竜騎を駆る者   作:副隊長

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5話 拠るべきモノ

「うわぁ、何あれ……えげつない。あれじゃ、指揮系統がめちゃめちゃだよ」

「エルちゃん、大丈夫かしら?」

 

 レイムレス要塞、見張り台。合同訓練をしている双方の部隊を眺める事が出来る、高所であった。そこで三銃士のうちの二人、パティルナ・シンクとルイーネ・サーキュリーは眼前に広がる光景を眺めながら、そう漏らした。漆黒の騎馬隊、エルミナ率いる歩兵部隊を前後から二つに断ち割っていた。漆黒同士が歩兵の中心で交錯する。前から進む部隊と、後ろから駆ける部隊では大きく兵力が違っていたのだが、交わりが終えるころには、両部隊の数が同程度に別れていた。敵陣の中で迅速に合流を果たし、そのまま駆け抜けていたのだ。更にそこから前後に別れた部隊が左右に駆け、部隊をさらに四つに断ち割っていた。

 

「ほほぅ。やはり、凄まじいな。本隊を用いた陽動からの、少数での奇襲か。部隊を広げていたのはそう言う意図があったか。俺も騎馬隊の指揮には自信があるが、エルミナを相手にユインと同じ事はできる気がしないぞ」

 

 ギュランドロスは感心したように、頷く。新兵を率いていながら鮮やかに強襲をこなす配下に、感嘆の意を示していた。見張り台の上から体を乗り出して戦場を眺める様は、エルミナが見たら抱き着いてでも止めかねない。

 

「けどなんかエル姉、らしくないね。精彩を欠いているって言うか、何というか、エル姉の武器が出てない感じがするなぁ」

「ああ、相手がユインだからじゃないか? 思うところあるんだろうさ」

「あらあら、何か知っているんですか?」

「まぁ、な。エルミナの事だ、どうせ責任でも感じて目が曇ってるんだろう。そこを容赦なく、突かれたってところだな。まったく、こと戦闘に関しては遠慮の欠片もない奴だ」

 

 客観的に見て、エルミナの指揮はどこか精彩を欠いていた。新兵故に、隙があるのは当然なのだが、それでもエルミナならば隙を有効に利用する程度の事はやってのけるのだが、今回に限って言えばそのような動きは無い。どこか、柔軟性に欠けている動きであった。ユインとギュランドロスの出会いには、エルミナも深く関わっていた。ユインはギュランドロスを殺すためだけに戦陣を駆け抜け、エルミナはそれを阻むために立ちはだかった。そして、ユインに軍配が上がっていた。ギュランドロス自身は、鎧に守られ事なきを得たが、エルミナの中では完全に敗北していたのだろう。彼女の性格と不器用さを考えれば、ギュランドロスにはその様が容易に想像できた。

 

「でも、そう言うところも含めてお気に入りなんでしょ?」

「はっは。当たりだ」

 

 とは言え、それは当人が解決すべき問題である。厳しいが、エルミナの更なる成長が期待できるため、ギュランドロスは放って置くと決めていた。何より、その方がおもしろそうだったから。新たに仲間になったユイン・シルヴェストと三銃士であるエルミナ・エクス。二人ともギュランドロスを楽しませるには充分な人材であった。

 

「うーん。あなたがそこまで評価する人かぁ。少し興味がでてきました」

「おう、なら今度紹介してやろう。楽しみにしとけよ、アレは面白い男だ」

 

 ルイーネの言葉に、ギュランドロスは機嫌よく答える。まったく面白い男を見つけたモノだ。ギュランドロスは駆け抜ける漆黒の騎馬隊の雄姿を眺めながら、そう思った。

 

 

 

 

 騎馬隊が駆け抜けた。漆黒の鎧を身に纏い、真紅を煌めかせる騎馬隊。その姿は、苛烈と称しても余りあり、その動きは凄絶と称するが相応しかった。悪夢と言うのは、このような部隊と相対したときにこそ出てくる言葉かもしれない。エルミナは、そんな事を言思った。

 

「皆、可能な限り小さく纏まりなさい。力を収束し、押し返すのです」

 

 それでも、指揮を執り続ける。エルミナは、三銃士の一角であり、軍を統括する者であった。敗戦の色が根強いとはいえ、無様を晒すわけにはいかなかった。それ故、声を上げ続ける。少しでも多くの兵士に、言葉が届くように。

 侮っていた訳では無かった。認める事はできないが、ユイン・シルヴェストが侮る事の出来ないほどの相手だと言う事は十分に理解していた。それ故、自分からは仕掛ける事をせず、動いた相手を待ち受ける事に専念した。強固な守りで消耗させれば、時間が経つにつれ自分が有利になる。エルミナはそう予測していたのだ。実際、一度ぶつかった時は凌ぎきる事が可能だった。少数による奇襲こそされてしまったが、充分に騎兵を止める事には成功したのである。そう、思い込まされていた。

 二度目ぶつかり合った時、自身の考えが愚かだったと悟った。それぐらいに、漆黒の騎馬隊の動きは凄まじく、新兵ではとても止められるものでは無かった。総突撃こそして来ないが、前衛が予想をはるかに上回る速度で切り崩されていった。見事なまでに攪乱されている。指示を出しても自身が思い描く通りに動いてくれない兵たちを見詰め、理解した。浅はかであったと。

 思えば、精強な部隊を率いていると言う事は、事前に解っていたのである。一度は、不正を行ったのかと疑った。だが、それはユイン・シルヴェストを認める事が出来ない自分が生み出した、都合の良い思い込みでしかなかった。そんな事は最初から分かっていたのだ。だが、そうする事を心が求めてしまった。それ故、事実を頭の隅で認識しつつも、それを見ない振りをした。

 

「……。意地を張らずに、最初から認めていればここまで無様を晒す事は無かったのかもしれませんね」

「……エルミナ様?」

 

 どこか、呆れたような呟き。三銃士とは思えない雰囲気に、近くにいた兵士が心配そうに声をかけた。劣勢な戦場で、何をしているのだ。と、エルミナは自身を叱責する。負けている状態で、将が弱音を吐いては兵士が不安になるのは道理である。

 

「いえ、何でもありません。ここから、押し返しますよ」

「はいっ」

 

 兵たちを不安にさせたと有っては、三銃士の名折れである。そう思い、エルミナはふんわりとした笑みを浮かべ、そう告げた。どこか、吹っ切れた。そんな表情であった。駆けまわる漆黒を見詰め、エルミナは両の手に携える剣を構えなおした。

 

 

 

 

 

「駆けろ、既に無人の野を行くのと変わらん」

「応!」

 

 叫び、疾駆する。麾下が気炎を上げた。

 既に戦の勝敗は決していた。三銃士の一人エルミナ率いる部隊を分断、殲滅に移行していている。喜びなどは、ありはしなかった。これは、当然の結果であり、最初から想定していたことである。いわば、勝のが当たり前だったのである。自身の直属の部下を率いていない三銃士に勝ったところで、何の感慨も湧かない。ただ、そうあるべき結果をそのまま手に入れただけであった。

 

「駆けろ、ただ苛烈に。それが、我が麾下は相応しい」

 

 呟く。自身にできる事は、ただ敵を打ち破る事。それ以上でも以下でもない。

 だからこそ、ただ強さを求めていた。苛烈に、凄絶に、立ち塞がるものがいればそれを除く事が出来る、そんな愚かしい程の強さ。それを望んでいた。

 

「将軍!」

「どうした?」

 

 部隊を率い、疾駆する。その時、麾下の一人が報告に来た。それを促す。

 

「敵将率いる部隊が、此方に接近してきます」

「成程。……穿つぞ」

「御意」

 

 考える必要など、一切なかった。戦場を駆け、エルミナ・エクスを探していた。向うから来ると言うのならば、ただ打ち破る。それだけで良かった。静かに告げると、麾下達は当然のように受け入れた。この訓練で出した成果のおかげか、皆、俺の事を信頼してくれているようだった。ソレを、嬉しく思う。ようやく麾下に、自身が将であることを認められた気がした。

 勝敗など、気にはならなかった。戦えばどのような相手であろうと、勝。ソレが当然の帰結であり、負ける時が来るとすれば、死ぬ時だろう。そう、思い定めていた。それが軍人である俺の誇りであり、守るべき矜持でもあった。

 こんなことを主に話せば、一蹴されるだろう。ふと、そう思った。一見、愚かに見えるがその実深い思慮を持つ主の事である。道理に反する誇りなど、認めるとは思えなかった。しかし、それでも構わない。そういう男であるから、主として相応しいのである。他者に理解されないが故に、己の中でのみ守ると定めるもの。それが『誇り』なのだ。それ故、誰に理解されないとしても、揺らぐ事は無い。無理に理解してほしいとも思わない。敗れざること。それが己の中ある、唯一無二の誇りであった。ソレは自分さえ理解していればいい事なのだ。

 

「敵は、同数か」

「ぶつかります」

「皆、侮るな。敵は決死の覚悟をし、此方に向かって来ているのだ。それ故、容赦も慈悲も必要ない」

「応!」

 

 敵は、同数程度であった。当たれば、当然の如く勝利する。それ以外の結末は無いのだ。故に、油断も容赦もしない。それだけであった。

 

「ユイン・シルヴェスト。私の名はエルミナ・エクス。先ほどの借りは返させてもらいます」

 

 凛とした声。エルミナ・エクスであった。両の手に双剣を構えていた。殺気。心地よい程のソレを、全身で感じた。

 

「ああ、貴方がそうだったのか」

 

 本気のソレを受け、思い至った。主を敵と認識していた時、自分を遮った者があった。それが、目の前に立つエルミナなのである。口元が吊り上がる。アレは、ユン・ガソルが誇る三銃士の一人であったか。ならば、左手を失ったことは、恥では無く誇るべきものであると思えた。

 あの時、左腕に受けた傷。それが元で、自身は左手を失う事になった。実際には、応急処置しかできずに、戦場で戦い続けたのが原因であるが、それは非常時ゆえに仕方が無かった。自身が未熟だったからこそ、傷を負い、腕を失ったのだ。そう思った。

 その点に関して怒りは無い。あるとすれば、未熟であった自分にだろうか。だからこそ、未熟な自分を恥じた。どこの誰とも知れない相手に不覚を取ったと思ったのである。しかし、その相手が三銃士の一人だったのならば、どこか納得することができた。その為、恥ずべき相手に傷を負わされたのではないとしたら、残っているのは一瞬で割り込んできた判断力と、武に対する賞賛だけであった。

 

「勝たせて貰います」

「できると言うのならば」

 

 それを皮切りに、刃を重ねる。槍、穿つために放つ。金属音、右手に持つ剣によって阻まれた。魔剣、左手に持つ剣に凌がれる。斬り返し。手綱を取らずとも、腿で馬腹を引き締める事で我が意を理解した愛馬は、見事に避けきった。

 再び打ち合う。人馬一体の攻め。勢いに任せ、押し切った。エルミナは耐えきれなかったのか、一気に後方に飛びのいた。

 

「ッ?! まだ、やれます」

「いや、終わりでしょう」

 

 不屈の闘志を灯す三銃士に、静かに告げる。今の一瞬で自身を討てなかった以上、総崩れになっている軍との勝敗は決したのである。

 

「……ッ、私の負けのようですね」

 

 周りの様子を見たエルミナは苦々しい顔をして此方を見詰めた。視線が混じり合う。強い人だ。そう、思った。

 

「では、これにて」

 

 背を向け、短く告げる。負ける要素の無い戦いを、勝つべくして勝った。誇るべき戦果では無い。そう思い、麾下達と共にその場を後にした。

 こうして、合同訓練は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 合同演習が終わり、麾下達の調練を施していた。特にレイムレス要塞は山岳地帯であるため、山野を駆ける訓練には適していたのだ。騎馬隊はその速さ故に山や森を行軍する事には向いていないが、戦争となればそんな事を言っている暇は無く、様々な地形を駆ける必要があった。故に、レイムレス要塞で行軍の訓練を積むと言うのは大変有意義であると言えた。また一つ、自身の部隊が強くなるのを実感し、笑みが零れる。

 

「おう、ユイン。相変わらず、凄まじい動きだったな。あのエルミナを破るとは、予想以上だぜ。まったく大した奴だよ」

「これは王よ。このような場所に来られるとは……。さては、逃げてきましたね?」

「だーはっはっは。それにはノーコメントだ」

「まぁ、構いませんが。軍営ですので、大したもてなしはできませんよ?」

「そこまでは期待はしてないから、気にするな」

 

 麾下達に休憩を申付けた後、気を窺っていたのか此方の様子を探っていた王が声をかけてくる。元々、神出鬼没な方である。尋ねてきたとしても、それほど驚く事は無かった。軽口を交えながら、応じる。主であるギュランドロス様は、形式的な言葉よりも、自然体を好まれる方であった。

 

「それで、何用でしょうか?」

「ああ、先の訓練でそれ相応の実力を示したからな、お前の部隊の増員が決まった」

「ほぅ。それはまた、有りがたい事ですね」

 

 王の言葉に少々驚きつつも、促す。将軍と言う立場ではあるが、率いる数は精々前線の部隊長と言ったところであった。ソレがわずかにでも増員されるのであるならば、喜ばしい事だった。増え過ぎれば機敏に動けなくなるが、現在の数は少なすぎる兵力だった。

 

「とは言え、増員されたとしても総数で五百だ。俺としてはお前にもっと多くの兵を預けたいのだが、周りがそうさせてくれんのが歯がゆい」

「でしょうね。ソレに、騎馬隊が五百になると言うのならば充分すぎる程です。それだけの兵がいれば、より多様な動きができる事になります」

「そうか、そう言ってくれると助かる」

 

 王の言葉に、充分だと告げる。そもそも、実際の戦で戦果を挙げたわけでもない。それなのに増員されると言うだけでも破格に思えたのだ。それに騎馬隊と言うのは歩兵以上に、必要なモノが多い。馬に薬、秣など、兵以外のモノも必要になってくるのだ。その点を考慮すれば、増えるだけで充分有りがたいと言える。

 

「正直俺は、お前に期待している」

「もったいない言葉です」

 

 主は自分の目を見据えそう言った。落ち着いているが、強く、力強い声音であった。それだけ、期待されているのだと実感できた。自分は降伏した者であった。主であるギュランドロス自ら誘ったとは言え、こうも素直に本心を告げてくれるのは、この男であるからだった。他の人物、それこそ元の主であるノイアス元帥であったならばこうはいかないと容易に想像できた。

 迂闊ではあるが、偉大な器である。自らの主はそんな人物であった。

 

「そこで聞きたい。兵の増員はあまりできんが、装備くらいは整えてやりたい。何か欲しいモノは無いか?」

「それならば――」

 

 王の言葉に、思いつく限りの事を伝える。麾下を鍛え上げる事は、自身だけどうとでもなるのだが、装備に関してはどうしようもなかった。自らには魔剣があるが、麾下達には通常の武器しかなかった。それが悪いとは言わないが、装備は強いに越した事が無い訳であった。それ故、用意できるかは別として、欲しいモノを告げていく。

 武器以外には、質の良い馬も必要であった。騎馬隊の強さの大部分は駆る馬によって決まる。今の騎馬隊の馬が悪いとは言わないが、総合すると良質とは言えなかった。行軍と言うのは足並みを揃える都合上、一番足の遅い馬に合わせる事になる。それ故、調練によりかなり改善できているが、それでも限界が見えていたのである。ソレを改善するには、良質の馬を得るしかなかった。

 その他にも求めるモノはたくさんあった。できるかどうかは別として、希望を告げていった。

 

「はっは。欲しいモノを言えとは言ったが、此処まで多いとは思わなかったぞ」

「申し訳ありません」

「くく、気にするな。それだけお前としても課題が多いと言う事なのだろう。これらをすべて用意することは直ぐにはできんが、揃った時の部隊を見てみたいとも思うぜ」

「……揃えていただけるのですか?」

「はっは。その為に聞いたんだ。何れは揃うさ。尤も、お前が戦果を上げれなかったら話は別だがな」

「ならば、期待には応えねばなりませんね」

「おう、期待しとくぜ!」

 

 意外だった。無理だと思いつつも言葉にしたものを、王は全て揃えると言ったのである。それほどまでに期待されている。そう思うと、胸が熱くなる。勿論自分がそれなりの戦果を上げなければ物資を揃える事など夢のまた夢でしかないが、王の口振りから特にその点を心配しているようには思えなかった。

 欲しいモノが、全て揃った時の事を考えてみる。恐らく、自身の理想とする騎馬隊が出来上がり、竜をも相手どれる騎馬隊が完成する。そう考えただけで、心が躍った。まだまだ先の話ではあるが、自身の指揮する軍に思いを馳せる。そんな自分に気付き、僅かに苦笑が漏れた。呆れるほどに、戦う事しか考えない。自分は、ユイン・シルヴェストとはそういう男なのだ。

 

 

 

 

 

「話は変わるが、エルミナはどうだった?」

 

 暫く軍の話をした後、王はそう口にした。何れは聞かれるであろうと予想していたため、考えていたことを告げる。

 

「強い人、ですね。状況に適した判断力、分断した兵たちを纏める統率力、そして個人武勇。どれを取ってもユン・ガソルの誇る三銃士と言うに相応しい実力を持たれているかと思います。先の訓練では勝つべくして勝ちました。ですが、直属の部隊を率いていたとすれば、あのようには勝てなかったでしょうね。」

「ほうほう。それはまた、随分と評価しているな。俺に遠慮する事は無いぞ?」

「遠慮などしませんよ。無能であったと思うのならば、容赦なく告げます。実際に相対し、刃を交えた。軍勢を指揮してぶつかり合い、凌ぎあった。そうまでして実感したその力を、虚言を弄して語ろうとは思いません」

「成程、な。それほどまでに、エルミナの実力を認めるのか」

「はい。尊敬するに足る方かと思います」

 

 王の言葉に、ただ答える。この場には自分と王しかおらず、態々嘘を言う理由もなかった。

 

「其処までとは、な。まぁ、お前が軍事の事で俺を謀るとも思えんし、本心なのだろう。いやいや、照れるなエルミナ。お前を下した男は、その力を絶賛しているぞ」

「む?」

 

 自分の言葉を聞き終えた王は、天幕の外に向かって声をかけた。すると、人の気配が動いた。どうやら誰かが聞き耳を立てていたようである。不甲斐ない。そう思った。どうやら自分は合同訓練が終わった事で少々腑抜けていたようである。隠れていた人物は、王の言葉で容易に想像できた。麾下達が報告に来ないのは、恐らく王の所為であろう。幾ら自分の直属の部下とは言え、王の命令には逆らえないのだ。

 

「……。私は貴方に敗れた女です。どうぞ偽らず、本心を告げてください」

「おいおい、エルミナ。さっきユインはお前が聞いてることを気付かずに話していたんだぜ。それは偽りのない本心だろうが」

 

 黙って天幕に入ってきたエルミナ・エクスが俺の目を見詰め、穏やかにそう告げた。ソレに呆れたように王は窘める。何をそこまで卑下するのか。言外にそう告げていたのが容易に解った。

 

「しかし、私はユイン・シルヴェストの倍以上の兵力を擁していながら敗れました。それは、三銃士として名折れでは無いですか」

「だから、私に自分の事を悪く言え、と?」

「……ッ、そうです」

 

 負けた。その事が、三銃士として自分に誇りを持っていたエルミナにとって許せないのだろう。険があると言うよりは、どこか自棄になっているように思える。エルミナ・エクスと言えば、メルキア嫌いで有名であった。自分が元メルキア軍人と言う事も関係しているのかもしれない。

 

「成程。自身にできる事を全て行い、死力を尽くした相手を口汚く罵れと。あなたはそう仰るのですか」

「……そうです。貴方には、その資格がある」

「断る。貴女の中にどのような葛藤があったのかは解りませんが、死力を尽くし、競い合った。そのような好敵手を貶めるなど、私の誇りが許さない」

 

 敗れざること。ソレが自身の誇りであった。ソレを胸に秘め、戦った相手である。そんな相手を貶める事は、自分にはできなかった。相手を汚す事は、すなわち自分の誇りを汚す事になるからである。

 

「しかし、私は貴方を……」

「聞く耳を私は持ちません。貴女は三銃士たる強き力を示された。それで、良いではありませんか」

「くく、だーはっはっは。格好いいな、まったく。エルミナ、こいつには言うだけ無駄だ。敗者は敗者らしく、勝者の言葉に従え」

「しかし……。いえ、わかりました」

 

 王が心底愉快だと言わんばかりに、口を挟む。エルミナ様は、そんな王に何か言いたそうに口を開くが、結局言葉が続く事は無かった。何を言っても無駄だ。それを理解したのだろう。

 内心で、そんな王に感謝する。俺とエルミナ様では、意見が平行線であった。双方ともに、譲りはしないだろう。ソレは容易に想像がつく。そこに王が割り込んだことで、エルミナ様に譲歩させたと言う訳だ。

 

「まったく、お前たちは少々真面目過ぎるから駄目だ。冗談の解るユインは兎も角、エルミナは融通が利かなさすぎる。もう少し柔軟になれ」

「……元々こういう性格なんです。ほっといてください」

 

 窘める王にエルミナ様は拗ねたようにそっぽを向く。そんな三銃士の一人に、王は優し気な笑みを浮かべた。主従と言うよりは、家族と言うのが相応しい。そんな父親のような顔であった。

 

「まぁ、そこがエルミナの可愛いところではある」

「なっ、かわっ?! か、からかわないでください!!」

「いやいや、充分可愛らしいじゃないか、なぁユイン」

 

 王が同意を求めるように言った。ソレに、エルミナ様は顔を真っ赤に染め動揺している。

 確かに可愛らしい。先ほどから真面目でどこか不器用なエルミナ様の人柄の所為か、動揺している姿はとても微笑ましく、年頃の女性らしく可愛らしい姿であった。

 

「確かに、照れていらっしゃる姿は、とても可愛らしいですね」

「くく、だろ」

「ッ~~」

 

 特に嘘を吐く必要は無く、王もその手の言葉を望んでいた為、ありのままに告げる。エルミナ様の顔がさらに赤く染まった。言葉にならない言葉を上げている。王以外に言われ慣れていない人物から可愛いなどと言われたため、キャパシティを超えたのだろう。あうあうと挙動不審な感じになっているエルミナ様は確かに愛らしかった。

 

「王よ、期待には沿えましたか?」

「ああ、大正解だ。くく、まったく、お前は本当に面白い奴だよ」

 

 満足そうにしている王に、小声で告げた。そんな俺に、王は楽しそうに答える。

 しばらく、真っ赤になっている愛らしい三銃士の一人を、王と共に眺めていた。

 

 




合同訓練終了。もうすぐ原作開始地点に到着します。我らが主人公ナイスファイト元帥がもうすぐ登場します

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