中央に情報が届くのは迅速。報連相がしっかりしている組織と言う事なのだろう。
或いは、
まず初めに壁の外———ウォール・ローゼの壁が突破され,ウォール・シーナへと巨人どもが迫っている、と言う情報が飛び込んできた。
続いて、それを誰よりも早く聞きつけた調査兵団が、人類最強の双璧が討伐に向かった、と言う情報。
更に続けて———ウォール・マリアに今回の巨人進行の原因が、その手がかりがあるであろう、と言う調査報告。
つまり一先ず危機は去った、と言う事だ。
このウォール・シーナ内には平穏が訪れ何物の脅威も無い。
「……全く。
そう口にするのは中央にいる豚……いや、人間擬。
王政の中枢にいる人型の豚であり、調査兵団が巨人の次くらいに嫌悪する存在だ、と言ったって過言ではない。
かく言う、王政側も調査兵団とは目の上のタンコブと思っている。
だが、そうも言えなくなってしまった。
それもたった数年で。
調査兵団など、壁外の巨人にいずれは食われて消滅するモノだと高をくくっていた。だから、そう重要視もせずに、外側だけを自由にさせていたつもりだった。
だが、
壁の中の平和を―――これまでの人類が戦争など起こさず、平和を守り、秩序を築き上げ、それは100年、200年と変わる事のない不変の歴史である筈だったのに、あの悪魔は突如現れ、確実に喉元にまでその牙を突き立てる様になってきたのだ。
王政が懐に隠していた刀……強大な力を持つ憲兵の1人、嘗ては懐刀もあっさり悪魔側に魂まで売り渡してしまった様だ。
嘗ては憲兵を殺して回っていた切り裂きの異名を持つ者が、逆にこちら側に付き……更に裏切る、いや元の鞘に戻るとはいったい何の茶番だと言うのか。
「それにしても、あのお方からの連絡はまだなのか……?」
「いつ、手中に抑える? そもそも、どう抑える? アイツの手中にあるんだろう? ……アイツがしびれを切らせてからでは遅いではないか」
「ああ。これ以上、アレを宥めるなぞ、もうごめんだぞ」
「今は、壁の外……、マリアの方にまで行ってると言うのに、同じ壁内に居ると言うだけで、反吐が出る」
「処理させる手段……、本気で考えなければならないだろうな。……アレは、情に弱い面もある。そこに付け入るか……」
「リスクはあるが、あの方の力で巨人を」
「だが、それをするには何としても抑える必要が……」
どうすれば、あの悪魔をこの世から消す事が出来るのだろうか。
そればかりが王政では、中央では検討しあっている。
それは、憲兵団やらの他のメンツが居ても変わる事が無い。
本人が居なければ誰に聞かれようが問題ない、と言った様子でだ。
快く思わない者もそれなりにいる憲兵団だが、こうもあからさまに、消す算段を話し合う王政に、嫌悪感さえ覚える……が、それは夢物語の様なモノで、ただの子供の遊び、児戯、とも思えてしまっているので、嫌悪感・不快感は振り切ってはいない。
「くそっ……」
いつからだろうか、出口の見えない洞窟の中に取り残されて、進んでいるのかどうかも解らないような感覚に見舞われ続けているのは。
それでも、彼らが強大な悪魔に従順になったり、ご機嫌を伺ったりしないのは、その強烈なプライドのせいだろう。
悪魔を利用する――――その方向へと進んでいたとすれば、まだ国の中枢として、人々を導くポジションで生き永らえていたかもしれないのに。
「(今日もアキラの事メチャクチャ言ってるよ。できもしない事なのに、毎回毎回全然飽きないな)」
「(最初の頃なんか、ピクシス司令もそれなりに宥めようとしてたけど、もうガン無視だし。ここまで相手を憎めるモノなのかねぇ? 巨人じゃあるまいし)」
「(……でも、ちょっと気になるな。今日、
「(この城でもぶっ壊す!! とか? そりゃ、確かに数分ありゃ出来るだろーけど……)」
「…………」
憲兵団は何かが起こる……と何処となく浮足立っている様だった。
そんな中で、ナイルだけは口をぎゅっと噤み、ただただピクシス司令の方を見ていた。
何が起こるのか、解らない。でも、起る事は確定している。
全て、ピクシス司令に聞いたからだ。
そして、その時は訪れた。
バンッッッ!!
勢いよく、扉が開かれ、飛び込んできた兵士の1人が心臓を捧げる敬礼ポーズをとりながら叫んだ。
「報告します!! ウォール・ローゼが、突破されました!!!」
「「「!!??」」」
一同、最初こそ驚き目を見開くが……その報告内容には『はぁ??』以外の感想が浮かばない。
何故なら、こちらには人類最強にして、巨人にとっての最悪の相手がいると言うのに、何故ここまで入ってこれると言うのだろうか? と。
これまで幾度となく、巨人を素手で分解すると言うトンデモ映像を見せられ続けているのに、どうやってそれを搔い潜ったのか、と。
「調査兵団の主力が【獣の巨人】を確認し、離された隙を狙われました!! 確認できたのは、【鎧の巨人】【超大型の巨人】【四足歩行の巨人】の3体! 突如、現れウォール・ローゼの壁を破壊! 信号弾を打とうとする兵士たちが優先的に狙われ、瞬く間に壊滅! 壁外にいる主力に伝達が不可となりました! 巨人どもの組織的な計画だと推察されます!!」
「……やられたの。力押じゃ敵わぬとみて、策を講じてきたか。アキラの逆鱗に触れると解って尚、攻め入ろうとする理由が気になる所ではあるが」
獣の巨人、鎧の巨人、超大型の巨人、四足歩行の巨人。
その全てと遭遇したアキラからの感想は【正面から来てくれれば問題なし】と例外なく言い切っている。
でも、こう言った搦め手を使っての攻勢はめっぽうに弱い、と言うのも言っている。
相手が何も考えてない巨人ではなく、人間である事を考慮したら……、いや、内情をよく知っている、理解している人間だったとしたら、いつかはこう言った作戦を立ててくる可能性も考えてはいたが……、あのアキラの力を見て、そのうえで憤怒させるような作戦をとってくるとは……と、低く見積もっていたのだ。
そうしなければならない程のモノが、向こう側にはある――と逆に言い換える事は出来るが。
「ウォール・ローゼ内の被害は?」
「現在! 東区より避難する住民が押し寄せてきています! 時間的にみても、恐らくカラネス区は絶望的かと!!」
ピクシスはそれを聞いて素早く指示を出した。
「避難経路を確保せよ!! 駐屯兵団前線部隊は、一部を残し、兵力を東区に集結させ避難活動を支援! 残った者たちは、馬を使い壁外遠征中の主力へ危機を伝達! 奴らが戻るまでにどうにか堪えるのだ! 皆、それぞれの持ち場へ!! 住民の避難が最優先じゃ!!」
ピクシス司令の言葉で、天啓が舞い降りてきた者がいた。
そして前回の事を……、ウォール・マリアの壁が破壊された時の記憶を揺り起こす。
あの時、あの悪魔はどうだった?
持てる力を、その激情に委ねてリミッターを外し、使い続けた結果、どうなった?
そう、深い眠りについたのだ。
その結果、狙い通り人類間引き計画を遂行出来た。
あの悪魔が健在であれば、確実に阻止してくるであろう作戦を実行する事が出来た。
今回のコレは、前回の再来。
ローゼ内の広範囲に渡って、人類を守る事になれば必ず前回と同じ様になる。
隙をつき、悪魔祓いをするのは今しかない。
「時は来た!! ピクシスの発言は許可しない! ウォール・シーナの扉を全て閉鎖せよ!! 避難民はウォール・ローゼ内に留める様にせよ!!」
「………は?」
その発言の意味が解らない……と、顔を顰めたのは、真っ先に声を上げたのはナイルだった。
「どういう意味でしょうか。それは、それでは、ウォール・ローゼ内の住民を、人類の半数を見殺しにするとのご判断でしょうか!?」
「そうではない! 調査兵団のあくま……、あの男が戻り、ローゼ内の巨人を全て葬った後であるなら開放して構わぬ!」
「答えになっていません! 何故、今住人を受け入れるのを拒否なされるのですか!? あの男なら……、アキラであればそう時間をかけずに戻る筈です! 少しでも、避難民を、住人を助けるためには!!」
ナイルの訴えに対し、下卑た顔を向ける。
「時は来た、と言った筈だ! あの男こそが、この壁中人類にとって最悪の敵なのだ。外の巨人を滅ぼした後、いつ我らに牙をむくとも解らん」
アキラの人柄を知る者ならば、アキラと寝食を共にし、飲み語らった者たちからすれば、それは容認できない内容だった。
「今しかないのだ! 悪魔の芽を摘むには………、アレが来たからこそ、壁は破壊され、中央に巨人が迫ろう事態にまでなったと言う事が何故解らん!?? アレが全ての元凶だ! だからこそ、責任を取らせ、アレに巨人を処理させた後、元凶であるアレを消し、そして再び壁を開放。その後に住人でもなんでも受け入れれば良い!! これは命令である!!!」
王政そのものを脅かす存在をどうにか消したい気持ちで心が完全に囚われてしまっている。
本人は、中央をどうこうしたい、とはさらさら思っていないと言うのに、自分たちの保身を、その権威を守りたいが為に、ここまでの強硬手段を高らかに宣言して見せる所を見ると、もう色々と壊れてしまっているのかもしれない。
だが、腐っても王政側の言葉だ。
「……意思が下ったなら、やらなければならないか」
「仕方ない、か」
調査兵団を快く思わない者、あの横柄な態度事態が気に入らない者。
より、王政側に染まりつつある者は、その命令のままに行動をしようとする―――が。
「それは、ウォール・シーナの壁を封鎖する、と言う事か?」
「ああ、その通りだ」
「ならば、オレはウォール・ローゼ側の人間だ。……阻止させてもらうぞ!」
「「!!?」」
ナイルは、真っ向からその者たちの前に立ちふさがる。
それと同時に以前、エルヴィンと話した時の記憶が蘇ってくる。
『民衆を助けるか、アキラを消すか。この二択が迫られた時。王はどう判断すると思う?』
『は? 決まっているだろう? なんだその二択は。……当然』
ナイルが前者を口にしようとする前に、エルヴィンは首を横に振りながら断言した。
『アキラの排除を第一優先する筈だ。……間違いない』
その言葉を当時は信じられなかった。
確かに疎ましく思う事は間違いないだろう。
あの性格もあるから、その内の1人だ、とカウントして貰っても構わない。
でも、あの男が齎す功績を考えたらありえないから。
壁外に巨人が何体いるか解らないが、遠い未来―――壊滅にまで導けるかもしれないと言う期待も大いに持てた市政にとってもまごう事なき英雄の1人なのに。
エルヴィンは話してくれた。
これまでの経緯、その結論に至るまでの材料の全てを。
アキラの影響が、どんどん広がり……中央内地にまで到達するにつれて、あからさまに変化していく態度。殺意を、エルヴィンは調査兵団のトップとして、たった1人で対応に当たっていた。
そして、その後も様々な材料が面白い様に集っていく。
特に、憲兵団の1人、リヴァイの親戚でもある同じアッカーマンの名を持つケニー・アッカーマンが調査兵団側に付いたのはかなりデカかった。
巨人の力に魅入られた男が、それを更に上回る男の力に魅入られ、壊すと言う作戦を甚く気に入ったとのことだ。
状況証拠しかなかったが、彼の登場によって更に確信し,暗部についても理解できた。
今こそなのだ。
この100年続くウォール・マリアの壁は、巨人によって破られた。
そして100年続く王政を破壊する時。
時は来た、と言う台詞。
偶然とは面白い。
それは
「おい!! 何を言ってるか解っているのか!? 王に歯向かうと言うのか!?」
その言葉に動揺する訳もない。
ナイルは、ただただ鋭い眼光を向けると、一切目を逸らせずに言い切った。
「ああ。その通りだ。我欲で家族を殺そうとする王など、それも意味不明な欲で民を殺そうとする王など、壁の中には不要だ」
そう言い切ると同時に。
「私も加勢しよう。ウォール・ローゼ側へと」
その言葉と共に扉がガラリと開いた。
「つーか、ここまで嫌われるよーな事、オレしたと思う? ザック爺さん」
「爺扱いするな。少なくとも、ピクシスよりは若作りだろうが。髪とか」
「そこ、基準にしてねーし」
そこに出てきた者たちを見て―――目を丸くさせる。
中央に、ザックレー……はまだ良い。
「ははっ! 確かに言った通りデケー祭だな! 面白れぇ!」
「…………」
ケニーがいた。
リヴァイもいた。
「王政が、ここまで………なぜ、なぜアキラを、英雄を殺そうと言うのか」
「信じられない。この耳で聞くまで、信じられなかった。巨人を殺し、外に広がる世界へと開拓を夢見ていたと言うのに。……それを口にした友は死んだ。それもまさか、王政側の仕業だったのも、本当……だと言うのか」
「英雄を殺す為に、民を餌とするのか。民を餌にしてでも、英雄を殺したいと言うのか」
「むず痒いから、止めて欲しい。英雄英雄って……」
「英雄様がお通りだぞ!! おらぁ、道ぃ、開けやがれ!!」
「やめんか! 酔っ払い!! コラリヴァイ! 親族なんだろ!? 止めてくれ」
「知らなかったのか? 実はそいつは赤の他人だ。知らん」
「いや、今更無理があるだろ! 嘘つくの下手か!!」
「ひっでーチビだなオイ」
覚えのある中央の記者たちが居た。
その他、大勢……多数の中央憲兵も含めた兵士たちが、そこにはいた。
でも、一番驚く所はそこではない。
ここにいる筈がない男が。
「あ、あくま――――!!?」
「よぉ、漸く面向かって、人の事悪魔呼びしたなぁ、ちったぁ、度胸ついたみたいで成長を感じるぜ」
拳をゴキリ、と鳴らす悪魔の姿がそこにはあった。
そして、その後ろには調査兵団の面々が居た。
「ここまで腐ってたなんて。……前に言った通りだったろジャン。内地は糞の掃き溜めだって」
「今更ドヤ顔して何になるってんだよ。つーか、お前も驚いてんじゃねぇか。説得力無いわ」
「えっと、つまりどういう……」
「お前頭悪いんだから、考えるな。ただ見てりゃ良い」
「コニーに言われるのは心外です!」
エレンやジャン……ミカサやアルミン、コニー、サシャ、等々。
「……あまりにも酷すぎる。アキラが、どれだけ人類に貢献してくれたか……、彼が居なかったら、滅んでいたって不思議じゃないのに」
「あの超大型の巨人を見てないから。いや、巨人自体見てないから。……安全な所で、踏ん反りかえってる豚には解らない、って事だよ」
イルゼ、ペトラは明確な殺意を向けていた。
それ以外にもオルオやグンタ、エルドも揃っているが、女性陣の圧倒的な殺意を傍で受けて、ただただ気の毒に……と思う様になったりして口を挟まなかった様子。
つまり、遠征に向かった者たちの全て、兵力の全てがここにいる、と言う事だ。
情報が全てうそだった、と言うのだろうか? だが、それはあり得ない。信頼できる筋からの、暗部からの情報だ。どうやっても操作出来ない……のだが。
「嫌われ過ぎだ。お前ら。それに気付けないなんて、お気楽ハッピーな頭でもあるなぁ」
目を見渡してみれば……暗部だった者たちも、そこにはいた。
考えれば解る。ケニーの存在。
アレが向こう側に向かった時点で、凝縮された闇の様な男が向こうに渡った時点で、誰が寝返るのかなんて、誰にも解らないと言う事。
あまりにも千載一遇のチャンスに、完全に脳が考える力を奪い去ってしまっていた。
「今更説明は不要かと思いますが、全てが誤報です。獣の巨人は未だ不明、そして何よりウォール・ローゼの壁は突破されておりません。この内地に、巨人は一匹たりとも存在してません。……少々、演出をさせていただきました」
そして、エルヴィンも入ってくる。
毅然とした目で見渡しながら、はっきりと告げる。
「――――我々人類の手綱を持つに相応しいのか否か、それを見極める為に。可能な限り、皆に知ってもらえる様、この場に集ってもらった上で」
「(この場に巨人はいない……か)」
アニは少しだけ考える。
ほんの少し前までは、この場に潜伏して色々と情報収集をしようと暗躍していた時期もあった。違った形とはいえ、壁中人類の中枢に入れた事に少なからず思う所があったのだが、それよりも思うのは巨人はいない、と言う言葉だ。
「………私は微妙な所ね」
「ばーか、何言ってんだよアニ」
この場に巨人はいない。
エルヴィンの言葉を聞いて、思わず自虐的に笑うアニだったが、それを鼻で笑い、頭をぽんっ、と叩く。
「今のお前は巨人じゃねぇだろ?」
「…………」
そういう意味じゃない、とも思ったが、直ぐに考えるのをやめて、アキラのその手に意識を集中させた。
何やら、鋭い眼光が、殺気に近しいモノが二つ程感じるが……些末なモノだろう、と鼻で笑い。更に増した殺気? を向けられるのだった。