はしていません。でも、もう殆ど矢が尽きてしまいました……」

「そうですか……。すこし、不味いですね」

 

 やがて、そんな声が聞こえてきた。視線の先、エルミナ様とリプティーを中心に、少数の兵士が円陣を組み、黒龍に備えつつ、襲い来る魔物に応戦していた。何度目かの防戦を終え、少しばかり軍装の乱れはあるが、無事のように思える。とは言え、未だ敵に囲まれているようで、油断はできない。

 

「この音は……」

「え、あ、お姉ちゃん!?」

「危ない、リプティー!」

 

 戦場に響く馬蹄。その音にいち早く気付いたエルミナ様が、此方に視線を向けた。次いで、リプティーが振り向く。ダリエルと目が合ったのか、驚いたように声を上げた。僅かに、戦場で隙を晒していた。リプティーに向け、一体の魔物がその牙をもって襲い掛かる。ソレに気付いたダリエルが、声を荒げた。慌てて弓を構えるが、遅い。

 

「これ以上、部下を死なせはせんよ」

 

 右手に持つ槍、投擲していた。寸分狂わず魔物の頭部を穿ち、その命を冥界へと送る。既に、数名の竜騎兵を失っていた。それ故、これ以上死なせるつもりはない。

 

「矢が無くなったのならば、剣を抜け。その調練ばかり、施したはずだ」

「あ……、将軍」

 

 漸く合流し、半泣きになっているリプティーに告げる。

 

「来て、くれたんですね」

「来ない理由がありません。話はあとです。まずは、アレを落とします」

 

 エルミナ様の言葉に軍令で応え、空を駆る黒竜に視線を向ける。黒竜は此方を襲う気を窺っているのか、庭球を旋回し、此方に視線を定めていた。

 

「魔導銃」

「此方に」

 

 麾下の一人から魔導銃を受け取る。照準を定めた。間を見計らい……放つ。

 

「――!?」

 

 黒竜の上あごを掠める。怒号が鳴り響いた。半端に痛めつけた竜が怒り狂ったのだろう。笑みを浮かべる。都合がよかった。騎帝の剣を右手に持ち、白亜の魔剣を左手に構えた。そのまま、白夜と気を混じり合わせ、昇華させる。二つの力が重なり、より大きな力になるのが解った。もう一度両手に持つ剣を強く握った。

 

「ダリエル。黒竜の翼、狙えるか?」

 

 俺に狙いを定めた黒竜を見据え、昇華した闘気を維持し、黒竜を牽制したままダリエルに尋ねた。首に巻かれた真紅の布が、強い光を放っていた。

 

「落とせます」

 

 目を見てそう言った。自信があるのだろう。それが良く解った。ならば、やらせるのも悪くは無い。

 

「そうか。良い返事だ。ならば、頼もう」

「……はい!」

 

 深く深呼吸した後、ダリエルは大きく頷いた。その瞳からは、僅かに緊張の色が窺える。まだまだ成長途上であり、その様子も致し方ない。一言掛けておいた。

 

「別に外しても構わん。やる事が一つ増えるだけだからな」

「ぐ、将軍、もう少し言葉は選んでください!」

「ふん、それだけ威勢がいいなら上出来だろう」

 

 すると、何時ものように眉を吊り上げ文句を言って来た。それに薄い笑いで答える。肩の力が幾分か取れたように感じた。ならば、何とかなるだろう。

 

「将軍、私たちはどうしましょう?」

「これまで戦ったのだろう。少し休むと良い」

「けど……」

 

 姉が重要な役割を与えられたのに、自身は見ているだけと言うのに耐えかねたのか、リプティーが食い下がる。初陣にしては十分に戦った。これ以上何かを求めるのは、酷と言うものなのだが、本人が納得できないようだ。

 

「リプティー、貴方は初陣でした。にも拘らず、私を守り通してくれましたね。それは、とてもすごい事なんですよ」

「そう、なんですか?」

「はい。ですから、今度はダリエルに見せ場を譲ってあげるべきですよ」

「わかりました」

 

 エルミナ様の言葉に、リプティーは素直に頷いた。エルミナ様の言う通り、初陣にして総大将を危機から守り通したと言うのは、充分すぎる戦果と言えた。そもそもこのような状況になること自体がおかしいので、それを差し引いてリプティー単体の軍功だけを見れば、初陣とは思えないものと言えた。

 

「エルミナ様。最後はお任せします」

「解りました」

 

 最後の締めを、エルミナ様に託す。

 

「では、アレを落とす。ダリエル、任せるぞ」

「はい!」

 

 威勢の良い返事が聞こえた。その声音に思わず笑みが零れる。己の部下もまた、少しずつ育ってきている事を実感する。こうして次代を担う将が育っていくのだと思うと、どこか嬉しく思えた。

 

「良いモノだな」

 

 声にもならない呟き。自然と零れていた。前を見据える、黒竜が、その牙をもって俺を穿とうと隙を窺っていた。是非も無し。心地の良い殺意に身を任せ、笑みを浮かべた。腿を使い、ゆっくりと白夜に我が意を伝える。昇華された闘気がそれ以上に精錬され、新たな高みに至る。両の手に持つ魔剣、気と魔力を纏った。そのまま加速していく。牽制していた気を解き放った。

 

「――、――!!」

 

 咆哮と共に、黒き竜が飛来する。大きく弧を描き此方の正面から襲い掛かるように空を駆け抜けている。戦場を震撼させた雄叫びが、ただ俺だけに向かって放たれる。その衝撃に対し、新たな境地に達した闘気をもって、迎え撃つ。身体が熱を発していた。それが心地よい。愛馬である白夜の熱もまた熱く、心が重なっている事が理解できた。敵を討つ。二つの心が重なっていた。

 

「我らが戦を汚した罪、その身で贖え」

 

 疾駆。唯、全速を持って正面を見据え駆け抜ける。我が道を阻むものは、斬り伏せるだけであった。強く両の剣を握り、その瞬間を待つ。背後から、風を切る音が聞こえた。部下の放った全身全霊の一撃。想像していたよりも遥かに強い魔力の込められた一撃。それが黒竜の翼を穿った。翼も傷つけられた事で、がくりと黒竜の体が傾いた。それは、相対する者として、見過ごす事の出来ない隙であった。

 

「墜ちろ」

 

 大きく傾いた半身。その致命的な隙に向かい、両の剣を振り抜いた。魔力と闘気により強化された斬撃。それをもって黒竜の片腕と片翼を切り飛ばしていた。刹那の交錯の後、完全に飛行能力を欠いた黒竜が地に墜ちる。

 

「今です!」

 

 エルミナ様の号令が上がる。傍で控えていた竜騎兵。その竜をも滅ぼす牙をもって、黒竜の体を蹂躙した。血風が舞い上がり、断末魔が上がった。黒竜が地に墜ち、襲撃者の総大将は討ち果たすことに成功していた。

 

「本陣を強襲してきた黒竜は、竜騎兵が打倒しました!! 皆、意気を上げなさい!!」

 

 そして気勢が上がった。黒竜が討たれたことにより士気が上がり、指揮系統も殆ど回復してきており、各所で猛威を振るっていた魔物が全滅するまでそれ程時はかからなかった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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