「結局 無許可で立体機動装置を使った兵士は見つからなかった様だ。……いったい誰がやったんだろうな……」
グンタはエルドと話をしていた。
ハンジを中心に、一丸となって……とは言わないが、とりあえず殺巨人事件を捜査し続けていたのだが、その後犯人は見つかる事は無かった。
立体機動装置の整備は義務付けられており、主要部分の更新も当然ながら記録・登録される。それらの記録から使用したか否かは大体絞る事が出来るのだ。そこから糸口を見つけ出そうとしたのだが、見つける事が出来なったのだ。そしてそれ以上の捜査は困難を極める。立体機動装置を使用した、と言う手掛かり以外が無い為である。
「さぁな。……そっちも確かに気になるが、今はこの後の新兵勧誘式の方がどっちかと言えば心配だな。確かに調査兵団は近年で飛躍的に向上して成果、結果を残してきたが…… その殆どがアキラの功績だって言っていいとオレは今でも思ってる。仲間が増えるのは正直歓迎したいんだが、入る様な酔狂なヤツはいるのかねぇ。…………ふふ、そういや 最初の頃にアキラに成果の件を言ったら、結構マジに怒ってたよな? あまり言わない様にしてた、っていうのはオレだけじゃないだろ?」
エルドは、そう言いながら笑った。
大きな作戦の際は基本的にアキラを中心とした攻勢に出る。直接的に戦い全てにおいて勝利出来ると言っていいアキラは、活動限界時間はあるものの基本的に対巨人戦において無敵の力を誇っている。(仮にリヴァイ兵長が操る立体機動以上の敏捷性で動き続ける様な、そんな巨人がいたら、悪夢と言っていいが 今の所は大丈夫な様子)
因みに、そうやって煽てるとアキラは照れる。そして アキラに負担をかけてばかり……や、1人の成果等と言った途端に、アキラは怒る。鬼気迫るとまではいかないが、表情が明らかに変わる。
確かに目立つのは圧倒的にアキラだ。全員が色々と戦術を駆使し 何度も斬り付けて巨人を倒しているのに比べて、アキラはたった一発のパンチで巨人を倒してしまうのだから。
だが、それでも今は1人じゃないから戦えていると言う事をアキラは強く思っていた。
『……オレ1人で戦ってるんじゃないだろうがこのアホっ! それに お前らがオレを引っ張ってくれなきゃ、……お前らがオレの傍にいてくれなきゃ、こんな修羅場なんだぞ! 幾らなんでも精神の1つや2つ 逝ってるつーの! こんなオレだってお前らと同じ人間だ。足の一本でも潰れりゃ走れないし、心臓や頭が潰れりゃ死ぬ。馬鹿げた力は持ってても、中身はなんも変わらねぇ。お前らと一緒なんだよ!』
とだ。
それが、調査兵団の皆が 本当の意味でアキラの事を深く信頼した瞬間でもあったかもしれない。
「はは。当たり前だろ。オレだって同じだ。あの力もそうだけど、ハンジ分隊長の無茶な実験に応えてるトコもやばいと思ってるし。そう思っちまうのが普通だろ。……だけどまぁ随分と慣れたもんだ、最初はずーーっと 同じ感想ばっかだったんだけどな」
「あんな光景一度見たら絶対忘れんって。……まぁ、それはさておき 新兵たちはあの時の巨人の攻撃で、大部分が思い返しているだろうよ。……普通は、普通の人間が 巨人と戦ったとしたら、生き残る可能性なんて殆どないって事を」
人類が巨人を圧倒する事も確かにある。それは優れた戦術と技能、そして一部の兵士の能力があった為で それらが備わっている者など極一部しかいない。その極めて優秀な人材による大きな成果が、活躍が、大きく伝わり 調査兵団は大きくなった。
それでも、あの巨人の襲撃ではっきりと認識した事だろう。……巨人には勝てないのだと。それは夢物語なのだと。
「判るよ。あの1件があったばっかりだってのにさ、……さっきも言ったが こんな短期間で調査兵団に入団する、なんて言うのは正直酔狂だって言える。……熱狂的なファンが中にいるだけかもしれんが、それでも自分の命の方が大切だろ? 普通は」
「普通はな。おお、そうだエレン。お前の同期にウチを志願する様なヤツはいるのか?」
傍で控えていたエレンに訊く。
エレンは 監視付きとはいえ事実上 調査兵団に所属してると言っていい身分だ。だがほんの少し前までは訓練兵だったのも忘れてはいない。104期のメンバーの中には逸材も揃っている事を、リヴァイ班のメンバーもよく知っていた。それもその筈。その104期の事を特に目にかけていたアキラが度々口にしていたから。
「はい。いますよ。……ぁ いえ、今は…… 今はどうか判りません」
あの地獄を見た。
巨人が人を……、人が喰われる所を見た。
アレを見たからこそ、今皆がどう思っているのかが判らないのだ。
エレンの中で、判るとするなら――常に自分の傍にいるミカサの存在だけだった。
そして、場面は変わる。
104期のメンバー達の元へと。
自然と顔見知りのメンバー、アニ、アルミン、サシャ、コニー、ライナー、ベルトルト、クリスタ、ユミルが集まっていた。
集まってはいたが、皆話す事なくただ黙って勧誘式を待っていた。
己の進むべき道は何処なのかを考え続けていた。
そんな中に近づいていくのはジャンだった。
サシャがジャンの存在に気付いて声をかけた。訊きたかった事があったから。
「ジャンは、どうして調査兵団に? その……怖くないのですか?」
ジャンは進むべき道をもう既に決めていたのだ。
そう、あの日に。
仲間達を弔ったあの日に。
「は? 嫌に決まってんだろ。調査兵団なんか。オレはずっと憲兵団に っつってたろ?」
「え? ……じゃあ、お前はなんで……?」
元々頭が弱い、と公言しているに等しいコニーだが、コニーじゃなくても混乱するのも無理はないだろう。
ジャンの言葉はまさに矛盾そのものだったから。
あの日。仲間達を送る炎が消えて
『調査兵団に入る』
と。
だが、今のジャンのセリフはどう考えても逆だろう。
そして ジャンは続けた。
「それに有能なヤツは調査兵団になる責任があるなんて言うつもりもねぇよ。……何より、オレはエレンみてぇな死に急ぎ野郎とは違う。間違っても一緒にすんなよ」
ジャンの真剣な表情は、その言葉に嘘偽りないと言う事を克明に物語っていた。
そして目を瞑り――自分の顔に手を当ててゆっくりと離しながら目を開いて答えた。本当の理由を。
「オレは…、誰かに説得された訳じゃねえ。そんなもんで、言葉なんぞで自分の命をかける訳でも、かけれる訳でもねぇ。……だがオレは
ジャンの目に映る光。それは あの時の、皆で見送った時の炎がその目に映っているかの様だった。
そのセリフだけで十分だった。
恐怖が完全に去った訳はない。まだ 精神の大部分を占めている。
だけど、その精神の中には、誰しもが一粒の炎が残っていた。仲間達の死も全部 その身に纏って進み続ける人もいるんだ。そう、言葉じゃない。その姿を見ただけで十分だったのはジャンだけじゃない。
その時だ。
「訓練兵、整列!! 壇上正面に倣え!」
一斉招集が掛かった。
勧誘式始まりの合図だ。
招集命令が掛かったところで、ジャンはそれ以上何も言わず 言われた通り壇上正面へと整列していた。他の者達も従った。 壇上には調査兵団団長のエルヴィンが丁度自己紹介をしている所だった。
エルヴィンの説明は 彼が言った通り エレンの巨人化の事、そして生家の地下の事。全て包み隠さず言った。
100年に亘る巨人の支配から脱却できる手掛かりを掴める事が出来る、と力強く断言して。
周囲の顔色も当然ながら変わる。
巨人の支配が、恐怖の支配が終わるかもしれないと言う夢物語なのだから。
そして 何故エルヴィン団長がそこまでの情報を公にするのか、強く疑問に思ったのはアルミンだった。そして、ミカサも同様だ。
ミカサはエレンの家で暮らしていた。エレンの家がミカサにとっての実家だと言っていいから。その地下室についても ミカサは知っている。エレンの、そしてミカサの父親でもあるグリシャ・イェーガーが、地下室の鍵をエレンに託したのも知っているから。
何か意図があるのではないか? とアルミンはエルヴィンの表情をじっとみていた。
「団長は一体何を……何を見ようとしてるんだ?」
「え?」
アルミンの言葉。その意味まではミカサは判らず、どういう意味か? とアルミンに訊こうとしたが、その直ぐ後にエルヴィンの話が始まった。
「ただ……、ここからが最も重要だ。彼の生家があるシガンシナ区内の一室をじっくりと調べ上げる為には、ウォール・マリアの奪還が必須となってくる。巨人を相手にしながら、などは当然不可能だ。彼の家を破壊されてしまう可能性が高く、そうなってしまえば 全てが水の泡となってしまうからだ。……つまり目標はこれまで通りだ。トロスト区の扉が使えなくなった今、東のカラネス区から遠回りするしかなくなった。4年の歳月を使い、作ってきた行路も見直さなければならない現状。……人材はどうしても必要となってくる」
エルヴィンは、ゆっくりと そしてはっきりと答えた。
「我々調査兵団の事は諸君らも知っている通り、此処5年で飛躍的に進歩してきたと自負している。調査兵団発足の歴史を遡り確認すると、最も犠牲者が多かった時期と比べると、今現在その数は8割以上も減ってきている。それは嘘偽りない。確かな数字だ」
エルヴィンの言葉で目を輝かせる訓練兵。
だが、その目は長くは続かなかった。
「……だが、安易な考えを持たない様にする為にも告白しておこう。それは調査兵団全体の戦力が高い為、効果的な戦術である為、極めて優れた兵法を用いている為、……といった様な理由では決してない」
その説明の意味がいまいち判らない訓練兵達。
数少ない訓練兵達の中で判っている者も当然ながらいる。
だけど、実際にその光景を目の当たりにしている訓練兵の絶対数は少ないと言っていい。
その後エルヴィンは、当たり障りのない言葉を選び抜きそして紡いでいった。
つまり、新人兵が容易に出来るものではない、と言う事を言葉を上手く使いながら説明していったのだ。
犠牲者の数は明らかに減っているが……0ではない。その0ではない部分、……その大部分が新人兵になる可能性が極めて高いと言う事を遠回しではあるが、説明していた。云わば脅しの様なものだと言える。
「(……アキラきょうか…、アキラさんの事ははっきりと言わないのか……?)」
アルミンは この時少なからず疑念を感じていた。
エレンの巨人化。そして エレンの家の地下室の秘密。即ちは巨人の正体に直結しかねない秘密を話しているのだが、アキラの情報に関しては殆ど話していない事についてだ。
アキラの知名度で言えば 団長をはじめ、リヴァイ兵長等と何ら遜色ない。
確かに口で言った所で到底信じてもらえるとは思えないだろう。だが、実際にアキラに実演をしてもらう事は容易に出来る。あの超人的な力については別としても 彼の元で訓練をしてきている兵士達は、幾度となく彼を見てきていた。全ての実技を実演している姿を見てきていた。
だからこそ、証明する事も簡単だと思えるのに、何故話さないのだろうか。
それが アルミンの疑惑だった。
そして、エルヴィンの演説は続いた。
遠回しで言っていた事を、ストレートに伝えた。
「決して隠したりはしないのが、新兵の最初の壁外遠征でのリスクについてだ。…………確かに犠牲者は減りはした。だが それでも 依然と新兵の生存率に関しては決して高いとは言えない。事実 これまでの調査兵団の犠牲者たちの殆どが経験の浅い兵士達だった。――その死線を何度も潜り抜けた者達が、やがて生存率の高い優秀な兵士へとなってゆくのだ」
この演説を訊き、始まった最初の頃の気持ちを持ち続けていられる新兵たちは一体何人いるだろうか。
もう、ざわつきも期待する様な眼も無い。ただエルヴィンの演説しか聞こえてこない。
「そしてもう1つ。今説明をしておかなければならないだろう。今期の新兵調査兵も一月後の壁外調査に参加してもらう。巨人の襲撃がいつ来るか判らない現状で、ゆるりとはしていられないのだ。……皆今一度考えてほしい。壁の外の世界では 巨人が蔓延っている。今もその巨体と大口を開けて待ち構えている。……壁外では安息の地などは存在しない。この場に残る兵士達の命の保証は一切ない。そして、先の戦いの結果と今の惨状を踏まえた上で、自分の命を賭してやると言える者はここに残ってくれ。――最後は自分自身に訊いてみてくれ。人類のために心臓を捧げる事が出来るのかを」
エルヴィンは一呼吸置いた。
ぴんっ……と静けさが支配したのを感じたのと同時に。
「以上だ。他の兵団の志願者は解散したまえ」
その発言は 傍から見れば必要以上に脅し過ぎているとしか見えないだろう。直ぐとなりで控えていた調査兵団のメンバー達も困惑を隠せられなかった。人材を欲しているのは本当の事だ。前半部分は良かったと言えるだろうが、後半からは違う。恐怖心を蘇らせると言っていいから。
それは結果となって表れていた。
1人が動き出したかと思えば瞬く間にこの場から離れていく。
動かない者もいるが、恐らく自分自身との戦いを繰り広げている事だろう。目の前で巨人と相対し、殺された者も見ている筈だから。
そして――今度喰われるのは 自分自身かもしれない。
そう連想させていても不思議じゃない。
軈て、200人以上いた人数は10分の1程にまで減った。
だが、そこから動く者はいなかった。
「……君たちは、死ねと言われれば死ねるのか?」
皆へのエルヴィンの質問。
その質問には、当然――『死にたくない』と答えていた。
誰の声かは判らない。だが、この場にいる全員が共通する想いだろう。誰もが心臓を捧げたからと言って、死にたい訳じゃない。死ねと言われて 死ぬことを選べる訳がない。死の恐怖を、体験したのだから尚更だ。
エルヴィンはその答えを訊き、静かに頷いた。
「そうか……。皆良い表情だ」
全員の顔を見まわした後に、エルヴィンは表情を引き締め、一際大きな声で言った。
「では今! 此処にいる者を新たな調査兵団として迎え入れる! これが本物の敬礼だ! 心臓を捧げよ!」
ゆっくりと、それでいて今まで見てきた誰よりも強く、己の心臓を圧している様に見えた。
『ハッ!!』
応える様に全員がそれに従い己の胸に拳を当てた。
だが、例え誓ったとしても、恐怖が頭から離れることはなかった。
「………これ以上、
「う、……いや、嫌だよぉ…… こわいぃ……、村に、帰りたい………」
「あぁ…… もう、いいや、どうでもいい……」
言葉を発する者。
ただただ沈黙する者。
そして、黙して涙を流す者も。
「っ………」
「泣くくらいならよしとけってんだよ……」
それは、調査兵団の仲間が増えた瞬間だった。
「第104期調査兵団は敬礼をしている総勢21名だな。よくぞ恐怖に耐えてくれた。……君たちは勇敢な兵士だ。心より尊敬する」