灰の煙弾。
それが空に伸びたのを目にした時、アキラの目の前が 赤く染まった。
煙弾の種類についての説明があった時の話だ。
『――全ての信号弾の扱いについて、其々の意味についての説明は終わる。何か質問はあるか?』
エルヴィン、ハンジ、ミケ、そして リヴァイを含めた調査兵団の各分隊長、隊長達が揃い踏みでの説明会。それはアキラが初めて参加する長距離の遠征時の時。
『大体判ったけど。……なぁ、もしもの事態、不測の事態が起きて マジでやばい状態になったら時の事はどうすんだ? えっと 赤は巨人を知らせる煙。黒は主に奇行種に使う煙。で、緑が行き先を示す煙の3種だろ? 全体の崩壊に繋がりかねない本当にヤバイ時の為の信号弾ってヤツも決めといた方が良いんじゃないか?』
それは、そこまで深くは考えてなかったただの意見だ。
まだ、アキラは人の死を見ていなかった時の事だから。本当の意味で その時の事を考えてなかった。
『危ない目に遭ってるなら、オレが行ってやる』
その程度にしか考えてなかった。
そして、決まった色が『灰』だった。
人が死ねば火葬し弔う。そして 残されるのは遺灰のみ。
その色は――人間が最期に残す物。
そして場面は再び戦場へと戻る。
色を確認したと殆ど同時にアキラはリヴァイの傍にまで移動をしていた。
「リヴァイ……ッ!」
「あぁ。そっちは任せた」
リヴァイから了解を得たアキラは駆け出した。
移動手段は馬を使うのではなく、己の脚のみ。馬を使っての移動では遅すぎるから。
大地を抉りながら進み続ける。あまりの勢いなのか、威力なのか判らないが 草原一帯が焦げ臭くなっていた。
「あ、アキラさん!」
「エレン、止まらないで。このまま団長が判断する進路のままで!」
アキラの行動を見て思わずエレンも止まろうとしていたが、それをぺトラが制した。
この時エレンは違和感を覚えた。アキラの行動は いつものぺトラであれば彼女が真っ先に制する所だ。1人にさせない為に。如何に強大な強さを誇ったとしても、多勢に無勢と言う言葉はある。数の暴力と言うものがある。それが巨人相手ならば危険度は計り知れない。
エレンはアキラの事を信じてない訳じゃないが、1人で向かわせるのが最適だとは思えなかった。
「……エレン。集中して前を見ろ。よそ見して落馬なんざするんじゃねぇぞ」
明らかに平常心じゃなくなったエレンに叱咤するのはリヴァイだ。そして、その後はただただ事実だけを伝えた。
「……アイツの実力は判ってる筈だろうが。一応無理はするなという事と、30分以内に戻って来いという制約も付けてる。今のあのアホが覚えてるかどうかは判らんがな」
そして、平常心でいられなくなりそうだったのはエレンだけじゃない。ぺトラも同じだった。でも、それでも気持ちを押し殺して前に進んでいるんだ。
何故なら 灰色の煙弾が使われた事は今まで無かった。たった1度でも使われた事が無かった。灰とは云わば班単位で壊滅的な被害を被った時に放たれる物。或いは陣形全体にも被害が及ぶかもしれないと各班長が判断した時に放たれる物。
普通の巨人だったら、いや 奇行種だったとしても、赤、そして黒のみだった。
――灰がこの空に放たれた事は今まで無かった。
『
『………』
『そんな顔するなって。……それに まぁそう言う場面にならないのが一番だと思うのは間違いないし。オレだってそんな場面に遭遇するなんて嫌だ。皆がやられてる可能性だってあるんだからな。…………それに もしも その時が来ても、無理する訳じゃないから、説教は勘弁してくれ』
『………判った、いや 判ってるから』
ぺトラも本心は兎も角、それが最適だと言う事は理解できていた。
調査兵団での決定事項の1つ。調査兵団全体が壊滅する可能性がある煙弾が放たれた時の事は決めていた。
人類最高戦力で迎え撃つと。
もしも、その時が来たとしても。
『絶対に無事で帰ってくる事。それは約束して。約束しないと……許さないから』
そして その時は来た。
「……エルヴィンの予測は当たったか。多分、
「了解です!」
オルオの手で撃ち放たれる灰の煙弾。
それは連鎖する様に 瞬く間に全体へと広がった。先頭を進むエルヴィン団長に伝える為に。
脚が燃える様に熱い。自身が炎になったかの様だ。
灰色の煙弾が上がった瞬間から、自分の内にある炎が猛っているのが判った。身体を駆け巡る炎が脚に灯った。内に宿る炎は爆発的な力となって、大地を蹴り続けた。
一足飛び脚で馬を追い越し、配置されていたそれぞれの班を横切った。 灰の煙弾が放たれた事は当然近隣の班全員が把握していたから アキラが通る事が判っていて、班長達が指示を出したのだろう。新兵も誰一人慌てる様な事は無かった。
そして 移動にかかった時間はわずか十数秒。
軈て見えてきた。
「…………っ」
倒れている無数の人数が、無残に食い荒らされたその身体が。
「う、ぁぁぁぁ! や、やめぇぇぇっ……!!!」
そして、今まさに喰われようとしている者が。
「うおらぁぁァァァッ!!!!」
だが 最後まで、それはさせない。
炎を纏った一閃。まるで紅蓮の矢の様に 巨人を穿った。巨人の両足を吹き飛ばし、バランスを崩した所で 頭上まで跳躍。
「……その汚ねぇ口、除けろ……よッ!!!」
口の中へと手を入れ、そのまま力任せに顎を引きちぎった。後は頭部も同時に引き離し、狙いやすくなった うなじを抉った。
「あぐっ……!」
地面に叩きつけられた兵士だったが、命はあるのを確認したアキラは。
「わりぃ、そこで少し休んでろ! この辺のを一掃してくるから、よぉ!」
「あ、アキラ……か?」
流れている血が、負傷している部分を見てよく判る。もう目も見えていないだろう事が。命があっただけ良かったとほっとする間もない。この右翼側にはなぜか大量の巨人が集まってきているのだから。まだ、しなければならない事がある。
アキラは、大地に降りると脚に渾身の力を込めて、踏み抜いた。凄まじい地鳴りと爆発音が周囲に響く。それは巨人達を惹きつけるのに最高の餌だった。大きな音と人間の姿。奇行種は読みにくいが、通常種であればこれで釣れる。
「かかって来いよ……!
力の限りを今度は脚ではなく、拳に宿す。燃え上がる炎が手に宿る。圧倒的なオーラとでもいう気を纏っているアキラ。巨人は臆すると言った感情は一切ない。ただ人間の姿を見れば喰いに来る。それだけだ。注目されれば、向こうから勝手に来てくれる。
殺り易い事この上ない。
1つ拳を放てば3体の身体に風穴が空く。それでもめげる事無く攻めてくる。……来てくれる。他に行かずに自分自身に。今 これ以上有り難いと思える事はない。
悠に20は超える数の巨人は瞬く間に殲滅された。
「おい、大丈夫か!? 何があった!?」
「ア、キラ……」
生き残っていたのは ファム班長ただ1人だけだった。
「つた、えてく、れ……。右、翼の索敵班は、ほぼ…… 壊滅、させられた」
「っ……」
それは被害はここだけじゃないと言う報告だった。
「め、……め……っ」
「なんだ!? おい、しっかりするんだ!」
そのファム班長から流れ出る血の量が、もう致命傷であると言う事をよく物語っていた。もう、命が尽きると言う事も……。それでもファムは懸命に手を動かした。その手をアキラは取る。
「女型の……巨人。15、m級のきょじんが……、たいぐんをつれて、きたんだ……」
「女型の巨人?」
「たの、む……。きょじん、は ネスのほう……に。あき、ら。みんなを……みんなを……、たの、む……」
それ以上ファムは何も答えず、何も言わなかった。
もう、そこには彼はいなかったから。手から伝わっていた力が抜け落ちてしまったから。
「…………。女型、巨人……」
もうこの場に倒れている仲間達を弔う暇さえなかった。
訓練に訓練を重ねた班が、出撃して直ぐに壊滅させられた。今までこんな事無かった筈なのに。つまり……。
「巨人の身体を纏った人間が来た……」
巨人を集めて物量戦を仕掛ける。
其々が喰う事しか考えてない巨人が、連携する様な事が出来る訳がない。……引き連れてきたその女型の巨人が 元凶だ。
『アキラ。……もしも、巨人の姿を借りた人間と判断出来た場合は、生け捕りを第一に考えてくれ。こんな事はお前にしか頼めない。………出来るか?』
『ああ。生け捕りってやらせてくれなかったし、少々しんどいってのが本音だが 任せてくれ』
エルヴィンに、笑いながらそう言っていたアキラだったが、感情を殺すのが難しい。
人の皮をかぶった悪魔と言って良い相手。仲間達の命を奪った相手を殺さずにとらえる事が自分に出来るのだろうか。……手加減など出来るのだろうか。
「……知るか。全部、まずはそいつに会ってからだ……!」
脚に再び力を入れ 駆け出した。仲間達の亡骸をその眼に焼き付けながら。