読みにくい点があるかもしれませんが
初心者ですので長い目で見守って頂けると嬉しいです。
序章
『融解(メルト・フィーリング)』
俺が生まれつき備わっている訳の分からない馬鹿な力。
肩から指先までの、いわゆる腕に触れた生き物全てと同化する力。
下らない力。世界を救えない力。救世主にもなれない力。いっそのこと肩を切り落としたくなるような力。
誰も助けられない、不幸にするだけの力。
―――必要のない力。
「葵。好きだ。」
学ランの前を全開けにして腕捲り、髪を金髪に染めているのに不良感ゼロ。この話の主人公、宮村明敏(アキト)
人の良さが滲み出ているのであろう彼は、ある少女と共に下校していた。
青い髪を風になびかせて機械的な瘴気のない眼をしている少女、如月葵。
お互いの制服が、ブレザーと学ランであるところを見ると学校は違うらしい。
だが、二人の付き合いは十年以上である。生い立ちをたどると長くなるが、明敏曰く恩人らしい。
詳しいことは後に語るとして、今日は彼にとって記念日になるだろう。
何せ、十年以上の付き合いでもある彼女に思いを告げているのだから。
「・・・・・・・・・・。」
彼女はその言葉を聞いて驚いたようにも見えたが、無表情で、喜んでいるのか困っているのか判らない。
とは言うものの目に瘴気がないのは昔からだが、口は笑うこともある。しかし無口でいると無表情に見えてしまう。
(もし断られても悔いはねぇ。寧ろ決着がつく。)
さっきも言ったが葵の存在は友達というより、恩人に近い。唯一無二の『触れ合える』友達なのだと。
そんな関係なのにも拘らず。いや、だからこそ特別な感情が生まれたのだろう。
――――――彼女ともっと親密になりたい。
明敏は悩んだ。恩人に対してその感情は不適切なのでは、と。
明敏は考えた。もしかしたら今まで通りであったほうが良いのかも、と。
だが、自分の気持ちを押さえ込んでまで通す義理はない。そんなものこそ不適切だ。
決意した人間の顔は、何者も恐れない勇者のようだった。
「うん。・・・・嬉しい」
小さく葵は、首肯した。
無表情だが声音は否定していない。寧ろ本当に喜んでいるようだった。
それとは反対に明敏は目を丸くしていた。
無理もない。人生初の告白に加え、絶対ではないが断られることを予想していたのだから。
「じ、じゃあ。それって・・・・。」
「はい。宜しくお願いします。」
小首を傾げ頬を染めながら、葵は明敏の目を真っ直ぐに見つめる。
そのことを察したように鉾ぼらせていた顔を直し同じように見つめる明敏。
そのままアイコンタクトで意思疎通するかのように動かなくなった。
時間がそこだけ止まってしまったかのようだった。ただ見つめ合っているだけなのだが、どこか微笑ましくも見える。
すると、どちらかともなく視線を逸らした。おそらく我に帰ったのだろう。
「・・・あ・・・・。あっ、の、喉乾いたな?ジュース、買ってくるけど何がいい?」
先に声を発したんのは明敏だった。
一人で何か観照に浸りたかったのか、緊張していたのか、注文も聞かずソソクサと歩き出す。
だが、小さな手が手首をつかみそれを阻める。葵だった。
「・・・待って。私。それよりも先にやっておきたいことがあるの。」
上目遣いで明敏を見ながらそう言う。
彼も女の子の頼みを断るほどジュースが飲みたいわけじゃない。ただ少し心の整理がしたかっただけなのだ。
「・・・したい事って?」
女性が男性に対してしたいこととはなんだろう。半分解っていながらも知らないふりをする。だが期待してない訳もない。
葵は、迫るように近づきながら明敏に「目を閉じて」と言う。彼も素直に従う。
この時点ですることは確定したと思いつつも、そんなわけないと心を落ち着かせる。
男はそんなどうでもいいことを考えているが、女は違った。
今からしようとしていることは、ここへ来る前に学校の友人に情報を得ていた。だが、それを理解するには自分では経験不足だった。何度話を聞いても解明出来ない。
そんな思いも今となってはただの戯言。ただの無知識から来る疑問なのだから。
――――早くしなければ。彼を待たせている。
その思いは明敏の思考を消し去った。
待った時間は短かったとはいえ、多少頭が回っていた。
―――もし期待していたことだったらどうしよう。
―――期待していたこと以上だったら?
(もしそうじゃないとしたら一体何をするつも――――――)
ここで思考が止まった。意識全てが口元へ行き、それどころではなくなったからだ。
柔らかい感触。口にかかる吐息。伝わる体温。そして――――――口の中に入ってくる、生暖かいもの。
これはキスというより、もっと艶かしい。―――ディープキス。
二人は一瞬にして頭がショートした。正に煙が吹き出るように顔を同時に真っ赤に染め上げた。
男は突然のことにその場で固まっていた。起立のまま。
女は力が抜けたようにその場にヘタリ込み、今までの無表情が嘘のように目を丸くして呆然としていた。
そしてこれまた二人同時に口元を抑え、気まずそうにする。
明敏は思った。あのままジュースを買いに行っていればこうは成らなかったのではないかと。
されたことに不快は無い。寧ろ嬉しい。が、後の気まずさを考えると逃げ出したくなる。
葵は思った。これは失敗したと。恐らく彼に変態だと思われただろう、嫌われてしまっただろうと。
だが、その思いとは裏腹に、明敏を好きだという気持ちが。告白されて嬉しかったという気持ちが。
一緒にいて、話していて楽しいという気持ちが。傍にいるだけで嬉しいという気持ちが。
―――全て独占したという気持ちへと変わっていく。
何もかもが欲深い独占欲に支配されていく。
口元を抑え目を丸くしていた葵は、何か満足したように溶けるような表情をする。
・・・これが、――――キモチイ・・・?・・・これが、人を『好き』になるということ・・・?
心に溢れ出る気持ちが一体何なのか。全てを知りたい、傍にいたい、自分のモノにしたいと思う気持ちは何なのだろうか。
葛藤の最中、目の前に手が差し伸べられた。―――明敏だ。
「・・・・・・・・・ほ、ほら」
気まずさを悟られまいと顔を背けている。
そっと差し伸べられた手を取って立ち上がる。今度こそはと、ジュースを買いに行く。しっかり注文も聞いた上で。
女性を道端で一人にするのは良くないと分かってはいるが、すぐ近くの曲がり角に自動販売機があるし。
と言う余裕から、葵を残し、自動販売機へと急ぐ。恐らくそれは、悪夢の始まりとも知らずに――――。
突然雨が降り出した。しかも本格的に。
明敏は天気予報などあまり見ない為、傘は愚か、折りたたみ傘すら持っていない。
初めは学ランを頭に被せ防いでいたが、効果は無くかなり濡れてしまった。
このままでは葵が風邪をひきかねない。早く戻らねば。
買ったジュースを両手に、彼女の元へ急ぐ。その場で立ち尽くしている筈も無く、明敏は周辺の地図を頭の中で思い浮かべる。
「・・・確か。この近くにタバコ屋があったはず。きっとそこに―――。」
近所で有名なタバコ屋。買う者は限られるが知らない人は少ないだろう。
屋根もあって、店のおばちゃんは人当たりがいい。きっとそこで話しているだろう。
足取りは軽く迷いもない。安心しているように見える。
曲がり角を右へ進むと、よく見る店先から三角の突き出た赤い屋根が見えた。
雨のせいでよく見えないが、人影が見当たらない。
「ん?葵!?」
店に近づいてみたがそこに誰も居なかった。
この辺で雨宿りできる場所はここしかない。故に明敏は焦り・・・・はしなかった。
冷静に状況を分析した。色々な可能性を消去法で削った結果、答えを一つに絞る。
携帯を取り出し誰かに電話をかけ出す。
「・・・・・・。もしもし、母さん?今そこに葵居る?」
掛けた先は母親だった。
出した結果は単純で、タバコ屋に居ないのなら一度行ったことのある自分の家だろう。そう解釈した。
『葵ちゃん?居ないけど?』
母親は葵の存在を知っているようだ。まぁ無理もない、初めて出来た『触れ合える』友達ができのだ。紹介しない子供がどこにいる。
明敏はそっか、と冷静に返しながら消去法で削った答えを思い出す。既に家に帰ってる最良の答えから、誘拐された最悪の答えまで。
最悪の方でないことを祈りながら、今日は遅くなる、と伝言を残し通話を終える。
ここで少し思案する。葵の行動力と機動性。そしてこの状況を。ちなみに今居る場所とその周辺は車が一台通れるくらいの広さしかない。
況してはこのタバコ屋の通りは軽自動車位しか通れない。
そしてさっき葵と別れた場所、明敏がジュースを買いに行った場所は一方通行。車が通ったなら明敏は見ているはず。それが見ていないとなるとその可能性は消える。
ならばもう一つの可能性。最悪―――ではなく、最良の―――。
だがおかしい、家に帰ったのなら連絡があるだろう。イヤ、むしろするだろう。葵という人物は意外に自己主張が強い。
故に『最良』も消えた。
「どこに行ったんだ・・・。これじゃ・・・まるで―――」
瞬間、まるで計ったかのように携帯が着信を受信する。軽快な音が激しい雨音の中で響く。
――――――非通知。
携帯のディスプレイに表示されたその文字が明敏に不安を与えた。相手は誰なのか。公衆電話。悪戯電話。まさか・・・誘拐犯!?
募るは不安、ではなく怒り。思考が全て吹き飛ぶほどの怒り。
明敏は一つ大きく呼吸し、携帯を耳に当て通話を開始する。
「もしも――――」
『これじゃまるで・・・『神隠しだ』―――ですか?』
言葉を遮るように聞こえた声は、こちらを試すような。挑発するような、そんな声だった。
発せられた台詞は、まさに明敏が独り言混じりに言おうとした言葉。
まるで全て御見通しだと言わんばかりに。
「・・・・お、お前は。ゆ、誘拐犯か。」
誰だと訊いてはいけない。何せあれは挑発なんだ、と明敏は思い相手と同じように見通した答えを言う。
「・・・・・・・えぇ、そうですが?」
少し間を開けていたが、動揺すらしていないはっきりとした口調で応える。
「貴方は、大胆ですね。非通知でかけてきた相手に、況しては意味不明な言葉を投
げかけた相手に対して挑発するような言葉。いや、どちらかと言えば慎重に考えたうえでこちらの反応を見たかった・・・・とか?」
挑発するような声音。何もかも手中の中ですよ、と言うように。
「いやいや、そうではありませんね。良いんですよ、それで。見ず知らずの相手に
フレンドリーにする人は騙されても文句を言う資格はありません。人に対しては警戒心を持っていていいんです。何たって貴方は挑発をして反応が見たかったのではなく―――」
生唾が明敏の喉を通った。額から冷や汗なのか、雨粒なのかが頬を伝って流れる。
「相手のペースを崩したかった。。。。とか?」
明敏は心の中で思った。
(こいつには言葉か―――)
「言葉数を、減らしたほうがいい?」
一瞬、恐怖が体を駆け抜け携帯を投げ捨てようとした。怖さで逃げ出しそうになった。
だが、葵のためだと思うと気を確かに持ち恐怖を振り払う。
「あぁ、勘違いしないでください。僕はあくまで未来が見えるというだけで」
「葵は、何処にいるんだ。」
最早相手の話など聞く耳を持たない。持てば翻弄される、そう思った。
「・・・・・・・。」
まるで黙秘しているような間だった。だが誘拐犯にとって黙秘する必要がない。何故なら相手に要求を飲ませ、無事に事を済ませばいいだけなのだから。それに逆探知の可能性も含め話は早いに越したことはないはず。
ならば他の目的がるのだろうか。誘拐以外の―――。
そう思う反面、明敏は別のことを考えていた。
―――――――交渉方法だ。
如何にこちらが不利であちら側に有利に働く交渉をするか。それ次第で葵の生存確率が百八十度変わる。
「わかりました。教えましょう、居場所を。」
あっさりだった。耳に入った言葉は四方八方から追い詰められ降参するしかない、というようだった。
拍子抜けとはこのことだろう、と明敏は改めてことわざの意味を噛み締めた。
「ですが、貴方は―――」
まだ何か言うことがあるのだろうか。正直、諦めたのなら早く行って欲しいと思う。が、次に出た言葉。
「結果、彼女を『殺す』羽目になりますよ。」
それが明敏にとって本当の挑発に聞こえた気がした。
雨は止むことを忘れたかのように降り続いていた。
屋根を伝い落ちる雫は絶えることがない。だが、絶えないのは雫だけではない。
水溜まりを弾くように駆けている明敏は、疲れを忘れたように只ひたすら走り続けている。
ただ。そう、ただひたすらに一点の目的地へ向かって―――。
それはほんの数分前。
謎の誘拐犯らしき男から電話越しに伝えられた葵の居場所。
誘拐した割には、意外にも近くの河原に来いと言っていた。そう考えると相手は誘拐などするつもりがないように思える。
だが明敏はそんなことを考える暇も無く一目散に走り続けている。いや、一目散に走ってはいるものの目線だけは違った。
誰かを、何かを探しているかのように、道端を。濡れたブロック塀を。水浸しになった溝を。
(この際だ!何でもいい・・・なんでも!!)
焦っていた。そんなことは本人が一番理解していた。もしかしたら葵は怖がっているかもしれない。
知らない男に無理矢理連れてこられた河原。目隠しをされている可能性を考えると場所さえもわからない状況だろう。ともなれば恐怖はより一層強まっているかもしれない。
そう考えるだけで踏み出す足に力が入る。頭が白紙になる。疲れさえも感じる暇がない。
走る。ただ走る。走って走って走る。息が荒くなるが構わない。ひたすら走る。
その時、目の前に突然白い物体が現れる。
――――――猫だ。
一目散。明敏は条件反射宜しく、―――飛び込んだ。
何も考えていない。頭が白紙状態の彼は今自分が何をしているのか判らなかったが、何をすべきなのかはしっかりと把握していた。
ちなみに猫はというと、野生の勘とはこの事か、と言わんばかりに迫り来る危機を察して逃げようとする。
だが、分が悪かったというべきか、今回の明敏は必死だった為、常軌を逸していた。故に彼の跳躍は凄まじく・・・。
つまりだ。猫の野生の勘よりも、明敏の跳躍が勝っていたということで―――。
『融解(フィーリング)!!!』
―――発動した。
彼の力。今まで悩まされた力。世界を救えない力。誰も救えない、不幸にするだけの力。
―――必要のない力。
使うつもりは端から在るはずもない。葵のためだからこそ、使うことを許せる。
雨の中、一人と一匹が光に包まれる。
まるで鉄さえもバターのように溶かしてしまうほどの高熱の中に吸い込まれるが如く。
高熱で溶けたそれが、一つになり融合するが如く――――。
光が弾け華麗に受身を取るそれは、ヒトと呼ぶには毛深く。
猫と呼ぶには直立歩行ならぬ走行している。
そう、これが彼の力。融解《メルト・フィーリング》。
「へへっ、久しぶりだな・・・この感じ。」
この力の発動条件は簡単だ。
ただ肩から指先までの間の部分に触れることで対象物と融合する。強制的に。
融合と言ってもそんなに優しいものじゃない。
例えると、明敏と猫を足して二で割ったような感じだと思ってくれればいい。
思考も割る二。運動神経も割る二。常に考えることは寝ることばかり。時々縄張りの確認。
猫の習性をそのまま人間に追加するようなもの、見た目も猫と人間の中間。
大きな耳と長いヒゲ。指は五本ちゃんと人間だが肉球がある。それに尻尾も生える。
カッコイイように見えるが実際は気持ちが悪いものだ。
だからこそ彼はこの力を拒んでいるし、嫌っている。
しかし今はそんなワガママが通じる状況ではない。故に決意からの行動でもあった。
明敏は思いを巡らせることなく、その場で高く飛躍し民家の屋根へ飛び移る。その姿は優雅でまさに。
――――――猫そのものであった。
雨は先程よりかは弱まってきているだろう。とある河原に二つほど傘を差している人影が見えているのだから。
「おや?これは、交渉するにはまぁまぁ天気ですね。そう思いませんか葵君?」
癖が強いのか、清潔感のない雰囲気が漂う髪の毛で片目が隠れるほど野放しにしたようなヘアスタイル。にも拘らずスーツをしっかり着こなしている。
発する言葉が嘘か本当か判らないような口振りで隣にいる少女に話しかけている。
機械的な瘴気の無い目をした少女。葵はスーツの男など眼中にないかの様に無視をしている。
「ガン無視ですか・・・。まぁいいでしょう、彼もここへくる頃ですし。」
まるで全て把握しているかのように天を仰いでから、来るであろう方向に指を指し示す。
『彼』という言葉に反応したのか男の方を一度見て指差した方を見る。
―――刹那。二人の目の前に何かが降ってきた。
地響きは無い。静かに、それでいて軽やかに。目認していなければ降ってきたことにすら気づかないほどに。
――――降ってきたのは人間だった。
学ランに金髪。腕捲りに白い体毛。大きな動物の耳。そして長いヒゲ。極めつけは、猫のような乱れた毛先のない尻尾。
「あき―――。」
「アキト君じゃありませんか。初めまして、私が誘拐犯です。宜しく。」
言葉を遮られた葵は瘴気の無い眼でスーツの男を睨む。
男はその視線に気づいているのか、「お返しですよ」と小声で言う。
「ハァ・・・ハァ・・・。あおい・・・・・葵!!」
明敏はそんなやり取りを聞こえていないのか。只一点、葵だけを視界に収めていた。
何せ誘拐された葵の立場を考えたとき、恐怖しか出てこなかった。
怖気。不安。恐怖。それが頭の中を渦巻いて震えている。そう思っていた。
もう大丈夫だ。そう言うように手を差し伸べて。
「助けに来たぞ。怖かったろう?不安だったろう?辛かったろう?」
諭すように。震える彼女を安心させるように。優しい声音で問う。答えは求めていなかった。終始疑問文というやつだろう。
だからこそ答えを待たず歩き出す。助けに行くために。たった一人の、触れ合える『味方』を。
「・・・・ううん。」
「え?」
彼女の返事は、特に返事を期待したわけではないのだが、否定だった。
空気が静まり返る。恋をしたわけでも、死ぬ寸前の走馬灯ではない。―――驚きだった。
重石が乗った様に肩を落とす明敏。横の誘拐犯は高らかに笑っている。
落胆。そんな言葉が似合いそうなほど落ち込む彼は、何処か嬉しそうにも見える。
囚われの彼女は怯えるどころか寧ろ逞しくいつもどおりだった。
そんな光景を見て微笑ましくも羨ましくも愛おしくも見えたのだろう。
(何だ・・・。怖がってたのは俺の方・・・・か。)
恥ずかしさを感じながらも、しっかり立ち上がり相手を見据える。勿論この時の相手とは、清潔感のないスーツを着た男。葵の誘拐犯。
拳を握り締め気を引き締める。一拍。息を調えるように大きく呼吸する。
「ッ――――――。」
「話は短く抽象的に、早めに終わらせましょうか。」
明敏が発するよりも前に遮られ、またも肩を落とす。出鼻をくじかれたように―――。
「では質問しますが・・・。よろしいですか?」
何故か疲れたように溜息をつく明敏。無理もない、先程から空回っているのだから。
だがここで落ち込んでる場合じゃないと重石を振り払うように顔を上げ両足に力を込める。
「あぁ」
「そうですか。早速。」
するとスーツの男は徐に内ポケットに手を伸ばし、何かを取り出した。
―――鍵。
金色に輝く洋風の、御伽噺を連想させるような鍵。それを持った手を大きく広げ、空気中に鍵穴があるかのように突き出す。
先端が消えた―――。
まるでそこに透明な宝箱か何かがあるように。その中に入り込むように。吸い込まれるように。
――――鍵の先端が消える。
「な、何をする気だ?」
問う問いに答える気もなく、鍵を開ける動作を取る。
「あっ、これですか?」
瞬間。空気が揺れる―――。いや、歪む。空気がゼリーの様に柔らかく、指が容易く通ってしまうような状態に変わっていく。
「異境扉(ゲート)、ですよ。」
言葉を合図に、ゼリー状の歪んだ空間が此の世の色ともつかない鈍い色へと変色していく。
明敏は立ち尽くしていた。
目の前で繰り広げられている光景。
囚われの身となっている彼女、葵。
誘拐犯と名乗る清潔感のない頭でスーツを着た男。
その男が取り出した鍵を空間に突き刺し出来た『ゲート』と呼ばれる異物。
(まるで漫画やゲームの世界だ―――。)
無理もない。余りに理解不能な出来事に思考は追いついていないのだ。
脳が勝手に処理しているのだろう。
準備が整ったのかスーツの男は明敏を一心に見つめ、両手を広げる。
「さぁ、終わりましたよ。ではこれから貴方に選択肢を与えます。どちらに答えても『今』死ぬことはありません。安心してください」
スーツの男は電話でのやり取りのような淡々とした口調で話し始める。
生唾を飲む音が聞こえたのは明敏だった。葵はいつもと変わらず瘴気の無い目をして落ち着いていた。
最早どちらが誘拐されたのか分からないほどに。
「ここにある異境扉は放っておけば、・・・あと少しでこの世界を飲み込みます。」
雷に打たれたような衝撃が明敏の体の中を駆け巡る。
一瞬で敵と認識したように構える。
「落ち着いてください・・・。解決法がありますから」
「解決法・・・?」
「はい。それは葵君の記憶を生贄にすることです。」
間髪いれずに言ったためか、上手く頭の中で整理しきれず素っ頓狂な声が漏れる。
そんな事を他所に話を進める。
「でもそれは貴方としては嫌でしょうから、もう一つ選択肢を与えます。」
とんとん拍子に訪れる事柄に明敏の思考は追いつく暇もない。唖然としたまま話を聞くのでやっとだった。
「葵君の記憶を生贄にしない代わりに、二人で異境扉を潜ってください。」
「それを・・・・か?」
拍子抜けだった。
一気に緊張の糸が切れたように落ち着きが取り戻っていく。
心配は要りません、と男は話を進める。
「この異境扉を潜れば此処とは違う別世界が在ります。そこでは貴方の力が世界を救います。」
図星をつかれたように明敏は肩を震わせる。
『世界を救う』その言葉は彼が絶対に叶えられないと思っていたこと。
彼の力はこの世界で無意味だと―――。
「・・・俺が・・・・救世主・・・・・。」
何かに取り憑かれたように呟きながら自らの手を見る。
(この力が・・・・。必要ないと思ってた力が。世界を救う・・・。)
明敏は顔を輝かせながら話に乗ろうとする。
まだ緊張の糸が張り詰めていて、思考が鈍っていれば―――。
「―――待った。なんでお前にそんなことが言えるんだ?」
真剣な面持ちで質問する明敏に対して、男は面倒臭そうに顔を渋らせる。
「時間がないですけどねぇ・・・。一言で言えば『勘』です。ですが放っておけば世界を飲み込むのは本当です。」
半信半疑。男の言葉を信じるべきか迷っていた。
あの渋った顔を見るとこれ以上詮索するべきではないと思わされる。かと言って理不尽さ。意味不明さ。説明不足さが否めないのは確かである。
「あー・・。ダメですね、僕は交渉に向いていないようですね。話をするのは好きなんですけどね。」
正にお手上げ状態のように両手を上げ諦めた表情をする男は、
「十秒以内に決めてください。でないとこの異境扉が世界を飲み込みますよ。」
そう言って、している腕時計を見ながらカウントダウンを始める。
「十!」
「ちょっ、ちょっと待て!俺はまだ納得して――――――」
「九!」
全く聞く気を持たないかのように時計のみに目線を合わせている。
(どうする?アイツを信じてみるべきか?)
「八!」
(でも意味が分からねぇし、こんな事する理由が見当たらねぇ)
大仰に頭を掻きむしり今までの人生を早急し振り返る。
しかし明敏の人生にこんな悪戯をされるような恨みを買われた記憶がない。
「七!」
今日はエイプリルフールではないし、誕生日でもない。況しては悪戯をしていい日でもない。
脳が壊れてしまうほどに回転させ思考を巡らせる。
だが相手を屈伏させるほどの決定打が見つからない。寧ろ全てが事実のような―――。
「六!」
カウントダウンが気持ちを焦らせるのだろう。中々頭が上手く回ってくれない。
クイズ番組に出る出演者が答えを導き出せない気持ちが今分かる気がしてならない。
雨か汗か判らない雫が頬を伝う。それを拭う間も頭は回っている。
あの男の言っていることは本当なのか嘘なのか。
たかがその二択に迷っている自分に腹が立たずにはいられない。
「五!」
ついに半分を切ってしまった。
出された選択肢は二つ。
・葵を生贄に世界を救う。
・葵と共に得体のしれない空間に飛び込む。
これだと後者を選ぶはずだ。
「四!」
だが『得体のしれない』ということは飛び込めば死ぬ可能性も出る。
ということは男の言葉はすべて嘘だということになる。
「・・・なんで俺は、こんなに迷ってたんだ?」
明敏は何かに気がついたように薄ら笑みを浮かべる。
「三!」
その掛け声と同時に強く地面を踏み込んで葵に向かって走り出す。
(どっちか選んでも葵が『消える』ってんなら―――)
踏み出す一歩は大きく。気持ちに緩みがなく。
曇りもなく。躊躇いもなく。背水の陣の如く目は、覚悟していた。
「二!」
猫耳を生やした男は、機械のような目の少女を手繰り寄せ。
「葵と死ねるなら、俺の人生に一片の悔いはねぇぇーー!!!」
踵を返すように。優雅に異色の空間へと飛び込んだ。
その中は『得体のしれない』感覚が全身を包んでいた。
身体が潰される感覚。身体が強く引っ張られる感覚が渾然一体となって降りかかる。
「う・・・ッ、何だ・・・・・・・これ・・・ッ、・・・・・大・・・・・・じょう・・・・か・・・・・・あお―――」
喉が潰れたように声がでなくなる。
不安が膨らむ。が手を取っていたおかげで彼女の存在は確認できた。
すると明敏の腕が引き寄せられる。
―――葵だった。
小刻みに震える身体が密着する。声は発せないが怯えているのが一目瞭然だった。
だからこそ明敏は一生分を注ぎ込むように強く抱きしめた。
これで死んでも悔いが残らないように。
「・・・つまらないですね、貴方は。」
飛び込む前に聞こえた言葉は何を意味していたのか。
それだけは悔いと言えば悔いだろう。
とりあえずこのあたりで終了させていただきました。
中途半端ですが、最後まで読んでいただいてありがとうございます。
これから続きを書いていこうと思います。