目が覚めたら巨人のいる世界   作:フリードg

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25話

 

 ここは――薄暗くて 何処か寒かった。

 

「ハァ……ハァ………」

 

 光は僅かにだが届いている。だが、それは鉄格子を挟んだ先の照明の明かりが薄らと届く程度。今外が昼なのか、若しくは夜なのかさえ判らない。そして 手には違和感があった。違和感があるのも当然だろう。その手首を見てみれば そこには手錠が嵌められている。そして鎖に繋がれ、行動範囲を殆ど制限されてしまっている。

 ジャラッ……と鎖の擦れる音が聞こえる度に つい見てしまい自身が拘束されているという事実を嫌でも再認識させられてしまう。

 

 それでも、このままでは嫌だ。

 

 地下牢に拘束させられている少年 エレン・イェーガーは鉄格子の前に立っている牢番であろう男に声を何度もかけ続けていた。

 

「すみません。便所に………」

 

 もう、それも何度目か判らなくなってきていた。

 帰ってくる返事も同じだ。

 

「さっき いったばかりだ」

 

 『いった』と言うのは『言った』と言う意味と『行った』と言う意味の両方が込められている事だろう。確かに一度は厳重に拘束されつつも行かせてもらえたが、それっきりなのだ。尿意を催している訳ではないが、ただの一度であってもこの場から出られる事がどれだけ色んな意味で解放される……とエレンは思っていたのだ。

 だから、声をかけるのを止めなかった。

 

 だが、それも次のやり取りまでになる。

 

「……水を、水をください」

「オイ」

 

 エレンの懇願は全く受け入れられなくなるから。

 

 

 

「立場を弁えろ………。この化け物め」

 

 

 

 エレンの呼ばれ方は『化け物』

 

 

 当然ながら今までそういう風に呼ばれた事など一度だってない。

 

 

――化け物か………。確かにそれは間違いじゃないだろうけど。

 

 

 エレンは当たり前の様に受け入れる事は、当然ながら直ぐに出来る訳はなかった。

 自分自身を縛る手錠と鎖、それを見るだけで思い知らされる。

 

 

――ここまで拘束する程、……オレの事が怖いのか。……まぁ無理もないか……オレにも訳が判らないんだから。

 

 

 ここで エレンが拘束される前。トロスト区での戦いまで時を遡ろう。

 

 

 その戦いでエレンは 死んだ筈だった。

 

 

 巨人に片足を喰いちぎられ、そして アルミンを守って 巨人に喰われた筈だった。

 

 そこから先が、まさに異常事態の始まりでもあった。

 

 どうやったのかは判らない。どうして こんな事が起きたのかも判らない。

 それでもいったい何が起きたのかは判る。

 

 後で言い聞かされた事だが エレンは『巨人になる事』が出来たのだ。

 

 巨人になり、籠城を続ける仲間達を狙う巨人達を薙ぎ払い、喰い散らした。己が力尽きるまで暴れ続けた。そして仲間達を、アルミンを、……ミカサを助ける事が出来た。

 

 その後も色々とあった。

 

 エレンに恐怖し、そして恐怖のあまり考えることを拒否して エレンを排除しようとする駐屯兵団をアルミンとミカサが止めた。アルミンが己の全てを賭けて、一斉放射されかねない状況であっても臆せずに心臓を叩き、人類に対する献身を 己の命を捧げる事を示した。

 

 その姿を、その敬礼を『見事』と言い エレン達を最終的に救ったのが《ドット・ピクシス》

 

 トロスト区を含む南側領土を束ねる最高責任者であり、生粋の変人でもある。

 何を隠そう、アキラが壁外へと何度か向かっていることを黙認したどころか。

 

『超絶美女の巨人がいたら 殺さず口説いて連れてこい』

 

 と無茶な指令をしたりしていた。

 

 だが、そんな変人でも 巨人に恐怖し、逃げ出す兵士が増えてきて、秩序と規律を守ろうとする兵士と最後の瞬間を家族と共にいたいと願う兵士がぶつかり、人間同士の殺し合いに発展しかけたその場を治める手腕も持ち合わせていた。

 

 それは体の良い方便かもしれない。それでも崩れかけた兵士達を立て直す事が出来たのには違いない事だ。

 

 それが出来たからこそ――壁の穴を、破壊された門を塞ぎ、トロスト区を奪還する事が出来たのだ。

 

 そして その代償が今回の拘束。

 それくらいであれば、エレンにとっては小さいものだと自分自身に思い聞かせていた。

 

 だが、それよりも 強く考えてしまうのは助かった同期の仲間達についてだった。

 一生このまま拘束され続ける恐怖も確かにあったが、それよりも。

 

――こうなったオレを見て、皆はどう思うだろうか……? エルヴィン団長は ここから出す様に計らう、と言ってくれたが、いったいアレから何日が……。

 

その時だ。

 

「おいおい、化け物は無いだろ? お前ら」

 

 声が 聞こえてきたのは。

 そして 声と共に複数の足音が聞こえてきた。

 

「っ…… だ、だが こいつは……」

「じゃ、オレはどうなんだ?」

「あ、あなたは……ちが「違わないぜ」っ」

 

 牢番をしている兵士と、来訪者の男のやりとりが続く。

 

「オレだってそうだろ? いや オレに比べたらエレンなんざ、可愛いもんだ。見ろよ」

 

 男は、自分自身を指さしてつづけた。

 

「オレは この体躯のままで……殺るんだぜ? あの連中を。聞いた限りしか知らんが、多分エレンの倍以上は殺ってる筈だ」

 

 もうそれが誰なのか、エレンは直ぐに理解する事が出来た。

 それは自分にとって信頼でき、そして尊敬出来る教官。そして 顔を確認して、目もあった。いつもの陽気な表情。

 

 あの訓練兵時代の時と、何ら変わらない。それだけでも エレンは救われた気がした。心底安心できたのだ。

 

「よぉエレン。おはよ。今の気分は――良い訳ないよな? オレだって ここに入れられた時は不愉快だった。特に横のメガネがニヤニヤと見てきた時は特にな」

「あ、アキラ教官………」

 

 来訪者は ハンジとミケ、そして アキラの3人だった。

 

「ごめんね? エレン。待たせてしまって。 このアキラがさぁ この大変な時に『昨夜はお楽しみでしたね?』って言われそうな事をしててさ。そのせいで遅れたんだよ。だから 私達のせいじゃないよ??」

 

 と意趣返しの様にアキラにとって痛い部分をついてくるハンジ。

 まるで傷口にタバスコを塗りつけられる想いだが、それは実力行使で黙らせようと 脚を狙ったのだが、躱された。

 

「ちょっと、アキラに踏まれたら 脚が無くなるじゃん。いや命も無くなるかも?」

「あぁ、大丈夫大丈夫。一撃で楽にする気はないって。一発くらい受けても良いと思うぜ?」

「全然大丈夫じゃないってば。あの場面を見ちゃった事はずっとずっと謝ってるでしょ?」

「行動と言動が一致してねぇんだよ! 地の果てまで蹴り飛ばすぞ! このクソメガネ!」

 

 あの場面――と言うのは勿論アキラがぺトラとイルゼを……と言う場面。熱い抱擁を2人にしていた所を何の因果か ハンジにみられてしまったり、と言うオチがあった。

 色々と悶着があったが 当然 何の事か判らないエレンは、ただただ唖然とするしか出来なかった。

 

 そんな2人の間に割って入って治めるのはミケだ。エレンも見ている事を思い出したアキラはと言うと、恥ずかしそうに頭を掻きながら。

 

「今のは忘れてくれエレン。……その代わりと言っちゃなんだが、今すぐそこから出してやるから」

 

 そう言って、牢屋の扉を素手で破壊。

 エレンを拘束していた鎖を引き千切った。

 

 耳障りだった鎖の擦れる音も もう聞こえない。アキラに捕まれた手。冷たい牢屋にいた時間が長く感じていて、この時久しぶりに――温もりを感じたエレンだった。

 

「あーあ、壊した。後で調査兵団に請求が来ると思うけど、アキラの給料から差っ引いとくからね?」

「うっせ! とっとと行くぞ! あぁ、お前らは良いからな。ここをオレがぶっ壊した、って言ってもな。事実だし。それに ピクシスのおっさん辺りに美味い酒でも渡して詫びを入れとくから多分大丈夫だ」

 

 アキラはひらひら~ と手を振ってそう言うと まだ状況を掴めてないエレンを引き連れて、この場から出ていくのだった。

 

「確かに 基本アキラって、性能を考えたら正直 巨人になったエレンよりも十分化け物っぽいけどさ……、それ以上に ここの誰よりも人間っぽいんだよなぁ。可愛いトコがあったり、意地っ張りだったり、それに からかいたい衝動を掻き立てるものを持ってたり……。ねぇ?」

 

 おいて行かれたハンジは、牢番の2人に同意を求める様に言う。

 この時ばかりは、ハンジの言う事に全面的に同意する様だった。

 エレンと言う巨人になるかもしれない男を見張っていた。それは自分の命を懸けた見張りであり、極度に緊張していたのだが、苦笑いをして肩の力を落としていたのだから。

 

 

――誰よりも人間らしい化け物

 

 

 なんだかそれを訊いたら、エレンの事も必要以上に怯える事はない、と思えてしまう。

 近くにもっと凄いのがいるのだから。

 

 

 

 その後は息の詰まりそうになる審議の始まりだった。

 

 折角アキラが手錠をぶっ壊したのだが、速攻で新たな手錠を付けられてしまい、またまた拘束されてしまった。

 

「(うーむ、また ぶっ壊そうか?)」

「……アキラ。バカな事考えないでよ」

 

 ぺトラに肘で突かれてしまったから一先ず止めた。

 ここにいるのは憲兵団、調査兵団、リヴァイ兵長とエルヴィン団長も当然ながら。そして ピクシス司令、何処ぞの宗教団体、更に事情を特に知ってるミカサやアルミンを含めた兵士達。

 

 そして審議所の最上部には 駐屯兵団、憲兵団、調査兵団の3つのトップ ダリス・ザックレー総統。

 

 睨まれたら色々と面倒くさい連中が揃いも揃って非常に息苦しいと言うものだ。

 

「って、しないしない。考えたけど、後々がマジで面倒そうだし」

 

 だから、アキラはぺトラにそう言って手を振った。

 力では解決できない問題も世の中にはある、と言うものだ。

(アキラが本当の本気で暴れたら……と言うのはとりあえず置いときましょう。まぁ 実際に起きたらリヴァイが止めると思うけど)

 

 兎も角 審議は早速始まった。

 

 様はエレンをどうするのか。どの兵団に委ねるのかを決めると言う事だ。

 

 憲兵団は 簡単に言えば『エレンの人体を徹底的に調べ上げて処分』との事だった。

 それを説明するのは憲兵団師団長のナイル・ドーク。

 

「中央で実権を握る有力者たちは彼を脅威と認識しています。王族を含める有力者たちは5年前や今回の襲撃を受けて尚、壁外への不干渉を貫いています。しかし、今回の襲撃を受けて、エレンを英雄視をする民衆も増えてきました。……その結果 我々に残されたこの領土をめぐる内乱が生じかねない状況です」

 

 つまりは、エレンを処分しようとすれば 英雄視している連中が黙ってないぞー! との事だ。出来る出来ないは置いといて、民衆のまさにヒーローでもある調査兵団を害するとどうなるのか、と言うのと同じことだ。

 

「彼の巨人の力が今回の襲撃を退けた功績は事実です。彼と力を合わせて、後々の成果も見てみたい、とも思う自分もいますが、その存在が実害を招いたのも事実。大きな実害が。 それを目に瞑る事は到底できません。つまり――彼は高度に政治的な存在になりすぎました」

 

 ナイルは一呼吸を置いた後に最後の一文。

 

 

――出来る限りの情報を残してもらった後に 人類の英霊となれ。

 

 

 と言う事。

 正直『英霊』と言われても溜まったモンじゃないだろう。要は死ね、と同義だから。

 

 因みに。

 

「――相っ変わらずだな。何かムカつく上から目線。幾ら歳上でもムカつく」

「………アキラ」

「わーってるって エルヴィン団長。無茶な事はしないって。……結論が出てない今の所は(・・・・)

「…………」

 

 アキラの最後の『今の所』と言う言葉を訊いて、僅かながらに空気が変わったことを感じる調査兵団の面々。

 

 アキラにとってのエレンは教え子だった。今回の事件で沢山の死者が出てしまった。その事を決してアキラは忘れる事はないだろう。彼らの死を決して。遺灰を胸に 心臓に塗しているのだから。

 

 そんな折に、また誰かが死ぬ様な事になると言うのなら どうなるか…… もう火を見るより明らかだった。

 

「おい。オレより先に手を出すな。それだけは約束しろ」

「……釘刺さんでも判ってるよ。そろそろ言いそうだったし」

 

 背後をリヴァイに取られていて、釘ならぬナイフを刺そうと突きつけられてる気分だったアキラ。この後も色々と頭が痛くなる様な審議が続くのだろう。その中心にいるエレンに 心底同情するアキラ。

 

 初めてこの壁の中に来た時に、アキラもこの場の中心にいた事があったから。

 

「んじゃあ、オレからも約束してもらっても良いか? リヴァイ」

「……ああ」

 

 アキラは、ゆっくりと振り返ってリヴァイに一言。

 

「……アイツが死なねぇ方向にする事だ。それ以外は認めねぇ。人に殺されるなんざ、巨人より認めたくねぇよ」 

「ふん。言われるまでもねぇ。アイツは ここにいる大多数の豚共よりは十分使えるんだからな」

 

 きっちりと約束を交わした2人は それ以上は語らず 審議の続きを見つめるのだった。

 

 

 

 




審議の場面は長いので大幅カットな予感。
と言うより予告かも。リヴァイのリンチ? もきっと。

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