アキラは 勧誘式が終わっても暫くその場に残っていた。
もう解散し誰一人残っていなかったが、ただただ、訓練兵達が直立不動で訊いていた場所を見ていた。
「……ふるいに掛けてる、か。多分そんなトコなんだろ? エルヴィン。今のは」
アキラは今回の演説について 全てを訊いていた訳ではないが、エルヴィンの話を訊いてすぐにその意図は理解した。そして残っている兵士達も解散した後もアキラはこの場に残っていた。
今はもう誰もいないこの場所で、嘗ての教え子だった者達の思い浮かべる。
その皆の姿が今でも鮮明に目の前に見える気がした。
あの訓練生時代の思い出も脳裏に蘇ってきていた。
でも私情は禁物である事は重々承知の上。その迷いが新たな犠牲者を生むであろう事もアキラは よく判っているから。
可能性は低いと言えるが、もし――エルヴィンやリヴァイ、そして自分自身が考えている通りであったとすれば、間違いなく犠牲者は増えてしまうだろう。今までとは比較にならない程の犠牲者が。
知恵を殆ど持たない獣も同然な巨人だったが、それに知恵が備わっただけでなく、姿を隠し 息を潜めているとしたのなら、間違いなくだ。それに 自分の様な力を他人にも伝え教える事が出来れば、とアキラは最近はよく思えてしまうのだ。
突如現れる巨人。それも中には50m級の巨人もいる。当然突然現れたその巨人に抗う術など普通の人間には持ち合わせていない。それは調査兵団とて同じだ。常識の範囲外からの強襲なのだから。
でも――自分なら。この力なら……。
「――セコセコしてねぇでオレの所に来いよ。50m超級だか、鎧だか知らんが、纏めて相手してやるからよ」
自然と力が籠ってしまう。
皆を奪った巨人に対して強い憎しみを抱いている。
でも、一粒の迷いがアキラの中には存在しているのも事実だった。その巨人が、もしも―――。
「………アキラ?」
そんな時に声をかけてきたのはぺトラだった。
「まだ残ってたんだ。どうしたの?」
ぺトラの顔を見たアキラは、自然と籠ってしまった力を抜いた。
「いや。……さっきの事を考えててな」
「さっきのって、団長の話?」
「ああ」
「ちょっと必要以上に脅かし過ぎだって皆も言ってるけど……アキラはどう思う?」
ぺトラの問いにアキラは少しだけ考えて答えた。
「そう言う意見もあるだろうな。調査兵団って恒常的に人手不足だし」
飛躍的に向上したとはいえ現状の調査兵団は エルヴィンが言う様に人手が足りていないのが現実である。如何に強大な力を兼ね備えた者達がいた所でそれは個の力だ。
個の力には当然ながら限界がある。
手の届かなかった命がある。
目の前でなくなった命がある。
アキラはそれらを思い描きながら、続けて答えた。
「だが あれくらいが丁度良いんじゃないか? エルヴィンが言った言葉に嘘偽りはない。壁の外はそれ程危険なんだ。調査兵団に夢を見る。調査兵団が夢を魅せるってのは間違ってるとは思わないが……、安易に手を伸ばして良い場所でもない。……こんな事言ってちゃ 皆からクレームが来るかもしれんがな」
そう言って少し笑った。
人手不足、と言う事はそれだけ 1人1人にかかる負担が大きい。人が来なければ それが解消されない。つまり 皆しんどいままだから、文句の1つや2つ来てもおかしくないだろう。エルヴィンじゃなくて 脅かしたのがアキラだったら 絶対に来てる。
ぺトラはそれを考えつつ笑顔を見せた。
「そうだね。でもそれは団長が言ったから、特に効果的だったって事だし。……仮にアレをアキラがやったら 絶対皆苦笑いして終わりだって思うけどね」
「んだそりゃ? つまりなんだ? オレが言ったとして 真面目に受け取る奴はいないっつーのか?」
「違うよ。 ……それだけ 皆信頼してるの。安心だって出来る。こんな時でも笑みを見せる事が出来るくらいにね」
ぺトラはそう言うとアキラの手を取った。
アキラは、少々苦々しい顔をしているが、軈てため息を吐く。
「なんだろうな、正直な所 全然釈然としないってな」
「日ごろの行い、だね? そーいうのってさ!」
「はいはい。善処しますよ、って事で 一度戻るか」
「うん!」
回れ右をしてアキラは歩き出した。
少し離されたからぺトラはアキラの隣に早歩きで向かって その手を取ろうとしたけど。
「……日頃の行いってほんっとそーだよねーー?」
「っっ!!」
いつの間にか、もう1人この場に来てた。
「あれ? イルゼじゃん。ハンジのアホに付き合ってたんじゃないのか?
そうイルゼである。
随分と、久しぶりな気がするが気のせいだろう。
「気のせいじゃないっ!!」
「って何が?」
「……何でもないよ!」
少しご立腹な様子で、少々気になって訳を訊こうとしたアキラだったが、イルゼが続けて言う方が早かった。
「今日はエレンの巨人の実験だからね」
「あー……、納得」
ハンジは、巨人達を殺された事に対して異常な執念を掛けていた様だけど エレンの実験に対する情熱が勝ったみたいだ。
そう言うハンジの心理を超容易に把握したアキラは速攻で納得してた。
「と言う訳で、いつまでたっても戻ってこない2人を連れ戻しに来ました! リヴァイ兵長の命令です!」
「……絶対、それ私怨入ってるよね!? メチャ絶妙なタイミングだったよね!? いっつもそーだよね!?」
「うるさいなっ! 良いじゃん! ぺトラって、すっごく優遇されてるんだから!」
「何言ってんのよ! イルゼだってじゅーぶんしてるじゃん! してたじゃん!」
「何時! 何日の何時? それに何分ごろ!? いったい何話で!?」
2人の言い合い。
これは、今に始まった事じゃなく いつも通りだったりする。(場面を書いてないのはご愛敬で)
言い合いが続くと非常に長くなるのも判ってるので。
「先行ってるからなー」
とアキラが一言いって離れてくのもいつも通りである。
□□ 調査兵団 宿舎 □□
アキラがやや遅れて戻ってきた時には、もう他のメンバーは殆ど集まっていた。いないのはぺトラとイルゼのみ。始まるのはエレンの巨人化についてだろう。部屋に備え付けられてる巨大な黒板にハンジが色々と書き込んでるから判る。
「遅ぇぞ」
「悪い。少しばかり考え事しててな……、ああ、ちょっと2人はオレより遅れるから」
この場に集まってた皆は、イルゼとぺトラに関しては簡単に把握。ほんといつも通りの光景だから。詳しく判ってないのはアキラと入ってきたばかりのエレンの2人だけ。その事に関してもとりあえずいつも通り、2人を除く全員がため息を吐いていた。
変な空気なのは大体読めるアキラだけど、とりあえず今はリヴァイに詫びを入れた後は普通にアキラも参加した。
話の内容は勿論エレンに関する事だ。
「エレン。お前を半殺しに留める方法を思いついたんだ。それを伝えとこうと思ってな」
「……はい?」
エレンが暴走した時の為に リヴァイやアキラがいる。
訊けない命令だとは思っていても、本当の意味で最悪の場合は、エレンを殺してでも止めなければならない事はあるだろう。全員全てを助けるのが理想だと言う事は判るが、そんなにこの世界は甘くないから。
「エレンが巨人化した後、もしも暴走でもすればオレ達はお前を止めなきゃならない。死なないで済むのなら それが一番だろ? エレン」
「そ、そりゃそうですけど……、どうやってですか?」
「リヴァイが説明してくれるってさ」
黒板にチョークをもって立ってる姿は宛ら教師の様だ。……随分と目つきが悪い教師。
「……お前も大体判ってるんじゃないのか?」
「リヴァイこそ判るだろ? オレは剣は苦手だ」
「成る程。確かにそうだな。話を進めるぞ」
リヴァイはそのまま黒板に簡単ではあるが、体の絵を書いた。
「このやり方なら重傷で済む。とはいえ個々の技量頼みにはなるがな。要は、お前がいる場所 うなじの肉毎お前を切り取ってしまえばいい。その際、手足の先っちょを切り取ってしまうと思うが……どうせまたトカゲみてぇに生えてくんだろ? 気持ち悪い」
「……散々な言い方だな。説明もアバウト過ぎるし。もっと全体を斬るって言えよ。うなじの」
「じゃあアキラ。お前やるか? うなじの部分を消し飛ばすって言うよりは遥かにマシだろ」
「ま、まぁ 確かに……。結構難しいからなぁ、斬るのって」
斬るより消し飛ばす方が明らかに難しい、と言うか不可能だけど その辺りは置いとく。
アキラの言葉を借りると 散々見てきたから。怒り任せに ぶっ飛ばしてうなじ部分が無くなるのを。怒りの度合いで多少損壊レベルが変わるが、大体は消し飛ぶ。首から上も消し飛ぶから。
「ちょ、ちょっとまってください! どうやったら生えてくるとかわからないんです。な、何か他に方法は……」
エレンが不安になる気持ちもよく判る。
前例があるとは言え、毎回同じになるとは言えないのだから。自身の四肢が斬られる事なんて誰も想像したくないだろう。だが。
「それでも、お前や皆が死ぬよりは遥かにマシだろ? ……外に行く以上危険は常に付きまとうんだエレン。なら 決めるしかない。……覚悟をな」
「あ、アキラさん……」
潜ってきた修羅場の数の差だろうか。エレンは慌てていたのにアキラの言葉はスムーズに入ってきた。そして勿論リヴァイも。
「この後に及んで「何の危険も冒さず何の犠牲も払いたくありません」とでも言うつもりか?」
「い、いえ……オレは」
「ならコイツの言う通りだ。腹を括れ。全員リスクは同じだ。お前に殺されるって危険はな。その辺りは安心しろ」
「……殺されるかもしれないが安心しろって、まぁ 無茶な要求だと思うケド、そんな所だ。 ま、実を言うとオレは心配はしてねぇよ! 何だかんだでエレンはやっちまいそうだし。それに――」
アキラは 周囲のメンバーを一通り見た後再びエレンを見た。
「最大級に信頼できる面子だ。ここにいるのはな」
そう言って笑った。
何故だろうか。
アキラの言う様に 『殺されるかもしれないが安心しろ』と言うのは正直難しい。地獄を体験した身ではあるが、それでも難しい。 でも、目の前の人の笑みを見たら 自然と身体に籠っていた力が抜けた。……緊張が解れたんだ。
「ノー天気って思うけど、アキラはいつもヤル時はヤルからね。だからエレン」
ぺトラが一歩前に出た。
いつ帰ってきたの? と言う疑問はさておき ぺトラは一瞬だけ微笑みを見せた後 真剣な表情になる。
「……だから、エレンも信じて」
信じられない筈はない。
エレンは強くそう思い ぺトラの言葉にうなずくのだった。
「と、話が綺麗にまとまったところで……、じ、じゃあ実験しても良いよね??」
「……リスクは変わらず大きいが。かといってこいつを検証しないわけにもいかないからな」
「計画は私がやっていいよね?」
「……好きにしろ」
身震いか? 或いはペンション上がりまくってアドレナリンでも出まくって自分を抑えきれないのか? って感じのハンジ。リヴァイも大体は任せる構えだ。
「あー……エレン。早速でわりぃケド、前言撤回するかも。コイツはやっぱ信用ならん」
「ええー 酷いなぁアキラ。私とも一緒に色んな困難を潜り抜けてきたじゃないかぁー」
「絶対その倍以上は酷い目に遭わされてんだよ!」
ハンジに言い返した後、アキラは真剣な顔になってエレンの両肩を掴む。
「気をしっかり持てよ! ここも大変だぞ!」
「は、はいっ!!」
「よしよし。それじゃエレン。わからないことがあったら……うん。わかれば良い。自分達の命を賭ける価値は十分にあるしね。じゃあ、早速始めようか」
そして一か月後。
大規模遠征が始まる。