残っていた熱さと戦いながら半分位飲んだ頃、奥にあった扉が開いて一人の女性が出てきた。身長は凉ねぇと同じくらいか少し高い、スラッとした姿。
「やほー凉っち。今日も騒がしいね。」
「いきなり失礼だなぁ、沙っちゃん。」
「私なりに誉めてんの。で、その子は?人質?」
「ちーがーう!なぁんで二人して同じようなこと言うかなぁ?」
ハッハッハと同じように笑う二人。親戚の爺孫辺りの関係だろう。
「凉ねぇの、ぎりの弟の、シリウスです。海外から来ました。」
沙っちゃんと呼ばれた女性に目を会わせて事前に言われていた言葉を話す。前半はさっき考えたけど。イメージアップのために満面の笑みもプラスだ。凉ねぇがまた顔を背けたが気にしない。
「あ、わ、わたしは東條沙季。凉っちのコス友さ。こっちは春おじちゃん。」
こすとも?心なしか凉ねぇの顔がまた赤くなる。
「コスプレって分かるかな?コスチュームプレイ。アニメとかのキャラクターになりきったりするの。」
ほら。と、すまーとふぉんの画面を見せてくる紗季さん。そこに写っているのはお揃いの格好でピースサインをする金髪の女性と……男性?
「こっちの女の子は私。で、こっちの男の子はね……凉っち。」
「え。」
「ほんとよ?この子顔立ちすっきりしてるからメイク一つで男にも女にもなれるの。」
思わず凉ねぇの顔を覗きこむ。そして画面の姿と見比べる。ほう、言われてみれば確かに凉ねぇだ。鼻の影や眉毛をよぉく見ると、付け足したり、消したりしているところが見える。
……凄いな。マスキロの能力みたいだ。
「良かったら、シリウスくんもやってみる?」
マスキロの真似と考えると、少しやる気がわいた。
「少し、やってm
「やめとけー!」
「なに、かぁいい弟のコスプレ見たくないの?」
「ゔ」
動きが止まる凉ねぇ。
「シリウスくんがやりたがってるんだし、いいでしょ?」
「ぅぅ~マスタぁ~説得してぇ~……」
「いいんじゃないか?本人のやりたいようにさせれば。」
「うぇ~ん!四面楚歌だ~!」
「代金は凉ちゃんから徴収しておくから安心しろ、少年。」
にっ、と笑う老翁と目に涙を浮かべる凉ねぇを横目に席を立つ。
「じゃ、いこっか!」
大きくうなずいてSTAFF ROOMと書かれている扉から中に入る。純潔がー!と大泣きする凉ねぇの声を聞きながら。
◇
案内されたのは凉ねぇの部屋より一回り程大きな部屋。ドレッサーがあったり、薄い本が大量に納められた本棚があったりと、内容は凉ねぇのそれと大差なかった。
「さて、シリウスくん。君はどんな風に変わりたい?」
どんなふう、か。マスキロのように自由自在に変化できるならば、彼のようにすべてを変えてみたい。
「全部、変えたいです。髪も、鼻も。」
「いいねぇ。なりたいものになれるのがコスプレの良いところさ。自分の好きなアニメキャラとかゲームのキャラ、中には動かない物に扮する人もいたりするけど……私も凉っちも専門外かな。」
「Понятно…」
「……なんて?」
ついうっかり言語を間違えてしまった。素直に謝罪。
「全部変わる、って事は女の子の格好してみたいんだね?」
首を縦にふる。
「お任せ、します。沙季さん、の好きなように。」
「よしきた!任せなさい!」
やたらウキウキして、化粧品やら何やらを取り出す沙季さん。見たことないものばかりが目の前に広げられていく。全体的に暗めのものが多いように見える。雰囲気を変えるにはこういうところからやらなければならないようだ。
「はい、これかぶって。なるべく後ろの髪はしまうようにしてね。」
黒い網のようなものを渡される。言われた通りに頭に被ると、全体的に髪が押さえつけられる感じに。沙季さんはそれを確認すると、ヘアピン(凉ねぇがライラに使っていたので覚えた)で僕の髪と網を固定する。これで完全に動かなくなった。さらに顔にほんの少し濁ったけしょーすいというものを塗られる。これによってけしょーのノリがよくなるらしいが……正直どういうことなのかわからない。
「ここまでが準備ってとこかな。じゃ、本格的にメイクしていくからちょっと上着脱いでくれるかな。」
服が汚れるのを防ぐためなのだろう。大人しく脱ぐ。その間に彼女はクリーム状の物を手のひらに載せて次の行程の準備をしている。BBクリームといって、これが下地になるんだとか。
顔や首元あたりまでまんべんなく塗り広げられる。昔やった泥遊びに近い感覚だ。最後に見るまでのお楽しみ、と鏡を封印されてしまったので自分の姿がわからないので、もしかしたら本当に泥まみれになっているのかもしれない。
「ねぇ、シリウス君。ひとつ聞いてもいいかな?」
「はい。」
「このほっぺの模様ってさ、なにかのおまじないだったりする?」
「いえ、特に意味は無い、です。」
「ふーん。じゃあ、上から塗っちゃってももいい?」
「大丈夫、ですよ。」
流石にこれのことは言えない。言っても信じてもらえないだろう。把握した紗季さんはその頬にクリームを丹念に塗っていく。
感覚的には全て埋め尽くされた頃、今度は僕の肌よりかなり暗い色のクリームを手に取る。これはふぁんでーしょんと言うらしい。紗季さんは同じように肌に延ばしていく。これだけで一気に変化したのではないだろうか。
「んー、ホントはカラコンとかやりたいけど、すぐできないし、危ないから今度ね。」
と言って、筆のようなものを取りだして黒い物に浸し、僕の額に向ける。
「くすぐったいかもしれないけど我慢して。このキャラの一番大事なとこだから。」
平静を保つ。決して表情を動かさずに。……メイクはこんなにも大変なのか。五回くらい左から右へ同じ模様を描かれたところで作業を終える。
「よぉーし!フィクサーして、メイクは完成!後はウィッグと衣装、持ってくるから待っててね。」
ふぃくさーと呼ばれるスプレーを顔に吹き掛けて紗季さんは部屋を後にする。しかし、数分とたたないうちに戻ってきた。手には紫色の頭髪と、白いシャツとフンワリしたスカートのセット。どう見ても女性用だ。
「こっちがウィッグね。ネットの上から頭に被ってみて。」
網の時と同じようにピンで固定。今度は目立たないところだ。
「服はこれ。こんな感じの服、着たことある?」
「いえ……」
「じゃあ私が手伝うよ。まずこっちの白い方ね。ボタンは閉められる?」
なかなかに難しいが、なんとか完遂する。すると首元に紐を通され、前にリボンで留められる。
「あ~…ごめん。これスカートだからズボン脱いで。私あっち向いてるから。」
Да ты че?……だが、やるしかない。
ズボンのベルトを外し、脱ぐ。そっぽを向いた彼女の手からサッと衣装を貰い、すぐさま穿く。サイズは少し大きいがずり落ちるほどではない。……着てみて気づいたが、丈の短さ以外はリンガートで着ていた服に似ている。そう思うとこの服が少し気に入った。
「さて、そろそろ自分の姿が気になるんじゃないかな?」
僕は頷く。果たして僕はどこまで変われたのか。紗季さんが鏡を封印するために隠していた布を取る。僕は恐る恐る自分の姿を見た。
「Ничего себе…」
「何て言ってるかわかんないけど、驚いていることは伝わるぞー!」
そこにいたのは自分ではなく、色黒の少女。顔と手の色が一致していないこと以外は、何も違和感がない。
「本当は手も塗りたいんだけど、衣装につきそうで怖いから代わりにこれつけて。レイヤー的には邪道だけどね。」
顔の色に近い色の布。手の形にフィットするように作られていて、はめると先ほどの違和感は多少緩和された。
「よし!凉っちに見せに行こう!」
傘を持たされた後、背中を押されて部屋から出発。笑顔を忘れないようにと重ね重ね言われながらさきほど入ったドアから出る。
「じゃーん!凉っち、どうよ?」
僕と顔を合わせた凉ねぇは目が点になっていた。そのあとに何か名詞を言っていた気がするが、よくわからなかった。
一応メイクに関してのサイトは見ながら書いたのですが、当方、コスプレに関しては知識がないので間違ってたら指摘お願いします。
作中のコスは鏡音リン・レン(VOCALOID)とロード・キャメロット(D-Grayman)です。