すいません。
エルヴィン団長の話を訊き。
悪夢と言っていい過去の記憶が、あの光景が鮮明に蘇ってきた。
殺しても殺しても減らない巨人。まるで無限にいるのか? と思いたくなる程の巨人の群。
目の前で喰われていく人達。
目の前で……死んでいく仲間達。
アキラは震える身体と腕を懸命に抑えていた。
エルヴィンが言っていた話は悪夢の再来。
巨人がウォール・マリアだけでなく ウォール・ローゼの壁をも破壊した可能性がある、と言う推測である。エルヴィンの推測はいつも的確で完全に外れた事などは殆どなかった。だから最大級にエルヴィンの事は信用できる。
……それでも 今回ばかりは間違いであってほしいと願い続けていた。
眼前に浮かんでいる光景を否定し続けて。
だがそれでも 周囲の巨人達の行動を見てしまえばもう認めるしかなかった。
ただ人間を視界に捉えたら襲い続けていた巨人達がある一点を目指している。
奇行種を除けば大体の行動が同じだった。人間を見つけ 襲ってきていた筈なのに、極端に近づいていないとはいえ、まるで人間が見えていない、興味が無いとでも言うのだろうか、巨人たちはその大きな身体を揺らしながら、移動をし続けていた。
そう――見える巨人の殆どが壁の方角を目指していたんだ。
そして調査兵団は、広範囲の探索を続けてウォール・マリアの壁に後僅かで迫る地点にまで到達出来ていた。その成果が今回は仇となってしまった。ウォール・マリアの壁の方が遥かに近い為 ローザまでは距離がありすぎる。ここから一番近いトロスト区にまで戻るにしても時間が掛かってしまう。
掛かりすぎてしまうのだ。
「…………ぐっ」
悪夢の光景と共に、何度も何度も過るのはつい先日街で別れた皆の事だった。自分達に期待を向けている街の住人、付き合いが長いと言っていい訓練兵達。
トロスト区には
それは アキラにとって―――。
「アキラ、お願い……」
その隣で並走しているのはぺトラ。
彼女はアキラが震え続ける身体を懸命に抑えているのは痛いほど判っていた。直ぐ傍にいるから、と言う理由もあるしそれに自分自身も同じ気持ちだから。
でも、間違いなく判るのはこの距離であれば如何にアキラの身体能力で急いで走ったとしても、馬より早いかもしれないが 確実に時間は掛かる。これまでの訓練(と言う名の虐待かも)での確認でアキラの活動時間と言うものは決まっている事が判明してきて、それが切れてしまうと運動能力が圧倒的に落ちてしまう。
言い方は悪いのか それよもある意味は良いのかは判らない。
アキラが
それが判った時は、アキラ自身も人間なんだと改めて強く思った。化け物をみるかの様に見ていた壁の中の重鎮。政府達にそれを思いっきり訴えてやりたいとも思えていた。
でも今はそれは喜ばしい事ではない。そんな状態で巨人に囲まれたら? 巨人の群の中で力尽きてしまったら?
まず間違いなく生き残る事なんて無理だ。
そんな心配を胸に ぺトラはアキラの方を見ていた。
そして その反対側ではリヴァイがアキラに声をかけていた。
「おい。ちっとは頭ぁ冷やせ」
「……ああ、判ってる。これでも判ってるつもりだ」
もう それなりには付き合いも長くなっている2人。リヴァイにも今のアキラの精神状態がどうなっているのか程度は手に取る様に判る。それはアキラ自身もバレている事などとっくに理解していた。自分の事を判ってくれる事は本来であれば嬉しいかもしれないが、今は考えられなかった。
そしてリヴァイは、つづけた。
「今 お前が闇雲に突っ走らない所をみると、随分と成長したと思えるな。……だが 壁が見えて その状況次第で途端に暴走して突っ込んだら結局は同じ事だ。……今回の一件 指示に従えアキラ」
「オレは いつも従ってきたつもりだったが?」
アキラはリヴァイの方を向かずにそう答えた。
確かに命令違反等は今の所アキラはしていない。色々な訓練・実験をしていた時に盛大に拒否した事は何度かあったけれど、実戦ともなれば話は別だった。
そのアキラの返答にリヴァイは頷き、更につづけた。
「ああ判ってる。……つまり オレが言いたいのは、たとえ 『目の前で誰かが負傷し倒れたとしても、目の前で巨人が人間を喰らっていたとしても、矢鱈に突っ込むな』だ。命令する前にすっ飛んで行きゃ命令無視も何もあったもんじゃねぇからな」
「っ………」
リヴァイの言葉を訊いて、思わず息が詰まるアキラ。その反応を見たリヴァイは続けた。
「お前が突っ込めば、確かに目の前の命は救えるのも間違いない。確か前に『……目の前の命を救えなくて、大勢の命なんか救えない』だったか。お前が言っていた臭ぇセリフ」
「……うるせぇよ」
思い返してみれば、アキラは 何度も仲間達の窮地を救ってる。その異常とも呼べる力で巨人から仲間達を救ってきている。確かに助けられなかった命もあるが、何人も救ってきている。己の事も顧みず。イルゼやぺトラに心配されても、時には自分自身を労わらない事で叱責もされている。その時はしっかりと話を訊いて反省もするんだけれど、それでも明らかに自分よりも仲間の命を優先していた。
それは 自己犠牲精神と口に出して言えば簡単かもしれない。
リヴァイも 巨人から我が身を犠牲にし、護った姿は何度も見た事があったから。
だがそれでも アキラはそれだけではないと感じた。
言わば――そう、『自分自身が死ぬ事を恐れてない』様にも見えたのだ。
いや、それよりも――。
「間違っちゃいねぇよ。何一つお前は間違ってねぇ。……だが 大局を見据える為にも、熱くなるだけじゃ駄目なんだよ。明らかに冷静じゃない時が多いからな。お前は」
リヴァイの言葉に完全に黙ってしまうアキラ。
それを見て軽くため息を吐くリヴァイ。
「誰も助けるな、アイツは見捨てろ って 指示を出す訳じゃねぇよ。オレが言いたいのは全指揮を取ってるエルヴィンの判断も信じろ。お前は1人じゃない。たまには周りを信じろ」
それ以上はリヴァイは何も言わず 無言でただ只管馬を走らせ続ける。
そしてアキラは リヴァイの言葉を訊き わずかに前に進んでいるリヴァイの背を見た。
「(信じてない? オレがこいつらの事を?)」
それこそがアキラには信じられなかった。
確かに アキラはいつだって無茶をしてきたと思っているし、傲慢だと言われるかもしれないが自分の力があったから助けられた、と自画自賛をした事だってある。
だが、それは決して仲間達を信じていない事とはアキラの中では結び付かなかった。寧ろ信じているからこそ、後処理をしっかりしてくれるからこそ、構う事なく突っ切った事だってあるから。
「(……そんな事、有る訳ねぇよ。オレはお前らがいるから……
アキラはそう強く思い、いつもの敬礼のつもりではなく自然と自身の心臓に拳を当てていたのだった。
「…………」
リヴァイはただ前を見続けていた。
時折思うのは、考えるのは、ガラにもなく後ろにいる男 アキラの事だった。
これまで調査兵団に所属してきて、今まで数えきれない程犠牲を目の当たりにしてきた。
それでも自分自身を信じ、信頼に足る仲間達を信じ、間違いのないと断言できる選択をしてきた。間違いなくいける。問題ない、とまで言っていたのにも関わらず、その本心ではその結果は誰にも判らないという事は全員が同じだった。
――結果は誰にも判らなかった。判るのなら、あれ程まで犠牲を出しはしなかっただろう。
だが、今は違う。
後ろの男と一緒に動く事で はっきりと結果が判ってしまっている。
云わば 『蛆蟲を踏みつぶせば、蟲はどうなってしまうのか? その結果は?』 と言う疑問とその答えが 実際にやる前から判るか? と言う問いに対して 『はっきりと判る』と言える。
それと同じで明白だった。
「(――いったい何時からだ。……どうなるのか、その先の結果がはっきりと判る様になったのは)」
リヴァイは馬を走らせ続けながら考え続ける。
だが、その疑問に対する答えは自分の中では既にあった。
「……ぁぁ。そうだな。この馬鹿と出会ってからか」
リヴァイは口にする事で それを改めて深く認識する様にした。
それと同時に、エルヴィンの『言っていた言葉』も もう一度深く心に刻み付けるのだった。