「どうも」
「・・・どうも。」
「こっちは俺の・・・つ、妻の如月葵」
「どうも、“妻”の葵です。」
「あ、あぁ・・・どうも。・・・・・結婚してたんだぁ・・・」
「私たちは“夫婦”だから。」
「・・・・そこまで強調しなくてもいいじゃねぇか?」
「とにかく護衛よろしく」
「護衛?。」
「ああ、葵を助けるために協力してくれたからそのお礼としてな」
「私以外の女に頼んだんだ。」
「・・・言い方を考えろよ」
「本当に私を好きなのかしら。」
「・・・・いきなりなんだよ」
「別に。」
「・・・・・・好きに決まってんだろ」
「よく聞こえない。」
「あ、愛してるよっ」
「そ、私もっ」
「・・・・ハァ・・・アタシの前でイチャつかないでくれる?」
現在、明敏たちは西の街、ではなく、東の街へ足を運んでいた。と言っても目的地は街ではなく、その外れにある村だった。
「これ、アンタの能力で飛んでいったほうが早いんじゃない?」
明敏、葵、そして呪術師のミケは地平線が見えるほどの平原を歩いていた。
「流石に二人を抱えながら飛べねぇよ」
そう答えた明敏は、辺りの風景に興味津々な葵を尻目に、顔から疲れが見え隠れしていた。
いくら日本で見ることのない場所であっても、何も無ければ見飽きてしまう。しかし葵だけは、相も変わらず目を輝かせていた。
(アンドロイドに飽きってのはねぇのか?)
そんなことを思ったが口には出さなかった。それは彼女にアンドロイドだということを知らせたくないという意味ではない。ただの愚痴のようなものだった。
そんなことの発端は数時間前。
明敏が、如月葵をジェラードから救出した後、西の街の商店街のとある一角にある占いと書かれた看板の店を訪れたところから始まる。
すべてを暗幕で覆っているその店は、奥にあるドクロで飾られたロウソクによって辛うじて足元が確認できる程度に明かりが灯されていた。いつ見ても高校文化祭レベルだった。
しかし一度自らの手で燃やしてしまったため、新しく改装しているのだろうがあまり変わったところが見られない。
「それで、何でも言う事聞いてくれるって言ったよね?」
黒いローブを頭から被っている、わけではなかった。赤い髪を後ろで一つ結びにしたポニーテールで赤を基調とした服に身をまとった呪術師ミケは、明敏が店に入るなりそう話を切り出した。
確かに明敏はそういう約束をしていた。だからこそ本人も承知の上でこの場所へ来たのだ。
「ああ、なんでもいい。力になってくれたお詫びに俺がお前の力になる」
信頼性がにじみ出ている様な、まるで頼っていいものかという疑問が馬鹿らしく思うほどに、彼の言葉はどんなものより何よりも頼りがいがあった。
だからこそミケは自然と口の端が上がった。
「それじゃあ、アタシが故郷に帰るための護衛になって」
「護衛?」
「そう、一緒についてきてくれればいいから」
なんでも言う事を聞くといったからか、それとも彼自身の人柄がいいからか、二つ返事で了承した。
そして今に戻る。
発端自体は大した事ではない。ただミケが明敏に護衛を頼んだということだけである。
「そういや、ミケの村ってそんなに治安が悪いのか?」
「―――――ミケ?。」
そう反応したのは葵だった。まるでエサの缶を開ける音を聞いた猫のように目敏く耳を傾けた。
「そういうわけじゃないけど。もう何年も帰ってないし、もしかしたらっていうのもあるからね」
「そっか・・・・、どれくらい帰ってねぇんだ?」
「さぁ・・・、忘れたなぁ。たぶん十年ぐらい」
黒い球体を使う異能力者を恨んだのも十年ほど前。ということは物心ついた頃に両親を殺されたのだろう。といってもあくまで外見的年齢を想定しただけなのだが、明敏より年上ということはないだろう。
「アキトの故郷ってどこ?」
「―――――――あきと??。」
「お、俺か!?」
ここでもし『異世界から来た』といっても信用しないだろう。いくら彼が信用に値するとしても、そんなお伽話にもならないものは誰であろうと信じはしないだろう。
返答に困っていると、明敏の横にいた少女が口を開く。
「アキ、なんだか二人共親しげだけど?。」
「「え?」」
明敏とミケはそんな素っ頓狂な声を上げる。特にやましい気持ちが在るわけではないが、突然の質問に驚いていた。
「もしかして、・・・・浮気?。」
葵の目は、瘴気はないが疑心暗鬼な目をしていた。彼女は独占欲が強いのか、それとも既に明敏と婚約しているからか、他の女性と話してることに多少の苛立ちがあった。
しかし、彼女自身束縛というものにあまりいい印象がない。だからこそ、この状況で疑いを覚えたのは会話をしていたことよりも、お互いを呼び捨てで呼んでいたことだった。
「違う違う!!そんなことするわけないだろっ!?」
「ホントに?。」
明敏は必死に弁解するもなかなか彼女の誤解は取れないようだ。
「じゃあアキは誰のことが好き?。」
「葵だ」
「呼び捨て?。」
「・・・・葵さん」
「さん?。」
「あ、・・・葵ち、・・・ちゃん」
「ちゃん??。」
これ以上どう言えばいいのか、そんな思いは彼女のいたずらっぽい微笑みが許さなかった。
「誰が好きなの?。」
まるで誘導尋問をするように、何かの言葉を引き出すように、葵は明敏に詰め寄った。勿論のことながら追い詰められた明敏は、顔を赤く染めながら口を開いた。
「ま、マイラブリーエンジェル葵たんですっ!!」
「そこまで言うとは思ってなかったけど、ありがとうっ」
葵は心底嬉しそうだった。
「・・・・・尻に敷かれてるんだ」
誰に聞こえるでもなくミケはそう呟いた。確かに誰がどう見てもそう思うだろう。しかし、同時に二人が幸せであるという証拠でもあった。
「あ、そういえばミケはこの世界に詳しかったりすんのか?」
先程まで、自分の妻に機嫌をとっていた明敏は思い出したようにミケに問うた。突然の質問に戸惑っていたが、ミケは我に返り答えを出す。
「まぁそこそこは」
妙な質問を投げかけるものだとこの時のミケは思った。どこから来たのかはわからないが、この世のことならば新聞で分かるというのにわざわざ質問するといことは余程の田舎者なのだろう。
とはいえ新聞など都会にしかないのだから無理もないか、と自己解決を入れた。
「じゃあ、この世界で戦争ってのは起こってないのか?」
その質問は、明敏がこの異世界に飛ばされ決意を新たに『救世主《ヒーロー》』になろうと誓った原因でもあった。
目の前にいた足を失った少女を救うことができなかった。否、生きるという地獄から解放されたのだから救ったと言えるが、そんな生きることに絶望を見出した世界を変えたいのだと。
「・・・・戦争ね・・・」
まるで、嫌なものを思い出したようにミケは俯いた。もしかしたらしてはいけない質問だったのかとも思ったが、訂正はしなかった。
「今は、休戦中ね」
「休戦?」
「そう、ある土地を巡って戦争をしたのはいいけど、
その土地を半壊させたんじゃ意味ないでしょ?
今はお互い無理やり手を取り合って仲良くしてるってところ」
「無理やりってことは・・・また・・・・」
その先の言葉は言わずともわかったようだった。ミケは軽く頷いていた。いくら休戦とは言え、それはただの仮初に過ぎない。いつまた崩れるのかは恐らく分かっているのだろう。
「で、その土地ってのは何が良かったんだ?」
「作物」
「ちなみにどことどこが戦争をしたんだ?」
無粋な質問だと明敏自身わかっているが、情報は必要だと割り切り心を鬼にする。
「結構突っ込んでくるわね・・・・。
たしか、西と・・・北だっけ?西の街には作物が豊富なんだけど、北には鉄鋼が盛んなわけ。
で、北の人間からすれば西のような土地が羨ましいのよ」
「だから戦争を?」
だとすれば北の街はかなり強情だと思える。しかし戦争とは互の意見の食い違いを議論で解決できないから武力行使にならざるを得ない、わけだが。
「本来は北側からすれば申し分ない交渉だった。
だけど、相手の身分をいいことに無理難題な交渉を西側が提案したってわけ」
プライドの高い貴族の街だからね、と補足をした。確かに人身売買など、どの街でもあるとは思えない。貴族の娯楽として設けられたに違いない。
「無理難題ってのは?」
「金銀と食料の交換。簡単に言うと、りんご一個に対して銀貨十枚支払う感じ」
銀貨の価値を知らない明敏にもその理不尽さは手に取るように分かった。
ましてや貴族の街から出されるりんごがどれほど美味しいのか、どれほど新鮮さがあるのかなどの知れないものに高額で買えと言われれば断るのもやむなしと言えよう。
「アキはそんな貴族のいる街を守っていたのね。」
「・・・・・・・そう・・・・だな」
唐突に話に割り込んだ葵の言葉が心に突き刺さった。もしかすると変えるのは世界ではなく、自分が救世主となった西の街なのかもしれない、とこの時明敏は思った。
その後、当然のことながら気まずい沈黙が訪れたのだった。
―――――東の街。
特に何かに栄えているとは思えない所だ。商店街はあるものの西の街ほど賑わいを見せているわけではない。かと言って廃れているわけではない。
一言で言うならば―――――落ち着いている。
人通りが多いわけではないが、無人というわけでもない。しかし、その「人」通りの中に如何にも、関わるべきではない人物がチラホラと見える。
「・・・・・葵、俺から離れんなよ」
小声で囁くように言った。明敏は細心の注意と最大の警戒心で葵を守る。治安が悪くなっているかもしれないといったミケの言葉は嘘ではなかったようだ。
「・・・・あのさ・・・・アンタが奥さん守るのもわかるけど、護衛を頼んだのはアタシなんだけど?」
「・・・・・・わかってる、けど葵は俺の中で命より最優先なんだ」
そう言って葵の手を強く握る、絶対に離れることのないように。
しかし、当の本人は呑気なものだった。興味のあるものに目配せをし、その商品を記憶していた。この場でねだる為ではない、後に回しておくためだ。
彼女自身、尻に敷いているとは言え時と場合をわきまえている。とはいえ、頭の切れる明敏よりも策士かも知れない。
「まぁいいけど、ちゃんと付いてきてよ?」
「お前の故郷ってこの街を通らねぇとダメなのか?
もしそれ以外の道があるなら―――」
「残念だけど、この道しか通れない」
少し落胆したが、この道しかないと言われればそれに従うしかない。明敏は一層警戒を怠らなかった。
そのせいか、後ろから声をかけられた明敏が振り向きざまに臨戦態勢をとって相手を驚かせてしまった。
「あ・・・・えっと・・・・・」
明敏と同じ金髪、しかし染めたというよりも元々の色素のようだった。身長は葵と同じくらいの少女だ。
「大丈夫、彼なら何もしないわ。」
まるで飼い慣らした猛獣の飼育員のように明敏の前に出て、その少女に言い聞かせた。
彼も危険がないと判断したのか、自分のあまりの警戒っぷりに恥ずかしさを覚えたのか、高めた警戒心を解く。
「あの、この辺で黒髪で長身の女性を見ませんでした?私の知り合いなんです」
どうやら困っているようだった。流石に無視はできないと明敏は探し人の特徴を詳しく聞いた。ミケもそれに同調する。
「えっと、髪型は後ろで一つに結んでいて、服装は黒のスーツ?を着ています。
それと言葉使いが年寄りめいています。あとは―――――」
淡々と特徴を述べていく。そして少女はもう一つ思い出したかのように言葉を紡いだ。
「黒い球体を使う能力があるんですけど―――――」
「「―――――なっ!!?」」
明敏とミケは少女の言葉に驚きを隠せなかった。二人の仰天っぷりに戸惑いを隠せないでいたのは葵だった。
『黒い球体を使う能力者』
それはミケが恨みに恨み続けた、家族を殺された敵。自然彼女の手には血が滲むほどの握りこぶしを作っていた。
「・・・ちょっとアンタ・・・・その話詳しく聞かせてもらうよ」
ミケの顔は鬼をも逃げ出す形相だった。