救世主になりたい男の顛末   作:愛・茶

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 夢枕に出るほどに覚えていることがある。

 それはいつもアタシが子供だった頃の記憶。


 目の前には両親が血だらけで倒れていて、家は半壊状態。
 そしてその更に先には村の中心に大きく空いた穴。それを見つめる一人の長身の女性。だけど髪が長いというだけで実際に女性だったかは不明だった。単に長髪の男性かも知れない。

 だからアタシはその人を『人間』と総称した。
 体の周りに変な黒い球体を浮かべていたことから、『黒い球体を使う人間』というふうに認識した。
 多分あの人間がアタシの両親を殺した張本人だ。


―――――許せない。
 

 何の理由があって殺したのか、何の因果でアタシの村に穴を空けたのか。

 
―――――恨んだ。
 


 心の底から―――――。


 ハル兄ィに手を引かれ避難されるまで、アタシはその人間を睨み、恨み、呪い続けた。


 両親の仇だと―――――。






 目が覚めたあとは憂鬱だ。
 嫌な記憶と感情が、眠け眼のアタシを支配するのだから。


弐章~過去~

 アタシの家系は代々呪術師だった。

 

 父も母も兄も、祖父も祖母も親戚もそうだった。というよりもアタシが暮らしていた村は、ほとんどが呪術師だ。だから通称、呪術師の村と言われているらしい。

 

 呪術というのは誰かを呪うことで生まれる術のこと。それ故か、魔術と違って忌み嫌われやすい。理解を持つ人もいるけど、やはり嫌われる。

 ただ、魔力を消費しないというだけなのに。恨みの強さで力が変わるだけなのに。

 

 

 自分に呪術を教えてくれたのは、ハル兄ィだった。

 教え方が上手でいつも優しい、尊敬できる兄だ。優しいといっても親代わりに育ててくれたので叱るべきところでは、体罰を与えることはあった。

 

 だけど、それはハル兄ィにとって愛のムチだと思っているから痛くはない。そういうと、虐待を受ける子供の言い分のように聞こえるかもしれない。しかし、体罰がくるのはいつもアタシがいけない事をした時だからしょうがない。

 

 

「ミケ、ここはそうじゃなくて――こう」

 

「―――――こう?」

 

 

「そう、上手じゃないか。やっぱり僕の妹は才能があるのかもしれないね」

 

「えへへ~」

 

 

 ハル兄ィのことは好きだった。男としてじゃない。兄として、師として好きだった。時に優しく、時に厳しく、でもやっぱり優しい兄が大好きだった。

 

 

 他愛なく話す会話が心地よくて―――。

 

 何気なく過ごす日々が楽しくて―――。

 

 厳しくも辛い呪術の修行もハル兄ィと共にこなしていくことに有意義を感じていた。

 

 

 

 だから物心ついて間もないアタシにとって、訪れて欲しくない現実が嫌いだった。

 

 

「ミケは上達が早いなぁ、僕なんて五年もかかったっていうのに」

 

「そんな、アタシなんてハル兄ィより上手くないもんっ。

 

 だってハル兄ィの呪術みたいにウネウネ動かせないもんっ」

 

 

「ああ、これね」

 

 

 ハル兄ィはいつ付けたのか、それとも元々考えていたのか、それを『大蛇』と呼んでいた。

 まるで生き物のように炎を動かす技は、見ていて神秘的で、それでいて輝かしいものがあった。

 

 

「ミケもすぐに出来るようになるさ、だって才能があるんだから」

 

「・・・・・そうかなぁ・・・」

 

 

 ひと呼吸置いたハル兄ィは、次に残酷なことを言った。

 

 

 

「明日が最終試練だよ」

 

 

 

「最終・・・・試練・・・?」

 

 

「そう、ミケはもっと経験を積むべきだと思うんだ。

 

 もっと外の世界を見て、経験して。そうすればもっと強くなれると思うよ」

 

「え・・・・?ハル兄ィはどうするの?」

 

 

「僕も旅に出る。呪術を世に広めるために」

 

 

「だったら・・・!!・・・一緒に行こう・・・?ハル兄ィが一緒だったら、アタシもどのくらい強くなれたか分かるし―――――」

 

 

「ミケ!!」

 

「―――――ひっ!!」

 

 

「君は、一人で行くんだ。いつまでも兄にべったりなのは良くない」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 

「僕だって、妹と離れるのは―――――、

 

 

 家族と―――――、離れるのは、辛い。けどね?」

 

 

 

 ハル兄ィはアタシの頭に手を乗せ撫でてくれた。

 

 

 

「これが―――――運命なんだ」

 

 

 

 頭の感触は嬉しいものがあったが、これが最後なのだと思うと自然と嫌な気分になった。 

 自身の好きな兄と別れなければいけない運命なんて、燃え尽きてしまえばいいのに。

 

 

 

 そんな思いで―――――眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、何事もなく一日が始まる。

 朝食をとり、歯を磨き、そんないつもと変わらない朝を迎えた。もしかしたら昨日のハル兄ィの言葉は嘘だったんじゃないかと思うほどに。

 

 

 

 

 

「それじゃミケ・・・・」

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・うん」

 

 

 

 

 ―――――嘘ではなかった。

 

 記憶にあるようにハル兄ィは本当にアタシと別れるようだった。寂しさや、悲しさが体を支配して、動く気になれなかった。

 

 でもハル兄ィはそんなアタシに気を留める事なく冷徹に言い放った。

 

 

「最終試練をするからおいで」

 

 

 嫌だといったところで意味がない。今のハル兄ィに我が儘はきっと通らない。だから、自分の気持ちを押し殺して付いて行く。

 

 

 人気のない森についたところでハル兄ィは、アタシに向き直り一定の距離を取る。

 

 

 

「それではこれより最終試練を行う」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 反応がないアタシになんて見向きもせず、試練の説明を始めた。

 

 

「勝負方法はサドンデス。どちらかが死ぬまで勝負を続ける」

 

「死ぬまでって・・・・!!」

 

 

「弟子は師を超えなければいけないのは知ってるよね?

 でも流石に殺さなくてもいいよ、まだ君に人殺しをして欲しくない」

 

 

 その言葉に安堵のため息が出た。離れ離れになるに加えて殺しまでさせるのであれば我が儘を無理やりにでも通す気でいた。

 

 

「いいかいミケ?いくら殺さなくても良いとは言っても、

 

 その気がないなら僕は―――君を殺すよ」

 

 

「―――――っ!!」

 

 

 

 背筋が凍りつく感覚を覚えた。冷徹に言い放ったハル兄ィの表情は、いつものハル兄ィとは別人だった。

 

 

 

―――――恐い。

 

 

 今すぐ逃げ出したい。

 アタシはこんな顔を見たことがない。叱る時の顔となんて比べ物にならない表情。

 

 

「準備はいい?」

 

「・・・・・・あ・・・・・・・え・・・?」

 

 

 

「―――――っ!!」

 

 

 

 戸惑うアタシに呆れながらも勢いよく地面を蹴り上げハル兄ィがけしかける。掌に灯る炎は、赤色というには明るすぎて、青色というには鮮やかすぎて、紫というには単調すぎる。

 一言で言うなら恨みや呪いの色と言ったほうが表現しやすい。そんな色の炎を纏わせながらハル兄ィは、一気に距離を縮める。

 

 

「・・・・・・え・・・・・あ・・・?」

 

 

 ハル兄ィは容赦なく拳を顔へと叩き込む。運がいいのか、それとも感がいいのか、アタシはその攻撃を間一髪で避ける。

 

 

「―――――っ!」

 

 

「あっ―――――」

 

 

 よけられた事に驚いたのかハル兄ィのそんな声が聞こえた。でももう一度ハル兄ィに視線を向けると、次々と攻撃を仕掛けていた。

 

 

「―――――ひっ!ひっ!!」

 

「全部避けるなんて・・・・・・・・さすが・・・・」

 

 

 含みのある言い方をしていたけど、そんなことに気を回す暇がないほどにハル兄ィは本気だった。

 

 炎の纏った腕をひと振りして攻撃を仕掛ける。

 

 

 

 ―――――『大蛇』だ。

 

 

 

「―――――っ!!」

 

 

 

 まるで生きているような蠢きでアタシを襲う。横に飛んで避けても追いかけてくる。

 

 

「ミケ、僕は避けることを教えたつもりはないよ?」

 

 

 そんなことを言っても、離れたくない気持ちが優先されて手出しができない。勝てるとは思ってないけど、戦いたいとも思ってない。

 

 

「―――――キャッ!!」

 

 

 気を抜いてしまったせいか、アタシの肩に生き物のような動きをする『大蛇』が直撃する。

 

 

 ―――――熱い。

 

 

 ―――――痛い。

 

 

 ―――――ズキズキする。

 

 

 きっと火傷をしたのだろう。手で押さえると痛みが増す。

 

 

「・・・・・・ハ・・・・ル兄ィ・・・・」

 

 

 あまりの激痛に自然と目尻に涙が溜まる。

 

 もうやめたい。戦いたくない。傷つきたくない。ハル兄ィと楽しく遊びたい。

 

 

「ミケ!!これは避けられない運命なんだ!

 

 

 僕にそんな泣き顔を見せても辞めるつもりはないよ!!」 

 

 

「・・・で・・・・・・でも・・・・肩が・・・・」

 

 

「僕は心を鬼にする!!終わらせたいなら戦うしかないよ!!?」

 

 

 

 ―――嫌だ。

 

 

 そんなものは我侭に過ぎないかも知れない。けど、戦えば離れ離れになる、という気持ちがアタシの足を地面に繋ぎとめる。

 

 

「そこまで強情なら・・・・!!!」

 

 

 ハル兄ィは腕を大きく振りかぶり、恨み色の炎を凝縮する。何か技を繰り出すのだろう。『大蛇』ではない、別の何かを―――。

 

 

 

 

 

―――――ガサガサッ!!!

 

 

 

 

 近くの茂みから何かが飛び出した。視界に入ったのは人影だった。

 

 

「―――――」

 

 

 ハル兄ィは何か口を動かして言葉を発していた。でも草木の揺れる音でかき消された。

 

 

 

「ヒャッッッハァァアアーーーー!!!」

 

 

 アタシが何を言ったのか問いただそうとしたとき、そんな叫び声が森中に響いた。

 そしてハル兄ィの前に現れた人影は、異様な雰囲気を醸し出していた。

 

 

「呪術師はっけェェェーーん!!!」

 

 

 大人ぐらいある大剣を持った男がハル兄ィを見つけるなり、そんなことを言った。

 

 

「君は誰だ・・・!!」

 

「おっ!若ェ呪術師かよ?こりゃいいなァ!!!」

 

 

 獲物を見つけた獣のように臨戦態勢をとっていた。助けに入らないといけないのかもしれないけど、恐怖心がそれを許さなかった。

 

 

「とりあえず死んどけェ!!!」

 

 

 男が大剣を振るう。風を切る轟音が死を連想させる。見ていたくなくて目をつむる。

 

 

 

―――――ブン!!

 

 

「ミケ!!」

 

 

 アタシの名前を誰かが呼んだ。目を開けると男の攻撃をかわしたハル兄ィが必死な表情だった。

 

 

「逃げろ!!!」

 

 

 一体何を言っているんだろう。恐怖で頭の回らないアタシには目の前がクラクラと揺れていてよくわからない。

 

 ただハル兄ィの必死さだけが伝わるだけでそれ以外が分からない。

 

 

「あん!?おいおい、ここにも呪術師がいるじゃねぇか!!

 

 こりゃ大儲けだなァ!!!」

 

 

「ミケ!!何してるの!!!早く逃げろ!!!」

 

 

 今何がどうなってるの?肩の激痛で何のことだかさっぱり見当がつかない。

 

 それより痛いよハル兄ィ・・・・、もうやめようよ。きっと火傷してると思うからさ、治してよ。

 

 

 

「おっ!!動かねぇなんてわざわざ殺して下さいってかァ?そらよっ―――――」

 

 

 

―――――ガッ!!!!

 

 

 不意に横腹に激痛が走った。気持ち悪い感覚が体全体に走る。何かが折れるよう

な音もして嫌な感じだった。

 

 

「ミケーーー!!!」

 

「おっと!やべっ、ミスっちまった。

 

 慣れねぇなぁ・・・・突かなきゃ切れねぇってのは。

 これ刺剣じゃねぇのによぉ!!?」

 

 

 横合いに吹き飛ばされて茂みに突っ込んだ。何だか急激に吐き気が襲ってきた。風邪なんかひいてないのに、体が熱い。激痛があるのかも分からない。

 

 

「ミケ!!!大丈夫!!?」

 

「・・・・・・ハ・・・・ル兄ぃ?」

 

 

「馬鹿!!なんで逃げないんだ!?」

 

 

 だって・・・肩が痛くなってきて・・・・・。

 

 

「それより、ミケ歩けるかい?」

 

 

 わかんない・・・・・・でも少しなら歩けると思う。

 

 

「・・・・・でも・・・・・ハ・・・ル・・・兄ィ・・・と一緒が・・・・・」

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

「・・・・いっ・・・しょが・・・・・いい」

 

 

 

「・・・わかった・・・・」

 

 

 ハル兄ィはいつも見せる優しい笑顔を見せて言葉を続けた。

 

 

「じゃあミケは先に街へ行って宿をとってて?」

 

「・・・・や・・・ど?」

 

 

「そう、お金も渡しておくから先に街で休んでて、いいね?」

 

「でも・・・・・ハル・・・・兄ィは?」

 

 

「僕はあの人と話があるから」

 

 

 そう言って指をさしたのは大剣を持った男だった。異様な雰囲気を醸し出しているそれは如何にも危なげだった。

 

 そんな人のところにハル兄ィを行かせるわけにはいかない。

 

 力の入らない手でハル兄ィの服を掴み行かせまいとした。けど―――――。

 

 

「大丈夫、あの人は僕の知り合いだから心配しないで。試練の続きは後でしよう」

 

 

 アタシの手を握り返して、そっと払った。目を見ると本当に心配いらないかのように穏やかで安心した表情だった。

 ハル兄ィの言葉を信じて、アタシは覚束無い膝に喝を入れ立ち上がる。視界が揺れた。この時初めて自分が重症の怪我を負っていることに気づいた。

 

 

「―――――つっ!!!」

 

「街で会おう」

 

 

 横腹を抑えながら、ハル兄ィの言葉を耳で捉えながら、茂みをかき分けて街へ向かった。

 

 

 

 

 

 その後、アタシはどうやら街で倒れていたらしい。そして通りかかった親切な老人に拾われ一命を取り留めた。

 もしあの時に誰も気にかけなかったら、内出血で死に至っていたのだとか。勿論感謝のしようがないほどに良くさせてもらった。

 

 完治には魔法を使っても一ヶ月は掛かるらしかった。だからアタシはその間動くことはままならなかった。

 怪我を完治させたあと、街中を探したがハル兄ィは見当たらなかった。見かけたという人物もいなかった。

 

 だからアタシは最後に別れた森へ足を運んだ。

 

 

「ハル兄ィーーー!!」

 

 

 大声で探したが誰も何も反応を示さなかった。ハル兄ィの持ち物らしきものも見当たらなかった。

 

 不思議と悲しさはなかった。虚しさもなかった。ただ―――――

 

 

 

「これで・・・・・お別れか・・・・」

 

 

 

 その決定事項だけが胸に突き刺さった。

 

 自然とアタシの足は街の老人の家へと向かっていった。

 

 

 

 

 五年の歳月が過ぎ、それなりに成長をしたアタシは今までお世話になった老人の家を後にした。

 

 

「大丈夫かい?」

 

「うん、平気」

 

 

「辛くなったらいつでも帰っておいで?」

 

「・・・・・・・」

 

 

 別れには少し感慨深いものがあった。

 

 両親は物心ついた時には既に死体となっていて、実の兄には挨拶もなしに消息を断たれていて。

 

 だから次こそは、と深呼吸をして言葉を選んだ。

 

 一生の別れを意味せず、また帰ってくることを暗示させないといけない。かといって素っ気ないものでもいけない。

 

 

 

 ―――――難儀だった。

 

 

 眠るときは「おやすみなさい」

 

 起きるときは「おはようございます」

 

 食べるときは「いただきます」

 

 食べ終わったら「ごちそうさまでした」

 

 

 どれも終わりと始まりを意味するのに、悲しみも嬉しさもない。ただの挨拶だ。

 

 しかしその言葉の中には感謝があった。

 

 生産者―――つまり与えてくれた者に対する感謝だ。だからアタシはこの命を救ってくれた老人に感謝をしなければならない。

 きっとあからさまにすれば遠慮されるだろう。だからさり気なくしよう。

 

 

 

 

「・・・・・ありがとう、そして・・・・・いってきますっ」

 

 




 そしてアタシは旅に出た。

 理由としては二つあった。

 一つは、親の仇である『黒い球体を使う人間』を殺すため。
 殺人に対して抵抗があるが、しかしそんなものはこの際腹をくくる所存だった。殺した理由や言い訳を問いただすのも良かったが、恐らく真面目に取り合わないだろう。

 だから出会い頭に一撃を加える決意をこの旅で身につけよう。

 殺人鬼になるんじゃない。仇取りだ。



 そしてもう一つは、ハル兄ィに会うためだ。
 この理由自体はついでだ。生きている保証はないのだから。しかし生きていたのなら、会えたのなら、思う存分甘えよう。

 実の妹を放り出して一人で消息を断つような兄をたっぷり困らせよう。




 ―――――女の恨みは怖いのだ。
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