目が覚めたら巨人のいる世界   作:フリードg

38 / 72
漸く出会える2人。


38話

 

 それは 再び灰色の煙弾を視認する数秒前の事。

 

 

 飛ばされる前、その下では女型の巨人の猛威は続いていた。

 

 出会い頭では ただ『異常なまでに頭と身体の動きがキレている』程度だった。

 それに、大人数で多方向からの同時攻めで仕留めれると思っていたのだが、それが完全に甘かった。

 

 脊髄、腱、どこでも削ぐ事が出来れば動きを止められたはずなのだが、女型は刺さったアンカーも正確に把握。引き抜き、或いは兵士ごと引きづり 有ろう事か その巨体が宙に跳ねた。

 今までの巨人からは 有り得ない事をすると驚愕する面々。そして 呆気に取られている間に ある者は踏み潰され、またある者は振り回され、そして 蹴り潰された。

 

「イルゼ!! 煙弾を飛ばせ!! アレは異常だ……。異常過ぎる!」

「……ッ 了解!!」

 

 残されたのは、もう2名のみだった。

 無残にも惨殺された仲間達。それを弔う時間も一切なかった。既に 女型のターゲットが自分達に向いている事を把握したから。

 

 握られている銃には 《灰》の弾が込められている。

 

 イルゼは、正直に言えば この色の弾丸を使う場面は来てほしくない、いや 使いたくないと言うのが心情だった。 これは壊滅に近しい被害を被りそうになる時に放つ弾だから。

 そして その色を提案した相手の事を考えれば特に思う。そんな危険地にむざむざ呼びたくないと言う気持ちもあり、そして何よりも頼り過ぎる事で雰囲気を悪くしたくない、と言う気持ちもあった。

 

 だが、今はそんな私情を前に出す訳にはいかない。何よりも。

 

『遠慮なんかするなよ。……そう言う場面(・・・・・・)が来たら絶対に』

 

 使わなかった時の方が圧倒的に怒るから。

 

 灰色の弾を空に向かって撃ち放ったその時だった。

 

「イルゼッッ!」

 

 並走していた班長フレンが馬から自分を突き飛ばしたのだ。

 何故? と思う間もなかった。何故なら、突き飛ばした張本人は消えていたから。凶悪な巨人の大足で蹴り飛ばされ 馬と一緒に宙を舞っていたから。血飛沫をあげ、身体を無数の肉片に散らせながら。

 

 

「あっ……あっ……」

 

 馬を、そして 班の全ての仲間を失ってしまった。

 自分自身が迷ってしまったから、だろうか。とイルゼはこの時強く想ってしまった。

 時間にして数秒程だが、体感時間は異常なまでに長く イルゼ自身がそう感じてしまっても仕方がないと言える。

 そんな時間も、後悔に苛まれる時間も、仲間達を想う時間も もう残されていない。

 

 唯一残された生存者であるイルゼが、あの女型に狙われているのだから。

 

 馬を失い、地に座り込んでいるイルゼはただ茫然と見ているしか出来なかった。その間にも女型は近付いてくる。アレだけ恐ろしいまでの速度で仲間達を皆殺しにしたのにも関わらず、今はゆっくりと大地を揺らしながらイルゼに近づいていく。

 

 不思議と死の恐怖は無かった。ここまで巨人に接近されたのは二度目だから、なのかもしれない。

 

「(あの、時は 身体を 足を思いきり握られたんだったっけ……)」

 

 異常なまでに接近された、と言えば一番最初の頃の方がインパクトはあるだろう。巨人に捕まれ、そこから生還する可能性は極めて低く、その時の恐怖を知っているからこそ 冷静に思い出す事が出来たのかもしれない。

 

「(私は…… なんであの時(・・・)助かったんだっけ……)」

 

 武器も脚も失い、生身の人間では抗う事が出来ない巨人に接近された。捕まれ喰われかけたのにも関わらずに 助かった。そして 一年という長い時を 壁の外で過ごし 生還を果たした。

 

 

―――なぜ?

 

 

 

 女型の巨人は ゆっくりとした仕草で座っている女を見下ろすと、またゆっくりと脚を上げた。恐らくは その大きな足でイルゼを踏み潰すために。

 

 自分の身体よりもはるかに大きい脚を見ながらイルゼは 更に思い返していた。

 そして、漸く完全に思い出す事が出来た。どうして 今()の事が頭から抜けていたのかが不思議なほどに。

 

 

『教えてくれてありがとな!』

 

 

 そう。

 あの笑顔がいつまでも頭の中から離れないんだった。

 どれだけ辛く厳しい訓練が続いていても、あの笑顔を見ればすぐに平気になれる。直ぐに元気になれる。

 

 

『オレは大神 晃だ』

 

 

 笑顔で窮地から救ってくれた大恩人。 

 そして 心からその笑顔に惹かれた者の1人。

 

 

「(私が ここで死ねば……ぺトラに……取られちゃう、かな)」

 

 大きな脚がゆっくりと頭上から迫るのが判る。いや、ゆっくりに見えるのは死ぬ寸前、死ぬ間際だからそう感じてしまうのかもしれない。

 

「(もう…… 会えなくなるのは、辛いよ……。アキラに……)」

 

 初めて恋をした相手。

 ライバルもいるけれど、今までと比べたら格段に良い。毎回の様に仲間達が自由の為に戦い、命を散らせていたあの頃に比べたら。彼が…… アキラが来てくれてから変わったから。

 

 

「………でもッ」

 

 

 イルゼの目に炎が宿る。

 踏み潰される寸前の所で、地を蹴り 飛びのく事で死を免れた。

 

 

「何時までも、アキラに頼ってばかりじゃいられない! ……それに 私だって最後の瞬間まで 抗い続けるってずっと決めてた」

 

 

 アキラが来た事で 確かに死者の絶対数は減った。 

 だが、それに甘んじるだけの様な者はこの調査兵団の中には誰一人としていない。

 

「……私は、決して屈しない。巨人なんかに臆さない!!」

 

 腰にさしてある剣を引き抜き、構えた。

 

 激高する様に、自分自身を奮い立たせるように声を張ったイルゼ。

 そんな中でも 頭は懸命に働かせていた。

 

 この女型は15m級。それに加えて運動能力は他の巨人とはくらべものにならない程高い。 それらを考えて出る結論は、この女型は エレン・イェーガーと同じ。『巨人の鎧を纏った人間である』とイルゼの中では結論が出た。自由自在に巨人の身体を操る事が出来るのであれば、あの動きにも納得ができる。アンカーを引き抜く事も、うなじを防御する事も そこが弱点であることを理解しているのであれば説明はつく。

 

 例え考え付いたとしても、自分が抗える相手ではない事は重々承知している。それでも諦めたりはしなかった。初めての時も、そして今も。

 

 

「やぁぁぁぁッッ!!」

 

 

 巨人の脚に向かって刃を突き立てる様に構え、吼えながら突っ込むイルゼ。

 そんな姿をまるで冷やかに眺めている様な女型は 同じく脚を上げた。その攻撃に合わせる様に、先ほどよりも早い速度で脚を振り下ろす。

 

 そして、イルゼを踏み潰そうとしたその瞬間、だった。

 衝撃音が大地を揺るがした。そして音だけでなく衝撃波。空気が弾丸になって自分を叩く様に感じる。

 そして判らなかったのは何故、自分が生きているのか? と言う事。考える事が出来ているのか? と言う事だ。 大地を揺らせたのは巨人の一撃があったからだ。そして 自分にはもう躱せないとも思える速度だったからこその威力。なのに、なぜ? 自分は生きているのだろうか。

 その答えは目の前にあった。

 

 

「やっぱ、変わんないな。この土壇場でその覇気、それに啖呵。まさに それでこそイルゼって感じだな」

 

 

 目の前に、いた(・・)から。

 巨人の脚を片腕で持ち上げている()が。

 

 また、来てくれた。死ぬ寸前に前と同じ様に 彼、アキラが。あの変わらない笑顔で。

 涙がこぼれ落ちる。

 

「(いつも……助けてくれるのは…… アキラ、だった)」

 

 表情を見て、更に にっと笑顔になるアキラだったが、直ぐにその笑顔も消失した。

 あらゆる負の感情が入り混じった表情、怒りの表情に変えたのだ。

 

 

「………随分と、オレの仲間を喰い散らかしてくれたみてぇだな」

 

 

 持ち上げた左手が思い切り握られ、脚の裏の肉を抉り掴む。

 そして残った右手を固く握りしめると、踵部分に思いっきり振り抜いた。

 

 閃光が発生したのだろうか。日を遮る程の大きさの脚のおかげで完全に暗くなっていたのに 光を見た気がした。そして 雷鳴が轟いた様な轟音。次の瞬間には 女型の巨人は宙に浮いていた。

 

 脚の踵から脹脛、膝裏にまで掛けて粉砕されており自身の身体の倍は飛ばされた。

 

 ずしんっ! と再び大地を揺らせたのは、宙を舞ったその巨体が倒れ込んだからだろう。

 

 

「楽に死ねると思うなよコラァぁッ!!」 

 

 

 轟ッ と言葉が大砲にでもなったかの様に放たれ、空気を揺らした。

 そして 次にアキラは腰に差してあった銃を手に取り 空に撃ち放つ。

 放たれたのは 《白》の煙弾。 それはアキラが駆けつけた時の合図だった。

 

 

「イルゼ。もうちょっとしたら 別の班が来る。そいつらと合流して アイツからなるべく離れろ。……此処から先はオレが対処する」

「うん……。アキラ、ありがとう」

「礼はちゃんと生きて帰った後に幾らでもだ。ただ、死ぬのは絶対に許さんから。そのつもりでいろよ」

 

 

 右腕をぶんぶんと振りながらそう言うアキラ。

 あの女型は片足を失い、今は機動性が無くなった様子だが 見る見る内に損傷した脚は復活していく。

 

「ある程度は甚振ってやらねぇとオレの気が収まんねぇよ……!」

 

 また、固く握られる両の拳。

 

「アキラ…… じ、時間は?」

「あん?」

 

 アキラの活動限界時間については、イルゼも勿論知っている。極めて極秘に扱われている事であり、リヴァイ班とエルヴィン団長、そして あのハンジくらいしか知らない情報だが イルゼはアキラに近しい存在と言えるからしっかりと知ってる。無理しない様に、させない様に と言う役をぺトラと共に請け負っているから。

 だから それを第一に聞いたのだ。もしも、迫っているのであれば ある程度した時に迎えに来ないといけないから。

 

「ぁぁ。大丈夫だ。自分で自分が動ける時間把握してない訳ねぇだろ? ……女型(アレ)を仕留めるくらい余裕だ」

 

 手を振るアキラ。

 それを訊いたイルゼは。

 

「アイツは……ただの巨人じゃないよ。アレ(・・)はきっと」

 

 話そうとしたのは、自分が感じた事。

 ただの巨人には動く事が出来ない動きをして、更に知性があると言う事。つまり巨人の鎧を纏った人間であると言う事を。

 

 それを訊いたアキラは、もう一度手を振った。

 

「言いたい事は判ってるって。……アイツもエレンと一緒って訳だろ?」

「っ……」

 

 こくりと頷くイルゼ。

 

「つまり、少しは骨のある巨人って訳だ。……さっきから大体一撃で終わっちまってるから 行き場のねぇ怒りが中々発散できなくて困ってたくらいだ。……丁度良いっ、てな」

 

 そして いつの間にか手に持ってた拳大の大きさの石をあの女型に向かって投げた。

 かなりの距離があったがまるで弾丸の様に伸び、眉間に迫っていったが、それを迎え撃つのは女型の巨人。片足を失ってもまだ手は健在だ。

 

「成る程。目も良いみてぇだな」

 

 こき、こき、と首を鳴らした。

 

「行け。イルゼ。あいつらも来た」

 

 馬が駆けてくる音を聞いたアキラは そう促すと同時に大地を強く踏み抜き、構えた。

 アレは 超加速をする前の所作。

 

 

「アキラも死なないでよ!! 死んだら、絶対に赦さないから!! 絶対に追いかけるからね!」

「死ぬかよ馬鹿。他人に言っといて、自分はとか有り得んだろ」

 

  

 そして アキラも弾丸になったかの様に、女型のいる場所へと飛翔んだ。

 

 

 




あ、前書きの2人とは イルゼとではなく 女型(アニ)さんとでしたw

イルゼさんには悪いけど…………

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。