目が覚めたら巨人のいる世界   作:フリードg

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13話

 

□□ 847年 □□

 

 

 

「貴様は何者だ!?」

「はっ!! カラネス区出身 レイバート・レハドです!!」

「訊いた事もねぇ名だな!? 野垂れ死にする寸前だったのか!? 馬鹿みてぇな名をしてるからだ! それでその馬鹿が何しにここにきたんだ!?」

「人類の勝利を信じてるからです!! 私もその一員になるべく馳せ参じました!」

「成る程な! それは素晴らしい。死ぬ前に良い事をする腹積もりか!? 巨人の餌になって囮役をさせてやろう! 5列後ろへいけ!」

 

 

 盛大に罵倒をするのは、アキラが《ハゲ教官》と呼んでいる男。

 名をシャーディス。シャーディス教官だ。

 今日もその盛大な声量が周囲に木霊し続けていた。ああも使い続ければ 直ぐに声帯が駄目になりそうだが。

 

「……相も変わらず 声がでかいな。ここ外だって言うのにめちゃ響くし」

「私は懐かしいな……。アレは通過儀礼だから 昔私も体験したよ。訓練兵の時の初日にね」

 

 イルゼの話を訊いて、アキラは苦笑いをしながら言う。

 

「成る程、イルゼの口の悪さと言うか、劣勢時の勢いと言うか…… それはきっと、あのハゲの影響があったんだな……。あん時の巨人への啖呵は見事だったし」

「っっ!? あんなの しょ、仕様がないじゃない! あんなに接近されたの初めてだし、巨人には憎しみしかないんだし」

「判ってるって。だけどまぁ…… マジでよく無事だったよなぁ。今は更にそう思ってる」

 

 イルゼは、アキラの言っている話の意味を直ぐに理解した。

 初めて出会った時に巨人に向かって放った言葉の事だという事を。あの後も何度か アキラに色々と言われていたから(命を大事に~ や 大した啖呵だ~ 等)。

 

「ま、今のイルゼがあるのは この訓練があったからっつー事だな。重要だって事もよく判る」

「……アキラみたいなお気楽な教官がいたから、前の訓練兵達けっこーだらけちゃう部分が出たでしょ? 以前までは考えられなかったけど、今ならよく判る。……やっぱり、ああ言う怖い教官は必要なんだよ。アキラだって 判るでしょ? 今までのアキラに接する訓練兵達を見て、シャーディス教官とのやり取りも見て」

「やかましいな。オレだって あいつらがあんな感じになっちまうまで読めてた訳じゃねぇよ! ……ただ」

 

 アキラは、空を見上げた。

 

「あんだけきつい訓練なんだ。おまけに 訓練を超えた先は高い確率で巨人ツアーの地獄。……そんな世界だが たまには、笑える場所があったって良いだろ、って思っただけだ。何より、()と変わらない場所に 此処(・・)もなったんだから」

 

 ウォール・マリアが突破されてから早2年。

 

 一応調査兵団に在籍しているアキラは今も訓練生たちの指導官、教官補佐。……ちょっとしたムードメーカー? 的なポジションにいる。

 

 巨人を相手にし続けるのと人間を相手にし続けるのはいったいどっちが消耗する? 

 

 と言う 凡そ誰もが正解出来る様な疑問。その答えが現在のアキラの立ち位置だ。

 ただ、喧しい連中に囲まれた事もあって 色んな意味で休息をとれない場面も遭遇しているが、それでも何処か楽しそうだから、ハンジ、エルヴィンの采配は完璧だっただろう。

 

「……そうだね。でも、今回の訓練兵の数人は 求めてない(・・・・・)かもしれないよ」

「判ってる。面構えから違うからな。……多分、いや 間違いなく2年前のアレを体験している奴らだろうな」

 

 イルゼとアキラの見る視線の先。

 大勢の訓練兵達の中でも身に纏う雰囲気、そしてアキラの言う様にその表情、それらが他の大勢の訓練兵とは次元が違っていた。

 

「ハゲ教官も判ってるだろ? あの大声が止まってる。……あれだけ近くで見りゃ判るか」

 

 シャーディス教官も数秒見ただけで 何も言う事なく次の訓練兵の所へと行っている。つまり、通過儀礼は必要ないと判断したのだろう。

 

「……それでもって、少数だと思うけど、ああ言うアキラみたいなバカもいるんだよね」

 

 アキラの直ぐ後ろに戻ってきたのは ぺトラ。

 訓練用の器具の数々を運び、セットし終えた所で戻ってきた様だ。

 

「お疲れさん。――って言いたかったが、一言多いわ! 誰がバカだ!」

「褒め言葉だよ?」

「罵り言葉だろ! ったく……で、一体なんの……」

 

 アキラが視線を向けた先には、少々笑える光景が広がっていた。

 

 1人の訓練兵が敬礼の仕方を間違えているのだ。

 

 拳を左胸に置く姿勢は、『公に心臓を捧げる』決意を示すもの らしく、当然心臓のある左胸に拳を添える。だが、ボーズ頭の子は 右胸に拳を添えているのだ。

 

 当然、ハゲ教官の逆鱗に触れる事になる。

 

『逆だ……! コニー・スプリンガー!』

 

 巨人が人間の頭を挟み潰さんとするが如く、頭を手で挟み込み コニーと言う名の訓練兵を持ち上げていた。

 

 そして、更に愉快なのがその直ぐ後ろの女の子。罵声が飛んでる場ではあるが 一応 今は通過儀式と言う名目があって ちゃんとした訓練の1つである。

 そんな中だというのにも関わらず、神妙な顔持ちをしつつも 手に持っている場違いな物、恐らく芋であろう食べ物を頬張っているのだ。

 

 

「…………同系列にしてくれるな。オレはあんな異常(ファンタスティック)じゃない」

「いいや、種類が違うってだけで、アキラの取ってきた行動だって十分おかしいって。異常(ファンタスティック)だって」

「ふふっ 確かに……」

 ぺトラの言葉を訊いて、イルゼも笑う。

 

「はぁ…… 色々と肝に銘じるつもりだが、メシを盗んだ挙句公の場で、公衆の面前で喰う様なのと一緒なのは、ヤダ。それに、何だか堂々としてるし。……開き直ってるし」

 

 シャーディス教官も だんだん呆れている様な様子だった。

 怒鳴り声がしなくなっていったからだ。

 

 

――手に持っている物は何か? と訊けば。

『蒸かした芋です! 調理場に丁度頃合いの物があったので つい!』

 

――なぜ盗んだのか? なぜ今 芋を食べたのか? と訊けば。

『冷めてしまっては元も子もないので……、今食べるべきだと判断しました!』

 

――いや、判らない。なぜ今芋を食べた? と訊けば。

『……? それは 「何故人は芋を食べるのか?」 と言う話でしょうか?』

 

 

 

 つまり、全然会話が成立していないのだ。

 無作法と言えばそうだが、まず何よりも盗んだ時点でアウトだけど 悪気がないというか 話の根幹が判ってないと言うか……。

 

「あー、うん。間違いなく 特殊な環境で育ってきたんじゃね? 壁の中でも色んな集落があって、貧富に差だってあるんだろ? ……あの子は 食料が何よりも大事なんじゃないか。……うん。人間の本質だ」

「……頼むから アキラは あの子、サシャって子と訓練一緒にする時に 今回の事肯定しないでよ? 色々と教育だって必要なんだから」

「アホ。オレはまぁ 一応教える側だぞ? 生きる為に大切だって言ったって 犯しちゃならんラインはあるだろ」

 

 盛大なため息がよく響いて聞こえてくる。

 

 よく響くのには理由があって、シャーディス教官の問とサシャの返答が繰り返されていく内に、周囲が凍り付いてしまっていたからだ。

 冷たく吹きこむ風の音、離れた場所で作業をしている作業員たちの声やその音がよく聞こえる程に。

 

「……おっ? あの子 ハゲ教官に芋渡したぞ? 半分。……多分 今舌打ちしたな。絶対。なかなか愉快だ」

「あー……アキラ以外にシャーディス教官に 馬鹿な事言う人いないもんね。一応 ここでは地位はとりあえず別として、年功序列ってもんがあったのに、例外が生まれちゃったし」

「いやいや、見合う働きをするっつったらOKが出たんだぞ? ……青筋立ててたけど」

「見てたけど、ほんと私も肝冷やしちゃったよ。……アキラはどこ行っても、色々と無茶ばっかりなんだから」

 

 アキラの頬をつんっ、とつつくぺトラ。

 

「むっ…………」

 

 そんな彼女を見て キッと睨むイルゼ。

 

 雰囲気と言うものは読み取れるものだ。訓練兵達の空気を 地獄を体験してきたであろう身に纏っていた空気を読み取れたのと同じ様に アキラも2人の空気を読み取って。

 

「さて、あのサシャって子、走らされるみたいだし、なら 監視しとかないとなあー。サボらないかどーか。面倒だけどこれも今の仕事だ」

 

 威嚇し合ってる(じゃれ合ってる?)2人をほっといて、アキラは 離れていくのだった。

 

 

 

 

 そして、その光景は結構恒例になりつつあって、他の作業員や同じく教育担当係になってる兵士達はと言うと。

 

 

 

 

「やっぱ、アキラの奴は普通の人間とはちょーーっとばかり違うから 気が付かないのかなぁ? なんで あの2人がいつもまぁ 飽きずに言い合ってるのかとか」

「……ほんとな。でも やっぱ むちゃくちゃ人間らしいと思うんだけどねぇ。ああいう子って平時は何処にでもいたムードメーカーだろ? ほれ、施設とかの中だったら リーダーとはまた違った役割で それでいて中心になる~的な」

「相手の心の中の機微を読んでる様な仕草をする癖に、女心ってヤツは読めねぇんだよなぁ」

「つまりあれだろ? 超鈍感。鈍い男と書いて鈍男(アキラ)。それがアイツの正体だ」

 

「「「「や、納得」」」」

 

 

 さんざんな言われようだったけれど、アキラはさっさと離れて行ってしまってたから、訊く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 その後は。

 

 

「ほれほーれ。パンはここだぞー」

「きーーーっっ!!」

「おおっ、惜しい。もうちょっとだ」

「うきゃーーーっ!」

 

 

 かれこれ3,4時間は走り続けてるサシャ。罰として死ぬ寸前まで走れ、との事だった。自分に妥協をすればすぐに終わりそうな気がするのだが 所がどっこい。サシャには強い芯があるらしく、走りを止めたりはしなかった。

 

 でも、アキラの晩飯まで確保しようとするのは頂けなかった。

 

 匂いで察した様で、巨人宜しく大口を空けて飛びかかってきたのだ。

 それを見て、アキラはまだまだ大丈夫だと悟った様子。

 

「人間、やる気んなりゃなんでもできんだよな。サシャ」

「パァンっ! ぱぁぁぁんっ!!!」

「おお、まだ元気ばっちりだな。よーし、もうちょっとだ頑張ったらやるぞー」

「ははぁっ! カミサマですかっ!?」

「あー……でも、教官(ハゲ)は 飯抜きにしろって言ってたしなぁ…… 一応今の上官的な人だしー、どーするかなぁー」

「ひぃぃぃ! カミサマぁぁ!」

 

 コロコロと表情が変わる姿には本当に笑ってしまう。

 走り続けるというのは極めてハードな訓練だ。それも死ぬ寸前までともなれば尚更。

 だが、このサシャは『飯抜き』と言われた時の方がもっと悲壮な顔をしていたから、やはり食に関しては意地と言うものがあると見た。

 

 今までの挙動でも十分判る事だが。

 

 

「アキラ。私達兵長に呼ばれてるから行くね」

「あまりイジメない様に」

「おう。根暗に宜しくな」

 

 

 ぺトラとイルゼを見送り、その見送っていた隙をついて パンを奪おうと飛びかかるサシャ。

 

 ……あっさりと躱されてしまった。

 

 

 

 

 

 

「……凄いな」

「うん。芋女も相当 走らされてて凄い。……色んな意味で凄いって思うけど、あの飢えた獣の様な動きを ああもあっさり躱すなんて。……オレじゃ無理だ。絶対奪われてる」

「ってか、オレら事喰われそうな勢いだぞ。……狙って飛びかかるスピードはまったく落ちてねぇし。なのに子供扱いだ」

「いや、まだガキだろ。あの教官に比べたら」

 

 遠くの宿舎にて、サシャ達を見守っている訓練兵。

 もう 日も落ちかけていて 黄金色が空を覆っている時間帯。

 

 

「明日から、あの凄い人の訓練を受けるのか……………。絶対に…………」

 

 

 あの日――巨人を駆逐すると誓った少年が そのスタートラインに立った。

 

 此処で全てを身に付け 巨人を一匹残らず駆逐する。その変わらない思いを、覚悟を胸に持ちながら、教えを乞う相手の姿と動きをただただ追い続けるのだった。


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