午前一時、救急に獣症の重症患者が運び込まれる。騒然とする中で当直だった外科の徳川真琴は患者の検査をした上で緊急オペを決めた。その時点で看護士に頼んで自分の上司に連絡を取ってもらう。
職員室にいた外科部長の明紫波光秀は連絡を聞き付けモニター室へ移動した。すると既に石黒三成がいて、青白い顔ながらもオペの様子を見つめている。
「状況は?」
「ステージ3で腫瘍が腹部に二ヶ所、ひとつは腎臓への癒着が見られます。しかし執刀医が徳川ですから問題はないでしょう」
問いかけた光秀に石黒はすばやく説明をしてくれた。患者は小柄な女性でおそらく年齢も若いだろう。だとしたら傷跡を目立たせないためにも切開部分は最小限に抑えたい。しかしそれも真琴なら難なくこなせるはずだ。彼は月城医大が誇るスーパードクターなのだから。
モニター室でオペを見ていると看護士がやってきて救急患者が運ばれた旨を伝えられる。今夜の当直は真琴だが、彼のオペはまだ終わらない。それならと光秀は新たな患者の対応をすることに決めた。
状況を聞けば患者は三十代男性で左腕に切り傷。出血がかなり酷いらしい。しかし救急救命士が圧迫止血を行ったため今は出血が抑えられている。そんな説明を聞きながら移動すると処置室に救命士と患者がいた。
大柄で体躯に優れた患者は青白い顔で目を伏せている。意識はあるらしいが貧血が酷いのか、あるいは現状を見られないタイプなのか。
救命士の説明を聞きながら患部の確認をした光秀は縫合を決める。ここまで深いと神経の断裂まで考えなければならないが、どちらにせよ速やかな対応が必要だ。
「局部麻酔をします。少しチクっとしますよ」
患者に説明をしながら速やかに注射を打つ。その反対側では指示を受けた看護士が点滴の準備をしていた。
鋭い刃物で切られたらしい傷は深く骨にまで到達していた。傷の角度から考えるに相手は患者よりも小柄な男性だろう。そして傷が肘に近い部分にあるのは、誰かをかばうために無理な体勢で腕を差し出したからか。通常自分をかばうためであれば手首に近い部分が切られるはずだ。
そんな余計なことを考えながらも切れた神経を繋げて縫合を済ませる。ただその時点で患者は既に意識が喪失した状態にあった。多量出血による貧血か、あるいは麻酔の影響か。どちらにしても余談を許さない状況であることに変わりはない。
「後は俺が見ておくから、他の患者にかかってくれ」
助手を勤めてくれた研修医や看護士に声をかけて大丈夫だからと告げる。すると看護士たちは安堵の顔を見せつつ処置室から出て行った。
そうしてひとりになった光秀は意識の戻らない患者の左手に触れる。
「目を覚ましてくれよ。ヒーロー」
誰をかばったのか知らないが、ここまで深い傷を負うというのはよほどのことだろう。それを踏まえて声をかけた光秀はドアを叩く音に視線を移す。すると間もなく扉が開かれて石黒がやってきた。
「徳川のオペは終わりましたが、そちらは?」
「意識が回復するのを待ってる」
「では俺が代わりますから、あなたは少し休んでください」
それは緊急オペをしたことへの気遣いだろう。血を見ることのできない石黒はオペができない。そして彼は少なからずそれに対する負い目を感じていた。
だが光秀はそんな石黒に大丈夫だと返す。
「ヒーローが目覚めるのを待ってたいんだよ」
「は?」
つい漏らしてしまった言葉に石黒が眉を潜めた。とたんに気恥ずかしさを感じた光秀は苦笑いを浮かべる。
「あー……いやなんでもない」
「よくわかりませんが、あまり無理をしないでください。今回は何連勤ですか」
誤魔化すように言葉を濁らせた光秀に石黒は呆れながらも言葉を向けてくる。そのため光秀は笑いながら覚えてないと返した。