「もう一度確認するけど。……うん。つまり ほんとにもう良いって事だよな? エルヴィン」
「ああ」
「本当だな? もう我慢しなくて良いんだな?」
「ああ」
それは大規模遠征が始まる前日の事。
大規模遠征の目的、それを限られたメンバーだけだが伝える為にこの場所に集められた。
「エルヴィンはさっきから頷いてるだろうが。何度も言わせるな馬鹿」
「るせー! 簡単にはなかなか信じられないんだよ! あん時から今日までの事を考えたら仕方ねぇだろう!」
リヴァイの言葉に突っかかるアキラ。
約一か月間。
新人達に厳しい訓練を課してきた。更に小規模ではあるが実際に壁外にも数回出ている。そこは主にアキラの身体能力を見極める、と言う名目の人体実験場として有効利用してきて、且つ立体機動装置が最大限に威力を発揮できる巨大樹の森林エリアの1つにて 巨人との戦い方を目に焼き付けさせた。
勿論、死が常に隣り合わせになっているのは言うまでも無く、幾度となくアキラは手を出そうとしていたが エルヴィンやリヴァイからのOKサインを貰えなかった。『アキラについて言葉を濁す』とエルヴィンは言っていた。それは行動も制限すると言う事でもあったのだ。
その理由は判る。多数の新兵が入ったこの状況で 容易に見せる事のリスクも察すると言うものだ。だがそれでも、それを踏まえてもいわずにはいられなかった。
『死者が出なかったから良かったものの、出たらどうするんだ!』
そう言わずにはいられなかった。
だが、そんなアキラの訴えにもエルヴィンは表情1つ変えず、ただ事実を伝えるだけだった。
『お前なら死ぬ前に救うだろう? いや、その気配が少しでも見えたら アキラは指示など訊かん。……見える範囲、手の届く範囲であればお前は仲間達を救う。オレは限界のギリギリまでしか指示を出さんし、その先にも行かせんつもりだ。……だがな、アキラに頼る癖でもついてしまえば、それこそ大問題だ。壁外での生存率にも影響してくる』
それ程までにアキラの事を信用し、信頼しているのは本人も判るし、有り難くも思う。……だが 如何せん心臓に悪いのは間違いないだろう。アキラが自分自身で戦うよりも遥かに。仲間達の力を信じてないと言う訳じゃないのは間違いないのだが、それでも仕方ない。
だからアキラはこの一か月間のストレスは酷いものだったらしい。
今エルヴィンから改めて許可をもらったのは 今回の件。本格的な参戦についてだった。この規模の遠征でも戦うな、と言われる筈はないとは思えたのだが やはり安心など出来ない。
「ま、アキラ大分我慢してたよね。うんうん。私には判るよ。だって他ならぬアキラの事だしさ?」
「……通じ合ってる~みたいな気持ち悪い事言うなよハンジ。オレはごめんだ」
「もー、ほんとつれないなぁー。ほら、いつも言ってるでしょう? 私と君との仲じゃないかっ」
「一体どんな仲だよ! 研究員と実験動物って感じだろうが!? んな友情あってたまるか! なぁ エレン!」
「あ、はい。すいませんが オレもその点においては同意です……」
アキラが口酸っぱく言っていたハンジの性質を痛いほど理解したエレン。一か月もあれば十分だと言う事だ。
「おい。アホみてぇに喚くな。聴けよまだ話は終わってねぇ」
騒ぐ連中を静めつつ、リヴァイとエルヴィンを中心に、明日の大規模遠征についての会議が続いたのだった。
そして 大規模遠征当日。
「エルヴィン」
「何だリヴァイ」
「ここから アイツを好きに動かすのは、本当に大丈夫なのか? この場に
それは昨日よりのエルヴィンの許可についての最終確認だった。
現状では最前列にいるアキラの事である。
アキラとエレンは基本的に同じ班だが、今回最初は別々だ。勿論、それは特別の仕様であり、途中で合流する手筈にはなっている。
「ああ」
言葉は短く、目で頷くだけだった。
リヴァイも『なら良い』と言わんばかりに一瞥した後戻っていった。
「(敵は確かに未知数。……だが極上と言っていい餌を撒いた。巨人の秘密。それは恐らくは知られたくない筈。故に今日 餌には喰らいつく。十中八九な。そして 仕掛けも十分。掛かれば良し、掛からなくとも良し。……いや、シガンシナ区を解放すると言う点において言えば、掛からなければ尚良し、か。目的地へ到達する為にも)」
エルヴィンの脳裏で、作戦を組みあげる。
そして カラネス区より始まる。
調査兵団始まって以来最大の大規模遠征が。
「団長!! まもなくです! 付近の巨人はあらかた遠ざけました! 開門30秒前!!」
壁上での見張りからの伝令も十分届いた。
それを訊いたエルヴィンは 大きく息を吸い込むと、直ぐに吐き出す。
「いよいよだ! これより人類はまた一歩前進する! 皆、訓練の成果を見せる時だ! 開門、始めッ!!」
その号令と共に、開門が始まった。轟音と共に巨大な門が開かれる。人類を守り続けた門が開かれ、その先に待つのは人類の天敵――巨人が待つ壁外。
「第89回壁外調査を開始する!! 前進せよ!!」
エルヴィンが真っ先に駆け出し、各班がそれに続いてゆく。
そして、それを待っていた、と言わんばかりに姿を現したのは10m級の巨人。
「左前方! 10m級巨人接近!」
待ちに待った極上の餌。と言わんばかりに凄まじい形相と人が3人は入りそうな大口を空けながら突っ込んでくる。
「クソッ‼ 取りこぼしだ!」
それは、開門に合わせて 巨人を遠ざけていた援護班の取りこぼしだった。
街中においては、周囲の建物を存分に利用する事が出来る為、立体機動装置が最大限に活かせる環境であり、熟練された兵士達であれば通常種の巨人であれば 仕留める事も、遠ざける事も出来る。
しかし、それは100%とはどうしても言えない。
巨人の行動は予期できない事も多々あるからだ。今回の時の様に。
だが、待ちに待っていたのは巨人だけじゃない。
「お前ら先に行ってろ。あぁ、援護班の皆は向こうを頼む。向かってくるコイツはオレがヤる」
接近してくる巨人に真っ向から向かう1つの影。
取りこぼした事に対して、苦い表情をしていた兵士は 一瞬ではあるが安堵の表情を見せていた。
それは調査兵団にとっては見慣れた光景、だと言えるのだが、新兵にとってはそうはいかない。
「ななな! きょ、教官! 何をっっ!!」
取り乱す者も少なくはない。見知った相手であれば尚更だ。
「落ち着いて馬を走らせろ。アイツに任せて前進すればいい」
「ですがっ あんな馬鹿正直に真正面から! 馬鹿なんですか!? 教官はぁぁぁっっ!!!!」
そう、普通は馬鹿だ。巨人を相手にする時に正面から突っ切るのはどう考えても。
生憎普通じゃないから仕方ない。
「あの馬鹿でかい声……。サシャだな? アイツとコニーの奴にだけは馬鹿って言われたくないわ」
嬉しくないエールを背に アキラはぐるんっと腕を回した後。
「ぐおおおおっっ!!」
大口を開け、大きな腕を振るってくる10mの巨人と正面衝突。
拳と伸ばした手のぶつかり合い。正面突破! まさに漢! と言えなくも無いが 如何せん体躯に差がありすぎる為、無謀を通り越している。
でも、結果を見れば どんな馬鹿でも黙るものだ。
どごぉっ! と強烈な衝撃音が響き、ぶつかり合った拳は、拮抗する様な事はなく ぶつかり合った片方が吹き飛んだ
勿論 明らかに大きい方の巨人の腕が変な方向へと吹き飛んだ。あまりの威力故にか肩から先に掛けて千切れ、そして身体は吹き飛ばされていく。まるで紙の様に。
「まずは1匹目。……うなじは削いでないんだ。まだ、来るんだろ? 来るんならオレに来いよ。幾らでも相手してやる」
こびり付いた返り血を振るって呟くアキラ。
吹き飛んだ巨人は 何が起きてるのか判らないのだろう。……いや 元々そう言う感性は無いんだが 今回に限っては ある様に見えてしまう。腕が無くなった事も判らず、一瞬呆然としている様に見えるから。
それでも一瞬。巨人は恐れる様な事はしない。例え自分にとって死地であろうと 何も考えずに飛び込んでくる。
「そうだ。……来い!」
口許を歪ませ、更に拳にもう一度力を込め直して突撃していったのだった。
「……………」
「判ったか? サシャ。援護班の仕事は巨人を遠ざけ、且つ可能であれば数を減らす事。だが、それ以上に巨人の接近する方向を絞る事が最も重要な任務だ。四方八方から攻められてしまえば、オレ達の方が全滅する可能性があるからな。一方向からだけなら……」
ニヤリ、と笑いながら言う。
「アイツの行動には制約はあるらしいが、戦っている間は無敵だ。勿論、街を出れば 平原が広がるから そこからは索敵陣形が最重要になってくる。気を抜くなよ!」
「ふぇぁっ!? あ、は、はいぃぃっっ!!」
放心しかけていたサシャだったのだが、班長に活を入れられ覚醒した。
今でも、衝撃光景は目の前に続いている。人間が巨人を屠ると言う有り得ない光景が。
それは、新兵全員が目撃する光景。
「は、ははは……。やっぱり、アンタの背はデケェ……。巨人なんざ霞むって感覚、間違ってなかったんだ……!」
追い続ける背を今までずっと心に秘めていた男も歓喜する。
彼に見返りを求めていた訳じゃない。ただ、道しるべになってくれるだけで十分だった。それで、その選択の結果 最期の瞬間を迎えたとしても…… きっと後悔はしないと思えた。死にたがりじゃないと公言してきた自分自身でも、心底そう思っていた。
だが、その決意も一蹴された気分だった。
『死なせねぇから死ぬな。気ぃ張れ!』
そう言われている様に見えたんだ。
「す、凄い……。こんな事が、こんな事が有り得るなんて……」
息を呑む光景を目の当たりにし、現実とは思えなくなってしまう。そのせいか馬術を損ないそうになった。それでも、恐らくは誰よりも馬を愛し、接し続け そして 馬にも好かれる少女に応える様に馬も決して乱れる事なく主人を運び前へと進み続けていた。
「あれを見て、ビビるのは間違いじゃねぇ。だが、こんな何でもない状態で落馬なんざするなよ!」
「は、はい!」
何とか気を取り戻して前へと進む。
巨人が倒され続ける光景を目に焼き付けながら。
「団長は、ここで公開した。その意図は……?」
「アルミン。考えるのは良いけど、考えすぎるのは良くない。……集中して」
「うん。判ってる」
確かに安全を保障された状況とも言える。
だが、油断は死を招く事は良く知っているつもりだった。
「……レン……。……ラ教官。……エ……を……っ」
馬を走らせている間何度も小さく呟き続ける。
何よりも家族を想い、そして 失いたくない気持ちが強い少女はただただ願い続ける。
今までは自分自身が守ると固く誓い続けていたのだが、それは今は息を潜めていた。自分の手の届かない場所に家族がいる時、その傍に信頼できる人がいてくれている。
自分が傍にいなくても、安心出来てしまうんだ。心細くなってしまっていた時期はあったが、それ以上に家族を失わずに済む事に喜びを感じてしまえたんだ。
「(……でも、これ程の力を持っても マリアの奪還に時間が掛かってしまうと言う事は、制限がある筈なんだ。……だから、調査兵団がいるって思っても良いかもしれない。教官を支える為に。……1人にしては絶対に駄目だから。だから、僕達も絶対にそうなる。支えられる様な存在に、なって見せる……!)」
頭脳明晰な少年は その優秀な頭を今も働かせ続けている。
一度見ているとは言え 巨人を容易に圧倒し続ける姿を見れば強く希望を抱く事だろう。あれだけ脅された勧誘式の後の今があれば尚更だ。
だが、手放しに安心する様な事はせず、明かされていない事を考察し 新兵なりにも最善を尽くそうと考え続けている。それが最大の強みになると思っているからだ。そして、……それが力になれるかもしれない事だと思っているから。
「なっ………!」
「え……? え………?」
そして 中には
それは とある目的を果たす為に 紛れ続けてきた者達である。
様々な想いが渦巻く街中で轟音は絶えずに響き渡る。
「これで8匹目……とっ! ストレス解消、と言いたいトコだが あまり離れすぎるのは宜しくないな。オレはエレンの監視役でもあるんだ。放棄する訳にはいかん。……リヴァイに小言喰らうのも嫌だし」
建物の屋根の上で 班の場所を把握した。
そこへと向かおうと踵を返した時、狙ったかの様に下から飛び出してくるのは7m級の巨人。各個体の中には動きが鈍い者もいれば、巨体の割に俊敏に動く者だっている。
立体機動装置で移動をしているのに、そのスピードは反応出来ない巨人が殆どなのだが、それに合わせて喰らいついた個体もいた。
今、飛び出してきたのは間違いなく通常種ではなく云わばスピード特化型の巨人。
「アキラさんっっ!!」
それを見ていた者が思わず叫ぶが。取り越し苦労だった、と言う事に気付く。それは毎回。足を狙って喰いつこうとしてきた巨人の歯は、全てへし折れ、飛び上がってきていたのにいつの間にか轟音と共に地面に激突していた。
「巨人を虫けらみたいに踏み潰すって言うのもたまには良いもんだ。……お前らに踏み潰された仲間達の分って考えりゃ尚更な……!」
本人に言わせてみれば、ただ足で踏み付けただけである。
巨人の接近に合わせたカウンター。巨人自身の勢いも+され、更に力も上乗せされてしまう一撃だから 地面にめり込んでしまう程の一撃になった様だ。
「ありゃ動けないな。うなじ削いでないけど。動けないんじゃとりあえずは良いか。援護班に任せて合流を優先させる、か」
まるでギャグの様に大の字に地面にめり込んでいる巨人。もがこうとしているのだが、深く地面にめり込んでしまっている為か、或いは骨が地面に喰い込み返しになって抜けないのか判らないが、もがいてももがいても出てこれる気配はない。
「後は任せるぞ。……気を付けろよ?」
「はい! 大丈夫です! 絶対、絶対に負けません。だから……宜しくお願いします!」
「ああ。任せろ」
援護班の1人と拳を合わせた後に、近くに待機させていた馬へと飛び乗った。
「……ここから先は鬼が出るか蛇が出るか」
街を超えれば、先は広大な平原。
見通せるメリットはあるが、今回の街中の様に 大通りの決まった方向から、道幅を考えた決まった数が迫ってくる訳じゃなく、今まで以上の複数を相手にする状況になってしまう可能性だってある。だから、この先は索敵陣形が不可欠だ。
「皆……死ぬなよ」
そう呟くと馬を走らせた。
そして、この先に出てくるであろう