竜騎を駆る者   作:副隊長

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7話 切り札

  戦場を駆ける。前方ではすでにネネカ・ハーネス率いる獣人部隊が戦闘を開始していた。ソレを見詰めながら、野を駆け抜ける。歩兵とは思えない速さで接近され、崩れたメルキア軍の側面を狙う。そして、弓を構え矢を番える。騎射。我が麾下の精鋭に、弓を持たせていた。騎馬隊の機動力に加え、遠距離攻撃のできる弓。相性は抜群であった。駆けながら、放つ。

 合同訓練では用いる事が無かった戦法である。弓矢はその攻撃の特性上、手加減と言うのが難しく、死傷者を出し過ぎるために、用いる事は無かった。だが、今は実戦であった。それ故、加減をする必要はないのだ。故に、駆けに駆けながら、矢を放ち続ける。それだけで、面白いようにメルキア兵たちは崩れ落ちる。

 

「おかしい」

「ですな。幾らなんでも、歯ごたえが無さすぎます。キサラの精鋭とは思えませんね」

「気になるな。一度、下がるか」

「御心のままに」

 

 違和感だった。弱すぎるのだ。キサラ領と言うのは魔族の侵攻が激しい土地であった。それ故、其処に配属されている者たちは皆、百戦錬磨の筈なのである。それが、呆気なさすぎるぐらいにやすやすと突き崩せた。前方を見る。ザフハの兵たちが次々とメルキアの旗を落としていく。確かにザフハの兵は好戦的であり、その力は大きいと聞いていたが、メルキア最強の軍がこうも一方的にやられるであろうか? 答えは、否である。少なくとも、センタクスに所属していた時の自分が指揮をしたとしても、此処まで無様にやられる事は無いからだ。

 考えれば考える程、嫌な予感が増した。俺たちの部隊は、前線を駆け抜けていた。後方に、アルフィミア率いる本体が詰めて来ている。伝令を出すべきか、直接向かうべきか、数舜考え込む。

 

 ふと、メルキア軍の兵士を見た。そして、気付いた。

 

「そう言う事か。カイアス、一度下がるぞ。この後、戦線が崩れる」

「ッ、承知!」

 

 一度下がらねば、総崩れになる。そう、確信した。前線に出ている部隊にソレを告げる暇は無かった。駆ける。ザフハの総大将、アルフィミア・ザラの下に向かい、一直線に駆けた。

 

 

 

 

 

「戦鬼と言ってもこの程度か……。皆、臆する事は無い、掛かれ」

 

 アルフィミアは前線の様子を眺めながら、呟いた。戦鬼と名高いガルムス・グリズラー率いるキサラの精鋭達が行軍してくる。ソレを聞き、即座に前線に赴き、アルフィミア自ら戦場の指揮を執る事にした。前衛にはネネカを中心にザフハの中でも特に動きの良い部隊を配し、どのような精鋭が来ても迎え撃てるように準備を整えていたのだ。構えは、万全であった。キサラの兵の強さがどれ程かは解らないが、みすみす敗北するような陣営では無かった。

 そして現実に、ザフハ軍は優勢を維持している。ザフハの兵は獰猛故、少しばかり前に出過ぎる傾向があり負傷者も多数出ていたが、それ以上に敵兵を倒していたのである。戦が始まってまだそれほど時間が経っていないが、戦況は終始ザフハの優勢で進められていると言ってよかった。

 

「相変わらず、ネネカの部隊は凄いな」

 

 前線の中でも、一際突き進んでいる一隊を見て、アルフィミアはそう漏らした。敵陣を穿ち、突き進んでいた。その歩兵としては速すぎる機動力で虚を突き、前線を撹乱し突き破る。ソレがネネカの部隊の強みであった。欠点としては、味方と比べても速すぎる為孤立してしまいがちな事だが、ネネカはザフハ位置と言っても良い程の武勇の持ち主であり、その配下である獣人たちもまた、使い手であった。その為、多少囲まれたとしても、切り抜けてしまうのである。ネネカの部隊が囲まれるのは何時もの事であったのだ。そして、それを自力で何とかする実力も持ち合わせているのが、ネネカ・ハーネスと言う少女であった。

 それ故、アルフィミアはネネカのみを必要以上に案じる事は無かった。それだけ、信頼していたのである。

 

「うん? アレは、ユイン・シルヴェストの部隊か?」

 

 漆黒の騎馬隊が、駆け抜けてくる。その速度は、ネネカの部隊を以てしても追いつけないほどである。幾ら獣人とは言え、原野で馬に足で勝てる道理は無かった。だからこそ、それ程の速さで駆ける騎馬隊は見事だと言えた。良く訓練されているのだろう。アルフィミアはそう思った。

 

「失礼する」

「どうした、ユイン?」

 

 戦は、優勢であった。アルフィミアとしても拍子抜けではあったが、それならばそれで構わなかった。警戒すべきは虚を突かれる事だろう。それ故油断なく構えてさえいれば、負ける要素は無いように思えた。

 

「このままでは、ザフハの前線は崩壊、潰走します」

「……穏やかではないな。詳しく聞かせて貰おう」

 

 そう思っていたからこそ、ユインの言葉は寝耳に水と言ったところであった。ザフハの他の将が言ったのならば、捨て置いた。元々ザフハの軍に知略と言うものはあまり重視されていなかったのだ。それ故、ザフハの者が言う事は、たいていアルフィミアの想定の下を行く。しかし、今回の相手は自身が認めたユイン・シルヴェストの言葉であった。それ故、アルフィミアは詳しく話を聞こうと思ったのである。

 

「敵の先陣は囮、もしくは死に兵です」

「ほぅ……その根拠は?」

 

 ユインの言葉を聞き、アルフィミアはただ促す。認めたとはいえ、彼の者の言葉にどう言う根拠があるのかを聞かない限りは、信用できるか解らなかった。

 

「アレは、キサラの兵では無く。センタクスの兵です」

「成程、そう言う事か」

 

 ユインの言葉を聞き、アルフィミアは即座に理解した。元々、ユインはメルキア帝国の東方元帥であるノイアスの配下であった。それ故、センタクスの兵についてはこの場にいる誰よりも詳しかった。

 

「だが、それを鵜呑みにすることはできないな」

「何故、でしょうか?」

「ふふ、此処で我らを裏切り、メルキアに戻ると考えられんことでもない」

「ソレは、あり得ませんね」

 

 告げた。言葉では信じられ無いと言っているが、信じても良い。アルフィミアはそう考えていた。報告により聞いていたユインのユン・ガソルへの忠誠度は、予想以上のものであったのだ。それ故、裏切りは無いと思えた。だが、試す。ソレは、上に立つ者の性のようなものであった。そんなアルフィミアの思惑を知ってか知らずか、ユインは即座に否定した。

 

「ほう、それはなぜか?」

 

 面白い男である。アルフィミアはそう思いながら、尋ねた。

 

「その気であるならば、既に貴女はこの場に倒れ伏しているでしょう。だが、貴女は生きている。此れが証拠です」

 

 ユインは表情一つ変えることなく言い放った。自分がその気ならば、アルフィミアは今この場に生きてはいないと。同盟軍の総大将に向かって、臆することも無く言い放っていたのである。それが、アルフィミアにとって痛快だった。

 

「ふふ、確かにそうだ。私にがこの場で生きているのが何よりの証拠だな。非礼には非礼をか、ならば謝る必要はないな」

「そう言ってもらえると助かります」

 

 アルフィミアは、そう言うと軍に指示を出し始める。敵陣深くに入り込んだ朋友たち。ソレをいかに救いだし、かつ被害を抑えるかと言う事を瞬時に考えたのである。指示を出す姿に、迷いは無かった。

 

「ユインには、ネネカの救出を頼みたい。ユン・ガソルの者に頼むのは筋違いだが、ネネカがいない今それと同等かそれ以上に動ける者がいないんだ」

 

 そう言い、アルフィミアは頭を下げた。他国の軍に頼むのである。誠意を見せたわけである。

 

「承知しました。我が武勇、如何様にもお使いください」

「すまない。私の妹を、頼むよ」

「では、失礼します」

 

 そう言い、ユインはアルフィミアに背を向け歩き出す。やがて、その姿が見えなくなった。

 

「ネネカ。こんなところで死ぬんじゃないぞ」

 

 アルフィミアの呟き。それだけが木霊した。

 

 

 

 

 

強い。刃を交わり合わせ、切実なまでに実力の差を実感していた。相手はあのメルキアの戦鬼と誉高い、ガルムス・グリズラーであった。

 

「流石は、戦鬼か」

「ふん、貴様こそ、若輩にしてはやるではないか。見直したぞ」

「戦鬼に褒められるとは、光栄だな」

 

 戦えない事は無かった。斬撃の軌道を読み、それに対して力に逆らわずに受け流す事で、衝撃を逃がしているのである。まともに打ち合えない事は無いが、それをすれば自身の武器が持たなかった。魔剣は問題ないが、槍は兵士たちの持つソレと大差がないのである。それ故、受け止める訳には行かないのである。そのような事を試みたら、数合で武器を折られるだろう。迫りくる斬撃はそれほどの圧力を持っていた。

 故に、技量のみで凌ぎきる。それが、この場でできる事であった。

 

「だが、儂を相手取るにはまだ未熟!」

 

 しかし、彼我の実力差は埋めがたいモノであった。兵たちの目には互角に見えている争いも、ベルのような実力者から見れば、凌ぎあいはガルムスに軍配が上がっているのが容易に解る。打ち合っている本人にすれば、よりその差は明白に感じられる。暴風のような斬撃の嵐に、額から汗が零れ落ちる。何十と打ち合っているうちに、義手をしている左手の反応が僅かに遅れた。ソレは一騎打ちをする俺たちにとって、致命的な転機と成り得る。左手に持つ魔剣、大きく弾かれた。頭上高くを、舞った。そして、戦鬼の一撃が迫る。

 

「そんな事は、解っているッ!」

 

 即座に槍を捨て、右手で手綱を殴るように落とした。愛馬、迫りくる戦鬼の覇気と、俺の意を解し、倒れ込むように伏せた。左手に魔力を集中させる。斧槍、愛馬が倒れ込んだ勢いで舞った髪を数本切り裂いていた。だが、刃は頭上を通過したにすぎなかった。人馬一体。ソレが自身の最大の強みであり、唯一戦鬼にも勝るものであった。

 

「……見事」

 

 戦鬼が斧槍を振り抜いたままの姿勢で、驚嘆するように呟いた。自身は全力を尽くしていたが、この化け物と称すに相応しき男は、今ですら余裕を感じさせていた。底が見えない。そう思った。だからこそ、血潮が滾り、心が躍る。自身の超えるべき壁の高さに、死線に晒されていながらも、心は狂喜していた。この超えるべき男に出会わせてくれた事に、最大限の感謝を。何にでもなく、ただ、これ程までの男と出会わせてくれた時勢に感謝の念を送った。

 

「まだ終わらんぞ、戦鬼。その身、穿たせてもらう」

「ぬぅ?!」

 

 左腕、集中させた魔力を引き摺り下ろすかのように振り下ろした。空高くを舞っていた魔剣、稲妻のように戦鬼の頭上に降り注いだ。魔剣は、騎馬隊を率いる将だけの為に作られたモノであった。馬上で武器を落とした時、回収するのは至難である。それ故、例え手から離れたとしても、操る術があった。ソレを利用した一撃。これには、さしもの戦鬼も虚を突かれたのか、間一髪で飛び退った。

 

「外した、か……」

「面妖な技を使う。だが、それをあの状況で実行に移す胆力、賞賛に値しよう」

「貴方こそ、悉く私の上をいかれる。流石は戦鬼と謳われる武人だ」

 

 間合いを取り、どちらとも言わずに言葉を交わらせた。自分らしくないが、自身よりも遥かに強き者。そんな男と言葉を交わしたいと、本能が求めたのかもしれない。そう、思った。

 

「名は?」

「ユイン・シルヴェスト」

「ほう、貴様がノイアスの部下でありながら、ユン・ガソルについたと言う男か。ノイアスの部下と言う事で、どれほど下らぬ男かと思っていたが、その認識を改めよう」

「光栄だな。ならば、その認識を、更に変えて見せよう」

 

 右手に、魔剣を持ち、左手に予備の剣を持つ。槍は既に投げ捨てていた。息が、僅かに乱れている。此処までは何とか凌いだが、戦鬼の強さの底は、未だ見えない。雲の上の強さ。ソレを感じた。面白い。そう、思った。それでこそ、命を、『誇り』を賭ける意義がある。そう、思えた。

 

「面白い、やって見せろ。ユイン・シルヴェスト」

「我が誇り、その身で味わうが良い。戦鬼、ガルムス・グリズラー」

 

 首に巻き付けた真紅の布。ソレを外し、左手に巻き付ける。左手は既に失っており、自身のものでは無く、義手であった。その為、我が身から離れたことで、麾下達に届いている加護が、消えた。魔剣、天に掲げる。魔力、凄まじいまでの奔流を巻き起こした。これが、自身の切り札であった。

 

「原野を駆けた数多の兵よ、騎軍を率いし気高き英霊たちよ。幾千の原野を駆け抜け、我と共に在る剣を依代に、此の身に宿りて今再び竜をも滅ぼす武威を示さん」

 

 ソレを躊躇なく、切った。魔剣を用い麾下に施す魔法は、言うならば群用の魔法であった。ソレを個に、いや、一人と一匹に向けて解き放つ。瞬間、暴風のような魔力の奔流が、自身の中で暴れているのを感じた。許容量を遥かに超えている。誰の目にも明らかであった。普段ならば仄かに煌めく程度の光が、今は黒く禍々しい程の輝きを以て、我が身に宿っていた。

 

「長くは、持たないか……」

「マスターッ?!」

 

 呟く。それだけは、解っていた。この身に宿した膨大な魔力に気付いたのか、魔導巧殻であり鮮血の魔女の異名をとるベルが、叫んだ。

 

「何も心配する事は無い。ベルは黙って見ているが良い」

「そうか、ならば駆けさせて貰おう、凄絶に、な」

 

 呟き、駆ける。戦鬼には、何の気負いも無かった。強い男だ。そう、痛感させられる。静寂の中に、馬蹄が響く。神速。騎軍を率いた英霊たちの加護を受けし、人馬一体の攻め。それだけを武器に、駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

魔力が、身体を迸る。全身が悲鳴を上げていた。それ程にまで体を酷使する事で、力を手にした。だが、この力は尋常では無い。故に長くは持たないものである。それ故、仕掛けるならば短期決戦である必要がある。そうユインは思った。両の手に剣を構え、馬腹を蹴り、駆けた。疾駆と言うのすら憚られるほどの速さ。黒き輝きをその身に纏い駆ける様は、何処か見る者を不安にさせる程に感じさせるモノがあった。

 

「……ッ」

 

 ユインはただ、無言のまま武器を振るう。声を発する余力すらなく、ただガルムスを倒すためにだけ剣を振るっている。そんなユインの意思を機敏に感じ取り、愛馬が実に絶妙に駆け抜ける。騎馬の疾駆により、数倍にも膨れ上がった圧力を、ガルムスは悠然と受け止める。人馬一体の攻め、それを以って戦鬼に挑んでいた。

 

「ぬぅ!」

 

 神速の一撃。ソレがガルムスに襲い掛かる。ユインの限界を遥かに超えた力であった。ソレを以てして、漸く僅かにガルムスを傷つける事ができていた。

 

「マスター!?」

 

 悲鳴のようなベルの声が響き渡る。戦鬼の傍らに立ち、戦い続けたベルである。彼女はガルムスの武を誰よりも間近で見続けてきた。万夫不当と言うに相応しい強さであった。その主が押されている。ソレが、信じられなかった。そう、ベルには見えていたのである。

 

「もう一度言う、ベルよ。手を出す事は罷り成らん」

「しかし、マスター!」

「くどい。儂を信じろと言っている」

「ッ!?」

 

 手を出そうとするベルをガルムスが一喝した。それにより、ベルは何もできなかった。

 

「その一撃は速く、重い。理想とする攻めであろう。だが――」

 

 騎馬が駆ける。黒を纏う漆黒。戦鬼に向かい、駆けた。

 

「お主と儂では、年季が違う」

 

 交錯。互いの刃がぶつかり合う。鮮血が舞った。

 

「ッ!?」

 

 剣が音を立て崩れていた。左手に持つ予備の剣が、戦鬼と黒がぶつかり合う負荷に耐えられなかったのである。ガルムスは右手に持つ斧槍で剣を圧し折り、左手に持つもう一方の斧槍でユインの腹部を一閃した。

 

「かはっ……」

 

 ユインの口から、血が零れた。そのまま折れた剣を落とすも、馬首に縋り付くように倒れ込む事で、落馬せずに済んでいた。愛馬が唯、駆け抜ける。既に黒き輝きは失われ、光を失った人馬が駆け抜けていく。ソレをただ、ガルムスは見送っていた。

 

「マスター! 手当を……」

 

 ベルがガルムスの傍らに来た。そして肩についている一筋の赤い線を見て、声を荒げた。戦鬼が確かに傷を負っていた。

 

「この程度、どうと言う事は無い。それよりもベルよ、追う事は許さんぞ」

「何故ですか、マスターを傷つけた相手です! 今ならば、討てます」

 

 ガルムスの言葉に、ベルは抗議の声を上げる。幾ら尊敬する主の言葉とは言え、従う事に抵抗があった。そんなベルを見て、ガルムスは静かに言葉を続ける。

 

「男が、儂を一人の男と見込んで誇りを賭して、挑んできた。人馬一体の見事な武勇であった。あれほどの武人、そうはいないだろう。何よりも、人と馬、その絆が見事であったのだ。見えたか? 小僧が振り落とされそうになるのを、馬が身を挺して支えていた。そのまま、手綱を操っている訳でも無いのに拘らず、駆け去って行ったのだ。それ程までの絆を持つ者達を追うのは無粋だ。戦鬼の名において追う事を禁ずる」

「……しかし」

「元帥として愚かな事を言っているのは、解っておる。だからこそ次に会いまみえる時は、儂がもう一度倒そう。それで、良い」

「はい……」

 

 ガルムスの言葉に気圧されたベルは頷くしかなかった。双方ともに、武人であったのだ。武人同士の戦いがあり、ソレに何かをいえるとすれば、その当事者しかいない。今のガルムスには何を言っても無駄であると、ベルには理解できた。

 

「ユイン・シルヴェスト、か」

 

 ベルは、主に認められた男の名を刻み込んだ。それだけ、ユインの見せた苛烈なまでの戦いが印象に残るものであったのだ。 

 

「良き、漢であったわ。あのような漢が、なぜノイアスに仕えていたのかが気になるが、考えても詮無きことか」

 

 ベルの呟きに、ガルムスはそう答えた。愚直なまでに、強さを見続ける男。そんなユインに、ガルムスはどこか懐かしいモノを見たような気がしていた。

 

 

 

 

 

「将軍!?」

 

 馬が、ユインを背に乗せ駆けているのを、麾下であり副官であるカイアスが見つけた。彼の上官であるユインは腹部を一閃されており、そこから血が零れ落ちている。致命傷ではなかった。ユインが切られる瞬間に、愛馬がわずかに間を外す事で、直撃することを僅かにだが避けていたのである。それ故、死を免れないと言うほどの傷では無かった。とは言え、楽観できる訳ではない。寧ろ、早急に手当てをしなければ、長くは持たずに死を迎える。それぐらいの傷ではあったのだ。即座に応急処置を施し、ザフハの軍が野営する地に向かった。戦は、ザフハの敗北で終わっていた。

 

「ぐぁ……」

 

 ユインの口から、呻き声が漏れる。痛みを考慮する程の余裕は無かった。致命傷まではいかずとも、かなりの深い傷だったのである。ネネカを救い出した時と同じように、二人掛かりで運んだ。鎧は、すべて外していた。

 

「将軍を死なせるわけにはいかん、駆けるぞ」

 

 麾下達が、静かにうなずいた。皆、上官の事を慕っていたのである。それ故、わき目も振らずにザフハの軍営に入った。

 

「お前たちは……」

 

 疲れ切った顔のネネカに出会う。全身傷だらけであったが、深い傷と言うものは無く、体力が満ちればある程度動く事はできた。それ故、やる事も無いので負傷兵の世話をしていた。

 

「将軍を、助けてほしい」

「っ、こいつは……。解ったネネカたちに任せろ」

 

 麾下達が言うと、ネネカは少し驚きつつも、受け入れてくれた。

 

「将軍を、頼む」

「大丈夫だ。ネネカだってまだ礼を言っていない。だから、ザフハが絶対助ける」

 

 ネネカは、ユインとその麾下に借りがあった。だから、死なせるわけにはいかない。そう思っていた。だからそれだけ告げ、その場を後にする。目を覚ましたら、礼を言おう。その後、殴ってやろう。ネネカはそんな事を思った。




何故か中盤がおかしい事になってたので、修正しました
話の流れとしては、ネネカが敗走する少し前の話と、前回の続きになります。

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