柚餅を食べながら患者の話を聞いているとなぜか視界が陰った。曇りの予報はないはずだがと見上げた光秀はそのままの姿勢で固まる。そんな光秀の隣にいた患者は白い頭を傾けて魚住を見上げた。
「あらあら、外科部長さんのお知り合い?」
「友人以上恋人未満です」
「ちっ」
「あらあらまあまあ」
違うと出かかった言葉が患者の声に遮られ光秀の喉に逆流した。
「それならわたしがお邪魔しては駄目ね。あなたも柚餅どうぞ召し上がって」
そう告げた患者は和紙の包みをふたつ魚住に持たせて立ち去る。光秀がそれを見送る間に魚住が隣に座った。
昼間とは言え真冬に外にいて冷えないはずがない。しかし久しぶりに見た魚住に寒さを苦しむ様子は感じられなかった。
「おまえ寒くねぇの?」
なんでこんなところにいるのか。もしかしたらまたわざわざ会いに来たのか。聞きたいことはまた山ほど光秀の中にわき出ていた。しかしそのどれにも触れられず、皮肉のような言葉だけを向ける。
すると和紙の包みを開けていた魚住の手が止まった。
「冷え性なんだ。光秀先生は解決方法知ってるか?」
「そんなもん代謝を良くすりゃ良い話だろ。そもそもなんでテメェそんなに筋肉質なのに冷え性なんだよ」
「俺が筋肉質だとよく知ってるな」
反射的に返した光秀へ、魚住が笑みを浮かべながら返した。とたんに光秀は返す言葉を失い目を背けた。
「光秀先生は年末は忙しいんだよな。正月休みは?」
「無くはねぇけど」
「今度は光秀先生の好物を食いにいこう」
魚住の言葉は明快で光秀の中にある暗い部分を簡単に吹き飛ばしていた。むしろ冬の空風のように気持ちを燐とさせる効果があるように思える。
しばし呆然とそれを眺めていた光秀はかなりの間をあけて我に返った。
「いやおまえなんで普通に誘ってんだよ」
「先生に惚れてるからに決まってるだろ」
「は? 前に一緒にいたヤツは」
「姫夜なら俺の部下だが、おまえはあいつに気があるのか?」
「あるわけねぇだろ。むしろ俺はおまえがあいつと」
付き合っていると言おうとした言葉が喉元で止まった。光秀が見つめる先で魚住が余裕を含んだ笑みを浮かべる。
「妬いてたってことは、脈ありってことでいいよな」
魚住の言葉に否定も肯定もできず光秀は再び口を閉ざした。そうして逃げるように魚住の手元にある柚餅をくすねて口に入れる。
「……先生は前に屋上で自分は天才でも優秀でもないって言ってたろ」
餅を食べる光秀の隣で笑みを消した魚住が真面目な目を向けてきた。ただそれだけで光秀は呼吸を忘れたように見入ってしまう。
「けど患者にとっちゃそんなことはどうでも良いんだよ。ただ俺は光秀先生に救われて、こうして今も左腕が使えてる。それだけだ」
再び現れた不整脈とともに光秀は眉をひそめた。しかし魚住は顔をしかめる光秀を横目にしても言葉を止めない。
「俺の左腕、そこそこ酷かったんだろ。本来ならオペ室に行くとこだったって言ってたくらいだからな。けど自分は無能だからっていろんなことから逃げてた先生が、そんな状況で俺を救ったんだろ。立派に優秀だと思うけどな」
「そんなもんはここの外科医なら…」
誰でもできると言おうとした言葉が不意の着信音に中断する。魚住も聞き覚えのある音に口を閉ざして光秀を見つめた。
内線携帯を取り出した光秀は着信に出た瞬間に目付きを変える。鋭い目付きで魚住を見つめながら立ち上がり、魚住の手元にあるゴミだけ回収した。
「悪い、急患」
一瞬だけ携帯を耳元からはずした光秀は端的に告げて歩き出す。しかしすぐに足を止めると魚住へと振り返った。
「次は鉄板焼きな」
再び携帯を耳からはずした光秀はそれだけ告げて走り去る。ひとり残された魚住は手元にひとつだけ残った柚餅に目を落とした。
「意外と安いな…」
高給取りの医者からのリクエストが鉄板焼きというのは意外すぎる。そう思いながらも魚住は冬の寒さから逃げるように立ち上がった。