朝、腰の痛みで目が覚める。腰痛の原因は椅子で寝るという未知の行為をしたためだ。
ヘルとの会話と交渉。それに対してのライラの意見を聞くために行けと言われたフェンリルの部屋で見たのは、親しそうに手を繋ぎながら眠る部屋の主とライラだった。無理に起こすのも躊躇われたので、椅子に座りながら起床を待っていたらそのまま寝てしまったというのが顛末。
当の本人たちはまだ寝ている。いつもと違う環境なのに良くこれだけ寝られるな…お互いに。それほどまでにこの短時間で仲良くなったのだろうか。ライラの社交性には感心させられる。
さて、起床を待つ以外にすることがなくて退屈してしまった。他人の部屋を漁るのはあまり好ましくない。そこで僕が気になったのは、フェンリルの背後にある幕だ。光が漏れているところから、外に繋がっていると推測できる。今後がどうなるのであれ、一応確認しておくに越したことはないだろう。
起こさぬように慎重に近づき、外の世界を望む。
そこに広がっていたのは、自分たちの家の3倍以上はある建物が密集し壁のようになっている風景だった。その上には、黒い紐のようなものが張り巡らされている。それが何なのかは、全く想像がつかなかった。
「なに…あれ…」
「電線という物です…。本っ当に申し訳ありません!」
解説と謝罪とともにフェンリルは立ち上がった。喋り方が変わっている気がする。
「ライラ様を愛d…見守っていたらうっかり寝てしまい…お恥ずかしい限りです…」
「気にしてないさ。それより電線って?」
「はい。電線というものは電気を運ぶものです。電気についても説明しましょう。」
曰く、電気は日常に欠かせないものらしい。明かりや娯楽、モノを動かす原動力にもなり得る、と。では、昨日のお湯というものも電気で作り出したのか、というと答えはNOらしい。それを作り出したのは水とガスで、これらもまた必要不可欠なのだと。
「水とガスも電線みたいなもので運ぶの?」
「似ていますが、少し異なります。両者はそれぞれ地中に埋め込まれた水道管とガス管を通り運ばれます。一部の都市では電線をも地中に埋め込んでいるようですが。」
良く考えるな、と感心する。いままでのカルチャーショックが多すぎて大きな反応を起こせなくなっていたが。
「ヘルから聞いているとは思いますが、私たちはメモリーが移ることで世代を交代しています。なので、それらが如何にして開発されていったのかを見てきました。私たちも始めはシリウス様と同じような感情を抱きましたよ。」
そうだった。フェンリルたちも年数が経っているとはいえ、ここは異界とも呼べる地なのだ。僕らと同類なんだ。ならば、生きていくには二人より多くいた方が心強い。家族の一員にしてもらおう。
「フェンリル。」
「はい、如何なさいました?」
「昨日の夕べに、ヘルに家族にならないかって言われたんだ。」
少し驚いているような表情のフェンリルを見ながら続ける。
「悩んでたけど、僕は決めたよ。新しい家族になるって。でもまあ、迷惑だったり、ライラが拒否するならここから去るけど。」
「そんな、迷惑だなんて、寧ろ大歓迎です!でもなぜそこまでのご決断を?」
自分の考えをフェンリルに打ち明けたところ、彼女は飛び上がって喜んだ。そしてその反動でライラが起きてしまった。
「おはよう、ライラ。」
「睡眠を妨害してしまい、誠に申し訳ありません…」
「ふぇんりるさん…お兄ちゃん…おはよう。」
そう言って、ライラはフェンリルに抱きついた。
「こ、これには深い事情がありまして…」
「いいんだ。そんな感じなら、ライラも賛成だろうし。」
頭に疑問符を浮かべるライラをよそに、決断を伝えるべく階段をかけ降りる。
これからの新しい家族のもとへ行くために。