患者の手術が無事に終わり、立ち合った魚住は一応のこと安堵する。あとは回復を待って調書を取ればこの件はすべて終わったと言って良い。
腕時計で時刻を確認しながら医大を出るべく移動を始める。そんな魚住の前をやはり案内役のように石黒が歩いていた。
「外科部長さんは相変わらず忙しいのか?」
「師走ですから」
「医者も忙しくなるんだな」
警察も年末の取り締まりや捜査の強化など何かと忙しくなる。しかしそれは医者も同じらしい。そう考えながら魚住はエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターのドアが閉まると石黒が眼鏡を押し上げる。
「誰を救うこともできない能力の低い人間だから、裏方に徹して部下を支えなければならない。そう考えている外科部長は、部下が動きやすいように雑務のほとんどを抱え込みます。医者が目を背けたくなるような部分をひとりで抱えるんですから、多忙は仕方ありませんね」
「そんな忙しい外科部長さんを飯に誘いたいって言ったら怒るか?」
再度問いかけた魚住の目の前で石黒が肩越しに振り向く。しかし何を言うこともせず、開かれたエレベーターの外へ出ていった。
玄関まで案内すると言った石黒だがその足はまっすぐ玄関には向かわない。少なくとも魚住の知るルートとは別の道を歩いていた。あげく玄関ロビーを指す案内表示に反した方向に歩いていく。
広大な月城医大を、石黒は内線携帯で電話を掛けながら歩いていた。何人かと話しているようだが、魚住は彼の話の内容まで聞こうとは思わなかった。
やがて石黒は中庭らしき場所の入り口で足を止める。月城医大は医療施設であると同時に大学機関と研究施設も兼ねている。そのため施設は大きく、さらにこの手の庭なども充実していた。
「俺は明紫波のおかげで、今もこうして医者として生きることができています。獣症根絶という目標のため研究に専念できるのも明紫波のおかげです。他にも明紫波の支えで自分の事に専念できるという人間は多くこの医大にいるでしょう」
「それだけの人間を支えてるってことか」
そんな人間を横からかっさらうような真似事はどうなのかと言いたいのか。魚住はそう考えもしたが、すぐにその考えを打ち消した。前も手を貸してくれた石黒が、今回はそれを拒むとは考えにくい。
「しかし明紫波は、誰にも支えられずいつも独りなんですよ」
そう言い放った石黒は中庭の一角を指差した。そちらに目を向けると背筋を正した状態でベンチに座る光秀がいる。
「あなたが諦めの悪い方で助かります」
「諦めが悪くなきゃ警察なんてやってられねぇよ」
けっして広いとは言えない背中を眺めた魚住は自然と部下に目を移した。すると部下は眉を浮かせて笑みを浮かべる。
「成功したら茨城さんに報告しても良いですか?」
「それは絶対駄目なやつだろ」
茶化す人間が増えられては困ると笑みで返した魚住は中庭へ足を踏み入れた。