Фенрир и принимающая сторона
声が聞こえる。
耳をつんざく叫び声。
僕は思わず耳を塞いだ。
しかし、音量は小さくなるどころか、体の内部で反響してより耳障りな音となって入ってくる。
それは他ならぬ自分の声だった。
止まらない。
止められない。
自分の体の一部のはずなのに、まるで言うことをきかない。
遂には耳を塞いでいた掌さえも離れていき、指の一本一本を折り込んでいく。
いつしか叫び声は笑い声へと変わっていて、拳のなかには一振りの剣が握られている。
僕のようで僕ではないなにかはそれを上に掲げる。
その先には白銀の髪の少女、ライラが立ち竦んでいる。
(止めろ…)
最早逃げろと口にすることはできない僕は、祈るしか無かった。
だが虚しくもそれは叶わず、剣は少女を切り裂かんと加速を始める。
(やめろォォォォ!!!)
はたと覚醒。悪夢から解き放たれる。最近、頻繁に見るようになった夢。内容は一貫性がなく、今回のようなものもあれば、噂の近所で起こっているという誘拐事件のようなものもある。
しかし、一つだけ決まっている事がある。自分の体が随意に動かせなくなるのだ。まるで乗っ取られているかのように。
先日ヘルに聞かされた、自分のなかに潜む存在。話の中では更正したとあったが、夢で僕の体を使ってしている行為はとてもそうは思えぬものばかりだ。こんな存在を、リンガートはどのように抑えていたのだろうか?そして、自分がそれを理解し、実行できるのだろうか?
……恐らく、無理だ。僕はあまりに弱すぎる。あの地を守ることはおろか、自分の妹すら守り損ないかけたのだ。今だって、ヘルたちに出会えていなければ野垂れ死んでいただろう。
自戒にばかり気をとられていたのか、入ってきていたフェンリルに気がつかなかった。朝餉が出来たからと呼びに来たらしい。そんな彼女に、自然と僕は疑問を投げ掛けていた。
「ねぇ、フェンリル。聞きたいことがあるんだ。」
「はい。なんでしょう?」
気に障ったら申し訳ないという前置きをしつつ、単刀直入に聞く。フェンリルたちは依り代とどう接していたのか。ロキとはどんな人物だったのか。
そして多少の沈黙のあとに返ってきたのは、意外にも機嫌の良い声だった。
「お話ししましょう。ご自身のことに興味を持つのは至極当然です。ですが今は間が悪いので、食後に散歩しながら如何でしょうか?」
「ありがとう。そうだね、そうしよう。」
食事を済ませ、未だ着慣れない外套に袖を通す。とりわけズボンと呼ばれるものには時間がかかる。ベルトと呼ばれる帯が難敵だ。慣れるのには時間がかかるだろう。
「待たせた。まだこの服慣れないや。」
「構いませんよ。時間はありますから。」
そう言ったフェンリルの外見は普段とはまるで変わっていた。歩き始めたフェンリルが言うには、これが依り代の人間の姿だと。
「私たちは、依り代になった人間の体を自由に使えます。依り代の精神は消えてしまいますが、記憶を保持している為、人格を再現することが可能です。しかし不都合なことに、寿命は依り代に依存してしまっているので、私たちが現界できる期間はかつてより短くなっています。」
「…ん、現界できる期間って?」
「私たちはあくまでも概念です。心身を支配できても、そこに流れる時間までは手に負えません。これにはロキやオーディンも抗えません。リンガートが亡くなり、あなたにロキが憑依しているのがその証拠です。」
もはや違和感無く受け入れられるようになったのは、間違いなくあの海蛇お姉さんのせいだろう。
「さて、本題に戻しましょうか。この体の持ち主であった、涼花という女性は勤勉でしたが、休みの日にはだいたい家に籠って電子の世界へダイブ。今までの体とまったく違う環境に最初は戸惑いましたが、次第に慣れました。」
意味のわからない単語。しかしいちいち突っ込むのもヤボなのでスルー。
「こちらがしっかりと認識されたのは、彼女が労働に勤しんでいる際の休憩のときでした。今までそういった時は邪魔になると悪いので話しかけなかったのですが、何度も無視されたり流されたりしてきたのでしびれを切らしてしまいまして……ですが、話しかけてみると私という存在をすんなりと理解してくださいました。彼女としては、電脳世界の話が現実で起きたことに嬉しさを感じたようですね。」
なるほど。怪異ととれなくなるくらい此処は進歩したということか。
「とまぁ、初めの一歩はこんな感じです。次にロキについてですが……目的地に到着してしまいましたね。」
そこには木で出来た重厚な扉があった。フェンリルがそれを引くと、扉はカランコロンと音をたてて僕を新たな体験へ誘った。
・Burning iceについて
誰?ってなるかもだけど二つ目の話で虚空に消えた人が主人公です