竜騎を駆る者   作:副隊長

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24話 将帥

「行けるか、ギルク」

 

 かつて、ルモルーネ公国の首都であった地、フォミアル。今はラナハイム王国に占領された豊穣の地に攻め込んだヴァイスハイトは、傍らに立つ隻眼の偉丈夫に声をかけた。大剣を担ぎ、戦場を鋭く見据えている男の名は、ギルク・セクリオン。既に滅亡したルモルーネではあるが、まだ国が存在していた時にだした要請を受けたヴァイスハイト率いるメルキア軍が、コーラリム山道にてラクリール率いるラナハイムと交戦した後に仕官してきた男であった。

 ギルクはコーラリム山道にある小さな村で過ごしていた男であった。だが、隻眼であり、その鍛え上げられた肉体からも彼が並の使い手ではないことがヴァイスハイトには直ぐにわかった。実際に兵士たちと戦わせたとき、その力に驚嘆した。歴戦のメルキア兵が赤児のごとくあしらわれたからだ。その実力を直に見たヴァイスハイトがギルクを将として迎えるのは当然の成り行きと言えた。

 

 

「ああ、元帥殿。敵の大将クライス・リル・ラナハイムも出てきているという。あの男の相手は俺に任せてくれ」

「ああ、頼りにしている。だが、無理はするなよ。あの男もまた、尋常ならざる強さを秘めている」

 

 ラナハイムの王、クライス・リル・ラナハイムがフォミアルを守っていた。近衛兵のラクリールも相当な力を有していたのだが、クライスの力はその比ではなく絶大の一言に尽きる。雷の魔法を用いるラクリールの印象を稲妻と例えるなら、氷魔法を操り戦場に立つクライスは宛ら吹雪であった。戦場全体を凍らせる。それほどの魔法の使い手だった。

 

「しかし元帥殿。それほどの相手ならば全力で攻めかかるのもわかるのだが、守りが手薄過ぎないだろうか?」

 

 ギルクの口から出たのは、それほどの相手と戦うからこそ出た疑問だった。コーラリム山道への道は大きく二つ存在し、一方は現在地フォミアル。もう一方は敵であるラナハイムが治める魔法街フリムだった。にも関わらずコーラリム山道に駐屯している兵は少なく、フリムから出兵されれば到底守りきることができそうにない。敵が強いのはわかるが、守りを軽視しすぎていないか。ギルクはそう告げているのである。

 

「ああ、その点に関しては抜かりない」

 

 それにヴァイスハイトは笑みをもって答えた。その表情は自信に満ちており、コーラリム山道については何の心配もしていないことが伺える。

 

「と言うと、何か策が?」

「まぁ、そんなところだ。フリムの兵はこちらに向けては一切動けないだろう。そんな暇がなくなる。俺以上の強敵の動きによって、な」

「なるほど、そういう事か。ならば、後顧の憂いはないというわけだ」

 

 ヴァイスハイトの言葉にギルクは頷いた。メルキア南領元帥の出陣。それが既に決定していた。ヴァイスハイトが軍を進めると同時に、魔法街フリムの直ぐ北西に位置し、メルキア南領との境にあるソミル前線基地に攻め込む手はずがされており、既にオルファンの軍が動いたという報告も受けていた。メルキアの宰相が本腰を入れて攻めてくる。その力は絶大で、主力の欠けるラナハイムの前線基地程度の兵力では防ぎようがないと言えた。前線基地が落とされればフリムまで目と鼻の先である。悠長にコーラリム山道を攻めている暇などないというわけであった。

 

「ねぇ、王様。ギルクと何話しているの?」

「ああ、コロナか。この戦いが勝てるようにギルクと話してたんだ」

 

 そんな二人の会話に入ってきたのは、白の少女だった。名を、コロナ・フリジーニ。戦場などにはとても似つかわしくない、年端もいかない女の子である。ヴァイスハイトとギルクの傍らに立ち小首を傾げる様は、戦場には不釣り合いであった。

 

「そっか、でも大丈夫。王様もギルクも私が守るから」

 

 ヴァイスハイトの言葉を聞き、コロナは小さな両腕をグッと握り言った。本人としては力強く言ったつもりなのだろうか、ギルクとヴァイスハイトからしてみれば、ただ微笑ましいだけである。二人の顔に自然と笑みが浮かんでいた。

 

「くく、コロナに守ってもらうようじゃ元帥として駄目だからな。この戦、勝とうか」

「全くだ。元帥殿、先陣は任せてくれ」

「ああ、期待している」

 

 二人は意気を上げた。この無垢な少女に守られるようでは男が廃る。二人の目にはそんな意志秘められていた。

 

「わたし、ヘンな事言った?」

「いや、そんな事はないさ」

 

 急に意気の上がった二人にコロナは不思議そうに聞く。それにヴァイスハイトは小さく笑みで答えると、コロナの頭を一撫でする。撫でられたことで気持ち良さそうに目を細めながらも、コロナはヴァイスハイトとギルクを不思議そうな目で見つめているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「被害の程度は?」

 

 イウス街道での戦はユン・ガソル軍の勝利で終わり、要所に築かれた砦に入場し一息吐いたところで、カイアスに尋ねた。

 

「死者四名。重軽傷者が十六名、内二人は今夜が峠です。従軍している衛生兵たちでは手の施しようが無いようです」

「そうか」

 

 カイアスが淡々と報告していく。首元に巻きつけた真紅の魔布を取り外し、戦場に散った部下の事に思いを馳せる。自身が一から鍛え上げた部下であった。容赦無く鍛え上げ、死ぬと思わせるような調練を何度も施してきた。その度に期待に応えてきた者達であった。強くなったと思っていた。実際、戦場では圧倒的な力を見せつける事に成功した。それでも今日、何名か死んだ。戦ではそれが仕方が無いとはいえ、思わずにはいられなかった。弱かったから死んだのだ、と。血の付いた魔布を手にしたまま、強く握りしめた。

 

「全軍の状況は?」

「死傷者合わせて五百と言った所でしょうか。死者だけで言うならば、正確ではありませんが三百程度かと思われます。黒竜との戦いの所為で、思った以上に余分な被害が出たようです」

「そうか。だが、全軍では七千程の兵力だったな。ならば、まずまずの戦果と言える」

 

 カイアスの言葉に唯頷く。損害は一割にも満たなかった。

 アレが無ければなどと仮定したところで意味など無い。既に戦は起ってしまっている。ならば、将としては事実だけを見据えるべきである。

 

「やはり、行かれますか?」

「ああ。それが私だからな」

 

 静かに尋ねてくるカイアスにそれだけ答える。腰に携える騎帝の剣。その柄を強く握りしめ、立ち上がる。

 

「魔布は?」

「二人とも離す事は無く身に付けているようです」

「そうか」

 

 質問に答えるカイアスの顔を見ず、ゆっくりと歩を進める。向かうべき場所は重傷を負ったと言う麾下が寝かされている部屋であった。将軍として負傷兵を訪う。それが自分の成すべき事であった。

 

「あ、将軍」

「先程は、ありがとうございました」

 

 カイアスに先導され、救護室に向かう途中でダリエルとリプティーの姉妹に出会った。此方を見つけたダリエルが小さく駆けて来ると、その後をついて来たリプティーが俺達を見ると礼を言った。先程とは、黒竜を討った時の話だろう。

 

「礼など必要ない。戦場で部下と共に戦った。それだけなのだからな」

 

 礼を言うリプティーにそれだけ返す。戦場での貸し借りなど一々考えていたらきりが無い。誰しも命を失う可能性があるのだから、そんな事は気にするべきでは無い。皆が力を尽くした。それで良いのだ。

 

「それでも、私は将軍とお姉ちゃんに助けて貰いました。だから、ありがとうございます、です」

 

 そう思うのだがリプティーは俺の言葉に納得できないようで、じっと目を見たあと頭を下げた。

 

「そう思いたいと言うのなら、それで構わん」

 

 とは言え、別にその思いを強要する気も無い。本人が思いたいのならば、それはそれで良い。

 

「将軍」

「なんだ?」

 

 そこで会話が終わり、一瞥した後歩を進めようとしたところで、唐突にダリエルが声を上げた。

 

「……あたし、将軍の事誤解していました」

「何?」

 

 ダリエルの口から出たのは、思いもよらない言葉であった。思わず目を見開いた。

 

「将軍言いましたよね。部下は死なないよう鍛えて来たって」

「ああ、言ったな」

 

 それは、黒竜と戦う直前の言葉だったと思う。

 

「将軍の調練は命がけの事なんかも普通に要求してきました。他のユン・ガソルの将軍と比べても厳しすぎるものでした。だから、将軍はユン・ガソルに憎悪を向けているのだと思ってました」

「そうか」

 

 ダリエルの言葉にただ頷く。ダリエルはユン・ガソルの貴族の生まれである。ならば元メルキアである俺への偏見も大きかったのだろう。ならば俺の下へ配属される前から色々な噂を聞いても不思議では無い。その結果、俺への不信が強くなった。それが初対面の時からの敵意の理由だろうか。更には実際に厳しい調練を施す俺を見た事で、その思いが強くなったと言う事だろう。

 

「けど、違いました。将軍が厳しい調練を施すのは、部下が死なない為だって言うのが解ったんです。あの状況で言われて、初めて解りました」

「お姉ちゃん……」

 

 ダリエルの言葉に、リプティーが驚いたように零した。思い返してみればリプティーの方は逆に親しみをもって接してきた気がする。それはなぜなのだろうか。

 

「ダリエル」

「はい」

「俺はそこまで出来た人間では無い。弱いから強さを求める。自身が強さを求めるからこそ、部下にも強く在る事を望む。それだけだ」

 

 考えても解らない。今解っている事は、ダリエルが思い違いをしていると言う事だった。自分はそれほどできた人間では無い。

 

「そうだとしても、将軍は優しいんです。優しいから、死なないように厳しく当たる。それが解りました」

「……、お前に言葉で言っても解りはしないのだろうな」 

 

 そう伝えたつもりなのだが、上手く伝わらなかった。何を言おうとも考えを変える様子の無いダリエルに、思わずため息が零れた。はねっかえりからの印象が良くなっただけであり、別に矯正する必要も無いのだが、何か気に入らなかった。

 

「お前は私の事が優しいと言ったな。ならばダリエルはついて来ると良い。今から重傷者の下へ向かう」

「はい!」

 

 だから、見せる事にした。本来は副官であるカイアスのみが立会い行うつもりだったこと。それにダリエルも伴う事にした。本来は見せる事などしない、ソレ。特別とは言え、一度は騎帝の剣の加護を受けたダリエルならば、見せる事は可能だった。

 

「あの、将軍。私も良いですか?」

「いや、リプティーは無理だ」

「え? どうしてですか?」

「今より行うのは、ある種の儀式だ。資格が無い」

 

 断られるとは思っていなかったのだろう。思わず身を乗り出してくるリプティーに苦笑する。こればかりは、仕方が無い事だった。何よりも、見ていて気持ちの良い事では無い。見ないで済みならば、見ない方が良い事だった。

 

「竜騎兵の魔布。それを使った事が無いだろう」

「真紅の布ですか?」

「ああ。先の戦いで、不本意位だがダリエルには付けさせた。だからこそ、伴う」

「そう、ですか。解りました……」

 

 理由を話すと、納得したのか引き下がった。

 

「ダリエル、魔布は持っているな」

「あ、はい。ちゃんと持ってます」

「ならば終わった後に返して貰うぞ。ついて来い」

「はい」

 

 そのままダリエルを伴い進む。向かう先は、死の淵より戻る事の出来ない部下の下であった。

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 部屋に入るなり、濃厚無しの気配を感じ取った。鼻孔をくすぐる血の匂いに驚いたのか、ダリエルが息を呑んでいるが、無視して歩を進める。

 

「ユイン将軍」

「事前に許可は貰っている。お前は下がると良い」

 

 傷付いた部下を癒そうと懸命に処置を続ける衛生兵に向かい告げた。俺を見ると賢明な表情が崩れ去り、瞬く間に悲しみに染まっていく。これから何が行われるのか理解したのだろう。肩を落とし俯いたまま、部屋から出ていくのが解った。

 

「これから、何を?」

 

 ダリエルの言葉を無視して、寝台に寝かされている二人の麾下の下へ進む。いたるところに大小様々な傷を受け、自分の左腕の様に肉体が欠けている場所も見受けられる。一目で二人が助からないと言う事が解った。例え王都であったとしても救えない程の損傷。二人の部下たちは、それを確かに負っていた。

 

「うぁ……」

 

 傍らに立ったダリエルが思わず呻き声を零す。言葉が出ないのだろう。先ほど初陣が終わったばかりの小娘である。その反応も致し方が無い。

 

「お前は見ているだけで良い。その代り、全て見ていろ」

 

 そんなダリエルの肩に手を置くと、それだけ告げた。こちらを見るが未だに声を出せないのか、ダリエルは何度もこくこくと頷いた。その様子を見ると、今からやる事を見せるのは時期尚早だったのだろうと実感する。だが、将帥となるのならば見ておくべき事でもある。ユン・ガソルの次代の将ならば、尚更だ。我ながら、酷な事をする。

 

「これまで、良く戦ってくれたな」

 

 そのままダリエルから意識を外し、麾下の右手を取りそう告げた。触れたところから、熱が少しずつ失っていくのが解った。命が零れ落ち、共に戦場を駆け抜けた麾下が死のうとしているのを嫌と言うほど実感する。終わり逝く生に、自身の何かが動くのが解った。だが、それだけなのだ。

 

「お前が死ぬのは、お前が弱かったからだ」

 

 目を見て告げる。果たしてその目は俺を映しているのだろうか。光を失って良く瞳を見ると、そんな事を思う。友に駆け抜けた仲間が死のうとしている。それだけなのだ。

 

「ああ、恨んでくれて構わん」

 

 麾下の手が、一度だけ強く握られた。力の無かった瞳が、一瞬だけ強く睨め付ける。その目が何かを伝えていた。

 

「お前が弱かったのは、俺が弱かったからだ」

 

 こちらを見る麾下に告げる。それは事実だった。俺が弱いから、麾下達を死なないようにできなかった。それは、俺の強さが足りなかったからだと言える。強ければ、失う事など無いのだ。

 

「……」

 

 だから恨んでくれて構わない。そう告げようとしたところで、麾下が小さく頭を振った。そのまま俺の手を強く握り。左手に握っていた紅の魔布を此方に差し出してくる。

 

「……将軍……共……」

 

 殆ど聞き取れない言葉にすらなっていない声。にも拘らず、何と言ってるのかはっきりと解った。小さく頷いた。良い麾下を持った。心底そう思う。

 

「お前の想いは受け止めた。お前の力、我らと共に」

 

 だからこそ手を強く握り、そう告げる。気のせいか、麾下が笑った気がした。受け取った魔布をこの手で付け直す。穏やかな顔を見据え、左手で騎帝の剣を抜き放つ。

 

「将、軍?」

 

 ダリエルがなんとかそれだけ零した。それを無視し、魔力を込める。

 

「原野を駆ける我らが意思に、竜をも破る峻烈なる加護を」

 

 騎帝の剣を用いる魔法。解き放った。麾下の首元で、真紅の魔布が淡い光を放っている。すまない。心の中で告げる。一度、右手で強く麾下の手を握った。気のせいか、握り返された気がした。そのまま、一息に騎帝の剣を麾下の心臓に向け、突き刺した。一度大きく痙攣し、やがてその震えも消える。同時に命の灯が潰えた事も解った。

 

「お前の力、我らと共に在る」

 

 鮮血が頬に付着する。ソレを拭う事無く、もう一人の麾下に近付いていく。左手に持つ騎帝の剣。その力を増していた。騎帝の剣で用いる魔法。過去に原野を駆けた者達の力を借りる事で強くなる魔法であった。今し方我が手で死を迎えた麾下もまた、我らが礎になったと言う事だった。力を増した魔剣が、より魔布を輝かせる。文字通り命の輝きだった。それは、何よりも尊い輝きであった。

 

「……将軍の力は、こうやって得るものなんですか?」

「そうだ。我が力は、死した部下たちに力を借りる事で成り立つ」

 

 ダリエルが俺の前に立ちふさがり言った。小さく震えている。それに唯、答える。びくりとダリエルの方が揺れた。

 

「ッ!? こんな力……!」

 

 持たせていた魔布。地に叩きつけられていた。自身が体感した加護が、人の死によって成り立っていたと言う事実に許容量が超えたのだろう。憤る感情のまま、俺の胸元に掴みかかる。指揮官用の外套を握り締め、全力で引き寄せられる。ダリエルの憤りは理解できた。だから、抵抗はせず為されるがままされる。

 

「信じたのに! 折角、信じられたのに……。どうして!?」

「人は弱いから力を求める。強くなることを望む」

「だからってこんなの、こんなの認められる訳が」

 

 感情的に叫ぶダリエルの言葉に淡々と答えていく。人は弱いから失う。弱いから傷を負う。弱いから壊れる。弱いから負ける。そして、弱いから強くなりたいと願う。

 中には強い人間もいるだろう。我が王の様に揺るがない人間も。だが、大多数の人間は弱いのだ。それほど強くはなれない。全ての人間は、それほどまでに強くは無いのだ。故に、強くなることを望む。例えそれがまっとうな力では無いとしても。

 

「ダリエル、貴様」

「いや、構わん」

「しかし将軍の力は……」

「構わん、と言った」

 

 上官に対するあまりの行動に、カイアスが割って入ろうとするのを制する。そもそもダリエルは間違った事をしている訳では無い。そしてこうなると解っていて連れてきた。だから現状で良いと言える。殴られると言うのなら、それはそれで悪くは無い。普段から散々に殴り飛ばしてきた。

 

「まって……、ください」

 

 それは、息も絶え絶えな声だった。もう一人の麾下。死に逝こうとしている麾下が零していた。思わず目を見開く。話せる等とは思わなかった。

 

「うぁっ!?」

「良い、喋るな」

 

 掴みかかって着たダリエルを乱暴に押しのけると、その傍らに立ち手を握った。死を待つしかできないはずの部下。それが最後とは言え話す事が出来る。気付けば体が動いていた。

 

「すまない。俺はまたお前たちを死なせてしまう。それは、俺が弱いからだ」

 

 許せなかった。竜騎将等と言われようが自分の部下すら守れない程に弱かったから。

 自身がまだメルキアにおりユン・ガソル相手に敗走した際にも多くの部下を失っていた。戦場を駆け抜ける限り、それは致し方なきことである。将が弱いから、兵は死ぬ。だからこそ、弱い自分を許す訳には行かない。俺が強ければ、失う事は無いのだから。

 

「それは、違います」

 

 そんな俺の言葉を、麾下は小さく首を振り否定した。そのまま、全身から力を振り絞るように言葉を紡ぐ。

 

「私が死ぬのは……、私が弱いからです。それ、だけなのです。将軍が、我らが竜騎将が弱いなどと……、そんなことは……有り得ません……」

 

 死の淵に立つ男が、俺の手を強く握り返し力強く言った。

 

「ダリエル、様。将軍が我等を殺すのは、苦しみを減らすため……。我らの力を得るのは、生き残った者を守るため……。その手で自ら殺すのは、共に駆けた者を忘れないため、そしてなにより、将軍の力は、その手を汚さなくとも一緒なのです。どんな要因であろうとも、騎兵が死すればよいのです」

 

 気付けば傍らに立っていたダリエルに向け、麾下は告げる。騎帝の剣。それは、過去に原野を駆け抜けた者達の力を借りる剣だった。死した騎兵全ての力を借りる剣なのだ。その力に、死の要因は関係しない。だが、それでも自身が弱かったから部下は死ぬ。そう戒める為に、死を避けられぬ部下が出来た時、自身の手で命を終わらせていた。

 

「これは……、我らが、望んだことでもあります。死してなお、将軍と共に駆け抜ける。それが、竜騎将の麾下であり、竜騎兵たる我らが……願い。そして戦場で死ねぬと言うのならば、せめて我が長の手で……」

「そんな」

「理解しろとは言いません。ですが、それが竜騎兵なのです。気付けばユイン・シルヴェストと言う男に魅せられた、馬鹿の集まりなのです……」

「……」

「我らが命、竜騎将と共に。将軍、お願いします」

 

 麾下はダリエルに言い聞かせるように言うと、此方を見た。静かに頷く。自身の部下もまた、強く在り気高かった。ならば、その長たる自身が、部下に見合う強さを見せない訳には行かない。我が『誇り』に賭けて、無様な姿など見せる訳には行かないのだ。

 

「その命、貰い受ける」

「はい」

 

 短く告げた。それ以上語る言葉は必要なかった。魔剣。魔力を込める。

 

「原野を駆ける我らが意思に、竜をも破る峻烈なる加護を」

 

 首元の真紅。淡く煌めいた。一度強き部下の目を見た。麾下が小さく頷く。また会おう。そう言う思いを込め、頷く。別れであった。

 

「先に待っていてくれ」

 

 鮮血が舞った。それで、終わりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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